悪魔が見つめるその先に 作:偶像崇拝
いつもとても助かってます!
氷の悪魔フロストが対峙しているソ連の工作員であるイレーナ。
レゼとイレーナが戦っている所に乱入し、契約している悪魔に懐かしい気配がすると姿を見せたのだ。その口から語られたのは拒絶の悪魔という悪魔の名前だった。
「事象の拒絶。起こった事象を拒絶することで元の状態に戻すことが可能」
「……」
「死という結果すら拒絶出来る。ただし、十全に能力を使いこなすことが出来てこそ」
「そんなの無敵だよ……」
フロストの口から語られた事象の拒絶に関しての言葉にレゼは絶句する。
もし、今語られた内容がすべて真実であるなら契約している人間を殺すことはもちろん、一方的にこちら側がやられてしまうのは必須だからだ。
しかし、彼女の見立てでは十全に能力を使いこなせていないと認識していた。
「拒絶するためには発生した事象に対して正しい認識が必要」
「正しい認識が必要って?」
「身体の構造、受けた攻撃に対しての認識、膨大な知識が必要とされる。だから瞬間的な状況把握能力が一番大事であり必須」
「博識ですね、氷の悪魔。確かに間違ってはいません」
結果を拒絶するためには正しい認識が必要とされると続けて語った。
人体の構造、発生した事象の把握、それらをすべて正しい知識の元で認識することで拒絶へと至ることが可能となるのだと。
つまり、契約者であるイレーナは間違った知識による認識をすることが許されない。
間違った知識であれば、事象の拒絶は成立しないのだ。この事から彼女は単純に膨大な知識を有し、瞬時の状況把握能力を持っていることが推測できる。
「しかし、それがわかった所で何だというのですか? 確かに私は膨大な知識を持つ自負はあります。それが事象の拒絶を行うために必要であったからです。どのような結果であれ、拒絶すれば……」
「ただの確認。離れることを進める」
一度だけ視線をレゼへとフロストが向けてそう呟いた。
何かを察知したのか、足元を爆発させて一気に距離をとる。その刹那、巨大な氷の壁が形成されてレゼとフロスト達が分断された。
フロストは本を閉じ、懐へと仕舞い込むと腰に掛けられた鞘からレイピアを抜いた。
ずっと鞘に仕舞われていた彼女が使う武器であるレイピア。なぜ、急にそれを使う気になったのか。それはきっと彼女自身にしかわからないだろう。
「これを使うのも久しぶり。彼以外には使う必要もなかった」
「レイピア? 私の得意武器と同じとは奇遇ですね?」
『いかん!』
同じ武器を使う者同士とは奇遇だとイレーナが告げた瞬間、第三者の声が響いた。
その声が何者であるかは彼女自身が一番理解していた。何を隠そう契約悪魔である拒絶の悪魔だからだ。一瞬だけ意識がそちらへと向けられた瞬間、彼女は激しい痛みに襲われていた。
吐血と共に心臓、肺、腹部と同時に襲い掛かる激痛。
フロストの姿が消えており、心臓がレイピアに貫かれ、肺と腹部はいつの間にか地面から生えた氷の刃に貫かれていた。
痛みに耐えながら瞬時に状況を把握し、原因と結果を断定する。
「致命傷を負った事実を……拒絶……する」
「そう。拒絶すれば元の状態に戻れる」
「はっ! 氷の悪魔の武器の存在を拒絶します」
『無理だ。奴の武器は存在否定できない。知識が足らない』
発生した結果を拒絶し、無傷の状態へと戻ったイレーナは続けてフロストの持つレイピアの存在は拒絶することで近接戦闘の攻撃手段を減らそうとした。
だが拒絶の悪魔の言葉により彼女の持つ武器の知識が足りていないと拒絶することは出来ないと告げられる。
「拒絶の悪魔、こちらで会うのは初めて」
『儂は会いたくなかった』
「旧知の仲でしたか、拒絶の悪魔」
『敵対する状況であっても手を出すべきものではない。こやつの存在は儂ですら正確に認識できない存在。一度も死んだことのない超越者とは存在だけでも理不尽な存在なのじゃ』
拒絶の悪魔の存在を捉えたフロストは地獄以来であると告げた。
