青春を開拓する銀河打者   作:現代の弁慶

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車窓の外を流れる星々は、どこまでも冷たく無音だった。
 車内に残ったのは、不安を押し隠すような小さなざわめき。
「はっ!」
 三月なのかが胸を押さえ、目を見開いた。
「今、あの子が……誰かの心を踏み躙るようなことをした気がする!」
「三月……」丹恒は淡々とした声で彼女を制す。その瞳は鋭く前を射抜いたまま、ほんの僅かに揺れていた。
「今はそんなことを言っている場合じゃない」
「そ、そんなの分かってるよ!」三月なのかは唇を噛む。「でも……そんな感じがしたんだもん。ほ、本当なんだからね!」
 彼女の声は強がりと不安の間で震え、列車の広い空間に小さく反響した。
「こちらからのメッセージが届いていない……」ヴェルトが低く呟いた。手元の端末には無機質な沈黙だけが返る。
「端末が機能していないのか……あるいは……」
 言葉を最後まで続けることはしなかった。重苦しい沈黙が代わりに彼の言葉を補っていた。
「皆さん」サンデーが歩み寄り、真剣な面持ちで告げた。
「姫子さんと共にあらゆるところに探りを入れてみましたが……穹さんらしき反応は見当たりませんでした」
 その声音は穏やかでありながら、どこか悔しさを滲ませていた。
「……そうか」丹恒の表情が、さらに硬くなる。
 次の瞬間、パムが机を小さな拳で叩いた。
「むーーー!! 開拓の旅路が、またもアッハの手によって邪魔をされるとは……!」
 頬をふくらませ、瞳を潤ませながら、声を張り上げる。
「やっぱりアッハ、嫌いじゃ!」
 その様子に一瞬だけ空気が和らぐ。しかし、すぐにまた緊張の糸が張り詰める。
「大丈夫よ」姫子が静かに口を開いた。真紅の瞳に決意の光を宿しながら、カップの縁を軽く指でなぞる。
「今天才クラブのミス・ヘルタに連絡がついたわ。音沙汰があれば、必ず報告がくる」
 彼女の落ち着いた声が、荒れる心を鎮める灯火のように車内を満たした。
 それでも、穹の不在が生み出した穴は大きく――列車の軋む音すら、どこか遠くで響くように感じられた。


  第一章 もの寂しい大地の先に
Ver1.0 もし砂の大地に、学ぶ生徒がいたら その一


 

 

列車の中で騒いでいる連中がいるなんて知る由もなく、俺は今、湯船の中でご機嫌に声を張り上げていた。

「ノモウスライダー♪ 素敵な夢へ〜♪」

 ――別におふざけじゃない。本気で気分が乗ってただけだ。お風呂の蒸気が喉に響いて、思わず歌が出てきただけ。

『先生って歌が下手というか、アホっぽく聞こえます』

 アロナが呆れ声で口を挟んでくる。

「俺はアホじゃないぞ! アホって言う方がアホなんだ!」

『その発言もアホっぽいです』

 ……このAIはどうしても俺をアホに仕立てたいらしい。

「っていうか、熱くないんですか!?」

 ん? 熱い? 何が?

 不思議そうに首を傾げると、アロナは悲鳴混じりに叫んだ。

『温度計を見てくださいよ! 451℃ってなってるじゃないですか!』

『お風呂の色も真っ赤で、ぐつぐつ泡も上がってますし!』

「ああ、これか?」俺は肩まで浸かりながら手で湯をすくった。

「これは熱々ラー油って入浴剤でな。この熱さが疲れを燃やし尽くしてくれるんだよ」

『……もう、何を言ってるのかさっぱりです』

 アロナが頭を抱える姿が目に浮かぶ。けれど俺はただ、赤く泡立つ湯の中で大きく息を吐き出す。心地よい熱気が、戦場で張り詰めた神経を溶かしていく気がした。

『それより先生。手紙が届いていること、気づいてますか?』

 手紙? このご時世に?

 アロナの声に振り返れば、机の上にぽつんと白い封筒が置かれていた。

 湯気の向こう、どこか異質な存在感を放つそれは、長い時間俺を待っていたようにも見える。

 バスタオルで体を拭き、封を手に取る。懐かしいような、不穏なような胸騒ぎが走った。

 封のシール――見覚えのある校章。太陽の下に、逆三角形。

「アビドス……か」

 深呼吸し、便箋を開く。

 《連邦捜査部の先生へ》

 《こんにちは。私はアビドス高等学校の奥空アヤネと申します。》

 ペンの跡が震えている。必死に綴られたその文面は、真っ直ぐに俺の胸を突いた。

 《今、私達の学校は追い詰められています。それも、地域の暴力組織によってです》

 《補給は底を突きかけ、このままでは校舎を占拠されてしまいます》

 《どうか先生、私達の力になっていただけませんか?》

 最後の一文に滲んだインクのしみ――それは迷いであり、不安であり、けれど同時に、必死に繋ぎ止めようとする意志の跡でもあった。

 その跡を目にした瞬間、胸の奥でじりじりとした熱が広がっていく。さっきまで俺の身体を包んでいた熱湯なんて比じゃない。もっと強く、もっと焦げつくような熱だ。

 ――これはただの依頼じゃない。

 SOSだ。必死に伸ばされた、小さな手だ。

 頭の奥底で、いつか聞いた言葉が響く。

 列車に刻まれた、開拓者のための規則。

 一、「開拓者は自分の主張を持て」

 二、「列車の乗員は常に団結せよ」

 三、「逆境にあろうと悪に立ち向かえ」

 四、「何が起ころうとも後悔はするな」

 五、「共に長い夜を照らそう」

 六、「困難な局面でも前を見据えるのだ」

 ――混乱を打ち砕け!

