悪魔が見つめるその先に 作:偶像崇拝
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死の悪魔が出現した瞬間、世界の時間が凍結された。
空を飛ぶ鳥が宙で停止し、世界から色が消え、灰色の世界へと時間が強制的に停止する。氷の悪魔のフロストが時間を凍結したのである。
「何しに来たの?」
「フーちゃんがお熱な人間に会いに来た」
この空間で動けるのはフロストが許可した者のみだ。
彼女自身と死の悪魔の二人のみが凍結された時間の中で動くことを許される。目的を尋ねると前回逢った時に話していたレックスに直接会うのが目的だと告げられた。
時間が凍結され、停止しているレックスへと死の悪魔が手を伸ばす。
頬に手を添え、至近距離で彼の顔を見つめている。何かを確かめるように軽く匂いを嗅いだり、じっと観察するように。
「確かに普通の人間とは違う。でも人間である事には変わりない」
「何が言いたい?」
「死の前には全てが平等。私が殺して使役すれば、フーちゃんの知りたいことは全て把握できる」
「……」
人間である限り死は訪れる。
死の悪魔の能力である殺した生物を使役する力を使えば、フロストが知りたいレックスの持つ力の全容を知ることが出来ると伝える。
使役が成功した時点で死の悪魔からの命令は絶対。
意識はあれど命令に逆らうことは出来ないため、すべてを教えろと命令すれば、知りたい情報をすべて知ることが出来るという事なのだ。
「考えたことはある」
「やっぱり、あるんだ」
「でも浅はかだと気付いた」
「浅はか?」
「彼はそんなに甘い存在じゃなかった」
死の悪魔を知るフロストはその方法を考えなかったわけではないと告げる。
しかし、レックスを観察する内にそんな甘い考えが通用する人物ではないと気付いたというのだ。そこまでの人物だろうかと死の悪魔は首を傾げる。
時間が凍結される前、少しだけ話した感じではそんな印象を受けなかった。
でもフロストがここまで言うならば、そうなのだろうかと頭の片隅に受け入れられる。
「!……まさか」
「フーちゃん?」
その時、フロストが一瞬だけ目を見開く。
珍しい反応に死の悪魔が注意を向けるが、フロストの視線はレックスへと注がれていた。彼女も同様にそちらに視線を向ける。
凍結された時間の中では空間の主導権を握るフロストの許可が無ければ、動くことは出来ない。
当然、その間は意識も同様に止まっている状態なので時間が停止していることも認識することも不可能に近い。しかし、何事にも例外的な事態は発生する。
レックスの目が動き、周囲を確認しており身体が色彩を取り戻していたのだ。
「顔から手を放してもらえますか。出来るとは思っていたけど、時間を凍結したんですか?」
「どうして? 私は許可してない」
「それは教えられません。ただ経験があったとだけ……ね」
レックスが自分の時間を取り戻し、凍結された時間の中で動き出した。
フロストの表情を見た死の悪魔は本当に驚いているのだと理解する。時間の凍結を行われれば、自分でも彼女の許可が無ければすぐに動くことは叶わない。
否、時間が止められている事を認識することが出来ない。
それを自力で脱出したレックスに興味を惹かれる。フロストがどうして強い興味を持っているのか、目の前で見て理解してしまう。
「なるほど」
「わかった?」
「わかった」
「?」
死の悪魔とフロストがレックスの目の前で簡単なやりとりを繰り返していた。
二人とも無表情で淡々と話しているため、表情からは非常に判断がしにくい状況だ。死の悪魔がレックスの傍にやってきて耳元で小さく呟く。
「どうして死期が視えないの?」
「死期が見えない?」
「私は死の悪魔、死期を視ることもできる。でも、あなたからは死期が視えない」
レックスの死期を視ることが出来ないのはなぜと首を傾げている死の悪魔。
死の悪魔と呼ばれるだけあり、相手の死期を視ることは容易だった。しかし、なぜか彼には死期を視ることが出来ないと今までになかった事象に不思議そうにしている。
否、死期が視えないことはあった。
