悪魔が見つめるその先に   作:偶像崇拝

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第七話

 最近、公安とか別組織の人間をよく見かける気がする。

日本はスパイ天国と言われるだけあって色んな国の諜報員とか工作員が多いと言われているし、実際にそうだと思う。

素人とプロ、この二つを並べた時、違和感が強くてすぐにわかってしまうんだ。

 

「何をしてくるわけでもないけど」

 

「いつもここを利用してくれるけど、どうしてだい?」

 

「ここは人が少ないでしょう? 静かで落ち着けるから良いんです」

 

「はは、頭の痛い話だね。来てくれるのは嬉しいがね」

 

 コーヒーを飲んでいるとマスターから僕がこの喫茶店を利用する理由を尋ねられた。

朝の時間帯に何人かのお客さんが入店する姿を見かけるけど、お昼からは来たときほとんどお客さんを見かけたことがない。

マスターもそれがわかっているのか、苦笑いしている。

 

「これはいつも来てくれるからサービスだよ」

 

「メニューに載っているものではありませんね」

 

「新商品だよ。メニューに載せるか悩んでいてね、君に味見をお願いしたいんだ」

 

 目の前に出されたのは厚切りのトーストだった。

クリームチーズが塗られているタイプのトーストでコーヒーと一緒に食べれば組み合わせとしてはとてもいい気がした。

実際に切り分けて口に運ぶと程よい味と触感がコーヒーへと手を伸ばさせる。うん、僕はこの組み合わせは好きだな。

 

「美味しいです。食べてもらえばお客さんも増えると思います」

 

「君がそういうなら大丈夫そうだ。よし、これは明日からでもメニューに入れてみるよ」

 

 口の中に残る新メニューの後味を楽しみ、コーヒーを飲む。

僕が美味しいと言ったことで新しいメニューに決めてもらえたなら嬉しい限りだ。今度からこのメニューを頼むことも増えるかもしれない。

 

「すいませーん、遅れちゃいました」

 

 その時、入口の扉が開きチリンっと取り付けられたベルの音が鳴る。

入ってきたのは僕よりも少し年下くらいの一人の少女、年齢はたぶん16~18歳くらいだと思う。前に来たときはあんな子はいなかったと記憶している。

 

「遅いよ、レゼちゃん。ちょうどいい、君にも紹介しておこうか。着替えたらこっちにおいで」

 

「はーい!」

 

 店の奥へと姿を消した彼女にマスターがそう告げると元気な返事が返ってくる。

すぐにこの喫茶店の制服に着替えたレゼと呼ばれた少女は部屋のドアを開けて僕の前へと姿を現した。

 

「レックス君、この子はレゼと言ってね。昨日からうちでアルバイトとして雇う事にしたんだ。面接して接客業にも慣れてそうだし、お客さんからも好かれそうだしね」

 

「レゼって言います。かっこいいですね、お兄さん」

 

「お世辞でも嬉しいですよ。僕はレックスと言います」

 

 昨日から雇ったなら僕が見たことないのも当たり前か。

確かにマスターが言うように人から好かれそうな雰囲気もあるし、すごく器用そうな感じも見受けられる。変わったチョーカーをしているのが目を引くけど。

 

なんでチョーカーに輪っかのピンが付いているんだろうと首を傾げそうになる。

 

「よろしくね、お兄さん。私の事はレゼって呼んでください」

 

「初対面の女性にいきなり名前で呼ぶのは少し抵抗がありますので、もう少し慣れたらで」

 

「はは、君は紳士なんだね。彼女が良いと言っているなら呼んであげてもいいと思うよ?」

 

「そうだよ、私は気にしないよ?」

 

 可愛らしい笑顔でにこにこしながらレゼと呼んでほしいと告げられる。

マスターも本人が良いなら呼ぶことは問題ないと言われるけど、いきなり呼び捨てしろと言われるのは少し抵抗がある。

心で思う事はあってもいきなり口に出して呼ぶことにはやはり抵抗を生まれるんだ。

 

「次に来た時から呼ばせてもらいます」

 

「お兄さんは恥ずかしがり屋なんだね」

 

 このこのっという風にレゼが僕の胸元を肘で軽く突いてくる。

初対面でいきなりボディタッチをしてきたことに少し驚いたけど、フレンドリーな性格なのかと一人納得していた。

 

