〈境界海域〉と呼ばれ、〈外海〉と〈四海〉の間に広がる海域。
そこには生物は存在していない。
そこはとある存在の回遊ルートであり、<SUBM>である白鯨でさえも、そこを通る時は細心の注意を払ってその存在を避けていたほど。
そう、この海に生きる者達は、遺伝子レベルで理解している。
──そこから僅かでも外に踏み出せば、
この世界が創造された際、世界の壁として共に創り出された。
創世以来、この壁を正面突破した者は存在し無い。
◆
「「──【海竜王 ドラグストリーム】!」」
二人は同時に叫ぶ。
全長二〇〇キロメテルという世界最大のモンスターであり、その巨体はただ動くだけで海域級の災害を引き起こす。
海そのものを自身の
大陸の反対側に居ようとも、〈外海〉への侵入者がいれば瞬時に移動する能力を有しており、もはや生物の領域を超越した自然そのものと呼んだ方が近しいだろう。
海竜王が動き出す、体を捻ってこちらを押しつぶすように動いただけだというのに、海そのものが捲れ上が立たようだ。
巻き込まれれば神話級モンスターさえ即死しかね無い災害を前にして……。
──二人は迫り来る海竜王の体に足をつけ、そのまま駆け上がった。
液体で出来た海竜王の体の上を駆け上がるという蛮行を行いながら、相手を仕留めようと攻撃し合い、余波で海竜王の体が切り裂かれる。
海竜王からすればほんの僅かな、文字通りの擦り傷であり、海水を用いて即座に再構成される。
海竜王も自分の体の上で殺し合いをされる、という初めての体験に僅かながら困惑するが、自身の創造された目的を果たすために二人を殺しにかかる。
──この日、【英雄王】VS【超闘士】VS【海竜王】という乱戦に大陸が震撼した。
◆
海竜王の上で行われる戦いは熾烈を極めた。
足場そのものが鳴動し、最大規模の海属性魔法が渦巻くのだ。
普通ならばあらゆる運動エネルギーが減衰され無に帰すが、フィガロはその対応力で、ヴェルゴはその未来予知に匹敵する先読みで僅かな隙間を作り出し、海竜王の魔法から逃げ延びる。
ほんの僅かでも遅れれば、荷電粒子砲で海域ごと消し飛ばされる。
そのギリギリを駆け抜けながらも、フィガロとヴェルゴはぶつかり合う。
超級職のスキルを組み合わせ、毒と呪いによって磨かれた究極の肉体。
三ヶ首の超魔竜を討ち倒し、その概念をカタチとした栄光の剣。
互いに最強の武器をぶつけ合いながら、海竜王の猛攻を駆け抜ける。
一手仕損じれば即座に海の藻屑とされる状況だが、二人は寧ろ笑っていた。
何故なら……。
──海竜王があらゆる攻撃を減衰させるため、周辺被害を一切考慮せずに暴れられるのだ。
ヴェルゴもフィガロも、最大の力を発揮する状況ではその力に周辺環境が耐えられず、周りに気を遣いながら戦う必要がある。
しかし、今の二人にそれは無い。
寧ろ、海竜王というフィールドギミックを有効活用しているまである。
栄光の剣から放たれる極光を空間ごと叩き割り、何度目か分からない攻防が繰り返される。
未だ底を見せぬフィガロの猛攻を掻い潜り、複数の奥義を発動したヴェルゴの連撃を叩き落とす。
──何度も、何度も、何度でも。
しかし、どんなものであれ永遠に続くことは出来ない。
半日にも及ぶ死闘は二人のリソースを削り続けていた。
フィガロは全身に浅く無い傷を負っており、ヴェルゴは怪我こそ無いものの複数のスキルがクールタイムで使用出来なくなっている。
海竜王がエネルギーを貯め始めた瞬間、ヴェルゴの一撃がフィガロの手からグローリアαを弾き飛ばす。
「────!!」
海竜王がこれまでで最大級荷電粒子砲をチャージしており、フィガロがそれに気を取られた、その一瞬を見逃さなかったのだ。
そのままフィガロを両断しようと拳を振りかぶるヴェルゴだったが、その瞬間フィガロが燃え上がった。
比喩表現では無く、文字通り全身が燃え上がり、流れ出る血まで燃えている。
「──《
それこそはエンブリオを象徴する切り札、必殺スキル。
フィガロの必殺スキルである《
今まで使用していたスキルでは強化限界を超えることが出来ないが、この必殺スキルならば超えられる。
しかし、その反動も凄まじい。
一回の効果時間は三〇秒、使用すれば白熱した血液によって内側から焼かれ、発動中は一秒毎に最大HPの一%が永続的に削られる。
故に四度目を発動すれば十秒で死に至る。
文字通り、己の全てを燃やし尽くして戦う必殺スキルにして最終スキル。
最強の武器を失い、止めを刺そうと迫るヴェルゴへのカウンターとして発動したのだ。
フィガロはアイテムボックスを叩き割り、複数の特典武具やダンジョンで手に入れた高レア武器で波状攻撃を仕掛ける。
回避不能の間合いから、一撃一撃が超級職最終奥義に匹敵する攻撃を前にして……。
──ヴェルゴは更に踏み込んだ。
『──回避不可能! 迎え撃ちます!』
(──上等! やってやらぁ!!)
