悪魔が見つめるその先に 作:偶像崇拝
いつも本当にありがとうございます。
任務の失敗は己の死を意味する。
上官からそう教えられ、目の前で任務失敗した同期達が殺される光景を見せつけられた私はより一層任務を失敗しないための努力を積み重ねた。
数多くの任務を達成し、選ばれた私は爆弾の悪魔と契約させられ、その心臓を宿すことになった。
死から遠い存在へとなり、より一層任務を達成し続けると同時に自身から人間味が無くなり始めていることに気付いていたんだ。
普通の生活なんて夢物語だ。
誰かと楽しくご飯を食べたり、一緒に出掛けたりと恋人と過ごすことが出来るとIFの話を想像したことがなかったわけじゃない。
しばらくして上官から一人のターゲットの情報と最重要項目とされる情報が書かれたデータを渡された。
「上官、これは……?」
「次の作戦におけるターゲットと最重要項目の氷の悪魔に関するデータだ」
「!」
データを閲覧し、今回の標的は一人の男性であり、作戦内容も一緒に記載されていた。
レックスという人物を篭絡し、我が国へと連れ帰ることが任務であり、その際の注意事項も詳細に書かれているものだった。
氷の悪魔フロストは誰もが知る悪魔であり、自国へと引き込みたいとされる存在。レックスなる人物を篭絡するのは氷の悪魔を引き込むための重要項目であると。
「知っての通り氷の悪魔を自国に引き入れることが叶えば、他国に対して優位性を保つことが出来るのだ。この作戦は失敗することは許されない」
「はい」
そして私は日本へと向かい、ターゲットである人物と接触した。
名前を呼び合うようになって一緒に出掛けることも出来るような仲になれた。誤算だったのはレックス君と過ごすことで私の凍り付いた心が気付かないうちに解け始め、感情を制御することが徐々に難しくなってしまったことだ。
花火大会が行われる会場でバイト先のマスターから教えられた場所でレックス君に告白する。
でも、私の事は全て把握されていて一緒に行く事が出来ないと言われてしまった。
ただ、任務遂行のため告白だったのに酷く胸が痛んだ。
まだ短い期間しか一緒に過ごしていないのに、私の心は彼によって搔き乱されている。彼の表情が、彼の言葉が私の心を惑わせる。
篭絡は失敗、実力行使でレックス君を気絶させて国へと連れ帰る方向へと作戦を変えた。けど、ここで大誤算が発生したんだ。
純粋に彼の戦闘能力はこちらが想定していたより遥かに高かった。今の状態では埒が明かず、トリガーとなるピンを抜いて爆弾の悪魔へと変身した。
"怪物"
私は純粋にレックス君の戦闘態勢と対峙した事でそう感じせざるを得なかった。
全ての攻撃に対して見てから反応されていた。ほとんどの人は見てから反応すると言うのは非常に難しいと言われてる。それが高速戦闘と言われるものになればなるほど、予測というものが必要になってくる。
でも、彼は違った。
見てから反応できる神経伝達速度と身体能力が備わっていた。加えて悪寒を感じた瞬間に振られたであろう刀の一撃によって片足を斬り飛ばされた。
その初動が見えなくて痛みを感じた事で斬られたと気付いたの。
「戦いたくない」
レックス君はずっとそう言ってくれていた。
でも私はその言葉を無視して彼を国へと連れ帰るために戦いを続けて、様々な手段を用いて攻撃した。その言葉が私の中へと入り込んでゆっくりと広がり始める。
国に尽くすための戦士としての私が言葉を受け入れるなと拒絶して戦い続けたんだ。
戦闘を続ければ続けるほど、その理不尽とも言える戦闘継続能力によって悉く攻撃が潰されて有効な一撃を加えることができなかった。
初めて会ったその時から工作員だと見抜いたうえで私と過ごしていた?
そんなリスクしかない行動を認める事なんてできなかった。その行動の代償が死ぬことだとしても同じことがいえるって言うの?
どうして敵である私の言葉を信じられるの?
