青春を開拓する銀河打者   作:現代の弁慶

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今回かなり長くなってしまいました。


  ver0.0新たな運命を歩む君へ(後編)

場所はD.U.郊外、シャーレの部室へと続く一本道。

 本当は俺もヘリコプターってやつに乗ってみたかった。人生で一度は空を飛んでみたいもんだろう? だが、現実は残酷で、リンの奴が「撃墜されたら洒落にならない」とケチくさい理屈をつけて却下。結局、車に押し込まれ、近場まで連れていかれたあと、徒歩でシャーレへ向かう羽目になった。

 車を降りた瞬間、行政官は「後は任せます。主席行政官は後程、別働隊を率いて合流しますので」なんて涼しい顔で言い残し、エンジン音を残して去って行った。

 ……いや、置いていかれた俺たちの方が残され組なんだけどな。

 去っていく車両の背中を見送りながら、俺は呆然と立ち尽くしていた。他の四人は――というと、案の定、不満が爆発した。

「――なんで私達が戦場に出ないといけないのよ!?」

 最初に噴火したのはユウカ。太もも担当だ。腕をぶんぶん振り回して、地団駄でも踏みそうな勢いだ。

 眼鏡っ子は慌てて彼女を宥めるように声を掛ける。黒髪でやたらと色々大きい子と、白髪の子は――まあ、予想通りだな。「やっぱりこうなると思ってた」って顔で、諦めを滲ませている。元々、正義感が強いんだろう。頼まれなくても付き合ってくれたかもしれない。

 でもユウカだけは違う。彼女はいつまでも駄々をこねていた。

 ……そこで俺は閃いた。

「あれれ〜!護衛を任されたのに、まぁだ駄々こねてる人がいるぞ〜!」

 わざと鼻にかかった声を出す。挑発は得意分野だ。

 続けて、ユウカをぐさりと刺すように煽る。

「おかしいなぁ〜、さっきからずっと“暇な人”って言われてたから、てっきり俺を守ってくれると思ったのに。ここでもサボるんだ〜?」

「いや違うか、太ももは太ももなりに歩くだけで忙しいんだったな。ごめんな〜、気遣いできなくて!」

 ……完璧だ。これで奴はきっと、俺の挑発に乗る。

 ところがだ。周りの三人は、俺を冷ややかに見ていた。

 ……なんだ、その目は。俺は正しいことをしているはずだろう? 士気を上げてるんだよ?

 案の定、ユウカは釣れた。

「あー分かりました! 分かりましたよ! 仕事しないとあなたは私を人として認識できないんですね!?」

 あぁ、来た来た。声を荒らげて、目に炎を宿して。

「言われなくてもやってやるわよ!」

 ……ほら、やる気になったじゃないか。俺の狙い通りだ。

 なのに、どういうわけか周囲の視線は冷え切ったままだった。

 ――なぁ、なんでだろう。俺、間違ったこと言った?

何はともあれ、駄々をこねていたユウカがやる気を出したおかげで、四人は銃弾の飛び交う戦場へと飛び出していった。

 ユウカ――太もも担当は、苛立ちを糧にバリアを展開しながら前進。銃弾が透明な壁に火花のように弾けるたび、彼女の声も一層大きくなる。

 黒くて大きな子はライフルを構え、狩人のような静けさで敵の急所を正確に撃ち抜いていく。

 白髪の子は無駄のない動きでスタングレネードを投げ、閃光と轟音で敵の視界と聴覚を奪う。

 そして眼鏡っ子は後方で冷静に指示を飛ばしつつ、負傷者を癒す光を展開していた。彼女の周囲だけは、戦場の中でもどこか澄んだ空気が漂っているように見えた。

 俺はその光景を目にしながら、ふと記憶の底から響く名を思い出した。

 星神の道。

 ――なるほど。

 ユウカは「存護」。

 黒くて大きな子は「巡狩」。

 白髪の子は「虚無」。

 眼鏡っ子は「豊穣」。

 なら、俺は? 俺は一体、どんな運命を歩んでいた?

 そう考えた瞬間――

「いったぁ……! あいつら、違法JHP弾使ってるじゃない!!」

 ユウカの悲鳴が耳を突いた。

「伏せてください、ユウカ。それに、ホローポイント弾は違法指定されていません」

 眼鏡っ子が冷静に応じる。

「うちの学校ではこれから違法になるの! 傷跡が残るでしょ!? 女の子にとっては死活問題よ!!」

 なるほど。バリアが持たないのは、単に彼女のレベルが足りていないからか。

 ……わかった。ここで突っ立って見ているなんて、俺の性には合わない。

 だが、どうやって戦っていた? 俺は何を振るい、何を選んできた?

