悪魔が見つめるその先に   作:偶像崇拝

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第十話

 数日前の出来事にはびっくりした。

ずっと疑問だったフロストの違和感の正体が本来の姿を投影したもので、本体が姿を現したことで世界規模の影響を与えるなんて本当に驚きだ。

 

"世界の気温が急激に低下! 原因は未だにわからず"

 

"季節外れの寒気? 真夏の空に降り注いだ雪"

 

とかいろんな記事が雑誌やニュースで報道されていた。

真実を知らない人達からすれば季節外れの異常気象と世界の気候変動だという声もある。でも真実を知る者達にとっては二つの感情が浮かび上がる。

 

恐怖と興奮の二つだ。

 

恐怖は底の見えぬ力に怯えを覚え、興奮は手中に収めることに成功した場合に他国に絶対的な力を振るう事を考えたときの感情だろうね。

 

「でも本当に制御することが出来ると思っているのかな?」

 

 いつもの喫茶店でコーヒーを飲みながら情報誌を読んでいた。

皆が注目するネタを記事にするのは早いんだと素直に思う。あの出来事から1日も経たないうちにこういった記事が雑誌に掲載されているし、注目度も高いものが選択されている。

ほとんどが似通った内容だけど、嘘も書いてあれば、真実のように書かれているものもあった。何も知らない人からすれば、混乱するかもしれない。

 

「真夏に雪が降るなんてびっくりしたね」

 

「そうですね、異常気象が突発的に起こったのかもしれません」

 

「もしかして、悪魔の仕業だったりして?」

 

「可能性はあるでしょう。今まで真夏に雪なんて観測されたことはありません」

 

 店員だけど、お客さんが来ていないからと僕の隣で一緒に寛いでいるレゼ。

自分で言っていても白々しいなと思う。本当はそれを引き起こした人物を知っているし、別に言っても良いんだけど……。

 レゼは明らかに一般人ではないし、ほぼ間違いなく裏の人間だと思う。

確かにすごく自然体で振舞えているし、素人とか経験が浅い人が見れば違和感を感じることはないレベル。でも足の運びと重心の位置が違うんだ。

 

何かがあった時に瞬時に対応できるようにしている。普通の人はそんなに気にする場所ではないし、特にそこが目についてしまう。

 

「結構な頻度でここに来てくれるんだね?」

 

「えぇ、前にも言いましたがここは静かですから」

 

「あまり言わないであげてよ。またマスター涙目になっちゃうよ?」

 

 隣でにこにこしながらレゼはそんな事を聞いてくる。

僕がここに来るのは先ほど言った理由がほぼ全てであることは本当だ。下手な場所に行くと何かしらの騒ぎに巻き込まれたり、公安の人と出会ったりする。

その点、この場所はそういった事態に巻き込まれないし、本当にゆっくりできる数少ない場所だ。

 

「お兄さん、私の名前を呼んでよ?」

 

「? レゼ」

 

「あはは!」

 

「何かおかしいことでもありましたか?」

 

「ううん、最初は名前を遠慮して呼んでくれなかったのにと思って」

 

「何度も顔を合わせて本人から呼んでほしいと言われれば、名前を呼ぶことに戸惑いはありませんよ」

 

 急に名前を呼んでほしいと言われた僕はレゼと名前を呼んだ。

それを受けておかしそうに笑い、また最初の頃とは違うねと前よりも距離が縮まったことに少しだけ嬉しそうにしている。

 

「私ね、こうやって名前を呼んでもらえたことってあまりなかったんだ。そういう機会に恵まれなかったっていうのかな? だから新鮮なんだ」

 

「機会に恵まれなかった?」

 

「いろいろな場所を転々としてたから仲良くなる時間も少なかったの」

 

「なるほど、そういうことですか」

 

 いろいろな場所を転々としていたからか。

レゼの性格だったら時間が少なくても名前を呼ぶ関係にはすぐに成れそうなものだけど、実際にはそうじゃなかったのかな。

会う人によってタイプを変えるようには見えない。でもこの話だけだと確信を持つことはできないな。

 

「そうだ! お兄さん、この日って時間ある?」

 

「少し待ってください」

 

 急に彼女がテーブルに置かれているカレンダーのある日付を指さした。

自分が持つ手帳を取り出して日付を確認すると特に何も書かれていないので予定はない。だから時間もあるし、何かを提案されても断る理由はなかった。

 

「大丈夫。特に予定はありませんよ」

 

「ほんと! 実はさ、これ当たったの。良かったら一緒に行けないかなーと思って」

 

「水族館のチケット?」

 

 じゃーんと言いながら取り出したのは市内にある水族館のペアチケットだった。

確か近くで行われていた福引の景品だった気がする。それをレゼが引き当てたってことなのかな。当たる確率が低いって言われてたけど当たったんだ。

 

「当たったんだぁ。ペアチケットだから私一人だと行けないんだ。だからさ、お兄さんも良かったら一緒に行かない?」

 

「水族館か」

 

「駄目かな?」

 

 水族館と呟いてしばらく考えている姿を見たレゼが不安そうな表情でこちらを上目遣いで見上げていた。

考え事をしていただけで断るつもりもないから少し悪いことをした気分になってしまう。これ、狙ってやってるのかな?

