悪魔が見つめるその先に   作:偶像崇拝

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第二十六話

 各国の工作員や刺客が続々と日本入りしている話を聞いて思ったことがあった。

今までならここまで多くの人員が割かれることがなかったはずだから、デンジ君の心臓を狙った国と僕狙いの国が一気になだれ込んできたようだよ。

 公安の彼女がここまで露骨に各国の工作員とかを入国させているとは考えにくい。

だから今までと違って別の事に意識を向ける事態が発生し始めているということかな。既に賽は投げられているし、歩みは止まらないか。

 

「まさか、ソ連からまた刺客が送り込まれているとは。レゼの心臓の奪取も含まれていることも想像はしていたけど……」

 

「ぐっ、この……」

 

「動かない方がいいと思います」

 

 しかも仕掛けるタイミングが同時で二面作戦を展開してる。

レゼの方は最精鋭、こちらは数での制圧か。作戦としては間違っていないかもしれない、僕が戦闘が出来ないと仮定するならだけど。

 ここが人気が少ない場所でよかった。

少し大きな音が発生しても気付く人が居ないのはどちらとしても好都合だったから。僕の目の前に居るのは壁に背中を預けるように座り、両方の手の甲が刀に貫かれて壁に貼り付けられ、両足の太ももにも刀が貫かれている男性だ。

 

その周りには死屍累々と表現するにふさわしい光景が広がっている。

 

「一般人が見たらショックで何も喉を通らないんじゃないかな、これ」

 

「悪魔め、上層部の見通しが甘かった。初めのプランが失敗した時点で手を引けばよかったんだ!」

 

「酷いなぁ。身体が勝手に動いただけですよ」

 

「どこが数で制圧すれば、対人特化したお前達なら大丈夫だ。はっ、こんな光景を素人が作り出せるはずがないだろうが!!」

 

 男が見る光景には僕の周りに倒れている物言わぬ仲間達の姿がある。

部隊を率いるリーダーを残して部隊は全滅、生かされた理由はもちろん情報を引き出すためだ。つい先ほどまで生きていた仲間達の姿の変わりように信じられないという表情をしている。

 

彼が言うように僕は戦闘に関して素人ではない。

 

「ソ連は何を求めている?」

 

「わかりきっているだろうが……。今の世では他国に対して優位に立てる戦力を欲しがっている。お前の身柄を確保できれば、氷の悪魔を自国へと引き込める。それが出来るなら多少の犠牲を出してでも実行するのさ」

 

「手に入れた情報と同じでしたか」

 

「俺達は失敗した。だが、裏切り者から悪魔の心臓を奪取する役目を担うのは一度も失敗したことのないイレーナだ。そちらの作戦は成功するだろう。あいつの前では――無力だ」

 

 彼らが信頼を集めるイレーナという人物は気になるけど、結果はおそらく彼らが望む物にはならない。

レゼにはフロストが持たせている氷の造形のブローチの存在がある。彼女から聞いた話だとあれは目印にもなるらしく、所持者の場所へとすぐに迎えるらしい。

つまり、レゼを圧倒できたとしても必ずフロストがその場に姿を現している。

 

超越者である彼女をその人物が殺せるのかという問いがあるなら答えは"No"だろうね。フロストはそんな甘い存在じゃないし、むしろ……。

 

「まぁ、結果はすぐにわかるでしょうね」

 

「そうだな。それを知れないことが残念だ…………」

 

 絶望を知らずに死ねるのは幸せなことだろう。

大量出血によるショック死。これでここに生きている人間は僕だけとなったわけだけど……?

 

「何かの紋様?」

 

 死した男の身体で死角になっていた場所に血で書かれた紋様を見つけた。

よく見ると地面に残るおびただしい量の血がその場所へと集まり、ドクンっと脈動する音が聞こえる。偶然ではないよね、あの紋様はただの偶然で描かれるものではない。

 

「……」

 

「黒い面を付けた剣士?」

 

 黒い影となって姿を現したのは黒い面で顔を隠した女性の剣士。

いったい何の悪魔だろう? 周囲を見渡した後、僕を見据えている。腰には二本の剣が鞘に入った状態で収められていた。

 観察していると目の前から姿がブレた。

僕の真横に現れ、勢いを利用して回し蹴りを放って来る。蹴りの軌道に腕を構えて、その一撃を受け止めた。体の芯へと響く一撃だとすぐにわかった。

 

「地獄から召喚された悪魔かな? ずっと僕に話しかけていたのは時間稼ぎをしていたと考える方が自然か。それなら最後に置き土産を残されちゃったな」

 

「……斬」

 

「おっと」

 

 抜刀速度と斬撃の一撃も先ほどまで相手にしていた部隊よりも遥かに強い。

こちらも抜刀して斬撃を薙ぎ払い、真横へと受け流した。今の一撃、何処かで見たような気がするんだけど……どこだろう?

