「ではご本人様確認のためにお名前と年齢をお願いします」
「黒鉄魁人、十七歳です」
高校二年の夏休み、俺は一人旅行へと繰り出していた。
豪華六泊七日の旅。どう考えても高校生には似つかわしくないものである。
実はこの旅行、献血協力の得点で当たったものなのである。普通献血協力を行うとせいぜい何かしらのグッズがもらえるだとかその程度のものである。
しかし、昨今の血液不足を嘆いたのか、あの神薙グループが協賛に名乗り出たのだ。
参加すると福引を行うことができ、結構豪華な賞品が当たるようになっていた。この旅行もその一環であり特賞だったと記憶している。
大々的にプロモーション活動を行っていたのをよく覚えている。テレビやSNS問わず宣伝を行っていたから知らない人間などいなかったのではないだろうか。
そんなことも容易に可能とするあたりこの国の経済界を牛耳ろうとしているとも噂されている神薙グループの資本力にはすさまじいものを感じる。
実際、今旅行に訪れているこの神薙島ももともとは太平洋上に浮かぶ小さな島だったそうだが神薙グループが買い取って以降は開発が進み、今ではそこそこ大きな町くらいの規模となっている。
「ではお荷物お預かりの手続きはこちらで終了となります。チェックインは十五時以降ですのでよろしくお願いします」
どうやらボーッとしている間に手続きが済んだらしい。軽く会釈したのちに手荷物だけをもって外へと出る。
現在時刻は十一時を回ったところだ。すぐにチェックインを済ませるにしても四時間ほどは時間をつぶさなければならない。小腹もすいたことだしまずは食事からにしよう。そう思いズボンのポケットからスマホを取り出しいじり始める。
「しかし、すげぇな」
現在地点は神薙島の中央部。島と本土とをつなぐ港や空港がある南部からのアクセスが良好な立地であり繁華街の様相をなしている。観光地としてはうってつけの場所である。地域住民の居住区も大体この辺りらしい。
あらかじめ目星をつけていた店までの道のりをスマホで検索しつつ、改めてこの島のすさまじさに驚く。この島での滞在中はかなりのサービスが受けられるらしい。たとえば対象の飲食店の利用料金が半額になるとかである。
このようなすさまじいサービスが可能になるのもこの島に入っている企業群はすべて神薙グループの傘下、および出資を受けているものばかりであるからだ。そう考えればよく考えられた戦略ともいえる。
利用料半額などの破格の待遇で迎えるという非日常感を与えつつ、実際のところは自分で用意した箱庭で消費をさせる。加えてこれらを慈善事業の後押しのための景品という形で行うことでイメージ戦略にもつながってくる。
最低限の投資で最大効果を。強大な資本がこの戦略を可能にしているという力業の側面もあるが、どこまでなら利益が望めるかなどは綿密に計算されているのだろうと考えられる。
「……結構並んでるなぁ」
目当てだった喫茶店であるs'arrêter――サ・ザレテと読むらしい――に到着したが、すでにそれなりの人数が並んでいる状態だった。たしか看板メニューはオムライスだったか。日替わりで提供されるそのオムライスの種類はおよそ三十にも及ぶらしく、メニューを完全制覇するには一か月はかかる算段となる。加えて期間限定メニューも存在するとか。
一体何が店主をそこまで駆り立てたのかは定かではないが、この気の狂ったとも表現することのできるメニューがこの行列の理由というわけではないらしい。
一番人気のメニューはパンケーキだそうだ。人気の理由は主に味とビジュアル。昨今のいわゆる映え文化に傾倒した商品ではあるが、それでいて過剰に生クリームやフルーツを盛っているわけではない。
むしろチョコレートソースとアイスクリームを主軸としたトッピングはどこか洗練されたものを感じさせる出来栄えであるらしい。
店主には申し訳ないがオムライスメニューを縮小し、パンケーキ系統のメニュー開拓にかじを切るほうがより集客が見込めるようになるだろう、と今回の旅行にあたって参考にした神薙島食べ歩きブロガーが記事をそのように締めていたのを覚えている。