 その時、頭の奥でノイズが弾けた。

 ざらついた映像のように記憶が流れ込んでくる。

 そこに現れたのは、褐色の肌に白髪をたなびかせ、全身に黄金の輝きを宿した男だった。人ならざる気配、視線だけで魂を見透かされるような神秘。

 場面は切り替わり、俺自身の姿が映った。

 黒いバットを振り上げ、怪物の頭を叩き潰している俺。

 轟音とともに怪物が崩れ落ち、バットを握る俺の腕に確かな熱と重みが宿っていた。

 ――あぁ、そうか。思い出した。

 俺の武器は、バットだ。

 その瞬間、現実の俺の手に、記憶と寸分違わぬ黒いバットが現れた。柄を握った瞬間、まるで帰るべき場所に戻ったような馴染み深さが手のひらを通して流れ込んでくる。

 胸の奥に炎が灯る。

 よし、これなら――戦える!

「全く、護衛がそのザマなんて情けないなぁ」

 俺は声を張り上げた。

「均衡レベルに対して、レベルが足りてないんじゃないか?」

「はい? レベル? 一体何を――」黒い大きな子が振り返る。

「先生、ここから先は危険です。下がってください」白髪の子が必死に叫ぶ。

 下がる? 冗談じゃない。

 俺の歩む道に、“後退”なんて言葉は存在しない。

 俺はバットを肩に担ぎ、にやりと笑った。

「――『開拓』の道に、後退の文字はない!」

銃声の雨が降り注ぐ中、俺はただひたすらに前だけを見ていた。耳には弾丸が空気を裂く高音と、仲間たちの短い掛け声が入り混じる。胸の奥は妙に静かで、鼓動だけが砂埃の中で律動している。手に伝わるのは、いつの間にか握りしめていた黒いバットの冷たさ——だがその冷たさは、すぐに自分のものになっていった。

眼鏡っ子の声が届く。

「先生、まさか……前に出る気ですか? あなたたちは私たちと違って、銃弾を受ければ……!」

俺は一瞬だけ振り向いて、彼女の目を見た。驚きと恐れが交差するその視線を受け止めて、俺は小さく肩をすくめる。

「そんなのやってみないと分からないだろ?」——言葉は短く、けれどあとに熱が残る。自分でも意味を確かめるように、吐いた。

白髪の子が、ためらいを含んだ声を漏らす。

「しかし、」

「とにかく速戦即決で行こう!」

仲間の合唱のような声が返る。四つの声が同時に震え、問いと祈りが混じった。

「「「「先生!!」」」」

俺は何も答えず、視界の中心を敵へと収束させた。砂の匂い、銃の油の匂い、そして焦げついた匂い——戦場は感覚を研ぎ澄ます。バットを構え、膝を折って跳んだ。体が記憶を覚えている。重心移動、踏み込み、振り抜きのリズム。昔、どこかで身体が教わった反応が素早く戻ってくるのがわかった。

「バカだ、あいつ、バット一本で!?」という叫びが背後で弾ける。銃声がそれに応えるように加速した。

「撃て! 撃てェェェ!」

空気が鋭く裂ける。弾丸が視界を横切るたび、俺は体を捻り、バットで弾丸を正確に弾き返す。弾丸は紙飛行機のように、地面へと落ちていく。鋼と鋼が一瞬、金属的な音を立てる。撃ち返した弾は、空中で音符のように軌跡を描き、仲間たちの後方へと消えていった。

駆け寄るヘルメットの連中に向けてバットを振るう。薙ぐような一振りで数体が吹き飛び、呻き声が砂に吸われる。拳の先端に伝わる衝撃は、生暖かく、生々しい。だがそれは血の匂いではなく、ただ「抵抗があった」という確かな手応えだった。

「グハッ!」「がはっ!」——彼らの声が遠ざかる。俺は半ば遊ぶように、だが確実に、間合いとタイミングを刻む。全身がひとつの楽器になったように、動きの一つ一つが拍を刻んでいく。少し敵が弱いのが癪だと思いながらも、心の中では素直に快感が踊っていた。これが「戦う」という行為の原始的な高揚なのだろう。

「なんで弾丸をバットで打ち返してるんだよ!?」誰かが叫ぶ。恐怖と驚嘆の混ざった声が向こう側から返ってくる。逃げ惑う足音、武器を放る音、鉄が転がる音——前線の景色があっという間に瓦解していくのが見えた。

ユウカたちは、目を丸くして俺を見ている。呆然と、だけどどこか安心したような——そんな表情だった。

「せ、先生って……あんな人だったんですか?」

「身体能力……私たちと遜色ないどころか、もしかするとそれ以上かも」

「ツルギにも匹敵するレベルかもしれませんね……」

その声を聞きながら、俺は不思議と冷静だった。恐怖がないわけじゃない。ただ、それが今の行動を止める材料にならなかっただけだ。

吹き飛んだ敵の残骸が地面に散る。砂が舞い、俺の呼吸の白が見えた瞬間、遠くで低い地鳴りがうねり始める。振動が足元から伝わり、胸の奥で何かが締まる。瓦礫が揺れ、遮蔽物が崩れる音が連鎖する。あの感覚は、戦車だ。

