悪魔が見つめるその先に   作:偶像崇拝

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第九話

 フロストが公安に所属したデンジ君について面白い話を聞かせてくれた。

チェンソーの悪魔が彼の心臓となって人でもなく悪魔でもない存在へと変化しており、死なない存在へとなったのだと。

 胸元から見えるスターターロープを引く事で死んでいる状態でも蘇生することが出来るらしい。

ただしチェンソーの悪魔となっている状態は常に血を流し続けているから貧血状態に陥りやすく、血が十二分にないと状態を保てないんだって。

 

「デンジ君は不死身ということ?」

 

「悪魔の心臓を持つ人間は不死。彼のような存在は個体数も少なく、希少」

 

「デンジ君以外にもそんな人達が居るんだ。不死の存在か、それってどうなんだろうね」

 

 あの時に一緒に居た悪魔がデンジ君の心臓になったんだろうな。

人間から悪魔でも魔人でもない存在へと変わってしまったことは幸せなのか、不幸なのか、それを知るのは本人のみだけ。

死ねないという事は普通の人とは違った歩みを進めることになる。もちろん、悪魔と戦っている時点で普通の人とは違っているけど、そうじゃなくて永遠を生きなければならない。

 

「戦いにおいては厄介。ただ変化前なら無力化する事も容易」

 

「悪魔の姿になる前ということですか?」

 

「そう。変身するにはトリガーがある。チェンソーの悪魔なら胸元のスターターを引くこと。必ず予備動作が必要になる」

 

「それを行われる前に制圧すれば、変身されることなく無力化が可能ってことか」

 

 そういう人達って悪魔の姿になるのにそういったトリガーを起動する必要があるのか?

死なない存在で、変身したら悪魔の力も使えて戦闘力も上がるって相手からしたら相当厄介な存在となるよね。まぁ、今のところ僕はデンジ君に何かをするつもりもない。

 

彼が僕に敵意を以て襲い掛かって来るとかなら話は変わって来るけど。単純そうだけど、いい子みたいだったし、そんなことはないと信じたいな。

 

「そう。たとえ悪魔の姿になっても不完全な状態では脅威ではない」

 

「不完全な状態か」

 

「私の知る悪魔の姿とは程遠い。完全な状態で顕現すれば、面倒」

 

「そうならないことを祈りたいですね」

 

 チェンソーの悪魔の全盛期を知るフロストにとって今の状態は取るに足らないと。

僕はデンジ君がその姿になった所を見たことないけど、この言い方から察するに何処かで悪魔の姿になった所を確認しているのかな。

 

「永遠の悪魔の形成する異空間に囚われている所で確認した」

 

「あ、そうなんだ」

 

「面白そうな人間も見つけた」

 

「珍しいですね、フロストがそう言うのは」

 

 彼女が興味を持つ人間と言うのは少ない。

その興味を持たれた人物が誰かは知らないけど公安に所属していることは間違いなさそうだ。いったいどんな人なんだろう?

 

「彼女は生き残る。臆病で人一倍死への恐怖が強く、生への執着が強い」

 

「死の気配に敏感だと?」

 

「そう。故に死を避ける」

 

 臆病であることで常に周囲を観察して、死という恐怖から無意識に離れようとする。

確かにそれなら迫る死から遠ざかり、生き残る確率は高まるだろう。不死とは別の意味で生き残ることが出来る方法だ。

公安は本当に色んな人材が揃っているんだなぁ。

 

「何かが見えていたりするのかな?」

 

「見えてない。天性の感覚」

 

「それは将来有望じゃないですか」

 

「知らない。将来には興味ない」

 

 直接会ってみたいという気もするが、公安所属だからあんまりお世話になりたくない。

ただでさえ、支配の悪魔であるマキマさんから強い興味を持たれているのに。僕が公安の建物に近づくことはないし、中になんて入ろうとは思わない。

だってそこには面倒ごとが潜んでいるに違いないから。

 

 

 公安の施設に近づかなければ面倒ごとに巻き込まれないと思っていたのに。

僕の目の前で二人の女性が睨みあっている。正確には睨みあってないけど、見えないはずの火花が見えているようだった。

 

支配の悪魔と氷の悪魔、マキマさんとフロストが鉢合わせてしまった。

 

「帰れ」

 

「冷たいね、相変わらず」

 

 二人の関係性は事前に聞いていたからわかっていたが最悪だ。

マキマさん一人だから公安が何かを仕掛けて来たというわけではなさそうだけど、本当に前に言っていた個人的に来たってことなのか?

