◆◆◆◆
それからエマとヒロは、その日を存分に満喫した。
エマはいまひとつ友達との休日について普遍的な過ごし方が分からなかったのだが、ヒロはその辺り流石というか、なんというか。
ヒロがお洒落な白い洋服を前にしてほうと感嘆した後、その値札を見て価値の正しさを問う地蔵と化したり。
その間にエマがいまどきショッピングモールで迷子になり、ほとんど半泣きのままスマホでヒロに助けを求めたり。
そんなアクシデントはあったものの、それらも含めて楽しかったと言える時間だった。
そうして、今は一通りの散策や買物や食事を終えて、エマがちょっとした野暮用から戻ってきたところである。
この後はどうするか聞いていないが、時間も時間なので、ひょっとすると解散だろうか。
もう少し一緒にいたいな。だけどそれは少しわがままかも。
そう思いつつ、エマはともかく考えを聞こうとヒロの姿を探す。
そうして、その後ろ姿を見つけたところで。
「おまたせ、ヒロちゃ・・・」
「――――ああ、問題ない」
「・・・?」
呼びかけようとして、ヒロが何事かを呟いている事に気づいた。
はた、と足を止めてエマはその姿を注視する。
彼女はスマホを片手に、ごく小さな声でそれに向かって話しかけている。
(ヒロちゃん、誰かと話してる?)
「そちらの準備は?・・・分かった、それでは五分遅らせよう」
その声は真剣そのもので、エマと話していた時の柔らかい口調はそこにはない。
誰と話しているんだろう、と思いつつ、エマは少し離れたところで彼女の通話が終わるまで待っていようとした。
と、ヒロがこちらに気づいた。
「ああ、エマ。どうしたのかな」
そう言って、ヒロはこちらに向き直る。
(あれ・・・?)
エマは戸惑いながらも、たどたどしく応じる。
「えと・・・ううん、なんでもないんだけど・・・」
「そうか、なら良かった」
ヒロは頷いて、何事もなかったように近づいてくる。
正直なところ、なんでもなくはなかった。
ヒロは、何の心配もないと思わせる微笑みを浮かべている。
ただ、それと同時にスマホを仕舞ったその仕草に、エマは少し違和感を憶えていた。
誰かと通話していたと思しきヒロは、エマを見つけた途端にすぐさまスマホをポケットに入れた。
恐らく通話の途中であっただろうに、挨拶もひとつもなく。
それは何事も正しさを追求するヒロの信念からすると、らしくない行動のように思えた。
そうして、エマはもしかして、と思う。
――――ヒロちゃんは、何かを隠してる?
エマは、そのヒロの笑みに不安なものを感じる。
彼女は笑顔を作るのがとても上手だ。
故に、たとえその裏に何があっても、エマは分からないような気がしていた。
そう思ったのもあって、つい、エマは訊いてしまう。
「・・・ヒロちゃん、もしかしてここで解散だったり、する?」
「うん?どうしてそう思う?」
「あのね、ごめん、盗み聞きするつもりじゃなかったんだけど・・・このあと誰かと待ち合わせ、してたりするのかなって」
そんな意味を込めるつもりはなかったのだが、なんとなく、いじけたような言い方になってしまった。
ヒロは昔から人気者なので、休日は引っ張りだこだとしても違和感はない。
今は不良っぽく見られてしまっているらしいが、それならそれで仲間もいるのではないか。
それなら・・・と、思ったところで。
その時。
がしゃーん!とどこかでガラスが盛大に割れたような音がした・・・ような気がした。
「ああ、それは君の勘違いだよ」
「え?」
朗々と、ヒロが言う。
「近くにいい店がないか調べていたんだ」
「・・・お店って?」
「エマ、ちょっと提案があるんだが」
すたすたとエマの脇を一度通り抜けてから、ヒロはくるりと振り向く。
そして彼女はエマが想像だにしなかったことを口にした。
「これからカラオケに行かないか?」
「えっ・・・えー!?」
◆◆◆◆
――――勘付かれたか。
ヒロは内心、忸怩たる思いだった。
計画通りに事が進むのかどうしても気になって、確認の連絡を取ったのが間違いだった。
エマにその場を見られなければ、まだしも疑われずに済んだだろうに、とヒロは思う。
案の定ヒロの提案に対して、エマは驚くのは勿論、不可解だという色がそこに混ざっていた。
「い、いきなりどうしたの?」
「いきなりもなにも。今日一日友達らしいことをしよう、は君の提案だろう」
「それは、うん」
と、うまく呑み込めない表情ながらエマが頷く。
