黎明の九重語   作:風間辰之助

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「んぁ…………?」

 

目が覚める。体がやけにだるい。気力体力その他もろもろ。いろいろ使い果たしたようなそんな感覚。

 

首だけ回してぼーっと周囲を眺める清潔な白を基調とした部屋。もしかして病室なのか?

徐々に意識がはっきりしてくる。そういえば昨日か旅行で神薙島を訪れていて……

 

これまでの記憶がよみがえてってくる。島について半日ほどでずいぶんとひどい目に合ったものだ。

 

手足を動かしてみる。けだるさは凄いが拘束されている感じはしない。

 

神薙グループに保護された、と考えるのが最も合理的だろうか。

 

昨夜会ったあの男、橋本は神薙グループの名を口にしていた。そこに輸送されるはずだったものを用いて戦闘を行ったのだから神薙に回収されたと考えてよいはずだ。

 

それにしても――

 

思い起こされるのは俺が非日常へと放り込まれる直前のこと。飛鳥と別れることになったときのことだ。

ごめんなさい、彼女はそう言っていた。

 

シチュエーションだけで考えるならば彼女が俺をあの場所へといざなったと考えていいだろう。だとすれば、何のために?

俺に価値があるとすれば……。

 

じっと己の右手を見る。またこの異能の力が俺に厄介ごとを運んできたとでもいうのだろうか。だが、この力のことは誰にも話したことはない。両親や妹にすら。だとすればどこから漏れたというのか。

 

そもそもあの化け物は何だったのか。使うだけで身体能力が上がる武器など聞いたことも見たこともない。極めつけはあの刀。思えばあの和装の女もいつの間にかいなくなっていた。

 

ぐるぐると思考だけが巡るが、何も結論が得られない。当たり前だ。知らないことが多すぎる。

 

保護したということは何かしら利用価値があるからということ。なら、話くらいは聞けるかもしれない。今できることといえば待つことくらいだろうか。

どうやって時間をつぶそうか、と考えたところでスライドドアが開く。誰かが部屋に入ってきたようだ。

 

「おや、目が覚めたようだネ」

 

声の主はそう言いながら俺に近づいてくる。女の声だ。

すらっとした長身に肘で引っ掛けるように気崩された白衣。そして整っている顔立ちを台無しにしてしまっている目の隈と死んだ魚みたいな光を失ったかのように見えるこげ茶色の瞳。全体的になんというか。

 

「え?何?マッドサイエンティスト?」

 

思わず口に出してしまった。

 

「あったばかりなのにずいぶんとご挨拶だネ、少年。こっちは別にキミをホルマリン漬けにしてやっても構わないんだゼ?」

 

意外と癪に障ったらしい。すまない、と謝ろうとして気づく。

 

「ってやっぱりマッドサイエンティストじゃねぇか」

「冗談だヨ、冗談。こんななりだけど本職は医者サ。研究もしてるけどネ」

 

はっはっはと笑う白衣の女。妙にムカつくヤツだ。

 

「ああ、まだ名乗ってなかったネ。私は二宮空(うつほ)。気軽に空先生ってよんでくれたまえ」

「じゃあ気分がすぐれないから一人にしてくれないか、二宮センセ」

「おや、ずいぶん嫌われてしまったようだネ」

 

肩をすくませる二宮。

 

「ところで体調はどうかナ?黒鉄魁人クン?」

「最悪だよ」

 

また、名乗ってもないのにフルネームで呼ばれる。これで何度目だ?

だがこうも重なってくると見えてくるものがある。

 

「それで?神薙グループの人間がただの高校生に一体何の用だよ」

 

そう指摘してやると途端に目を細める二宮。

 

「へぇ、そう判断する根拠を教えてもらってもいいかナ?」

「そう難しい話でもないだろ。神薙島は神薙グループとずぶずぶなのは明らかだ。そんなところに旅行に来てから半日で不思議体験とこんにちはだ。誘い込まれたって考えてもいいはずだし、何かが起きてももみ消しやすいホームグラウンドってことになる。まずはこれでワンアウト」

 

右手の人差し指をたてる。「それで?」と二宮は続きを促す。

 

「次に、じゃあなんで俺をターゲットにしたのかってことだ。あんたが医者だっていうものだから今さっき思い出したよ。そもそも俺がこの島に来るきっかけになったのは献血に参加したことだ。あんたらがどういう人間が欲しかったのかまではわからねぇが、少なくともこれの結果で島に呼び寄せる人間を選別してたのは間違いないだろう。これでツーアウト」

 

右手の中指をたてる。二宮は目でこちらに続きを促してくる。

 

