駄文ながら楽しんでいただけると幸いです。
穹
彼は仲間と共に列車に乗り、数多の星々を駆け巡りながら、開拓の旅を続けていた。
だがその旅路は、思いもよらぬ形で終焉を迎えようとしていた。
星穹列車は、新たな停車駅を目指して静かに進む。
ラウンジでは、転ばぬように踏ん張る少女。
優雅にカップを傾ける女性。
のんびりと出発を待つ男。
自室で記録を整理する者。
天環の手入れに余念のない青年。
そして、穹はソファに腰を下ろし、まぶたを閉じて列車の揺れに身をゆだねていた。
間もなく跳躍が始まる。
『……5、4、3、2、1!』
車掌の声が高らかに響き、星穹列車は星から星へと空間を跳躍する。
だが――その瞬間だった。
「アッハ!」
宇宙そのものに反響するかのように、鮮烈な一声が轟いた。
声は進むべき道を歪め、旅路を別の物語へと捻じ曲げていく。
ただ一つの愉悦と、未知なる運命を求めて。
次の停車駅は――青春。
願わくば、この旅が再び群星へと辿り着かんことを。
ーーーーーーーーーーーーーー
「う、ぅぅ……ここは……どこだ?」
ぼやけた視界がじわりと形を取り戻していく。気がつけば、俺は古びた列車の座席に腰を下ろしていた。
薄暗い車両の中、誰もいない。耳に届くのは鉄の軋む音と、かすかな揺れが生む律動。鼻を刺すのは油と鉄の匂い――馴染みあるはずの列車の匂いだった。
「……ここは、電車か?」
呟いた声が虚しく響く。
胸の奥にぽっかりと穴が空いたような感覚があった。さっきまで俺は……そうだ、新しい星に向かって、仲間と――
「あれ……?」
言葉が途切れる。仲間……? 誰と一緒にいた?
顔も、声も、思い出せない。空を掴むように指先を伸ばしてみても、そこには何も残っていなかった。
困惑と不安に背中を押されるように、俺は座席から立ち上がる。揺れる足取りの先から――声が聞こえた。
「……私のミスでした」
はっと顔を上げた瞬間、世界が切り替わる。
――白い車内。
窓の外を流れていく雲。差し込む朝日の光が、二人分の影を床に長く伸ばしていた。
正面に座る少女の頬には、赤く血が滲んでいる。小さな傷――だが、彼女は既にヘイローを失っていた。致命に至る脆さを抱えたまま、その血は止まらずに滴っていた。
「おい、大丈夫か?」
駆け寄ろうと足を踏み出す。だが、その一歩は届かない。俺の指先は、彼女に触れられなかった。
まるでガラス越しに眺めているような隔たり。
――どういうことだ?
問いが喉に貼りつく俺を無視するかのように、彼女は静かに言葉を紡いでいった。
「私の選択……そして、それによって招かれたすべての状況」
「結局、この結果に辿り着いて初めて……あなたの方が正しかったことを悟るだなんて」
伏せられた瞳。顔の半分を覆う影の奥に、消えそうで消えない感情が見え隠れする。
その選択を否定する権利など、俺にはない。彼女は確かに、何かを守ろうとしたのだから。
「……いまさら図々しいですが、お願いします、先生」
強い響き。
それは意地を投げ捨てて行う――懇願だった。
「きっと私の話は忘れてしまうでしょう。それでも構いません」
「記憶を失っても、きっとあなたは同じ状況で、同じ選択をされるでしょうから」
「ですから……大事なのは経験ではなく、選択」
「あなたにしか出来ない選択の数々」
彼女の声が、胸の奥深くを叩いた。
経験ではなく、選択。
積み重ねた『経験値』などではない――あの時、あの場所で、選び取ること。彼女が果たせなかったその選択を、今度こそ。
「……選択……?」
理解が追いつかない俺の意識に、映像が流れ込んでくる。
――砂に沈む学校。
――壊滅した学舎。
――影に飲まれる大聖堂。
――赤に染まった巨大な都市。
「うっ!」
頭蓋を割られるような痛みが走る。視界が歪み、膝が折れそうになる。
だが、その痛みの中で――ひとつだけ確かなことを悟った。
