黎明の九重語   作:風間辰之助

3 / 9
2

――呆けている場合か!

 

急いで物陰へと身を隠す。背中に冷たい感触を感じる。どうやらコンテナの裏に隠れられたらしい。

どう考えたってあんな化け物に襲われたらひとたまりもない。非現実的なことが起こっているが、俺の体質を考えればそういうことだって起こりうるのはなんとなくだが想像できた。

目の前で起こっている現象はリアルと考えていい。一歩間違えれば死ぬことになるのは明白だ。

 

息を殺し様子をうかがう。幸いなことに気づかれてはいないようだ。

化け物とそれと戦闘を行っている人たち。よくよく観察してみれば人間側もどこかおかしいことに目が行く。明らかに身体能力が普通ではない。オリンピック選手なんて目じゃないくらいの速度で走ったり跳んだりしている。同じ人間だとは思えない。おまけに全員黒いスーツを着ている。エージェントのようなものだろうか。

 

少し離れたところから観察しているからわかるが、実際に相対したらきっと俺の目には追えないだろう。

やはり身をさらすのは自殺行為だ。ことが済むまでは静観するほかない。

 

そう心に決め戦いの行方を見守るが、どちらにも天秤は傾かない。拮抗した状態が続いている。

 

しかし、心的な損耗は確かにあったらしい。小銃を撃っていた黒服の男の動きが鈍る。手元の狂いからリロードをミスしたのか一瞬化け物から目を離し、手元を確認する。

その隙がいけなかった。瞬間化け物は唸り声をあげながらその黒スーツに体当たりをする。ガコンッと金属に何かが勢い良くぶつかったような音とともにコンテナに衝撃が走る。

男は俺が身を隠すコンテナまで吹き飛ばされたらしい。

 

クソッ!どうする?さっきの状態で均衡を保っていたのだ。これでは人間側が遅かれ早かれ負ける展開は目に見えている。

ここが決断の時だろう。身をさらすリスクを冒してでも安全地帯を探して走り出すか、じっと息を殺し続けて嵐が過ぎ去るのを待つか。

 

息をひそめ、状況を観察し続けるが好転する兆しはまるで見えない。それどころか一人、また一人と倒れていく。死んでいるのか生きているのかさえも分からない。化け物も傷こそ負っているものの戦闘能力はさほど落ちてはいないようだ。

そして五人いた最後の一人が追い詰められたところで、ふと目が合ったのだ。

おびえ切った表情。まだ死にたくないという感情。そういったものがありありと感じられる。それでもなお抵抗をあきらめない。

 

「く、……くそ、だれか……」

 

脳が沸騰したかと感じた。

 

「うわあああああああああああああ!」

気が付けば手袋を脱ぎ捨てながら走り出していた。わざわざ化け物の気を引くために叫び声をあげて。

 

化け物がこちらに来るまでに準備を整えなければならない。近くで倒れ伏す男に触れる。予備弾倉は腰のポーチか!

手早く予備弾倉を取り出しベルトに差し込む。二本が限界か。

 

続けて落ちている小銃をひっつかむ。

 

「――――ッ」

 

少し頭が痛むが問題ない。走り出しながら化け物との距離を取り射撃体勢に移れるようにする。

……銃がジャムを起こしてしまっているな。こういう時は――。

 

祈るようにチャージングハンドルを引く。キィンッという甲高い音ともに薬莢が排出される。腰から弾倉を一本抜き取り、挿入口に差し込んでハンドルを引く。よし、装填できたな。

銃身に歪みがないのはさっき読み取ったから理解できている。まったく工業製品は繊細なのが欠点だ。

ストックを肩にあてながらサイトを覗き込み、セミオートにセレクターを切り替え、軽く息を吸ってから止める。大丈夫。適切な運用方法なら今頭に叩き込んだ。

続けてこちらに近づいてくる化け物の目に素早く照準し、そして引き金を引く。

 

タァン、という破裂音とともに銃弾が目標にめがけて発射される。

 

狙い通り命中し、化け物がたたらを踏む。どうやらとっさに瞼を閉じたらしく貫通には至ってないようだ。

 

化け物が踏ん張るのが見える。マズい。

 

倒れ伏した男を巻き込まないように左に大きく飛び込む。

化け物の右前足がさっきまで俺のいたところにたたきつけられていた。

 

俺のイメージではすんでのところでのつもりだったが、その実それなりに余裕をもって回避できている。

いつもよりずいぶんと体が動く。火事場の馬鹿力というやつか?

