悪魔が見つめるその先に 作:偶像崇拝
いつも助かってます!
今回の襲撃って偶然じゃなかったんだ。
テレビでもニュースになってたし、公安対魔特異課の一課、二課、三課、四課が同時に襲撃を受けたみたい。全員が銃を所持していた事で銃の悪魔との関連が疑われている。
計画性があってのものだけど、冷静に考えるとおかしな点が存在する。
どうして襲撃犯は公安対魔特異課の人員の現在地を把握して襲撃で来たのかということだ。つまり、何者かが襲撃犯に情報を流した可能性が高いはず。
それとも襲撃犯に優秀な情報屋でも居たのか……。
「そもそも今回の襲撃を事前に察知できないはずがないんだけど……マキマさんなら」
支配の悪魔の能力で小動物を介して監視を行える彼女なら襲撃犯の初動を見逃すとは思えない。
もし、今回の襲撃を知っていてわざと見逃していたならば、それは襲撃された方がメリットがあると判断を下した場合だ。
各課の人員不足によって統合されて自分が指揮権を貰えるとかね。
「そうすることで今までよりも自由に特異課を運用できるとすれば、可能性としてはなくはないか」
「難しそうな顔してどうしたの?」
今回の襲撃について考えているとレゼが横から僕の顔を覗き込んできていた。
ソファーに座っている僕の隣に身体を預けるように座っており、唸っている僕が気になっていたようだ。今回のことを簡単にレゼに説明した。
「あの魔女ならやりかねないんじゃないかな?」
「マキマさんの事ですか?」
「そう。各国は彼女の事を常に排除しようと動いてるんだよ。アメリカもソ連も排除したいと思ってる。魔女のせいで優秀な諜報員とか工作員を限られた数しか送りこめてないんだ」
「魔女、確かにしっくりくるものがあるね」
レゼはマキマさんの事を知っており、彼女ならやりかねないと言う。
支配の悪魔である彼女の能力は非常に強力であり、その能力の使い方次第では国を傾けることもできるとか。彼女が監視の目を光らせているせいで各国は日本へと優秀なスパイを送り込むことが困難になっているらしい。
確かに工作員とか諜報員は見かけるけど、優秀な部類に入るかと言われればそうではない印象を受けていた。
それはマキマさんが外から日本を守っているから?
そういう言葉も含めて魔女と言うのは良い得て妙だなと納得した。
「お兄さんが気にする必要はないと思うよ?」
「そうですか?」
「うん、そういった方面よりも自分に向けられる工作員とか刺客を警戒した方がいいよ。ソ連がそうだったみたいに他の国からも絶対に同じような人達は送られてくるから」
レゼの言う通りそちらを気にした方が自分のためか。
ソ連、アメリカ、中国、ドイツ、イギリスと有力どころだとこの辺りが怪しいかな。ソ連からはレゼが派遣されて来たし、まだ送られてくる可能性は否めない。
何せ、彼女は悪魔の心臓を宿す数少ない人間でもある。
爆弾の悪魔の心臓ともなれば、簡単に手放すという選択を行いたくないのが国という立場だ。殲滅力という面では非常に優れた力を持っているし、応用も効く能力だから余計にだ。
「その作戦の実行犯だった人が言うと説得力が違いますね?」
「虐めないでよ、お兄さん」