「ゴゴゴゴ……」

視界の端で、重く、鈍いシルエットが砂煙の中から姿を現した。金属の巨体がゆっくりと、人の意思を無視して進む。砲塔がゆっくり視線をこっちへ向ける——その存在だけで空気の色が変わる。

ユウカの声が震えた。誰の声も、あの機体の存在を前にしては幼い。

「巡航戦車です! クルセイダー1型……私の学園の制式戦車と同型……!」

「不法に流通されたものね。PMC経由で不良に渡ったのかも」

相手の傘は重く、連中の”本気”がそこにある。言葉は届かず、ただ身体が先に動いた。

俺の胸に、静かな怒りがこみ上げる。雑魚が調子に乗るから、こうなるのだ。どいつもこいつもチュートリアルで満足して、次の段階を知らない。それを教えてやる必要がある。こうして拳(バット)を握る手に力が籠る。

「フン、雑魚はすぐに調子に乗るんだ。チュートリアルの分際でいい気になるな!」——

「えぇ、その通り……って先生!? 何する気ですか!?っていうかチュートリアルってなんの話を!?」

俺は笑った。笑いは怒りの裏返しだ。だが笑いは手を鈍らせない。

「そのままの意味だよ。とにかくおとなしく素材を落としてくれ!」

戦車は砲を上げ、吐き出すように弾を叩きつける。衝撃波が砂を舞い上げ、耳鳴りがするほどの音圧が身体を撫でる。普通なら、ここで後退し、安全を図る選択が合理的だ。眼鏡っ子の警告も、白髪の子の懸念も正しい。だが合理性だけが人を動かすわけじゃない。俺の中で、違う何かが火を噴いた。

「フン!」

俺がバットを構え、振り抜く。鋼が風を切る音が高鳴る。砲弾がこちらへ落ちてくる姿がスローモーションのように見える。俺はその弾を、腕のスナップひとつで迎え撃った。金属が当たる——その瞬間、世界は金属の音だけになった。砲弾が弾かれ、後方へと跳ね飛ぶ。恐怖が弾け、砂埃が逆流するように舞い上がる。

「なっ!なんだ、あいつは一体………」

向こうの声が、驚愕に変わる。視界の端では、味方の銃声が再び鳴り、敵が狼狽する。俺は笑みを抑えられないでいた。理屈抜きに、これが楽しいのだ——危険と紙一重の快感が俺を駆り立てる。

「いいことを教えてあげようか?」と、俺は囁くように呟いた。相手に届くかどうかは分からない。ただ、声にしたかったのだ。

「ルールは破るためにある!!」

一閃に続いて、俺は体重を乗せてバットを振り抜いた。振り抜いた瞬間、風が爆ぜ、周囲の空気が断ち切られる。バットの先端が戦車の装甲に触れたその音は、金属が悲鳴を上げるかのような高音を伴った。弾かれた衝撃が腕から肩へ、脊椎へと逆流する。巨大な仮面が崩れるように戦車の装甲に亀裂が走り、次の瞬間、火花と金属片が空を舞った。

「なっ!」

敵の驚嘆の声が千切れ、そして爆発が砂を天へ押し上げる。轟音が耳を裂き、熱が皮膚をなでる。だが俺は既に地面に足をつけ、振り切ったバットを引き戻していた。砂に落ちる火の粉を見ながら、ふっと息を吐く。

「逆転サヨナラーー」

「ホームラン!!!!!」

周りの喧騒の中で、俺の叫びは少しだけ図らずも虚飾を帯びていた。だが、今はそれでいい。仲間の顔に浮かぶ安堵と、敵の逃げ惑う姿。これが今、俺がここにいる理由だ。

技には名前がつくことがあるらしい。誰かがあとで呼ぶなら、そう名乗ってやってもいい——「スターダストエース」。だが俺は面倒くさくて、つい笑ってしまう。名乗ることよりも、目の前で起きた現実の方がずっと生きている。