正直、哀れな店主と言わざるを得ない。まあ、職人のこだわりと世間的な需要がマッチしないのは世の常であるので致し方ないことではあるのだろうが。このパンケーキにしてもおそらく店主考案のメニューではないのだろう。南無。
「お客様、少しよろしいでしょうか」
そんな感じでスマホを操作し、件のブロガーの記事を読んでいるといつの間にか列はずいぶん進んでいたようだ。そんな中従業員と思しき女性が声をかけてきた。バイトで雇われているのだろう。同世代くらいの子である。結構かわいらしい顔立ちをしている。
「えっと、なんでしょうか」
「お席のご用意についてなのですが相席でも構わなければすぐご用意できる状態です。いかがいたしましょうか」
ふむ。まぁ、せっかくの旅行だしあんまり時間を無駄にするのもつまらないか。
「相席で大丈夫ですよ」
「承りました」
そのまま店内に通される。内装もなかなかに凝っており、落ち着いた雰囲気だ。BGMとしてジャズが流されており、こういった雰囲気が好きな人ならずっといられるような空間だ。自分としてもこういった落ち着いた場所は過ごしやすくて好感が持てる。騒がしい場所はあまり趣味ではないのだ。
「こちらの席になります」
「――――ッ」
思わず息をのむ。相席だと聞いていたので向かいの席にだれか座っているだろうとは思っていたがすごい美人が座っていたものである。
肩口あたりまで伸びた金髪。透き通るように白い肌。そしてひと際目を引く青い瞳。神秘的な容姿も相まってまるで人形のようにも感じられた。座っているためきちんと体形をみたわけではないが、おそらく美しい体のラインをしているのだろう。陳腐な表現にはなるがまるで芸術品のようである。同世代くらいなのだろうがなかなかお目にかかれるレベルではない容姿の整い方をしており、ボーイッシュな装いは似合ってはいるのだが、雰囲気とのミスマッチさから一風変わった魅力を醸し出していた。
「どうかしましたか」
固まってしまった俺を見てその金髪の少女はかわいらしく小首をかしげる。
「い、いや、何も」
思わず気おされ、どもってしまう。
…………いかん。特別女性に慣れているというわけでもないのだが、さすがにこれはいささか芋っぽい回答が過ぎる。
「……?そうですか」
不審がる、というよりは不思議なものを見た、という感じで少女はこちらを見る。どうやらそんなに悪印象を持たれてはいないようだ。
平静を装いつつ着席する。店員はおしぼりとお冷をテーブルに置いたのち、ご注文がお決まりになりましたらおよびつけください、とだけ残し裏へと戻っていった。
おそらくバックヤードでは笑いものにされているのだろう。好きなだけ笑うといい。どうせ旅の恥はかき捨てだ。
とはいうものの現在進行形でかいている恥については別物だ。なんとなく気恥ずかしく感じられるため、いつもよりもメニュー表を高く上げこざかしくも相手から顔が見づらくなるように画策する。
…………ダメだ、メニューが全然頭に入ってこない。やはりここは下調べの通り日替わりオムライスで行くしかないか。そう思い日替わりメニューのページを見るがそこには店頭の看板をご覧くださいとのこと。
しまった。確かにほぼ毎日変わる日替わりメニューすべてを記載するとメニューがかさばるし、何よりこの日替わりオムライスは店主の気まぐれでメニューが増えるため一覧がないことは件のブログでも触れられていたのを今思い出した。これでは博打ではないか。
「あの……、私は注文決まりましたが、そちらは?」
おずおずといった様子で金髪の少女が声をかけてくる。
…………ええい、ままよ。
「大丈夫です。店員呼びましょうか?」
流れで店員を呼び注文を済ませる。俺は日替わりオムライスセット、そして彼女は話題のパンケーキとコーヒーのセット。
メニューを見る必要がなくなった今、ずいぶんと手持無沙汰になってしまった。かといってスマホをいじるというのも体面に人が座っている状況でやるのはなかなか礼儀知らずな行為のように思えてはばかられる。
「…………」
どうしたものかと顎に手を当てて考えているとふと視線を感じる。顔を見られているというよりは、手?
