「というわけで、さっそく訓練と行きたいわけなんだけど。黒鉄君は大丈夫かな?」
「よろしくお願いします」
俺と神薙会長が契約を結んでからあくる日。俺が神薙島を訪れて三日目。俺は神薙ビル敷地内に存在するエクシード用の訓練施設へと足を運んでいた。
相対しているのは薊四葉さん。神薙会長との話し合いの場にもいた人物だ。役割としてはSPのようなものらしく、普段は主に飛鳥の警護に当たっているようだ。俺の一つ年上らしく、女性の方だ。昨日と同じく黒いスーツを身に纏っている。昨日と違うところは、腰に何かを下げているところだろうか。あれは銃?
神薙に所属するエクシードの中でもかなりの実力者らしく教官役になることもしばしばあるらしい。まぁ、会長の娘の護衛を務めるのだからそりゃあ実力者でなければならないだろう。
「とはいっても正直私と黒鉄君じゃ戦闘に対するアプローチが全然違うから本当に基礎の基礎しか教えてあげられないと思うけど」
そういって頬をかく薊さん。王子様然とした容姿をしているからかそういう仕草がよく似合う。
「さて、エクシード全般に言えることだけど、私たちの戦い方は大きく二種類だ。一つ目は異能の力、まあ炎を出したり、氷を出したり、とかいうやつだね。そして二つ目が――」
瞬間薊さんの放つ威圧感が膨れ上がる。
「もう一つがこの身体能力の強化だね。こう、体の中の力を引き出すとかそういうやつだね。漫画的な表現で言えば、オーラとか魔力とかそういう部類のものかな。オーラって言っておけば大体のエクシードには伝わるよ。そして自分の能力に自覚的になったエクシードは普通の人よりも素で身体能力が高くなるけど、こうすることで爆発的に身体能力が向上するし、相手の攻撃にも耐えやすくなる」
ふぅ、と息を吐く薊さん。さっきまで放っていた威圧感は鳴りを潜める。
「これら二つを組み合わせて戦うのがエクシードなんだけど、黒鉄君の場合はちょっと事情が異なるよね」
腰に差している刀、八重桜をちらりと見やる。
「私もそうなんだけど、遺物を持つエクシード、ホルダーとか呼ばれたりするけど、これら二つに加えて遺物に依る能力っていう手札も併せ持つことになる」
なるほど、納得のいく話だ。エクシードの能力は応用こそ効くが、基本的には一人一つが原則らしい。そうなってくると、外付けで能力を増やせる遺物の重要度は高い。というか薊さんもホルダーなのか。ということは腰に下げているものがそうなのだろう。
そうだ、ここで疑問に思っていたことをぶつけてみよう。
「その、結局遺物ってどういう代物なんですか?」
エクシードはその血に刻まれている因子を覚醒させて能力に目覚める。だったら似たようなことができるのに非生物である遺物はどういうからくりで能力を行使するのだろうか。
「うん。君の場合はそれも知っといた方がいいかもしれないね。とはいっても簡単な話だよ。君も見ただろうけどあの化け物、総称としてはロアなんて呼ばれている存在達から得られる素材で武具を作ると特殊な能力を持つにいたるってわけなんだ。で、そうなるといっぱい作ればいいじゃん、って話になると思うんだけどそうもいかないらしくてね」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ。遺物の制作過程では特殊な技術、たぶんそれに適した異能とか特殊な技法がそれにあたると思うんだけど。そういうのが失われてしまっているんだ。だから遺物っていうらしいよ」
「?じゃあ連星武具ってのはどういう……」
昨日の神薙会長の話にもあったが、あれも遺物なのだろうか。そうなってくると今の話と矛盾するようにも思えるが……。
「ああ、連星武具は神薙が作り出した疑似的な遺物だよ。特殊な能力はないけど、保持者の身体強化を補助してくれたり、余剰のオーラを用いて武器としての能力を向上させられる機能もあるね」
「それってすごく画期的なもののように聞こえますけど……」
「実際、すごく画期的だとも。だから神薙は六つも遺物を奪われてもその影響力を保っているのだから」
「すいません、話の腰を折ってしまって」
「いや、構わないさ。さっきも言ったけど君は遺物がどういうものか知っておいた方がいいからね。ホルダーは三つの手札があるって言ったけど、君の場合は三つ目に対しての依存度が高いから」