「冗談ですよ」
「でも、私はこの任務を与えてくれた祖国に感謝してるんだ」
僕が少しだけ命を狙ったよねという風に彼女へと告げると困った顔をしていた。
忠告をしてくれたレゼがまさにその立場にあった人物なので説得力が違うと少しだけ茶化す。その言葉に対して彼女は密着するように身体をより押し付けてきた。
胸の鼓動が一定間隔でドクンと肌を通して聞こえてくる。
「きっと私はお兄さんと出会わなければ、別の未来を辿っていたと思うんだ。この出会いを言葉にするなら運命の分岐点、その選択が私の未来を変えた」
「運命の分岐点か」
レゼが運命の分岐点だと言った瞬間に僕の脳裏にはある言葉が思い出されていた。
フロストが彼女を見て告げた"与えられた天命に逆らう"という言葉だ。この言葉と結びつけるなら分岐点という表現にもしっくり来るような気もする。
つくづくフロストの"眼"に何か見えているのか気になる。
彼女に見えている世界と僕に見えている世界はきっと違うものが見えているだろう。
「こっちを向いてよ」
頬に手を当てられ、顔をレゼの方へと向かされる。
密着しているということは必然的に距離も近くなっている。僅かに頬を赤らめ、上目遣いで僕の方を見つめていた。
彼女の翠色の瞳が潤んでいるのが目に入る。
「私は蜘蛛の巣に囚われた蝶なんだ」
「それはどういう意味で言ってますか?」
「どういう意味だと思う?」
すごく意味深な言葉を呟いてくるな、レゼ。
単純に言葉だけで考えれば、蜘蛛と蝶は食べる側と食べられる側という構図。蜘蛛の巣に囚われた蝶とは張り巡らされた罠にかかった獲物だけど……。
立ち位置が入れ替わったと考えるのが順当?
今までは蜘蛛の巣が国、蝶がレゼという立ち位置。それが現在は国の部分が僕に変わったという感じかな。一度捕まった獲物は逃がさないってこと?
僕ってそんなに肉食系男子って感じない。
彼女はこう言ってるけど、僕が蝶ってことはないかな。レゼが蜘蛛で僕が蝶みたいな……ないか。
「アルコールの匂い?」
その時、微かにレゼからお酒の匂いがしていることに気付く。
もう一度、確かめるが間違いなく彼女からアルコールの匂いがしていた。この部屋には僕もお酒を嗜むから棚にはワインとか一通りのお酒は取り揃えられている。
でも、動かしたような形跡もないしお酒じゃない?
レゼの姿をもう一度、見ると口の端に何かのを食べた形跡が残されていた。
「まさか、これを食べたの?」
「お兄さん~」
んふふと笑いながら僕へと抱き着いているレゼの姿とテーブルに残された二種類の食べられたお菓子。
その光景を見て、僕は何が起こったのかをすべて理解してしまった。片方は普通のお菓子なんだけど、もう片方は僕がフロスト用に作った度数の高いお酒を混ぜて作ったお菓子だ。
見た目がかなり似ているからレゼが間違って食べてしまったというのが答えだった。
「一気にアルコールが回ったんだろうな」
「私はレックス君の事が好き、この言葉は嘘じゃない……」
「目を回しちゃったか。急にこんなことを言われると僕も少しびっくりするよ? 嫌じゃないけど」
一瞬だけ正気に戻ったような気がしたけど、気のせい?
