アビドス編も後半戦突っ走るとこまで突っ走りますのでよろしくお願いします
今日も一日、長かった。 戦いも、会話も、笑いも。 全てが渦のように過ぎ去って、ようやく訪れた静寂が、妙に遠い世界みたいに感じた。
「……疲れた」 小さく呟いて、俺はベッドへ身体を沈める。 天井の明かりがゆっくりと滲んで、意識がそのまま砂に吸い込まれるように沈んでいった。
――目が覚めたとき、そこは。
見覚えのある空間。だがどこか違う。 壁には書類の束、机の上にはコーヒーカップ、ソファには脱ぎ捨てられた上着。 対策委員会の部室……にしては散らかりすぎている。 夕方の光がカーテンの隙間から差し込み、埃が金色の粒になって漂っていた。
「ホシノちゃん、ねぇホシノちゃんってば!」
女の声が響く。 その瞬間、心臓が強く跳ねた。 ホシノ? ……でも、今の声は知らない。
夢、か? いや、また“過去”の……。
足が勝手に動いていた。 光の差す方へと、ゆっくりと。
そして、見えた。
そこにいたのは――小さなホシノ。そして、彼女の前で笑う女性。 緑がかった髪を揺らして、ノノミよりも色々デカく、穏やかそうな顔立ち。 けれど、その笑顔の奥にある温度が、どこか知っているような感覚に襲われた。
「なんですか?」 小さく尖った声。ホシノ――いや、“昔のホシノ”だ。 今の彼女からは想像できないほど、棘のある言い方だった。
「じゃーん! 見て〜これ!」 女性が無邪気に差し出したポスターには、鮮やかな文字が踊っていた。
――『アビドス砂祭り』。
笑顔の人々。水辺で遊ぶ子どもたち。 その景色が、まるで別世界のように鮮やかで、眩しかった。
「この時はまだ、オアシスが湖みたいに広がってたんだよね〜。あっ、これ記念にあげる!」 女性はそう言って笑った。
アビドスに……オアシスが? 今の乾いた砂地からは、想像もできない光景。 だけど、あの夢で見た――まだ生徒がたくさんいた校舎を見たあの記憶。あれは、まさか本当の記憶……?
「ふふふ、すっごく素敵でしょ? もし奇跡が起きたら、またあの頃みたいに人が集まるんじゃないかな?」
“奇跡”。 その言葉に、胸の奥が少しだけ暖かくなった。 ……でも、それは一瞬だった。
「奇跡なんて起こりませんよ、先輩」
ホシノの声が、空気を切り裂いた。 女性――“先輩”と呼ばれた人が驚いたように目を瞬かせる。
「えぇ!?」
「そんなもの、あるわけないじゃないですか。それより現実を見てください」
その声音は、まるで誰かに言い聞かせるようで―― いや、今の俺に向けられているようで。
「こんな砂漠のど真ん中に人なんか来るわけないでしょ夢物語もいい加減にしてください」
ホシノは現実を突きつけ彼女なりの守ろうとする意志を否定した。
「うぅ……だって〜ご、ごめんね」
「そうやってふわふわと奇跡だのなんだのってーー」
「あなたはアビドスの生徒会長なんですよ!」
ホシノは手に持ったポスターの持ち方を変え力を入れた
「もう少し……その肩に乗った重みを自覚したらどうなんですか!!」
“やめろ”。 心の中で叫んでいた。 その行動が、どれほどその人を傷つけるか、今のホシノならきっと分かってるはずだ。 でも――届かない。
目の前で、ポスターが破かれる。 破片が光を受け、まるで夕暮れの砂粒のように舞った。
――画面が歪む。
景色が変わった。 気づけば、俺は砂の上に立っていた。 肌を刺す熱風。焼けつくような空気。 そこに、ひとり――ホシノがいた。
彼女はふらふらと、何かを抱えて歩いていた。 手にあるのは……破かれたはずのポスター。 それを、必死に貼り合わせた跡があった。
「先輩……どこにいるんですか……」
掠れた声。 その背中が、痛いほど儚かった。
俺は言葉を失い、ただついていく。 砂を踏むたびに、胸の奥で何かがきしむ。
そして――見えた。 砂の中で、静かに倒れている女性の姿。 緑の髪が風に揺れ、乾いた砂に溶けていく。
ホシノの瞳が揺れた。 それでも、彼女は膝をつき、かすかに微笑んだ。
「ようやく……見つけましたよ。ユメ先輩」
その声に、何かが崩れ落ちた。 胸が焼けるように痛くて、息ができなかった。
「――はっ!」
目を開ける。 息が荒い。 天井がぼやけて見える。 胸の奥で何かが暴れている。
……夢。 けれど、あの感触は確かに“現実”の重さを持っていた。
「ホシノ……お前……」
ぼんやりと天井を見上げる。昨夜の夢――いや、“記憶”の残滓がまだ脳裏に焼き付いていた。 あの砂の中で倒れていた緑の髪の女。ホシノの声。引き裂かれたポスター。 思い出そうとすると、胸の奥が締め付けられる。
その時、電子的な少女の声が響いた。
『先生!やっと起きましたか……って、ど、どうしたんですかそれ!!』
アロナの慌てた声。 え? 何が――
俺は、目の前の鏡に映る自分を見た。 頬を伝って、光る線が二筋。 ……涙だ。
「……なんで、泣いてるんだ俺は」
記憶にない痛みが胸の奥からあふれてくる。 アビドスの乾いた風、消えたオアシス、人々の笑い声――それらが全部、夢の中の幻だったはずなのに。 まるで誰かの想いが流れ込んできたみたいに、心が熱くなっていた。
『先生……大丈夫ですか?』 アロナの声が、少しだけ柔らかくなる。
「……ああ、大丈夫だ。」 口ではそう言ったが、自分でも信じられなかった。
アロナは一拍置いて、思い出したように言葉を続けた。
『そういえば前にもこんなことありましたよね? 夢を見たあとに涙を流して……まぁ、先生が大丈夫だというならいいですけど』
淡い静寂が部屋を満たした。 窓の外では朝の光が差し込み、机の上の紙が風に揺れている。 現実に戻ったはずなのに、心の奥はまだあの砂の中に置いてきたみたいだった。
『それより先生、アビドスのみんなから連絡です。』 「みんな?」 『はい。約束の時間に間に合わないとのことで、彼女たちは先に出発したそうです。』
「――え、嘘だろ!」
俺はベッドから跳ね起きた。 脳裏に浮かぶのは、ホシノの半分眠そうな顔、ノノミの笑顔、シロコの無言の頷き。待ちかねてキレているセリカとアヤネ。 その誰もが、俺を置いて行ったのか!?