……ああ、そういうことか。あまり外で食事をしないものだから失念していた。確かに飲食店に入ったのに手袋を外さない人間というのも珍しいだろう。まして、今が夏場なのも相まってこんなものをしていれば当然目立つ。
「以前大きなやけどをしたんです。ちょっと人前で見せるには気を悪くさせてしまうものなので」
肩をすくませながら手袋について聞かれた際にいつも返している言葉で返す。嘘をつくようで心苦しいが、こう言っておけば向こうもこれ以上は詮索してこないだろう。
「すいません、答えにくいことを……」
どうやら気を使わせてしまったようだ。なんとなく居心地が悪い。
それは彼女も同じなようでえー、とかあー、とか言葉にならない言葉をつぶやきながら視線をさまよわせている。
少し席を立って空気を一度リセットしたほうがいいだろう。
そう思い、お手洗いにと伝えようとしたところで彼女が意を決したように口を開く。
「あの、旅行で神薙島まで来ているのですか?」
「はい。そちらも?」
「いえ、私は最近こっちに引っ越してきたばかりで。おひとりでこちらまで?私と同じで高校生くらいですよね」
「ええ、まぁ……」
確かに俺のような高校生くらいの人間が一人でこんなところまで旅行に来るというのも珍しいといえば珍しい。主に費用面という意味で。
「あ、わかりました」
ポンと手をたたき、少女がずいと身を乗り出してくる。自分の耳を指さしてから手招きをする。察するに耳を貸せということだろう。
……ずいぶんと無警戒な子である。もう少し身を乗り出した際の自分の体勢について考えてほしいものだ。
このままにしておくのもよくないので要求通り耳を貸す。何を話したいのかはわからないが用が済めば彼女もおとなしく席に座りなおすだろう。
彼女に倣って俺も少し身を乗り出す。ふわりといい香りがする。嗅ぎなれない香りだ。柑橘系ではない。なんとなくバラが頭に浮かんだ。
…………どうでもいいが今頭の中をのぞかれたら変態もいいところだろう。旅行で気が緩んでいるのだろうか。
「例の献血キャンペーンの景品ですか?」
まあ、そう思うのは無理のない話だろう。実際その通りであるわけだし。
別に隠すほどのことでもないので正直に話す。
「ええ、まぁ」
「そうなんですね、ちなみにおいくつですか?私、高校二年生なんですが」
予想が当たっていたのがうれしかったのか、にっこりと笑いながら少女は椅子へと座りなおす。
ふむ、近い年齢だろうとは予想していたが、まさか同い年とは思わなかった。容姿や所作からは上品さを感じさせられたが、先ほどの無頓着さから考えると年下かとも思っていたのだが。
「そうなると同い年ということになりますね。俺も高校二年です」
それを聞くと彼女はうれしそうな表情をする。
「だったら堅苦しい言葉遣いもやめていいよね?そっちもため口で大丈夫だよ」
「ありがとう、正直これ以上なれない言葉遣いを続けていると舌を噛むんじゃないかと思っていたんだ」
正直この申し出は非常に助かるので二つ返事で了承する。
「それにしてもすごいね、高校生なのに一人で旅行なんて」
「そうでもない。ネットで予約するのだってちょっと注意深く見ておきさえすればそう難しいことでもないんだし」
「えー、でも私スマホ触るとき写真とか簡単な操作はできるけどそれ以外はからきしだよ?」
確かにそういうのには疎そうに見える。趣味はピアノとかヴァイオリンとか言われても不思議ではない。
「まあ、君も必要に駆られればそのうち覚えるんじゃないか?」
「それはそうかも。あ、私のことは飛鳥でいいよ」
ふむ、飛鳥だけだと苗字なのか名前なのかわからないな。今日会っただけの人間にフルネームを明かすのはちょっととかそういう話だろう。しかし、金髪だからてっきりそういう名前が出てくるものとばかり思っていた。ハーフとかクウォーターとかなのだろうか。