砂埃が収まって、世界がまた少し静かになった。仲間が駆け寄ってくる足音が聞こえ、俺は軽く肩をすくめた。

「ふぅ〜終わった終わった〜」——言葉は軽く、けれど胸の奥で何かが確かに鳴っていた。戦いは終わらない。だが今、俺たちはここに立っている。それで十分だと思った。

「はーい終わった終わったじゃありません! 先生、何してるんですか!? 一歩間違えれば死んでましたよ!?」

ユウカが顔を真っ赤にして詰め寄ってくる。バリアを張ってた彼女からすれば、俺の無茶は死活問題らしい。

だが俺は肩をすくめて笑った。

「大丈夫大丈夫。主人公補正でなんとかなるから」

その瞬間――

『そちらは終わったようですね』

あっ……出た。昼飯をケチった張本人。

ホログラム越しの声はいつも通り無駄に重々しく、腹の底に石を落とされたような圧を伴っていた。

『はい――先程、今回の騒動を起こした生徒、その主犯が分かりました』

「主犯……?」俺はその言葉を口の中で転がす。ぞわりと嫌な響きだ。

眼鏡を押し上げる仕草とともに、ホログラムの彼女は名を告げた。

『名はワカモ――百鬼夜行連合学院で停学になった後、矯正局を脱獄した生徒です。似たような前科が幾つもあります、気を付けて下さい先生』

白髪の子――スズミだったかが、すぐに口を開いた。

「先生、ワカモは先ほどの奴らとは比較にならないほど強いんです。無茶はしないでください」

そんなにか?だが、胸の奥から自然と笑いがこみ上げてくる。

大丈夫だろ。まだチュートリアルの途中なんだから。

いや、チュートリアルじゃなくても――銀河打者の俺に敵う相手なんていない。

『「シャーレ」部室の奪還は完了しています。私ももうすぐ到着予定です。建物の地下で会いましょう』

通話が途切れた瞬間、校舎の内部に足を踏み入れる。

瓦礫と硝煙の匂いが鼻を刺す。照明は死んでおり、非常灯が青白い光を落とすだけ。割れたガラスを踏むたび、足元で細かい音が弾けた。

「……っ、先生! 前方に敵影!」

チナツの声に目を凝らす。闇に浮かび上がる影の群れ。その先――ひときわ異質な存在。

白の狐面。和装の輪郭。まるで記憶をそのまま引き写したかのように、そこに立っていた。

「……ワカモ」

ハスミの低い声が確証を与える。

狐面の少女は愛銃を肩に担ぎ、ゆるりと手を組む。その背後には不良ども。だが群れよりも、その一点――狐面から漂う空気の異質さが俺の視界を釘付けにした。

「先生、気をつけて――」

スズミの声を途中で遮り、俺は一歩前に出た。

「出たな、チュートリアルのボス! この銀河打者が相手だ!!」

バットを構えると同時に、敵も味方も一様に驚きの色を見せた。だがそんなものは関係ない。俺の心臓は戦を前にして高鳴り、血は熱を帯びて流れ出していた。

――しかし。

ワカモは動かない。ただ立ち尽くしていた。否、震えている?

「あら、あららら……」

狐面越しの声は、思いのほか間延びした間抜けな調子。

俺は思わず眉をひそめる。

「どうしたぁ? まさか勝負をする前に怖気付いたのかぁ!?」

挑発に、狐面は一瞬揺れた。そして――

「……あ、ああ……し、失礼いたしましたァァァァ!」

突然の絶叫。

次の瞬間、影は音を立てて駆け去り、闇に溶けていった。

「ちょっと! 姉御!?」

「どこに行くんだ!」

「お、置いてかないで〜!!」

取り残された不良どもが狼狽える。

は? ……え?

逃げた? ボスが、逃げた?

あり得ないだろ。普通、ボスって最後まで立ち塞がるもんじゃないのか。

頭が追いつかず、俺はただ呆然とその背中を見送るしかなかった。

「なんか……逃げてしまいましたね」

チナツが銃を下ろし、狐面が消えた闇をまだ疑うように見ている。

「俺の強さにビビって逃げたんだ!」

胸を張って言ったが、隣から冷たい声が返ってくる。

「いや……先生の変人ぶりに驚いたんじゃないですか?」

ユウカの言葉に俺は固まった。

……え? 俺ってそんなに変なの!?

そのときだった。

「先生、お待たせしました」

落ち着いた声と共に、ホログラムから飛び出してきたように現れたのは、連邦生徒会のリンだった。

ああ……よりによって今か。ワカモと鉢合わせしてたら、余計な面倒事に巻き込まれていたのかもしれない。

だが、そんなことは今はどうでもいい。俺の胃袋は限界を訴えていた。

「遅いぞ、もうお腹が空いて仕方ないんだ!」

言った瞬間、リンはじっと無言で俺を見た。……やめろ、そんな冷たい目で見ないでくれ。俺の食欲は正義なんだ。

「此処に、連邦生徒会長の残したものが保管されています――幸い、傷一つなく無事ですね」

そう言って彼女がケースを開くと、中から取り出されたのは……。

「……タブレット?」

俺の手に差し出されたそれは、一見すれば電器屋で売っているような平凡なタブレット。

だが、傷ひとつない新品の表面を指で撫でると、そこに妙な重みと空虚が同居しているように感じた。

見慣れた感触なのに、まるで違う――そんな矛盾が手の中にあった。

「どうしてタブレットを? 俺、自分のスマホあるんだけど」

冗談めかして言うと、リンの表情は微動だにしない。

「市販のタブレットと外装は同じですが、中身は別物です。正直、私達も実態を把握しておりません。製造会社も、OSも、システム構造も、動く仕組みそのものも――全てが不明」