「ちょっと待てよ……アロナ、お前本当に起こしたのか?」
『一応、何度も起こしましたよ? 二度寝したのは先生です。』
「ぐっ……ホシノより遅く起きるなんて、俺の人生で一番の屈辱だ……!」
『まぁまぁ。そんなに落ち込まないでください先生』 『それより――大将の件です。入院している病院の近くと、アビドス砂漠の外縁部に新しく“界域アンカー”が設置されたとのことです。準備ができたら、まずは大将のお見舞いに行きましょう』
「……界域アンカー、か」
その言葉に、微かな緊張が走った。 あの夢の続きに待っているものが、現実に影を落としている気がしてならない。 ホシノが見た“奇跡を信じなかった過去”と、アビドスが抱える“何か”。 そして――今も胸の奥で燻る、あの涙の理由。
「分かった、アロナ。準備をする。」 俺はゆっくりと立ち上がり、外の光を見た。 分からないことを気にしても仕方ない、まずしないといけないことをしよう、まずは大将のお見舞いだ。
俺は着替えて持つべきものを持ったことを確認して界域アンカーを使って病院まで移動、あとは受付などを終わらせて店長の入院している病室の前に立った
外から漏れ出る消毒液の匂いが鼻をついた。 この匂い、どうにも好きになれない。 それでも、今日はそんなことを言っている場合じゃない。俺には“大事な任務”がある。
両腕いっぱいに抱えた宝物――いや、“俺の財宝”を胸に抱え、俺は堂々と声を張り上げた。
「たのもー!!!」
ベッドの上で新聞を広げていた柴大将が、驚いたように顔を上げた。
「たのもーって……道場破りかい? って、手に抱えてるもんはなんだいそりゃ!?」
「何って、俺の宝物だ!」 声を張って言う。 拾い直した空き缶、欠けた湯呑み、壊れた模型のパーツ、街角で見つけたサビた歯車。 それらを慎重に並べながら、俺は胸を張った。
「特別に、大将にあげようと思って持ってきたんだ!」
柴大将はぽかんと俺を見て、そしてゆっくり苦笑した。 「そ、そうか……ありがとな」
「どれがいい? 好きなものをあげるぞ!」 俺は誇らしげに、ベッドの脇に宝物を並べていく。 部屋の看護師が、怪訝な目でこちらを見ていたが気にしない。 俺は今、立派に“お見舞い”をしているんだ。
だが、大将は肩をすくめて言った。 「いや、いいよ。お気持ちだけ受け取っておくぜ……」
「うーん、そんな遠慮しなくていいんだぞ俺と店長の仲じゃないか」
「いや、本当にいいんだ。その代わりと言っちゃあなんだが、俺の話を聞いちゃくれねぇか?」
その声色は、いつもの軽口よりも少しだけ静かだった。 俺は腕を組みながら頷く。
「いいぞ。俺でよければいくらでも聞こう。なんなら“ねんねんころり”も歌ってあげようか?」
「アンタは俺のことをなんだと思ってるんだ?」 思わず吹き出すような声を出した後、大将は少し笑ってから目を細めた。 「まぁ、そんなアンタだからこそ、セリカちゃんたちは退屈なしで楽しく過ごせているんだろうがな……」
――“本題に入ろう”。 そう言ってからの沈黙が妙に長く感じた。 窓の外では、アビドスの乾いた風が砂を運び、カーテンを揺らしている。
「実はな……」
大将の声は、砂煙の向こうから届くように掠れていた。
「店を畳もうと思っている。つーか、前々から思っていたんだよ」
その一言が、胸の奥に落ちてきた。 音もなく、重く沈んでいく。
「……え?」 思わず言葉が漏れる。 この人の笑い声と油の匂いが染みついた、あの修理店。 便利屋たちの秘密基地みたいな場所。 アビドスの誰もが頼りにしてきた“心臓”みたいな場所。
それを、畳む?