 懐かしい声の残響が、心臓の奥で脈打つ。

 俺は列車の仲間の顔を思い出せない。記憶の霧に飲み込まれてしまった。

 それでも、列車を捨てた覚えなんてない。

 あの誇りは、まだこの胸に生きている。

 だからこそ。

 いつか再び彼らに会えたとき、胸を張って

 ――俺は逃げなかった、と言えるように。

「よし」

 手紙を握りしめ、立ち上がる。

 赤い湯気に包まれた浴室の中で、俺は高らかに宣言した。

「この学校を――開拓する!」

 熱気が一瞬で冷えた気がした。だが胸の炎は、誰にも消せはしない。

 

そう、「開拓」――俺は「開拓」をしに来た。

 ……はずだった。

 バタン、と膝が砂に沈む音。

 気がつけば俺は、広大なアビドス住宅街のど真ん中で遭難者みたいに立ち尽くしていた。

 肩には出張用のバッグ、片手には端末。だが俺の姿はまるで――砂漠のど真ん中に放り出された、迷子のラクダ以下だ。

 いや、ラクダはまだ自分の家に帰れる。俺には道標すらない。

 ……最初はよかったんだ。

 シャーレから電車やらバスやらを乗り継いで、順調にここまで来た。

 だが、アビドス自治区はもう機能してない。公共交通? そんな文明の利器は俺を見捨てて去っていった。

 残されたのは、徒歩という名の肉体酷使。マップ機能を頼りに歩いていたはずなのに、気がつけば予測ルートから外れて、炎天下の中で延々とさまよい続け――結果、今このザマだ。

『せ、先生!? 先生! しっかりしてください! 意識はありますか!?』

 アロナの声が脳内で響く。だが、その音すらも遠く霞んでいく。

 ああ……これはもうダメだな。

「……川のせせらぎが聞こえる……そうか、お迎えに来たんだ。おばあちゃん」

 見える。いや、確かに見える。涼やかなせせらぎ、きらめく水面。向こう岸では、こういうとき必ず出てくるおばあちゃんが、優しく手を振っている。

 ああ……俺、ついに成仏するのか……悪くない。砂漠に眠る男――それもまた、銀河打者の伝説にふさわしい幕引き。

『先生ッ! それ見えちゃダメなやつですから!! そっちに行っちゃダメですってば!!』

 必死に叫ぶアロナの声が、かすかに戻ってきた。

 だが俺の意識は、すでにおばあちゃんの微笑みに惹き寄せられている。

「砂漠で安らかに眠るのも……悪くない」

 俺はそう呟き、砂の上に大の字で倒れ込んだ。

 いや、むしろこれは新しい発見だ。文明のベッドよりも砂漠の大地に抱かれて眠るほうが、人類の本能に沿っているんじゃないか?

『先生! 開拓の精神を思い出してください!!』

 開拓……そうだ。俺は開拓者。どんな荒野だって切り拓く男――だったはずだ。

 だがな、アロナ。

「……開拓の精神って、砂の粒ひとつひとつを数えることから始まるんだよな」

 俺は意味不明な悟りを口にした。

 誰も理解できなくてもいい。理解されない言葉こそ、開拓の一歩だ。

 

そんなふうに俺が砂漠で横になっていた時不意に、背後から「キィッ」と自転車のブレーキ音がした。

 その甲高い音に釣られるようにして首を傾けると――そこにいた。

 銀色の髪を風に揺らし、頭から狼の耳を覗かせた人物。

 自転車に跨ったまま、バッグには愛銃を突っ込んで……その視線は道に倒れ伏す俺に注がれていた。

「……あの」

 困惑。けれど、その瞳は確かに俺を見ていた。

 そして、呻き声をあげた瞬間――彼女の表情が変わった。困惑から、安堵へと。

「あ、生きていた……。道のど真ん中に倒れてるから、死んでるのかと」

『先生、良かったですね。助かりましたよ』

 アロナの声が耳に響く。いや、俺はすでに助かっていた。なぜなら彼女が現れた時点で、これはイベントシーン確定だからだ。

「出たな、今作のメインヒロイン枠……!」

「ん?」

『先生! こんな時までふざけないでいいです!』

 彼女の目が細められた。その口が、ぽつりと動く。

「……ホームレス?」

 ホームレス? 違う。俺に「家がない」なんて概念は存在しない。

 なぜなら――ゴミあるところに家あり、家あるところにゴミあり。ゴミ箱ひとつあれば家は成立する。俺にとってホームレスなど程遠い話なのだ。

「違う、俺は……銀河打者。砂漠に迷い、水を求める者……」

 苦しい呼吸の合間に、俺は詩人のように呟いた。

 だが彼女は俺のバッグを覗き込み、眉をひそめる。

「バックは?」

 中には俺の宝物――この世に二つとない至高のコレクションが眠っている。

「それは俺の宝物庫だ。……お前にはやらん」

「ん、別にいらない……」

 淡々とした声。その瞳に宿る感情は、先ほどと明らかに違っていた。

「そっか。ホームレスじゃなくて……ただの変質者だったんだね」

 ――変化した。

 彼女の目が、【帰る場所のないホームレス】から【変質者】に変わったのだ。

 ……いや、本当に変わったのか?