 

――いや、この銃の効力か。

 

どうやら使い手の身体能力を引き上げる……違うな、潜在能力なのか?未知の概念過ぎて理解ができない。とりあえず身体能力が上がるってことでいいだろう。

 

こちらが回避したことを認識したらしい化け物が再度こちらにとびかかってくる。素早く回避し、再度顔面にめがけて発砲する。問題なく命中。

しかし化け物はひるんだり、鬱陶しそうな素振りこそ見せるが、ダメージが入っているように見えない。

 

おかしい。銃の持ち主の男が弾丸を命中させていた時、銃弾は貫通し化け物に痛手を与えていたはずだ。

 

――まずい、何もわからん。

 

銃撃の威力を上昇させる方法があるにはあるみたいだが、やはり俺では理解が及ばない。前提知識が足りなさすぎる。現状この銃では致命傷を与えるには至らないだろう。

 

何か、他に武器はないのか。銃撃でけん制しつつ周囲を探る。視界の端で光を反射するものが一つ。

 

あった、おあつらえ向きのやつが。

 

素早く予備弾倉に切り替え、射撃を続ける。当てるというよりは動けないようにするための射撃。

残弾がゼロになったのを確認し、銃を化け物に向かって投擲し目当ての物、転がっている刀のもとまで走り抜ける。

 

刀を拾い上げたのち反転、化け物に向けて正眼で構える。刃渡り八十センチほど、扱える範囲内だ。予想通り、この武器にも身体能力を向上させる機能があるらしい。そりゃあ、銃にも搭載されていた機能だ。近接武器に搭載されているのは当たり前というものだろう。イメージの中でこの刀にとって適切な振り方と自分の技術をすり合わせる。

 

こちらの雰囲気が変化したのを察知したのか、化け物はにじり寄るような動きへと戦い方をシフトさせる。こちらも同じようににじり寄っていく。

体の大きさはあちらのほうが大きくすぐれている。リーチであちらが勝っているのは明らかだ。

必然、これに対応するためにはカウンターの形で迎え撃つしかない。

 

だから、俺は。

 

不自然にならない程度にほんの少しだけ刀を下げる。にらみ合いに疲弊し、こちらから仕掛けようとする予備動作のように。

瞬間、化け物が跳躍する。

 

かかった。

 

右前足の振り下ろし攻撃を半身でかわしながら化け物の左目を切り裂く。

化け物が初めて悲鳴を上げる。この戦闘における初めて痛撃を与えた。ここから切り崩さなければ。

 

そう思い追撃を入れようとしたところで、気づく。

 

化け物の、ヤギの口があんぐりと開いているのを。

まだ生きている右目はしっかりと俺のことをとらえている。

 

噛みつき攻撃?いや俺の方へ振り返りながらは体勢的に不可能だろう。それより心なしか、少し熱いような――。

 

咄嗟に体を右へ転がす。とにかく化け物の視界の悪い方へ。

瞬間アスファルトが融解する。化け物が口から火を噴いたのだ。

 

素早く起き上がりながら化け物へと接近する。あれはまずい。距離を取ればそれだけでこちらが不利になる。一気呵成にここで仕留めなければ。

首を切り落とすのは不可能だろう。まずは弱点部位を、心臓の位置を探らなければならない。大丈夫、触れさえすればそれで済むことだ。

 

左前足によるひっかくような攻撃を跳躍して避け、首に腕を回すようにして化け物に取り付く。

 

一瞬だけ意識を集中させて――。

 

よし、見えた。

垂れてきていた鼻血をぬぐって、ポジションを変える。ちょうど、化け物の背中の左側、足の付け根あたりから肩の骨を避けるように突き刺せば十分に刃が届く。

 

――知ってるんだよ、その攻撃は!

 

刀を突き立てるふりをして、振り向きざまに刀を振るう。確かな手ごたえ。

切り飛ばしたのは化け物の尻尾、蛇の頭だ。さっき心臓の位置を読み取ったときにこの攻撃で俺を仕留めようという攻撃のビジョンをついでに感じ取っていた。

 

体の一部を切り落とされたのが余程こたえたのか叫び声をあげ、動きが硬直する化け物。今がチャンスだろう。

 

「これで、終わりだ!」

一息に刀を捻りながら突き刺す。化け物の体から力が抜けちくことがわかる。そして、俺を背に乗せたまま、ついに化け物は倒れ伏した。

 

念のために化け物に触るが、うん。もう生命活動は行っていないな。記憶が記録に変貌している。機能を果たせなくなったものを触れた時のいつもの感覚だ。

 

どうやら何とかなったようだ。刀をそのままにして化け物から降りる。

ぶっつけ本番でここまでやれたのは正直奇跡に近しいだろう。いくつもの幸運に助けられたことは言うまでもない。

 

無茶をした反動や疲労でガタガタの体を引きずるようにしてとどめを刺されそうになっていた男のもとへと向かう。意識が残っているのはそいつだけで他は生きているのか死んでいるのかさっぱりだ。幸い化け物の火炎放射に巻き込まれたのはいないらしい。

 

「おい、大丈夫かあんた」

 

俺の姿を認識するや否や何かを隠すようなそぶりを見せる。

モノが大きすぎて隠しきれていないな。楽器ケースだろうか長方形で取っ手がついている。

 

いや、武装していた集団の持ち物だ。銃器などの武器類の可能性もあるし、何か高価なものが入っているのかもしれない。

最も、そんなものに興味はないのだが。

 

「ああ、大丈夫だ。君が助けてくれたからな」

 

男はこちらに礼を言いながら立ち上がろうとして、そのまま崩れる。力が入らないらしい。

 

「おい、無理すんなって」

 

そういって近寄ろうとする俺を男は手で制する。

なんだ?俺を警戒している?

