ヒロ曰くエマの日   作:緋色鈴

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-Dear you, my heart-

 

◆◆◆

 

被告と弁護士の二人から離れて、ヒロは知り得てしまった事実を持て余していた。

 

ヒロは額を押さえながら首を振る。

確かにヒロ自身が吐いた言葉で、通話を切り損なったのはヒロの過失でもある。

身から出た錆と言えばそれまでだが、こうまで皆が茶化してくるとは思っていなかった。

弁解の余地もなく、まるで既成事実みたいにされてしまうのは流石に、正しくない。

僅かな間にどっと疲れて自席の背もたれに沈んだヒロに、新たに声をかけてくる者がいた。

 

「えへへ、ヒロちゃん、おめでと」

「ノア、きみまで」

 

ノアは両手でジュースを持ってやってきて、ヒロの隣に座る。

彼女ばかりはニヤニヤというより、ニコニコと純粋にヒロを祝福してくれているような表情ではあった。

が、ヒロとしてはそれに甘んじるわけにはいかない。

 

「まったくみんなして・・・まずエマは何の返事もしていないだろう」

「でもノーとも言ってなかったよ?」

「それはそうだが・・・」

 

ヒロは嘆息する。

あれはあの場でエマがすぐに返答できるほど冷静でいられないだろうことを前提とした策だった。

それは目論見通りだったが、こうまで余計な禍根を生むとは。

 

「色々と言いたいことはあるが・・・大体、分かっているだろう。あれはエマにこの誕生日会を気づかれないようにするための嘘で・・・」

「え、ヒロちゃん、嘘ついてなかったよ?」

「なに?」

「のあ分かるよ、エマちゃんに言ってたの全部ホントのことだって。えへへ」

 

自分のことのように頬を赤らめて、ノアがそう言う。

なるほどノアはあどけない風に見えて、他人の嘘を見抜く勘の鋭さがある。

言い換えれば、その逆も分かると言いたいのだろう。

・・・しかしそれを公然の事実にされてしまっては、ヒロは困る。

 

「いやノア、からかうのはやめるんだ。それ自体がキミの嘘に違いない」

「む。のあ嘘ついてないもん」

 

頬を膨らませるノアを煙に巻いて、どうにか追及を避けようとするヒロ。

ノアに言い訳しようとすればするほど、なんだか窮地に陥る気がした。

この話題は、深掘りされる前にもう少し自身で考える時間が欲しかった。

 

そこへ会話を聴いていたらしいココが口を挟んでくる。

 

「なーなーヒロっち・・・今度あてぃしの配信でこのネタ使って良いかな?一部の層にウケるの間違いナシってゆーか・・・あ、もち、実名は伏せとくからさぁ?」

「・・・やめておきなさい、沢渡ココ。また炎上したくなければ」

「はっ、はあ?!え炎上とか、し、してねーし!!ってか()()ってなんでナノカが知ってんのさ?!」

「私もリスナーだからだけれど」

「・・・・・・えマジ?」

 

呆然とするココ。

そして、聞き耳を立てていたのは彼女たちだけではなかった。

 

「ココちゃんの配信、おもしろいよね。背景とかすごくキラキラしてるもん」

「そうねぇ、最初はどうかと思ったけど、あの企画は中々見応えがあったわよ?」

「あはは・・・その、おじさんは気が付いたら寝落ちしちゃってて・・・」

『わがはいから言えるのは、いちいち荒らしコメに触るな。思うツボだ』

「みんな見てんの?!?!もう【千里眼】無いから分からんって、いやちょっとタンマ流石になんかハズいし!!」

 

ぎゃあ、とココが騒いで、今度は彼女がイジられる番になっていた。

・・・折を見てヒロは立ち上がり、するりとその場を抜ける。

 

「・・・飲み物を取って来る。そこの三人、同じものでいいか?」

「うん~。ありがと、ヒロちゃん」

『わがはいはブドウジュースを所望する』

「あ、あてぃし次はコーラでヨロ~・・・ってか話戻すけどさぁ!!」

「ん、分かった」

 