狙っているんだったら自分の使い方をよく知っていると思う。

 

「大丈夫ですよ。一緒に行きましょうか」

 

「やった! 実は私ね、水族館って初めてなの。だからすっごく楽しみ!」

 

「僕も水族館は行った記憶がないので、初めてかもしれません」

 

「初めて同士なんだ。二人で一緒に見て回るのが今から更に楽しみになっちゃった」

 

 こういう日常を満喫するのも悪くないのかな、僕もレゼも。

悪魔がいるという非日常から平穏な日常を過ごす日があってもいいはずだ。誰しもが望む平穏がそこにあるなら心を休めることもできるだろうね。

それに時折、見せる彼女の表情は偽りの仮面ではなく僅かに見てとれる偽りなき仮面の下の表情だと思う。年相応と言うにふさわしい顔だった。

 

 

 レックス君とは少しずつだけど確実に距離が縮まってると思う。

水族館のペアチケットが当たったからこれを利用して更に距離を縮めて、任務遂行を滞りなく進めていく計画を頭に思い描く。

 私は彼もまた一般人の枠には収まらない存在だと思ってる。

氷の悪魔が傍に居る状態で自然体、怯える姿すら見せなくて、それでいて恐れていないと思う。かの存在が自分に手を出さないという確信から? それとも別の理由があるのか。

 

二人の間には少なくとも何かの関係性を感じた。

でも今、それは大事な事じゃない。大事なのは彼に私に女という意識を強く持ってもらって篭絡できるようになることだから。

 

「あれ、早いね。もう来てたの?」

 

「僕も少し前に来たばかりですよ」

 

 いつもより少しだけお洒落な服を着て水族館の入口で本を読んで佇む彼。

任務のためとはだけど、水族館が初めてという言葉は嘘じゃない。誰かと一緒に出掛けるという行為自体が久しぶりでいつもより心臓の鼓動が早く感じた。

これはレックス君だからというわけじゃなくて水族館に足を運べるためだと自分自身に言い聞かせた。

 

「行きますか?」

 

「うん」

 

 一緒に隣を歩くんじゃなくて、彼の腕に抱き着くように腕を絡めて中へと歩みを進めた。

一瞬だけチラッと私の方を見て何かを言おうとしたみたいだけど、少しだけ微笑んで何も言わずにそのまま一緒に水族館へと入っていく。

 レックス君って見た目と違ってしっかりと筋肉がついてるんだ。

身体を密着させているからわかる。これって筋力トレーニングとかで作られる筋肉じゃなくて実戦で身に付けられた筋肉なんだ。

 

「どうかしましたか、レゼ?」

 

「う、ううん。なんでもない」

 

「そうですか」

 

 情報の修正が必要かもしれない。

氷の悪魔が傍で観察しているだけの一般人であるというのが教えられていた情報。でも、この筋肉の付き方は明らかに実戦を経験していないと付けられないもの。

デビルハンターじゃないけど、悪魔討伐の経験をしてるはず。もしくは……。

 

「ペンギンだ!」

 

 初めに見えてきたのはペンギンだった。

先頭を進む雄を追いかけて他の子達も後に続いてトテトテと歩いている姿は周りの人達に癒しを与えてると思う。可愛いって声が聞こえるけど、私にはその感情がわからないんだ。

 

「お兄さんも動物は好き?」

 

「好きですよ。僕は二頭ほど馬を所有してますし」

 

「馬かぁ、乗ってみたいかも」

 

「今度乗ってみますか? 人間慣れしてるので初対面でも乗せてくれると思いますよ」

 

「いいの? やった!」

 

 レックス君は動物が好きなんだ。

動物は感情に敏感な生き物だって知識で知ってる。特に馬は感受性に富んでいて人の感情の変化に敏感で背中越しでもそれをわかるって。

 もし、私が馬と触れ合えば、何かがわかるのかな?