「すまない、まだちょっと立ち上がるのは無理みたいでね。それより、君は一体どこから来たのかな?」

 

口調こそ友好的だが放たれた言葉にはこちらを探る意図が読み取れる。

いわれてみて気づくが確かに今の俺は怪しいにもほどがある。

 

「その、本当に何を言っているのかわからないだろうけど、気が付いたらここにいて、それであんたらが戦ってた」

 

隠しても仕方がないので正直に話す。もっとも相手からすればごまかしているとしか思えない内容ではあるが。

しかし、目の前の男はなるほど、とつぶやいている。自分で言っておいてなんだが今の説明で納得できる要素がどこにあったというのか。

 

「察するに迷い込んでしまったんだろう。君にとっては不幸だったが、俺たちにとっては幸運だったというほかない」

そういいながら苦笑する男。警戒している素振りは見えない。どうやら今の俺の状況は男にとってはそう珍しいものでもないらしい。

「そういえば名乗ってなかったね。俺は橋本。君は?」

「黒鉄です」

「そうか、黒鉄君か。悪いんだけど、少し手伝ってくれないかな?」

 

橋本と名乗った男はさっき隠したはずのケースを取り出して俺の前に置く。

 

「これを俺と一緒に神薙ビルまで運んでほしいんだ」

「助けを呼んだ方がいいんじゃないか?それに……」

 

それに、迷い込むというのがよくあることなのだとしたら俺がそれにかこつけて接触を図っている輩というのも十分あり得る線になるからだ。

 

「あー、考えていることは大体わかるよ。まず助けを呼ぼうにも無線は車ごとやられてるし、俺の端末はこの通りおしゃかだ」

 

そういいながら懐からひしゃげたスマホを見せてくる。確かにこれじゃあ使いものにならない。

 

「正直君を信用するっていうのもリスクだけど、だったらそれこそさっき見殺しにしていればよかっただけでしょ?」

 

なるほど。橋本にもこちらを信じなければならないだけの理由が、やらなければならないことがあるらしい。

 

わかった、とケースの取っ手をつかんだところで違和感に気づく。橋本の視線が俺を見ていない。後ろ?後ろに何が?

 

橋本の瞳に映っているのは、さっきの化け物?

 

 

まさか、二体目?

 

 

認識した瞬間、すさまじい衝撃が体を襲い、化け物が遠ざかっていく。

違う、俺が吹き飛ばされたのだ。

 

直後背中から地面に落ち、バウンドしながら転がる。まともに受け身もとれやしない。五体満足なのが不思議なくらいだ。

咄嗟に体とヤツの足との間に手に持っていたケースを盾代わりに差し込めたようだ。おかげで体に裂傷はない。

 

ないが。

 

「ぐ……」

 

全身に力が入らない。視界がぐらつく。意識が落ちる前兆のように感じられた。

 

ここで終わりなのだろうか。思い通りにいかない体のせいか弱気になっていくのがわかる。

結局何もできてはいない。

 

あの時と同じだ。自分には特別な何かがあると思い込んで、その実何も解決などできはしない。

 

「碧……」

 

思わず義妹の名前をつぶやく。俺のせいで植物状態になってしまった、俺の罪の象徴。

 

あとどれくらいで化け物はこっちに来るのだろうか。

うつぶせの体勢のまま、顔だけ上げて正面を向く。

 

化け物はまだ遠く。のし、のしとゆっくりこちらへ歩み寄ってきている。

なめやがって。舌なめずりしてやがる。

 

そして視界にはもう一つ。一本の刀が路上に突き立っていた。吹き飛ばされ際にケースから飛び出してしまったのか。刀身には桜の模様のような模様が刻まれている。

 

さっきまで使っていた刀とは一線を画すものだというのが雰囲気だけでも伝わってくる。後生大事にしまってあったものだ。すぐれたものであるのは確かなのだろう。

しかし、今更そんなものあったところでどうにもならない。立ち上がれもしないのだから。

 

「…………ッ」

 

意識を保つのも限界が近くなってきている。視界がゆがむ。顔をあげているのも苦しい。

 

――――?

 

化け物がこちらへの歩みを止め、それどころか唸り声をあげている。

なんだ?威嚇しているのか?

 

だとすれば何に?

 

原因を確かめようとしたときにふと、目に入るものがある。

 

桜の花びら。

クソ、いよいよもってヤバいらしい。幻覚を見始めているようだ。

 

しかも、寄りにもよって桜とはな。最後の最後にこれとは気が滅入る。

桜の木もないのに、まして八月であるというのに。

 

桜の花びらはその数を、勢いをましていき、そして。

花吹雪となって過ぎ去ったそのあとには。

 

「久方ぶりに叩き起こされたと思ってみれば。なんだ、こんなこっば妖怪相手とはの」

 

突き立っていた刀は消え去り、その代わりに桜色の和装をした女が退屈そうに立っていたのだった。

 

「おい、小僧。貴様が儂を起こしたのだろうが。はよう、こっちに来てあれを切らんか」

 

ふてぶてしい笑みを浮かべながら。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。