俺は無意識に息をのんだ。つまりこれは、ブラックボックスそのもの。

そして思い当たる。そうだ、これは奇物だ。

奇物――秘密であるからこそ奇物なのだ。正体が掴めないからこそ、存在していい。

「連邦生徒会長は、このシッテムの箱は先生のもので、先生はこれでタワーの制御権を回復できるはずだと言っていました」

「……そうか、彼女が」

「はい。私達では起動すらできなかった代物ですが――」

リンが静かに頷く。

俺は片手でバットを担ぎ、もう片手でそのタブレットを持ち上げ、横目に見ながら親指で電源を押し込んだ。

――ピッ。

軽い起動音と共に、青白い光が暗い廊下を照らした。画面にはパスワード入力の要求。

「………」

俺の口は沈黙したまま。だが、指先は迷わない。

もう何度も耳に、口に、そして指でなぞってきた言葉だ。

【我々は望む、七つの嘆きを。】

【我々は覚えている、ジェリコの古則を。】

タップ音だけが冷えた廊下に響く。

――これが、俺に託されたもの。

連邦生徒会長が俺に残した最後の切り札。

「……【シッテムの箱】」

リンがそう告げた瞬間、俺は画面の光に照らされながら、ようやく腹の虫のことを忘れていた。

 

 「シッテムの箱」へようこそ、開拓者。

 生体認証及び認証書生成のため、メインオペレートシステム、「A.R.O.N.A」に変換します。

 青――いや、蒼い。

 目を開いた瞬間、そこに広がっていたのは、言葉にしがたいほど鮮やかな蒼の世界だった。床は一面に水が張られ、その水面に机や椅子が乱雑に浮かんでいる。遥か向こうには水平線が延び、頭上にはどこまでも澄み切った蒼穹が広がっていた。まるで世界そのものが教室という器に閉じ込められたかのような、奇妙で孤独な景色。反射する水面の輝きがやけに眩しく、思わず目を細める。

 唐突すぎる切り替わり――瞬間移動、と言われても信じてしまうだろう。それでも不思議と混乱はなかった。見慣れた場所だからだ。通い慣れた教室だからだ。だからこそ、この異様な光景が余計に現実感を持って迫ってくる。

 周囲をしばらく眺め、ふと視線を落とす。そこに――机に突っ伏して、気持ちよさそうに眠る少女がひとりいた。

 胸が一瞬、ざわついた。顔を見た途端、波のように押し寄せてくる得体の知れない感情。戸惑い、懐かしさ、安堵……言葉にできない感情が幾重にも重なり、俺の心を乱す。だが、まず先にすべきことは一つしかなかった。

 俺は黒板の前に歩み寄り、チョークを一本手に取った。狙いを定め、呼吸を整え――

「……0点!!」

 乾いた音を立てて、チョークは弾丸のように飛んだ。

 ゴンッ。

「アイタっ!」

 少女が飛び起き、頭を押さえてこちらを睨む。

「ちょっと! 痛いじゃないですか!? なんで出会い頭にチョークを投げつけるんですか!」

「なぜって……それは俺が先生だからだ!」

「全然理由になってません!!」

 あれ? そうか? やっぱり俺と彼女の間では“先生”というものの認識にズレがあるらしい。

 少女は数度、深呼吸を繰り返し、必死に自分を落ち着けようとしていた。やがてようやく表情を整え、笑顔を作って口を開く。

「私はアロナ! 『シッテムの箱』に常駐している管理OSにして、先生をアシストする秘書です! ここで先生が来るのを、ずっとずっと待ってたんですよ!」

「……待ってたわりには、思いっきり爆睡してたけど?」

「うぅぅ……」

 図星を突かれたらしく、アロナは涙目になりながらも、なんとか言葉を続けた。

「と、とにかく! これからよろしくお願いします、先生!」

「違う! 俺は銀河打者の穹だ!」

「さっきは自分で先生って名乗ったじゃないですか!!」

 あれ、そうだったっけ? ぷくっと頬を膨らませ、全力でツッコミを入れてくる。その仕草は子どもらしく、無垢で、放っておけない。

 その彼女が、急に表情を引き締める。

「それより……先ほどのサンクトゥムタワーの件ですが、私ならなんとかできます。でも、その前に……生体認証が必要なんです。ちょっとだけ、恥ずかしいですけど……」

 そう言って、彼女は人差し指を差し出した。指先には小さなガラスのようなディスプレイが埋め込まれている。

「この私の指に、先生の指を重ねてください。……まるで指切りげんまんみたいですよね?」

 戸惑いながらも、俺は指を重ねた。アロナは照れくさそうに微笑む。その瞬間――

 脳裏にノイズが走った。

 ――空から降り立つ巨大な怪物。その頭に輪を戴く男が、同じように誰かと指を重ね、衝撃波のような光を放つ光景。

 息を呑む。気づけば視界は戻り、アロナがまだ俺の指を握っていた。

 彼女は目を細め、ディスプレイを覗き込んでいる。距離を変え、凝視を続ける。だが、その様子はどうにもおかしかった。まるで――見えていないかのように。

(……いや、これ、絶対に適当だろ)

