悪魔が見つめるその先に   作:偶像崇拝

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第二十九話

 目の前で繰り広げられる激しい攻防に治療を終えた男の人を安全圏まで移動させてから二人の戦いを観察する。

セラ・ノワールという名前は聞いたことがあった。実際にこの目で見るのは初めてだったけど、支払われる金額以上の仕事はしない傭兵だ。

 

「純粋にあれを使いこなしているのはすごいな」

 

 金属、それもたぶん鋼鉄製の糸を特殊なグローブと組み合わせることで使用を可能とするもの。

切れ味鋭く、強度も十分で狐の悪魔の腕も切断できた。人の身体なんて当然、悪魔と比べれば紙のようなものだし、結果は目の前の惨状だよ。

 

人を相手にするのであれば、十二分な威力を誇っている。いや、人だけじゃなくて悪魔でも十分と言えるかもしれない。

 

「糸を収束させて守り、張り巡らせた場所へと誘導させて拘束」

 

 レゼの得意とする至近距離には近づけない戦法を取ってるし、互いを知っているからこそ当然の戦い方か。

周囲に火花を散らして連鎖的な爆発を引き起こしているけど、不可視じゃないから視覚に捉えることが出来るから避けることは出来る。

 でも、レゼもそれをわかっているから避ける先へと攻撃を仕掛けている。

だけど相手もまた彼女がそうするとわかっているから罠を張って誘導している節まである。素人が見れば一進一退の攻防に見えるだろうな。

 

「いい加減にしてほしいものだ。無駄な働きはしたくないんだが?」

 

「私の攻撃を受ければ、そんなことも考える必要がなくなるよ?」

 

「はぁ、これでは決着がつかない」

 

 未だに激しい攻防が続き、爆音と切り裂く音が聞こえている。

レゼの一撃をまともに受ければ、どれだけ頑丈な身体をしていようとも人間である限り、無事では済まない。その証拠に彼女もレゼの得意距離の間合いには入らず、遠距離から鋼鉄製と思われる糸を操って応戦している。

 レゼ自身もあれに拘束されるとその部分を斬られると認識しているためか、不用意に接近して不利な状況へと持ち込ませないようにしているのがわかる。

 

「もう一度だけ言う。私は対価に見合わない働きはしない」

 

「知ってるよ」

 

「だったら私とお前が戦う意味がないこともわかるだろう? そもそも今、私と戦う理由はなんだ? この組織の人間に知り合いでもいたのか? それとも個人的な理由か」

 

「あなたには関係ないよ」

 

「そうか。だが、これだけは忠告してやろう。あまり我儘な女は嫌われるぞ?」

 

「っ!」

 

 んー、戦いながら何か喋ってるみたいだけど、爆発音のせいでよく聞こえない。

レゼがこっちを見てる。何を言われたんだろう? さっきまで見せていた攻撃の気配が一気に弱まった。彼女に何かを言われたのかな。

 

「お、お兄さん! 我儘な女の子は嫌い?」

 

「……ん? 我儘な女の子ですか? それは我儘ばかり人よりは言わない方が好ましいですけど」

 

「そ、そうなんだ」

 

「適度に言う分には問題ないと思いますよ。あくまでさっきのは僕の考えでしかないので深く考える必要はないと思います」

 

 急にどうしたんだろう、レゼ。

チャンスと見たのか、いつの間にかセラも姿を消しているし、完全に脱出の機会を見計らっていたみたい。こちらとしては戦う理由はなかったけど、レゼが戦い始めちゃったからなぁ。

それにしても元の姿に戻った彼女は乱れた髪の毛を直したり、衣服の乱れを直したりして僕の傍にピタリとくっついて来た。

 

まぁ、怪我もないみたいだし良しとしよう。

さっき治療した対魔二課の人が起きる前にここから去ろうか。ここに居るといらぬ誤解を受けてしまいそうだからね。

 

 

僕はレゼと共にここから退散する。

セラか、いずれ近いうちにまた僕は出会いそうな気がする。それが敵であるか、味方であるかは知らないけど予感がしたんだ。

 

――――

 