「どうして……?」と喉まで出かかったが、声にはならなかった。 胸の奥に熱いものが込み上げて、言葉を飲み込むしかできなかった。
大将はゆっくりと目を閉じ、窓の方に顔を向けた。
知らなかったこの話が俺を砂漠へ突き動かすきっかけになること
ーーーーーー
「ここから先が、捨てられた砂漠……」
セリカの呟きが、風に溶けて消えた。 そこに広がるのは、果てのない荒野。砂漠と崩壊した市街地が混ざり合い、かつて文明があったことすら疑わしい、乾き切った世界だった。 砂嵐が遠くで渦を巻き、空気はひどく重く、息を吸うたびに喉が焼ける。
「砂だらけの市街地に行ったことはありましたが、ここから先は私も初めてです……」
セリカが目を細め、遠くの地平を見つめる。 誰もが言葉を失う中、ひとりだけ、その風景に懐かしさを覚えている者がいた。
「いや〜、久しぶりだねえ、この景色も」
ホシノの声はどこか遠い。懐古と苦笑が入り混じるような、穏やかで、しかし少し寂しい声。
「先輩は、ここに来たことあるの?」
「うん、前に生徒会の仕事で何度かね〜。もう少し進めばそこにはなんと、かつてアビドスの砂祭りが開かれていたオアシスが!」
「え、オアシス? こんなところに?」
セリカが目を丸くする。ホシノが指さした先には、しかし、砂の海しかなかった。 水の煌めきはなく、かつて湖だった場所には、ただ風が残した波紋のような砂丘が幾重にも重なっている。
「うん、まあ今はもう全部干上がっちゃったんだけどね〜。元々はそんじょそこらの湖より広くって、船を浮かべられるくらいだったとか。ま、私も実際に見たことはないんだけど~」
その声には、失われたものへの哀惜が滲んでいた。 ホシノ自身も、伝聞でしか知らない“かつてのアビドス”を追い求めているのかもしれない。
「砂祭り……私も聞いたことある。アビドスでは有名なお祭りで、すごい数の人が集まるって」
「そうそう、別の学校からもそのお祭り見たさに人が来るくらいだったからね。ま、砂漠化が進み始めるより何十年も前のことだけど」
「へえ、今となってはこんな光景になっちゃってるけど、ここでそんなすごいお祭りが……?」
「前までは、この辺りも結構住みやすい場所だったらしいよ〜。その時はこんな砂埃もなかったし」
ホシノはそう言いながら、乾いた風に髪を揺らした。 その横顔には、どこか痛々しいほどの郷愁が宿る。
アビドス――かつては砂漠の中の楽園と呼ばれ、今や風化した理想の象徴。 地図の上では広大な都市として描かれていたが、現実はその影すら残っていない。 それでも、子どもたちはこの地を守ろうとした。借金を重ね、力を尽くし、希望という名の綱にすがりながら。 そして、彼らの努力は大人の搾取に飲まれ、風に消えた。
それが――アビドスの歴史。
その沈黙を破るように、セリカが拳を握る。
「それにしても、アイツこんな時に限って遅刻するなんて!」
ノノミが小さく笑って、肩をすくめた。
「まぁまぁ、銀河打者さんもお疲れなんですよ。後で来てくれますって」
シロコが前方を見据える。 「目的地はまだ先なの?」
その瞬間、通信機からアヤネの声が割れた。
『えっと……レーダー反応からして、ここのはずなのですが……気を付けて少し前進を』
彼女の声は断続的で、ノイズにまみれていた。 砂嵐の向こう、陽炎のように揺らぐ空間の中に、確かに“何か”があった。
『皆さん、前方に何かあります! 急にレーダーに反応が……!? 巨大な町……いえ工場、或いは駐屯地……? と、とにかく、ものすごい大きな施設のようなものが……!』
風が止み、砂嵐の向こう側に影が浮かぶ。 それは確かに“人工物”だった。 この荒れ果てた大地に似つかわしくない、巨大な鋼鉄の塊。
「何、これ……」
セリカが息を呑む。 鉄とコンクリートで覆われた施設が、砂の地平に横たわっていた。 その壁には新しい傷がひとつもなく、まるで昨日建てられたばかりのように無機質な光を反射している。
「この張り巡らされてる有刺鉄線、優に数㎞先までありそう……」
「工場……? 石油ボーリング施設、ではなさそうな……一体何なのでしょう、この建物は……?」
ノノミが目を細める。 ホシノが、かすかに眉を寄せた。
「こんなの、昔は無かった……」
彼女の言葉が全員の背筋を冷やす。 つまり、これは――この二年の間に建てられたもの。
「皆さん! これを見てください」
砂を払いながらセリカが指差した。 壁に刻まれたロゴ。それを見た瞬間、誰もが息を詰める。
「……カイザーPMC」
ホシノの低い声が、風より重く響いた。 PMC――民間軍事会社。カイザーの軍事部門。 金融でも、建設でもない。戦闘を目的とした組織。
「ヘルメット団とかを雇う前から、ここに基地を建ててたってこと?」
考えれば考えるほど、答えは不気味な方向へ転がる。 ――何を探している? ――何を隠している?
