青春を開拓する銀河打者   作:現代の弁慶

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開けましておめでとうございます。

正月三ヶ日に間に合いませんでしたすいません。

ついにエデン条約篇始まり始まり〜


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ver2.0 奥に隠れし過去と訪れし未来

シャーレの執務室。

 薄暗い室内に、アロナの寝息だけが静かに響いていた。

「……いちごミルク……zzz」

 夢の中で誰に甘えるでもなく、ただ幸せそうな寝言を漏らす。

 しかし、その無垢な声のすぐ傍に、常識では捉えられない気配がふいに現れた。

 空気がひび割れる。

 世界に“外側”から干渉する者が来たのだ。

「トリビー先生、見つけられた?」

 白髪の青年が、静かに問う。

 その声は風のように柔らかいが、確かに世界の理を踏み越えた者の響きを持っていた。

「ええ、見つけたわよファイちゃん。」

 赤髪の女性が微笑む。

 その笑みは慈愛にも似ていたが、瞳の奥に燃える光は“使命”そのものだ。

「ならば早く向かいましょう、命運を握る地へ」

 緑髪の男性が歩み寄り、割れた空気の境界を覗き込む。

 彼らの立つ場所そのものが、現実世界から半歩ズレているように感じられた。

「分かってるわ、アナちゃん。それじゃあ皆」

 赤髪の女性――トリスビアスは、静かに振り向き仲間を見渡した。

「準備はいい?」

 その声が、世界の“外”に広がる無数の門に共鳴する。

 彼女は胸に手を当て、厳かに名乗った。

 まるで儀式の宣誓のように。

「私、オンパロスのトリスビアス。

 天外の伝令者。

 ヤーヌスの神権を担いし黄金裔。

 ここに祝福を授けん」

 その言葉は“呪文”ではなく“理”。

 世界に干渉する資格を持つ者の、純粋な宣言だった。

「運命があなたたちに善意を示し、死への道を悉く封ずることを」

 穏やかな声なのに、その願いは雷鳴より重く響く。

「そして、楽園への道が開くことを願う。」

 言葉が終わった瞬間――

 空間が裏返り、世界の裂け目がゆっくりと広がった。

「開け、百界門」

 その一言で、部屋の空気がまるで星の海へと変わる。

 天井も壁も意味を失い、宇宙にも似た虚と光が交差し始めた。

 ピンク髪の少女が、その光の中からふわりと現れる。

 儚げで、しかし瞳は世界の秘密を知っている者のそれだった。

「これは今までとは違う、ロマンチックが奇跡を起こす物語……」

 微笑むその声が、確かに告げた。

ーーーーーーーーーー

始まりは、宇宙の愉悦を司る星神アッハによる、あまりに理不尽な「跳躍」だった。

 理由も説明もないまま、俺は放り出された。

 ――辿り着いたこの都市で、「先生」という役割を与えられて。

 頭上に光る輪を持つ少女たち。

 教室の外では実弾が飛び交い、笑顔の裏では銃声が鳴る。

 秩序と混沌が、奇妙な均衡を保った世界。

 銀河のどの惑星とも違う、静かな狂気と、確かな温もりが同居する場所だった。

 砂に埋もれたアビドスでの日々。

 九億という、現実味を失うほどの借金を背負いながら、誰にも知られず学校を守ってきた対策委員会。

 彼女たちと覆面を被って挑んだ銀行強盗。

 ゴミ箱の中に身を潜めての張り込み。

 柴関ラーメンの屋台に立ち昇る湯気と、頑固な少女が不器用に漏らした、あの一言の「ありがとう」。

 それらは全部、

 記憶を失った俺の中にあった“空白”を、少しずつ、確かに埋めていった。

 カイザーコーポレーションが砂漠で掘り起こした「星核」。

 俺の体内に眠るものと同じ、世界を蝕む癌。

 それを神の力と呼び、自らに取り込んだ愚かな男の末路。

 意識の深淵で出会った、「青春」を名乗る新たな星神。

 琥珀の王による、沈黙の鉄槌。

 業火を越え、白焔へと変わった槍。

 巨大な蛇、ビナーを貫いた瞬間の熱は、今もこの掌の奥に、確かに残っている。

 ホシノを救い出し、

 一時の平穏を取り戻した。

 ――こうして、アビドスでの開拓の旅は無事終わりを迎えたのだ。

 ……って、振り返りをしていて、思うんだけど。

 ここ、どこだ?