「確かに友達と一緒にカラオケとか行ってみたいって、言ったこともあるけど・・・」
「あるいは私とは嫌かい?」
「いやいやいやっ、いや、嫌じゃないよ!でも・・・」
小首を傾げ、続きを促すヒロ。
すると、おずおずと、エマは上目遣いで言った。
「あの、失礼だったらごめんね・・・その、ヒロちゃんがカラオケ、っていうのがイメージにないっていうか・・・」
無理もない。
自分でもそう思うのだから、エマの反応はもっともだった。
しかしヒロはあえて心外だとばかりに首を振った。
「そんなことはないさ、歌うのは好きだよ」
「そ、そうなの?」
「ああ、時折急に歌いたくなる時があってね」
嘘でも本当でもないことを言うのは得意だった。
その何の後ろめたさも感じさせない物言いの強さは、エマを信じさせるに足るだろうとヒロは踏んだ。
しかし。
「エマもいつか行きたいと言っていたことを思い出したし、それできっと乗ってくれるだろうと思って予約の電話を入れたんだ」
と、ヒロがそこまで言ったところで。
ばりーん!
エマが手をすっと挙げて、その言葉の先を紡がせなかったのである。
「ちょっと待って、ヒロちゃん」
「・・・なにかな、エマ」
「ヒロちゃん・・・今ヒロちゃんが言ったことなんだけど」
突っ込んでいいのかどうかエマは数瞬迷ったようだったが、結局彼女はそれを口にした。
「少なくとも、今さっきスマホを見ていた時にカラオケ店の予約をしたっていうのは嘘だよね、ヒロちゃん」
「・・・どうしてそう思う?」
ヒロは内心の動揺を押し隠して、ただそれを訊く。
するとエマもまた瞳を揺らしつつも、それでも毅然とした態度で先を続けた。
「その証拠は・・・これだよ!」
そう言ってエマが差し出してきたのは、スマホの画面。
ヒロは目を細めてそれを見やる。
そこにはヒロとの会話履歴があり、それは数日前のところまでスクロールされていた。
そして、その中央には見覚えのある一言。
『当日、行く場所は私に任せて欲しい』
確かにヒロがそう送ったメッセージだ。
ヒロは平静を装いながら首を傾げてみせる。
「・・・それが証拠とは?」
「うん。ヒロちゃんは今日、ボクと一緒に出かける約束をしてくれたよね。改めてありがとう」
「なに、畏まることじゃない・・・それで?」
こくり、とエマは頷き返してから、その後を続ける。
「だからね、今になってお店の予約をしたっていうのは変だと思うんだ」
「その最後に行く場所というのがカラオケだった、というだけの話だよ」
「でも・・・ヒロちゃんに限って、それはおかしいんだ」
「ひどいな、私が歌うイメージがないからといってそこまで・・・」
「違うよ」
エマはびし、とヒロにそれを突きつけた。
「ヒロちゃんはこういう時、当日のスケジュールを一から十まで事前に考えておかないと絶対に気が済まないタイプのはずなんだ!」
「なっ」
ヒロは正直、狼狽えた。
まったくもってその通りだったからだ。
「このメッセージの通り、どこに行くかをヒロちゃんは予め決めておいてくれたんだよね」
「・・・それも改めて言われるとやや気恥ずかしいが、まあ、そうだ」
今日ここに至るまで、周辺地理やレジャー施設に疎いエマを連れて、ヒロの足は迷いなく様々な場所を巡っていた。
それは当然、最初からどこに行くかをプランニングしていたためである。
「最後にそこに行こうって計画してくれていたのなら、それもありがとう・・・でもそれが本当だったら、きっとヒロちゃんはもっと前から予約は済ませているはずなんだ」
「・・・私だって完璧というわけじゃない。店の予約を忘れていることだってあるさ」
「もちろんその可能性はゼロじゃないけど・・・」
と、納得していない様子のエマ。
実際その感覚は正しい。
スマホを取り出して何をしていたのかというエマの問いかけに、ヒロは嘘で答えた。
カラオケ店に行こうという提案そのものは嘘ではないが、近隣の店舗を今になって調べていたのというのは真ではない。
エマの読み通り、ヒロはそれを前々から計画していたのだから。
「でも、それならどうしてボクが来たときにすぐ通話を切っちゃったの?」
「なに?」
「電話口でもヒロちゃんはそういう時、すごく礼儀正しくやり取りするよね。予約までは済んでたとしても、あんな切り方絶対しないよ」
「・・・」
それもそうだ、とつい頷きそうになってしまう。
「つまり最初にヒロちゃんが言ったことは【偽証】だったんだ!」
「くっ・・・!」
(理詰めではエマに敵わないか・・・?)
