■〈叡智の三角〉
〈叡智の三角〉にて、武器などの製造を行う区画。
その中に有る工房にて、一人の異形が槌を振るっている。
3メテルを超える身の丈に青紫色の体色、金の髪は炎のように逆立ち、額からは三つ目の瞳が生えていた。
その手に握られた槌は巨大で、緻密な紋様が刻まれているが、ドス黒いオーラを纏っている。
「…………」
その槌で作っているのは一振りの剣である。
神話級金属を高品質化させたものを、呪いによって性能を盛られた槌で鍛え上げる。
槌を一振りする毎に、淀んだ波紋が金属に広がっていく。
それを何度も何度も繰り返し、出来上がった剣は、赤い刀身に黒い紋様が広がっている。
それはまるで、美しい絵画に黒いペンキをぶちまけたようだ。
しかし、この武器から感じる威圧感は、伝説級特典武具さえ凌駕するものだった。
「お、新しい超級職の就職条件満たした」
『〈叡智の三角〉に入った甲斐がありましたね』
異形の姿から戻ったヴェルゴは、鍛冶槌を仕舞って椅子に座っており、隣には長い赤髪の少女姿になったアリアドネが座っている。
ヴェルゴは皇国に来て最初に〈叡智の三角〉を訪ね、入団を申し込んで居たのだ。
大きな組織に入れば、後ろ盾と共に様々な優遇が受けられる。
最近武器の性能が物足りなくって来たため、皇国最大の生産系クランである〈叡智の三角〉に身を寄せることにしたのだ。
〈叡智の三角〉に所属したヴェルゴは、武具の生産時に様々なバフ効果を与える工房を使用している。
自分達の後に使う予定が入っているので、それまでに片づけなければならない。
「よし、販売用にする作品選ぶぞ」
「取り敢えず呪いのアイテムは除外しましょう」
《暗黒騎士の加護》をレベルEXで習得しているヴェルゴでも無ければ、ここに有る呪いの装備は基本的に使えない。
上級職のスキルではとてもでは無いが扱えないのだ。
所狭しと並んだ数多くの強力な武具、ヴェルゴこれらを造ることが出来たのは、【英雄王】とアリアドネの合わせ技によるものである。
ヴェルゴのメインジョブである【英雄王】は系統無し超級職だが、敢えて分類するなら超級職系統超級職とでも呼ぶべきものなのだ。
その就職条件は超級職に就いていない状態で一〇個の超級職の就職条件を満たし、転職クエストをクリアすること。
非常に高い難易度を誇る代わりに、全ステータスが高くなり、スキルも強力だ。
──そして、【英雄王】の奥義《大器晩成》は、就職条件を満たした超級職のスキルを使用可能にするというもの。
時間さえかければあらゆる超級職のスキルを習得することの出来る、まさに大器晩成なスキルである。
それこそ、【堕天騎士】のスキルで呪われた生産系装備の性能を引き上げ、【錬金王】のスキルによって大量の神話級金属を生産することも可能としている。
さらに、そこから役立つのがメイデンwithカリキュレーター【道標乙女 アリアドネ】の能力。
カリキュレーター形態は『器』であり、マスターから流れ込む情報を元にした演算を行う。
故に、その演算性能はマスターの能力を基準としており、レベル、ステータス、スキル性能が高いほど莫大な規模の演算を高速で精密にこなして反映することが出来るのだ。
演算能力に特化したアリアドネが目的の性能を搭載するためのロードマップを提示し、動作をアシストすることで、様々なアイテムを作成しているのだ。
武具を選別していると、ヴェルゴの退屈を感じ取ったアリアドネが話を投げて来た。
「それにしても、皇王からの支援は破格ですね。ここまでの支援をしてくれる国は有りませんでしたよ」
「まさか、皇国が秘匿していた超級職の就職条件、全部教えてくるとは思わなかった」
〈叡智の三角〉に所属した後、皇王と会う機会があったのだが、引くくらいの支援を受けられることになったのだ。
細かい内容はクラウディア殿下と決めたのだが、皇国側は
超級職は一代に一人しか就くことができず、多くのティアンにとっては人生の目標となるものでもある。
所属している超級職の数はそのまま国の力となり、戦闘、生産問わず厚遇される。
「マスターは死んでも超級職が離れないから、ティアンからしたら迷惑な存在だろうに」
不死身のマスターが増加し、多くの超級職がティアンの手を離れた。