「俺のことは黒鉄でいい」
俺も乗りかかる形で苗字だけ名乗る。これくらいの距離感がちょうどいいだろう。
「黒鉄君はどこのあたりに住んでるの?やっぱり本土のほう?」
「ああ、関東のほうに」
「そっかぁ、だったらいい気分転換になればいいね」
実際街並みを見ていても受ける印象は結構自分の住んでいる地域と異なる。こっちにもオフィス街があったりするようではあるが、やはり観光業に力を入れているからだろうか。街並みにみられることを前提としたデザイン性を感じる。
「実際来てみて驚いている。なんだかんだもっと田舎っていうか、そんな印象を持ってた」
「まあ、それは間違いじゃないよ」
一口水を飲んでから飛鳥は続ける。
「開発が進んでるのはオフィス街のある西部とかリゾート地とかのあたりで、島の北側三分の一くらいは山だし、居住地もなんだかんだ結構緑は残っているよ」
神薙グループは農作物関係の事業にも力を入れているらしいのだが、いわゆる植物工場みたいな形だったと記憶している。ただ――。
「確か、北部で稲作をやっているとか聞いたことがあるな」
「よく知ってるね。結構下調べとかしてから旅行するタイプ?」
「いや、移動中暇だったからパンフレット読んでただけだ」
そうなんだ、と彼女は納得した様子。よかった、旅行前に浮かれたのち、気になって調べるタイプだとは思われなかったようだ。
「じゃあ、その北のほうに神社があることは知ってる?」
「いや、知らないな」
神社?そんなのがあるのか。でも、そういうのって観光で売り出すならうってつけの場所ではないだろうか。調べた限りではそんなものを見た記憶はない。
「うん。とはいっても結構山深くにあるらしくって参拝客はほとんどいないらしいよ」
「なるほど、それでか」
「あと、その祭ってある神様っていうのが豊穣のご利益があるとかで、北部の稲作もそれが名残とかって話だね」
豊穣かぁ、なるほど。
「それで島のマスコットキャラクターが白い狐なわけか」
つまるところ稲荷神社の流れをくむのだろう。狐は神の使いという考えもある。
「そう!白狐のミタマちゃん。結構かわいいよね」
確かにかわいらしいデザインのマスコットだと記憶している。デフォルメされた白い狐が稲を咥えている、言っては何だが割とよくあるマスコットだ。
ただ。
「確か尻尾が九本なかったか?九尾の狐ってあんまりいい印象ないんだがなぁ」
そう、マスコットであるミタマちゃんはなぜか尻尾が九本ある。通常普通の人は九尾の狐というと妖怪とかそっちのイメージを持つだろう。祭っている、それも察するに古くからの土着の神様をキャッチ―なデザインにするためとはいえ改変するのは反発が起きそうなものであるが。
「んー?あんまりそういうの気にしたことないかも。結構受け入れられてる印象あるよ」
「そうなのか。じゃあ俺の気にしすぎか」
そうなんじゃないかな、と飛鳥も頷く。
「お客様、失礼します。こちらご注文のパンケーキセットでございます」
そうこうしているうちに調理が済んだらしい。店員がまずパンケーキセットを持ってきた。ブログで見た通りの素晴らしい出来だ。セットのコーヒーもよい香りをしている。俺も後でコーヒーを頼もうか、と思わせるほどだ。
おお、と目を輝かせる飛鳥。ポーチからスマホを取り出したところで、
「あ、ごめん黒鉄君。ちょっと記念に写真撮っておきたいんだけどいいかな?」
なんというかこういうところは今時の子だな、と感じさせられる。構わないと返事すると嬉しそうにパシャパシャとスマホで写真を撮り始めた。
「飛鳥はこの店初めてなのか?」
何度も通い詰めているというような反応ではないように感じられる。というか、あまりこういう店に慣れているという感じがしない。
