悪魔が見つめるその先に   作:偶像崇拝

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第二十八話

 対魔二課訓練施設で隊員たちの指導を頼まれていたアキは対人での戦いを行っていた。

武器を使わないボクシンググローブを付けての軽い訓練だったため、そこまで疲労は蓄積していない様子。療養中の姫野に代わって未だに継続して天使の悪魔が臨時バディとして一緒に組まされている。

 

「君、未来の悪魔と契約したんだってね。代償は何を支払ったの?」

 

「俺の右目に住まわせる。それだけで協力してやると言ってたな」

 

「! へぇ、あの未来の悪魔がそんな代償だけで。きっと随分と愉快な未来を見たんだろうね」

 

「あぁ、お前は最悪の死に方をすると言われた。そして……」

 

 指導を終えたアキは通路を天使の悪魔と並んで歩いていた。

狐の悪魔との契約が切れたことで新たな悪魔と契約する必要があり、選ばれたのが未来の悪魔だった。未来を見ることが出来る強力な悪魔であるが、代償もまた大きい。

 今までに契約した者達は寿命の半分や体の部位を何か所か捧げることで契約を結んでいた。

しかし、アキに限って言えば右目に住まわせるだけで契約するという破格の条件で未来の悪魔との契約が成立していたのだ。

 

契約に際し、契約する人物の未来を見ることでそれによって代償を決めるという未来の悪魔。だからアキの未来はよほど愉快なものが見えたのだろう。

 

「そして?」

 

「氷の悪魔の力を見誤るなと」

 

「あの方の力を……?」

 

「あの方?」

 

「なんでもないよ。なんだか勝手に言葉が出ただけだから」

 

 未来の悪魔からの忠告の内容がフロストの力を見誤るなというものだった。

アキは一度、フロストに殺されかけており姿を確認した場合は常に警戒しており、見誤るという事はしていないつもりだ。

 しかし、彼女が超越者であることは知らされてはいない。

超越者でなくともその力を目の当たりにした事に加えて岸辺からも常に警戒しておけと忠告を受けており、不用意にこちら側から手出しすることはないに等しい。

 

天使の悪魔がフロストに対する呼び方が何かを思わせるようなものだったが気にしないでと言われた事で今のところ頭の片隅に置くくらいの感覚だった。

 

 

氷の悪魔と天使の悪魔はどこか接点があるのかという考えも一瞬だけ脳裏に過った。考えを巡らせていた時、不意に正面から焦ったような声が聞こえて来る。

 

「アキ! すぐに下へ来てくれ! 至急確認してほしいことがある!」

 

「わかりました! 行くぞ」

 

「はいはい」

 

 それはアキと親しい対魔二課の野茂の声だった。

その様子にすぐに行きますと彼の後を追いかけるように階段を下りて、正面玄関の方へと歩みを進める。天使の悪魔もめんどくさそうに後に続く。

正面玄関へと到着するとそこには首から血を流しているデンジを抱えたビームの姿があった。

 

「こいつが自分は特異課だと言っていたが……本当にそうなのか? 抱えている奴は公安の制服を着ているから嘘ではないと思うが」

 

「はい、間違いなく特異課の所属です」

 

「そうか。だったら襲われたという事になるが相手は悪魔か?」

 

「早パイ……」

 

「デンジ、しっかりしろ。誰にやられたんだ?」

 

 アキの証言でビームは特異課の人間であることが証明された。

二人に何があったのかと尋ねるとデンジが意識を取り戻し、か細い声で言葉を紡ぐ。

 

「七詩……」

 

「七詩? お前の彼女の名前だったな。まさか、あいつにやられたのか!」

 

「俺ぁ、馬鹿だけど本当に好きだったんだ。でも、七詩は俺の心臓を狙ってる刺客だったんだ……」

 

 その名前はデンジから聞かされていたからアキも良く知っていた。

可愛い彼女が出来たと幸いでいたから嫌でも印象に残っている名前。最近の悪魔の動きからデンジが狙われている事には気付いていたがついに刺客までもが放たれている事実に驚愕する。

悪魔だけでなくついに他からも狙われるようになってしまったデンジ。アキはマキマが教えてくれないデンジの秘密が原因であると察した。

 

「あ、来た! 不気味な奴来た!!」

 

 その刹那、ビームがついにここまで追いかけてきたと声を上げた。

訓練施設の敷地の入口に件の七詩がこちらに向かって歩いてくる姿が確認できた。動こうとするアキを野茂が手で制し、自分に任せろと言わんばかりに前に出る。

 

「そこの女性! これ以上、こちらへと来ないでいただきたい! ここは対魔二課の訓練施設であり、一般人の見学時間は既に過ぎている」

 

「私はデンジさんに会いに来ただけですよ? 私の愛は何人たりとも邪魔することは許されません」

 

「……確かに不気味だな。アキ、ここは俺達が引き受ける。お前らは裏口にある車に乗って退避しろ」

 

「しかし、ここは協力して制圧した方が」

 

「いや、嫌な予感がする。離れていた方が良いだろう。それにここは対魔二課だ、お前たちの手を借りずとも無力化して見せる」

 

