青春を開拓する銀河打者   作:現代の弁慶

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今回の話を読む方の多くが考察勢である印象を受けたので分かる人は黒服が何者か分かるかも

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Ver1,6 霧に覆われし記憶を晴らす

俺は指定された場所に立っていた。

空に昇る太陽が、黒々と聳え立つビルの影を濃くしており、まるで異界の塔のように空を裂いていた。

風が一陣、砂を巻き上げ、足元を撫でる。

見上げたその建物は、まるで無数の目で俺を見下ろしているようで、思わず口の端が吊り上がった。

「……ここか」

カヨコが渡してきた紙には、確かにこの住所が記されていた。

それでも、俺は足を踏み入れる前に一拍置いた。

どうにも、空気が違う。

街の喧噪も、風の音も、このビルの周囲だけは吸い込まれたみたいに静まり返っていた。

踏み出す。

吹き抜けのエントランス。

そこには――人の影が一つもなかった。

だというのに、施錠も電子ロックも掛かっていない。

ドアは、まるで俺を待っていたように自動で開き、薄暗い内部へと誘う。

……歓迎されてる? いや、違うな。

待ち構えられてる。

一歩、二歩。

足音がやけに響いた。

「ようこそお越しくださいました、星穹列車のナナシビト」

低く、重たい声が、天井から落ちてきたように響く。

声の主は、中央の光の下に立っていた。

 

姿を現したのは、黒。――ただ、黒。

 黒いスーツでも、黒い仮面でもない。

 それは、黒そのものが人の形を取ったような存在だった。

 光を呑み込み、影すら落とさない。

 顔の位置にだけ、蜘蛛の巣のような白い亀裂が走っている。

「このような形での面会になってしまい、申し訳ございません。」

 滑らかで、奇妙に抑揚のない声。

 けれどその奥には、確かに“理性”が宿っていた。

「? どうなさいました。」

 俺はただ、呆然と見つめていた。

 そして、つい口が勝手に動いた。

「……本当に全身真っ黒なんだな……」

 黒服は小首を傾げる。

 返答を待つような間。

 ――沈黙。

 だから俺は、つい口を滑らせてしまった。

「デカイまっくろくろすけだ……」

 空気が一瞬で凍る。

 黒服の動きが、微かに止まった。

 静寂が重たく沈む中、俺はどうするべきか分からず苦笑した。

 ……いや、冗談のつもりだったんだ。ほんの少しだけ。

「……あっ、そうだ。」

 黒服が僅かに咳払いのような動作をして話題を変える。

 「あなたは噂によると、ゴミを集めるのがお好きだと聞きましてね。」

 

「拙いものですが、こちらを。」

 そう言って差し出されたそれを見た瞬間、俺は息を呑んだ。

 いや、正確には、魂が揺さぶられた。

 

ゴミ箱に、たくましい腕と足が生え、マッスルポーズをとっている。

光沢のある金属の肌。無駄に眩しい筋肉の造形。

俺は思わず息を呑んだ。

「王のゴミ箱!!?」

黒服は小さく頷いた。

「ええ、あくまでレプリカですが……すいません、ここキヴォトスで手に入れることができたのは――」

その先の言葉は、聞こえなかった。

――気がつけば、体が勝手に動いていた。

シュバッ!!

黒服が喋り終える前に、俺はテーブルに置かれた王のゴミ箱を奪い取り、両手で高く掲げていた。

 

「……ああ、待っていたぞ、王のゴミ箱……!」

 照明の光を受けて、金属の表面が淡く輝く。

 それはまるで、長き時を経て再会した“運命の相棒”を迎える儀式のようで。

 胸が熱くなった。

 ……この瞬間のために、生きていた気がする。

 黒服は無言だった。

 しかし、その沈黙の裏で、確かに思考の波が揺れていた。

『……まさかここまでの変わり者だとは……』

 心の声が顔に出ていたのかもしれない。

 俺は王のゴミ箱を抱えながら振り向く。

「ん? 何か言ったか?」

「いえ、何も。」

 黒服は微かに肩をすくめ、ため息をついたように見えた。

 