 目の前に広がるのは、不思議な空間だった。

 淡い光に包まれ、ピンクの花が咲き誇る。

 どこか神話めいた建物が静かに並び、空気そのものが“記憶”を含んでいるような感覚。

 懐かしい。

 理由は分からないのに、胸の奥が微かに疼く。

 ここは――旅の中で、とても大きな出来事が刻まれた場所。

 “記憶”に残るべき何かが、確かにあったはずの場所。

「おい、三月走るな……」

 聞き覚えのある声が、空気を震わせた。

「えぇ……なんで?あの子が目の前にいるんだよ!?早く会いたくないの?」

「だが、アイツが本物かどうかも………」

 ……丹恒?

 三月?

 思わず振り返る。

「やっと見つけた……色々大変だったんだからね!」

「…………」

 目の前に立っている二人は、俺の記憶にいる二人と、確かに違っていた。

 三月は白を基調にした服装から、黒と赤を基調とした装いへ。

 丹恒に至っては、角を持ち、装飾は増え、背も高くなっている。

 でも――

 不思議なほど、違和感がなかった。

 変わったのは姿だけ。

 本質は、何一つ変わっていないと、直感が告げていた。

「丹恒になの、なのか?」

「そうだよウチらだよ。」

「待て三月。」

 丹恒の視線が、鋭く俺を射抜く。

「そこの灰色のお前、答えろ」

「鱗淵境で俺が海を割る前お前が言った言葉なんだ?」

 ……鱗淵境。

 海を割る。

 そんな記憶は、俺の中にはない。

 焦りよりも先に、妙な納得が胸に落ちた。

 ――覚えていなくても、俺は俺だ。

 星穹列車のナナシビトであることに、変わりはない。

 だったら、答えは何と答えようと別にいいだろう!

 

「いっそ、俺をその槍で壁に突き刺してくれ。覚えてないから」

「…………アンタ正気?」

「どうやら演技ではなさそうだな。」

 胸の奥で、何かがほどけた。

「やった!信じてたぞ丹恒!」

「アンタ………こんなので本人確認されて恥ずかしくない?」

 恥ずかしい?

 ――ああ、たぶん。

 でもそれ以上に、

 こうしてまた二人と再会できたことが、どうしようもなく嬉しかった。

「それにしてもどうしたんだ?その格好……俺がいない間にイメチェンでもしたのか?」

 軽い冗談のつもりだった。

 場の空気が少し張りつめていたから、いつもの調子で、少しだけほぐしたかっただけだ。

 だが――その一言で、三月の動きが止まった。

「え?ちょっと待って!アンタ覚えてないの!?」

 ……ん?何を驚いているんだ?

