悪魔が見つめるその先に   作:偶像崇拝

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第二十七話

 夜空に赤い月が輝き、夜の街を照らしていた。

人気のない高い丘でデンジと七詩の二人が互いに向かい合っている。デンジにとってはマキマ達と違う初めての公安以外での親しい女性。

カフェに行ったり、映画を見たり、仕事が終わってから一緒に過ごす時間も増えていた。デンジの心の中は彼女の事で占める割合が徐々に大きくなりつつあった。

 

「デンジさん」

 

「んぁ、どうしたんだよ七詩」

 

「私と一緒に逃げませんか? デンジさんはまだ若いのに学校にも行かず、十分な教育も受けていないのはおかしいです」

 

「そうなのか? 確かに学校とかは行ったことないけどさ、今の生活には満足してるぜ?」

 

 デンジと過ごした七詩は今までの境遇が異常であると告げた。

今の年齢であるなら学校へ行って学生生活を送り、デビルハンターとして活動しているはずがないのだと。彼にしてみれば、デビルハンターとして活動する生活が普通であった。

幼い頃から育児放棄に近い生活を送っていたデンジにとっては教育を受けられるのは一部の人間だけだという認識だったのだ。

 

「いけません、デンジさん。デンジさんは幸せになるべきお人、私ならお力添えをすることも可能です」

 

「でもよぉ、俺ぁ今の仕事も嫌いじゃねえ。公安に居れば、毎日三食食えてゆっくりと寝れるんだぜ。最高の生活を送れる」

 

「その考えがおかしいのです。普通は悪魔と戦わずとも毎日三食食べて学校に通う生活が送れる。それが普通なんですよ」

 

「普通か、俺にとっちゃ。悪魔を殺すことが唯一の生きる道だったからな、七詩の言う普通ってのがわからねえよ」

 

「そうなんだ」

 

 七詩の言う生活は自分の中では想像できないと告げるデンジ。

自分の中の普通と彼女の中の普通とでは基準が違い過ぎていたのだ。今の生活よりも安全で幸せになってほしいと告げても答えはきっと変わらないだろうと内心ではわかっていた。

 

「デンジさん……」

 

「んっ……!?」

 

 デンジに抱き着くようにして腕を首へと回して自身の方へと引き寄せる形で七詩はキスをした。

触れるような口付けではなく、相手の口を開かせて舌を絡ませる深い方の口付けだ。デンジは目を見開き、身体に電流が走ったような快感に襲われる。

自身の舌が自分のものではないように互いに絡み合い、息をすることも忘れてキスをする。七詩が唇を離すと二人から唾液の橋がぷつりと切れた。

 

「な、なんだこれ。頭がほわほわする」

 

「私と一緒に来れば、いつだって味わえるよ?」

 

「いつでも……」

 

 耳元で囁かれる妖艶な声に頭がくらくらとし始めるデンジ。

胸も大きくて自分に優しく、こんな気持ちよくなれるキスまでしてくれる七詩の気持ちに応えるべく、デンジは口を開いた。

 

「俺だって七詩と一緒に行きたい。でもよぉ、まだマキマさんにも兄ちゃんにも恩を返せてねえ。だから一緒に行く事はできねえ」

 

「そっか。デンジさんはあの魔女に飼われている事に違和感を感じませんでしたか。うん、わかりました」

 

「わりぃな、七詩……っ!!」

 

 一緒に行く事は出来ないと答えた瞬間、デンジの首から血が噴き出した。

激痛に襲われながらも首を抑えて、七詩の方を見ると先ほどまでの温かい表情はなく冷徹な眼差しで見下ろしている彼女の姿があった。

手に持った短剣から赤い血が滴り落ちている。

 

「一緒に来ると言えば、本当の快楽を教えてあげたのに。愚かな選択をしたものです、デンジさん」

 

「お、お前……いったい」

 

「まだご自身の立場をご理解されていないのですね。今やあなたは世界から狙われる人物となっている。あなたの心臓を求めて各国が動いている。レゼ、でしたか? 彼女は私を見てすぐにあなたに警告してくれたのに。それを無碍にしてしまった」