「レゼちゃん、この時間帯はお客さんもほとんど来ないからレックス君が迷惑でなければそこで話していてもいいよ」

 

「ほんと! やったね、お兄さん。ほら詰めて詰めて!」

 

「考えるより先に身体が動くタイプなのかな、君って」

 

 マスターからの許可が出るとレゼは迷うことなく僕の隣に座ってきた。

これが天然でやっているのか、狙ってやっているのかはわからない。でも男性なら鼻の下を伸ばして表情が緩くなる人達も多いんじゃないかな。

その光景を見てマスター笑ってるし、怒る気力も出てこない。たまにはこういった日常も悪くないか。

 

「ははは、若いっていうのは良いね。レックス君も悪いね、コーヒーもう一杯飲むかい? サービスするよ」

 

「いただきます」

 

 マスターにそれだけ言うと僕は隣でにこにこしているレゼへと向き直る。

こうして喫茶店でフロスト以外の女性と一緒に同席するのは久しぶりな気もする。公安のマキマさんもあったけど、あれは例外だろう。

どっちかと言えばあれは尋問に近い。

 

「よくここに来るんだ?」

 

「最近はよく来るよ。ここは静かだから好きです」

 

「あんまり言うとマスターが泣いちゃうよ?」

 

「コーヒーも美味しいのに不思議。やっぱり立地のせいじゃないかな。そのおかげで僕はゆっくりと落ち着けるから助かってますけどね」

 

「言っちゃだめだよ! マスター涙目だ!」

 

 レゼが指を差した方向を見るとマスターが少し涙目になっていた。

あまり気にしないと言っていたけど、やっぱり気にしていたんだ。少し申し訳ないことをしてしまったかな。レゼも手を叩いて笑わないように。

 

「あはは、お兄さん面白いね」

 

「あまり面白いことを言った記憶ないけど」

 

「無自覚だ! ははは!」

 

 本当に面白いことを言った覚えはないけど、彼女にとっては面白かったみたいだ。

お腹を押さえて笑いながら声を上げている。僕とマスターをチラチラと見ながら笑い続けているけど、笑い過ぎではないかな。

 

「コーヒーだよ。あとレゼちゃん、笑い過ぎ」

 

「ありがとうございます」

 

「だって無自覚でマスターの心を抉ってるんだよ? あーおっかしい」

 

「すみません、やっぱり気にしてたんですか?」

 

「はは、良いの良いの。実際にお客さんが来ていないのは事実なんだから。まぁ、ゆっくりしていってよ」

 

 マスターが入れてくれたコーヒーを一口飲み、軽く息を吐いた。

やっぱりこれくらいの苦みがある方が僕は好きだ。甘いのも嫌いじゃないけど、コーヒーは苦い方が美味しいと感じるな。

レゼの笑いが収まると相変わらず愛嬌のある笑顔で僕を見ながら口を開いた。

 

「お兄さんはさ、今の世界をどう思う?」

 

「世界をどう思う?」

 

「そう。悪魔が居るから未成年でもデビルハンターになる人も居るし、家族を奪われて悪魔を狩り続ける人も居るでしょ? 怯えて暮らさないといけない人も居る。そんな世の中をどう思ってるのかなって」

 

「そうですね、世界は平等じゃない。生まれた場所、育った環境とかいろんな要因はあると思います。悪魔が当たり前に存在する世界で平穏に過ごせる場所は少ないでしょう。より豊かな暮らしを望むためにデビルハンターになる人も居れば、君が言うように悪魔に家族を奪われて憎しみからデビルハンターになる人だっています」

 

 今の世の中をどう思っているかと言う僕の考えを語っていく。

一呼吸おいてコーヒーを飲んで再び言葉を紡いでいく。レゼが何かを思って僕にこんな事を聞いたのかは知らないけど、意味自体はあるのだろう。

 

「生まれたばかりの子供も生きる環境を選べない。その環境を抜け出すためには相応の努力と覚悟が必要になって来る。選択によって未来は変わるけど、代償を支払わなければならないこともある」

 

「……」

 

「世界は平等じゃない。努力と覚悟、それに……」

 

「それに?」

 

「いえ、これは言わないでおきましょう。僕が思う今の世の中は弱肉強食ですね。強い悪魔の前に力なき人達は死を迎えてしまう」

 