――この都市を、『開拓』しなければならない。
それが、俺に託された役割。
胸の奥で燃え上がるように、その言葉が脈打っていた。
■
「……先生、起きて下さい」
――声がする。
水底から誰かに引き上げられるような、そんな感覚。
確かに俺を呼ぶ声だ。
「先生!」
今度はすぐ横から。耳元を叩かれるような強い声に、瞼が震えた。
重たい霧の膜を剥がすように、ゆっくりと目を開く。視界は白くぼやけ、世界の輪郭がにじんでいる。しばらくして、ようやく現実が像を結んだ。
目の前に――少女が立っていた。
透き通るような白い肌。
夜を切り取ったような漆黒の長髪。
そして氷の湖を思わせる、澄み渡る青い瞳。
その姿だけでも息を呑むのに、さらに目を奪うものがあった。
彼女の頭上に浮かぶ、輝く輪。
光を放つ環が静かに回転し、周囲の空気を震わせる。
――ああ、天使だ。そう呼ぶしかない。
だが同時に思い出す。いや、もっと雑に輪っかを頭につけてる奴、他にもいた気がする……何人か。遊園地の景品とかで。
混乱しながら、俺は鈍く痛む頭を押さえ、上体を起こした。
その動作を、少女は何とも言えない表情で見下ろしている。
「……」
沈黙のあと、彼女は呆れたように口を開いた。
「少々待っていて下さいと云いましたのに、お疲れだったみたいですね、中々起きない程に熟睡されるとは」
「前にもこんなことがあった気がするけど……前はもっと優しく起こされた気がする」
そう言った瞬間、脳裏にノイズ混じりの光景が差し込む。
――――
ジジジ……ジジジ……
「心拍ともに薄いな……三ЩЫ人口呼吸の準備を」
「えっ!?ウチが?ウチは……経験不足だから!丹Шがやってよ!」
――――
不協和音のような記憶が弾け、俺は眉をしかめる。
「ちゃんと目を覚まして、集中してください。もう一度、改めて今の状況をお伝えします。私は七神リン。学園都市『キヴォトス』の連邦生徒会に所属する幹部です。そして、あなたはーーおそらく私たちがここに呼び出した“先生”……のようですが」
「先生?」
その言葉に、俺の頭の中で“先生像”が立ち上がる。
教壇に立ち、チョークを手に――
「それって0点!って言いながらチョークを思いっきり投げる人のことか?」
俺は正直に口にした。
「……………」
返事がない。いや、返事どころか、彼女の瞳がじわりと冷えた。疑い深い視線。射抜くような青の圧。
あれ……? 俺の先生知識、間違ってた? でもチョークは投げるもんだろ?武器として。
リンは無言のまま俺を見つめ続けた。
その静寂は、まるで首筋にナイフを押し当てられるようで、さすがの俺も徐々に口を閉じざるを得なかった。
「……混乱されてますよね。悪ふざけをするほどに。わかります。こんな状況になってしまったこと、遺憾に思います」
彼女の声音は冷静だった。だがそこに混じるのは諦観か、それとも慈悲か。俺にはよくわからない。ただ、ひとつ確かなのは――俺はどうやら、また人と認識が食い違っているらしいということだ。
「でも、今はとりあえず、私についてきてください。どうしても――先生にやっていただかなくてはならないことがあります」
天使の輪を戴いた少女――七神リンは、そう言い切った。
俺は痛むこめかみを押さえながら、その姿を見上げた。
……俺が“先生”?
だとしたら、今日から生徒たちはチョークの雨に備えた方がいい。
「……で、その“やっていただかなくてはならないこと”ってのは?」
問いかけると、リンは一瞬だけ目を伏せ、感情を隠すように淡々と答えた。
「――学園都市の命運をかけた大事なこと……ということに、しておきましょう」
言葉を残し、彼女はくるりと踵を返す。その背は涼しげで、ひとつの迷いも感じさせない。
“学園都市の命運”……? そんなものを俺が背負わされるのか。どうすればいいんだ。いや、そもそも俺は命運なんて聞くとまずコイントスを連想するんだが……違うか?