「それって俺の異能が直接攻撃するのに向いていないからってことですよね?」
その通り、と薊さんは俺の言葉を肯定する。
「加えて君の能力は遺物の真価を引き出すのにもってこいのものだ。しばらくは身体能力強化関連でいろいろ教えてあげられるけど、そこから先は君がどれくらい八重桜と向き合えるかにかかっているね」
この刀と、八重桜と向き合う。それはあの剣技と向き合うということと同義だ。
ぶるり、と背筋が震える。初めての経験であった、読み取った技能に納得がいかなかったことは。今思い返しても俺の再現度はいいとこ八割だった。
「黒鉄君?大丈夫かい?」
「ああ、すいません。少し考え事をしていたもので」
「そっか。まあ、不安に思うのも仕方がないよ。八重桜についてこっちが提示してあげられるものはほとんどないのに、うまくやるには八重桜の性能を引き出さなければならないなんて話になっちゃうんだから」
まったく無責任な話だよね、と茶化したように、けれど俺を気遣った言葉をかけてくれる。
「さて、それじゃあ軽く座学も終えたことだし、実践編と行こうか」
「はい!」
こうして俺はエクシードとしての第一歩を歩み始めたのだった。
「疲れた……」
神薙島滞在七日目。本来なら本土に帰っているはずの今日。俺は変わらずホテルに宿泊していた。
神薙島での新しい家が決まるまでは宿泊予定だったホテルで滞在できることになっている。
それにしてもなかなかうまくいかないものである。
ここ最近ずっと薊さんに稽古をつけてもらっている状態だ。オーラをまとうところまではとんとん拍子に進んでいたのだが、そこから先で大苦戦している。
オーラを引き出す感覚については八重桜を初めて握ったときに無理やり体験させられた覚えがあるので何とかなった。
問題はその後、調節の段階だ。どうにも出力が安定しない。いうなれば感度が高すぎるアクセルとでもいうべきだろうか。確か初めて出力を上げた時はこんな感じだったか。
「おお、筋がいいね、黒鉄君。ここでつまずく人結構多いのに」
感心した、という感じで薊さんがほめてくれる。
「まあ、一度体験しているので」
こう、素直に褒められると照れくさい。すこしつっけんどんな返し方になってしまう。
「それでもすごいさ。それじゃあ少し出力をあげて走ってみようか」
はい、と返事して己の内へと意識を向ける。
体に流れる力を意識する。今は薄く均一に流しているイメージ。
「黒鉄君が持っているイメージに合わせるなら、そのオーラを濃くしていくことはできそう?」
「やってみます」
徐々に力を込めていく。それに比例するかのように体を巡るオーラは濃さを増していく。
「いい感じ、いい感じ。それじゃあ走ってみて」
こくりと頷き、一歩目を踏み込もうとしたところで
「あ、ちょっと黒鉄君、ストップ――」「え?」
何かを感じ取った薊さんは俺を制止しようと声をかけたのだが、時すでに遅かった。
「うわッ!」
バキッ!という音が鳴る。ものの見事に俺の足は床にひびを入れる。
えっ、ちょっ――
想定外の出来事につんのめってしまった俺はそのまま放物線を描き、
「ぐえッ」
壁へと直撃してしまったのである。
以上、回想終了。
あれ以降もなかなかうまくいかず現在に至るわけなのだが。
「はぁ……」
思わずため息が出る。もしかして才能がないのだろうか。
まだ戦闘訓練もしていないのにこの体たらく。一人前になれるのは一体いつになるのやら。
ベッドに転がりながら自分の手のひらを見る。
物心ついた時からこの感応能力を使うことができた。孤児院出身だった俺はなんでも誰かのお古だったことが幸いしたのか、無意識にこの能力を使い、器用にいろいろこなしていった。
それは今の黒鉄家に引き取られてからも同じだった。剣術道場を営む黒鉄家は男児に恵まれず、後継者に困っていた。その解決策として孤児院から素質のありそうな子供であった俺を引き取ったというわけである。
俺はそこそこに期待に応え、そこそこに剣の技術を磨き、そこそこに黒鉄家の長男をやって、そしてドロップアウトした。家を出ての一人暮らし。家賃や食費など最低限は出してくれたが、それは世間体を気にしてのものだろう。
…………。
昔のことを思い出していると少しずつ眠気が増してくる。
シャワー浴びたっけ……?
まあ、いいか。
そうして俺は眠気に身を任せて意識を手放した。
…………?なんだ……?