黒服が静かに口を開いた。

「ところで、そろそろ話の本題に入ってもよろしいでしょうか?」

 低く、抑揚のない声。それが不思議と、広いエントランスの空間にすっと染み込んでいく。

 その瞬間、俺はようやく思い出した。

 そうだ。こんなこと――“王のゴミ箱”だの“まっくろくろすけ”だのに浮かれている場合じゃない。

 俺はここに遊びに来たんじゃない。ホシノを取り戻すために来たんだ。

 胸の奥で何かがカチリと切り替わる音がした。

 表情を引き締め、俺は黒服を見据える。

「奇遇だな。俺もちょうど話したいことがあったんだ。」

 黒服も、わずかに頷く。

「是非ともお願いしたいことは――」

「俺からのお願いは――」

 そして、ほぼ同時に二人の声が重なった。

「小鳥遊ホシノさんを救って欲しいのです。」

「ホシノを返してくれ。」

 ……一瞬、空間が歪んだ気がした。

 言葉の意味が頭に届くまでに、数秒かかった。

 ――救ってほしい?

 俺はまばたきを繰り返す。

 何を言ってるんだ、こいつは。

 今、確かに“黒服”がそう言った。

 だが、それは俺が言うべき台詞じゃないのか?

「……ん?」

 俺の思考が一瞬で混乱する。

 いや、俺の耳がおかしいのか?

 敵が――ホシノを“助けてほしい”?

 俺の中のIQ53万(※自称)が高速回転を始めた。

 数秒で論理を組み立て、三手先の反論を用意し、そして気づく。

 ――論破できない。

 いや、そもそも論破の土俵にすら立てていない。

「……どういう、ことだ?」

 俺が問い返すと、黒服は少しだけ顎を上げ、冷静に告げた。

「ナナシビトさん。今あなたはなぜ私がホシノさんを救ってほしいと頼んだのか、状況が飲み込めないのでしょう。」

 当たりだ。

 図星を突かれた俺は、思わず口を噤む。

「恐らく、ホシノさんからのお話を聞く限りでは誤解されても仕方がありません。しかし私は、決して彼女を好き勝手に扱おうとしていたのではありませんよ。」

 ……何だと?

 今の一言で、心の中に微かな苛立ちが走った。

 あいつが嘘をついていたとでも?

「……ホシノが、嘘をついていたっていうのか?」

「人はそれぞれ感じ方があります。」

 黒服の声は相変わらず静かで、抑揚がない。

 それが逆に重く響く。

「ホシノさん自体が、私と話している時に強い敵意を抱いていたのは確かです。ですから、あなたが誤解するのも当然のこと。

 ですが私は彼女を傷つけるために接していないこれが事実です。

 一人の意見だけを聞いても、本質は見えてこない――私は、そう申し上げているのです。」

 まるで医者が患者を諭すような口調だった。

 その“落ち着き”が逆に、何かを隠しているようにも感じられて、俺の心はざらつく。

「私はこれでも、一応“医者”に近い仕事をしていましてね。」

 黒服はゆっくりと胸の前で指を組む。

「病気を治すことはできません。ですが、絶望に呑まれた者たちを――少しでも救うために活動している者です。」

 医者……?

 絶望に呑まれた者を、救う?

 言葉の意味を飲み込めず、思考が宙に浮く。

 病気を治せない医者が、ホシノを“治す”?

 何を言ってるんだこいつは。

 薬の治験? それとも何かの比喩か?

「そして、ホシノさんはわずかにですが、その“領域”に足を踏み入れかけていた。

 そこで――実験材料の薬の効き目を確認する治験としての意味合いと同時に、私は彼女を“治療”しようとしたのです。」

 ……治療。

 その言葉が妙に冷たく聞こえた。

 ホシノの心の中に“何か”を見ていたというのか?