頭の中に拒絶する自分と受け入れてしまいたい自分が居た。駄目だ、彼の言葉に耳を傾ければ、心が惑わされて正常な私が居なくなる。
"任務の失敗は死だ"
"任務遂行できない劣等生に生きる価値はない"
"これは見せしめだ。失敗した者の末路を目に焼き付けろ"
頭の中で上官の言葉が繰り返される。
それは私にとって呪いの言葉、今でも目の前で殺されていく同僚達の姿が鮮明に浮かび上がる。こちらを見る恨めしそうな顔が、憎悪の籠った瞳が私を見ている光景が……。
私は悪くない。
だからそんな目で私を見るな、私だっていつそちら側になってもおかしくない状況にあった。だから自分を守ることで精一杯だったんだから。
「うるさい、うるさい、うるさい!」
脳裏で繰り返される言葉が呪いのように永遠に呟かれている。
拒絶の言葉を吐いても、それが収まらず心が悲鳴を上げていた。好き好んでこんな状況に置かれているんじゃないのに。
国に尽くすための戦士に感情は要らない。必要なのは任務を遂行できるということだけ。
私は標的を国へと連れ帰るための道具なんだ。
「ごめんね、レゼ。許してとは言わないよ」
その言葉が聞こえた瞬間、私は痛みと共に四肢を斬り落とされ、地面へと倒れ伏していた。
私を見下ろして刀を携えたレックス君の姿に私はこれが私の運命だったんだと瞳を閉じた。大量出血によるショック状態に加えて、もうこれで楽になれると思って意識を失ってしまった。
――――
暗闇の中に私が一人佇んでいる。
足元には死んでしまった同僚たちの物言わぬ亡骸と血に染まった私が居た。いつも見る夢、初めて人を殺したくらいから見始めた悪夢。
私の身体へと縋り付くように手を伸ばし、足は底なし沼のように底のない暗黒へと沈んでいく夢。
これは抜け出せない負の連鎖を表現した私の心が見せている幻影。私の心は既に壊れて、光の届かない暗闇の中にある。
「これは罰だ。その目に焼き付けろ、失敗は死だ」
「お前は道具だ。道具に意思は必要ない、必要なのは優秀な駒だ」
目の前に上官が現れて、仲間達に処分を下す光景が見せられる。
失敗すれば、お前も同じ末路を迎えるぞという警告だ。皆が処分された光景を見て私が飛び起きるというのがいつもの悪夢だった。
でも、今回は違った。
「幼い頃から心へと刻み込まれた強い暗示というのは大人になっても消えない。その環境が当たり前だという狭い世界で教育を施されたなら更に強力なものになる」
「え……?」
「人の深層心理まで落とし込むには強い衝撃が必要になる。目の前で仲の良かった友達、同僚が処分される光景を見せつけられ、失敗は死だという末路を印象付けるとかね?」
れ、レックス君がどうして私の悪夢の中に居るの?
暗闇の中に見えた一筋の光、お兄さんの立っている場所から光が徐々に溢れ出している。意味がわからない私に続けて言葉を紡いでいく。
「曇った瞳では真実には辿り着けないよ、レゼ」
「それはどういう……」
「彼らは本当に君の事を恨み、憎悪を覚えていたのかな」
仲間達の物言わぬ亡骸にレックス君が触れると先ほどよりも光が強くなり、暗闇の世界を照らした。
眩い光の中で私が目を開けていられなくなって目を瞑る。しばらくして目が開けられるようになってゆっくりと目を開いた。
そこに居たのは上官に殺されていった仲間達。
「み、みんな?」
「レゼ、辛い思いをさせてごめんね。私達が死んで必要以上に重荷を背負わせることになってさ」
「思い出してよ、レゼ! 私達はあなたを恨んでいないの。真実を思い出して!」
「真実?」
みんなの言葉に私は閉ざされた心の奥に封じられていた記憶の扉を封じていた鎖が砕け散った。
上官に処分されるみんなは私を本当に恨んでいたの? 憎悪の瞳で見ていた?
"レゼ、あなたは生きて"
"お前なら大丈夫さ、俺らの分まで"
"私達はいつも一緒よ、私達の分まで生きて"
あの時、皆は恨めしそうな顔も憎悪の籠った瞳もしてない。
私の無事を願って、私達の分まで生きてほしいと願ってくれていたんだ。どうして私はこんな大切なことを忘れていたんだろう。
その場に膝をついて瞳から涙を零した。
「私達はずっとあなたの無事を祈ってる。だから私達の分まで生きて普通の生活を送ってほしい」
「み、みんな……でも私は――」
言葉を上手く口にすることが出来ない。
失ったはずの感情が溢れて、涙を拭っても止められなかった。私はみんなから大切に思われていたんだと思わずには要られなかった。
まだまだ言いたいことがいっぱいあるけど、ふと皆の身体が透け始めていることに気付く。
「時間切れみたい」
「時間切れって! 待って! 私はまだ皆に――」
「私達はレゼに残った残留思念。だからここで話せていること自体が奇跡なの」
「待って、待ってよ! 逝かないで!!」
時間切れって、そんなの残酷すぎるよ。
私はまだお礼も言えていないのに。やっと失った真実へと辿り着いて皆と逢えたのに……!
「悪夢は終わり、閉ざされた暗黒に光が差し込み世界を照らす」
「私達の願いをありがとう」
「僕は何もしてません。あなた達の思いが手繰り寄せた奇跡だと思いますよ」
暗い世界に亀裂が入って、そこから強い光が溢れだしていた。
言葉を発したいけど、言葉が出ない。皆がレックス君へと頭を下げてから私に笑ってから消えてしまった。
光に包まれた私は強いめまいに襲われ、目の前が真っ暗になって意識を失った。
……