「うん、家族があんまりこういう店に来るの許してくれなくて」
どういうことだろう?ファストフードならともかくこういう喫茶店すらダメだという家庭は珍しいように感じる。
まぁ、人様の家の事情だ。あまり立ち入るものでもない。
「お客様、こちら日替わりオムライスのセットとなります」
続けて俺の注文した日替わりオムライスが到着する。とろみのついた醤油のいい香りがするソースに卵の上を彩る赤、カニカマがちりばめられている。
うん。
これオムライスじゃなくて天津飯だ。スプーンじゃなくて蓮華おいてあるし、セットでついてきたスープも中華スープだし。
「なんというか、オムライスというより天津飯だね」
対面から見ている飛鳥も思わず苦笑いしている。これを中華風オムライスと言い切るのにはいささか勇気のいる行動ではなかろうか。
「冷める前に食べよっか?」
飛鳥に促され、とりあえず食事を始めることにする。
蓮華を手に持ち卵を割り、中身ごと蓮華で掬い上げる。
おっと、これは……。
「わ、中身白ご飯じゃなくてチャーハンみたいになってるんだね」
蓮華を持ち上げまじまじと見ていた俺に飛鳥はそう言葉をかける。そう、薄焼きの卵で包まれた中身は白飯ではなく焼き飯だ。具としてかしわも入っており、ケチャップライスではないがおおむねチキンライスとしては成立しているように感じられる。ただ普通の焼き飯とは違い具に卵は入っておらず、くどくならない程度にバターのような香りがする。
なるほど。
「確かにこれはオムライスだ」
俺はそう結論付けた。この細かな仕事はオムライスに並々ならぬ思い入れがないとできないだろう。これはこだわりの逸品である。
「へぇー、オムライスにこだわりがあるお店って聞いていたけどこれは確かにすごいね」
「あんまり話題になってないらしいけどな」
二人してなんでだろうなと言いながら食事を進める。やがて互いの皿が片付き、いつの間にか食後のコーヒーを楽しんでいた。
「ふう、なかなか楽しめたな」
食後のコーヒーまで飲み終える。すっかり堪能してしまった。滞在中もう一度訪れてもいいだろうと思うほどには満足できた。
「それで黒鉄君はこれから先何か予定はあるの?」
紅茶を飲みながら飛鳥はそう尋ねてくる。二杯目は紅茶にしたらしい。まぁ一杯目のコーヒーを苦いと涙目になりながら砂糖とミルクを入れていたのはほほえましかった。そのうえで出されたものを残さないようにするさまは好感を覚える。
「そうだなぁ……」
正直なところ全くのノープランであった。一日目は移動で疲れるだろうと予定は入れないことにしていたからだ。最も基本的にあまり出歩かず、ホテルで本を読んだり、スマホをいじったりして過ごそうかと思っていた。今回の旅行に対するモチベーションだって結局のところ地元というか家にあまりいたくなかったというのが大きい。
「予定がないんだったらさ、今日は一緒にいろいろ見て回らない?」
悪くない提案に思える。さっきまでの会話から話が合わない、というわけでもなさそうだ。
「じゃあせっかくだしお願いしようか」
「そう来なくちゃ!」
俺の返事を聞き、飛鳥はにこりと笑みを浮かべた。
とはいっても私もあんまり詳しいわけじゃないんだけどね。
そう俺に言い訳しながら最初に訪れたのは大型のショッピングモール施設だった。映画館やゲームセンタ―なんかが併設されている、暇を持て余した休日に訪れれば軽く一日潰せてしまえそうなそんな感じの。
しかし案内されておいてなんではあるが。
「てっきり海岸側の方とか案内されるかと思ってた」
「え?そっちの方がよかった?」
意外、という表情でこちらを見る飛鳥。
「いや、正直助かってる。ただ、こういう旅行の醍醐味ってそういうアクティビティーになるものの印象があるから」