二人の会話からイレーナは旧知の仲であると判断するが、そんなものではないと拒絶の悪魔は否定している。彼の中ではフロストは決して手を出してはならない存在であり、超越者は理不尽な存在だと告げていた。
地獄で二人にはどのような関係性を持っていたのだろうかとイレーナは気になったが聞けるような雰囲気ではなかった。
会話の中でもフロストの隙を伺っているが無防備に見えて隙を見出すことが出来ずにいた。
『すべての存在を捧げられようともフロストは存在を拒絶できぬ。かの者の全てを知る者は存在しない。逆にこちら側が奴の瞳の前にすべてを看破される』
「不愉快」
「いっ……」
『全神経を集中させろ。純粋な身体能力でこやつに対応できる者は悪魔でも一握りじゃ。幾ら鍛え抜かれたお主でも対応しきれぬぞ。……を拒絶すれば時間は稼げる』
「わかり、ました」
拒絶の悪魔の助言を聞き入れ、全神経を集中させてフロストの一挙手一投足に注目する。
痛みを拒絶し、一時的に痛みによる阻害を止めて初動を捉えた。イレーナはレイピアの面を正面に構えて身体で支えるような体勢をとる。
その刹那、レイピアの面の部分に衝撃が伝わり後方へと弾き飛ばされそうになるが重心移動を利用して体勢を維持することに成功する。
同時にフロストに聞こえないように何かを拒絶すると呟いた。
「違和感」
『捉えたぞ、氷の悪魔!』
フロストは僅かな違和感を覚えた。
拒絶の悪魔が姿を現し、彼女を見えない何かで拘束する事に成功する。それと同時に拒絶の悪魔は無感情な瞳に鋭い視線を向けられた。
拘束を解こうと身動ぎすることで少し前の自分と今の自分とでの違和感を把握するフロスト。
身体の動きが僅かに遅くなっていることに気付き、自身に対して何かが拒絶されていると判断した。それとイレーナの気配が気薄になっていると。
「把握した」
一瞬だけフロストの視線が動く。
同時に金属がぶつかり合う時に聞こえる特有の金属音が聞こえる。そこには背後から急所へと向けて刺突を放つイレーナの一撃が解けず破壊できないと言われた強度を持つ氷に阻まれている光景があった。
『看破されたか。だが殺させんぞ』
「邪魔」
『無駄じゃ。物理攻撃に対するすべてを拒絶させる』
「? 何を言ってる。ここは私の空間、私がすべての権限を得ている」
『!? これは……!!』
拒絶の悪魔に対して何を言っていると首を傾げているのはフロストだった。
彼女の言葉により周囲の見渡すと世界から色が失われ、灰色の世界が視界に広がっている。イレーナも時間が止まったかのように停止し、色を失っていないのが自分と氷の悪魔だけだと悟った。
そう、拒絶の悪魔が感知できずに時間は凍結させられたのだ。
『いつから……いったいいつから時間が?』
「この子が私の背後から刺突を放った時」
『やめろ。手を出すな……氷の』
拒絶の悪魔にフロストの時間凍結に関する知識はなく、事象に対しての理解が出来ていなかった。
その原理を正確に理解できていなければ、事象の拒絶をすることは難しく不可能に近い。そもそも時間を停止させるという事自体が理不尽の塊だと。
そんな事を出来る存在は超越者にしかできない。
それも時間に関する悪魔であり、該当する悪魔が居るとすれば"老いの悪魔"だが彼との接点は少ない。故にフロストに時間凍結に対して為す術がないのだ。
身体が動かず、口だけが動かせる状態にされているのが現状だった。
「知らない。手を出す相手を間違えるなと無理にでも止めるべきだった」
時間が凍結された事でイレーナは動くことも当然ながら意識すらもない。
今の状態は把握する事すらできていないのだ。ここで何が起ころうともすべては起こった後の結果が残るだけ。把握できないことに対して対処できるはずもない。
イリーナの顔にフロストの手が添えられる。
触れられた場所から凍り付き始め、顔から下に向かって凍り始めた。拒絶の悪魔はその光景を見ている事しかできず、唇を強くかみしめている。
「止めたければ、拒絶すればいい」
『わかって言っておるのか、貴様!』
「知識不足。事象の拒絶は便利であって不便でもある。それは正しい知識と認識を行えなければ、結果や過程が拒絶できないから」