 その視線の軽蔑は、果たして別物なのか? 大して差がない気がしてきた。むしろランクが横並びに見えてきて、俺の自信は一瞬揺らいだ。

 だがすぐに気付く。違う。悪いのは俺じゃない。

 数日間放浪しても目的地にたどり着けない、そんな異常な広さを誇るアビドスの土地が悪いんだ。

 俺の醜態は、己の怠慢ではない。非常識な自治区のスケールそのものが悪なのだ。

 そう思った瞬間、俺の胸の奥で熱が再燃した。

 ――責任転嫁。だがそれでいい。自尊心は守られた。

 俺は砂に沈んだまま、より強固な自我を構築していく。

 狼耳の少女の目にどう映ろうと、構わない。

 俺は俺だ。銀河打者、変質者、ホームレス……呼びたければ好きに呼ぶがいい。

 だが忘れるな。俺は、この砂漠に倒れてもなお――開拓者だ。

 

彼女は俺のやつれ切った姿を見つめ、痛ましそうに眉を寄せた。

「市街地の方に行けば御店もあるけれど……こっちの方は公共交通機関もないし、大変だったでしょう?」

 その声音に、妙に胸がきゅっと鳴った。労わりの響きなんて、随分と久しぶりだ。

「正直、もう歩きたくない」

 肩を落とす俺に、彼女は小さく「ん」と呟くと、何かを思い出したように背負ったバッグを漁りはじめた。

 そして、取り出された一本のボトル。ラベルには「エネルギー補給に最適!」の文字が踊り、内容物は九割方残っている。

「……はいこれ、エナジードリンク」

 その瞬間、俺の目には光が差した。乾ききった砂漠に突如湧いた泉、いや、真昼の蜃気楼すら凌駕するオアシス。

「ライディング用なのだけれど、今これくらいしか持っていなくて――えっと、コップは」

「頂きますッ!」

 迷いはなかった。飢えた獣が肉を貪るように、俺はボトルを(半ば強奪する勢いで)掴み、キャップをひねる。乾いた唇に冷たい液体が触れた瞬間、理性など吹き飛んだ。

 ごく、ぐびぐびぐびッ――。

 喉が水流を欲するように一気に飲み下す。彼女が「え……」と声を漏らす暇もなく、飲み口に唇を付けている自分に気付き、シロコの頬がわずかに赤く染まった。

「ッ! あ、それ……」

「――ぷはァッ! 生き返ったァァ!!」

 荒野に芽吹く新緑のごとき復活。俺は両腕を広げ、勝ち誇ったように息を吐き出す。

 一方の彼女は口をもごもごと動かしていたが、やがて目を閉じて小さく首を振った。

「……ううん、何でもない。気にしないで」

「? 本当にありがとう。助かった」

「まぁ、うん」

 頬を掻きながら、何とも言えない表情で頷くシロコ。やはりこれはイベントだ。フラグが立った。

 

「ん。もう歩いても大丈夫なの? たぶん……いや、間違いなく脱水症状とか、熱中症とか起きてたと思うけど」

 

「そんなもので俺は倒れない。なぜなら――銀河打者だからな!」

 

「ん、でもさっきは倒れてた」

 

「…………」

 

彼女はなかなか痛いところを突いてくる。しかし俺は負けない。平静を装うんだ。

 

「一つ聞いてもいいか?」

 

「ん。私で答えられるなら」

 

「この辺にさ、『アビドス』って学校があるって聞いてきたんだけど?」

 その名を出した瞬間、シロコの足がぴたりと止まった。目が細められ、声が低くなる。

「……『アビドス』に用があるんだ。……そっか。久しぶりのお客様だ」

 遠くを見つめる眼差しは懐かしげで、それでいて警戒の色も帯びていた。

「ってことは、お前はそこの生徒?」

「ん……その通り。私は砂狼シロコ。だから、“お前”呼びはやめてほしい」

「分かった。俺は銀河打者! よろしくな!」

「銀河打者……分かった。案内する。もうすぐ着くから」

 ――ついに来た。イベントの進行。目的地まであと少し。

 ならば……今こそ勇気を出して頼むべきだろう。

「そうなの? じゃあ、もう一つお願いしてもいい?」

「ん、どうぞ」

 

「俺を背負ってくれ」

 

 その瞬間、彼女の顔に露骨な「えぇ……」が浮かんだ。だがシナリオは進む。選択肢は用意されている。

 

 数秒黙り込んだシロコは、やがて溜め息をつき、肩を竦めて呟いた。

「……ま、いいよ。メインヒロインって言ってくれたお礼」

 

 そう言ってロードバイクを路肩に停め、鍵をかける。盗難の心配など無用――この荒れ果てた地でそれを狙う物好きなどアビドスの生徒くらいだろう。

 バッグに鍵を仕舞った彼女は、俺の前で背を向け、そのまま屈み込む。

 ――広がる背中。差し出された手。

 これはただの救助じゃない。これはヒロインイベント、そう、俺の開拓の第一歩だ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 「ただいま」