 それにしてもわざわざフロストが一緒に居るタイミングで姿を現すだろうか。

何か別の狙いがあると考えた方が自然にも思えるけど……。

 

「何が狙い?」

 

「何も。あえて言うなら私はレックス君に個人的なお話があっただけ」

 

「必要ない」

 

「どうしてあなたが答えるの? あなたには関係のない話だよ」

 

 冗談抜きでやめてほしい。

周りのお客さんも異様な雰囲気を感じて逃げちゃったし、二人の間の空間が歪んで見えるんだよ。お店の人も柱から怯えた様子でこっちを見つめてる。

 これって僕が何かを言ったところで止まらないよ。

こんな街の中心で戦う事は無いだろうけど、何が起こってもおかしくない。心なしか、周囲の気温が僅かに低下している気がする。

 

これは命令です。ここから消えなさい

 

「私には効かない」

 

「はぁ、昔のように一匹狼で居れば良かったのに。そうすれば、私はあなたより先に彼と出会えていたかもしれないの」

 

「知らない。負け犬の遠吠え」

 

「ふ、二人とも静かにした方が良いと思うけど」

 

 マキマさんの命令はフロストには通じない。

聞かされている話では自身よりも格下で無ければ、彼女の力は効果を発揮しない。つまりフロストはマキマさんにとって格上、もしくは同格の存在と思われていることになる。

 これ以上、今の状態が続くのは僕としてもよろしくない。

二人の間に入って冷静になろうと遠回しに言ってみるが、こちらをチラリと見るだけで収まりそうにない。事態の収拾が難しいぞ、これ。

 

「私は冷静」

 

「私も冷静だよ、レックス君」

 

「気安くレックスの名を呼ぶな」

 

「ストップ、ストップ。はぁ、本当に冷静になってほしい。僕は嫌ですよ、こんな所で戦いが起こるなんて」

 

 錯覚じゃなければ、マキマさんの方から鎖が擦れるような音が聞こえた。

それが何を意味しているのかは分からないけど、何かの能力が使われる兆候のように思えたんだ。だから本当に戦いが起こってしまう前に強制的に会話を止めさせた。

 

「わかった」

 

「私も熱くなってしまったね」

 

 たぶん、本気で止めなかったら二人の悪魔の戦いの引き金が引かれていた。

そしてフロストはおそらく気付いている。僕以上に悪魔に詳しい彼女の事だ、先ほど聞こえた鎖の擦れる音が能力を行使されようとしていた時に聞こえる音であることも。

 

その証拠というわけじゃないけど、その瞬間にフロストの視線が鋭くなっていた。

 

「それで僕に何の話をしに来たんですか?」

 

「公安に来ない?」

 

「必要ない」

 

「あなたには聞いてないの。私は彼に聞いてるから黙っていて」

 

 単刀直入に尋ねると帰ってきたのは公安組織に所属しないかという誘いだった。

それを聞いて即座にフロストが拒否するがマキマさんが黙らせている。また同じことを繰り返しそうになったので僕も視線で釘を刺した。

 

「公安に居れば、私が守ってあげる。危険な目に合う必要はないし、悪魔から狙われても助けられる。国と言う組織の後ろ盾があれば容易に手を出すこともできない」

 

「確かに組織の後ろ盾があるならある程度の安全は保障されるかもしれない。それでも組織に所属するという事は首輪を付けられる可能性だって否定できない」

 

「それは否定しない。慈善事業じゃないから利を求められるのは当然の事だよ」

 

 容易に手を出せないというのはいったい何を指し示しているのか想像するのは難しくない。

僕が組織に所属すれば、フロストの気持ちが変わらない限り一緒に来る可能性が非常に高い。それは各国に対して僕達を手中に収めたという事を示すことになる。

もっとも僕はどこかに所属するという事はしたくない。自由気ままに束縛されずに過ごしたいんだ。

 