『……』
「理解できない未知の前に為す術を持たない。一撃で相手を屠る理解できない攻撃に対しては対処が出来ないから」
助けたければ、拒絶すればいいと告げるフロストに拒絶の悪魔は憤る。
それは凍結された時間の中ではすべての権限を支配する彼女の前では無力でしかないからだった。もっともフロストが言うように目の前の事象を正しく理解し、把握できれば事象の拒絶を行える。
だが、拒絶の悪魔にはその事に関する知識が不足しているために能力を振るえないのであった。
理解できることに対しては無敵と言っても差し支えない力を持つが、理解できないことにないしては極端に弱体化してしまう事が欠点であると告げられてしまう。
「私を倒せないならば、"本体"には触れる事すら叶わない。人も悪魔も絶望を前にすれば、同じ顔をする。恨むなら無力な己自身」
『覚えておれ、儂は……』
「興味がない。でも、拒絶の悪魔は特殊な悪魔でもある。ここで死んでも地獄へ転生した際に失った記憶は取り戻せる」
『その通り。だから儂は何度でも本当の意味で蘇る』
通常の悪魔の場合は殺され、転生した際に記憶を失った状態で生まれる。
しかし、拒絶の悪魔は記憶を失ったという事実を拒絶することで生前の記憶を持った状態で転生することが可能となるのだ。
そのため死んで記憶を失ったとしても記憶を取り戻せる。
だから本当の意味で蘇るという言葉が適応されるのだ。知識も同時に引き継がれるため、弱体化には繋がらないという点では優れているだろう。
つまり、蓄えられた知識が失われることがないため無限に蓄積されていく。
時間が長ければ長いほど、蓄える知識が多ければ多いほど拒絶の悪魔は強くなっている。それでも氷の悪魔のフロストを理解しきれないのだ。
「鬱陶しいのは嫌い」
『何をするつもりじゃ? まさか、やめろぉぉ!!』
「永遠に生き続ければいい。意識もなくただの氷像として――」
イレーナが凍り始め、拒絶の悪魔の方へとフロストは歩みを進めた。
彼女の性格と告げられる言葉から何が行われるかということを察したことで今までにない声を上げる。そう、拒絶の悪魔に対してフロストが行おうとしているのは永続的な時間凍結だった。
彼女は身動きの取れない拒絶の悪魔の胸部へと手を触れ、握り潰すような動作を行う。
叫んでいる姿のまま色彩を失い灰色の世界と同化する彼にフロストは既に興味を無くしているようだった。そもそも初めから興味なんて持っていなかったのかもしれない。
「人の空間に勝手に干渉しないで」
この空間に僅かな歪みを見つけ、干渉された事に気付いたフロストはそう呟いた。
灰色の世界に黒い亀裂が生まれ、そこから誰かが侵入してきたのだ。黒い蝶が舞い、姿を現したのは死の悪魔だった。
「フーちゃん、私が貰ってもいい?」
「無視? 勝手にすればいい」
フロストの問いかけに対してスルーした死の悪魔は拒絶の悪魔を私に頂戴と告げた。
勝手にすればいいと既に興味を無くしているため、どうしようと関係ないと告げていた。拒絶の悪魔に触れ、能力を発動させ死を与えた。
これによって死の悪魔に殺されたことになり、地獄へと転生することになる。
そう、通常の死であれば輪廻転生によって地獄で新たな生として産み落とされるが死の悪魔に殺された事によって自我を持った操り人形となってしまう。
使役されることになり、絶対的な命令権を死の悪魔が持つことになる。
「拒絶の悪魔は持っておいて損はないから」
「知らない。使役したいなら初めから殺せばいい」
「知ってるでしょ、フーちゃん。私の力は加減が難しい、でもここなら指向性を持たせることもそこまで難しくないから」
「それでも来るなら言うべき」
「ごめんね、悪気はないの」
「知ってる」
殺された事でフィギュアになった拒絶の悪魔を死の悪魔が拾ってポケットへと仕舞う。
フロストの作り出す空間以外で能力を発動させれば、コントロールが出来ず死が溢れだしてしまう。だから彼女は極力能力を振るう事を避けている。
根源的な恐怖は人々を恐れさせ、自身の力を更に強くし、覚醒へと至ってしまう可能性があるからだ。