 それとも、彼女を“改造”するつもりだったのか?

 分からない。

 分かりたくもない。

「……お前、いったい何なんだ?」

 俺は低く問うた。

 黒服の白い亀裂模様が、微かに笑ったように見える。

 

「何を聞くかと思えば……私はゲマトリアの黒服ですよ。」

 その声音には、一片の揺らぎもなかった。

 淡々と、まるで自分の存在が世界の摂理であるかのように、ただ“そうだ”と告げるように。

 ……つまり、正体を明かすつもりはないらしい。

 いや、“ゲマトリアの黒服”という言葉そのものが、すでに仮面なのだろう。

 名前であり、肩書きであり、そして何より――“個”を消すための影。

 俺は息を潜める。

 この場に充満する空気は、相変わらず凍るように冷たい。

 何かが近づいてくる、そんな気配。

 「では今度は私から質問させていただきましょう。」

 黒服が滑るように立ち上がり、ゆっくりと俺へと歩み寄る。

 その動きには、人間らしい“重さ”がない。まるで空間を漂っているかのようだった。

 「ナナシビトさん。あなた、以前の旅の記憶はどれほど元に戻られました?」

 ――旅の記憶。

 その言葉に、胸の奥が小さく疼いた。

 銀河を巡り、星々を越え、幾つもの世界を渡ってきたはずの旅。

 だが、今となってはそれがどんな景色だったのか、顔も声も、朧げな輪郭しか掴めない。

 思い出そうとするほど、霧が濃くなる。

 “失われた記憶”というより、最初から今や朧げになっているため覚えていないのとは訳が違う。

 