その時だった。 基地全体が、低く唸るような警報を鳴らした。
『みな、さ……忙、……で……』
通信が遮断される。 セリカが顔をしかめる。「通信妨害!?」
「これ、何だか大事になりそうな予感なんだけど……」
シロコが呟く。 その直後、風の上に重低音が重なった。 ――回転翼の音。ヘリだ。
「これは……ヘリの音……?」
ノノミが空を見上げた瞬間、砂嵐を割って黒い機影が現れた。 軍用ヘリの編隊。その後ろには、砂を巻き上げながら進む無数の装甲車と戦車。
「この地面の揺れ……恐らく戦車」
『こ、ち……を、包囲し、て……』
アヤネの声がノイズに掻き消される。 遅かった。すでに包囲されていたのだ。
砂漠の地平線が、銃口の列で埋め尽くされていく。 その後整列した兵士たちが一斉に敬礼し、中央の道を開ける。 そこから歩み出たのは、漆黒のスーツを身に纏った、二メートルを超える鋼鉄の巨躯。
重い足音が、砂漠の静寂を踏み潰す。 その一歩ごとに、砂が金属音を立てて震える。
カイザーの旗の下、無慈悲な鉄の兵士が現れた――。
砂の地平に、影が落ちた。
沈みかけた太陽が血のように赤く、鋼鉄の壁と砂の海を染め上げている。 その光の中で、ひときわ大きな影が立ち止まり、無機質な音声が空気を震わせた。
「ふむ、侵入者とは聞いていたが……アビドスだったとは」
低く、重い声だった。 その響きには、威圧と冷笑、そして――支配者の余裕があった。 声の主は黒と赤を基調としたスーツに身を包み、頭部にはライン状の発光を走らせた機械的な面をつけている。 まるで“人の形をした秩序”そのもののような存在。 その巨躯は二メートルを優に超え、砂を踏むたびに金属の足音が響いた。
セリカは息を呑み、思わず後ずさる。 あまりの威圧感に、声が漏れた。
「な、何よこいつ……!」
「――あいつは」
最初にその正体へと思い至ったのはホシノだった。 コートの裾を風に翻しながら、見上げる。 記憶の奥底に焼き付いて離れない、あの“嫌な気配”。 忘れようにも忘れられない――アビドスを嘲る男の声。
彼女の視線を受けて、ラインヘッドの巨人は小さく首を傾げた。
「まさか此処に来るとは思ってもいなかったが……まぁ良い。何が変わるという訳でもあるまい」
砂を踏み締めながら、彼が一歩を踏み出すたび、オートマタたちの赤いセンサーが一斉に点灯した。 軍勢の中央に立つその姿は、まるで帝王の如し。 金属の足音が響くたびに、アビドスの面々の喉が乾く。
ホシノは拳を握りしめた。 この男が何者であるか、もう思い出してしまったからだ。
「勝手に人の私有地に入り、暴れた事による被害額、君達学校の借金に加えても構わないが……まぁ、大して額は変わらないな」
嘲るような声に、砂嵐が唸った。 ホシノの口元が怒りで震える。
「あんたは、あの時の――」
「……確か、例のゲマトリアが狙っていた生徒会長、いや、副会長だったか?」
ラインヘッドの人物は顎に手を当て、まるで“商品”でも値踏みするようにホシノを眺めた。 そして、静かに呟く。
「――面白いアイディアが浮かんだ。便利屋やヘルメット団を雇うよりも良さそうだ」
「ヘルメット団? 便利屋……? な、何を云っているんですか?……」
ノノミがたまらず問いかけた。 その声に、男はわずかに反応し、そして嘲笑を浮かべたように肩を竦める。
「……まさか、私の事を知らないとは。アビドス――君達なら良く知っている相手だと思うがね?」
彼の声音には、あからさまな侮蔑が混じっていた。 まるで自らを知らぬ者の存在そのものが不敬だと言わんばかりに。
そして、胸を張り、堂々と宣言する。
「私は、カイザーコーポレーションの理事を務めている者だ――つまり、君達アビドス高等学校が借金をしている相手だよ」
その瞬間、空気が張り詰めた。 ノノミとセリカの目が見開かれ、息を呑む音が重なる。
「ッ!」「嘘っ!?」
「では、古くから続く借金の話でもしようか――アビドスの諸君?」
男は楽しげに笑い、歩み寄る。 その一歩一歩が、アビドスの過去を踏み潰すかのようだった。
「ああ、その前に私が誰かを正確に自己紹介するとしようか。私はカイザーコーポレーション、カイザーローン、そしてカイザーコンストラクションの理事だ。現在は――カイザーPMCの代表取締役も務めている」
その肩書の羅列が、まるで無数の鎖のように彼らの胸に絡みつく。
「――そんな事はどうでも良い。要はあなたがアビドス高校を騙して、搾取した張本人って事で良い?」
シロコが前へ出た。 その瞳には、憎悪が宿っていた。 怒りに震える声は、砂漠の冷気を裂くように響く。
「……ほう?」
カイザー理事は面白がるように首を傾げる。 シロコの怒りを、あたかも“反応を見るための実験”のように眺めながら。
「そうよ! ヘルメット団と便利屋を仕向けて、ここまで私達をずっと苦しませて来た犯人があんたって事なんでしょ!? あんたのせいで私達は……アビドスはッ!」
セリカの声が叫びとなって飛ぶ。 しかしその叫びを受けたカイザー理事は、冷笑を浮かべるのみだった。
「――やれやれ。最初に出て来る言葉がソレか。呆れ果てたぞ、アビドス」