この世界に属さない仮初の客人に、自分達の世界で生存圏を確保するために重要な要素を押さえられるのだ。
必然的に、ティアンの中にはマスターをよく思わない者も多くいる。
「マスターの場合は条件を満たしても就く訳じゃありませんからね、そういう点も含めて、皇王が積極的な支援をしてくれる理由なんでしょうね」
「それにしても、クラウディア殿下の喜び方は凄まじかったがな」
皇国からの支援の詳細を決める際、ヴェルゴは就いているジョブやエンブリオについての情報を全て提示している。
ヴェルゴは自身のエンブリオやジョブの情報をひけらかしはしないが、特に隠しているわけでも無い。
自分の力を示すことで、クエストなども指名されやすく、武力の高さ故に無用な諍いを避けられることも多い(天地は除く)。
そうして、ヴェルゴはクラウディア殿下に自身の手札を晒したのだが。
『──貴方は皇国の、いえ!この世界の新たな光ですわ!!』
などと訳のわからないことを言いながら、ヴェルゴの手をがっしりと掴んで上下にシェイクしだしたのだ。
あまりのテンションの上がりように、ヴェルゴもされるがままであった。
しかし、そこからは凄まじかった。
様々な支援を受けられるようになり、自身が所属している〈叡智の三角〉と皇国はより蜜月な関係となった。
そのおかげでヴェルゴは複数の生産系超級職の条件を満たし、高品質な商品を皇国に卸すようになったのだから、皇王の投資は正解だったのだろう。
◆
「食料品高いな」
「皇国は不作が続いてますからね、当然値上がりもしますよ」
市場で食べ歩きをしているヴェルゴはそう零す。
よく見れば市場全体も活気が無いように感じる。
陰鬱な雰囲気に当てられてヴェルゴが帰ろうとした時、見覚えのある人物と遭遇した。
「おっ、イライジャじゃん、久しぶりー」
「お久しぶりです」
「む、ヴェルゴとアリアドネか」
話しかけたのはイライジャ、皇国の決闘ランキング上位の猛者である。
幾度となく【魔将軍】に挑み、返り討ちにされながらも諦めない決闘者だ。
「何してんの? もしかして、意外と料理とかするタイプ?」
「ちょっとしたクエストの帰りだ。お前は観光か?」
「そんなとこ。ま、活気が無さすぎて退屈してたんだけどな」
現在の皇国は不作によって悩まされているが、それ以外にも複数の問題を抱えている。
ヴェルゴが皇国に訪れる少し前に、反皇王派の貴族が引き起こした内乱、それと同時期に発生した餓竜事件。
これらによって国内は大きなダメージを負っており、皇王が指揮を取ることによって辛うじて国としての体裁を保っている状況だ。
「……ああ、活気が無い。だが、これからまだ悪くなるかも知れない」
「んん? 何言ってんだ。そりゃ暫くは経済も落ち込むかもしれんが、あの皇王なら周辺国との貿易で立ち直せる範疇だろ」
ヴェルゴはリアルでも多くの人を見てきたが、あれほど優れた者は殆ど見たことがない。
ごく稀に存在する、優れた存在であると理解している。
故に、皇王ならば食糧の不作が続き、他国からの輸入に頼り切ることになっても、立ち直らせることができると考えていた。
「……その周辺国が、どこも食糧輸出を取りやめるそうだ」
「は? ……え、いや、カルディナはともかく、アルターは古くからの同盟国だったはずだろ」
「同盟を破棄すると、信頼出来る筋からの情報だ。まず、間違いないだろう」
ヴェルゴがイライジャを見ると、噛み潰したような表情を浮かべている。
その表情が、冗談ではないと伝えてきた。
食料が不足し、近隣に肥沃な国がある場合何が起こるのか。
リアルの歴史が証明している。
「このままだと、戦争になるかも知れない……か」
「ああ、マスターの中には大規模イベントとして喜ぶ者も多いだろうが」
「ティアンにとっちゃあ、たまったもんじゃないな」
イライジャは意を決したように問いかける。
「なあ、ヴェルゴ。……もしも戦争になれば、皇国の超級、決闘王者のお前はどうする?」
「勿論戦うさ。天地出身の俺からすれば、殺し合いは珍しくない」
「私もついてますからね」
「そうか。……いや、頼もしい限りだ」
イライジャが何を考えていたのか、ヴェルゴは気にも留めない。
考えたところで、何をするかは変わらないのだから。
その数日後、皇国は王国に宣戦布告した。
──後に、第一次騎鋼戦争と呼ばれる戦いの始まりである。