ぜぇぜぇと自分の息が切れているのがわかる。十分だろうか、十五分だろうか。どれくらい時間がたったのかいまいち判別がつかない。
「よく粘るじゃねぇか。結構楽しめたぜ」
致命傷こそ受けてはいないが、細かい傷は数えだしたらキリがないだろう。
それに比べて芝山は消耗してこそいるが傷はほとんどない。
あれ以降、芝山は電撃による攻撃の割合を増やしてきた。そうなってしまえばこちらは回避に専念するしかなく、結果今に至る。
「んじゃまぁ、そろそろ終わりにしようかねぇ」
芝山が斧を振り上げる。回避を試みるがステップが浅くなる。直撃は免れないだろう。刃が迫る。
……?衝撃が襲ってこない。
気が付けば芝山から十メートルほど離れた地点に瞬間移動していた。
「……よかった、間に合った」
俺をかばうように、飛鳥は芝山と相対していた。
「ああ、お前が藍裂のホルダーか。悪いが今回はお前はターゲットじゃねえんだ。すっこんでな」
「そうもいかないの。今の私は彼を守ることだから」
気丈に飛鳥は言い返す。覚悟を決めたかのような力強い言葉遣いだ。
「あとは任せて、黒鉄君。私が君を絶対に生かして返すから」
「ちょっと待て、お前何をするつもりで――」
前へと進もうとする飛鳥を止めようと腕をつかもうとするが、何もつかめない。飛鳥は数メートル先に転移していた。
「大丈夫だよ、私強いから」
振り返りながら笑いかけてくる飛鳥。感情を呼んだわけではないが、それでも断言できる。あれは強がりだ。
「やめろ、死にに行くようなもんだ!」
手を伸ばすが届かない。飛鳥と芝山の体がブレる様にして消えていく。おそらく結界を構築し、外界とのつながりを立とうとしているのだろう。
丁度、飛鳥の母が飛鳥を守ったときのように。
「じゃあね、黒鉄君。――――」
完全に消えてしまう飛鳥。最後の言葉は聞き取れなかった。
「畜生!」
拳を地面へと振り下ろす。拳が痛むが、それだけだった。
飛鳥の判断は正しい。七星武具の破壊というこちらの目標を考えれば生き残るべきは俺であるし、その策を実行するのに適した人間は飛鳥であることは明白だ。俺と彼女両方を転移するという選択を取らなかったことから何かしらの制限があることは明白だ。
だからと言って俺のこの悔しさがなくなるわけではない。喪失感が消えるわけではない。結局のところ俺はあのころから何も進歩していない。
「そうやってあきらめるのか小僧」
桜の声が聞こえる。いつの間にか右手の重みが消えていた。
「ぐっ」
胸倉をつかまれ無理やり引き起こされる。目の前に桜の顔があった。
「立て。ここであの娘を失えば本格的に貴様は立てなくなるぞ」
こちらを見透かしたようなことを言う。
「じゃあ、どうしろっていうんだよ!現状の俺は足手まといにしかならないし、何よりどうやって向こうに行け――」「頭を冷やさんか、たわけが」
瞬間、目の前で花火が散ったような気がした。行けばいいんだと言おうとしたところで桜に殴られたらしい」
「儂はできることしかやれと言わん。現状をどうにかする手法を貴様はすでに知っている」
今俺にできることだと……?
「お前の技能を読み取ること?」
「阿呆なことを言うな。剣戟においてはすでに貴様のほうが上手だろうが。第一、あれしきの相手で儂を頼っているようではこの先での勝利なぞ、望むべくもないわ」
じゃあ、一体何だというのか。あと俺ができること……。
いや、違う。今の俺ができることじゃない。今の俺ができるはずだけど、できないことについて桜は言っているんだ。
結局のところ俺と芝山との決定的な差は武器の性能をきちんと発揮できるかどうかにあるといえる。芝山の能力と紫電の力が合わさりあの雷の鎧を形成しているのだろう。
そういえば拡張斬撃、七星武具の破壊の二つの事柄はつながっているという予測を立てていたところだったはずだ。
何をもって七星武具を破壊するのか。そもそも七星武具はどうすれば破壊されたことになるんだ?