「何ですって……!?」
「勝手に私有地へと侵入し、善良なる我がPMC職員たちに銃口を向けて施設を破壊しておいて……くくっ、面白い。はじめから武器を持っている時点で、制圧の意図があるというのも明白だ」
「……善良な職員にしては、何の警告もなしに銃口を向けられましたけれどね」
ノノミが鋭く言い返す。 しかし、彼の言葉は冷たく切り捨てるようだった。
「自己防衛さ。何せ見知らぬ人物が家に無断で入り込んで来た様なものだからな。強盗や盗人が相手なら、君達とてそうするだろう?」
「………」
「――口の利き方には気を付けた方が良い。ここはカイザーPMCが合法的に事業を営んでいる場所。まず君達は今、企業の私有地に対し“不法侵入”しているのだという事を理解するべきだ」
その言葉が終わると同時に、周囲のオートマタが一斉に動いた。 砂の上に並ぶ黒い銃口が、すべてアビドスへと向けられる。 砂漠の風が止み、世界が息を潜める。
ホシノたちは一歩退く。 怒りと恐怖と、どうしようもない理不尽への悔しさが胸を焦がした。
「さて、話を戻そう――アビドス自治区ヘなぜヘルメット団などを送り込んだかだったな、そんなの貴様らいつまで経っても利子までしか支払わないからね、お取り潰しのようなものさ。まるで私達が不法な行為をしているかのような云い方はやめて貰おう。それとも此処には、私を挑発しに来たのかね?」
「っ、どの口で……!」
「それに戦いなんて常日頃から行われてるだろ?まさかこんな話をするためだけにここまできたのか?」
理事の声音は、砂漠のように乾いて冷たい。 背後でノノミが一歩踏み出し、まっすぐに睨み返す。
「……確かに、こんな砂漠に大規模な施設を建築してまで何をしているのか、その理由は気になります」
その言葉に、理事はゆっくりと口角を上げた。 まるで、“待っていた”とでも言いたげに。
「ふむ――ならば教えてやろう、私達はアビドスのどこかに埋められているという宝物を探しているのだ。」
その一言は、砂漠乾ききった空気を真二つに切り裂いた。驚愕と憤怒とが、場内に均等に散ったのだ。驚きを示す者の顔は、一瞬にして目を丸くし、口元を震わせる。怒りを示す者の表情は、まるで燃え立つ炭のように赤らみ、唇を噛みしめる。セリカとシロコは後者に属した。二人の顔には、今にも飛びかからんばかりの獰猛さが宿っている。彼女らの視線は、席に鎮座するカイザー理事に釘付けだった。
「……そんなでまかせ、信じる訳ないでしょ!?」
「それはそう、もしそうだとすると、このPMCの兵力について説明がつかない――この兵力は、アビドス自治区を制圧する為のものじゃないの?」
カイザーは、誰よりも冷静だった。わずかに眉を寄せ、数秒の沈黙を置くことで、言葉をより重くした。
彼の視線はゆっくりと巡り、整然と配された兵装や動員された人員の影を一瞥した。数百両もの戦車、数百名にも及ぶ精鋭、数百トンの火薬と弾薬――それらが語る“理由”は、容易に推測された。だが、彼は笑みをかすかに崩すことなく、問いを投げかける。
「……数百両もの戦車、数百名もの選ばれし兵士達、数百トンもの火薬に弾薬――たった五人しか在籍していない学校の為に、これ程の用意をすると本気で考えているのか?」
彼の語りには、嫌悪と軽蔑が混じっていた。理事の手のひらが大きく開かれ、周囲に展開する兵力を示すように振られる。兵器の値段、人件費、整備費、研究開発費――軍隊を維持するための金は、アビドスの借金など足下にも及ばない額だ。カイザーにはその現実が、露骨な不合理として映っていた。だからこそ彼は冷たく嘲る。
「冗談ではない、そんな非効率的な行為を企業が許容するものか。あくまでこれは、どこかの集団・企業・学園に宝探しを妨害された時の為に用意した備えだ。ただそれだけの、君達の為に用意したものではない……君達程度、いつでも、どうとでも出来るのだよ――例えばそう、こういう風にな」
そして、彼は更に一歩踏み込んだ。耳元に指を寄せる仕草をしたのだ。誰にも声が届かないその小さなジェスチャーを、場にいる者達は訝しげに見やった。会話は一切交わされていない。だが――その僅かな時間の後、カイザーの顔に淡々とした陰りが乗る。
「ふむ――残念なお知らせだ、どうやら、君達の学校の信用が随分落ちてしまったそうだよ」
その言葉を受け、セリカの息が詰まる。そのとき、アビドスに残っていたアヤネの端末が震え、着信音が軽薄に場の緊張を引き締めた。タブレットの画面に表示された着信表示は、すべてを告げる。カイザーローンの名を冠したコールの声が、スピーカーを通して会議室に流れ出す。口調は機械的。情け容赦など微塵もない。
『――いつもご利用ありがとうございます、こちらカイザーローンです、突然のご連絡で恐縮ですが、現時点を持ちましてアビドスの信用評価を最低ランクに下げさせて頂きます』
アヤネは慌てて弁明する。毎月きちんと利子を返してきたこと。だが応答は冷たい。『変動金利を三千%上昇させる形で調整致しました。該当金利諸々を適用した上で、来月以降の利子金額は九千百三十万円で御座います――』。言葉は数字へと変わり、数字は現実へと変わる。九千万円。まるで別世界の話のような額が、檻のように彼らを囲む。