 目を見れば分かる。驚きと焦りと、信じられないものを見るような視線が一気に押し寄せてくる。

「……何というか何かあったのは覚えてるけど具体的に何があったかまではわからないな」

 自分でも歯切れが悪いと思う。

 覚えている“感覚”だけが残っていて、中身がすっぽり抜け落ちている。

 まるで、燃え殻だけ残った焚き火みたいな記憶だ。

「ちょっと丹恒この子"オンパロス"の件何も覚えてないって………」

 オンパロス。

 その単語を聞いた瞬間、胸の奥がわずかに疼いた。

 何か、とても大きな出来事だった気がする。

 でも、そこから先には進めない。

「どういうことだ?……」

 丹恒の声は低く、鋭い。

 冗談で済ませられる空気じゃないと、俺でも分かる。

「悪い……俺今記憶を失ってるんだ……だから全部を覚えてるわけじゃない」

 言葉にした瞬間、少しだけ胸が軽くなった。

 隠しても仕方ない。

 俺自身が一番、この“穴”に戸惑っているんだから。

「…………それって記憶喪失ってやつ?」

 三月の声が、少しだけ弱くなる。

 心配してくれているのが分かって、ありがたい反面、申し訳なさも込み上げる。

「………おそらくな。だが忘却人によって記憶を消された可能性もある。」

 忘却人。

 その言葉には、妙な重みがあった。

 奪われた可能性があるというだけで、背中に冷たいものが走る。

「穹、お前がここに来る前誰かに何かされた覚えはないか?」

「いや、全然記憶にない。というかここに来る前はキヴォトスって場所で先生やってたからな」

 正直に答えただけなのに――

「え?」

「お前が先生を………」

 二人の顔が、完全に“理解不能なものを見る目”になる。

 ……ちょっと待て。

 その反応は失礼じゃないか?

 仲間とはいえ、そこまで驚かれると地味に心にくる。

 俺だって、好きで先生やってたわけじゃ……いや、結構やりがいはあったけど。

 だが、ツッコミを入れる前に丹恒が一歩前に出た。

「ここで話していても仕方ない。先に進みながら話そう」

 その言葉に、俺は小さく息を吐いた。

 確かにそうだ。

 立ち止まって考えても、失われた記憶は戻らない。

 分からないなら、進めばいい。

 歩きながら、思い出せばいい。

 それが――“開拓”のやり方だ。

 俺は二人の背中を見ながら、一歩踏み出した。

 この先に何が待っているのかは分からない。

 でも、不思議と怖くはなかった。

 きっとまた、

 忘れた分だけ、新しい何かを見つけるだけだ。

ーーーーーーーーーーー

「じゃあつまりーー」

 三月が腕を組み、眉をひそめながら俺を指差す。

 その視線は半分呆れ、半分本気の確認だ。

「アンタは目が覚めた時にはもう記憶がなくてキヴォトスって学園都市にいたってこと?」

「そう!なんか上にたって誰かを導くって心地よくて楽しいぞ!!」

 言ってみて思う。

 ……我ながら、だいぶ危ない発言だな。

 でも嘘じゃない。

 責任は重かったけど、不思議と嫌じゃなかった。

 むしろ、胸の奥がちゃんと満たされる感じがあった。

「その子たちに変なこととか教えてないよね?」

 疑いの目。

 いや、正確には“もう何かやらかしてる前提”の目。

「別に?ゴミ箱を漁ったりとか銀行強盗したりとか喧嘩したりとかしただけ」

「もう既におかしんだけど!」

 