機能不全に陥ればそれは壊れたといえるだろう。七星武具はホルダーの能力と合わさり異能を強化する代物だと仮定するなら……?
斬られたものは、もう元には戻らない……?
そうか、そういうことだったのか。
拡張斬撃とはつまり斬撃の対象を拡張するということ。八重桜は異能を斬る刀である、ということになる。
「ようやく理解したようだな。ならやるべきことはわかるだろう」
「迷惑をかけたな」
返事をしながら桜の手を取る。瞬きの後、その姿は八重桜へと変貌する。
ただ、いつもとは様子が異なる。八重桜の刀身に刻まれた桜の模様が桜色を帯びる。まるで八重桜が体の一部のように感じられた。
もしやと思い八重桜で地面をひっかくと手で触れた時と同様に情報が読み取れる。これならやれるかもしれない。
刀を地面に突き刺し、飛鳥の気配を探る。
……そこか。
五メートルほど先、結界の境界はそこにあるだろう。
結界を斬る、という強い意識をもって刀を振るう。確かな手ごたえとともに結界が切り開かれる。その隙間から中へと侵入する。
「く、黒鉄君、どうしてはいってきちゃったの!」
ボロボロの状態でこそあったが、飛鳥は五体満足な状態で芝山と向かい合っていた。どうやら最悪の事態は免れたらしい。
「おうおう、兄ちゃん。ものの十分くらいでえらく男前をあげたじゃねえか。男子三日会わざればっていうが、これはまあなんとも食いでが多そうだ」
芝山は獰猛な笑みを浮かべる。やる気満々といった感じだ。
「飛鳥、まだ大丈夫か?」
「え?」
「そこで、見ていてくれ、俺が勝つところを」
彼女が、あの日の俺を肯定してくれた彼女が見ていてくれるなら。
俺は自分の可能性というやつを信じてあげられるような気がした。
「いいのか?二人相手でも俺はかまわないんだがなァ」
「必要ない。下手な連携をする方があんた相手には致命的なミスをしそうだ」
「そうかい。いいねぇ、やっぱり俺ァタイマンのほうが好みでな。第二ラウンドといこうや!」
大上段に斧を構え、芝山は突っ込んでくる。相変わらずその攻撃を目で追うことはできない。だが、回避する必要がないのであれば!
ギィン!と金属が擦れあう音がする。振り下ろした斧を横から弾いてそらす。
「おっと、こいつはどういうことだァ?」
放つ電撃が無効化されたことに感づいたのだろう。
「これで俺とお前の状況はイーブンだ。これまでのようにはいかない」
「そいつはどうかなァ!」
何も持っていない左手を俺の首元へと伸ばす。掴んで直接電撃をたたきこむつもりだろう。
その対処方法は正しい。バックステップで距離を取る。
「確かに俺の雷を何とかする方法は見つけたようだが、そいつはあくまで刀で触れなきゃ意味がねェみてぇだなァ。だったらこっちにだってやりようはあるってもんだ」
一度の交錯でここまで見抜かれるとは。やはり敵も侮れない。
芝山は左手に雷を集中させる。その様子は鬼の手のようにも見えた。
「一回でも直撃させたら終わりだってことには変わりねェ。ここからは手数増やして攻めさせてもらうぜ」
その場で俺に向かって左腕を伸ばす動作。雷で形成された左腕が伸びてくる。
「くっ」
すかさず切り落とすが、ヤツ本人の腕というわけではない。すぐにまた元通りになる。
しかし、これは少々よろしくない状況だ。遠距離攻撃のための手段に欠ける現状だとあの腕の攻撃をかいくぐりながらヤツに肉薄する必要がある。
盾になりそうな障害物はない。だが、やるしかない。
「おらよッ」
再度振るわれる左腕。今度は鞭のようにしならせた横薙ぎの一撃。
攻撃に合わせて刀を振るい、切り落とす。タイミングを誤れば八重桜をからめとられるだろう。
間髪入れずに芝山は斧を地面にたたきつける。さっきも見せた電撃による範囲攻撃だ。