「……はい! 確認終わりました!」

「適当にしてなかった?」

「ち、ちゃんと確認しましたぁ! 目でも見えますからっ!」

「最近のAIは顔認証だけで済むんだぞ? やる気ないんじゃないの?」

「そ、そんなに嫌なら……その優秀なAIのところに行ってしまえばいいじゃないですか!」

 拗ねた声。目尻に涙がにじんでいる。ほんの軽口のつもりだったが、思いのほか傷つけてしまったらしい。

 俺は苦笑を浮かべ、彼女の頭にそっと手を置いた。

「……悪かったよ、アロナ。だけど、これはアロナにしか頼めないんだ」

「……むぅ……先生のお願いなら……仕方ないです。やります。でも……なでなでは、このままでお願いします……!」

 ……ちょろいな。

 

「それで、なんでサンクトゥムタワーの制御が必要なんでしたっけ?」

アロナが小首を傾げる。その仕草は小鳥が枝先で首を振るみたいに可憐なのに、声はどこか頼りなく、教室に反響する雑音みたいに俺の耳に落ちてきた。

「なんでも、そこの制御権を持ってた連邦生徒会長が行方不明なんだらしい。それで、それがないと困るってケチなリンが」

俺はそう言いながらも、心のどこかで“行方不明”の言葉に引っかかっていた。まるで、喉に小骨が刺さったみたいに。

「……そういうことだったんですね。残念ながら、私もその生徒会長の詳細は知りません……。ほとんど情報がなくて」

アロナの声が微かに揺れる。透けるように小さな身体から、無力感がにじんで伝わってくる。霧の中で足探りをしているみたいな不安が、そこにあった。

俺の頭の中に、電車の中で出会ったあの少女の姿がよぎる。もしかして彼女と会長は同一人物? いや、似てるってだけじゃ確証にならない。材料が少なすぎる。真実をつなぐ糸が、ぷつぷつと途切れていた。

「まぁ、わからないものは仕方ない。会長とはきっと、自分探しの旅にでも出たんだ。年頃の子供だったし、そういう気の迷いもある」

軽口を叩いてみせたけど、アロナの瞳には曇りが残っていた。きっと、ただの旅立ちなら痕跡を消す必要はない――そう思ってるのだろう。

「それでは、サンクトゥムタワーのアクセス権を修復します! 少々お待ちください!」

アロナが背筋を伸ばし、目を閉じる。その瞬間、彼女の周囲に光の粒子がふわりと舞い散った。空気がぱちぱちと弾け、静電気の匂いが鼻を刺す。場の空気がぐっと張り詰める。俺は思わず息を止めてしまった。

数秒後。アロナがすっと目を開け、花の蕾がほころぶような笑顔を浮かべる。

「サンクトゥムタワーのadmin権限を取得完了」

「え? もう?」

あまりに早すぎて、思わず声が出た。さっき生体認証であれだけもたついてたのに。

「やっぱりさっきのはやる気がなかったんだ……」

「ち、違いますよ! 単に難しかっただけです!」

慌てふためくアロナの声に、ちょっと笑ってしまう。

「何はともあれサンクトゥムタワーの制御権を無事に回収できました。今、サンクトゥムタワーは私アロナの統制下にあります。今のキヴォトスは先生の支配下にあるも同然です! これよりサンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管します!」

その宣言と同時に、世界がぐにゃりと揺らいだ。視界が波紋みたいに歪み、気づけば俺は元の場所に立っていた。身体は一歩も動いていないのに、確かに時間だけは進んでいる。不思議な感覚だった。

リンが現れ、淡々と告げる。

「確認しました。サンクトゥムタワーの制御権は無事に確保されました。これで、連邦生徒会長がいた頃と同じように、キヴォトスの行政管理を再び進められます」

彼女の表情に、ふっと力が抜けたのがわかる。重荷がひとつ下りたのだろう。少なくとも、都市の麻痺は避けられた。

「ここを攻撃した不良達と、停学中の生徒についてはこれから追跡、討伐を行いますのでご心配なく」

「え? 俺がやりたいんだけど」

「約束は致しかねます」

素っ気ない返事に、苦笑が漏れる。まぁ、仕方ない。俺が出る幕じゃないのかもしれない。

「それでは、シッテムの箱は渡しましたし、私の役目はここまでの様――あぁ、いえ、もう一つだけありました」

リンが背を向け、視線だけを投げてきた。

「折角です。連邦捜査部――シャーレを案内しましょう」

「ここがシャーレのメインロビーです。長い間空室でしたが、漸く主人を迎える事が出来ました」

案内された建物は……正直、部活ってレベルじゃなかった。

視聴覚室、体育館、図書館、実験室、射撃場、教室、格納庫。そこには戦車も装甲車もヘリも収められる。工具や整備用リフトまで完備。

一方の居住区には自習室、トレーニングルーム、休憩室、ゲームセンター、食堂に菜園。極めつけにコンビニまで。

(やったー! 野宿しなくて済む!)

