黎明の九重語   作:風間辰之助

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「黒鉄君、ちょっといいかな」

「なんですか、薊さん」

 

あれからさらに三日がたったある日の午後。

桜からの課題に向き合いながら稽古を続ける日々を送っていた。

 

「ちょっと時間をもらいたいんだけど、いいかな?」

 

ちょいちょいと手招きをする薊さんのところへと向かうとそんなことを言われた。

 

「構いませんけど、なんです?」

「いや、飛鳥さんのことなんだけどね」

「……彼女がどうかしたんですか?」

 

神薙会長との一件以降、飛鳥とはまだあってない。互いに隠し事をしていた関係、というのも相まってなんとなく会おうという気にはならなかった。

「実は君と話がしたいそうでね」

「なるほど……」

今になって偽装婚約が嫌になった、というわけではないのだろう。それだったら薊さんももう少し深刻そうな顔をするだろうし。

どちらかというと今の彼女の表情はしょうがないから面倒見てやるか、程度のものである。

今更な話ではあるが、いい加減向き合っておくべきだろう。

わかりました、と返事をする。

 

「ごめんね、助かるよ」

薊さんは少し安堵した様子でそう言ったのであった。

 

 

「飛鳥、黒鉄君を連れてきたよ」

扉をノックしながら薊さんが扉越しにそう告げる。彼女らは昔からの付き合いらしく、プライベートでは砕けて接している、と稽古中の雑談で聞いたことがある。

少しお待ちください、という返事の後、扉が開く。

 

「お待ちしておりました、黒鉄さん」

初めて会った時とは違う、お嬢様然とした服装に身を包んだ飛鳥がいた。

初めて会ったときの快活さは鳴りを潜めている。果たしてあれは演技だったのだろうか。

中へどうぞ、と促されるままに入室する。以前通された応接室より幾分か狭いつくりの部屋だ。私物らしきものも見当たらない。

察するに私的な要件の際につかわれる部屋なのだろう。

 

紅茶を用意しますね、と飛鳥は奥へと引っ込んでいく。なんとなく気まずさを感じる。まあ、普通に考えればお互いにまだ引きずっていてもおかしくはない。薊さんに何とか仲を取り持ってもらった方が話も早いだろう。

薊さんに視線を向けるが彼女は少し困ったような表情をしていた。

 

「悪いんだけど、これからちょっと別の用事があってね。私はこれで失礼するよ」

 

廊下側から上半身だけ出してそう俺に告げて去っていく。なぜかウィンクをしながら。あとはよろしくと言わんばかりである。

しょうがないので適当にソファに座る。しばらくしたのち飛鳥がティーカップを二つトレーに乗せて戻ってくる。

 

「お待たせしました、黒鉄君。わざわざ申し訳ありません」

 

あくまで丁寧な言葉遣い。こちらに心を開いていないからなのだろうか。いずれにせよ、この件に触れるのは少し待った方がいいだろう。なんとなくそんな気がする。

 

「いや、別に構わない。それで、用件っていうのは?」

「では、単刀直入に申し上げます。なぜあなたはあのような条件を飲んでしまわれたのですか?」

「それは偽装婚約を解消したいって遠回しに言っているのか?」

「そんなこと、どうでもよいのです」

 

彼女は力強く言い切る。やはりそういう方向性ではないようだ。

では、なぜ?そこが飲み込めているのなら彼女にとって不都合など内容にも思えるが……。

 

「死んじゃうかも、しれないんだよ……?」

絞り出すような声量ではあった。しかし、俺にははっきりと聞こえた。

…………はぁ。どうやら俺はとんだ思い違いをしていたらしい。まったく、穴があったら入りたいとはこのことだ。

 

「理由、ある程度は知ってるんだろ?」

 

彼女はこくりと頷く。目元は赤く、うるんでいるように見える。自分のことでもないというのに。

 

「それでも、全部黒鉄君の言葉で聞きたい」

「わかった。つまらない話になるぞ」

 

角砂糖を一つ入れてから紅茶を一口飲む。普段は砂糖など入れないが、無性に甘いものが欲しかった。

 

「俺はもともと孤児でな。物心ついたときから孤児院にいた。で、紆余曲折あった後に黒鉄っていう家にもらわれたんだ。ちょうど剣術道場をやってて跡継ぎが欲しいとかでな。その家、子供が女の子一人しかいなかったもんだからさ」

 