「待て、お前の話だと生徒たちが都市の運営を担っているのか?」

 丹恒が顎に手を当て、静かに問いを投げる。

 その声には冗談の余地がない。

「うーん……そういうことになるのか?」

 改めて考えると、確かにそうだ。

 教師も、大人も、まともに機能していない街で、

 彼女たちは必死に、自分たちの居場所を守っていた。

「ただ、星神とかの知識は全く持ってなくて星核とかの知識も一部の悪党とかしか知らない感じだった」

「新たな星神にもあったし」

 口にした瞬間、丹恒の表情がさらに険しくなる。

 ……あ、これ相当ヤバい情報だったか。

「謎が深まるばかりだな………ただ、ここに飛ばされたということは何かと意味があることなんだろう……」

 低く、考え込むような声。

 “偶然”で片付ける気は、最初からないらしい。

「オンパロスの記憶がないと言ったな……ある程度話すから頭に入れるんだ。もしかしたら何か役に立つかも知れない」

「え?なんでウチらもいるんだからそこは問題ないんじゃーー」

 三月がすぐに口を挟む。

 それは仲間としての自然な反応だった。

「三月、おそらくキヴォトスという場所に穹だけが飛ばされたのには何か理由があるんだ。俺たちがずっといられるとも限らない念には念を入れる必要があるんだ」

「……………」

 三月が黙り込む。

 その沈黙が、妙に重く胸に落ちてきた。

 ――ずっと一緒にいられるとは限らない。

 その言葉が、今の俺にはやけに現実味を帯びて聞こえた。

 そうして俺は、丹恒からオンパロスの出来事を聞かされた。

 戦い。

 選択。

 分岐する運命と、取り返しのつかない喪失。

 話を聞くほどに、頭の中にかかっていた霧は確かに薄れていく。

 でも――すべてが晴れたわけじゃない。

 大事な部分だけ、ぽっかりと空いたまま。

 まるで“まだ思い出すな”と言われているみたいに。

そうして三人で取り留めのない会話を続けていると——

不意に、視界が開けた。

足元の道はいつの間にか白い石畳に変わり、目の前には純白の壁で形作られた大きな建物がいくつも並んでいた。

無機質な白ではない。柔らかく、光を反射するような白。

その合間を縫うように、丁寧に手入れされた草花が咲き誇り、風に揺れている。

中央には噴水。

水は高くも低くもなく、静かに、規則正しく弧を描いて落ちていた。

耳に届く水音は、不思議と胸の奥を落ち着かせる。

……綺麗だ。

だが、それ以上に——おかしい。

「うわぁこんなとこあったっけ?永遠の1ページに」

三月が素直な感想を漏らす。

俺も同感だった。

どこか懐かしいのに、記憶のどこにも引っかからない。

「いや、俺たちの綴った物語を利用して作られた善見天にこのような場所はなかったはずだ。もちろんアーカイブにもこのような場所にあたる記録もない」

丹恒の声は低く、断定的だった。

彼がそう言うなら、まず間違いない。

(じゃあ……ここは何だ?)

夢?

それとも誰かの領域?

考えを巡らせた、その時——

ん?

視線の先。

噴水の向こう、さらに奥。

誰かが座っている。

直感が先に走った。

考えるより早く、俺は駆け出していた。

「どうした?」

背後から丹恒の声。

「ちょっちょっと待ってよ!」

三月の慌てた声を置き去りにして、俺は人影へと近づく。

しばらく進むと、そこは——

白い丸テーブルと、三つの椅子が整然と並ぶ一角だった。

テーブルの中央には、まるで塔のように段々と積み上げられたお菓子。

色とりどりで、どれも見た目からして上等そうだ。

そして——

そこに座っていたのは、

大きな狐の耳を生やした少女だった。

聡明そうな顔立ち。

どこか上品で、けれど気取った感じはない。

袖は彼女の腕には明らかに長すぎるのに、それを気にする様子もなく——

その袖越しに、シマエナガをそっと掌に乗せていた。

……情報量が多い。

「人がいるな………穹、お前はこれに気付いたのか」

「まぁ、なんとなく?」

説明できない。

でも、確かに“呼ばれた”気がした。

「おや、ここにお客とは珍しい」

狐耳の少女が、穏やかにこちらを見る。

「お客って俺たちのことか?」

「君たち以外に他の誰がいるというんだ?」

あっさりと返される。

否定する余地もないくらい自然な口調だった。

「まぁいい立ち話もなんだから。座りたまえ……今お茶を出そう。」

そう言って、彼女は噴水の音と同じくらい静かな所作で手を伸ばす。

俺は丹恒と三月を振り返る。

二人とも、警戒はしているが敵意はない。

互いに顔を見合わせ——

小さく頷き合ってから、俺たちは恐る恐る椅子に腰を下ろした。

白い椅子は、思ったよりも温かかった。

まるで、最初からここに座ることを想定されていたみたいに。

(……さて)

この場所も、この少女も、

きっと“偶然”じゃない。

また何か、

面倒で、厄介で、でも放っておけない出来事が——

ここから始まる予感がしていた。

「警戒することはない。このお茶はティーパーティー御用達の茶葉を使ったお茶なんだ……」

狐耳の少女——いや、もうこの時点でただ者じゃないと分かるその人物は、落ち着いた声でそう告げた。

湯気の立つカップからは、ほのかに甘く、それでいて気品のある香りが漂ってくる。

(……毒はなさそうだな。多分)