 「おかえり、シロコ先輩――うわっ!? 何!? そのおんぶしているの誰!?」

 「わぁ、シロコちゃんが大人を拉致してきました!」

 「拉致!? もしかして死体!? シロコ先輩、ついにヤっちゃったんですか……!?」

 「皆落ち着いて、バレなきゃ犯罪じゃないわ! 死体を隠す場所を探すわよ、体育倉庫にシャベルがあるから、それで――」

 ………俺の耳に飛び込んでくる会話の数々。

 いや待て。俺は今、背中でぐらぐらと揺らされている。確かに死にかけて砂漠に倒れていたのは事実だ。だが銀河打者たる俺が、こんなにも簡単に死体認定されるのはどういうことだ。

 おまけに拉致って……俺は貨物か。

 アビドス高等学校、対策委員会の部室。

 そこは如何にも文芸部室然とした部屋だった。ホワイトボードと長机。スチール棚にはぎっしりとファイルが詰め込まれ、学園らしい光景を織りなしている。――もっとも、机の上に散らばる弾薬と銃器がすべてをぶち壊していたが。だがまぁ、キヴォトスでは一般的な光景なのだろう。……たぶん。

 俺を背負ったまま入ってきたシロコは、周囲の心無い発言に、何とも言えぬ微妙な表情を浮かべている。

 そうだろう、俺だって天下の銀河打者なのだ。死体や拉致などと並べられては立つ瀬がない。

 部屋にいたのは三人。

 黒髪に赤い眼鏡の少女。

 猫耳にツインテールの少女。

 そして、やけに明るい髪を揺らしながら笑顔を貼り付けた、胸部装甲が「デッッッ!」な少女。

 なるほど、これがアビドス対策委員会の面々か。ならばここは――。

 俺はシロコの背中から、ひょこりと首を出す。

 ヒョコ。

「ギャァァァァァァ!!」

「死体が生き返りました………!」

 よしよし。いい感じに驚いている。死体扱いからの生還――観客を沸かせる舞台装置としては上々だ。

「ん、みんな落ち着いて。死体じゃない」

 ここでシロコがネタばらしをして場を鎮めてくれる――はずだった。

「ただの変質者のお客さん」

 ………何故だ。何故そうなる。死体よりも酷い烙印を押されている気がするのは俺だけか?

「えっ、死体では、なかったのですか……?」

「拉致じゃなくて、お客さん?」

「でも変質者って言ってたわよ」

 三人の視線が交錯し、そして俺に注がれる。

 その眼差しには訝しさが滲み、疑いと警戒と「関わりたくない」という本音が入り混じっていた。

 ――どうやら、銀河打者としての俺の名声はまだこの地に広まっていないらしい。

 いや、それどころか変質者扱い。

 ……ならばここは、自己紹介で挽回するしかない!

 俺は胸を張り、堂々と名を告げた。

「俺はゴミ箱を愛し、ゴミに愛される――銀河打者の穹だ!」

 その瞬間。

 黒髪の眼鏡ツインテールが疑いの目を細め、

 金髪で胸部がデッッッな少女は、笑顔だったが頭の上に「?」を浮かべ、口を開けていた。

 

まさか、銀河打者にそこまで惹かれないのか!?こんなにカッコいい名前なのに!?

 

俺はみんなの反応を見て少しガッカリした。

 

 「ぎ、銀河打者? そういえばネットのどこかに……」

 眼鏡の子――アヤネが手元のスマホを忙しなく操作していたかと思えば、パッと顔を上げる。

 「あ、ありました!」

 瞳が驚きと戸惑いの光で揺れる。

 「あなたは……シャーレの先生で合ってますか?」

 先生。ああ、そうだ。そういえば俺はそんな肩書を背負っていた。

 だがしかし、俺の心に響くのは「銀河打者」の方だ。だって先生より打者の方が格好良いじゃないか。だが、問われた以上、答えるのも礼儀だ。

 「ああ、ゴミ箱を愛し、ゴミに愛されるシャーレの先生だ!」

 ……しまった、余計な一言を添えてしまったかもしれない。

「どんだけゴミ箱が好きなのよこの人……てか待って」

「……え、ええっ! まさか!?」

「連邦捜査部シャーレの先生!?」

「わぁ、支援要請が受理されたのですね! よかったですね、アヤネちゃん!」

「はい! これで……弾薬や補給品の援助が受けられます!」

 三人は歓喜の声を上げ、互いに手を取り合って跳ね回る。

 部室の空気が一瞬で変わった。彼女たちの笑みは満ち溢れていたが、同時にそれは裏返せば――ここまでがどれほど孤独で、辛く、苦しい戦いだったかを雄弁に語っていた。

 見れば、部屋に積まれたコンテナや弾薬箱には殆ど何も残っていない。

 ギリギリで踏み止まっていたのだろう。アヤネの目尻にはうっすら涙が光っていた。

「あ、早くホシノ先輩にも知らせてあげないと……あれ、ホシノ先輩は?」

「委員長は隣の部屋でお昼寝中、私が起こしてくるから」

「お願いします、セリカちゃん!」

 猫耳の少女――セリカが小走りに部室を後にする。

 場を仕切り直そうとアヤネが改めて俺に向き直った、その時だった。

 ――パンッ! パンパンパンッ!