神薙島自体、リゾート施設を除けば観光資源はあまり多くない。京都みたいな歩けば寺社仏閣があるようなところではないのだ。
必然、見どころというのであればそういうマリンスポーツなどのなかなかできないものを体験する方向になる。
「あー、なるほど。そういうことか」
ポンと手をたたく飛鳥。何かに納得したというような仕草だ。
「黒鉄君、そういうのあんまり好きそうに見えなかったから」
ふむ。
「飛鳥から見れば俺はモヤシ野郎に見えたってことか……」
少し、いやかなりショックだ。
「ち、違うよ!失敬な!」
憤慨した様子で彼女は続ける。
「単にあんまり日焼けしてないな、ってこと。その割に結構鍛えてそうだったから外で何かすること自体があんまり好きじゃないのかなって思っただけ。あと……」
「あと?」
「手袋、外せないんでしょ?」
少しだけ気恥ずかしそうに彼女は言う。
あー……。いろいろ気を使わせてしまっていたようだ。
「お気遣い感謝します」
「わかればよろしい」
フン、と胸を張る彼女。いろいろ考えていてくれていたようだ。
「それで、この中ならどの店がおすすめなんだ?」
「えっと、まずはね――」
どうやら楽しい時間になりそうだ。
その後もかなりの蔵書数を誇る図書館や、やけにレトロな機種まで置いているゲームセンターなどいろんなところに連れて行ってもらった。
そして最後に。
「で、これがこの島の名物スポットの神薙タワー」
高さおおよそ百五十メートル、南部と中央の境目に存在する神薙タワーの百メートル付近には展望台が設置されている。神薙タワー内には展示スペースがあり、この島や神薙グループの歴史が展示されているだけでなく、個展を開けるようなスペースまであった。
「結構いい立地だな。これなら街のほうも港のほうも見渡せる作りになってる」
下から神薙タワーを見上げる。百五十メートルというと東京タワーの半分以下、そんなに高くないように感じられるが、高層ビルが乱立する東京に比べると神薙島はそうでもないため、かえってちょうどいい塩梅にも思える。
「せっかくだし展望台まで上がってみる?」
飛鳥の提案に乗ることにして展望台へのエレベーターに乗る。本来は入場料金を取られるところではあったが、例のサービスのおかげもあって無料で利用できるようだ。神薙さまさまである。
「んー、何回見てもやっぱりいい眺め」
飛鳥のいう通り、確かに素晴らしい眺めであった。
南部の港の様子もそして市街地や繁華街の様子も一望できる一挙両得ともいえる風景である。あえて高層建造物を建てないことで建物の陰に隠れてしまって見えなくなるものが出てきてしまうのを防いでいるあたりこの街並みが計画を持って作られていることをうかがわせる。
「あれが神薙グループ本社ビルだよ」
飛鳥が指さす先、島の西部側にはかなりの高層ビルが建っている。なんでも十年ほど前にわざわざこの島で本社ビルを建て直したというのだからすごい話だ。
しかし、なんでまた本土から離れているこの島に本社ビルを建て直したんだろうか?もともとは東京のほうに本社ビルがあったらしく、今もそのビル自体は残っているというのだからよくわからない。あちらに居を構えるほうが何かと便利なような気もするが。規模も東京のほうにあるもののほうが大きいらしい点も疑問だ。
「結構大きいな。十年くらい前に建てられたんだっけか」
こんな益体もない疑問を飛鳥にぶつけてもしょうがないので適当に相槌を打つ。
「確かに大きい建物だよね。確か神薙タワーの次にこの島で高い建物じゃなかったっけ」
かなりの財力を誇る企業の本社ビルだ、さもありなんといったところだろうか。
そんなことを言いながら展望台からいろいろ眺めているといつの間にやら太陽の位置が進んでいっていることがわかる。
そろそろこの案内の時間も終わりの時間が迫ってきていた。