 僕達が対魔二課での戦いに介入している間にデンジ君達の方にも動きがあったみたいだ。

こちらへと流れてきた情報によれば、チェンソーの悪魔へと姿を変えたデンジ君が対峙して一騎打ちを行うも彼女の前に無力化されてしまった様子。

 デンジ君から仕掛ける前に自分自身を傷つけ、その傷と痛みを共有することで身動きを取れなくしたと。

しかし、彼女の力は一対一に特化した力のため対象を一人にしか絞ることが出来ず、複数から同時に攻撃を受けるとそれを指定した相手に痛みの共有することができなかったようだ。

 

つまり、他からの攻撃の痛みは全てデンジ君へと共有されていた。

死なないと言っても再生には少しばかり時間を要するため、その隙を狙われて天使とアキからの攻撃を続け打ち込まれたことにより無力化。

 

「デンジ君もスターターを無理やり引っ張って血を使って回復する事で強引に近づいて真っ二つにしたか」

 

 状況から整理して、痛みを共有する対象の血を摂取する必要があるみたいだ。

他の人達からの攻撃がすべてデンジ君へと共有されていたのもその証拠だろうね。もし、対象を自由に選択できるなら逆に相手を無力化できていても不思議じゃない。

 

「それにしてもデンジ君には辛い出来事になったかもしれないね」

 

「私はちゃんと警告してあげたよ?」

 

「恋は盲目という事ですよ。結局、どこの国から派遣された刺客かわからなかったな」

 

 レゼがデンジに警告してあげていてのも知ってるけど、無駄になってしまった。

結局のところ、彼の心臓は奪われることはなかったが公安という組織としては対魔二課が壊滅する被害を齎されたという事実だけが残っている。

 それを行った張本人は既に日本から出る準備を整えているだろう。

混乱に乗じて姿を眩ませているのは容易に想像できた。どんな時でも冷静に状況を把握し、判断を下せるのは素晴らしいことだと思うな。

 

相手の実力を見誤って死ぬ人達も数多くいるし、その判断力を備えているだけでも生き残る確率を引き上げる事が出来る。

見合った報酬以上の仕事をしないというのを信条としているのはそういうことだと思う。今回だって僕らを見て支払われた依頼金では見合わないと判断を下して撤退を選択しているのだから。

 

「私の方でも掴めなかった。幾つもルートが経由されて、依頼主に辿り着けないように相当用意周到なことは間違いないよ。でも、今となっては意味がないかも」

 

「まぁ、公安に捕まってしまいましたからね」

 

「そうだよ。あの魔女の尋問に耐えて口を割らない姿が想像できないから。それに私やデンジ君みたいな悪魔の心臓を持っている訳じゃないのに死なない存在を手放すはずがない。あの魔女は各国から敵視され、恐れられているから。手元に置く戦力は少しでも多い方が良いって合理的な判断を下しているはずだよ」

 

「確かにそうですね」

 

 レゼの方でも正体は掴むことが出来なかったか。

こちらでも幾つものルートを通して七詩と呼ばれた女性に依頼が渡されたということは掴んだけど、その依頼主に辿り着くことが出来なかった。

 相当、裏から依頼したものの正体が掴まれたくなかったと言わざるを得ない。

自国の戦力で無ければ、たとえ捕まったとしても失ったところで痛くないという点からは正しい判断だと僕も思っている。

 レゼが言うようにマキマさんの尋問に耐えて口を割らないのはおそらく無理だろうけど、それでも彼女自身も依頼書を渡されただけで誰からの依頼か知らなければ、尋問されても正体を口にすることはできない。

 

僕の読みではおそらく後者。彼女自身も依頼主を知らないと見ている。

 

「お兄さんはいったいどこから情報を仕入れてるの? 私は昔の繋がりがあるから国とは別で情報を持ってきてるけど――」

 

「僕ですか? 世の中にはお金を渡せば、色々と話してくれる輩が居るんですよ。もちろん、それだけではありませんけどね?」

 

「む、また誤魔化してる。教えてくれないんだ、別にそこまで知りたいわけじゃないから構わないんだけどさぁ」

 