能力が覚醒してしまえば、人類の滅びは避けられなくなってしまう。それは自分の望むことではないと何とか能力を抑える方法をいつも模索している。
「駒は多いほど選択肢が増えるから。特に拒絶の悪魔は使いようによっては私の能力の抑制に役立つ」
「……期待し過ぎると損をする。拒絶の力は万能ではない。蓄えられた知識によって比例する力、すべてを理解した時に真なる万能へと至る」
「詳しいね、フーちゃんは」
「私は"視える"だけ。深い意味はない」
フロストの口から語られた言葉は拒絶の悪魔以上に能力を理解していなければ、言えない内容に等しいものだった。
死の悪魔は彼女に視えているものが何かは知らないが、真実を言っていると確信していた。特殊な眼を持っていることも気付いているからだ。
「目的を果たしたなら帰った方がいい」
「そう。またご飯を食べに行く」
「伝えておく」
死の悪魔は黒い亀裂な中へと消えて、この空間から消えた。
消えると同時に亀裂もなくなり、フロストは能力を解除すると時間の凍結された空間が色を取り戻していく。時間の流れが正常に戻り、世界に色が完全に戻った。
巨大な氷も砕け散り、向こう側に居たレゼも姿を現す。
まだ爆弾の悪魔の姿のままで周囲を警戒している。視界に捉えたのは氷漬けになっているイレーナの姿であり、同じ時を過ごした同胞がこのような姿になったことに感じることがある様子だ。
「死んでるの?」
「心臓が鼓動を止め、活動を停止することを指すならそう」
「そっか。少しだけ二人っきりにしてほしい」
「好きにしたらいい」
フロストはそう言うと離れた場所に氷で椅子を作り出し、足を組んで座って本を読み始める。
イレーナとレゼが二人っきりの状態になり、静かに口を開く。
「優秀な道具、私達は使われるだけの道具だった。結果を残し続けることが生き残る唯一の道、誰だって死にたくない。口には出さないけど、きっとみんなはそう思っていたんだと思う」
「……」
「ねぇ、イレーナ。私ね、もしもの世界があるならきっと私もあなたと同じだったと思う。祖国のために命令されるがまま任務を遂行する道具として国に尽くす存在」
レックスとの出会いが無ければ私もあなたと同じだったと言うレゼ。
任務を遂行できない者は必要ないとされ、結果を残した者だけが生き残る残酷な世界の中で私達は生きていたと。凍っているイレーナの頬へと手を当て、ジッと彼女の顔を見つめている。
「もし、お兄さんと先に出会っていたのがあなただったなら……きっとここに立っていたのはイリーナだった。私にとっての目標だったあなたはもう居ないんだね」
レゼの脳裏にはイレーナと初めて出会った時の事や過ごした時間の事が思い起こされている。
今となっては敵同士、それでも確かに同じ志を持った祖国に忠義を尽くした者同士だった。たとえそれが強力な暗示によって刷り込まれたものだったとしても。
だからこそ、己の手で終わらせる。
「今までありがとう、イレーナ」
"ぼんっ"
至近距離での爆発によってイレーナは跡形もなく吹き飛ばされた。
残るのは爆発によって生じた爆発の跡と彼女が愛用していたリボン。一陣の風によってリボンは宙を舞い、自由に飛び立つ。
死の悪魔によって契約悪魔を殺された事で交わされた契約は無効となり、拒絶の力は既に使えない。
それ以前に死んでしまっているため、能力を使えるはずもなかった。
「ありがとう」
「なぜ、私に礼を言う?」
「最後の時間をくれたから」
「私は勝手にしろと言った。だから礼を言う必要はない」
「ううん、私が勝手にしてるだけだから」
「……理解できない。元とは言え仲間を殺した私に礼を言うのは理解しがたい」
最後の時間をくれたことにレゼは感謝の言葉を述べる。
礼を言われる筋合いはないとフロストは告げるが、それでも言わせてほしいと彼女はありがとうと告げた。礼を言うのは自由だとフロストは立ち上がってこの場を後にする。
「あの時、貴女は何を言おうとしたの?」
レゼの言葉に答える者は誰も居らず、ただ静寂に満ちた暗闇を月が照らしていた。