ぺしぺしと顔をはたかれているような感覚がする。
「起……か、…僧。……、…れ」
誰かの声が聞こえる。
「もう少し寝かせてくれ……」
連日の訓練で疲れているんだ。
顔をたたく何かをつかむ。暖かい。なんだ、これ。人の手?
「起きんか、このうつけものがッ!」
瞬間、頭にゴンッという衝撃が走る。
「いってぇ!」
痛みで目が覚める。昔親父に拳骨をもらった時のことを思い出す。
「何しやがる……」
痛む頭に手を当てながら目を開く。
「ようやっと起きよったか。まったく儂の手を煩わせよってからに」
あの時の桜色の和装をした女が俺を見下ろしていた。
「お前……」
痛みに呻きながら起き上がる。クソ、まだジンジンする……。
「本当はもう少し折を見てから招くつもりだったが、貴様があまりにもふがいないから時期を早めてやったわ。感謝せい」
偉そうに胸を張りながら女はそう言い放つ。
招くとか言っていたか、こいつ。
周囲を見渡すとわかることではあるが、さっきまでいたはずのホテルの一室ではなかった。
板張りの床、壁に掛けられた木刀。それらはどこか見慣れた風景だった。まさか、実家の道場……?
「ああ、ここは貴様の心象風景から儂が過ごすのにちょうどいい場所を適当に見繕った空間よ。現の世界のものではない。今も現実の貴様は眠っておる」
「は?」
真顔で女はわけのわからないことをのたまった。心象風景?現実とは違う?
「何言ってるんだか全然わからないんだが。要は今俺は夢を見てるってことでいいのか?」
女はフンと鼻を鳴らし、「まあ、今はその認識でいいだろう」と不満そうに言う。
「それにしても昼間も見ておったが、なんだあの体たらくは。貴様それでも剣客か」
剣客って……。
「違う、俺はただの学生だっての」
「あんな啖呵を切っておいて?」
「ぐっ……」
痛いところを突くやつだ。戦う決意をしたのだから戦力になるのは急務であるといえる。俺が学生だなんてことは言い訳にならない。
「つーか、見ていたってなんだよ。俺に取り付きでもしてんのか?」
「そうだ、よくわかったな。もし貴様が八重桜を手放そうものなら末代までたたってやるから覚悟することだ」
恐ろしいことを言いやがる。
「で、結局お前は何なんだよ。俺はお前の名前も知らねぇんだが」
「む、そういえば名乗っていなかったな。桜と呼ぶがいい」
桜、ねぇ……。
「八重桜に関係があるから桜とかいうんじゃねぇだろうな」
「?それ以外に何があるという」
当たり前だろう、とでも言いたげな様子だ。とことんイラつかせてきやがる。
「さて、時間も有限ではない。指南してやるから構えい」
そういいながら壁に掛けてある木刀を二本手に取り、一本をこちらに投げてよこしてくる。
「なんだよ、急に。もっと穏便なやり方があるだろ」
「はっ、笑わせる。言ってわかるようなやつならすでに体得しておるだろうに。そら、行くぞ」
桜が俺に向かって木刀を振り下ろしてくる。ああは言うものの手加減はしてくれているようだ。まだ目で追える。
制御できる範囲でオーラを身にまとい防御しようとこちらも木刀を振るう。
「ぐっ」
互いの木刀が接触した瞬間あまりの重さに悶絶する。
「どうした、どうした。男が女に力負けするなぞ情けない」
「う、うるせぇ、このゴリラが!」
カカカと余裕そうに笑う桜。なめやがって、とは思うものの力負けしているのは事実。
「力むな、力むな。普段貴様は刀を振るうとき、いつもそんな風に全身を力ませて振るうのか?」
「そんなわけないだろ!」
力んだ状態で鋭い斬撃が放てるわけがない。適度な脱力こそが肝要だ。
「それが答えとなぜわからん。特殊な力と考えて変に意識をするから空回りをする」
そういいながら桜は俺を押し飛ばし、鍔迫り合いを終わらせる。
「手本は見せてやったぞ。ほれ、貴様も打ってこんか」
防御を下ろしながら挑発してくる。
「シッ」
軽く息を吐きながら木刀を袈裟に振るう。しかし、
「少しはましになったが、まだ甘い」
接触の瞬間に少し木刀を差し込まれるだけでよけられる。
「うおッ!」
それどころか木刀をまるでからめとられるかのように引っ掛けられ、床に転がされる。
「下半身に力が入っとらん。そんなだから踏ん張りがきかず、そうやって転がされるのだ」