しかし、それはフロストや闇の悪魔などの超越者に対してであり、人間に対しては初めてだったのだ。
「それは僕に答えることのできる質問じゃない」
「知りたい」
「知りたいと言われても……」
フロストと同じく死の悪魔もまた知りたいとレックスへと近づく。
死期が視えないということは自身の能力の対象から外れる可能性が高いと考え、恐怖が最高潮に達した時に無意識に発動する自身の能力の覚醒を防ぐヒントになるかもしれないと考えた。
レックスは死期が視えないと言われても答えることが出来ないと告げる。
それでも、死の悪魔は諦めるのではなく更なる追及する方向へと意識を転換した。それが良い方向に進むと信じて……。
「教えて……あなたの全部」
「しーちゃん」
「フーちゃん?」
「それは許されない。もし、死へと誘ったらレックスは敵対者と見なす」
殺して使役してしまえば、対象者の全てを把握し意のままに操れる。
だから自身の持つ能力を行使し、レックスを死へと誘おうとした時だった。後ろからフロストがやめた方が良いと告げ、彼を指さしている。
死の悪魔がもう一度、レックスを見ると先ほどとは違った光景があった。
それは真っ赤な刀身の刀がいつの間にか鞘から抜かれており、いつでも一閃を放てる状態で構えられていたのだ。
彼女は死の悪魔ゆえに刀に宿った凶悪な呪いの正体を看破する。
「……死の呪い。人間が扱えていい武器じゃない」
「見ただけでわかるとはさすがに死の悪魔と呼ばれるだけありますね」
「しーちゃんと呼んで」
「しーちゃん」
「それでいい。認めた主にしか所持を許さず、斬られた場所から死が侵食する」
レックスが持つ赤い刀身の刀に宿る呪いの正体は死の呪いであると言及する。
斬られた場所から死が広がり、身体を蝕み死に至るという呪いだと。凶悪過ぎる呪いに人が扱えていいものじゃないと死の悪魔は語る。
しかも認めた者以外が触れても呪いが発動し、触れることを許さない。
フロストも触れ、その浸食を凍結させることで防いでいたが後遺症が残されていたため、どれほど凶悪なものかを理解していた。
「しーちゃんの能力は調整がとても困難」
「そう。相手を一瞬で殺すことができるけど加減ができない。フーちゃんが居るから前よりは加減できるけど」
「恐ろしい力ですね。相手を一瞬で殺せるなんて……」
「皮肉にしか聞こえない」
「しーちゃんは能力に指向性を持たせたいってことですか」
「そう。それが出来るなら嬉しい。私は人類を絶滅させたいわけじゃない」
一瞬で相手を殺せる死の能力を使う際に加減が難しく、周りを巻き込んでしまう。
死の悪魔としてはそれを望まず、指向性を持たせることで能力の範囲を限定したいというのが本音らしい。彼女は人類、人間文明が好きであるため能力の発動によって絶滅することを望まない。
「それは何とも難しい話ですね。死とは生物にとって切っても切れない存在ですし、恐怖が薄れることは少ないでしょう。全員が不死身の存在になるなら話は別ですが」
「自分で能力を掌握するしかない」
「フーちゃん、簡単に言わないで」
「全盛期のチェンソーマンに身体の一部を食べさせる。そうすれば、一時的な弱体化は図れる」
「それも無理。今の世界では死を恐れない人はほとんどいない。大きな事件が起これば、死は身近に忍び寄ると思われて死を想起させる。結局は元に戻るだけ」
能力を自分自身でコントロールして掌握するしか方法はないと告げるフロスト。
いろいろ試してそれが簡単じゃないことをわかっているだけに死の悪魔は少しだけ不満気だ。次の提案としてチェンソーマンに身体の一部を差し出して食べさせる事での弱体化を図る。
この提案に対しても意味がないと否定した。
弱体化は一時的に可能かもしれないが、人々が死を恐れる限り無意味に近いと告げる。
解決策は見出せない。
「フーちゃんが言った。人々は希望があれば、恐怖を打ち払えるって」
「そんなこと言ったんですか?」
「似たようなことは言った。でも事実、その希望という存在があれば人々は強い思いを向ける」
「間違っていませんが、諸刃の剣ですよ? 逆に言えば、希望が打ち砕かれた時点で絶望を意味するから」