無言のまま歩き出したリンを追い、俺たちはやがてエレベーターの前に辿り着く。
リンは振り返らず、ただ静かに待つ。まるで俺を試す「門番」のように。
「チン。」
控えめな音とともに床が震え、ガラス張りの壁の向こうに光景が広がっていく。
まるで未来図の中に迷い込んだかのような都市。
天を貫く塔の群れ、空を舞う輸送艇、光と曲線が編み上げる建築群。
俺は言葉を失った。胸の奥で、知らぬはずの郷愁が疼く。
俺の様子を見て何を思ったのか、リンはふっと笑みを浮かべた。
「――キヴォトスへようこそ、先生」
その言葉に、俺の意識が現実へと引き戻される。
■
レセプションルームへ足を踏み入れた途端、空気が弾けた。
「ちょっと待って、代行! 見つけた、待っていたわよ! 連邦生徒会長を呼んで来て!」
「主席行政官、お待ちしておりました」
「連邦生徒会長に会いに来ました、風紀委員長が現在の状況について納得のいく回答を要求されています」
「トリニティ自警団です、連邦生徒会長に直談判を――」
一斉に声を張り上げる少女たち。その鋭さは刃の群れのようで、耳を刺す。
冷静な口調に包まれたその圧は、怒気と焦燥を隠しきれていなかった。
リンはあくまで冷静を装い、少女たちを見回す。
「はぁ……。今、学園都市に起きている混乱の責任を問いたい――ということでしょう?」
彼女の一言で、堰を切ったように怒りが溢れ出した。
「そこまで分かってるなら、なんとかしなさいよ! 連邦生徒会なんでしょ!? 幾千もの学園自治区が、今まさに混乱に陥ってるのよ! この前なんか、うちの学校の風力発電所がシャットダウンしたんだから!」
「連邦矯正局で停学中だった生徒の一部が脱走したという情報もあります」
背に黒い翼を宿した少女が低く告げる。その声は静かながらも重かった。
「不良たちの登校襲撃も急増しています。治安の維持が困難です」
風紀委員らしき少女の眼鏡が冷たく光を弾く。
「戦車やヘリの不法流通も、2000%増加です!」
……2000%って、どういう計算なんだ。いや、きっと四則演算の向こうにある“数学的真理”なのだろう。俺には理解できないけど。
次々と叩きつけられる告発。
そして最後に放たれた言葉は、さらに鋭かった。
「こんな状況で連邦生徒会長は何してるの!? 何週間も姿を見せてないって、どういうことよ!」
部屋に沈黙が落ちる。
その刹那――
「……ちょっと待って。そういえば、この大人たちは一体どなた? どうしてここにいるの?」
視線が一斉に俺へと突き刺さった。
なるほど、ここは自己紹介のタイミングらしい。けれど……俺の目に飛び込んできたのは、それどころじゃない光景だった。
「ふと――」
「?」
「太ももが二足歩行してて喋ってる!」
「はぁ!?」
少女の声が跳ねた。
「ちょっと! 太ももってどこ見て喋ってるのよこの人は!」
いや、本当にそうなんだ。俺にはそう見える。
目の前の存在は、完璧な比率を備えた二本の太ももが、器用に言葉を紡いでいるようにしか思えなかった。
青髪のツインテールの少女――彼女は怒りに頬を染め、鋭い視線を投げつけてくる。
「私は早瀬ユウカです! 太ももじゃありません、覚えておいてくださいね!」
確かに、名前を聞けば「少女」の姿として認識できなくもない。
だが、それでも……俺にはどうしても、彼女は喋る太ももにしか見えなかった。
白髪のロングヘアの少女が、小声で困惑を漏らしたその音が、部屋の端々に小さな波紋を広げる。
「えっと……その方、誰なんですか? さっきから気になって仕方ないんですけど……」
その問いが落ちるや否や、空気がひゅっと引き締まった。リンの口から出た一言が、さらに冷たい静寂を呼び込む——連邦生徒会長が行方不明になった、という報告。サンクトゥムタワーの最終管理者が消えたせいで、行政制御権が――説明は簡潔だが、意味の重さだけはずしりと重い。
ざわめきが伝播する。顔と言葉が交錯して、部屋中の温度が一度下がるようだった。誰かが「……え!?」と呟き、別の誰かが「やはり、あの噂が……」と続ける。噂の輪郭がはっきりしていくにつれ、不安は波紋となって広がった。
リンは静かに言葉を継いだ。認証を迂回する方法を探していたが見つかっていない——そのとき、彼女は俺の方へ視線を滑らせた。
「それが、皆さんが疑問を持った人。この先生こそが、フィクサーになってくれるはずです」
その瞬間、視線が蜂の巣のように俺に刺さった。驚き、疑念、期待、好奇――色とりどりの感情が顔の上で渦を巻く。俺の名前が囁かれる。先生、キヴォトスではないところから来た、だとか、連邦生徒会長が特別に指名した人物だとか――周囲の言葉は遠くなる。耳に残るのは、自分の心臓の音だけだった。ぽこん、ぽこん、と。思ったよりも元気に鳴っている。