それだけ言ったら目を回してぐったりとしてしまったけど、ベッドへと寝かせてあげようか。この感じだとアルコールを摂取したのは初めてか、弱いかのどちらかだと思う。
でもお菓子に使ったお酒はテキーラと同じくらい強いお酒だからな……。フロストの注文にも困ったものだ。
レゼから告白を受けたのは嘘か、真実かを除けば二回目か。
彼女が言ったようにきっとその言葉に嘘はないんだろうな。
◆
死は忘れ去られることのない恐怖。
生物である限り、死という概念からは逃げられない。死は絶対であり、最後に辿り着く結末。故に人々は死を恐れる。
病気、寿命、事故、殺人、災害、原因はさまざま。
それでも本当に最後に辿り着く結末は生物である限り一つしかない。死を回避する例外的な方法も一つ存在するけど、それを出来る人物は二人。
「来てくれてありがとう」
「顔を見に来ただけ」
思考を巡らせていると音が聞こえた。
扉が開かれ、そこから姿を現すのは一人の悪魔。無表情に空色の瞳を宿す悪魔で知らない者はいないと言われる超越者の一人。
「フーちゃん」
「私をそう呼ぶのはあなただけ、死の悪魔」
「相変わらず、冷たい」
私の所へと来たのは氷の悪魔のフーちゃんだ。
一度も死んだことのない彼女は超越者と言われる所以がある。その場に存在するだけで世界は氷の世界へと導かれる。
かつて古の時代に君臨していた生物を絶滅させた氷河期の影響が大きいとも言われている。
この出来事は私の死の能力の強化にも関わった事案でもあった。生命が多く死滅すればするほど、私の力の抑制が効かなくなってしまうから。
それにフーちゃんの本体が顕現する時間が長ければ、それだけ世界の気温が一気に低下する。かつての氷河期が現代へと姿を現すことになる。
人々は凍死という"死"のイメージを強く抱くことになる。
死の恐怖が頂点に達してしまえば、私の能力は完全に覚醒し世界は終焉を迎えてしまう。
「私は観察で忙しい」
「フーちゃんが人間に興味を持つのは珍しいね」
「未知に溢れる人間に興味は尽きない。私を恐れず、その力の源泉すら未知の存在。興味を持つ以外の選択肢はない」
あのフーちゃんがそこまで一人の人間に固執するのは不思議。
孤高で群れることを嫌う一匹狼の氷の悪魔が興味を抱いて観察している人間。話を聞いていると私まで興味を向けそうになる。
人であり、超越者のフーちゃんを恐れない存在に興味を抱くなというのは難しい。
「支配も手に入れようと策をめぐらしている」
「あの子が固執するのは一人だけだと思っていた」
「目の前に求め続けた者が現れれば、欲するのが悪魔。支配することができないからなおのこと」
私達の四姉妹の一番下の四女、支配の悪魔。
何か企んでいるのは知っていたけど、それとは別にフーちゃんと同じ人間に固執。対等を望む願いを叶えられる人間が存在する?
「あの女がレックスを支配することは叶わない。本質を見る目を鍛えなければ、いずれ裏を掛かれ策略に落ちるだけ」
「相変わらず、辛口評価だね」
「知らない、どうでもいい。あんなに分かりやすく私を呼んだ理由は何?」
フーちゃんが私に見せたのは凍り付いて動かなくなった黒い蝶。
死へと引き寄せられる特性を持つ黒死蝶と呼ばれるもの。かつて私達と戦った時にフーちゃんはこれを見ているから私だということにはすぐに気付く。
「生と死は表裏一体。生があるから死があり、死があるから生がある。どちらが消えても世界の根幹が崩れ去る」
「だから何?」
「二つが同時に存在するから世界が成立する」
死が強すぎてすべての生命が死を迎えてしまえば、私達もまた存在することは出来なくなる。
悪魔は生物が恐怖と嫌悪を抱くことで強くなる。その恐怖を抱く生物が死滅すれば、本末転倒。だから私は自身の能力に危機感を覚えている。
仮に私が死んだとしても新たな死の悪魔が生まれ、人間の文明を嫌ったなら人類は滅びる。
「死の恐怖を抑制できる?」
「私に言うのは間違い。仮に希望があれば、人は死への恐怖が和らぐ」
「希望?」
「人はどうしようもない窮地に陥った時、縋り付くものがあれば希望を見る」
フーちゃんは具体的な方法を教えてくれない。
悪魔は恐怖を振りまく存在、それとは対照的な希望なんてすぐに答えに辿り着けるわけない。希望か?
「私は帰る」
「ありがとう、フーちゃん。何か方法を見つけられそうな気がする」
「そう」
相変わらず冷たい印象だけど、私は嫌いじゃない。
それはきっと彼女は一度も死なず、死から遠い存在であることも起因しているんだと思う。踵を返して扉の前まで進んだフーちゃんが立ち止まった。
「じゃあね、しーちゃん」
「っ……もう」
不意打ちが過ぎるよ、フーちゃん。