死の悪魔の能力の覚醒条件として人類の恐怖が頂点に達した瞬間に能力が発動するというものがある。
それを防ぐ方法として人々が希望として縋り付ける存在の出現。話を聞いたレックスは諸刃の剣だと告げ、希望が打ち砕かれた瞬間に終わると淡々と説明する。
「現状では解決策なしですね。これ以上、話し合っても現時点では平行線です」
「同意」
「わかった。この空間なら私の力を少しだけ見せられる」
これ以上話し合っても解決策は見出せそうにないと全員が同意する。
すると死の悪魔が自身の能力の一部を凍結された時間の中であれば、見せることが可能だと言い始めた。フロストも特に否定することもしていないため、大丈夫なのだろう。
「この空間の死を宣告する」
時間が停止した空間を黒い何かが侵食する。
黒に覆われた場所が頂点から剝がれ落ち始め、世界へ鮮明に色が戻り始めた。フロストの時間凍結を死の能力を以て強制的に解除したのだ。
「確かに制御は簡単じゃなさそうな力ですね」
「そう」
「お腹空いた」
「はぁ、それで何が食べたいのですか?」
話に折り合いがついたところでフロストがお腹が空いたと告げる。
刀を鞘に納めたレックスは軽く息を吐いてリクエストは何だと尋ねた。少しだけ考えるそぶりを見せた後、死の悪魔を見て言葉を紡ぐ。
「中華料理、付け合わせはピザ」
「!」
「また変わった組み合わせですね。和食、洋食、中華とか全部作れますからいいんですけど」
「私も食べたい」
フロストが中華料理とピザと言った瞬間、死の悪魔が反応したのをレックスは見ていた。
それに珍しい組み合わせを注文してくるのもいつもと違うと首を傾げている。もしかすると死の悪魔が好んで食べる料理なのかと考えていた。
「いつもより多めに」
「それは構いませんが大丈夫?」
「問題ない。しーちゃんはいっぱい食べるから」
「まかせて」
それなら問題ないとレックスはフロスト達を連れて自宅へと戻った。
材料は冷蔵庫の方に補充したばかりだから買う必要もなく、真っすぐ帰宅することが出来た。お帰りと先にバイトから帰っていたレゼに言われたのでただいまと告げ、すぐにキッチンへと向かって料理を開始する。
その際に死の悪魔を見たレゼが目を見開いて自分の身体を腕で抱きしめるようにしているのが印象的だった。
彼女は死の悪魔を知っているのか、それとも見ただけで根源的恐怖を司る悪魔であると感じとったのだろうと一人納得していた。
数十分後
「この体のどこに入っていくんだろう?」
「おいしい」
中華料理とピザをフロストに言われた通り、多めに作ってテーブルの上に運んだレックス。
どうぞと言って二人に食べてもらうが、優雅に食べ進めているフロストと対照的にすごいスピードで口に運んでいく死の悪魔。
目の前から次々に消えていく料理にレックスは唖然としている。
十人前はくだらない量を作って運んだが、その料理が目にもとまらぬ速さで消えていく。あまり行儀は良くないが食べっぷりには感心していた。
「今まで食べた中で一番おいしい」
「それはありがとうございます?」
「ピザ追加欲しい」
「ま、まだ食べられるの?」
「しーちゃんの胃袋は無限大」
ピザの追加の注文を受けたのでキッチンですぐに追加のピザを焼き釜に入れて、出来上がり次第運んでいく。
身体と口の中へと運ばれていく量が比例しておらず、身体の構造がどうなっているのかとレックスは疑問が尽きない。
自身もテーブルに座って料理を食べ、キッチンですれ違ったレゼにも一緒に食べるかと尋ねると全力で首を振られたことを思い出した。
まさかテーブルの上にあった料理のほとんどが死の悪魔の胃袋に消えるとは想像もしていなかった。
「ごちそうさま」
「いい食べっぷりでしたね」
「これでも抑えてた」
「あれで?」
「うん」
食事を終えると満足そうにする一方でまだ抑えていた方だと告げられたレックスは思わず、二度見してしまう。
本当にどういった身体構造になっているのかと確かめてみたいと思ってしまうのは仕方ないことだろう。
フロストに何かを話した後、彼女はいつの間にかいなくなっていた。
レックスは改めて謎の多い存在であると唸るのだった。