自分と席の近いノア、アンアン、ココのぶんのコップを手に取って、ヒロは一旦部屋を出ることにした。

頭を冷やすには良い口実だった。

 

 

 

 

部屋から出れば、店内放送こそ聞こえるものの、比較してそこは随分と静かに感じる。

ドリンクバーの前で人数分の飲み物を補充しながら、ヒロはぼんやりとしていた。

考え事をしていたせいで、何度かジュースを溢れさせそうになってしまう。

 

(そういえばフリードリンクだというのにさっきは・・・注ぐポーズを取るためにわざわざ別に注文していたのか、レイアめ)

 

嘆息して、ヒロはその思考を振り払う。どうでもいいところに推理力を割いた。

今、自分が気に病むべきは、そこではない。

 

「あらヒロさん。浮かない顔をして、何かお困りですこと?」

 

呼びかけられて、ヒロが振り向く。

そこにいたのは、コップを二つ持ったハンナだった。

傍から見てすぐそうと分かるほど、自分は悩んでいるらしい。

そんなハンナの揶揄するような言い方に、ヒロは口端を歪めて笑った。

 

「・・・分かっているだろうに、意地の悪い質問だ」

「ふふん。あなたにしては面白い()()をするものですから、ちょっとした当てつけですわ」

 

ぐさり、とその言葉はヒロの心に思いのほか深く突き刺さった。

過ち。つまりは、正しくないということだ。

彼女が何についてそう言っているのかは、訊かずとも分かる。

 

「・・・痛み入るよ。文字通りね」

「エマさんを悲しませたくないのでしょう?」

「・・・」

 

ハンナの言葉はヒロの返事を飛び越えて、真っすぐに胸中を突いた。

どうやら向こうもお見通しらしい。

ヒロは作り笑いをやめて、誤魔化すのを諦めた。

 

「・・・お察しの通り、どう弁明しようかと迷っている」

「殊勝なことですわね」

 

幸いにして、この誕生日会でエマは友人たちとの再会に喜んでくれているし、その間ヒロはそれ以上話を進めることをせずに済んだが、いつまでもそうはいかない。

ヒロは自分が吐いた嘘の後始末をしなければならなかった。

このサプライズを成功させるためだったとはいえ、それなら他にやりようはあったと今は思ってしまう。

ついていい嘘とそうでない嘘がある。

多分、いや間違いなく、ヒロが今回しでかしたのは、後者だった。

 

「エマを誤解させた・・・私はまた、エマに正しくないことをしてしまった」

 

正直、甘えがあったのだと思った。

あとで、全てはこの為だったという説明も込みで真相を明かせば、問題ないのではないか。

誠心誠意謝れば、思っているほど大事にはならないのではないか。

「なんだ、そうだったんだ。びっくりした」と笑って、ほっとしてくれるんじゃないだろうか、という。

 

しかしもし、そうでないのなら?

 

ヒロはそう思うと、ぎゅっと胸が締めつけられるような気持ちになるのだった。

 

「エマさんならきっと分かってくれます・・・などと言うのは無責任ですわね?」

「・・・その通りだ。それは、正しくない」

「それならわたくしは傷心のエマさんを慰める役を任されましょうかしら?」

「う、ぐ・・・それは・・・感謝するところだが・・・」

 

ハンナはころころと笑っている。

彼女が半分冗談、半分本気で、そしてそのどちらもヒロの心を軽くしようと言っているのは分かるので、怒れはしない。

そういうところは似ているな、とヒロは思わなくもない。

 

「おやおや、何をそんなに悩む必要があるのでしょう?」

 

新たな声に二人がそちらを振り向くと、噂をすれば。

コップを器用に6つも手に持って現れたのはシェリーだった。

ハンナはその恰好かその台詞か、どちらにかは分からないが呆れた顔をして、半笑い。

 

「話をややこしくするのが来ましたわね」

「流石に泣きますよ?私ほど単純な人はそういませんって!」

「それ自分で言いますの・・・じゃ、あなたの御意見は?」

 

よくぞ訊いてくださいました、とシェリーはコップ同士をかちかち言わせながらふんぞり返ってみせた。

そして、彼女の出した案は確かにシンプルな解答だった。

 