 甲高い発砲音が校舎の外から響いた。

 シロコが咄嗟に愛銃を抜き、窓辺に身を寄せる。

 同時に、デカい子――が俺の頭を抱えて床に伏せさせた。

 その時、俺は悟った。

 ――やはりデカイものは、ただそれだけで尊い。

 窓越しに外を覗いたシロコの表情が険しく歪む。

「ヒャッハー!」

「今度こそ終わりにしてやるぞ! 奴らは既に弾薬の補給すら受けられていない! 押しまくれ! 数で押し続けろ! 学校の占領までもう少しだッ!」

「おい校舎は壊すな! 俺たちの住処になるんだからな!」

 荒々しい怒声と銃声が交錯する。

 武装した不良どもが校門へ雪崩れ込んでいた。銃を乱射する者、土嚢や弾薬箱を担ぐ者。完全に学校を落とすつもりらしい。

「わわっ! 武装集団が学校に……! あれは、カタカタヘルメット団です!」

「またあいつら……!」

 アヤネが端末を操作しながら悲鳴を上げ、シロコが愛銃のレバーを引いたその時――。

「ホシノ先輩連れて来たよ!」

 セリカが駆け戻ってきた。その腕に抱えられているのは、小柄なピンク髪の少女。

 ……むにゃむにゃと寝言を言いながら、完全に脱力している。

「ホシノ先輩! 襲撃です! ヘルメット団が攻めてきたんですよ!」

「んぐ……そりゃあ、大変だねぇ……」

「先輩しっかりして! 出動です、学校を守らないと!」

 必死に揺り起こすアヤネとセリカ。しかしホシノと呼ばれる少女は一向に起きようとしない。

 ……分かる。こういうタイプは普通じゃ起きない。

 俺もそうだからな。

 考えた。選択肢は二つだ。ここで屈するか、奇策で起こすか。俺の頭にはいつも、単純で直接的な解法が浮かぶ。目の前の選択肢はいつだって、バットで殴るか抱え上げるかくらいシンプルだ。

「よし」

俺は躊躇なくホシノを抱き上げた。小柄で、思ったより軽い。寝ぼけた顔がこちらを向く。まるで柔らかいぬいぐるみを抱えるようだ。心がときめくとかそんなロマンチックな感情は一切なく、ただ目の前の問題を物理で解決する気持ちだけがあった。

「ちょっと! 先生!?」

 

「ホシノ先輩を連れてどこに行くのよ!!」

 

アヤネとセリカの声が追いかけてくる。シロコと大きい子も追いかける。だが俺は立ち止まらない。状況は既に臨戦態勢だ。時間も猶予もない。

俺は走った。校舎の廊下を、足裏に伝わる床の震えを確かめながら、ホシノをしっかり抱え上げて。銃声が近づくたびに胸が詰まる。そのたびに、俺は自分が「銀河打者」であることを思い出す。銀河打者は戦う。だが今の戦いはバットの振り抜きで解決できるものじゃない。だから俺は、最も直接的な方法に飛びついた。

「ホシノを盾にするぞ!」なんて言葉は、口にしない。口にするべきじゃない。けれど内心ではこう思っていた。――キヴォトス人も銃弾に当たったぐらいじゃ死なないらしい。だったら、目覚ましの代わりにちょっとした刺激を与えれば先輩は目を覚ますに違いない、と。効率と倫理が変な混ざり方をした思考だが、俺の脳は今はそう組み立てられている。

校門近くの遮蔽物まで一気に駆け込む。弾丸が風を裂く。破裂音が耳膜を震わせ、窓ガラスの小さな破片が光を散らす。誰かの叫び声が、かき消されるように消えていく。俺の膝が折れそうになる瞬間が来るたび、抱えたホシノの体温が伝わってくる。彼女の顔にはまだ眠気と微かな戸惑いが残っている。夢の中の人を抱えて走るのは、妙な気分だ。英雄と呼ばれるには程遠いが、俺には俺なりの正義がある。

 

そして、ついに戦場に出た。俺はすかさず眠ったままのホシノを盾にした。そしたら案の定ーー

「うへっ!痛い!痛いよ〜!」

俺の腕の中で、ホシノが身をよじった。

……よし、思った通り起きたみたいだ。

「何するのさ!」

むくれた声と、半分怒っていて半分眠そうな顔。

それでも目はちゃんと開いている。

「何って、起こしてあげたんだけど? あっ、もしかしてバットの方が良かった?」

我ながら優しい方法を選んでやったつもりだが、どうやら不満らしい。

「そういう問題じゃな〜い!」

ぷんすか怒っている。全く、起こしてあげたっていうのに何をそんなに怒っているのだろうか。

「ちょっと! アンタ何してんのよ!!」

セリカが食ってかかってくる。猫耳をピンと立て、目をつり上げて。

「だから眠ってた先輩を起こしてあげた……」

正直に言っただけなのに、なぜか責められている気がする。

「もっと別の起こし方があったでしょ!!」

「……あっ、なるほど。やっぱりバットの方が――」

「そういう問題じゃない!!」

うーん、何かが違うらしい。俺はただ助けたつもりなのに。

「ん、セリカにホシノ先輩。今は戦闘に集中」

シロコが短く告げる。彼女の声は冷静で、それだけで場が引き締まった。

「うーん、シロコちゃんがいうなら仕方ないな〜」

ホシノがようやく気怠げに立ち上がる。

「もう分かったわよ! やればいいんでしょ! やれば!」

セリカが息巻く。

「さぁ行きますよ〜」

デカい子――ノノミだ、彼女が朗らかに微笑む。

ガンッ――!