そら、立て、と蹴りつけてくるので立ち上がり、距離を取る。
「もっと自分の動きを想像してみろ。お前は刀を振るうときいつもどんな腕の振りをしている?足運びは?心構えはどうだった?初心に返ってみよ。貴様が初めて刀を振るったとき、どんな自分を夢想していた?」
どんな自分、か。思い出してみれば、初めて親父に剣の振りを褒められたとき、俺は能力を使っていなかったんだっけか。なんとなくずるをしちゃいけないような気がしたような覚えがある。
確かあの時は――
まっすぐに振り下ろすだけの一撃。なんの捻りもない素直な動作。何千、何万回と繰り返してきた行為。だからだろうか自分の一挙手一投足が手に取るようにわかる。気の巡りが、力の連結が感じ取れる――
「まぁ、及第点かの」
俺の振るった木刀は桜の眉間の辺りでピタリと止めることができていた。
ふぅ、と一息つきながら木刀を収める。桜も同じように構えていた木刀を下ろす。
「もし俺が当ててたらどうするつもりだったんだよ」
「ぬかせ。儂の見切りは完璧よ。現に貴様は寸止めしてみせただろうに」
自信に満ちた様子である。妙に自信家な女だ。
「まあ、貴様が力の制御に失敗していたのも無理はない話だがの」
「どういうことだよ」
簡単な話だ、と桜は指を振る。
「貴様はどのようにして走るのか言語化できるか、という話よ。そんないちいちいろいろ考えて走ってないだろう。最も走りを生業とするものならあり得ん話でもないがな」
「確かに木刀を振るう動作の方がまだマシかもな」
意識して強制してきた動作と、無意識に行ってきた動作。どちらがより鮮明に頭に描けるかなど比べるべくもない。
「とりあえずはこれで勘所は抑えたといえる。あとは現実の感覚とすり合わせていけばすぐに習得できるであろう」
「なんというか、世話になったな」
「うむ、存分に励め」
なんとなくこの女の人となりが少しつかめたような気がする。
自信家ではあるが、それは経験に裏打ちされたもの。
それは先日読み取った剣技からも推察される。
加えて尊大な物言いをするが、面倒見はいい方なのだろう。不甲斐ない俺を見てとは言っているが、そこまでする義理があるようには思えない。
なら、こちらも筋を通すべきだろう。
「これからも指導よろしく頼む、先生」
そう、頭を下げる。
「……まあ、頭を下げられたなら致し方ないな。折を見てまた呼び出す。教えねばならんことがまだまだあるしの」
早口でまくし立てる桜。しかもそっぽを向いている。
照れてるのか、とからかいたくなるがへそを曲げられても困るのでとりあえずはスルーしておく。
「さしあたって、一つ聞いておきたいことがある」
「なんだ、申してみろ」
俺の真面目な声色に反応したのか、こちらへと向き直る。
「八重桜ってのは結局何ができる遺物なんだよ」
これから先を戦うにあたってどうしても知っておかなければならないこと。八重桜に秘められた力を知っておく必要性は高い。
「そうさな、少し待て」
考え込むようにして少し桜は黙る。
なんだ?明かせないようなことでもあるのだろうか。
「…………」
一分ほどの沈黙ののち桜は口を開いた。
「一言でいえば拡張斬撃とでもいうかの」
「拡張斬撃?」
言葉の意味が分からずおうむ返しをする。
「そうだ。とはいってもこれだけではわからんだろうから助け舟を出しておいてやる。神薙仁と言っていたか。あやつの言っていたことは正しい。八重桜は七星武具を破壊するために作り上げられた刀だ」
そして、と桜は言葉を続ける。
「斬撃とは、モノを斬るとはどういうことかを突き詰めろ。それを拡張するとはどういうことか。斬撃という概念に感応してみみせろ、黒鉄魁人」
ピピピピと音がする。セットしておいた目覚ましのアラームだろう。それを認識した瞬間、まるで夢から覚めるように俺は現実へと意識を戻していた。
さっきまでの出来事は夢であり、夢でないのだろう。さっきまでの出来事をきちんと認識しているし、覚えている。
与えられた課題はなんのことかさっぱりだが、今はできることをやるほかないだろう。さしあたっては身体能力強化の習得だ。
気合をいれ、修練場へと向かう。
――その日、俺はついに身体強化の技能をマスターしたのだった。