――だからこそ俺は彼女の手を取る。何もできないまま終わるのはごめんだ。
そんな俺を見てにやりと笑う女。
「くくっ。やはり男子はそうでなくてはな」
「で、ここからどうすんだよ!あんたが俺を助けてくれるのか!」
半ばやけになって叫ぶ。
「何を言っている、小僧。貴様がやるのだ、儂を使ってな」
訳の分からないことを、と言いかけたところで再びどこからともなく桜の花びらが出現し、俺の視界を覆う。
「難しいことは言わん、まずは儂を感じよ。その寝ぼけた体ごと矯正してやる」
正面にいるはずの女の声がなぜか耳元から聞こえる。まさか花びらから聞こえているとでもいうのか?
徐々に薄くなる花吹雪、そしてさっきまで女の手をつかんでいたはずなのにいつの間にか感触が変わっている。
まるで、刀でも握っているかの如く。
視界が開ける。そこにはこちらを注意深く観察する化け物の姿、そして俺の右腕に握られているひと振りの刀があった。
さっきまで地面に突き立っていた刀だろう。サイズ感としては刀身七十センチほどで一般的な打刀と大差はない。しかし放つ威圧感は一般的とは言い難い。実際に握ってみるとそのすさまじさが理解できる。各の違い、凄みとでもいえばいいのだろうか。
しかしいくら名刀を握ったところで担い手が鈍らでは意味がない。まっすぐに切っ先を化け物に向けて構えることしか今の俺にはできそうもない。
もはや刀を十全に振るうだけの余力が俺には残っていなかった。
感じろ。あの女は確かそういっていたか。
あんな言葉、俺に何ができるかを知っていなければ出てくるはずのない言葉だ。
ダメでもともと。今はあの女の言葉に乗るしかない。
意識を握った刀へと向ける。扱い方を、かつてこの刀を担った者の技巧を探り出そうとして――、
「うおッ」
引っ張られている!つかんだ腕ごと振り回されているかのような感覚だ。探るとかそんな次元じゃない。主導権が向こうにあるといっても過言じゃない。とんだじゃじゃ馬である。
だけど。
体の奥から力が湧き出てくるのを感じる。さっきまで使っていた刀や銃器からでは得られなかった感覚だ。引き出されているというよりかは、体の内から生じているかのような不思議な感覚。
力が湧いてくる感覚とともに体の制御が効き始めるようになる。お膳立ては済んだ、とでも言いたげだ。
改めて化け物との距離を測りなおす。およそ五メートルといったところか。
今の自分の身体スペックがわからない以上、徐々に自分の技術とすり合わせていくしかないが、そんな悠長にやっていて体力が持つかは正直怪しい。
ならば、この刀に戦い方を問いかけるまでだ。
眼前の化け物に注意を向けつつも、意識はより深みへ。刀と神経を接続するようなそんなイメージ。
するりと自然に体が動き始める。脳裏には動きのイメージがしっかりと描かれている。なるほど、三手詰めの攻撃か。
一手目、まずは機先を制すための速さ重視の一撃。当てる必要はないが、当てるつもりで化け物の顔へと横一文字に斬撃を放つ。
目論見通り化け物は後退する。好都合なことにこちらの動きが相手の反応より早かったのか額をそれなりに深く裂く。
二手目、さらにそこから体勢を崩すための一撃を――
「っておい!」
体は勝手により深く、鋭く踏み込む。これでは体勢を崩すどころか相手を仕留めるための動きだ。イメージしていたものとはまるで違う。
横からコントローラーをひったくられた気分だ。
さらには怒りのようなものすら感じる。
なんだ?想定していたよりも相手の動きが悪いから怒っているのか?
まるで意味が分からない。しかしこちらが速度で上回る以上、破綻はない。ならばこのまま身を任せるのみ。
化け物の懐へと飛び込み、首めがけて一息に振り下ろす。不自然なまでに抵抗感がない。
力なく倒れ伏す化け物。胴と首とは完全に分かたれている。断末魔をあげることもなく絶命していた。
それにしてもこの刀にはうすら寒いものを感じる。いくら人並外れた膂力でもって刀を振るったところであんなに抵抗なく生物の首が落とせるだろうか。まして、三メートルはある巨大な生物の首を、だ。
血を払い刀身を観察する。歪みどころか傷一つない。仕方なくポケットに履いているハンカチで脂を拭き取ろうとするが、ほとんどついていない。
すさまじいといえば技巧の方もそうだ。足運び、体捌き、刀の振るい方。剣術とも言えない基礎的なものでしかないが自分の持ち得る技能とは隔絶したものがある。俺自身それなりに剣術を磨いてきた自負はあったが、まさしく別格というほかなかった。しかも、読み取った技能を完璧に表現できたかというと、かなり怪しい。今までこんなことはほとんどなかったのに。
鞘に納めようとして気づく。そういえば拾った時にはすでに抜き身だった。
さすがに抜き身の刀をもってうろうろしたくないので鞘か代わりになりそうなものはないだろうか。
お、あった。もともと刀の入っていたケースの近くに朱塗りの棒状のものが転がっている。おそらく鞘だろう。一緒に保管してあったらしい。
拾い上げ、刀を鞘にしまう。
「ぐっ…………」
押し寄せてくる疲労感につい膝をついてしまう。
しまった、つい気を抜いてしまった。
まずい、意識が……。
「ち……君、大丈……い?」
聞きなれない声がする。誰かが人を呼んだのだろうか?
人が駆け寄ってくる音、誰かが大声で何かを言っているような音。
そんな音を聞きながら、俺の意識は闇へと落ちていった。