俺がそんなことを考えていると、横で丹恒が身を乗り出してきた。

「ティーパーティーとはなんだ?」

小声。

だが、こういう場所ではだいたい聞こえている。

「キヴォトスにある学園の一つでそこの偉いやつ………」

俺も声を落として答える。

説明は端折った。端折らないと長くなる。

「えぇ!?アンタウチらがいない間にどんだけ顔をきかせられるようになったの!」

三月、全然小声になってない。

というか、普通に失礼だ。

狐耳の少女はくすりと微笑み、こちらを見た。

「おや、これでもそれなりに名は知られているものだと思っていたが……」

その余裕のある口調に、俺は内心で確信する。

——あ、これ“本物”だ。

「遅れてすまない。私は百合園セイア、トリニティー総合学園ティーパーティーのホストをしているものだ。」

丹恒が即座に名乗る。

「俺は丹恒、星穹列車のナナシビトで護衛だ。」

さすがブレない。

「ウチは三月なのか、丹恒と同じでナナシビトだよ。そして彼がーー」

来た。

俺の番だ。

「星穹列車のナナシビトでシャーレの先生の銀河打者だ!」

完璧だ。

肩書きもノリも。

「………シャーレ、なるほど君が」

セイアの視線が、ほんの一瞬だけ鋭くなる。

その一瞬で、どこまで見抜かれたのか分からない。

「ごめんね、この子いつもこんな感じだから」

三月がすぐフォロー(?)に入る。

「構わないよ、なんなら受けた情報とあまり変わらないから安心したまであるくらいさ」

……情報。

どこからだ。

いや、考えない方がいい。

「「……………」」

沈黙。

完全に俺が原因だ。

「………ねぇアンタ、ホントに変なことしてないよね?」

三月の視線が痛い。

(してない……はずだ。多分)

「さて、シャーレがきてくれたなら話は早いね。良かったら君たちも聞いていってくれないか?ナナシビト諸君」

セイアはそう言って、優雅にカップを持ち上げた。

まるで、最初から俺たちがここに来ることを知っていたみたいに。

「俺は構わない。」

丹恒は即答。

「もちろん!この子だけじゃ心配だしね」

三月はにっこり笑いながら、余計な一言を添える。

……ほんと、俺をなんだと思ってるんだ。

 

「君たちに問おう……」

その一言で、庭園の空気がわずかに張り詰めた。

柔らかな陽光も、噴水の水音も、どこか遠くへ押しやられた気がする。

(……来たな)

「(お前が俺のマスターか)エデン条約というものを知っているか?」

セイアの視線が、真っ直ぐ俺に刺さる。

言葉自体は穏やかだが、その奥にある“測る意志”は隠しようもなかった。

「……………」

言葉が出ない。

というより、出るはずがない。

横を見ると、なのと丹恒が同時に頭に手を置き、見事に呆れた表情で俺を見ていた。

(やめろ、その顔は地味に効く)

「すまないが、少々口を閉じておいてくれ」

……はい。

素直に従います。

「今一度問う、君たちはエデン条約というものを知っているか?」

エデン条約。

聞き覚えは、ない。

丹恒が一歩前に出る。

「俺たちは外の世界から来て間もない……聞くならシャーレ所属彼が適任だが知っているか?」

視線が集まる。

俺に。

「俺も聞いたことがない……」

嘘は言っていない。

胸を張るほどでもないが。

「でもでも、エデンって楽園って意味でしょ?楽園に関係があるんじゃないかなぁって思うったりーー」

三月がいつもの調子で割り込む。

場の空気を和らげているのか、かき乱しているのかは判断が難しい。

「なるほど……まぁいい。簡単にいうとだね」

セイアは静かに語り始めた。

「キヴォトス三大学園と呼ばれる大きな学園の中のゲヘナと私が所属しているトリニティーの平和条約のことさ」

(平和条約……)

その言葉に、思わず背筋が伸びる。

平和をわざわざ条約で縛らなければならないほど、過去は荒れていたということだ。

「平和条約?二つの学園は仲が良くないのか?」

丹恒の問いは的確だった。

「ゲヘナとトリニティーはキヴォトスの学園の中でも歴史がある。その歴史の中で幾度も戦争を繰り広げていたんだ。今こそ第一回のエデン条約機構があって睨み合うぐらいで済んでいるけどね」

淡々とした口調。

だからこそ、言葉の重みが増す。

「第一回って前に結んだのならどうしてもう一回結ぶ必要があるの?」

三月の疑問は素朴で、だからこそ核心に近い。

「…………」

一瞬の沈黙。

セイアは視線を伏せ、わずかに息を整えた。

「それを話すと今失踪中の連邦生徒会長の話もしないといけないから長くなるけどね。」

(失踪……)