「そもそも誤解でなかったことにしてしまえば良いのでは?」

「・・・それは」

 

それは、ノアに言われたことに近かった。

別に嘘である必要はない。

それが事実であったことにしてしまえるなら、それを訂正せずとも良いのだ。

・・・だがそうしてしまうと必然、色々と問題が出るのは避けられないような気がする。

 

「心配ないんじゃないですか?嘘から出た実ともいいますし!」

 

とあっけらかんと言うのがシェリーの意見。

 

「そもそも、ヒロさんは言った内容の真偽そのものより、口にした理由が打算的だった、という状況の方を悔やんでいるのではありませんか?」

「・・・そうなのかも、しれないが」

 

シェリーはこういう時、当たり前のように核心を突いたことを言う。

それはヒロ本人すら自覚していなかった事だった。

 

「それなら後でどうとでも取返しがつくことですよ。ねーハンナさん!」

「そこでわたくしに振るのやめて下さいません?」

「いやしかし・・・それは」

 

正しいのだろうか?

ヒロにはその疑問が拭えない。

自らそこに自信を持って正しいと言えなければ、ヒロは踏み出せない気がしていた。

「んー」とシェリーは少しだけ悩む素振りを見せたあと、言う。

 

「結局ヒロさんがどうするにせよ、それはエマさんの幸せを願ってのことなんですよね?」

「・・・まあ、そうなるかな」

 

はっきり言われるとむず痒いが、そこに否はない。

ヒロがそう応じると、シェリーはふふん、と言ってハンナと顔を見合わせる。

頷き合うあたり、彼女たちの答えは一緒らしい。

そうして、ぐっ、と親指を立ててシェリーは言った。

 

「なら、それ以上に正しいことなんてありません!」

「ですわね」

 

説得力は後からついてくるとでもいうかのような、自信に満ちた言葉だった。

ヒロの考え方からすれば無論、それは色々と突っ込みどころがあるはずの意見だ。

ただハンナもうんうんと頷いているので、そうなると彼女たちの方が正しいような気もしてきてしまう。

 

「まあまあ、何事もなるようになれ、ですよ!」

「ですわね」

「私達も応援しますから、任せて下さい!」

「ですわね」

「ハンナさんは自分の意見ないんですね!」

「ですわね・・・じゃねーですわね!?」

 

そしてまたいつもの喧嘩が始まって、ヒロの悩みはぽつんと置いてけぼり。

それは既に答えは出ていて、それ以上は論ずるまでもないと言わんばかりだった。

 

・・・実のところ、納得はできていない。

ただヒロは自分一人で答えを見出そうとする癖があることを自分で分かっているので、シェリーのような理外の意見は、採択できるかはさておいて、ありがたくはある。

 

それに。

こうして背中を押してくれて、ヒロの悩みなどちっぽけなものであるように振る舞ってくれる二人の姿。

そもそも先程は各々好き勝手に茶化しつつも、それ自体は祝うべき事と扱ってくれた皆の姿。

それらには少なくとも、そこに間違いはなく。

理由のない正しさはあるのだと、思わせてくれる。

 

 

「・・・ああ、本当に」

 

ふ、と口元が勝手に緩み、呟かれた声にシェリーとハンナがこちらを見やる。

各々トレイに乗せた人数分の飲み物を運ぶためにゆっくりとしていた歩みも、やがて13番の部屋の前へとたどり着く。

そこには皆が待っている。

 

「君達といると楽しいよ」

 

そうでしょうとも、と頷いたシェリーとハンナに苦笑しながら、扉を開ける。

 

わ、と防音で遮られていた喧噪があふれだす。

なぜかデュエットすることになったらしいレイアとアリサの歌が聞こえてくる。

その曲に合わせて、ノアたちと一緒に手拍子をしていたエマと目が合う。

 

な、エマ。

 

微笑むヒロは無言で、ただ首を傾げてみせた。

そうして。

 

「うん!」

 

まるで聞こえていたかのように、エマが満面の笑顔で頷いたのだった。

 

 

 

 

 

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