次善策として、ヒロは看破された事実を一部認めることでその矛先を収めてもらう手を試みる。
「すまない、恥ずかしくて言いたくなかったんだが」
「うん・・・?」
「確かに予約は事前にしていた。君と歌おうと思ってね。ただ・・・時間をド忘れしてしまったんだ。あれはその確認の電話だよ」
「・・・でもそれなら普通、店員さんには丁寧語で話すんじゃないかな?」
「・・・」
(正論で殴られてしまった・・・)
相手が従業員なのに予約しておいて「分かった、5分遅らせよう」などと言っていたら傲岸不遜にもほどがある。
しかも結局、突然通話を切った無礼についての弁解にはなっていない。
ヒロも全く同意だった。
大体、ヒロが今予約していたという事実を取り繕うにはどうしても己の計画性の無さを根拠にせざるを得ないのだが、実際のところヒロがそういうミスをするのは極めて珍しい。
そして、エマはヒロがそんなタイプではないと信じ切っている。
「あのね・・・もちろんヒロちゃんにも何か隠したいことがあるなら、それは良いんだ」
少しだけ哀しそうに、しかし仕方ないという顔でエマは言葉を紡ぐ。
その上で、譲れないものがあると彼女は言った。
「でももしそれがボクに関係があることで、ボクのせいでそんな嘘をついたのなら・・・ボクはそれを解消したい。だからどうしてそんな嘘をついたのか、できれば教えて欲しいんだ!」
それはエマの真摯な想いであることが否応なく伝わってきて、ヒロは心の中で呻いた。
確かに、エマが気にするのは無理もない。
実際それはエマに関係があるし、エマが気づきかけたので嘘をついたのだから。
しかしどうあっても今それは明かせないのだ。
他ならぬ、エマのために。
(やはりエマは理屈に強い。生半可な誤魔化しでは即座に矛盾を突きつけられ、こちらが騙す側である以上は不利を強いられてしまう)
ヒロは歯噛みして、旗色の悪さを嘆く。
(しかし・・・勝機はある)
要は今ここでエマを納得させられずとも、追及を逃れることさえできれば良いのだ。
それならば、強引にでも場の主導権を取り返す手練手管にはヒロに分がある。
黙考の後、ヒロは己の目的のために手段を択ばないことを決断した。
充分な間をとって、ヒロはおもむろに口を開く。
「エマ。キミに告げたいことがある」
「?」
急に畏まったヒロに対して、きょとんとするエマ。
すう、と息を吸って、ヒロは意志を固める。
そして胸に手を当て、出来るだけ誠実に見えるだろうポーズを取って、ヒロはその言葉を吐いた。
「私はキミが好きだ」
「え?」
彼女が目を見開くのを待たず、重ねて。
「そしてそれは友人としてではなく・・・そう。
――――ぴしっ、がしゃーん。
今度のその効果音は、ヒロがぶつけた言葉の、というよりも。
呆然とするエマの、固定観念的な、内にある何かが粉々に砕け散った音だった。
「えっ・・・え、あ・・・えええええっ?!」
先の驚嘆をさらに倍する大声で、エマは叫んだのだった。