今でも覚えている。なんだか怖そうなおっさんが俺たちが外で遊んでいるのを見まわし、俺を見るなり頷いていたのを。傍からみれば完全に不審者のそれだったが、それが俺と親父のファーストコンタクトであった。

 

「でまあ、養子になってからは一応黒鉄家の長男ってことになってな。まあ、それなりにうまくやったよ。別に剣術道場継ぐのも嫌じゃなかったしな」

 

実際充実した日々だったのだろう。厳しいが俺をよく見ていてくれた親父。いつも俺を見守っていてくれた優しいお袋。そしていつも俺の後ろをついてきていたかわいらしい妹。

全部、俺がぶち壊してしまったものだ。

 

「で、そんな感じで日々を過ごしていたんだが、ちょうど一年前くらいか。妹がいじめられてるって話を聞いたんだよ」

 

今思い出しても胸糞の悪い話だ。理由はたしか、こっぴどく振られたとか、そんなだった気がする。はじめは小規模なものだったらしいのだが、徐々に規模は大きくなっていき、俺が気付いたころにはクラス中の人間がかかわる事態になっていたらしい。

 

「むかっ腹がたった俺はまず学校に問い合わせたんだが、知らぬ存ぜぬでな。話にならなかった」

 

中学三年という進学にかかわる時期だったからだろう。学校側は見なかったことにしたかったのだろう。

 

「そんな状況にムカついた俺はだったら俺が何とかしてやるって息巻いていじめの主犯格を片っ端からボコボコにしていったんだよ」

 

その中に数人不良グループとかかわりがあるやつがいてお礼参りだなんだとずいぶん大事になった。確かあの時に初めて剣でズルをしたんだったか。まあ、そうでもしないとこっちがやられる事態になっていただろう。

 

「そんな大立ち回りをしたもんだから、俺も学校にばれて処分を受けることになった。いじめ問題も表に出ることになって、丸く収まったはずだったんだがな」

 

いろいろやっていたのがばれた後、親父には殴られるし、お袋と妹には泣かれるしでてんやわんやだった。これで終われば馬鹿が一人停学処分を食らっておしまいという話だったんだがな。

 

「俺が停学処分を受けている間のことだった。妹が拉致されてな。法外な身代金に異常に短い支払期限だった。当然支払えるわけもなく。見つかったときには妹はひどいけがを負わされていた。一応命は助かったが、今でも植物状態だ」

 

犯人も捕まるには捕まったが、黙秘を続けたのちに拘置場で自殺。事件は闇に葬られることになった。

 

「で、その発見された妹の近くには『黒鉄魁人、これがお前への報いだ』って書いてある紙が置いてあったんだよ」

 

状況的には俺へ恨みのある人物の犯行だったのだろうが、今となっては追いかけようもない話だ。

 

「その後、実家に居づらくなった俺は家を出て行き、今に至る。もっと俺がうまくやれていたら起きなかったかもしれない事件だ。妹が目を覚ます可能性が一パーセントでも上がるなら、俺は命なんていくらでもかけられる」

 

そういって、話を締めくくる。大筋はこんなところだ。

 

「つまんない話だったろ?」

 

重苦しい雰囲気を変えたくてわざと茶化したような物言いをする。

 

「そんなことなかったよ。確かに、聞いていて愉快な話ではなかったけど」

 

強い意志を感じさせる目で飛鳥は俺を見据える。

 

「今度は私の話を聞いてくれるかな?」

 

わかった、と俺が返事をすると飛鳥は話し始めた。

 

「私のお母さんは私が小さいころに亡くなっているの。十一年前の事件の時、私の目の前で殺された」

 

そういいながら飛鳥は傍らに置いていたアタッシュケースを机に置いて開く。中には藍色の装飾が施された短刀がしまい込まれていた。一目見ただけで伝わってくる。この短刀はおそらく。

 

「おい、これってまさか七星武具か?」

「うん。これは七星武具が一振り、銘を藍裂(あいさき)」

 

飛鳥は短刀、藍裂の鞘から少しだけ刀身を見せる。呼応するように輝きを放つさまは確かに彼女を持ち主であると認めているかのようだった。

 

「そして私がこの藍裂のホルダーなの」

 

聞いた話ではあるが、八重桜と同様に七星武具は扱うものに適正、七星武具と同じ系統の能力を持つことを要求するらしい。

加えて血縁者から似た能力が生まれやすいということを加味するのであれば。

 