「わかりました。死なないでくださいよ!」

 

「あぁ、死ぬつもりはない」

 

 警告しても七詩が止まる様子はなく、デンジと自分を妨げるなと告げた。

それを見て会話での解決は無理だと即断し、アキへとデンジを連れてこの場から撤退しろと指示した。戸惑うアキに有無を言わせぬ雰囲気を醸し出し、ハンドサインで後ろの部下へと指示を出す。

武運を祈るとアキはビームと共にデンジを連れ、天使の悪魔を加えた四人で裏口へと移動を開始する。

 

「はぁ、仕方ありません。目的のために障害を排除するのは必須、ご退場いただきましょう」

 

「手段を選んでいる場合ではなさそうだな。加藤、田辺! やつを止めろ!! 非常事態だ、悪魔の力も使っても構わん!」

 

「「はっ!!」」

 

 短剣を構える七詩に野茂はすぐに部下の二人に指示を飛ばし能力を使えと命令する。

二人は手の一部を噛みきり、彼女へと指を差す。すると突如として七詩が吐血して、心臓と腹部に違和感を覚えたのだ。

 

「しっかりと効いているな」

 

「はい、心臓と腸へとカビを生やしました。血を飲んで回復したとしても消えないでしょう」

 

「あは、新しい。新しい痛み、今までに味わったことのない痛み!」

 

「何だ? どうなってる!」

 

"うわぁぁぁぁぁ!!!"

 

 今までに味わったことのない臓器にカビを生やされるという体験に彼女は顔を赤らめていた。

無意識でも回復される特性を持つ七詩にカビがどこまで影響を与えられるかという状態だ。しかし、それを野茂たちは把握することができない。

 

その刹那、訓練施設の内部から部下達の悲鳴が聞こえたのだ。

野茂たちが後ろを振り返ると黒い十字架のネックレスを首からぶら下げている一人の女性が佇んでいた。両手には特殊なグローブが身に付けられ、指先からは何かの金属製と思われる極めて細い糸が伸びている。

 

「なっ!」

 

「の、野茂さん逃げっ!!」

 

 糸によって拘束され、まだ生き残っている部下が逃げてと言う前に身体が切断され物言わぬ死体へと変わる。

指先一つの動きでまるで一つの生物のように自在に動く糸によって部下達の大半は無力化、または死体へと変貌してしまっていた。

 

「コン!」

 

 野茂が契約している狐の悪魔の腕を瞬時に呼び出し、その女性をターゲットに指定する。

出現した狐の腕が真っすぐと女性に向かって突き出され、鋭い爪で引き裂こうとするが腕が突然停止してしまった。

なんだと目を凝らせば、張り巡らされた金属製の糸によって絡めとられ動かなくされてしまったのだ。

 

「邪魔」

 

 透き通るような声が聞こえた瞬間、狐の悪魔の腕が輪切りにされて消えてしまった。

野茂は冷静に場に視線を巡らせながら状況の把握を試みている。目の前には謎の糸使いの女性、後ろにはデンジを追う不気味な刺客。

 

「野茂さん、逃げてください……」

 

「田辺!?」

 

「うふふ、デンジさんと私を離れ離れにするなんて悪い子です」

 

 野茂の身体をドンと押し出した瞬間、田辺は心臓を短剣で貫かれ吐血する。

頬を赤らめて上気する顔で七詩を野茂はを視界に捉えていた。彼女は既に吐血しておらず、カビに浸食された臓器が回復されたような印象を覚えていた。

 

「弱さは罪だ。強さこそ、己を証明する手段」

 

「加藤!?」

 

「ごはっ……」

 

 田辺に続き加藤まで殺されてしまう。

鋭い金属の糸によって身体を締め付けられ、糸使いが握り潰すような手の動きをすると一気に身体に糸が食い込み全身を切断されてしまった。

 

「あら、遅かったですね……セラさん」

 

「ふん、期待外れもいいところだ。私はもらった分しか働かない」

 

「セラだと……!?」

 

 部下達を殺した人物の名前がセラだと判明した瞬間、野茂は顔色を変えた。

セラという名と糸を使った戦闘術、報酬さえ支払えばどんな依頼でも依頼金に相応しい仕事をすると言われる傭兵の名前だったからだ。

 

「お前はお前の目的を果たせ、依頼者」

 

「デンジさん、待っていてください。愛しの七詩が参ります」

 

「コン!」

 

「無駄だ」

 

 野茂を無視してデンジの元へと向かおうとする七詩に向けて再び狐の悪魔の腕を呼び出して倒そうと試みるが、セラによって阻止される。

凄まじい強度を誇る鋼鉄製の糸によって再び、腕が拘束され身動きを完全に止められてしまう。野茂は七詩をただ見ている事しかできない。

動こうにもセラにより目による牽制を受け、不用意に動けばやられることを自覚していたからだ。

 

「なぜ四課の新入りを狙う?」

 

「知らないな。私は奴から個人的に雇われただけだ。目的など知らない、邪魔を排除してほしいと言われたに過ぎない。だから妨げとなる対魔二課の人間を排除しただけだ」

 