「僕の答えはいいえです」

 

「そう言われるのはわかっていたけど、もう少し考えてほしいな」

 

「考えても答えは変わりませんよ。僕の気持ちが変わるような出来事が起こるなら組織に所属するという選択をする可能性もあるかもしれません」

 

「はぁ、私は諦めないから。君を欲しがる人達は多いよ?」

 

「忠告感謝します、マキマさん」

 

 各国から刺客を差し向けられて手段を選ばなくなるのも時間の問題かな?

僕の身柄を欲する一方で迫っている状況の忠告をくれるマキマさんは優しい。それでも未だに獲物を見るような目で見ているから絶対に諦めてないな。

 

「そういうあなたが一番欲してる」

 

「否定はしない。私にとって二人の関係は羨ましいから」

 

「僕とフロストの関係?」

 

 僕とフロストの関係をマキマさんが羨ましいとはいったいなんだろう。

客観的に考えて悪魔であるフロストと人間である僕、それを羨ましいと思う条件って何かあるのだろうか。通常なら二つの関係性は契約を結ぶことで力を借りる側と貸す側で成立する。

 でも契約を結んだ関係性を羨ましいと思うか……それは否だと思う。

そうなると契約なしに一緒に行動していること? 料理を振舞ったり、何気ない会話をする日常か。

 

「恐怖による支配でしか他者と関われない女」

 

「自分と対等な関係に飢えてる?」

 

「!」

 

 フロストの助言と先ほどの考えから一つの結論を導き出す。

恐怖による支配で他者と関わるのではなく、対等な関係性を望んでいると。僕がそう呟いた時にマキマさんの目が僅かに見開かれたのを見ても間違いないだろう。

 しかし、それだと一つだけおかしな点がある。

マキマさんとフロストではこの関係は成立しないのかということだ。地獄の時から知っている相手でもあり、フロストを支配することは出来ていない。

 

先ほどのやり取りから見ても嫌味を言い合える仲でもある。

これはマキマさんが望んでいる対等という関係性ではないのだろうか?

 

「やっぱり、君は……」

 

「近付くな」

 

「邪魔しないで」

 

 ち、近いな。

前の時よりもマキマさんの距離が近くなっている。フロストが彼女の胸元を押し返すように手を伸ばしてそれ以上の接近を防いだ。

 しかし、それすらもお構いなしに僕に手を伸ばそうとする。

お店の人からひそひそと修羅場よ、とか三角関係だとか言われているけど、まったくそんなのじゃないから。

 

「フロスト、どうなってるの?」

 

「自分の望みを叶えられる存在が目の前にいる。理性という鎖に縛られた願望、鎖に綻びが生まれた」

 

「僕のせい?」

 

「そう。自分の望みを叶えるために幾つものパターンを構築、それに向かうための道のりを定めていた。計画の核となる存在を見つけ、歩みを進める一方で目の前に現れたのがあなた」

 

「自分の支配を受け付けない人間?」

 

「そう。格下と見なすことが出来ない存在は少ない。格下と見なすという事は掌握できる存在でもある。それは支配しているのであって対等な関係ではなく主従関係が成立させられる」

 

 理性で抑えつけていた欲望が漏れているとフロストは告げる。

マキマさんを手で制しているが、それでも身体能力の高さ故か押し退けようとしていた。それでも涼しい顔で押さえつけるフロストも身体能力の高さを示している。

 悪魔の能力を発動させる条件として自身よりも格下と見なすこと。

その条件が達成することが出来れば、マキマさんの悪魔としての能力を作用させることが出来るらしい。

 

「邪魔だよ」

 

「っ」

 

 マキマさんがそう呟いた瞬間、フロストが上から何かに押さえつけられたように床に叩きつけられる。

お店の人も悪魔の襲撃か何かだと思って逃げ出し、このお店には僕ら三人だけになってしまった。一瞬聞こえた鎖の音は何かの能力が行使されたということなのだろうか。

 