嫌な単語だ。

しかも、重要人物らしい。

「その様子だと七つの古則についても知らなそうだ。」

その言葉を聞いた瞬間——

胸の奥が、微かに疼いた。

「七つの古則……?」

丹恒が首を傾げる。

その時、唐突に言葉が浮かんだ。

考えたわけでも、思い出そうとしたわけでもない。

ただ、そこにあった。

「我々は望む、七つの嘆きを」

自分の声が、やけに遠く感じる。

「我々は覚えているジェリコの古則を」

——何だ、これ。

「え?今、アンタ何って言ったの?」

三月の驚いた声で、我に返る。

「ほう……君は知っているのか」

セイアの目が、確かに細くなった。

「知っていると言っても頭に浮かんだだけ……意味とか全然知らない。」

正直な答えだ。

分からないものは、分からない。

「…………彼女の仕業かな」

誰のことを指しているのか。

聞く勇気は、まだない。

「まぁ、どちらにせよ一から説明するに越したことはない」

セイアはそう締めくくり、改めて語り始めた。

「七つの古則とは遥か昔に立てられた問答みたいなものでね」

「先ほどなのかが言ってくれたようにエデンとは楽園のこと。」

「その古則の中に楽園についての記述があったんだ。」

楽園。

平和条約。

七つの古則。

これはきっと、

俺が“先生”として、そして“ナナシビト”として、

避けては通れない話なんだろう。

そんな予感だけが、

静かに胸の奥で形を持ち始めていた。「――楽園に辿り着きし者の真実を、証明する事は出来るのか」

その言葉は、音というより概念だった。

庭園の空気に落ち、波紋のように広がり、俺たちの内側へ静かに侵入してくる。

(……証明?)

噴水の水音すら遠のいた気がした。

考えろと言われているのに、考える足場がない。

「他の古則もまたそうであるように、少々理解に困る言葉の羅列だ」

セイアの声は柔らかい。

だが、その柔らかさがかえって逃げ場を奪う。

「ただ、ひとつの解釈としてこれを『楽園の存在証明に対するパラドックス』であると見る事は出来る」

彼女の瞳が、俺たちを射抜いた。

逃げる場所は、もうない。

「もし楽園というものが存在するならば、そこに辿り着いた者は至上の満足と喜びを抱くが故に、永遠に楽園の外に出る事はない」

(……出ない、か)

満足しきった場所。

そこから離れる理由が、そもそも存在しない。

「うーん……つまりどういうこと?」

三月の声が、張り詰めた空気に穴を開ける。

「つまり、楽園の外に出たのであれば、つまりそこは真の悦楽を得られるような『本当の楽園』ではなかったということだろう。」

丹恒は淡々と続ける。

「本当の楽園なら出たいと思うわけないからな」

(……なるほど)

理屈としては、分かる。

分かるが——

「なるほどぉ〜」

三月が素直に頷くのを横目に、俺は思わず口を挟んでいた。

「俺ならゴミ箱がたくさんあればそこは楽園だけどな!」

「「「……………」」」

空気が、完全に止まった。

 

セイアは一拍置いて、静かに続ける。

「………丹恒の言う通り、楽園に到達した者が、楽園の外で観測される事はない」

「存在を捕捉されうる筈がない――到達した者を観測できたのなら、楽園は存在するが、真の楽園とは云えない事が証明される」

(観測……証明……)

頭の中が、ゆっくりと熱を帯びていく。

「しかし、そもそも観測すら出来ないのであれば……」

セイアの口元に、ほんの僅かな笑みが浮かんだ。

「楽園はあるのかもしれないし、ないのかもしれない……」

曖昧で、残酷な答え。

あるとも言えず、ないとも言えない。

彼女は小さく首を傾げ、まるで子供に謎かけをするような調子で言った。

「――存在しない者の真実を証明する事は出来るのか?」

沈黙。

誰も、すぐには答えられなかった。

俺も同じだ。

(証明できない真実……)

それは、嘘なのか?

それとも、ただ“届かない”だけなのか?

