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「二階堂ヒロさんですね、13番のお部屋になります」
「ありがとう」
(ほんとに予約してある・・・)
先のヒロのカミングアウトによってもたらされた衝撃冷めやらぬまま、エマはふらふらとその後ろをついていった結果、本当にただのカラオケ店に到着していた。
受付でヒロが店員と交わす形式的なやり取りを聞いて、エマはそこがまだ現実らしいという事実にむしろ驚いていた。
未だにヒロがエマに歌を聞かせてくれる、あるいは、一緒に歌ってくれるのかと思うとそのイメージが結びつかない。
そもそもさっきの突然の告白も相まって、エマの中のヒロ像は今や大いに揺らいでいた。
(ひょっとして、これってカラオケデートってやつなのかな?いきなりハードル高いよっ、というかヒロちゃんってば何もかも唐突すぎて何がなんだか・・・)
「さ、行こうか」
「うん・・・」
ヒロの呼びかけにも生返事してしまってから、時間差で再び顔が赤熱するエマ。
一体これからどうなってしまうんだろう、とエマは考えがまとまらない。
そしてそんな心境にあったエマは、それまで先導していたヒロが目的の部屋の前まで辿り着いても上の空で。
故に、そこで彼女が何故か「先にどうぞ」とドアを開けさせた違和感にも、気づくことは出来なかった。
言われるがまま、がちゃ、と扉を半分ほど開けたところで。
パン、パパパパン!と乾いた破裂音が連続して、エマは突如として現実に引き戻された。
同時に僅かに、焦げつくような硝煙の匂い。
――――銃声?!
エマは突然の音に身をすくめて、連想したそれのせいで一瞬頭が真っ白になった。
そして直後に降りかかってきた大量のキラキラした帯状の何かに気づいて瞠目する。
・・・呆然とするエマは、一瞬にしてリボンまみれになっていた。
「え?え?」
金やら桃やらの色とりどりのリボンの隙間から見える景色は限られ、なにがなんだかわからない。
しかしその向こう、カラオケボックス内に多くの人影が並んでいるのが見えて、エマはさらに驚いた。
誰かいる。それも大勢。
こんなにも人が?予約は?部屋を間違えた?ヒロちゃんが?今何をされたの?
この上ない混乱に惑うエマ。
その状況に、教室に入った途端に悪戯を仕掛けられ、困惑している間にそれを笑われるという、かつての、とても嫌な――――しかし偽りの――――記憶が蘇りかけて、エマは顔を青くしたが。
しかし、直後に。
「エマくん、お誕生日おめでとう!」
「――――えっ?」
聞き覚えのある声に、エマのそんな記憶はどこかへ飛んでいった。
「「おめでとー!!」」
そしてそれに続いて唱和したそれらの声で、心臓が再び跳ねる。
ぱらり、とリボンがひと房落ちて、目の前が開ける。
そこには、想像もしていなかった光景があった。
「み・・・みんな・・・?!」
そこにはあの【島】で出会った少女たちが勢揃いしていた。
ハンナ、シェリー、レイア、マーゴ、ノア、アンアン、ココ、ミリア、アリサ、ナノカ。
皆それぞれ懐かしい表情で、エマに笑顔を向けている。
そして弾けさせたばかりのクラッカーを放って、彼女たちは思い思いのリズムで拍手をしだす。
まだ状況が掴めなかったエマは視線をきょろきょろさせて皆を見返すと同時、部屋内がやたらと飾り付けられていることに気がついた。
色とりどりのリボン、折り紙のチェーン。
壁に貼られた個性的な色使いのイラスト。
見覚えのある人形たち。
そして部屋の一番目立つところに、大きく桜色で文字が描かれたボードがある。
【Happy Birthday Ema !】
「あっ・・・!?」
そこまで見て、ようやくエマはこの場の趣旨を理解した。
「成功かな」
「ヒロちゃん?!」
後ろから聞こえた声にエマは弾かれたように振り向いて、ヒロの笑顔に出会う。
彼女は安心したように頷いていた。
「キミは毎年忘れているから、上手くいくと思ったよ。少し怪しまれたのには苦慮したが」
「じゃ・・・じゃあ・・・はじめから?!」
「ああ、キミの推理通りだとも。私は一から十まで計画していた。このサプライズを成功させるためにね」
ヒロはいつもの不敵な笑みに戻って言う。
何もかもが正しくある時の、満足げな表情で。
「みんなキミのために集まってくれたんだ」
エマは一瞬、口を開けて、しかし何も言葉が出てこなかった。
胸が一杯になったせいで、あやうく泣きそうになる。
ああ、それは。
それこそが、エマにとって最高の誕生日プレゼントだ、と。
「誕生日おめでとう、エマ」
「ヒロちゃん・・・!」
「さ、彼女たちとも久しぶりだろう?」
そう言って、ヒロはエマを正面に向き直らせた。