ホシノが盾を構え、銃弾を受け止めた。

火花が散り、閃光のように視界を裂く。

その瞬間、彼女は眠たげな少女から戦士へと変貌した。

『Eye of Horus』。

ホシノの愛銃が火を噴く。

重厚な反動と銃声が、眠気を追い払い、戦場を震わせる。

「ん、ドローン起動」

シロコの低い声。

次の瞬間、彼女のドローンが上昇し、ロケット弾を連射する。

ボンッ、ボンボンボンッ!!

爆炎と砂煙、混じる悲鳴。

視界の向こうで敵が散り、倒れていく。

シロコ自身も迷いなく飛び込み、飛び蹴りと射撃で敵を薙ぎ払っていった。

「行きますよ~☆」

ノノミの声は軽やかだが、彼女の武器はまるで怪物。

ガトリングガンの砲身が唸りを上げ、空気を震わせる。

バババババババ――ッ!!

音の壁のような弾幕が敵を飲み込み、数人がまとめて吹き飛ぶ。

「……一人ずつ、確実に」

セリカが狙撃銃を構える。

パンッ、パンッ――

迷いのない引き金、確実な射撃。

狙った敵が次々と崩れ落ちていく。

アヤネは後方でドローンを操作し、支援に徹していた。彼女の額には汗が滲んでいるが、必死に仲間を支えているのが伝わる。

俺はその様子を見ていた。

これがアビドス対策委員会――。

眠そうでも、怒りっぽくても、穏やかでも、彼女たちは確かに戦士だった。

だが。

いくら仲間たちが奮戦しても、敵の数は減らない。

押し返したかと思えば、また別の波が押し寄せる。

銃声が途切れることはなく、校舎の壁に着弾するたびに粉塵が舞った。

徐々に、確実に、押され始めていた。

銃声の間隔は詰まり、火線はじわじわとこちらへと迫ってくる。

「オラオラァ! どうしたぁ? いつもみたいに調子に乗って突っ込んでこねぇのかよ!」

前線の向こうで、ヘルメット団の一人が高笑いを響かせる。引き金を乱暴に引きながら、遊戯の延長のように撃ち込んでくる。

「まぁ無理もねぇよなァ! お前ら、弾薬尽きかけてんだろうがよォ!」

『……えっ!? なんでそんな情報を!?』

アヤネの悲鳴に似た声が通信越しに揺れた。

セリカがすぐに叫ぶ。「大丈夫だよ、アヤネちゃん! ヘルメット団なんか、私たちの敵じゃない!」

その声は力強かったが、握る狙撃銃の指先はかすかに震えていた。

「ん……やるよ」

シロコが短く応じる。その背中には迷いはない。

ノノミも笑顔を崩さずに構える。だが、その唇の端が硬く引き結ばれているのを、俺は見逃さなかった。

――もう我慢の限界だ。

ザッ!

俺は足を踏み出し、相棒のバットを担いで前に出た。

その瞬間、皆の視線が俺に突き刺さる。

なぜまだここに? なぜ銃も持たずに前へ?

問いは口にされるより早く、彼女たちの瞳に宿っていた。

「ん、危ない。先生は中でアヤネと一緒にいるべき」

シロコの声は冷静だったが、その裏に焦りが混じる。

「そうです! ここは、私たちで――!」

ノノミの声も重なる。

俺は首を横に振った。

「黙って見てるだけなんて、『開拓』の道に背く行為はしたくない」

抗議の言葉を遮り、俺はただ静かに告げる。

銃口がこちらを睨みつけ、火線は目の前に迫っているというのに、不思議と恐怖はなかった。

俺が向けている眼差しは敵ではなく、彼女たち――この学校を守ろうとしている少女たちへ。

砂塵の向こうから銃声が連なる。

火薬の匂いが肺を焼き、乾いた熱気が頬を撫でた。

それでも俺は一歩前に出た。

そして――わかりきった問いを敢えて口にする。

「一つ聞いてもいいか?」

シロコが驚いたように瞬きをした。「ん、今?」

「みんなはなぜ……小数で学校を守っているのか」

俺の声は静かだったが、耳に届く銃声よりもずっと重く響いた。

彼女たちの答えを聞くために。

そして、自分がここに立つ意味を確かめるために。

「ここ、学園都市にはたくさん学校があるはずだ。正直言って、必死になってまでこの砂に埋もれているこの学校を、なんで守ってるのか分からない――」

口から出た言葉は、冷たい風に乗ってすぐに消えそうだった。

嘘だ。本当は嘘だと、胸のどこかが疼いているのがわかる。守りたいからここにいる――その芯が、俺の肋の間でぎゅっと固まっていた。けれど今は聞きたかった。言葉で、確かめたかった。『開拓』を名乗るなら、相手の意思が本物かどうか、自分の耳で確かめるのは礼儀だと思ったんだ。

「アンタ……!」

セリカの声が炸裂しそうになる。怒りと焦りが混ざったその声。目がぎらついて、拳が小さく震えている。

「待って、セリカ。聞かれてるのは私」

シロコが一歩、前に出る。風が砂を巻き上げても、彼女の背筋は岩のように動かない。瞳に、今まで見たことのない色が灯っている。威圧でも哀しみでもない、むしろ静かな決意だ。

ノノミは言葉を挟めず、ただ二人の間を目で往復する。ホシノは無言で、眠りから覚めたばかりとは思えないほど真剣な表情で俺を見据えている。息遣いが、同期するように部屋の空気を詰めていく。