セイアはその沈黙を理解していたのか、少しして肩を竦める。

「……つまるところ、この五つ目の古則は、初めから証明する事ができない事に関する『不可解な問い』なのだよ……」

「しかし、ここで同時に想う事がある」

彼女は視線を上げ、遠くを見る。

「証明できない真実は、無価値だろうか?」

胸の奥が、微かに軋んだ。

(……無価値、か)

証明できないもの。

俺の失われた記憶。

キヴォトスで過ごした日々。

あの時感じた温かさや、怒りや、笑い。

それらは、誰にも証明できない。

でも——

「うーん、なんか難しすぎィどういうこと丹恒先生!」

三月が助け舟を出す。

「教えて!丹恒先生!!」

思わず俺も乗っかった。

丹恒は一瞬だけ沈黙し、ため息混じりに言う。

「………俺は別に翻訳者でもなければ先生でもない。」

 

「シャーレ、いやナナシビト。この先に待ち受けるものは、貴方にとっては、慣れ親しんだ光景かもしれない」

セイアの声は静かで、やけに遠くまで届いた。

それは忠告というより、覚悟を促す言葉だった。

「不快で、不愉快で、忌まわしく、眉を顰めるような……相手を疑い、前提を疑い、思い込みを疑い、真実すら疑う」

胸の奥が、わずかに締め付けられる。

――慣れている、という言葉が否定できないのが、少し嫌だった。

「悲しくて、苦しくて、憂鬱になるような……それでいて、ただただ後味が苦い……そんなお話だ」

キヴォトスでの日々が、脳裏をかすめる。

笑顔の裏にあった事情。

守るために選ばなければならなかった嘘。

正しさを名乗れなかった判断。

「しかし、それでも同時に、紛れもない真実の話でもある」

真実。

証明できなくても、否定できないもの。

「どうか背を向けず、目を背けず……最後のその時まで、貴方は駆け抜けてほしい」

狐耳の少女が近づいてくる。

彼女は屈み、俺と同じ高さまで視線を落とした。

逃げ場のない距離。

けれど、そこに敵意はない。

「それが、きっと貴方がここに来た理由になる」

その言葉が、胸の奥に沈んだ。

(……理由、か)

――その瞬間だった。

丹恒となのかの身体が、淡く光り始める。

境界が曖昧になり、存在そのものが透けていく。

「丹恒!なの!」

思わず声を上げる。

掴もうとしても、指先は空を切った。

「ちょっと!どういうこと!?」

なのかの声も、焦りに揺れている。

「おそらく、強制的に俺たちを追い出そうとしているんだろう。」

丹恒は状況を冷静に見据えながら、俺を見る。

「穹、俺たちは外から引き続きお前のことを探す。」

「だからお前は俺たちがいない間にこの世界を開拓し続けてくれ」

(……一人で、か)

怖くないと言えば嘘になる。

でも、不思議と足は竦まなかった。

「………もちろんだ!」

即答だった。

迷う理由が、もうなかった。

二人の姿は光に溶け、やがて完全に消える。

残されたのは、静寂と、俺一人。

そして――

暗転。

まぶたの裏に、光が差し込む。

ーーーーーーーーーー

 

アロナの声が、頭の奥をつつくように響いた。

『先生!先生!ようやく起きましたか!!』

……起きてない。

いや、正確に言えば「起きかけ」だ。意識の表面に浮かんではいるが、まだ布団の温もりという名の重力圏を脱していない。

どうしたんだよ、朝から……。

『大変なんですよ!起きたら部屋に知らない人がたくさん――』

知らない人?

夢の続きか。最近は夢の質がやたらリアルだ。狐耳だの楽園だの、星神だの。今度は集団幻覚か?

そう思った瞬間、低く、刃物のような声が割り込んできた。

「この青髪卿……このカイザーに向かって何度も無礼な態度をとった。即刻この石版を叩き斬るとしよう。」

……夢にしては、物騒すぎないか?

『ヒッ!』

アロナの怯えた声が、現実味を帯びて胸に刺さる。

続けて、別の声。

冷静で、湿度の低い、底知れない声音。

「カイザー……お言葉だが、この石版の持ち主は灰色の小魚だ。もう少し待ってはどうだろうか……」

灰色の小魚って誰だよ。

俺か?俺なのか?