 俺が何かを言いかけたその瞬間――。

 「少し失礼しますね。」

 黒服の声が、異様に近くで響いた。

 気づけば、顔が目の前にある。距離はわずか数十センチ。

 息をするのもためらうほどの近さで、奴はじっと俺の瞳を覗き込んでいた。

 ……目が、合う。

 真っ黒なその顔に、白いヒビのような模様。

 その亀裂の奥で、淡く光る“何か”が動いた気がした。

 「……なるほど。」

 静かに、観察結果を読み上げるように彼は言った。

 「漠然と記憶は残っていますが、具体性に欠けている。

 後半に関しては、ほとんどと言っていいほど覚えていない。」

 言葉が刺さる。

 まるで、俺の内側を覗かれたような不快感。

 いや、それ以上に――“図星”を突かれた痛み。

 「ナナシビトさん、はっきり言いましょう。」

 黒服は一歩、俺から離れ、背筋を伸ばして告げた。

 「今のままのあなたでは、アビドスを、キヴォトスを、いや――銀河を救うことは出来ません。」

 頭の中で、鈍い衝撃音が響いた。

 脳の奥を誰かに殴られたような感覚。

 “銀河を救えない”――その一言が、妙に現実味を持って胸にのしかかる。

 「どういうことだ……?」

 声が震えた。

 目の前の男の存在が、急に巨大な壁のように感じる。

 黒服は薄く笑みを浮かべたように見えた。

 「こちらの処方する薬を飲んでいただければ、話は違うと思いますが。」

 穏やかな声。だが、その奥には何かを試すような響きがあった。

 「……変な薬じゃないよな?」

 疑いを込めた俺の言葉に、黒服はわずかに肩を竦めた。

 「見れば分かりますよ。」

 そして、デスクの引き出しを漁り始める。

 金属の擦れる音が、やけに耳に響く。

 「まぁ、あなたが少なくともベロブルグまで、できればオンパロス付近の記憶まで取り戻していただければ、万々歳ですが。」

 オンパロス……

 その名を聞いた瞬間、胸の奥で何かが震えた。

 懐かしさと、得体の知れない不安が混ざり合う。

 やがて黒服が取り出したのは、銀色のチューブだった。

 手にした瞬間、空気がわずかに震える。

 見覚えがある。

 その形、その光沢――間違いない。

 「……それは、『階差宇宙の加重奇物』!」

 思わず声が漏れた。

 「凍結が……めっちゃ強くなるやつだ!」

 黒服の目が細くなる。

 「ククク……その通り。」

 その声は、少しだけ楽しげだった。

 「これは、Dr.レイシオ氏とスクリューガム氏の共同研究によって生まれた“階差宇宙”で扱われる奇物――**『アウェイク-310』**です。」

 聞き覚えのある名が次々に出てくる。

 だが、俺の知っている“アウェイク310”とは何かが違う。

 黒服はゆっくりと語り続けた。

 「階差宇宙では、“凍結”または“禁錮”状態に至った敵が動けなくなっている間に与えられたダメージが、開放時に一気に放出されるという特性を持っています。」

 そこまでは、知っている。

 だが次の一言で、空気が変わった。

 「……しかし、現実では違います。」

 黒服の声がわずかに低くなる。

 「この薬は大脳皮質に作用し、患者の認知へ潜り込み――“虚無”を生み出しうる感情を根本から消し去るために開発されたものです。」

 ……“虚無”を、消す?

 「救済のために作られたはずのこの薬は、やがて“現実逃避のための精神麻酔薬”として流通しました。

 結果、共同開発していたカンパニーが介入するまでに、十六の星系が認知の混乱と薬物の乱用によって破滅に瀕したのです。」

 十六の星系――。

 想像を絶する規模の災厄だ。

 だが黒服はまるで天気の話でもしているかのように淡々としていた。

 「……あっ、安心してください。これは一応“改良版”ですし、ホシノさんに使うつもりはありませんでしたよ。」

 さらりとそんなことを言うな。

 俺は思わず、眉をひそめた。

 「でも、これでどうするつもりなんだ? ――」

 黒服は静かに首を振った。

 「今回の使用用途は、異なります。」

 その言葉に、背筋が自然と伸びる。

 「実はこの薬には、“虚無”を探すと同時に、使用者の記憶を探るという副次的な特性があるのです。」

 “記憶を探る”――その一言で、脳裏がざわめく。

 「今回はその手段を用いて、あなたの記憶を――ある程度、取り戻していただきます。」

 黒服が手の中のチューブをわずかに傾けた。

 液体が中で淡く光を放つ。まるで星雲を閉じ込めたような輝きだった。

 だが、その光の奥に見えるのは――“虚無”だった。

 俺の中のどこかが囁く。

 「これを飲めば、きっと何かを思い出せる。けれど、同時に何かを失う」と。

 ……それでも、前に進まなければならない。

 ホシノを救うために。

 アビドスを、キヴォトスを――この星々の未来を、守るために。

 俺はゆっくりと、手を伸ばした。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

――ここは……どこだ?