シロコの声は低く、しかし確かな響きを持っていた。

「……理由ならあるよ」

その一言のあとの沈黙が、塊になって落ちてくる。やがて彼女は言った。短く、しかし重い言葉を。

「ここが、私たちの“居場所”だから」

それが拳のように、胸を殴った。

言葉は単純だ。だがその単純さの裏に、どれだけの時間と涙と決断が詰まっているかが、手に取るように伝わってくる。砕けそうなほど薄い声で紡がれたこの一行に、彼女たちの背負ってきたものが凝縮されている。

――わかった。

目の中で何かがパチンと弾けた。長い旅の途中で、何度も似たような確信を味わってきた。選ぶことの痛みと、選ぶことの潔さ。やりたい方を選んで、正解が見えなくても進んできたあの感覚だ。今この瞬間、俺は確信した。俺のやり方は間違っていなかった、と。

「よし」

相棒のバットを担ぎ直す。金属の冷たさが手のひらに伝わると、無骨な感触が妙に安心をくれる。バットを構えると、身体の奥で血がうずく。理由ができたのだ。戦うべき理由が、はっきりとそこにある。

「俺は――ここを、開拓する」

声にした途端、足が自然と前へ出る。砂が靴底を擦る感触。火薬の匂いが鼻腔にまとわりつく。血と汗と砂煙が混じった熱気が、肺に染み込んでくる。遠くで敵の歓声がまた弾ける。だが今は、怖くない。怖いのは、守るべきものを見て見ぬふりをする自分だ。

拳を握り締め、目の前の仲間たちを見渡す。彼女たちの目には恐れもある。けれど、その奥には確かな炎が灯っている。あの「居場所」を守ろうとする意思が、確かにある。

俺はバットを少しだけ振り上げた。風が弾を運び、世界が一瞬だけ引き伸ばされる。心臓の鼓動が鼓のように連なる。開拓とは刃だけじゃない。守るために立つ覚悟もまた、開拓の一部だ。

――さあ行こう。俺の一歩が、彼女たちの明日を一歩前に押し出すはずだ。

 

「先生、もう一度言う。ここは本当に危ない。アヤネと一緒に下がって」

シロコの声が耳の僻地から刺さる。風に乗って硝煙の臭いが鼻を突き、頭の中の血がざわつく。だが、なんでだろう――胸の奥でなんか愉快なものがくすぐられる。

「そうよ! アンタなんかに助けられるほど弱っちゃいないんだか―――」

セリカが怒鳴る。声は戦場の色をしている。みんな必死だ。必死なのに、なんだか楽しい。戦いって本来こういうテンションで盛り上がるもんだろ? 俺はそう思う。

つい、口が滑った。止めるべきだとは頭の片隅でわかっているのに、言葉が勝手に出る。

「おやおやおや〜! もしかしてお前ら、コイツらが手加減してたことも気づかずに大口叩いてんじゃないの〜!! はっずかしい〜とはぁ思わなかったわけ〜!!?」

前線のヘルメット連中が一瞬ピクリと凍った。いいぞ、その表情。今が台詞回しの見せ場だ。

「なっ!」

「え、先生?」

「ど、どういうことでしょうか?」

アビドスの子たちも困惑しているがそれは敵も同様。このまま押し切ろう!

「ああそうか〜!お前ら、弱った敵を痛ぶることでしか生を実感できないんだ〜かわいそうにぃ」

悪戯っぽく嘲ると、ヘルメットの一人が真っ赤になって突っかかってきた。

「はぁ!? 何言ってんだテメェ!!!」

ああ来た来た、期待通りのリアクション。俺は相棒――バットの柄をぎゅっと握り締める。金属の感触が掌に冷たく沈み、無条件で安心する。不思議なもんだ。人生の相談はバットにするといい。答えはいつも直球だ。

「アレ〜? さっきのに怒るってことは〜自分たちが弱いってことを認めたわけだよな〜!?」

「う、うるさい! そういう煽り散らかすお前はどうなんだよ!!」

反論は聞き流す。彼らの言葉は火花のように飛んでくるが、俺の目は真っ直ぐバットに戻る。

 

「銃相手にバットが通用するなんて思っているのか? それこそ笑い物だろ!!?」

 

頭の中で血がぐわんと沸き立つ。なんでこんなにムカつくんだろう? ああ、わかった。相棒を侮辱されたからだ。相棒は俺の相棒だ。相棒は、俺の正義だ。相棒をディスったら、俺の正義にケチをつけたも同然だ。そうなれば、もう手加減なんてしない。

「じゃあ来いよ……」

俺の声は低く、刃のように鋭い。バットを肩に担ぐと、世界のノイズが少しだけ遠のく。目の前のやつらの顔が、漫画みたいに面白い。もっと怒れ。もっと慌てろ。そうすれば――

「クソ喰らえ! お前ら全員クソ野郎だ!! 脳髄に叩き込んでやるよ!俺の相棒のバットをバカにしたカタカタヘルメット団がクソ野郎どもの溜まり場って忘れないようにな!」

叫びはやや過剰かもしれない。やや、だ。ただの罵倒じゃない。これは祝祭の宣言だ。バットの柄が震え、身体の奥で鼓動が高鳴る。天然の狂気というのはこういうものだ。理由は特にない。ただ、正義のために相棒を守りたいだけなんだ。

