悪魔が見つめるその先に 作:偶像崇拝
悪魔が日常に潜むここではいきなり襲われることも少なくない。
デビルハンターでもなく力のない一般人は逃げるか、隠れて悪魔が過ぎ去るのを待つ。民間であれ、公安であれ、デビルハンターが来てくれることを祈って待つことが最善とされているからだ。
間違っても自分で倒そうなんて考えを持つ人は勇気ではなく蛮勇だと思う。
「悪魔の基本的な行動理念とかってあったりするの?」
「わからない。人間を襲う、襲わないはその悪魔次第。本能的に嫌っている節もある」
「じゃあ、君が僕と行動するのは?」
「知らなくていい」
答える気はないと。
悪魔の行動理念は悪魔によって変わるというのはわかる気がする。人に近い姿をしているほど友好的であるような気がしないでもないけど。
基本的に契約にも基づいて力を貸したり、代償を払う事で力を与えられるのが絶対条件。それは人間にある程度友好的であるっていう証明が必要になる。
「答えたくないならいいけどさ」
「一つだけ。私は未知に興味がある」
「それだけで十分です」
朝食を食べた後にコーヒーを軽く飲んだ彼女はそれだけ答えた。
答える気はないと言ったけど、なんだかんだで一つは教えてくれるみたいだ。その答えで僕にとってフロストが傍にいる理由がわかってしまう。
概念を司っていることもある悪魔も居るわけだし、気づく悪魔は当然気付くのか。
「さて、今日は少し行きたい場所があるんだ」
「どこに行く?」
「僕が所有してる馬を預けてる牧場だよ」
タクシーを使って向かったのは自然豊かな森林に囲まれた牧場だ。
牧場主さんに挨拶して預けているサラブレットの所に案内してもらった。厩務員の人に案内を変わると2頭の居るところに到着する。
「レックスさん、ご無沙汰しております」
「こちらこそ、いつもありがとうございます。調子のほうはどうですか?」
「ははっ、とても元気ですよ。こちらへどうぞ」
厩務員の人達とも簡単な挨拶を交わすと奥から2頭の馬が姿を覗かせる。
僕の事を覚えているのか、顔を近づけてジッとこちらを見つめていた。しばらくすると顔を近づけて来たので額や首筋を手で軽く撫でてあげる。
彼女も僕を真似するように軽く馬を撫でていた。
その時、厩務員の人が僕に小声で小さく呟く。
「最近、隣の牧場の乳牛が襲われたらしくて。その少し前は森に居る熊も何かに殺されていたそうです」
「それは野生の熊が襲ったというわけじゃないのですか?」
「どうも熊ではないらしく……」
「少し確認したいことが出来たので失礼します」
「お気をつけて」
確かにここに来たのは所有する馬に会うためだけど、もう一つ理由はあった。
それがこの牧場付近での動物の不審死、さっき厩務員さんから教えてもらったこともあるから一つの可能性が浮かび上がっていた。
可能性というかここに近づくに応じて匂いも強くなってきていたから間違いないだろうね。
フロストも何も言わずについて来ているけど、既に気付いているようだし。
その場所へと向かって歩みを進めていく。
「何じゃ主ら?」
そこに居たのは衣服を纏わず、猫と共に居る一人の女性。
でも人間ではないことは明らかだった。頭部からは赤い2本の角が生えているし、魔人というやつだ。魔人と会うのはこれで2回目か。
「血の魔人」
「じゃあ、さっきの話の犯人は彼女ですか」
「そう」
血の魔人であるとフロストは告げた。
どうして猫と一緒に居るのかは知らないけど、このまま放置しておくのもどうなんだろう。そんな事を考えていると……。
「ワシを無視するでないわ!」
血の魔人がフロストではなく僕に飛びかかってきた。
本能的に無意識で彼女を狙わず僕を狙ったのだろうか?手には瞬時に形成された血の刃が持たれている。それを振り下ろしながら一直線に向かってきているけど、それでは駄目だな。
「ごほっ……‼」
腕を外へと弾いて無防備になっている鳩尾に蹴りを叩き込んだ。
口から軽く吐血し、動きが硬直した瞬間に首を掴んで地面へと叩きつける。あまり人に危害を加えるようには見えなかったんだけどな。
殺人衝動はそこまで強くなさそうだし、人はほとんど殺してない?