俺は心の中でこっそりガッツポーズを決めた。

「此方です、先生」

リンに導かれ、視聴覚室の奥へ。控えめな扉を開けると――

「ここが、シャーレの部室です」

……言葉を失った。

スチール棚に、ぽつんと置かれたPCとモニタ。横に寄せられた日直用デスク。真っ白なホワイトボードには何も書かれていない。

空虚。さっきまでの豪華な設備が幻に思えるほど、殺風景だった。

「先生のお仕事は、基本的に此処で行うと良いでしょう」

(え? 仕事? 仕事しないといけないの?)

胸にずしんと重しが落ちたみたいに、現実がのしかかってきた。

 

「何やら仕事をしたくないって顔をしていますね?」

――しまった、顔に出てたか。

リンの冷静な声が鋭く突き刺さる。慌てて取り繕おうとしたが、視線を逸らす俺の反応で、答えはもうバレている。

「安心して下さい。シャーレは、権限こそあれど、明確な目標を持たない組織です。これといって、今すぐ何かをしなければならないということもありません」

まっすぐに告げるリンの声音は、冷たいガラスのように澄んでいた。

「キヴォトスのいかなる学園の自治区にも自由に出入りでき、先生の希望次第で、所属を問わず生徒を部員として迎えることができます。……面白いでしょう? 『捜査部』と名はついていますが、その部分については、連邦生徒会長も特に触れていなかったのです」

「つまり?」

問いかける俺に、リンは淡い笑みを浮かべて肩をすくめる。

「兎角――すべては先生の自由です。何をなさるのも、何をなさらないのも」

……つまり、書類仕事を無理にやらなくてもいいってことだ!

心の中で思わずガッツポーズを決める。が、その言葉の裏に漂う重さは、無視できない。

何を選んで、何を選ばないのか。

その選択一つで、この世界の明日が変わる。そんな気配を、俺は感じ取っていた。

「それではごゆっくり――必要な時はまたご連絡いたします」

リンが踵を返し、場を去っていく。

――

「セミナーでも確認が取れました。サンクトゥムタワーの制御権は、確かに連邦生徒会に戻ったそうです」

シャーレ前で警戒していたユウカが報告する。眼鏡越しの視線は鋭く、端末を片手に律儀に頷いていた。周囲では愛銃を構えた生徒たちが、緊張から解放されて安堵の息を吐いている。

「ワカモは自治区へ逃走しましたが……いずれ捕まるでしょう。ひとまず今回の件はここまで。後は私たちに任せてください」

「お疲れ様でした、先生。……先生の活躍、SNSで話題になって、キヴォトス全域に広がってしまうかもしれませんね?」

にやりと笑ったのは、黒く大柄な少女。

からかうような声音に、俺は思わず胸を張る。

「ほんと? 銀河打者の名が広まる日が楽しみだな!」

「……“いろんな意味で”ですけどね」

ユウカの小さな呟きは聞こえなかったことにした。

「これでお別れですが、ぜひトリニティ総合学園にもいらしてください。歓迎いたします」

「うちの自警団にもぜひ」

黒髪の大きな少女と白髪の少女――それぞれが熱心に勧めてくる。

こういう時は礼を尽くすべきだろう、と俺は胸を張って答えた。

「ああ、暇になったら行くよ。白髪の子、大きな女の子!」

「なっ!」

……ん? なぜか黒髪の大きな子がワナワナ震え始めた。

「先生! 彼女に“大きい”なんて言わないでください!」

白髪の子が慌てて制止する。

え? 褒めたつもりなんだけどな。あの立派な……(胸のことだが)大きさは、なかなかないだろうに。

「……大きい。私は、そんなに大きく見えますか?」

震える声で問い返してくる黒髪の少女。

「大きい! それも素晴らしいくらいに!!」

俺が胸を張って答えると、彼女は勢いよく名乗りを上げた。

「私はトリニティ総合学園、正義実現委員会の羽川ハスミ! 次会った時には必ず痩せてみせます! だから“大きな女の子”とは呼ばないでください!!」

颯爽と走り去っていく背中を見送りながら、俺は首を傾げる。

えぇ……痩せちゃうの? あんなに立派なのに……。

というか、あれって痩せられるものなんだろうか?