「ねぇ、私は君が欲しいんだ。私の言葉に頷くだけで君は安全で危険のない生活を送れるんだよ?」

 

 僕の顔に手を添えて、目を覗き込むように顔を近づけてくる。

少しでも動けば唇同士が触れてしまいそうなほど、近い距離だ。彼女の瞳には絶対に逃がさないという強い思いが見てとれた。

状況が明らかにさっきよりも悪化したんだけど……。

 

「どうしてずっと黙っているの?」

 

「マキマさん、冷静になってください」

 

「さっきも言ったけど、私は冷静だよ。悪魔は欲望に忠実なの、欲しいものが目の前にあるのに手を伸ばさないのは間違ってる」

 

「もう悪魔であることを僕に隠すつもりもないんですね?」

 

「気付いている人間に隠すもなにもないんじゃないかな。面と向かう前から知っていたくせに……」

 

 自分は冷静だって言っている人ほど冷静じゃない。

フロストが言っていた理性を抑える鎖に綻びが生じて、欲望を抑えることが出来なくなっている状態か。望み続けた願いを叶えることが出来る存在が目の前に現れたことで欲してしまった。

 誰だってそんなものが目の前にあるなら欲しいという感情を抑えることは難しい。

それは悪魔でも人間でも決して例外ではないだろうね。

 

そのとき、周囲の気温が急激に低下し始めた。

 

『ねぇ』

 

「っ……しまった」

 

 フロストの声が聞こえた瞬間、マキマさんの表情が少しだけ焦ったものへと変化した。

いつものような抑揚が抑えられた声ではなくて聞いているものを恐怖へと陥れるような悍ましい声だった。床に倒れていたはずの彼女の姿はなく真上から声が聞こえている。

 不意に視線を上げるとそこにはフロストが天井に立っていた。

その姿はいつも目にする彼女ではなく小さな氷の王冠が頭に被られ、全身から白い冷気が溢れだしている。

 

『私は言った、帰れと』

 

「っそこまで彼に気を許しっ……!」

 

『私の前ではすべてが凍る』

 

 マキマさんが能力を発動する前にフロストによって全身が凍り付いたのだ。

全身が凍り付いたんじゃなくて彼女の存在する空間が凍結されてるよ、これ。いつも一緒にいるフロストと目の前にいるフロスト、違和感の正体はこれだったんだ。

 

たぶん、こっちが"本体"なんだ。

いつも一緒にいるのは何かを投影した姿、そうしなければいけない理由が存在するはずだけど……。これは存在するだけで世界に影響を与え始めている。

 

「さ、寒いんだけど」

 

『この姿を見ても恐れないんだ』

 

「違和感の正体に気付けてよかった。普通の人なら声を聴いただけで意識を失っていたかもしれませんね」

 

『レックスはそれでいい』

 

 佇んでいるだけで周囲が凍り、そこから氷の世界が広がっていく。

刀の鞘を床に叩きつけて、僕の周囲の氷を砕いた。これで気持ち少しだけ僕の周りの温度が元に戻った気がする。あくまでそんな気がするだけで実際には変わっていないだろう。

 ここだけじゃなくて世界規模で気温の低下が起こってない? だって先ほどまで晴れていたのに外を見ると白い雪が見えているから。まだ雪が降るには早い季節なのに。

街頭の巨大なモニターを見ると緊急速報が流れており、世界の気温が急激に低下し始めている異常気象の発生が取り上げられている。これは間違いなくフロストの本体が顕現した影響としか説明のしようがなかった。

 

「マキマさん、これ生きてるの?」

 

『どうせ死なない』

 

 そう言うと凍っているマキマさんにフロストが触れると砕け散って物言わぬ遺体が横たわる。

死なないと言うのはやはり最初に感じた特殊な契約が誰かと交わされており、それによって死という結果がすり替わっていることを示しているのかな。

フロストの姿が元に戻ると寒さも和らぎ、気温が元に戻ろうとしていた。

 

これが世界の国々が彼女を欲しがる理由かと改めて理解できた。

そこに顕現しただけで世界規模で影響を及ぼすって悪魔の間でも畏れられる存在だってよくわかるよ、ほんと。

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