 

「また俺は騙されたってことかよぉ!」

 

 デンジの知らぬところで既に各国からチェンソーの心臓を狙っており、続々とこれからも私のような存在が送り込まれるだろうと暗に告げていた。

レゼの忠告を無視してしまったことがこの結末へと導いたのだと。七詩の目的もまたデンジの心臓、チェンソーの悪魔の心臓なのだ。

 

短剣に付着したデンジの血液を舐めて美味しそうに摂取している七詩。

 

「私がデンジさんのことを好きなのは本当ですよ?」

 

「好きな人の首を切り裂くのが最近の流行ってやつなのかぁ!」

 

「痛みを共有すれば、同じ気持ちを味わえますもの」

 

「何言って……痛ってぇぇ!!」

 

 七詩が短剣を太ももに深く突き刺すと同時にデンジも同じ場所から出血する。

彼女の表情は妖艶となり、痛みに快感を覚えているのか頬が赤らんで瞳が潤んでいた。吐き出される呼吸の仕草さえも他者を魅了してしまう。

 

「私の痛みはあなたの痛み。あなたの痛みもまた私の痛み」

 

「何言ってやがる、七詩!」

 

「一緒に死を味わいましょう! デンジさん!!」

 

 そして七詩は短剣を大きく振り上げて己の心臓へと突き刺そうとした。

しかし、その瞬間に地面から飛び出してきた何かに彼女は吹き飛ばされて短剣を落としてバランスを崩して転倒してしまった。

 

「ビーム!?」

 

「チェンソー様、逃げる! あいつ不気味不気味不気味!!」

 

 パワーが血液を過剰摂取していたため、血抜きするために一時的にバディから外されていた。

そのため、その間はサメの魔人であるビームがデンジの臨時バディとして組まされていたのだ。地面でもどこでも泳ぐことが出来る彼は匂いを辿ってここまで来てデンジを助けた。

 七詩とデンジが一緒に居るのは危険だとここで判断を下して抱えてこの場から逃走する。

デンジに有無を言わさず、少しでも彼女と距離を取る必要があると思ったのだ。

 

そして吹き飛ばされた七詩は短剣を拾ってデンジ達が逃走した方向を見つめていた。

 

「私からは逃げられない。デンジさん、待っていてください。すぐに傍に参ります」

 

 今まで抑えていた身体能力を解放し、逃げて行った方へと一気に加速しながら走り出した七詩。

力を込めて走り出した事で踏み込んだ一歩目で地面が砕けるほどの力が加わっており、初速から既に人の限界値に近い速度で走っていた。

彼女にとって痛みとは共有し、分け与えるものだった。痛みを共有した仲で死んだときの快楽は彼女の脳を焼き尽くすほどの快感を得られるのだ。

 

 

 デンジ君、大変そうだな。

僕の所へと向けられた刺客よりも厄介そうな能力を持ってそうな感じがするね。痛みの共有、自傷した場所の状態を相手にも共有するって色んな意味ですごいかもね。

 それにあの女の人はたぶん死なないかな。

デンジ君達と同じ武器人間ではないけれど、かといって悪魔でも魔人でもない存在。言うなれば禁忌を犯して生まれた突然変異体って感じか。

 

「物理的に殺すのは不可能な感じがするよ」

 

「彼女は死なないよ。容姿が変わってたからわからなかったけど、さっきの光景を見て思い出した」

 

「知り合いでしたか、レゼ?」

 

 隣で見ていたレゼが僕の呟きに反応して答える。

デンジ君と一緒に居る姿を何度か見たけど、誰であるかわからなかったが先ほどの光景を見たことでどういう人物かを思い出したらしい。

そして彼女が死なない不死であると告げていた。続けて語るレゼの言葉に耳を傾ける。

 

「一度だけ任務中に遭遇したことがあったんだ。驚異的な再生能力と自身を傷つけることで相手にも同じ傷を負わせる能力は一度見たら忘れられなかった」

 

「死なないと言うのは厄介ですね」

 

「それでも悪魔の心臓を宿してるわけじゃない。再生自体はある程度の時間が必要なのは把握してる。痛みを感じないんじゃなくて、その痛みを快感と思ってるからあの状態なんだと思う」

 

「あぁ、なるほど。それであんな表情をしてるんですか……」

 

 何処かの実験施設で生まれた突然変異体というのがやっぱり一番しっくりくるな。

しかし、相手に自傷したのを共有をするっていうのは厄介だね。もし、自傷じゃなくて負わされた傷でも相手に共有しているなら傷を負わせられない。

その力には発動させるための条件があるはずなんだけど、それはいったい何だろうか?