 似ているような気がするだけで僕の思い違いかな?

一撃、また一撃と繰り返し、打ち込まれる斬撃。見間違いで無ければ、回数が繰り返されるごとにどんどんとスピードが上昇している。

 

「時間を掛けるだけ不利か」

 

「怨」

 

「これはまた面倒な」

 

 相手の剣を覚えたところでこちらから仕掛けようとした時だった。

女性の口から"怨"と言葉が紡がれる。それと同時に足に違和感を覚えて、そちらに一瞬だけ目を向けると半透明になっている屍が僕の足にしがみついている。

すぐに刀を振るって切り裂くと叫び声をあげて消えていった。これは死霊の類、つまり目の前の存在はそちら側に干渉しているということ。

 

「怨、怨、怨」

 

 怨と言う度に死霊が現れてこちらを妨害してくる。

霊体でも問題なく斬れるから対して脅威ではないけど、数が多い分面倒だな。口で言うだけだからあちらの動きは阻害されないし、たぶんだけど無限に呼び出せる感じがする。

 男性、女性、少年、少女と様々な年代の姿で出現している彼らに意識はないだろう。

あるのは呼び出した主の敵を妨害することくらいしか認識できないと思う。さっきから掴まれたりはするけど、直接的な攻撃が行われたことは一度もないからだ。

 

「いい加減にしてほしいですね。あと、喋れるんでしょ……君」

 

「……死人に口なし」

 

「変わったことを言うんですね」

 

「多くの死者の魂と血、それが私を呼び覚ます」

 

 僕が殺したソ連の部隊の魂と血が目の前の存在を呼び覚ました?

悪魔には変わりないけど、どの悪魔かは判断が難しいな。死霊? 怨霊? それとも別のナニか? 

 

「なるほど」

 

「いったいどれだけ人を殺した? 千、万、億?」

 

「答える意味がないので」

 

「そう。随分と強力なものを飼っている。いずれ、身を滅ぼす」

 

 この質問に答える意味はない。

そして彼女が指さしたのは僕が持つ一本の刀。強力な呪いを宿し、斬った相手を死へと誘うことの出来る刀だ。しかし、飼っているとはまたなんとも言えない表現をしてくるね。

 

「扱いが難しい子ですから。その可能性もあるかもしれません」

 

「だから呪縛を解き放つ。我が力を以て顕現する」

 

「!」

 

 その刹那、辺り一面に負の力が溢れだし始めた。

まさか干渉できる力を持っているなんて……。この刀は数え切れないほどの存在を屠っているから目の前の女性が干渉を行えても不思議ではないと思っていたけど、本当に干渉されるとは。

何かに引っ張られるように鞘に収まっていた刀が彼女の前に浮かび、鞘から刀がひとりで抜かれ、赤い刃の刀身が姿を見せる。

 

「……」

 

「顕現せしは凶兆。死せる呪いの力を己で受けよ」

 

 言葉が紡がれるごとに薄っすらと見えていた姿が徐々にはっきりと見え始める。

その赤い刀身の刀を持つのは血を思わせるような赤い長髪、瞳の中に赤い×の模様を持つ女性。かつて僕が着ていた黒い軍服を身に纏っていた。

 

「これは笑えないよ」

 

「……」

 

「お前は多くの存在を屠った。その報いを受ける時が来た、死して永遠に苦しめ」

 

「……」

 

「早く奴を屠れ」

 

 目の前に顕現した存在に僕は笑えない。

別に恐怖とか驚きといった感情を持ったわけじゃない。どうして彼女がここに姿を現しているのだという疑問があった。

命令を聞かずに動かない彼女に痺れを切らしたのか、強めに命令するが動きを見せない。

 

「……言っている」

 

「聞こえない、なんと言っ……!」

 

「誰に物を言っていると言ったのだ」

 

「なぜ……私の命令には逆らえ……ないはず」

 

「我に命令できるものは我が決める。消え失せよ」

 

「……過信していたのは……私だったのか」

 

 振り向き様に刀を振り抜かれ、身体を斜めに切り裂かれて地面へと崩れ落ちている。

切り口から死が侵食し、身体を蝕まれて死を迎えた。太刀筋は健在か、誰かに命令されるような人じゃないよね、彼女はさ。

 

そして石ころを見るような目で見下していた存在から視線を僕へと向けた。

 

「この姿が不服か、我が主よ?」

 

「……笑えないな。もし、戯言のつもりでその姿を模しているなら特にね」

 

「おぉ、恐ろしいものだ。それでこそ我を持つに相応しい男、我の担い手だ」

 