あれへの対応策は跳躍以外にはない。すかさずジャンプする。
「こいつならどうだ!」
左手を引き、ためを作る芝山。左手に雷が集まっているのがわかる。引き絞った左腕が解放される――。
瞬間閃光が走る。すさまじい熱と光。
「がッ!」
背中に衝撃。どうやら壁まで吹き飛ばされたらしい。記憶の前後が一致しない。一瞬ではあるが気を失っていたのだろう。
まさしく雷霆のような一撃だった。幸いにも空中で被弾したため、感電による戦闘不能こそ免れたが手ひどい火傷を負ってしまったようだ。
「やるねぇ。一応フィニッシュブローのつもりだったんだが」
コツコツ、と靴音をたてながら近づいてくる芝山。
刀を地面につきたてながらなんとか立ち上がり、刀を構える。
その様子を見た芝山は頭を掻きながら口を開く。
「おい、あんちゃん。そろそろ降参する気になったかよ?」
「もう勝った気か?まだ俺は戦える」
崩れ落ちそうな体に活を入れ、無理やりにでも立つ。
そうとも。まだ終わっちゃいない。
「膝が笑ってるぜ?無理すんなよ」
その様を見て芝山は笑う。不思議と馬鹿にされている感じはしなかった。
「別に命取ろうってわけじゃねェ。俺は殺しは好きじゃねェし、何よりあんちゃんのことが気に入った」
まっすぐ俺のことを見据える芝山。刃を交えたからこそ理解できる。こいつは嘘を言っていない。本気で俺を認めているし、殺したくないと思っている。
だとしても。
「いっただろ、まだ俺は負けてないって……!」
俺一人のための闘いだったならそれでもよかったのだろう。だが、今の俺は飛鳥の決断が、献身が、勇気が。それらが間違いではないことを証明するために戦っている。結果的に負けるのは構わない。だけど、負けを認めるのだけは許されない。
「……はァ、しゃあねーか。死んでも恨むなよ」
再び電撃をまとう芝山の左腕。先ほどと同じ攻撃で仕留めるつもりだろう。
まだダメージが抜けきっていない。回避は難しいだろう。勝つためには、雷を切り落とすしかない。
あの一撃は別にノーモーションで放たれるわけではない。ためるような動作の後に、左の正拳突きに合わせて発射される。
拳が突きだされる、その瞬間。その瞬間に刀を合わせることができれば可能かもしれない。
刀を振り上げ、その瞬間を待つ。
芝山の腰が回転を始める。足から腰へ、腰から肩へと力が連動していく。
右肩と左肩が入れ替わる。
――まだだ。
拳が胸よりも前に出る。
――まだ早い。
左肘が脇を通過する。
――まだひきつけろ。
肘が伸び切りねじ込むように拳が回転する、この瞬間!
――ここだ!
刀を振り下ろす。
閃光が目を焼き、雷で発生した熱が肌を焼く。だが、それでも。
この心臓は鼓動を続けている。
芝山が信じられないものを見るかのようにこちらを見ていた。
戦場で見せるのには十分なほどの隙だろう。こちらの体力もほとんど残っていない。ここで決めるしかないだろう。
滑るようにして一歩目を踏み出す。こちらの動き出しを見て、芝山は全身に雷をまとう。迎撃する構えだ。消耗を考慮しない出力のように見える。あちらも時間をかけるつもりはないようだ。
再び剣と斧の距離になる。とにかく距離を詰めてコンパクトに刀を振るう。相手の方が体が大きい。懐に入ればこちらの方が小回りが利く。とにかく相手に主導権を握らせないように常に攻め立てる。
何が何でも勝たなければいけない場面なのはわかっている。八重桜から剣技を吸い出して戦う方が勝率が高いのは重々承知している。
だけど、今この瞬間は自分の剣を、積み上げてきたものだけで戦いたかった。
ならば勝ち方をイメージしろ。相手の刃は分厚く、重い。生半可な一撃で迎え撃てばむしろこっちが折られるだろう。
そうか。こちらも厚くなれば問題はないのか!
