黎明の九重語   作:風間辰之助

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「ありがとうございましたー」

 

コンビニ店員からのあいさつを受けながら退店する。

 

歩き始めながら脳内で今日の反省会を行う。

今日も実りのある一日というわけではなかった。身体強化を会得できたのはいいが、未だに八重桜の能力について掴めていなかった。

 

斬撃に感応しろと桜は言っていた。とりあえず斬るということを体験してみようかと生竹を斬ってみたり、薪を斬ってみたり、巻藁を斬ってみたりしてみたが収穫があった後は言い難い。せいぜい人前でやる試し切りがうまくなっただけだろう。

多分アプローチが間違っているのだろう。そういえば桜は他にも何か言っていたな。確か八重桜は七星武具を破壊するための武器だとかなんとか。

斬ることと壊すこと。似ているようで違う概念。どうして桜は――。

 

…………。

 

どうやら俺に用事がある人間がいるようだ。

進路を港近くの倉庫街へと向ける。あそこならこの時間帯なら人気もない。釣りだすなら持ってこいの場所だろう。

 

 

 

「人通りの少ないところに来てやったんだからさっさと顔見せたらどうなんだ」

 

へたくそな尾行しやがって、と言いながら振り返る。

 

感応能力の副作用なのか昔から尾行に気づきやすいという変な特技が俺にはあった。なんとなく敵意みたいなものを感じると首筋がチリチリするのだ。

それにしたって今回のは気づいてくれ、と言わんばかりのずさんさだった。

 

「俺ァここらあたりの地理に詳しくなくてな。気づいてくれればそっちが勝手に案内してくれるかと思ってよ」

 

姿を現したのは金髪でやけにガタイのいい男だ。上背もかなりあるな。百八十センチは軽くあるだろう。大きな楽器ケースを背負っている。

 

「んで、おめーさんが八重桜のホルダーってことでいいのか?」

 

そういいながら男は背負っている楽器ケースを下ろし中身を取り出そうとする。

その隙を見てスマホを用いて助けを呼ぼうとするが――

 

「圏外……?」

 

おかしい。この島はほぼどこでも圏内だったはずだ。

 

「助けならこねーぞ」

 

よっこらせ、と肩に紫色の刃を持つ斧を担ぎながら男は言う。楽器ケースの中身を取り出したのだろう。

 

「ここら一体の電波は遮断してある。これくらいは俺とこの紫電にかかれば楽勝よ」

 

よく見れば男の体からも、担いでいる斧からも紫色の電流が走っているのが見て取れる。

 

「もっかい聞くぞ?おめーさんが八重桜のホルダーってことでいいのか?」

 

ああは聞いてきてるがはぐらかしたところで無駄だろう。目星がついたからこうやって接触してきたのだろうことは予想がつく。

 

「そうだ、俺がそのホルダーとやらだ。あんたは?」

「俺ァ、芝山雷蔵ってモンだ。万事屋稼業をやらせてもらってる。お前のその八重桜ってのを持ってこいって頼まれててな。悪いこたァ言わねえ。さっさとよこしな」

 

痛い目には遭いたくないだろう、とその目は語っていた。

 

「悪いがそうもいかなくてな」

 

肩にかけたある竹刀袋から八重桜を取り出し、手袋を脱ぐ。

 

「こっちもお前の肩に乗せてあるのに用事があってな。置いていくなら見逃してやる」

 

鞘から引き抜き、刀を構えたところで芝山は立ち止まった。ちょうど五メートルくらいの距離感。エクシードなら十分射程範囲内の距離だ。

 

「ああ?こいつはやれないな。何ていったってこれ自体が報酬なんだからよ。うわさに聞く七星武具のホルダーともなれば、いい仕事もジャンジャン舞い込んでくるだろうしな」

 

肩を斧、紫電で叩きながら芝山は言う。

 

口ぶりから察するに、おそらくこいつは十一年前の神薙への強襲には参加しておらず、そのあとに雇われた人物なのだろう。

 

「さて、おしゃべりはこれぐらいにしてそろそろ始めようぜ」

 

戦闘態勢をとる芝山。

敵の戦力状況は読めないが、俺に差し向けてきたのがこの男である以上、おそらく今敵が動かせる最高戦力はこいつであると考えてもいいはず。

 

なら、俺が今すべきはできるだけ時間を稼いで応援を待つことだろう。

 

「先手は譲ってやるからかかって来いよ」

 

半身で構えながら、相手にはわからないように重心をやや後ろ気味に置く。

まずは見に徹し、隙を探る。どう考えても相手の方が格上だ。慎重に事を進めるべきだろう。

 

「上等!」

 

敵は弾丸のごとき速度で突っ込んでくる。速い。普通に後ろに下がればそのまま叩き斬られるだろう。さらには斧がまとう電撃が厄介だ。一瞬触れるだけなら問題ないが真正面から受け止めれば感電は免れない。

 

ならば。

 