アヤネの声が震える。通信は一方的に切られ、無情な電子音が残響する。彼女の顔は一瞬で蒼白になり、唇が微かに震える。セリカはカイザーから概要を聞き怒りを露わにして呟く。
「きゅ、九千万円って……嘘でしょ!?」 「くくッ――」
理事は愉快そうに笑った。
「これで分かったかな、君達の首に掛けられた紐が今、誰の手にあるのか?」 「っ……こんなやり方で、良くも合法だなんて……!」 「ちょ、嘘でしょ!? 本気で云ってんの!?」
「あぁ、本気だとも。しかしこれだけでは面白みに欠けるか……そうだ、九億の借金に対する保証金でも貰っておくとしよう。一週間以内に我がカイザーローンに三億円程、預託して貰おうか? この利率でも借金返済が出来るという事を、証明して貰わねばなぁ?」
隣でカイザーはそれを楽しげに眺め、嗤う。理事の嗤いは冷徹だった。九千万円という数字は笑いの種だ。支払えないことは明白で、それを見越して首の紐を握る。金融の刃は目には見えないが、確実に締め上げてくる。
更に追い打ちをかけるように、カイザーは条件をつきつける。三億円の預託――一週間以内に我がカイザーローンに証明してみせよ、さもなければ制裁が続く、と。
「っ、この……!」
シロコが引き金に指を掛ける。だがオートマタが理事の前に立ち塞がり、銃口が彼女を囲む。彼女は悔しげに歯を食いしばった。
「そんなお金、用意出来るはずが……今、利子だけでも精一杯なのに……!」 「――ならば学校を諦め、去ったらどうだ?」 「……っ!」
理事は淡々と続ける。
「自主退学をして転校でもすれば良い。それで全て解決するだろう? そもそもこれは君達個人の借金ではない、学校が責任を取るべきお金だ……何も、君達が進んで背負う必要はないだろう? こんな、砂に塗れた小さな学校一つに拘って何になる? 卒業すればいずれ消える居場所だ、学生時代の殆どを僅かな金銭を得るための労働に費やし、無駄にする必要などない、君達はまだ――子どもだろう」
その声は理屈を装った優しさ。だが、アビドスの瞳は揺るがない。
「そんな事、出来る訳ないじゃないですか!」 「そうよ、私達の学校なんだから! 見捨てられる訳ないでしょ!?」 「アビドスは私達の学校で、私達の街」
絶望と怒りと、そして執着。アビドスの者達の胸に沸き上がる感情は、単なる論理では説明し得ない類のものだった。彼らにとってアビドスとは、瓦礫の上に立つ場所でも、単なる学び舎でもない。思い出が積層し、儚くも確かな“愛着”が根を張る居場所である。それは理屈で切り捨てられるものではない。
カイザー理事は、一歩、砂を踏みしめる。 その足音は、まるで地面そのものが軋むように重たかった。
「……その意気込みは買うがね」 淡々とした声音。だが、そこに浮かぶのは嘲りだった。 胸元のスーツの襟を正し、ゆっくりと顎を上げる。 彼の瞳――機械仕掛けの光が、アビドスの少女たちを一人ひとり見据え、冷たい審判を下すかのように輝いていた。
「ならばどうする? 他に何か良い手段でも?」
その言葉は挑発ではなかった。 完全なる優位からの、退屈そうな“問い”。 もはやこの世界の力関係は、すでに決していた。 誰の目にも明らかだった。
少女たちの胸を押し潰すのは、怒りでも悔しさでもない。 それは、圧倒的な“現実”だった。 理不尽という名の、鋼鉄の壁――。
セリカが唇を噛み、シロコが銃を握り締める。 ノノミは何かを言いかけ、声を失った。 アヤネはただ、震える指先でタブレットを抱えていた。 その全ての姿が、カイザー理事には滑稽にさえ見えた。
だが――その瞬間。
砂の海が、低く唸った。 風が一瞬、止む。 空気が、張り詰める。
「――あるさ」
声だった。 低く、芯のある、乾いた声。
誰もが一斉に振り返る。 砂の彼方、陽炎の向こう――。 そこに、ひとりの影が立っていた。
金色の光を背に、影はゆっくりと歩み出す。 砂がその足跡を刻み、光が肩に反射して煌めく。 彼の背丈は少女たちよりも高く、動きは静かで、だが確信に満ちていた。
その肩には――一本の金属バットが担がれている。 打席に立つ前のような、静かな構え。
「少なくとも――お前みたいな小悪党を潰す方法くらいはな」
光のような声が、荒野に響く。
カイザー理事の光学レンズが、わずかに収縮した。 オートマタたちが一斉に銃口を向ける。 アビドスの少女たちは息を呑み、希望とも恐怖ともつかぬものを胸に抱く。
そして――風が再び吹き荒れた。 砂を巻き上げながら、その男は歩き出す。 鉄と砂の世界に、ただ一人、真っすぐに。
銀河打者 彼は、あたかもこの砂漠の結末を決めに そこに“現れた”のだった。
何とか間に合ったみたいだ、それにしても、まさか店長のお店がカイザーから立ち退きを命じられていたなんてそれも店長のお店だけでなく他のお店も、
理由としては告げられずただこの土地の権利はカイザーが握ったということだけを告げるという土地を巻き上げただけじゃなくて彼女の意志そのものを汚すとは俺の我慢ももう限界だ。