瞬間思考がスパークする。一気に視界が広がった感覚がした。
勝機が見えたのならあとは実行するだけだ。
そこからさらに数回打ち合った後、俺は大きく後退し、あえて距離を取る。傍から見れば攻撃し続けることに疲れ、あえて距離を取ったように見えるだろう。勝機を捨てるかのような選択を取ったように見えるだろう。それでいい。勘違いをしろ。
好機ととらえたのか芝山は斧へと雷を蓄え始める。地面に斧を叩きつけて間接的に電撃を浴びせる攻撃に対して俺は一度も有効的な返しができていない。確実性を求めるならば一度試して効果的なものを実行すればいい。普通はそう考える。
だが、それが罠となる。確かに単純に距離を取っただけならば俺に打つ手はなかっただろう。しかし、この距離は俺がぎりぎり一息で踏破できる距離。すなわち、俺の距離だということ。
鋭く踏み込み距離を詰める。しかし、相手も俺の動作をしっかりととらえていた。迎撃へと動きをシフトさせる。
――読み通りだ。
咄嗟に攻撃を迎撃へと切り替える。なかなかできることではない。しかし、どう取り繕っても百パーセントの出来にはならないだろう。それによって生じる数パーセントの完成度の低さは普通、さほど問題にはならない。
だが、後の先を取ることに重きを置いた浮月流の教えを受けてきた俺にとっては、それこそ千載一遇のチャンスとなる。
力任せの振り下ろし。こちらの攻撃ごと切り伏せるつもりなのだろう。確かに普通に打ち合ったのであれば叩き折られる。所詮刀の幅はせいぜい三センチほどしかないのだから。
だから、俺は刀を振りかぶらない。前へと構えたまま突進する。
そう、これは斬撃ではない。刺突だ。
刀身の長さはおよそ七十センチ。相手の攻撃に合わせて垂直に突き込めばこちらの刃の方がずっと分厚くなる。
一瞬の後、交錯。
キィン、と金属が震えるような音がする。紫電はその刃を半分失い、対して八重桜は健在だった。武器として死んだ紫電に七星武具としての機能はもはや残されてはいない。
「どうして殺さなかった?」
首に少しだけ付いた傷を撫でながら芝山は俺に問いかける。
「俺の勝利条件はお前の斧を破壊することだ。お前を殺すことじゃない」
それに。
「
俺も人を殺すのは好きじゃねえからな」
理由なんてそんなもので構わないだろう。
「まったく、とんでもない無茶をするんだから」
怒ってます、といった感じで飛鳥はベッドわきの椅子に座っている。
かれこれ三十分は小言を聞いているような気がする。
あの後、神薙の応援が到着し、芝山は拘束されることになった。
どうやら芝山が俺に接触するのとほぼ同じタイミングでロアの襲撃があったそうだ。
十一年前と状況が同じことから目的が俺なのではないかと類推し、飛鳥は一人飛び出したから何とかあの場に間に合ったようである。
芝山は抵抗するそぶりを見せずおとなしく連行されていった。
そして俺は帰ってくるなり医務室にぶち込まれ、今に至るというわけである。
「終わりよければすべてよし、ってことにはならないか?」
「なりません!」
なかなか手厳しい。
「……ごめんね。結局、私何もできなかった」
こぼれるように飛鳥はつぶやく。
「そんなことはない。あの時助けてくれてなかったらああいう結果にはならなかったさ」
実際飛鳥が時間を作ってくれなければ俺は八重桜の能力に気づくことはできなかった。あの数分間が勝負を分けたといっても過言じゃない。
「お前の勇気が俺に可能性をくれたんだ」
ぐす、と嗚咽が聞こえる。
「ばか、本当に、馬鹿なんだから……」
「私、強くなるから。……君を支えられるくらい、強くなるから」
涙声ではあったが、不思議と弱さは感じない声だ。
もう、彼女は母の死を自分のせいだと嘆くだけの少女ではない。
「ああ、一緒に強くなろう」
俺はそう頷き返す。
俺たちはまだ未熟で、過酷な道をたったの一歩踏み出したに過ぎない。
けれど、この子と一緒ならどんな道も超えていけるだろうと、俺にはそう思えたのだ。
一章終了となります。
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