「は、離さぬか! このパワー様を押さえつけるなどっ……⁉」
「静かにして」
「お、お主はまさか……氷の?!」
「聞こえなかった?」
「ひっ!!」
僕が押さえつけているとパワーと名乗る血の魔人。
相変わらず本を読んでいるフロストが彼女が喚き散らしている煩わしく感じたのか、静かにしろと警告する。何かを確かめるようにジッと見つめたパワーが正体に気付き、先ほどよりも大きな声を出した瞬間だった。
彼女の顔面すれすれに氷の刃が地面から突き出した。
「き、聞こえた。聞こえたのじゃ、静かにするから」
「知り合いだったの?」
「別に。あまり気にしたことない」
「一方的にこの子が知ってる感じかな」
この反応の仕方は昔に何かされたんだろうね。
過去を話さないフロストだから昔は知らないけど、名の知れた悪魔ということはこれだけでも見てわかった。これだけ大人しくなったら拘束する必要もない。
僕は押さえつけるのをやめてゆっくりと立ち上がった。
怯えたように身体を抱きしめてこちらを見ているパワー。
「ここ最近、牛とか熊とかを殺したのは君かな?」
「そ、そうじゃ。ニャーコを太らせようと思うて」
「その猫ですか。確かに健康ではないようだけど、もう少し考えて行動する方が良いと思うよ」
「そうするのじゃ、じゃから……」
本人の口から聞けたから犯人は彼女だという事になる。
猫を太らせるためと言っていたけど、健康な状態にして自然へと返すつもりだったのか。でもパワーは既に猫に対する愛着があるのが見てとれた。
そして彼女の瞳から感じとれるのはフロストへの恐怖と共に居る僕への理解できない感情。
「匿名で保護してもらえるように連絡を入れておくよ。それと君は僕達とは会っていないから」
「何を言っておるの……じゃ……」
僕がそう言って彼女の額に軽く触れると目から光が消える。
しばらくすると元に戻るけど、その頃には僕達と会ったことは忘れている。簡単な暗示ではあるけど、特殊な暗示でもあるから悪魔にも聞くことは証明済みだ。
「記憶はなくても魂が覚えている」
魂に刻み込まれた恐怖は魂が覚えている。
この言い回し方だと悪魔や転生を繰り返している? いや、この話自体は聞いたことがある。悪魔はこちら側と地獄の間で輪廻転生を繰り返す。
記憶は引き継がれないから新しい人格を持つという説。あくまで噂だから本当なのかは知らない。
「死は救済だという悪魔はいる。支配することで対等な世界を望む悪魔もいる。他にもいろいろな悪魔は存在する」
「そうですね。一概に悪魔を一括りにすることはできません」
「悪魔は共通して恐怖を望む。それは力、抱かれた恐怖が己を強くする」
意識を失っているパワーを見ながら彼女の説明に耳を傾ける。
悪魔が欲するのは恐怖、恐れが彼らを強くする。それはかつて世界を恐怖に陥れたと言われる銃の悪魔の存在、あの悪魔が世界中で甚大な被害を出したことで悪魔に対する恐怖が高まって悪魔全体が強くなったと言われていた。
「なるほど」
「喋り過ぎた。お腹空いた」
「自然豊かな場所でリラックスできると思ったんだけど、いつも何か起こる」
「知らない。今日は中華が食べたい」
「はぁ、わかりましたよ」
確かにいつもより彼女はよく喋っていた気がする。
時間もいい時間だし、そろそろ帰る準備をしようかな。血の魔人のパワーに関してはしばらくこの状態のままだし、何も起こらないだろう。
匿名で連絡を入れたから既にこちらに向かっている最中だろう。
今度は本当にゆっくりと馬にでも乗って草原を走ってみたいな。さて、今回のリクエストは中華みたいだし、帰りに材料を買っていこう。