 意識が浮上した瞬間、目の前に広がっていたのは“空”ではなかった。

 果てしなく、終わりのない闇。

 けれどそれは、恐怖を感じさせる暗黒ではなく――“静寂”そのものだった。

 無限に続く宇宙。

 光の粒がまるで呼吸するように瞬き、遠くで銀河がゆっくりと渦を巻いている。

 その中心に、ひときわ強く輝く螺旋のような光。

 俺は、なぜかそれを“懐かしい”と感じた。

 ――ああ、知っている。どこかで、この景色を。

 そのとき、視界の端で紫色の塊がふわりと揺れた。

 まるで心臓の鼓動のように淡く脈動している。

 近づくと、そこから声にならないさざ波のような“記憶”が零れ出した。

 「……記憶の残像、か。」

 理解よりも先に、体が動いていた。

 一つ一つを辿っていけば、何かが見えてくる気がした。

 俺は、最も近くに浮かんでいた一つの残像に手を伸ばした――。

 ◇

 光が弾け、世界が反転する。

 次の瞬間、視界が白と鉄の光で満たされた。

 「……ここは……宇宙ステーション、ヘルタ?」

 目の前には無機質な金属壁、淡い青の照明。

 そしてベッドの上に、俺自身が眠っていた。

 傍らに立つのは、冷静な表情の青年と、ピンク色の髪を揺らす少女。

 「心拍ともに薄いな……三月、人工呼吸の準備を。」

 「えっ!? ウチが? ウチは……経験不足だから! 丹恒がやってよ!」

 ……いや、ちょっと待て。

 この流れ、まさか。

 「もしかしてこれが……BL!?」

 思わず口を突いて出た瞬間、映像が一瞬ノイズを走らせた。

 どうやら俺の冗談は、記憶空間でも通じないらしい。

 だが、忘れていた断片が一気に蘇る。

 ――そうだ。

 俺はここで目を覚まし、“ナナシビト”になったんだ。

 仲間の顔が脳裏に浮かぶ。

 情熱的で、尊敬の眼差しを向けられるナビゲーターの姫子。

 穏やかでも冒険心を忘れないヨウおじ••••ヴェルト。

 冷静沈着で仲間思いの丹恒。

 そして――天真爛漫で自称美少女、なの。

 俺たちは群星を駆け抜け、数多の世界を渡り歩いた。

 あの旅が、すべての始まりだったんだ。

 ◇

 光が再び瞬き、記憶の残像が次へと切り替わる。

 今度の世界は一面の雪。

 刺すような冷気が肌を掠め、吐く息さえ凍りそうだった。

 「……ここは――雪に覆われた大地、ベロブルグか?」

 視界の先に、雪の粒を払いながら立つ人影。

 癖のある口調と、妙に軽い態度。

 忘れようにも忘れられない声だった。

 「これはこれは! 名高い開拓者、兄弟じゃありませんか?」

 その瞬間、条件反射のように眉がひそむ。

 ――胡散臭いやつ、登場。

 「サンポ……」

 名前を呼ぶと、彼はにやりと笑った。

 仮面の奥の目が、どこか嬉しそうに細まる。

 「これはこれは、覚えてくれているなんて! 僕としては光栄でなりません!」

 その調子に、思わず肩の力が抜けた。

 懐かしい。

 面倒で、嘘くさくて、でもなぜか憎めない奴。

 すると、外から凛とした女性の声が響いた。

 「ちょっとアンタ! また何勝手なことしようとしてるの!?」

 姿は見えないが、その声だけで誰か分かる。

 ゼーレだ。

 「ブローニャと二人で大量の書類仕事を片付けさせられてるってのに!

 問題でも起こされたら迷惑だから牢屋にでも入ってなさい!!」

 ……いや待て。

 何で俺の記憶の中で会話してるんだ、あの二人?

 もはやこれは夢なのか、過去なのかも分からない。

 サンポは苦笑し、肩を竦めるとお決まりのセリフを吐いた。

 「これはまずいことになりましたね。では私はこれで――またお会いできたら、兄弟!」

 そう言って、仮面を顔に戻し、紫の霧のように姿を消す。

 残された静寂の中で、雪だけが舞い続けた。

 その瞬間――ベロブルグでの出来事が、鮮明に流れ込んでくる。

 だが、その余韻の中で、記憶が確かに形を取り戻していくのを感じた。

 ベロブルグでの旅、雪に覆われた文明、

 そして“存護”という信念。

 彼らは星核の脅威に屈せず、氷雪に閉ざされた世界で希望の炎を灯し続けた。

 その意思が、俺の中にも確かに残っている。

 手を見下ろす。そこには、かつて仲間たちと共に戦った炎の槍があった。

 冷たい雪を溶かし、闇に抗うための熱。

 ――この“熱”は、まるで今のアビドスみたいだ。

 砂に埋もれても、決して消えない希望の灯。

 

そうだ。

 俺は、何度だって立ち上がってきた。

 この“群星の記憶”がある限り、何度でも前に進められた。

ベロブルグでの記憶を鮮明に思い出したと同時に

 