なんとなく名残惜しさを感じているとそれを察したのか飛鳥は俺の顔を覗き込む。
「さて、いろいろと見て回ったことだし、最後に私のとっておきを見せて今日はおしまいにしよっか」
そういって彼女は微笑んだ。
喫茶店で飛鳥が言っていたようにこの島は開発され切っているというわけではなく、原風景というか緑を感じさせるところもそれなりにあった。観光のために残しているという側面ももちろんあるのだろうがそれがすべてというわけでもないのだろう。
神薙タワーから少し離れた地点。小高い丘のようになっているところが彼女のとっておきらしい。ハイキングコースの一環になっているためか整備されており、道中はそれなりに歩きやすかった。
「さぁ、ご覧あれ」
彼女に促され丘を登り切りその光景を目にする。
そこには神薙タワーに隠れていた太陽が水平線に向かって沈んでいく様が見えた。さしてくる夕日がまぶしく感じられる。
その後太陽の沈みとともにどんどん暗くなっていくかと思えば東側から明るくなっていく。繁華街のほうが夜間照明に切り替え始めたのだろう。
昼とも夜ともつかない不思議な時間がそこにはあった。
「ね、すごいでしょ」
得意げにこちらに笑いかけてくる飛鳥。
「確かにこれはなかなかお目にかかれるものじゃないな」
思わずその笑顔に見とれてしまっていたことをごまかすかのように視線を水平線のほうに戻しながら答える。
ごまかすためにああ入ったものの、これは確かにとっておきだといいたくなるのも納得できる光景だった。
「さてと、そろそろおひらきかな」
太陽が沈み切るのを見届けた後、どこか名残惜しそうな表情をしながらそう告げる飛鳥。
なぜかそんな表情をする彼女を放っておけず、ついつい
「どうしたんだよ、連絡先交換しておけばまた会えるだろ」
などと、らしくもないことを言ってしまう。
「そうだね。また会えばいい、か……」
俺に背を向けながら丘を下りだす飛鳥。どうにも様子がおかしい。
その背を追おうとしたところで彼女は唐突に振り替える。
今までとは印象の異なる微笑みをたたえながら。
「それじゃあ黒鉄魁人君、またお会いしましょう?」
そう、告げる。
今までが優しい笑みだとしたら今回のそれは少しの影があるような、そんな笑み。
影?何か後ろ暗いことがあるのか。それとも申し訳ないという感情?
いや、違うそうじゃない。今気にするべきは彼女が俺をどう呼んだかだ。フルネームを名乗ったわけでもないのに彼女は俺を黒鉄魁人だと呼称したのだ。
「ちょっ、待てよ!」
急いで彼女を追いかけようとする。
なんの用事があるかは知らないが、おそらく俺に何等かあるのは間違いないだろう。
「くっ!」
瞬間突風が吹き、思わず目をつむる。しまった、取り逃がしたか。
――それと、ごめんなさい。
強風の中そんな言葉が聞こえたような気がした。
風が止んだのを肌で感じる。そろそろ目を開いても大丈夫だろう。
おそらく彼女はもういない。金品を盗まれた感じもしないし、一体何が目的で彼女は俺と接触したのか。わからないことだらけではあるが、とりあえず今はホテルに戻ろう。家に帰ろうにも船のチケットが今からとれるとも限らない。
そうして目を開けたところで、
「…………は?」
思わず目を疑う。さっきまでは確かに丘のほうにいたはずなのに。
「どう、なって――」
眼前に広がるのは
「やがる……」
横倒しになり燃え盛る車、爆発音に破裂音。亀裂の入ったアスファルト。
血を流して物陰で座り込む人に、銃や刀剣類、果てはマジックだか何かわからないが、まるで炎や雷を操るかのようにして応戦する人達。
そして、そんな抗おうとする人達に襲い掛からんとする巨大な化け物。
獅子の体にヤギの頭、そして尻尾の代わりに蛇が生えている、そんな化け物。
非日常が、そこには広がっていた。