「ふざけるな! それだけの理由でこの施設に居る人間を殺したってのか!?」

 

「初めにも言ったはず、弱さは罪だと。こちらの世界に身を置いている以上、弱くあれば死ぬのは目に見えている。それが遅いか、早いだけの差だ」

 

 言われた仕事の範疇内の事をしているだけだと悪びれた様子も見せないセラ。

同じ課に属する仲間が彼女の言う理由だけのために殺されたという事実に怒りを覚える野茂だったが、弱さは死を招くという言葉に黙ることしかできない。

 

「恨むなら弱い自身を恨め」

 

「すまない……皆」

 

"ばんっ"

 

 目を瞑り、諦めたその時だった。

ばんっという声と共に至近距離で爆発が起き、野茂は吹き飛ばされる。受け身を取ったが頭部を強く打ち付けた事で痛みと共に意識が朦朧とし始めた。

ゆっくりと暗くなっていく視界の中でセラとその向こう側に対峙している悪魔と一人の青年の姿を確認してすぐに意識を失うのだった。

 

「ソ連の犬が噛み付いたという話は本当だったか」

 

「セラ・ノワール。まさか、日本に来ているなんて――」

 

「ほぅ? 暗示が解かれているのか」

 

 セラとレゼの二人は互いのことを知っているようだ。

しかも彼女はレゼの状態を一目見ただけで見抜いている。セラの視線が隣に居るレックスへと向けられると目が見開かれた。

彼に何かを感じたのか、それとも……。

 

「これは割に合わない。私はもらった金額以上の仕事はしない」

 

「鋼鉄製のワイヤー? これを使った戦闘術を見たのは久しぶりだ」

 

 物言わぬ死体となった公安の対魔二課の人間を観察しているのはレックスだ。

強度、切れ味、断面、自在性など張り巡らされた糸と死体の状態を確認しながら感心していた。普通の武器に比べて扱いが難しいと言われており、世界でも使い手が少ないと言われるほどだ。

 それを十二分に扱える人物が目の前に居ることに少しだけ驚いていたようだ。

対魔二課と七詩がぶつかるだろうと予想していたが、セラが雇われ介入したことで阿鼻叫喚の光景が生み出されてしまっていた。

 

狐の悪魔の身体の一部すらも切り刻める切れ味と拘束できる強度を誇る糸。

それは建物すらも切断できるほどの威力を誇っていると物語っている。実際に建物内を自在に動き回った鋼鉄製の糸によって斬られた場所は恐ろしいほど滑らかな断面をしていた。

 

「お兄さん、どうするの?」

 

「ん? 僕は警察の人間じゃないし、好き好んで戦いたいわけではないからね。彼らの敵を討ちたいというのはお門違いだし、ほとんど面識がない人達だから。まぁ、この彼だけは簡単な手当はするつもりだよ」

 

「そっか。うん、いいと私も良いと思う」

 

「随分と丸くなったものだ……っ!」

 

 レックスは倒れている野茂の簡単な手当を行うと言って傍まで歩いていく。

レゼもその意見には賛成だと頷いていたが、向けられる視線がセラから離れない。二人の会話を聞いたセラは以前のレゼからすれば、その変わりように牙が抜かれたと思った瞬間のことだった。

 

ドンっとレゼの足元が爆発すると一気に距離を詰め、右ひじの後ろを爆破させ、拳を一気に加速させてセラへと殴り掛かった。

瞬時に後ろへとステップを踏んでワイヤーへと繋がる手を動かし、張り巡らされたワイヤーへと着地する。

 

「気付かれちゃったか」

 

 拳が地面を砕き、直撃した瞬間に大きな爆発が発生した。

レゼを中心に爆炎が発生し、半径数mが爆発によって炎に包まれる。その光景をセラは見下ろし、内心でやはりと自身を納得させていた。

 

「ふん、飼い主が変わっただけか。私は金額以上の仕事はしないと言ったはずだ」

 

「それはセラ、あなたの言い分でしょ? 私には関係のないことだよ」

 

「躾がなってないな。まだソ連に居た時の方が従順だった」

 

「いつも上からなのが気に入らなかったんだ。我慢しなくてもいいよね?」

 

「まるで私を殺せるような言い方だな。自惚れるなよ――駄犬」

 

「! ふふふ、殺っちゃっても良いんだよね!?」

 

 ソ連からレックスへと居場所が変わっただけでレゼという人間の根底は変わらないとセラは見抜いていた。

本人が望まずとも繰り返し、行われた行動は身体に染み付いてそれが急激に変化することはない。加えてセラとレゼには少しばかり因縁もあったのでなおのこと。

駄犬だと挑発したことでレゼが笑い出し、殺しても文句ないよねと開戦の幕を開ける。

 

「元気だな、二人とも」

 

 野茂の簡単な処置を終えたレックスは目の前で繰り広げられる二人の戦いを冷静に観察していた。

いざとなれば、止めることも視野に入れながらこの戦いには興味があったため、止めることをしなかったのである。

 

 

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