次の記憶に突き進ませようとする何かが俺を押し出そうとしているのを感じた。

 

 ……これ以上、見てはいけない。

 他にも残像はある。

 だが、触れれば二度と戻れない気がした。

 記憶の渦が、俺を呑み込もうとしている。

 「……十分だ。」

 アビドスに繋がる記憶を取り戻せただけで、今はそれでいい。

 俺は目を閉じた。

 遠くで星々の囁きが聞こえる。

 そして、再び――光の中へ。

 まぶたを開けたとき、

 俺は現実へと、帰ってきていた。

 「おや? ずいぶん帰りが早かったですね」

 黒服の低い声が、薄暗い部屋に響いた。

 テーブルの上では、青白い光を放つ薬のチューブがまだ淡く瞬いている。

 俺は額を押さえながら椅子に腰を下ろした。

 「……あのまま進んでいたら、記憶に呑まれる気がした。」

 言葉にした瞬間、喉の奥が少し震えた。

 「それに、まだ……頭の中にあの感覚が残ってる。光と闇が混ざって、引きずり込まれるような感覚が。」

 黒服は、まるで医者のように顎に手を当てた。

 「そうですか……やはり、あなたの精神には少し刺激が強すぎたようですね。」

 そして、わずかに肩をすくめる。

 「ですが恐らく、服用せずとも十分です。あなたの記憶は以前よりも思い出しやすくなっているはず。どうか――自らの“選択”のために役立ててください。」

 その言葉が、まるで“試練の合格通知”のように感じられた。

 黒服がどこまで真実を語っているのかは分からない。

 だが、少なくとも今の彼からは“敵意”というものが微塵も感じられなかった。

 「それでは、ご武運を――」

 静かな礼を残し、黒服が踵を返す。

 その背を見送りながら、俺は思わず声をかけていた。

 「最後に一つだけ、聞いてもいいか?」

 「何でしょう?」

 「この件が終わったら……アビドスから手を引いてくれないか?」

 一瞬、空気が止まった。

 黒服の仮面がわずかにこちらを向く。

 その沈黙が、何よりも重く感じられた。

 「……それは、あなた次第です。」

 低く、静かに。

 「あなたが今回の戦いでホシノさんを救い、そして彼女が踏み入れた道から助けることができれば――私は静かに、あなたの“開拓”を見届けるだけとしましょう。」

 「本当か?」

 黒服の唇の端が、かすかに笑みに歪む。

 「ククク……男に二言はありませんよ。」

 その笑い声は不気味でありながら、どこか人間的でもあった。

 「最後に助言です。どこかに“協力”を頼むのも良い案であることを、覚えておいてください。おそらくカイザーはあなたの体に眠るものと同じものを手にしたはずですから」

 そう言い残すと、黒服は闇に溶けるように姿を消した。

 まるで最初からこの部屋に存在しなかったかのように。

 ……残されたのは、青白く光る薬の残滓と、静寂だけ。

 俺は小さく息を吐いた。

 「……本当に、何だったんだ。」

 ホシノが抱いていた彼の像――暴力的で、支配的で、冷酷な存在。

 だが今目の前にいた黒服は、それとはまるで別人のように見えた。

 冷静で、理性的で……それでいて、どこか達観したような瞳をしていた。

 (敵……では、ないのかもしれない)

 確証はない。だが胸の奥に残る感覚が、そう囁いていた。

 “この男とは、まだ敵対しない方がいい”と。

 ――それにしても。

 最後の言葉が妙に引っかかっていた。

 「どこかに協力を頼むのも良い案」……か。

 考え込むまでもなく、頭に浮かぶ顔があった。

 

 俺は軽く笑って、扉の外を見上げた。

 静かに風が吹き抜ける。

 「……都合のいい奴らがいたな。」

 




続く

今回の開拓の旅はひとまずここまで、次回をお楽しみに

Mr.ミミ作のコーナーの今後

  • 新キャラの方がいい
  • ストーリーに関係するキャラがいい
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