たとえそれがわからずとも彼から情報を引き出せているから徐々に警戒心を解いてくれていると思いたいな。

 

ペンギン、シャチ、クジラとかいろんな生物を見て水族館を周った。一緒に笑って、ご飯を食べたりした時間は私の心を満たしてくれた気がしたんだ。

 

「もう終わりだね」

 

「楽しいと時間は過ぎるのも一瞬というのはこの事でしたね」

 

 彼の言う通り楽しい時間というのは本当に一瞬だった。

二人で過ごした水族館での出来事は暗い心に小さな光を灯してくれた。嘘で塗り固められた私でもここでレックス君と過ごした時間は嘘じゃない。

 

それだけは否定したくない。

 

「この時間がずっと続けばいいのに……」

 

「そんなに楽しかったんですか? それなら僕も嬉しいです」

 

「え、違うの。そうじゃなくて、えっとね……」

 

 それは無意識に出てしまった言葉だった。

自分でも信じれなかった。まだ私の心にそんな感情が残っていたということと感情の制御が上手くできないこと。訓練で感情のコントロールは基礎中の基礎と教えられ、基本を徹底し、感情の揺らぎを無くした。そうすることでブレを無くすことが出来るから。

 

おかしい、今の私は正常な状態じゃない。

今までこんなに感情を揺さ振られることは無かったのに、今になってどうして……。

 

 

ううん、どうしてじゃないよね。原因は一つしかない、レックス君だ。

 

「ごめんね、私調子が悪いのかな?」

 

 そう言って私は近くにある椅子に座って深呼吸する。

胸に手を当てて、心臓の鼓動を感じて思考と体調を整える。しばらくすると通常の状態に戻ったことを確認して再びレックス君へと向き直った。

 

「ふぅ、落ち着いたかな」

 

「大丈夫でしたか?」

 

「うん! 少し私らしくなかったかな。お兄さんも心配させちゃった」

 

 あははと笑い、心配させてごめんねと謝った。

彼と一緒に居ると私が私じゃないみたいに感じる。前回もそうだ。話しているうちに嘘で塗り固めた仮面が剥がれ落ちてしまいそうになる。

 レックス君の纏う雰囲気と言葉が私を惑わせる。

それに抱き着いた時に感じた肉体の感触を思い出して羞恥心を感じてしまった。なんでと繰り返しても答えはきっと変わらないと思う。

 

「お兄さんはさ、田舎のネズミと都会のネズミ。どっちが好き?」

 

「イソップ寓話ですか」

 

「そう。田舎のネズミは安全に暮らせるけど、都会と違って美味しい食事はできない。都会のネズミは美味しい食事にはありつけるけど、人や猫に殺される危険性が高いんだ。お兄さんはどっちがいい?」

 

 イソップ寓話の一つにあるネズミの話。

安全だけど貧しい生活をとるか、危険だけど富んだ生活をとるか。私は田舎のネズミがいい。危険に巻き込まれず、平和が一番。

 私が言っても皮肉にしか聞こえないかもしれないけどね。

私だって好きで暗殺したり、人を陥れたいわけじゃない。そうしないと劣等生の烙印を押されて処分されてしまうからそうせざるを得なかった。

 

「僕は田舎のネズミの方が好きかな。無駄に争いがなくて平穏な生活を送れるならそれが一番いいと思うな」

 

「!私と同じだ。私もね、田舎のネズミの方が好きなんだ。平和が一番だよね」

 

「それが理想ですよ。誰も争わなくていいならそれが一番いい、それがきっとね」

 

 私と同じ田舎のネズミ派だ。

でも、どうしてどこか遠い目をしてそう呟いたんだろう。少しだけレックス君に何かの含みがある言い方だと感じた。

 

「あのね、また一緒にお出かけ出来るかな?」

 

「僕は構いませんよ。また一緒に行きましょう」

 

「やった! 約束ね!」

 

 次も同じように一緒に出掛ける約束を取り付けて私達は水族館を後にする。

途中まで送ってもらって別れ、彼の姿が見えなくなるまで手を振っていた。ふぅっと軽く息を吐いた私は端末を手に取った。

 

「作戦遂行具合はどうか」

 

「……50%です」

 

「順調そうで何よりだ。警戒は怠るな、作戦を遂行することだけを考えろ」

 

「はい」

 

「健闘を祈る」

 

 秘匿通信で行われるやり取りは作戦の進行具合の確認だ。

目標を某国へと連れ帰り、氷の悪魔を手中に収めるための工程の見直し。失敗は許されず、必ず遂行しなければいけない任務。

来るべき日のために私は覚悟を決めなければならないんだ。

 

 

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