「その姿で喋るな」

 

 その姿を模したのは赤い刀に宿っていると言われる意志。

この刀にはもう一つ特殊な能力が備わっているんだ。それはこの刀で殺した相手の姿を模し、身体能力などすべて同じ状態で顕現するというもの。

もちろん、これは所持者である僕が使えるわけではない。

 

備わっていると言うのは古い資料に記載されていたもので、実際に僕は目にするのも初めてだ。

 

「癇に障ったか? そうであろうな、この姿の主は――お主が殺した師」

 

「……」

 

「唯一、本当の意味で心を許していた者。あの戦いは今でも覚えているぞ、我は。何せ……」

 

「黙れと言ったのが聞こえなかったか」

 

「あぁ、身体が満たされるようだ。この殺気、我の下腹部が熱を帯びて……!」

 

「そう。やっぱり、言葉で言っても無駄か」

 

 やっぱりまともに相手をするだけ無駄だった。

彼女が言うように今の姿はかつての僕の師でもあった女性の姿。思い出したくもない過去の記憶、考えただけでも腹立たしい。

策略としても限りなく正解に近いものだったけどね。

 

刀を真横へと一閃する。

刃と刃が激しく触れ合う事で火花が散り、特有の金属音が響き渡る。

 

「戦いとは常に死と隣り合わせでなければならぬ。死こそ到達点! 死が我を満たすのだ!」

 

「この狂人が」

 

「うははは!」

 

 太刀筋もその姿も戦い方すらもすべて師と同じものだ。

だからこそ次の攻撃も予測しやすいが、同時に非常にやりにくい。予測すること自体は難しくないが基本が徹底されており、すべての型に対応できるカウンター狙いの太刀筋だ。

 守りが硬く一瞬の隙を狙っての反撃は相性が悪い。

今、使われている刀は掠っただけでも致命傷になる死の呪いがある。だから僕としても攻撃を受けるわけにもいかないんだ。

 

実際に敵側に使われると非常に厄介なんだよなぁ。

まぁ、その前に使い手が死んじゃうんだけどね。今回の場合は例外のケース、自身で能力を使用して操っているので条件には当て嵌まらない。

 

「あの時と同じように殺せばいいだろう」

 

「……そうだね」

 

 死者は蘇らない。

例え同じ姿をしていてもそれは別人だ。彼女を葬ったのは他でもならない僕自身であり、死を見届けたのも僕だ。

確かに太刀筋も何もかもが同じ、あの時から何も変わっていないんだ。そこで止まっているから伸びしろも何もない。

 鍔迫り合いから幾度となく斬り合い、間合いを確保する。幾度となく繰り返した攻防も身体が覚えている。たとえ姿が師であっても目の前に居るのは偽りの存在だ。

過去の亡霊にいつまでも付き合っている必要はないから終わらせる。

 

「この一撃で終わる」

 

「何という殺意か! それだけで弱者は精神を病んで死する者も出ようぞ!」

 

 互いに鞘に刀を収めた状態で必殺の居合の構えを取っている。

その時、上から鳥が地面へと落下した。それを合図に居合の構えから一気に抜刀して一閃を解き放った。しばらくの静寂の後、決着がついた。

 

「やはり届かんか」

 

「偽りに負けるほど弱くない。姿も身体能力も技量すらも同じでも……そこに高貴なる精神が宿らなければ所詮は偽りだよ。本物とは程遠く、あの人には届かない」

 

「ふっ……強くなったね、レックス」

 

「!」

 

 身体を切り裂き、致命傷を与えた。

身体が徐々に消え始め、あとは消えゆくのみだった。自身の刀を収めて踵を返そうとしたとき、後ろから聞こえた声に僕は足を止めた。

 その声は聞き間違えるはずのない声だったから。

再び声の主へと顔を向けるとそこにはかつての師である女性が微笑んでいる。先ほどと違い、姿を模したものではなく本人であることがわかった。

 

「既に私は相手にならないね。私の時はレックスに殺された時に歩みを止めている」

 

「殺した僕に怒りもしないんですね」

 

「弱いから死んだ。私が強ければ、あの結末は迎えていないよ? 色々と話したい事もあるけど、既に時間は残されていないんだ」

 

 消え続ける身体に気薄になっていく気配。

今になって思えば、あの悪魔には少し感謝をしなければいけないかもしれないね。こうしてかつての師と対面することが叶ったんだから。

 

「君の赴くままに生きなさい。死人である私は口出しすることはしない。それでも教え子の未来を思うくらいしてもいいよね?」

 

「そうですね」

 

「ふふ、君の驚いた顔が見れて私は満足だよ。レックス、君は――」

 

「そうですか」

 