 

デンジ君と彼女の先ほどまでのやり取りを思い出す。

 

「血か」

 

「お兄さん?」

 

「なんでもありませんよ。どうしたら彼女を無力化できるかと思いまして」

 

「時間さえあれば、どんな傷でも回復する再生能力を持った特異体質。一番厄介なのは傷を共有されることなんだけど、それさえ使われなければ制圧自体は難しくないと思う」

 

 レゼの言う能力の発動条件は先ほど見た限りで言うならば、血液を摂取すること。

当然、これは僕が一度見ただけでの判断だから本当の発動条件がどのようなものかはわからない。そもそも僕と彼女では接点がほとんどなく能力を使ったところをみたのも今回が初めてなのだ。

しかし、悪魔以外にもそういった力を持っている人を見たのはここでは初めてだな。もしかしたら他にもいるのかもしれないけど、基本は悪魔と契約して力を借りていると言うのがほとんどだし。

 

「私がデンジ君を助ける?」

 

「彼女を無力化できますか?」

 

「デンジ君が傷を負わないって条件を付けられちゃうと難しいかな。デンジ君は私と同じ悪魔の心臓を宿してるから死んだとしても血を与えれば、復活することが出来る。問題があるとすれば……」

 

「あるとすれば……?」

 

「私が能力を使って戦闘をするとわかってると思うけど、どれだけ抑えても周囲には被害を与えることになることかなぁ」

 

 それはそうだろうね。

僕と戦った時はわざと人気の少ない場所へと向かっての戦いになったから人への被害はほとんどなかったに等しいものだった。

 でも、今デンジ君達が向かっているのはおそらく公安の何処かの施設だから当然、街中になってしまう。

そこでレゼが爆弾の悪魔の力を十二分に引き出して戦うとなれば、周囲への被害が出るのは必須だ。彼女はどちらかと言えば、多くの者達を制圧する力の方面が強いから。

 

能力の自在性はかなりのものだから頑張って抑えれば、被害自体は最小限に抑えることは可能だろう。でも、それを行ってしまえば相手への性圧力が弱まってしまうのも事実だ。

 

「僕が対処するって言うのも違う気がするし、やっぱりデンジ君自身に解決してもらうしかないかな?」

 

「あれだけ鼻の下を伸ばしてデレデレしてたデンジ君が彼女を倒せる?」

 

「う~ん、女性に対しての抵抗力が彼は低いのは明らかだし。躊躇しそうな気もするね」

 

「どうするのが正解なんだろう?」

 

「あ、そうだ。レゼは彼女が戦っている所を前に見たことがあると言っていましたね。実際に再生能力と言うのは同じ速度で再生し続けるものなんですか?」

 

 そして僕がふと思った疑問をレゼにぶつけた。

それは死なないと言われたデンジ君の彼女だが、再生速度は常に一定であるのかという問いだ。もし、疲労や精神的な影響でこれが変化すると言うのであれば、対処する方法はある。

 

「ううん、私が見ていた限りだと疲労していると回復速度は確かに落ちてた。でも、落ちてると言っても本当に微々たるものだったよ?」

 

「それは良いことを聞きました」

 

「ヒントになってるの?」

 

「えぇ、それが聞けただけでも十分です」

 

 さて、もう少し観察しておきたいな。

既にデンジ君を追って街の中央へ向かっているみたいだし、公安の別の課がどんな部隊で構成されているかも知りたいな。

外部の人間である僕達が深入りし過ぎるのも良くないだろうし。

 

 

 

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