前に出している右足を軸に反時計回りに体を回転させ、相手の攻撃から軸を外す。これで攻撃は当たらない。

 

続けて振り向きざまの横降りの一撃。後ろに下がって回避する。案の定さっきと違い、振りの速さ重視の一撃のためそこまで伸びてこない。

 

切り返す動作。もう一度逆方向への横薙ぎで攻撃するつもりだろう。今度の攻撃は単純に後ろに下がるだけでは刈り取られる。

 

前へと素早くステップ。斧を持つ右ひじを狙って小さく刀を振るう。当てる必要はない。下がらせればいいだけだ。

 

狙い通り攻撃を中断し、芝山はステップを踏んで後退するがそのステップは少々浅い。俺の一撃が軽く腕をかすめようとして、ガキンという金属をたたいたかのような音を立ててはじかれる。見れば紫電を体にまとわせている。どういうからくりかはわからないがああされると防御力が向上するらしい。おそらく攻撃に転用することもできるだろう。

 

距離が開いたので軽く呼吸を整える。何とかわしたが、あの雷による防御を突破する手段がこちらにはない。やはり単独でのヤツの撃破は難しいだろう。

 

再びの突進。斧は――振り上げていない!単純な体当たりか。

 

認識した段階ではもはや横への回避は不可能。なら、

タイミングを合わせて跳躍。相手の体の上を転がるようにして回避する。

着地後、反転。相手の次の一手に備える。

 

斧を振り上げる動作。再度こちらへの振り下ろし攻撃だろう。

 

――いや、違う!

 

掲げるようにして構えられた斧の刃に紫の電撃がチャージされるのが見える。一体何をするつもりだ。

芝山はそこから動かず、斧を振り下ろす。

 

直感的に上へと跳ぶ。瞬間あたりの地面が紫の電撃を帯びる。

 

危なかった。とっさにジャンプしていなければ感電してしまっていただろう。だが、この状況はいささかまずい。空中にいたのでは回避の方法がない。

 

にやりと笑う芝山。こちらへ突進しての一撃を狙っている。

 

回避は――しない。刀で受ける。

 

横方向の一撃。刀で受けるが受け止めない。逆らわず後ろへあえて吹き飛ばされる。受け止めた瞬間腕がしびれる。可能な限り脱力して受けたのにこのありさまだ。どんな腕力してやがる。

 

着地を狙って、突進してくるのがわかる。高威力の一撃、振り下ろし攻撃を行うのがわかる。回避しきるのは難しい。これがやつの必殺の連携の一つなのだろう。

 

瞬間、インスピレーションが湧く。一か八かやってみるか。

 

相手の振り下ろしにこちらも刃をあわせる。受け止めきる瞬間に鍔元を中心に小手を返すように刀を回転させながら側面に回るように足を運ぶ。相手の刃の背にこちらの刃が添えられている状態へと持っていく。

 

そして、相手が斧を振り下ろすのに合わせて後追いで刀を動かす。丁度、相手の斧を後ろから押して加速させてやるように。

 

ゴンッ!とどこか抜けた音ともに斧が振り下ろされる。前へとつんのめる芝山。よし、崩した。

すかさず体当たりを食らわせ膝をつかせる。続けて横振りの斬撃、狙いは左足の大腿部。まずは機動力を削ぐ!

 

「シッ!」

 

小さく息を吐きながら刀を振るう。

 

しかし、芝山は咄嗟に前転。俺の一撃をかわす。

追撃は行わない。あくまで時間稼ぎが目的だ。

 

「あぶねえ、あぶねえ。危うく足を切り落とされるところだったぜ」

妙にニヤつきながら立ち上がる芝山。まだ余裕がありそうだ。先ほどの一撃は本気だったが全力だったわけではないのだろう。

 

「しかし、どんな芸当だ、ありゃあ。気が付いたら転がされてたぜ」

 

原理はそう難しい話ではない。刀で少し後ろから押してやることで芝山が予想しているインパクトの瞬間より早く、そしてより遠くで生じたからである。結果反動をジャストタイミングで受けることができず、居ついた状態になってしまったというのがからくりだ。

まあ、そんなものを敵に教えてやる義理はないが。

 

「さあな。俺からすればあんたが勝手に転んだようにしか見えなかった」

「そうかい、そうかい」

 

また楽しそうに笑う芝山。

 

「闘いってのはこうでなくちゃな。弱っちいのをつぶしても面白味はねえ」

 

なるほど、そういう手合いか。なら、あまり軽口をたたいても、頭に血を登らせることで思考力を奪うことにはつながりにくいだろう。

 

「もっと俺を楽しませてくれよ?」

 

芝山が斧を構えなおす。今までの一連の流れから相手の攻撃を捌くには相手の想定を上回り続ける必要があるだろう。まさに限界への挑戦だ。

それを応援が来るまで続ける、か。なんともタフな夜になりそうだ。

 

一抹の不安を抱えながら、俺は芝山へと刀を向けた。

 

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