「最後は俺の名前だ。名乗ってもないのにほいほいフルネームで呼びやがって。これはお前らが神薙グループの関係者ならホテルなりなんなりから知ることができる情報だ。翻って俺の行動のコントロールもある程度は可能になる。あとは誘導役を俺にあてがえばこれまでのシチュエーションは狙って起こせるって寸法だ」

 

右手の薬指をたてる。合計スリーアウトだ。

二宮は「なるほどネ」と満足そうにつぶやくといきなり拍手を始める。

 

「コングラチュレーション。いい推理だったとも。多少荒い点はあるもののおおむね要所は抑えていると言ってもいいかナ」

「そいつはどーも」

 

だが、こんな推察を話したところで意味はない。

 

「それで?用件ってのは話してくれるのかよ?」

「ああ、話すとも。もとより黒鉄クンの意識が戻ったら連れてこいと言われているのサ」

 

二宮はそう告げると白衣のポケットからスマホを取り出し、どこかへ電話をかける。

 

「連れていくってどこにだよ」

 

二宮が電話を終えるのを待ってから話しかける。

 

「どこって現会長用の応接室サ」

 

神薙グループの現会長。つまり俺ではちょっと想像もつかないレベルの権力者のところにいきなり連れていかれる、ということになる。

 

「くれぐれも粗相のないように、ネ?」

 

絶句している俺に向かって二宮は付け加えるようにそう言い放った。

 

 

 

コン、コン、コンと二宮がノックをする。高そうな扉である。そういえばこのフロアに立ち入ったときからなんとなく歩く時の感覚もいつもと違う。きっといい絨毯か何かを使っているのだろう。

 

ガチャリと扉が開く。中から出てきたのは黒スーツの人物。中性的な人物だ。俺よりも少し年上くらいだろうか。王子様って印象を受ける。

 

「空先生、お待ちしていました」

「ご苦労だネ、薊クン。二人とももう来ているのかい?」

「ええ、そろっていますよ」

「そういうわけだから入るよ、黒鉄クン」

 

扉を開いた状態で二宮が催促してくる。

 

ええい、南無三。

「し、失礼します」

 

意を決して中へと踏み込む。高そうな調度品が次々と目に入る。

うお、西洋鎧って本当に飾ってあるものなのか。

 

「君が、黒鉄魁人君か」

威厳を感じさせる男の声が俺を呼ぶ。高そうなスーツに身を包む四十代くらいの男だ。おそらく彼が神薙グループの現会長なのだろう。

「はい」と返事するのがやっとであった。彼の鋭い目つきにはそれだけの迫力が備わっている。

 

「そうか、では座り給え。二宮、君もだ」

着席を促されたので対面のソファに座る。二宮も俺の隣に座った。

ちらりと出入口を見るとさっきの黒スーツがいる。目線が合うとニコリと微笑みかけてくる。そういう意図はないのだろうが逃げてようとしても無駄だと言われているような感覚がする。

 

「――――ッ」

 

部屋に入ってから圧倒され続けていたので気づかなかったが末席のほうにちょこんと見知った顔が座っていた。

居心地悪そうにうつむいている。飛鳥だ。

 

「先に名乗っておこう。私は神薙仁というものだ」

「改めまして、黒鉄魁人と申します」

 

改めてこちらも名乗ることにする。

 

「楽にしてくれ、何も取って食おうというわけではない。我々は君にお願いがあるだけなのだ」

 

お願い。一体何を要求されるのやら。

 

「さて、こちらの要求を述べる前にまずは手荒な招待になってしまったことを謝罪する。ちょっとした手違いのようなものがあったものでな」

 

開口一番妙なことを言い出した。

 

「手違い……?」

思わず口に出してしまう。一体何が手違いなのか。

 

「本来君にはもう少し穏便にこの敷地に迷い込んできてもらうつもりだった、ということだ」

「つまりあの化け物に襲われたのは事故だったと」

「そうだ」

 

簡潔に神薙会長は答える。事故でない証拠に心当たりはない。可能性はゼロとは言い切れないが、ここは心象を悪くしないに越したことはないか。

 

「わかりました。事情を尋ねるのは大丈夫でしょうか」

「構わない。君に頼みたいことにもかかわってくる」

 

よし、とりあえず情報を引き出せそうだ。

 

「では、本題に入るとしよう。君にやってもらいたいことについてだ」

息をのむ。一体どんな要求が――

 

 

「君には私の娘、飛鳥と婚約してほしい」

「は?」

 

 

思わず気の抜けた声が出る。

 

「お、お父様!?」

飛鳥も顔を真っ赤にしながら驚いている。反応から見るに彼女も初耳の様だ。薊と呼ばれた黒スーツも驚いた表情をしている。

 

そんな中一人大爆笑している輩がいる。二宮だ。腹を抱えて悶絶している。

 

「ちょっと待ってくれ。言い方が悪かったか?しかしこれ以上端的な表現もないのだが……」

 

さてはこの人天然か?