「あっ、ハスミさん! すみません先生、私は彼女を追います! ……あ、私は自警団のスズミです。それでは!」

慌ただしく去っていく白髪の少女。

「……先生は、デリカシーというものを少し学んだ方がいいかと思います」

ユウカが冷たく言い放ち、俺は思わず苦笑する。

そこへ眼鏡を押さえた少女――チナツが一歩進み出る。

「私も風紀委員長に今日の報告を。……先生、ゲヘナ学園にいらっしゃった際には、ぜひ風紀委員会へお越しください。私はチナツと申します」

「先生! ミレニアムサイエンススクールに来てくだされば、またお会いできますから! 待っていますからね!」

ユウカが急いで言葉を重ねる。

俺は笑みを浮かべ、軽く手を振った。

「じゃあな、チナツ! 太もも!」

「ユウカです!!」

怒鳴り声が響く。

――やっぱり、この世界はどこか騒がしくて、楽しい。

 

あの後、俺はシャーレの部室で寝転がっていた。

 スチール棚と安っぽい机、白い壁にかけられた真新しいホワイトボード――殺風景で、妙に広い空間。その床に仰向けになり、天井の蛍光灯をぼんやり眺めながら、今日の出来事を整理してみる。

 ――宇宙を駆けていたはず(ほとんど記憶に残っていない)の俺が、なぜか学園都市キヴォトスに放り込まれ、そして気づけば「顧問」だか「先生」だか呼ばれている。

 初対面の女子高生に「本当に大丈夫なんですか?」と心底不安そうに見られ、挙句、停学中の生徒が巡航戦車で暴れてる現場に駆り出される始末。……思い返すだけで、どっと疲れが込み上げてきた。

 けれど、その混乱の中で確かに感じたのは、俺が「選ぶ立場」に立たされているということだった。

 リンは言った――「何をなさるのも、何をなさらないのも先生の自由です」と。

 自由。心地よい響きだ。だけどその裏には、逃げ道を塞ぐような重さもあった。

 「俺が決める」

 その事実が、ずっしり胸にのしかかる。

 目を閉じると、今日出会った少女たちの顔が浮かぶ。

 口うるさいけど責任感のあるユウカ。妙に真面目で眼鏡を押さえる仕草が板についているチナツ。大きいのに「大きい」と言っただけで怒って去っていったハスミ。白髪のスズミは最後まで慌ただしく走り去っていったし……。

 みんな個性的すぎる。

 でも、その個性が不思議と心を軽くする。きっと退屈することはないだろう。

 「……まぁ、どうにかなるか」

 そう呟いて、俺は腕を枕にした。

 殺風景なはずの部屋が、妙に落ち着く。まるでこれから何かが始まる舞台の、幕が上がる前の静けさのようで。

 眠気がじわりと押し寄せる。

 今日という一日の騒がしさを頭の中で反芻しながら、俺は静かに目を閉じた。

 ――そして、明日。

 俺は「先生」として、どんな生徒たちと出会うんだろうか。

 

 

 




その頃――星穹列車の内部は、淡い光をたたえた廊下に、緊張とざわめきが満ちていた。
「みんな、大丈夫?」
 操縦席から振り返った姫子が、柔らかな声で問いかける。その声音には落ち着きがあったが、赤い瞳の奥に揺れる警戒心を隠すことはできなかった。
「ああ、大丈夫だ。」
 ヴェルトは椅子に深く腰掛け、静かに頷く。低い声が車内に響くと、不思議とそれだけで場が安定したように感じられる。
「アイタタ……また転んじゃった……」
 なのか――三月は尻もちをついたまま頭をさすり、情けない声を漏らしている。
「三月のことはいいとして、あの衝撃はなんだったんだろうか?」
 丹恒は腕を組み、険しい眼差しを天井に向けた。冷静に状況を整理しようとしているその姿勢は、仲間たちを安心させるはずだったが――
「ちょっと丹恒! どういうこと!」
 三月が顔を真っ赤にして抗議する。痛みよりも、置いていかれることの方が彼女には堪えるらしい。
 姫子は苦笑を浮かべ、すぐにその表情を引き締めた。
「……あの声。多分、『愉悦』――アッハの仕業ね。」
 その名が告げられた瞬間、車内の空気が一段と張りつめた。名だけで人を震わせる存在――それを誰もが知っている。
「とにかく列車の状況を整理するんじゃ!」
 マスコットのパムが、小さな体を精一杯に張って声をあげる。その真剣さに、一同はわずかに気を引き締め直した。
 だが、すぐにその緊張を打ち破る声が飛び込んできた。
「皆さん、大変です!」
 慌ただしく現れたのはサンデー。その顔には、ただ事ではない焦燥が浮かんでいた。
「どうした?」
 ヴェルトの声が一層低くなる。
 サンデーの後ろから現れたのは、冷たい霧のような気配を纏ったブラックスワンだった。
彼女は紅の唇をわずかに開き、静かに告げる。
「……穹が。列車の内から姿を消したわ」
 瞬間、空気が凍りついた。
 姫子が思わず目を見開き、丹恒が息を呑み、なのかは口をぱくぱくとさせる。
 ヴェルトの眼鏡に光が反射し、その奥の瞳が険しさを増す。
「――なんだって……」
 列車の中で最も騒がしいはずの存在。その姿が、痕跡すらなく消えたという現実。
 沈黙が、嵐の前触れのように皆を包み込んだ。

Mr.ミミ作のコーナーの今後

  • 新キャラの方がいい
  • ストーリーに関係するキャラがいい
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