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楽しい時間は、楽しい時間だったからこそ、あっという間で。
数刻を経てエマの誕生日会は終わり、そこで皆とは解散となったのだった。
彼女たちとの再会で満たされた気持ちはあったものの、当然名残惜しい思いもあった。
そして、彼女たちにはそれも筒抜けだったようで。
去り際の別れの挨拶に、誰もが笑顔と共に「また」と付け加えてくれたのが、エマは何より嬉しかった。
そうしてエマは店を出て、すっかり夜となった外を、ヒロと共に歩いていた。
「楽しかったね、ヒロちゃん!」
「ああ。それなら良かったよ」
ヒロが然りと頷き返してくれる。
最寄りの駅までヒロは付き添ってくれるとのことだった。
「でもヒロちゃんの帰り道って、こっちじゃないよね?」
「女学生が夜道を一人で歩くのは正しくない」
「ボクも今日で同い年になったのに・・・」
「エマは危なっかしいからね」
当たり前のように言うヒロに、エマは「そ、そうかな」と頬を掻く。
ヒロのそういうところは、相変わらずだった。
とはいえその物言いを甘んじて受け入れてしまうのは、また一方でエマの相変わらずなところでもある。
「でも、ほんとに、みんなに会えて嬉しかったな・・・みんな元気そうだったよね?」
「ああ、私もそう思うよ」
「良かった」
エマは気を良くして、手の平を合わせながら今日の感想を口にしていく。
「アリサちゃんがあんなに歌上手かったなんて思わなかったなぁ」
「ああ。とはいえ彼女は納得いかなかったようだが」
「あはは。レイアちゃんに対抗意識を燃やしちゃうだけ凄いよ」
「言えている」
ヒロも口端を上げて笑ってくれる。
「また会えるかな?」
「ああ・・・と言っても、次の幹事はハンナに任せるけれどね。みんなでお茶会がまだだと意気込んでいたから」
「わあ、楽しみ!ヒロちゃんも来てくれるんだよね?」
「それは、もちろん」
ヒロがそう言ってくれて、本当に安心した。
彼女達との絆はエマにとって、きっと自分が思っているよりもさらにずっと、大切なものだから。
そしてそれはヒロにも、また。
暫しの沈黙があってから。
エマはふと、ヒロを呼んだ。
「あのね、ヒロちゃん」
◆◆◆◆
呼びかけられて、ヒロはエマを見やる。
すると話を切り出した側であるはずの彼女は、何故か目を泳がせた後、誤魔化すように笑って言った。
「あ、その、えっと・・・ア、アンアンちゃんのドッキリには・・・びっくりしちゃったね」
「・・・ああ、なんというか、それも相変わらずだったな」
それは先の話題の続きで。
そのことを思い出して呆れ混じりにそう言ったヒロに、エマも苦笑している。
洒落にならない類のたちの悪い冗談をかましたアンアンの所業に、案の定エマは肝を潰していた。
ミリア監修のおかげで、アレでまだしも穏便だったらしいというのが始末に負えない。
本人から事前に聞いていなければ、あるいは多少やんちゃが許される宴の空気でなければ、ヒロは本気で説教をしたかもしれない。
「でもそれも、パーティの出し物のつもりでやってくれたなら・・・その、嫌われてはないみたいで、良かったなって」
「なんの心配だ。誕生日祝いまで来ておいてそんな人はいないよ」
「うん、そうかもしれないけど」
しかし聞けば、アンアンには一度
どうして恨まれ、どうして殺されずに済んだのか。
いまどきの女子が語るにはあまりに剣呑な思い出話をしながら、エマは淡く笑う。
耳の痛い話だった。
「・・・ボクたちの関係って、不思議だよね」
「え?」
一瞬どきりとしてヒロはそちらを見やるが、それは思い過ごしだった。
「誰かが誰かを・・・恨んで、恨まれて、憎んで、憎まれて・・・殺して、殺されたのに。みんな生きて、みんなで笑えるなんて」
嗚呼、とヒロは音なく息を吐いて、そして頷く。
まったく、同感だ。
そして、反感もある。
「皆、分かっているさ」
「うん」
「それに、
「・・・うん。そうだよね」
皆の魔法が折り重なって、今は皆の記憶にだけ残る、あったはずの時間。
そこで生まれたのは決して、悲劇だけじゃなかった。
エマは自分が励まされてばかりだとでも思ったのか、何か意気込むように先を続ける。
「あとね、こうしてこんなこと話せるのもヒロちゃんのおかげなんだって、今は知ってる。みんな感謝してるんだよ」
「それは実行者がたまたま私だったというだけだ。そして私がそう在れたのは、皆のおかげだった。私こそ皆に感謝している」
「ヒロちゃんてば・・・」
エマは謙遜だと受け取ったらしいが、それは純然たるヒロの本心だった。
皆と出会っていなければ、今ここに自分はいない。
エマがそれでいいと言ってくれなければ、ヒロはここにはいられなかった。
励まされ、救われて、そしてそのことに感謝しているのは、間違いなく、ヒロの方だった。
そうして、また少しの間があって。
「あのね、ヒロちゃん」
「うん?」
先と同じニュアンスで、エマが再び口を開いた。
今度の彼女は、ふっと口端を緩めつつ、その先を紡ぐ。
「今日は本当にありがとう」
「・・・どういたしまして」
「すごく嬉しかった」
「なんだ、畏まって」
「うん、ちゃんと言葉にしておかないとって思って」
少し恥ずかしそうに、エマは言う。
きちんと感謝を伝えることはなるほど、正しいことだ。
それならヒロも、何故か少し面映ゆい気持ちになっているとしても、きちんと聞き届けるのが正しい姿勢だと思った。
そしてエマが言いたいことはそれではなく、なんならこれまで全部の話題が長い前置きなのだということも、なんとなく分かっていた。
「・・・嬉しかったのはね、今日一緒にお出かけしてくれたことと」
「ああ」
「もちろん、とびきりの誕生日プレゼントを用意してくれてたこと」
「うん」
「それに・・・」
僅かに、上目遣いになって。
「――――好きって言ってくれたこと」
ヒロは自分がどんな表情を浮かべるのが正しいのか、まったく分からなかった。
そして結局どんな表情をしたのかも、まったく分かっていなかった。
何故ならその台詞は確かにその時は、嘘のつもりで吐いて。
最初にどうしてもそんな苦い想いが湧き出してしまう一方で、今こうしてエマと視線を交わして、改めて思うこともある。
別に迷うことはなかったのかもしれない、と。
本当に嘘なのかという問いに、今なら答えが出せる気がした。
「だからね、これもちゃんと言葉にするよ」
嘘も貫き通せば真実。
それはもともとヒロの持論でもある。
「ボクは――――」
それなら、それは。
真実になっても構わないか、という気がしたのだった。