「皆さん、静かに……開拓者が起きたようですよ。」

……。

(……起きるか?)

いや、やめよう。

今起きたら、絶対ろくなことにならない。

知らない人がたくさんいる部屋なんて、現実として受け入れるには脳の起動が足りなすぎる。

もう少しだけ寝よう。

これは英断だ。現実逃避じゃない、戦略的睡眠だ。

――そう決めて、意識を沈めた、その瞬間。

「あっ、穹さん寝てしまいました。」

……チクるな。

「もう、グレッちいつまで寝るつもりー?いい加減にしないとぉ、大事にしてる宝物、盗っちゃうよ」

宝物?

俺にそんなものあったか……ゴミ箱コレクションなら勘弁してほしい。

「グレーたん、起きませんねぇ」

あだ名が増えている気がする。

しかも全体的に俺の許可を取っていない。

「仕方ありません。ここは強引にでも起こしましょう。」

やめろ。その台詞はロクな前振りじゃない。

「フン、ならばここは俺に任せろ。クレムノスの辞書に――」

(辞書に何が載ってるんだよ、やめろ)

「“眠れる獅子を起こせない獅子などいない”かな?」

「HKs、いちいち茶化すな。」

……あ、これ囲まれてるな。

声の密度で分かる。逃げ場がないやつだ。

『先生!もういい加減にしてください!!もう限界なんです!!』

アロナの悲鳴が、ついに俺の良心を直撃した。

……仕方ない。

「はいはい、分かった。」

観念して目を開ける。

視界に飛び込んできたのは、見覚えのない天井と、見覚えのありすぎる“異物感”。

「あっ、みんな。ようやく起きましたわよ」

聞き覚えのある、あの気品混じりの声。

「やぁ、随分と心地よく寝ていたようだね。相棒」

その声に、胸の奥が小さく跳ねた。

……ファイノン?

まだ半分眠ったままの頭で、俺は彼を見上げる。

ーーーーーーーーー

列車の通路に、張りつめた空気が走った。

「なのか!丹恒!」

ヴェルトの低く通る声に、丹恒ははっと肩を震わせ、意識を現実へと引き戻された。

視界が揺れ、次の瞬間、見慣れた星穹列車の内装が目に映る。

「……はっ」

呼吸を整える間もなく、隣から慌てた声が飛んできた。

「なになに!?どうしたの二人とも!」

三月なのかだ。

彼女も同じように、夢から無理やり引き剥がされたような顔をしている。

「良かった……」

安堵を滲ませたのはサンデーだった。

「貴方たちは、ここ数十秒の間、私たちがいくら話しかけても反応がなかったんですよ」

「二人とも大丈夫?」

姫子の問いかけは穏やかだったが、その視線は鋭く、異変を見逃していなかった。

丹恒は一度、小さく息を吸う。

――数十秒。

だが、自分たちが“向こう”で過ごした時間は、そんな短さではなかった。

(やはり……)

彼は視線を落とし、声を潜めて三月にだけ聞こえるように言った。

「………やはり、俺たちだけが体験したことらしいな」

三月も同じ結論に辿り着いていたのだろう、曖昧に笑いながらも、目は冗談めかしていなかった。

「うん。それに……あれ、夢って言い切れないよね。感触も、空気も……」

言葉を濁したのは、思い出すだけで背筋がざわついたからだ。

その様子を、ヴェルトは静かに見つめていた。

老練な観測者の目で、二人の沈黙と戸惑いを量る。

「どうやら、あの短時間で何かを体験したようだな」

断定に近い口調だった。

「良かったら聞かせてはくれないか?」

丹恒は一瞬、返答をためらった。

あの場所、あの言葉、そして“穹”の姿が脳裏をよぎる。

(話すべきだ。あれは個人的な幻覚ではない)

そう判断し、彼は真っ直ぐにヴェルトを見た。

「……もちろんだ、ヴェルトさん。」

 

Mr.ミミ作のコーナーの今後

  • 新キャラの方がいい
  • ストーリーに関係するキャラがいい
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