 

「それは端的が過ぎますヨ、会長」

 

二宮が笑いをこらえながら発言する。

 

「要は一時的に黒鉄クンには神薙家の人間になってほしい、ということサ。なぜ神薙家の一員にならなくちゃいけないかについてもついでに説明しようかナ」

ちょっと長い話になるヨ、と前置いてから二宮は続ける。

 

「まず最初に、この世界において魔術だの、超能力だのというのは実在する。それはキミもよく理解しているだろう、黒鉄クン?」

 

なるほど、そういうことか。

 

「最近の血液検査ってのは凄いんだな」

「そんなにへそをまげないでおくれヨ、黒鉄クン。むかしむかしの人類がその時代にあったとされているウイルスに感染した結果と言われているネ。そうして発現した因子を受け継ぎ、開花させたものがいわゆる魔術師や超能力者と言われた者たちサ。現在ではエクシードなどとも呼ばれているヨ。エクシードの因子を開花させたものだけが体の内に眠る力、まあ魔力だの霊力だの言われている奴だネ。あれらを用いて超常現象を引き起こすことが可能というわけサ」

「血液からどういうことができるとかわかるのかよ」

「もちろんだとも。そもそもどういう能力が発現するかは遺伝によるところが大きくてネ。特殊な薬剤を用いれば大まかには分類できるのサ。ほぼすべての人類がこの因子を持っているから、能力の系統ごとに住んでいる地域が違うとか調べてみると案外面白い結果になるかも」

「おい、話が逸れてるぞ」

 

そう指摘すると二宮は「んんッ」と咳払をする。

 

「失敬。それでまぁ、今回欲しかった能力はサイコメトリー的な能力を持つ人物だヨ」

 

サイコメトリー。たしか残留思念とか過去の出来事を読み取る能力だったか。確かに近いと言えば近いが……。

 

「ところで黒鉄クン。君はどこまで自分の能力に自覚的なのかナ?」

「何か関係あるのかよ。ほしい能力に目星はついてるんだろ?」

「いっただろう、サイコメトリー的な能力だって。情報を読み取れるだけじゃ不十分だったのサ。私の見立てだと、キミはもっと深く、広く読み取れるだけでなく読み取ったものを自分に憑依させることができる。違うかナ?」

「……そうだ」

 

そこまでばれているなら隠してもしょうがない。

 

「俺は手に触れたものに刻まれた理念や経験、感情といったものを読み取ることができるし、読み取ったそれらを自分の体にアウトプットできる」

「なるほどネ。重要だったのは感応する力だったと」

 

二宮は納得したようにつぶやく。

感応。なるほど、言われてみるとしっくりくる。

 

「それで?その望む能力を持っていた俺に何をしてほしいと」

「それは私から話そう」

 

神薙会長が口を開く。

 

「わが一族が所有する遺物が一つ。『八重桜』の継承者となってほしいからだ」

「もしかして俺が使ったあの刀が?」

 

こくりと頷く神薙会長。言われてみれば確かにただものではない雰囲気のある刀ではあったがそんな大層なものだったとは。しかし、そうなると一つ疑問が出てくる。

 

「じゃあ、あの女はなんだったんです?桜色の和装をした女」

 

あの刀を使うことになった際にいたあの女。あれはなんだったのか。

薊、と神薙会長が出入口に向かって声をかける。

 

「いや、そういう特徴の人物がいたという報告は受けていません」

「だ、そうだ。すまないがそれについては我々にもわからん。そもそも、神薙としても八重桜がどういった遺物なのかを把握しきれていないのだ」

「なのに、八重桜の力が必要だったと」

 

よく把握できていないものにすがらないといけないというのはかなりの窮地なのではないだろうか。

 

そうだ、と神薙会長は頷く。

 

「それを語るには神薙の歴史について触れればならなくなる。我々神薙がここまでの力を持つに至ったのは七星武具と呼ばれる七つの強力な遺物を保有していたからだ」

 

そういえば、と神薙会長が思い出したかのように言う。

 

「まだ、あの化け物について説明していなかったな。あれは人類が異能の力を手にした代償のようなものだ。古くから妖怪、などと呼ばれてきたあれらはすべて人間の負の感情から生まれたものだ。さっきにも話に上がったが、人間が文明を気づいたころにはほとんどすべての人類が潜在的に因子を宿していたと考えられている。その潜在的な因子から生じた力が負の感情とともに少しずつ集まり、噂や伝承といった指向性を与えられた、というのが連中の正体だ」