「そっか。世界は平等じゃない……か」

 

 僕の答えが何かの参考になったのだろうか。

レゼは僕の答えを聞いてから何度か思案する表情になっているのが見てとれた。その表情は少し年相応のものではない。

彼女は普通に見えて普通ではない。明るく振舞っているけど、表情とか声色とか仕草も自然に見えて不自然さを僅かに感じさせている。

 

「マスター、ごちそうさまでした」

 

「ありがとう。またおいで」

 

「また待ってるからね、お兄さん」

 

「えぇ、また来ます」

 

僕は喫茶店の扉を開けて店を後にした。

 

 

 標的と接触することに成功した。

国から渡された資料を読んで頭に判明している情報を叩き込んでの接触。よく訪れると聞いた喫茶店のアルバイトとして潜入する。

普通の明るい女の子としてより親密になりやすいように演じて、仕草も表情も声もすべて訓練で学んだことを活かして対象と触れ合った。

 

「レックス君って言うんだ、あのお兄さん」

 

「あぁ、そうだよ。たまにすごく綺麗な女性の人と一緒に来るときもある。綺麗だけど無表情で何を考えているかわからないから少し怖い感じもしたけどね、その女性は」

 

 マスターが皿を洗いながら私の呟いた言葉に反応して答えた。

資料にも最重要事項と書かれていた項目、氷の悪魔についての記載。各国が監視の目を光らせて自国へと引き込もうとしている悪魔のことだ。

彼女を自国へと引き込むための作戦として私がレックス君を篭絡して自然な形で引き込むことが理想的。でも、その作戦が失敗したら実力行使で彼を人質にしてでも……。

 

任務の失敗なんて考えたら駄目。

でも氷の悪魔の逆鱗に触れたら米国の二の舞になっちゃう。領土の一部に永久凍土を作り出すなんてさ。

 

「覚悟があれば未来は変わる」

 

「いい言葉だよね、彼がよく口にしていたよ。選択によって未来は変わるから変化を恐れちゃ駄目だって。まさか僕よりも遥かに年下の青年の言葉に感銘を受けるとは思わなかった」

 

 さっき彼が言っていた言葉は私の心に妙に入り込んでいた。

国に仕える工作員として育てられた私はその生き方しか知らない。兵士の心得、暗殺者の心得を心身ともに叩き込まれた私は任務を遂行する工作員。

 私は無理だと変化する事を恐れて国の命令を遂行するだけだった?

違う、国に従う事が当たり前の環境下におかれ、使えないと判断された劣等生は処分される。だから必死に使える人材だと判断されるように死に物狂いで頑張った。

 

私にとっての普通がこれだった。

それ以外の選択なんて存在しなかったんだから。駄目だ、余計な事を考えるな。任務を遂行する事だけを考えるんだ。

 

 

でも、それは本当に正しいの?

 

「マスター、少しお手洗いに行ってもいい?」

 

「?それは構わないけど」

 

 駄目だ、思考が纏まらない。

マスターに少し席を外すと言ってトイレへと駆け込んだ。冷静になってレゼ、いつもと同じただ任務を遂行するだけだ。

ただレックス君を篭絡して国に連れ帰るだけの任務。氷の悪魔の逆鱗に触れないという条件が加わるけど、それさえクリアできれば問題ないはず。

 

どうしてこんなにも彼の言葉が私の心をかき乱すの!

確かにレックス君は今まで対峙してきた標的と違う何かを感じているけど、会ったばかりで初対面。書面でしか彼の情報は知らなかった。

 

なんで……。

 

「あの時、彼と目が合った時の感覚」

 

 いつもみたいに愛嬌のある笑顔を作って自己紹介をした時に感じた感覚。

言葉では上手く表現できないけど、そう、まるで私の内側と言うか心を見透かされたような錯覚を覚えたんだ。だから彼は私にあんな話を聞かせたとでもいうの?

リセット、リセットしないとこんな状態で任務を遂行できるはずない。

 

私は思考を整理して心を無に調整する。

……ふぅ、大丈夫、大丈夫。私は出来る、何も考えることない。いつも通りにするだけだ。

 

 

冷静さを取り戻した私はマスターにお礼を言って仕事に戻った。

 

 

 

自分でも気づかない小さな変化を見逃して――。

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