乾いた風がそんな俺の頬を撫でた。 砂漠の熱が、目に見えない圧のように肌を押し潰す。 その向こうで――二メートルを超える鋼鉄の理事が、俺を見下ろしていた。
カイザー理事。 黒と赤のスーツを纏い、無機質な仮面を貼り付けた鉄の化け物。 光学レンズがこちらを射抜くたび、心臓の鼓動が耳の奥で鈍く響いた。
「おやおや、これは天下のシャーレじゃないか」 濁った声が風を裂く。どこか愉悦の滲んだ、機械的な音だった。 「改めて挨拶をしよう。私はカイザーPMCならびにカイザーコーポレーション、カイザーローン、カイザーコンストラクションの理事だ。 ――連邦捜査部シャーレ、ナナシビトの穹だな?」
名を呼ばれた瞬間、周囲の空気がわずかに変わった。 銃口の群れが俺を狙い、アビドスの少女たちが一歩息を呑むのが分かる。
「頭悪そうな奴でも俺の名前くらいは覚えててくれたんだな」 わざと軽く言ってやった。 砂を噛むような空気の中で、余裕を装うには、それくらいしかやれることがない。
カイザー理事のレンズが一瞬、光を走らせる。 「ふ、話を聞く通り失礼極まりない奴だな……?」 機械の声に、僅かな苛立ちが混じった。
この男は怒らせてもいい。だが―― こちらの目的を見誤れば、即座に蜂の巣だ。
「で、何しに来たんだ?」 「“知らなかったから許してくれ”とでも言うつもりか?」
鉄の声が笑った。 その音が耳障りで、砂を噛むような味がした。
「天下のナナシビトがお前らなんかを相手に逃げるわけないだろ?」 俺は一歩踏み出し、肩に担いだバットの重みを握り直す。 「今回はな、聞きたいことがあって来たんだ」
風の音が、止む。
「お前たち、アビドス全体を買い取って――店の立ち退きを進めていたらしいじゃないか。柴崎ラーメンの店長から聞いたぞ」
その瞬間、背後から少女たちの息を呑む声が上がった。 「えっ!?」「……待って、銀河打者、どういうこと──」
彼女たちが声を上げた刹那、 銃の金属音が、乾いた空気を切り裂いた。
「今、彼は私と話をしている。口出しするな」 カイザー理事の命令とともに、銃口が少女たちに向けられる。 力で脅し、口を塞ぐ――そういうやり方が、この世界の“秩序”らしい。
俺は鼻で笑った。 「それで? どう責任を取るつもりだ?」
「何のことだ? お前たちが図体だけデカい木偶の坊だと思ってることか?」
挑発に、機械の眉が動く。 機械仕掛けに表情などないはずなのに、怒りが分かった。 この瞬間の温度が、まるで炎のように空気を歪ませていた。
「フン! ますます腹が立つ奴だ」 「いいか、ここは我がカイザーコーポレーションの私有地でね。無断での侵入は少々困るということだ!」
「――あぁ、その点は問題ない」 俺は片手でポケットを探り、端末を取り出す。 「お前たちみたいな雑魚の使うやり方じゃなくて、合法だからな」
「……何?」
レンズが鋭く光を細める。 俺は静かに、端末の画面を点けた。 そこに映るのは、連邦捜査部シャーレの紋章。
「今の彼女たちは“アビドス対策委員会”であると同時に、“連邦捜査部シャーレ”として此処に立っている。この意味が分かるか?」
「ほぅ――そう来るか」
空気がざわついた。 オートマタたちの動きが、一瞬止まる。 彼も理解しているのだ――この印の意味を。
「シャーレが“超法規的機関”と呼ばれる理由の説明が必要か? 面倒だから、過去ログでも漁ってくれ」
「……自治区内での、制約なしの戦闘行為、その認可」
「へぇ、よく分かってるじゃないか」 俺は軽く頷き、片目を細めて理事を睨む。 風が再び吹き抜け、砂の粒が舞い上がる。
「つまり、俺たちは合法的にここにいる。 “シャーレが持つ戦争の自由”――それを裏返せば、俺が所属生徒を連れて、どの自治区に行こうが、それはすべて正当な行為だ」 俺は肩をすくめて、短く笑う。 「つまり俺たちは無罪だ!」
「……この場所が、未だアビドスの自治区であると?」 カイザー理事は低く唸るように言い、懐から一枚の紙を取り出した。 「アビドス生徒会との交渉を経て、この土地を手に入れたのは事実だ。商談を証明できる記録もある」
差し出された契約書。 無機質な紙切れに、無数の印鑑が並んでいる。 俺は受け取り――ためらいもなく引き裂いた。
びりびりと音が、乾いた空気に響く。
「記録を見せられても関係ないな。 このアビドス砂漠に基地を建設するなんて話は、一度も聞いたことがない。 ――逆に訊こう。なぜ柴崎ラーメンを撤去しようとした? 理由も説明もなしに。お前たちの方こそ、有罪じゃないか」
その瞬間、機械の顔に、確かに“笑み”が浮かんだ。
「……ふん、貴様こそ分かっていて聞いているのだろう。」
「後ろ暗いことをやるなら、全て後出しで権利を主張する――狡賢い小悪党、まさにお前たちの考えそうなことじゃないか」
口にした瞬間、自分でも分かった。 言葉の棘が、刃のように相手の心臓を掠めたのだと。 空気が張り詰め、あらゆる音が消えた。 機械兵の足音も、アビドスの少女たちの呼吸も。 残ったのは、俺とカイザー理事――ただ二つの存在だけだった。
深く、息を吸う。 肺の奥に砂の匂いが混じる。喉が焼けるように熱いのに、心の奥底は氷のように冷えていた。 口を開くたびに互いの表情が歪み、言葉の一つひとつが火花を散らすようだった。