「なるほど。そういった化け物狩りの一派として力をつけていったと」

 

確かにそういう背景があったのなら強い力を持つ道具を保有していたのだとすると発言力などを持っていたと考えられる。

 

「その認識で間違いはない。国家機関として陰陽庁というのが秘密裏にある。神薙はそこに出資している状態だ。ゆえに多少の無茶も通せる」

「でも、そういうわけにもいかなくなってきた、ということですよね?」

 

さっき七星武具を保有していた、と言っていた。つまり今は保有していない、ということだ。

 

「その通りだ。十一年前に起こった事件によって私たちは一本を残して七星武具を喪失、いや強奪されたのだ」

「なるほど、それでその補填のために八重桜が必要になったと」

 

発言力を保つために力の確保は急務といえる。当然の流れだろう。

 

しかし、「それは違う」と、力強く否定する神薙会長。

 

「我々が八重桜を求める理由は七星武具の破壊だ。これからの時代に過去の遺物は必要ない。あれらは強力過ぎる。もはや不和の種にしかならない」

 

力強く、高潔な言葉だった。なるほどこれが大企業のトップのカリスマか、と感動しそうになったところで――

 

「それに、いまや我々はエクシードたちの潜在能力を引き出す装備、『連星武具』の開発に成功している。陰陽界における発言力が落ちることはない」

 

…………やっぱりこの人天然だろ。

 

気を取り直して。

 

「それで八重桜が必要な理由はわかりましたけど、なんで俺が神薙家の一員になる必要があるんですか?」

「ああ、それは単純に陰陽庁に八重桜使用者は神薙家の人間に限る、と登録しているからだ。遺物の所持に関しては陰陽庁遺物管理局まで届け出る必要がある。よってすべての七星武具の破壊を終えるまで飛鳥との婚約関係を続けてほしい、というわけだ」

 

なるほど、そういう理由か。理屈は理解できた。

 

「つまり偽装婚約、ということですか」

「ああ、そういうことになる」

 

だとするなら、

 

「彼女の意思はどうなるんですか」

 

偽装とは言えだ、どこの馬の骨とも知れぬ男と婚約などごめんだろう。

 

「それに関しては――」

「嫌じゃないです、お父様」

 

うつむきながらではあるが、それでもしっかりと飛鳥は告げる。俺からでは表情をうかがうことはできないが、こう言われてしまえば仕方がない。

 

「なら、問題はないな。ではここからは取引の話をしよう」

 

そういいながら俺に向き直る神薙会長。

 

「とりあえず条件を教えてくれませんか?」

「まずは、こちらでの生活を全面支援しよう。神薙島には高校も大学もある。君は今一人暮らしをしているのだろう?その資金もこちらで負担しよう」

 

なかなか魅力的な提案だ。なぜ俺の現在の生活状況を知っているのかに関しては疑問が残るとこではあるがどうせお抱えの密偵がいるとかそういうのだろう。

 

「そして、君にとってはこちらの方が魅力的だろう。君の妹、黒鉄碧の治療費の負担と最先端医療の投入を約束しよう」

「本当だな?その言葉」

 

自分でもびっくりするくらいドスの効いた声が出た。

神薙会長は俺の視線をまっすぐに受け止め、それでも毅然と口を開く。

 

「本当だ。血判を押してもいい」

「なら、問題はないです。それと、すいませんでした」

「気にしないでくれ。それより、依頼している立場でいうのもなんだが、命の危険はいくらでもある業界だ」

 

その覚悟はあるのか?言外にそう問いているのがわかる。

 

「構いません」

 

確固たる意志をもってそう宣言する。

一パーセントでも妹を救うことのできる可能性が増えるのであれば乗らない手はなかった。

 

「それでは契約成立だ。これからよろしく頼む」

 

神薙会長は立ち上がり、俺に向かって手を差し出す。

その手に対して、俺は少し戸惑ってしまう。

 

「その、いいんですか、握手なんて。俺の能力を考えたら……」

 

いつもなら能力の暴発予防のために手袋をしているが、今はそんなものしていない。

 

「承知の上で私は君に握手を求めている。問題はない。君が契約をのんだ時点で我々は一蓮托生だ」

…………なるほど。その本心までは読めないが、なんとなく負けた、という気分であった。

能力が暴発しないように注意しつつ相手の手を握る。普段から勝手に発動しないようには気を付けているが、それでも細心の注意を払って。誰にわかるわけでもないが、そこだけは一線を引きたかった。

 

「よろしくお願いします」

 

そうして俺たちは固く手を結びあった。

 

 

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