「もしかして、先代は――」

「そう。私のお母さんだったよ。十一年前のあの日、私とこの藍裂を守るためにお母さんはおとりになったの。藍裂は空間に作用する能力を持っているから、それを応用して私とこの短刀を隠してね」

 

やはり、そうだったのか。十一年前ということは彼女はまだ学校に通いだしたくらいの年齢だったはず。

お前のせいじゃない、と言おうとして口を紡ぐ。多分これまで何度も同じ言葉を言われてきたんだろう。それでも彼女が飲み込み切れていないから、今この話を持ち出したのだろう。

 

「私はあの時、怖くて震えているだけだった。お母さんが殺されるかもしれないからじゃなくて、自分が死んじゃうかもしれないことが怖かった」

 

少し青ざめた表情で飛鳥はそう続ける。きっと、今でもまだ恐怖をぬぐい切れてはいないのだろう。

 

「そんな中で、黒鉄君の話を聞いたの。八重桜を使えるかもしれない人として。誘導役に手を挙げたのも私自身の意思だよ。会ってみたかったんだ、君に、家族のために立ち上がった人に」

「買いかぶりすぎだし、何よりお前の時とは状況が違う。年齢もシチュエーションも、挑む相手だって全然違った」

「確かにそれは事実だね。でも、大事なのはそこじゃないんだよ。やったか、やらなかったか。違いはそこにしかないんだと思う」

 

まっすぐに俺を見据えながら彼女は言う。口から出まかせを言っているのではない。よく考えたうえでの結論だと、その目は物語っていた。

 

「会うまでは怖い人なのかと思ってたんだよ。何人も不良をのしたって話だったし。けど、君は思ったより普通の人だった。人のプライバシーを勝手にのぞいてしまわないようにわざわざ手袋をしてみたり、それを隠すための嘘を後ろめたく思っていたり。私と大きくは変わらない人なんだって、そう思えたの」

 

そういいながら彼女は俺に手を伸ばし、そっと腕をつかむ。

なんとなく振り払う気は起きなかった。

 

「確かに君の行動は方法としては良くなかったんだとは思う。けど、だからって君が妹さんのために何かしたかったって、そういう思いがあったことに違いはないんだよ」

 

俺の右手を両手で包み込みながら彼女は話しつづける。

 

「私はあなたの手助けがしたい。ほかでもない、自分のために。君が妹さんを本当の意味で取り戻すことができたら。私はきっと自分の考えを信じてあげられる。同じようなことが起こっても今度は立ち向かうことができるって信じられると思うの」

 

「手袋、外してもいいかな?」「ああ」

 

再度彼女は俺の手を包む。真摯な気持ちが流れ込んでくる。ごまかそうとか、欺こうとか、隠そうとか。そういった気配は少しも感じられない。

 

「ここから先、あなたも私もいろいろな危険が迫ってくると思う。多分、八重桜の保管場所が本土から神薙島に移ったことも、藍裂のホルダーが私であることもきっと連中は把握しているはず。黒鉄君が巻き込まれたあのロアの襲撃はいくら何でも出来すぎてるよ」

「そうかもしれないが、ロアってのは人に操れるものなのか?」

「ふつうは無理だと思う。けど十一年前の時も最初はロアの異常発生からだったの。おそらく何らかの技術を用いて制御を可能にしているんじゃないかな」

 

暖かさが手を離れる。どうやら彼女が手を離したらしい。

 

「これが神薙飛鳥がきみにした隠し事の全部だよ」

「いや、全部じゃないだろ」

 

きょとんと首をかしげる飛鳥。すっとぼけやがって。

 

「口調だよ、口調。なんで使い分けてんだよ」

「あー、あれ?」

 

にやりと少し意地の悪い笑みを浮かべる飛鳥。

 

「黒鉄君の反応のいい方を採用しようかなって思ってさ。それにちょっとミステリアスなくらいがちょうどいいでしょ?」

「隠し事はもうないんじゃなかったのか?」

「それは、神薙の人間としての話」

 

飛鳥は片目を閉じていたずらっ子みたいな表情をして、

女の子としての秘密はまた別の話だよ」

 

……まったく。

 

これから俺がしばらく行動を共にする人物は。

 

他人を思いやれて、重たい過去を持っていて、勇気が欲しくて、茶目っ気のある。そんな女の子らしい。

 

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