 地面へと刀が落ち、実体を無くしたことで師は消えた。

今……のはまさか共鳴した? この世には理解できない不思議な事があるというけど、ままならないものだね。

地面に落ちた刀を掴んで鞘へと納めて、腰元へと結びなおした。

 

まぁ、また師と逢えたのは自分を見つめなおす機会にもなったな。

 

 

 あれがレックス君の本気の殺意なんだ。

ある場所の小動物が同時に絶命したことでその場所へと監視の目を飛ばした。そこに居たのはレックス君と見知らぬ女性だった。

死霊の悪魔が呼び出したと思われる存在は明らかに異質、そもそも霊を実体化させることが珍しい。姫野ちゃんと契約してる幽霊の悪魔は自分に実態を持たせることは出来ても自身以外にはできない。

 

「ソ連もなりふり構わず動き始めてる」

 

 爆弾の悪魔は既にレックス君の手中にある。

それを取り戻そうと拒絶の悪魔と契約した人物を彼女に当てたみたいだけど、超越者の氷の悪魔の前には無力に等しかった。

明らかに手を抜かれて一方的に蹂躙されたんだろうね。消えたと思えば、すぐに決着がついた状態で姿を現していたから。

 

それに私の姉、死の悪魔の力の残滓が残っていた。

氷の悪魔と死の悪魔は接点が私たち姉妹の中では一番多かった。だから姉は彼女を恐れることはしない。そもそも恐れという感情を持っているのか、怪しい。

 

「デンジ君にも鈴が付けられている」

 

 彼の心臓を持つデンジ君には自由にやらせているけど、やはりというべきかな。

ハニートラップに簡単に引っかかってる。ただ気がかりなのはどこの国から派遣されてきた工作員であるか判断が出来ないこと。

 痕跡、それがまったく残ってなくて間違いなく手慣れていた。

通常なら私の目に引っかかっているはず、でも彼女の場合はそれをすり抜けている。国内に居る限り、私の監視の目を掻い潜ることは簡単じゃない。

 

デンジ君には向けている監視の目も増やしておこうか。

 

「天使君、少しいいかな?」

 

「……なにさ」

 

「君はレックス君に殺されそうになったって聞いたよ?」

 

「そうだね。でも、あれは僕も悪いんだ。少し反省するべき点はこちらにもあった」

 

「とても珍しい刀を使っていたんだってね」

 

「……珍しい? あれはそんな生易しいものじゃないよ」

 

 ソファーで休んでいる天使君に声をかける。

少し前にレックス君と公園でばったりと会って不用意な発言をしたせいで殺されそうになったと言っているけど、私も小動物の目を介して見ていたから知ってる。

レックス君が見せたもう一つの赤い刀身を持った刀、いつものとは違う形状をした刀だった。

 

天使君からの主観を直接聞きたかった。寿命を代償に武器を作り出すことが出来る能力を持つ彼はどう感じたのかを。

 

「斬られたら終わりだよ。死を齎す武器、それに……」

 

「それに?」

 

「あの刀には意志が宿ってる。今でも思い出せるよ、あの悍ましい呼び声がさ」

 

"死はすぐ傍にある"ってさ。

 

 天使君は刀に魅入られたのかな。

私の前で天使君が嘘を付くことはできない。聞こえたという呼び声は私には聞こえていなかった。直接、対峙してあの刀を見たことで波長がかみ合った結果、そんな声が聞こえて来たということだね。

 呪いの悪魔に確認させた方がいいかもしれない。

彼も契約者に与えた釘を三回打ち込めば、相手を即死させることが出来る。同じ死という結果を齎している以上、レックス君の持つ武器の本質を見抜けることが出来るかもしれない。

 

「マキマ、諦めるべきだよ」

 

「何のことかな?」

 

「これは僕からの親切心、いや警告だよ。これ以上、彼に執着するのはやめるべきだ」

 

 私にレックス君を諦めろって言うの?

私がずっと望んだ対等という関係を望める人間がすぐ目の前に居るのに、それを諦めろだなんて。天使君はなんて悪い子なんだろう。

 

これは命令です。ここでのやり取りは忘れなさい

 

「はい」

 

 彼を手放すのは簡単だけど、計画には必要な人材だ。

まだ計画は不完全な状態だけど、並行して二つ進めることは出来ている。一番の障害となるのはやはり氷の悪魔、彼女をレックス君の傍から引き剝がさないと駄目だ。

 それに死の悪魔も恐らくレックス君に興味を持っている可能性が高い。

私達は姉妹であるのも事実、望みは違えど惹きつけられる対象は似ていることは今までの経験からも明らかだ。

 

 

そのためにもデンジ君にはもっと頑張ってもらわないと。

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