必殺スキルを使用した相手に正面から突撃するなど危険極まる行為だが、【英雄王】は敢えて踏み込むのだ。
今のフィガロから逃げることは出来ない。
──ならば、正面から迎え撃つ他道は無い。
なにより、相手がカウンターを狙って来た以上、ここが千載一遇の好機。
ヴェルゴは温存していた複数のスキルを同時発動し、フィガロ正面からを迎え撃つ。
フィガロは限界まで強化された装備品による莫大なステータスによって、限界を超えた装備スキルをヴェルゴに叩き込む。
「「──■■■■ーーーー!!」」
両者雄叫びを上げながら赤く輝き、文字通り命を燃やして力の限りぶつかり合う。
数多の武器が燃え尽きながら、ヴェルゴの肉体を削る──。
凄まじい速度で複数の攻撃を一点に叩き込んだ弊害か、両者がぶつかる地点は極彩色を通り越し、白い光に塗りつぶされていく。
フィガロの肉体が削られていき、かろうじて原型を留めているのは奇跡としか言いようがない。
しかし、それでもヴェルゴの命には届かない。
……そして、フィガロの必殺スキルの効果時間が終わりを告げる。
フィガロの体から赤い生命の炎が消え去り、ヴェルゴは拳を叩き込む。
──勝利した。
そう、ヴェルゴが確信した瞬間、アリアドネが警報と共に動作アシストで退避しようとする。
「──なッ!?」
それはアリアドネの強引な動作アシストに対する驚きでは無い。
──フィガロの体が、再び燃え上がったのだ。
必殺スキルの連続使用である──。
いつの間にか、その手にはメリケンサックのような武器が握られている。
《瞬間装備》で別のアイテムボックスから取り出したそれは、特別装備補正が高いわけでもなく、凄まじい破壊力を持つわけでも無い。
それはただ、相手を遠くに
フィガロはこれまでの戦闘から、ヴェルゴがノックバックに対するスキルを有していないことに気がついていたのだ。
対するアリアドネは未来予知に匹敵する演算能力を持つが、あくまでもマスターが認識した情報を元にしたモノであり、本来の意味での未来予知では無い。
故にこの結果は必然。
それでも咄嗟にヴェルゴの体を動かし避けようとするが、アリアドネの演算能力を持ってしても導き出される答えは
──燃える拳がヴェルゴに突き刺さる。
その一撃は、ヴェルゴを凄まじい勢いで遥か彼方に吹き飛ばした。
しかし、ヴェルゴの傷は直ぐに修復していく。
最後の一撃として惑星外に弾き出す気かと思ったがそうでは無い、ヴェルゴは困惑したが、アリアドネからの警告でフィガロの真意を理解した。
──吹き飛ばされた先には、これまでで最大規模の荷電粒子砲を発射しようとしている海竜王が居たのだから。
(──まずい! 早く起動を変えなければ……!!)