 日本はスパイ大国と言われるだけあって多くの工作員やスパイが溢れている。

それは逆に言い換えれば、それだけ情報を持っている人間も数多く存在するというわけだ。当然、情報を売りさばいて儲けている情報屋という人間も居る。

僕が情報を仕入れている一人はその中でも精度と情報の入手の速さに定評がある一人の男から情報を仕入れているんだ。

 

ある悪魔と契約していて、情報収集する上では必然となって来る名前だと思った。お金さえ渋らなければ、精度の高い情報を提供してくれている。

逆にこちらの情報を流すこともしそうだけど、命を捨てるほど馬鹿じゃないとすぐに否定していたのが印象的だったな。

 

「どうするつもりなの? お兄さんも掴んでいると思うけど――有名な人物が刺客として来るよ」

 

「えぇ、中国のクァンシとドイツのサンタクロースですね。でも、こちらの本命は僕ではなくてデンジ君だという情報もあります」

 

「うん。さすがの私もあのクァンシは相手するのがきついよ。たぶん、手に負えないレベルかもしれない」

 

「おそらく中国の方では僕にも連れて来いという命令が下されていると思う。そうなって来ると初めに接触した方から彼女は狙ってくるはずだけど、所詮は情報だけで見たことない人物だから性格までは掴めないかな」

 

「サンタクロースの方は契約してる悪魔もだいぶ厄介だよ。人形の悪魔、触れられた人は人形に、その人形が触れた人もまた人形にされて操り人形になる」

 

「えぇ、聞き及んでいますよ。ただ、それがレゼやデンジ君にも通じるのかは些か疑問ではあります。悪魔であれば効かない可能性もあると思っています」

 

「サンタクロースは死んだって噂もあるみたいだよ?」

 

 中国のクァンシとドイツのサンタクロース。

片方は最古のデビルハンターと言われた女傑、愛人である魔人達と行動を共にしているという話はよく耳にする。

もう片方は人形の悪魔と契約した厄介な能力を持つデビルハンター、レゼが言っていたように触れさえすれば相手を操り人形に変え、本人でなくともその人形が別の人間を触れば、その人間も人形になるという人さえいれば無限に増殖するといっても過言ではない力を持っている。

 

ただ、人形を操るためには近くに居ないと駄目だという縛りがあったはず。最悪本体を叩けば、無力化を図れると思いたいけどね。

 

「たぶん、死んでないよ。僕が掴んでる情報ではサンタクロースと呼ばれる人物は複数いるみたいだから世界中にストックみたいな感じでいるんじゃないかな」

 

「それって殺しても別のストックがサンタクロースになるってこと?」

 

「たぶんね。だから通常とは違った方法で始末する必要が出てくると思うよ。でも、これに関しては人形の悪魔の能力を詳しく知る必要がある。一番簡単なのはストックをすべて潰すことだけど、不可能に近いだろうね」

 

「ストックを作るくらいだもんね。絶対に安全地帯に散らせているからだよね」

 

「そう。だから一番わかりやすいけど、現実的ではないかな。もし、すべての人形と痛覚とか記憶を共有しているとなれば話は少し違うんだけどね」

 

 人形の悪魔、もしくは契約者が賢いなら絶対に安全地帯にストックを配置しているはずだ。

すべて僕の言う仮説が正しい場合に限った話だけど、サンタクロースが死ねば別の人物が新しいサンタクロースになるという無限ループが成立する。

実質的にサンタクロースは不滅ということになる。だから世界各地でサンタクロースが複数いると言われる所以はこれだと思ってるんだ。

 

「そうなんだ。出来ればお兄さんが狙われないと嬉しいけど、無理な話だもんね。でもさ、お兄さんが戦闘のプロだって気付いた人は多いはずだよ」

 

「さて、どうですかね。僕は自分に迫って来る火の粉を振り払うだけだよ」

 

「冷静にそう言えるお兄さんが羨ましいよ、ほんとにさ」

 

 一時の平穏は訪れたけど、それもきっと短い間だけだ。

デンジ君の心には確かな傷が刻まれた。信じていた女性は自分の心臓を狙った刺客で簡単に人を信じることが出来なくなるかもしれない。

まぁ、それでも彼は再び女性に容易に隙を見せるだろう。人と言うのはそんな簡単に変わることができないんだからさ。

 

 

 

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