自己紹介の順番だ。呼吸を整え、口を開く。胸の内で、妙に誇らしい何かが弾ける気がした。真面目に、そしてどこか楽しげに、俺は言った。
「俺は銀河打者の穹!趣味はゴミ箱を漁りゴミ箱に入ること!よろしく!」
言葉が部屋の空気に投げられる。瞬間、時間が一拍止まるように感じた。目の前の少女たちの瞳が、あたたかさではなく哀れみに満ちてゆっくりと光を落としていくのが見えた。眉が細く寄り、口元が硬くなる。誰かの肩が小さく震え、別の誰かは視線を逸らした。
「――あの……本当にこの人が連邦生徒会長が推薦した人なんですか?」
声は慎重で、疑念を含んでいた。問いは鋭い。俺はその声に向き直り、頬のあたりが熱くなるのを感じる。どうして皆そんな哀れみに満ちた目で俺を見るんだろう――本気で不思議だった。自分では立派に自己紹介したつもりなのに。
だが、不思議さと同時に、胸の奥に小さな炎が灯るのも確かだった。ここがどういう場所で、今何が壊れているのかはわからない。だが「銀河打者」という名は、どこかで役に立つかもしれない。ゴミ箱漁りの技術が、思わぬ形で都市を繕う糸口になるかもしれない──そういう、根拠のない自信が、俺の頬を微かに上気させた。
——「ところでなぜゴミ箱を漁るんですか?」
おっ、きた。待ってました質問タイム。 そうか、みんな俺の魅力に気づけていなかっただけで、ただ訳がわからなくて反応が悪かったんだな。ならばここは堂々と答えるまでだ。
「それはそこにゴミ箱があるからだ!」
俺の声は会議室の空気を切り裂くように響いた。これなら絶対に納得してもらえるはずだ。……のはずだった。
だが返ってきたのは、さらに冷え込んだ視線の群れ。沈黙が痛い。痛すぎる。 まるで「氷のナイフ」で刺されているみたいに、ひりひりと全身を刺す。
「……あの、もう一度聞きますけど、連邦生徒会長は本当にこの人に頼んだんですよね!?」
哀れみと不安を入り交ぜた声が飛ぶ。俺は胸を張って笑いたいところだが、実際は心の奥で少しだけ泣いていた。
そんな空気を裂いたのはリンの声だった。冷たくも淡々と、けれど確実に人を押し黙らせる重みを持った声。
「先生は元々、連邦生徒会長が立ち上げた部活の顧問として来てもらう予定でした。連邦捜査部――『シャーレ』。単なる部活ではなく、超法規的機関です」
彼女の説明は淡々としているのに、言葉の端々に鉄の芯が通っているように思えた。全学園から人を集められる、制約なしに戦闘活動ができる……まるで聞いているだけで背筋が冷たくなる。
そのときリンはスマートフォンを取り出し、手際よく番号を押した。
「モモカ、シャーレの部室に直行するヘリを手配して」
通信越しの声が響く。軽い調子、けれど内容は洒落にならなかった。
——戦場。停学中の生徒たちが矯正局を脱走し、街を焼き払い、巡航戦車を手に入れたとかなんとか。しかもその矛先はシャーレ部室だという。
「何て、タイミングの悪い……」とリンの声が落ちた瞬間、通信はぷつりと切れた。 室内に残されたのは、端末の残響と、ぎしりと軋むほどに握り締められたリンの手元だけ。
そして俺。
「へぇ〜デリバリーか〜。美味しそうだなぁ。なぁ、それって俺も食べに行ってもいいやつ?」
……なに?みんなして驚愕の顔。仕方ないだろ、俺は腹が減って仕方ないんだから。
その空気を、眼鏡を押し上げたリンの声が切り裂く。
「そんなにお腹が空いていらっしゃるなら、先に仕事を終わらせてしまいましょう」
一見冷静。だが声は震えていた。怒りなのか、焦りなのか、その両方か。 彼女の視線が鋭く四人へと向けられる。穴が空くほどの眼差しに、ユウカがたじろいだ。
「……な、なによ?」
彼女の声は怯えを隠せない。だがリンは、逆に爽やかな笑みを浮かべ、さらりと言ってのけた。
「いえ、ちょうど此処に各学園を代表する立派で暇そうな方々がいらっしゃったので、心強いなと思いまして」
「――え?」
少女たちの表情が固まるのを尻目に、リンは声を張る。
「さて、キヴォトスの正常化のために働きましょうか、皆さん」
その言葉には、否応なく引きずり込む力があった。逃げ場を塞ぐように笑みを浮かべながら、彼女は言った。
「行き先はもちろん」
わずかな間を置いて、透き通るような声が鋭く響く。
「シャーレ――つまり戦場です」
……え、俺、腹減ってんだけど。
でももう遅い。運命は走り出した。行き先は、デリバリーの匂い漂う食卓じゃなく、煙と炎が渦巻く戦場だった。
続く
今回の開拓の旅はひとまずここまで、次回をお楽しみに
Mr.ミミ作のコーナーの今後
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新キャラの方がいい
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ストーリーに関係するキャラがいい