向こうの連中の目が今まで見たことのない色で曇る。焦り、怒り、そして少しの恐れ。いいぞいいぞ、感情の交差点だ。俺はそれを楽しむ芸人のように、ぎらりと笑ってからバットを構えた。

さあ行こう。銃弾? 飛んでこい。バットは飛び道具を受け止めるために生まれてきたんだ。

 

銃声が砂煙を切り裂き、乾いた火花が夜の焔みたいに散った。

けれど俺の耳に残っているのは、掌に食い込む相棒のバットが刻むリズムだけだった。心臓と同じ拍で鳴っている。ドクン、ドクン、ドクン――俺と相棒はもう一心同体だ。

「オラァ! バットが銃に敵うわけねぇだろ!」

誰かが吠えた瞬間、身体が勝手に砂を蹴った。考えるより先に、飛び出していた。

ザシュッ――砂を裂く音。銃口がこちらに向く前に、バットが空を割った。

ゴンッ!

骨と鉄が同時に軋む感触。手応えは確かだった。目の前のヘルメットはひっくり返って地に叩きつけられ、頭を守るはずの鉄帽はカタカタと情けなく転がっていく。

「ほらなぁ! 相棒は笑い物じゃなくって、笑わせ物なんだよぉ!」

喉の奥から勝手に笑いが溢れる。声が裏返りそうなほど興奮している。

火花がまた散る。次の銃弾が火線を描いて迫ってきた。

だが横薙ぎに相棒を振るえば、弾丸はまるで打ち返された球のように、火花を散らして逸れていく。

――これだ。これだよ。この瞬間のために、俺は生きてる。

相棒はただの野球バットじゃない。球だけじゃない。弾丸だって打ち返せる。

「バットで銃に挑むとか頭イカれてる!」

「そ、そんなの――!」

ヘルメットどもが叫ぶ声は、恐怖と嘲笑のごちゃ混ぜ。笑うか泣くかも分からない音に聞こえる。

俺は笑った。頬が引きつり、喉が裂けそうなくらい笑った。

「誰がイカれてるって? イカれてるのはお前らのほうだろう!!」

バンッ、バンバンッ! 銃撃が集中する。砂煙の奥で火線が乱舞する。

俺は一歩踏み込み、わざと砂を蹴り上げて視界を白く染めた。その一瞬、目の前が霞んだ隙を狙って――バットを振り抜く。

ガンッ! ガガガッ!

金属をはじく衝撃が腕から肩に痺れを走らせる。だがその痺れすら心地いい。痺れるほど生きてると感じられる。

「オラァァァアアア!!!」

咆哮と共に振り下ろした一撃が地面を叩き割った。

砂と破片が炸裂し、爆ぜるように煙幕が広がる。敵の視界が潰れた一瞬、俺はもう次の奴の懐にいた。

――ゴシャッ!

ヘルメットがぐにゃりと歪む音。鉄が潰れる手応え。敵は呻き声をあげる間もなく崩れ落ちた。

呼吸は荒い。胸が焼けるように熱い。だが頭の中は澄みきっている。冴えすぎて、世界がスローに見える。銃弾がまだ飛んできているのに、恐怖はどこにもない。

代わりにあるのは、笑いだ。

込み上げて、溢れて、狂気みたいにこぼれていく。

俺は相棒を掲げた。高々と。狂気の旗印のように。

その姿を見たヘルメット団の銃口が、一瞬だけ――ほんの一瞬だけだが、迷った。撃つのを躊躇った。

その逡巡こそが、俺にとって最高の証明だった。

――バットは銃に劣らない。

相棒は、世界を揺るがせるんだ。

 

銃口が震えていた。

赤いヘルメットの奥、女の顔は引きつり、まるで自分が見ているものを信じられないかのように歪んでいる。

「お、お前……何なんだよ……! アビドスに……こんな奴がいるなんて、聞いてねぇぞ!」

その声がかすれるのを聞いて、俺は胸の奥からふっと笑いがこぼれた。

砂煙と火薬の匂いに混じって、その笑いが自分でも少しおかしいくらいに響いていた。

俺はゆっくりと相棒――銀色のバットを持ち直す。

冷たい金属の感触が手のひらに染み込んでくる。振るうたびに骨を砕き、銃弾を打ち返したあの感触が、まるで血流のように俺を昂らせる。

「俺は――」

相棒の先を、赤ヘル女へと静かに向ける。

その仕草ひとつで、女の指が引き金から離れかけた。もう恐怖に飲まれているのだろう。

「この学園都市を『開拓』する者にして――悪と戦う、唯一無二の先生」

一拍。息を飲む音がした。

その瞬間、胸の奥から爆ぜるように言葉が迸った。

「銀河打者の穹だッ! 覚えとけェ!!!」

その名を叫んだとき、世界が一瞬止まった気がした。

銃声も、砂煙も、敵の罵声すらも。

ただ俺の声だけが、焼けつく砂の大地に刻み込まれる。

俺は知っている。

この言葉は宣告だ。相棒と俺がここにいる限り、敵は震え、味方は笑う。

だから叫んだ。俺の存在を、この学園都市の空に叩きつけるために。

――銀河打者の穹。

その名はもう、止まらない。




続く

今回の開拓の旅はひとまずここまで、次回をお楽しみに

Mr.ミミ作のコーナーの今後

  • 新キャラの方がいい
  • ストーリーに関係するキャラがいい
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