「――認めよう」 カイザー理事が低く呟いた。 機械仕掛けの喉が鳴る音が、やけに生々しく響く。 「表記上、“まだ”この場所が自治区に該当するとして……、ならばその生徒たちを連れどうする? 本当に戦争をしに来たのかね?」
俺は一歩前に出て、砂を踏みしめた。 「はぁ!?お前ら相手に戦争なんかするわけないだろもう少し頭の電子回路を細かくしてもらったらどうなんだ!?」 唇の端が勝手に吊り上がる。 笑っているのか、怒っているのか、自分でも分からなかった。
「言っただろ。俺は話をしに来たんだ」 「俺の狙いはアビドス自治区の“買取り”が非合法であることを認めさせること、そして――」 俺は視線を横にやる。 セリカの拳、シロコの瞳、ホシノの肩の揺れ。 彼女たちがどれだけ、この地を護ろうとしてきたかを、俺は見てきた。 「彼女たちの想いを侮辱したことへの謝罪、それに対する償いだ」
そして、わざと声を張り上げて言ってやった。 「ちなみに俺は“王のゴミ箱”を所望する!!」
「銀河打者……」シロコが呆れたように呟き、 「……」ホシノがため息を漏らし、 「最後のがなければ完璧だったのにね」とセリカが肩をすくめた。
緊張が一瞬だけ緩む。 いい、これくらいの余裕があっていい。 そう思った矢先――
「…………」 カイザー理事の無機質な顔がわずかに傾く。 そして、歪んだ笑い声が爆ぜた。
「ふ、ふはははは!!!」
乾いた笑いが、砂の上で跳ねる。
「何がおかしいんだ」
「いや、すまないな。貴様は――どうやら“過ち”を学習しないらしい」
過ち? 一体何の話だ。 眉をひそめた俺に、カイザーは続けた。
「貴様は銀河を渡る“星穹列車”のナナシビトだろう? 確かに幾度となく星を、宇宙を救ってきた」 鉄の指が俺を指す。 「だがしかし、貴様は選択を誤った。それを学習しなかったようだな?」
「……何の話だ?」 本気で分からなかった。いや、それ以上に――胸の奥がざらつく。 “選択”という言葉に、何かがざわめく。 だが、その“何か”を思い出せない。
「貴様は所詮、何も変えられずに終わる。その様子だと記憶に残っていなさそうだしな」 機械の声に、確かな“嘲り”が混ざった。
「謝罪? 償い? そんなもの、この私がするわけないだろ!」 「どのみち砂漠に建てる墓になるのがオチである連中に、下げる頭など持ち合わせていない」
……ああ、そういうことか。 この男は、最初から“交渉”などする気がなかったのだ。
「そうだ、せっかくだからまずはアビドス生徒会の副会長――貴様を先にここで眠らせてやろう」 「“あのバカな先輩”と共にな!」
「……!」 ホシノの体が、ビクリと動く。 怒りが炎のように彼女を包み、今にも飛び出しそうな勢いだった。
だが――彼女は踏みとどまった。 歯を食いしばり、拳を握り、ただ一歩も退かずに俺の後ろに立った。
彼女が我慢している。 だったら俺も、我慢しなきゃいけない。 ここで衝動に任せたら、彼女の想いを無駄にすることになる。 ……まぁ、どこぞの海賊王の兄貴みたいな最後はごめんだけどな。
「はは、賢明な判断だ」 カイザー理事が再び笑う。 「その賢さを讃えてこちらから提案をしよう」
「……提案?」
「もし我々の提示した額が払えないとなった時は――ここで会うというのはどうだ?」 「そこで我々を打ち負かすことができれば、この一件、そしてアビドス自治区を返すことを約束しよう」
……随分と余裕のある口ぶりだな。
「それは本当なんだな?」
「本当だとも」
その瞬間、俺の中で何かが弾けた。
「そうか、だったら――」
――ブンッ。
砂を蹴り、バットを思いっきり振りかぶった。 金属の衝撃音が、空気を割く。 鈍い音が響いた。
「グハッ!」
カイザー理事の頭部が、ぐらりと傾く。 レンズが軋む音。砂煙が舞い上がる。
「こいつもチャラってことでよろしくな」
笑ってやった。 その笑いは、どこか空しくて、でも不思議と心が軽かった。
――次の瞬間、視界が白く染まる。 界域アンカーが起動したのだ。 重力が反転するような感覚の中で、俺たちの体が光に包まれる。
気づけば、そこはアビドス高校の正門前だった。 灼けた砂漠の風も、金属の笑い声も、すべて過去に置き去りにして。
こうして、アビドス砂漠での一件は――ひとまず、終わりを迎えた。 けれど。 胸の奥に残るざらついた違和感は、まだ消えていなかった。
背後でシロコがぽつりと呟く。 「……銀河打者」
その声に、小さく笑ってみせた。 「みんな、俺に捕まれ、話すのはその後でな今すぐ帰るぞ――アビドスに」
界域アンカーの光が、足元に広がる。 砂の匂いが遠のき、風が静まる。
そして俺たちは、光に包まれながら帰還した。
――こうしてアビドス砂漠での一件は、ひとまず終わりを迎えた。 だが胸の奥の熱は、まだ消えなかった。 理事の残した言葉が、錆びた棘のように心に刺さったままだった。
続く
今回の開拓の旅はひとまずここまで、次回をお楽しみに
Mr.ミミ作のコーナーの今後
-
新キャラの方がいい
-
ストーリーに関係するキャラがいい