今は自分と話す番ではない、と言外に告げるかのように。
そしてそれを待っていたように、皆が迎えてくれる。
「お久しぶりですわね、エマさん」
「メインゲストの席はこちらですよ、エマさん!」
「ハンナちゃん!シェリーちゃん!」
左右をホールドされたエマはあれよという間に部屋の中央に誘導されて、すとんと腰を下ろされてしまう。
図ったようなタイミングで、目の前のコップに飲み物を注ぎ始めたのはレイアだ。
「レ、レイアちゃん!そんな、わるいよ!」
「いやいや、今日ばかりは一番目立つべきはエマくんだからね。遠慮せず、存分にもてなされてくれたまえ」
やたら高いところから一滴もこぼさずジュースをなみなみと注ぐその姿はどこかの執事のようで、恐ろしいまでに様になっていた。
それを眺めている面々をエマは改めて見渡してから、やっと現実感が追いついてきて、エマは勝手に顔が綻んでしまうのを抑えきれない。
彼女たちに出会うのも久しぶりなら、全員そろっているのを見るのも【島】以来のことだった。
「あの、みんな、改めてっていうか、会えてすごく嬉しいよ・・・!」
「・・・ったく、遠路はるばる来てやったんだ。せいぜい有難く思えよ、桜羽」
「うん!アリサちゃん、本当にありがとう!」
「・・・やっぱ調子狂うな」
「あはは、流石はエマちゃん。おじさんやアリサちゃんみたいなタイプには眩しすぎるね~」
「・・・今さらっとウチも一緒にしたか?」
「いやー、正直あてぃしは推しと休日をゆっくり過ごしたかっ・・・」
「憎まれ口はやめなさい。貴方が誰より飾り付けに熱心だったのをバラしても良いのよ」
「いやもうバラしてんじゃん!それに
「あはは、それでも来てくれたんだもん、ありがとうココちゃん、ナノカちゃん!」
苦笑しながらエマは礼を言う。
そして先のアリサの発言で皆に会うことの難しさを思い出したエマは、そちらに目を向ける。
「そういえばアンアンちゃんとノアちゃん、それにマーゴちゃんは・・・こっちに来るのって大変だったんじゃ?」
三人は本人の希望によって監獄島に永住を決めたので、いわゆる、俗世と切り離された生活をしているはずだった。
彼女たちはそう自由に島の内外を行き来できないのではないか。
と、それにはアンアンがふんぞりかえって、次いでノアがその真似をして言った。
「ゴクチョーにゴネた」
「えっ、ゴクチョー・・・まだ動いてるんだ・・・というか言うこと聞いてくれたんだ」
「それはね、マーゴちゃんのおかげなんだよ~」
「マーゴちゃんの?」
「ほら、元囚人の子たちのアフターケアをしていたでしょう?その恩を着せたのよ♡」
マーゴが頬に手をあてながら楽しそうに言う。
「言ってみれば私達、偉い人達の都合で闇に葬られそうだったところから、人知れず世界を救ったんだもの。それぐらいの役得があってもいいじゃない?」
その辺りの事情をヒロやマーゴ、ナノカといった面々に任せていたエマは、ははあ、と曖昧に首肯するほかない。
きっとマーゴは、そういう交渉事は得意なのだろう。
「まあまあ、そんな辛気くさい話は今はよしたまえ」
「レイアちゃん」
「そんなことより楽しもうじゃないか!せっかくの会場なんだ、歌って踊ろう!」
全員に飲み物を注ぎ終わったレイアが大仰な身振りでそう宣う。
こういう場ではやはり彼女が仕切るのだ。
マイクを手に取るレイアは、先の所作以上に手慣れた仕草でくるりとそれを回し、びしとポーズを決める。
彼女は誕生日会というだけでなく、このカラオケルームという環境を存分に活用するつもりらしい。
「あら。それなら、そこのデンモク貸してくれるかしら?」
「えっマーゴちゃん歌うの?」
「・・・歌うのは特別好きってわけでもないけれど、私、実はもともと声真似得意なのよ。リクエストがあれば本物そっくりに歌ってあげるわね?」
「ええっ、意外・・・!」
マーゴが古い演歌のページを検索し始めたのをエマが横で興味津々で眺めていると、もう一つの端末で早速何かの曲を入れたらしいレイアが言った。
「よしよし、それじゃあ順番に回していってくれ。次はアリサくんかな」
「いや、ウチはいい・・・てか人前で歌うってガラじゃねえのが何人かいるのは分かり切ってんだろ」
「もちろん無理強いはしないさ。さて、ではアリサくんは自信なし、と。なら次・・・」
「ああ?!そうは言ってないだろうが貸せ!!」
「アリサちゃん、あっさり乗せられちゃってる・・・!」
噛みつくように端末をひったくったアリサが曲を探しているのを、近くの面々が苦笑いで見ていた。
そうして場は誕生日会兼カラオケパーティとなり、本格的に賑やかな空間になっていく。
姦しさたるや、実にその字の四倍。
誰と誰が喋っているのかは、もはや聞き取れないのだった。