『──軌道修正間に合いません!』
海竜王が滅びの光を解き放つ。
これまででも最大規模の荷電粒子砲がヴェルゴに迫る。
殆どの防御スキルはクールタイム中であり、直撃すれば単一属性に特化させた《竜王気》でも耐え切れない。
海竜王というフィールドギミックを使いこなしたフィガロの方が上手であった。
「──フィガロォォォォォォォ!!」
絶対絶命、勝負は決したと思われたが、ヴェルゴもそのエンブリオであるアリアドネも諦めてはいなかった。
──荷電粒子砲に呑まれる瞬間、ヴェルゴの全身が爆散した。
凄まじい速度で周囲に肉片が飛び散る。
このまま肉片の一欠片でも荷電粒子砲の範囲外に出ることが出来れば、瞬時に全身を再生させることができるだろう。
しかし、それでも荷電粒子砲が肉片を消し飛ばす方が早い。
荷電粒子砲と肉片が接触する瞬間──。
──爆散した肉片の全てが空間を叩き壊した。
そう、これこそ【破壊王】の最終奥義《
肉体を爆散させ、飛散した肉片の全てを以て空間を打ち砕いたのである。
海竜王の荷電粒子砲は凄まじい威力だ。
海域ごと消し飛ばす程の威力をしており、特殊な防御手段が無ければ防ぐことは不可能だろう。
──しかし、どれだけ強力でも
爆散した肉片によって発生した空間のひび割れは、遠目から見れば砕けた瞬間のスノードームのようにも見える。
その中を荷電粒子砲が乱雑に屈折しながら突き進み、肉片を消滅させていく。
しかし、全てではない。
荷電粒子砲による消滅を免れた肉片が急速に膨張する。
アリアドネはマスターから得た情報を元に演算を行うため、マスターの感覚器官な潰れば機能の殆どが意味をなさないため、この戦法は取りたくはなかった。
しかし、そのリスクを負わねばならない状況だと判断したのだ。
ヴェルゴは感覚器官が再生していないが、それでも勝利を確信していた。
自分は《ダーク・レクイエム》による呪いで更に強化され、対するフィガロは度重なる必殺スキルの使用で弱っており多くの武器を失っている。
海竜王から逃げながらでも十分仕留められる。
そう考えながら片目を再生させたヴェルゴが見たのは──。
──遠方に弾き飛ばしたはずのグローリアαを構える、フィガロの姿であった。
ヴェルゴは驚愕した。
何故自分の目の前にいるのか。
何故遠方弾き飛ばした剣を持っているのか。
その理由は一つしかない。
──フィガロは信じていたのだ。
ヴェルゴは必ず、海竜王の攻撃を生き延びると。
ヴェルゴを海竜王へ殴り飛ばした時点で、グローリアαを回収しに向かい、致命傷の体を無理やり動かして空間破壊の中を駆け抜け、再生を始めるヴェルゴの肉片を見つけ出したのだ。
その瞬間ヴェルゴが感じた感情は何だったのか、存在しない筈の体に力が漲る。
『─────』
しかし、六時間に及ぶ戦闘によって強化された《極竜光牙斬》は、現状のいかなる手段を持ってしても防ぎ得ないというアリアドネからの報告を聞き、自分の全てを出し切って勝てなかったことを悟るが、せめてフィガロだけは道連れにしようと奮起した。
そして、マスターが奮起したのならば、一心同体たるエンブリオが何もしないなどあり得ない。
即座に魔法を構築し、フィガロへ照準を合わせる。
マスターを勝利させることが不可能になってしまい、妥協策を選ばせることしかできない屈辱に耐えながら演算を加速させる。
魔法職千人分を超える演算能力を以て、マスターの全HP・MP・SPという莫大なリソースを変換していく。
──栄光の剣が輝きを放ち、全てを焼き尽くす極光が振り下ろされる。
フィガロが《極竜光牙斬》を放つと同時に、ヴェルゴは全リソースを込めた闇属性魔法を放つ。
フィガロは既に結界による防御スキルを使用しており防ぐ手段は無い。
生命を直接削る闇属性は聖属性で無ければ相殺出来ず、光と闇は交わることなく交差し、両者に直撃する。
ヴェルゴは光に呑まれて消し飛んだが、最後の魔法によってフィガロのHPも吹き飛んだ。
こうして、六時間にも及んだ二人の戦いは決着を迎える。
──両者デスペナルティ
しかし、二人とも光の塵となりながら満足げに消えていく。
皇国対王国の決闘王者対決。
相打ち、勝者──無し。