青春を開拓する銀河打者   作:現代の弁慶

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   Ver1.0 もし砂の大地に、学ぶ生徒がいたら そのニ

「銀河打者の穹だッ! 覚えとけェ!!!」

銀河打者の咆哮が砂煙を震わせた瞬間、カタカタヘルメット団の連中は、蜘蛛の子を散らすように悲鳴をあげて崩れ落ちた。

赤いヘルメットも、青いヘルメットも、倒れた仲間を抱えながら、足をもつれさせ必死に退く。銃声が止んだあとの静寂が、逆に戦場の生々しさを際立たせていた。

「敵方……鎮圧完了」

アヤネの声が震えを帯びながらも、確かに響いた。

セリカは言葉を詰まらせたまま、シロコに視線を投げる。

「ねぇ……シロコ先輩、あの人……」

シロコは銃口を下ろし、静かに頷いた。

「うん。バット一つで、ここまで制圧するなんて……さすが銀河打者」

彼女の目は驚きと、ほんの少しの敬意に揺れていた。

「うへ〜……ほんとにすごいねぇ〜」

ホシノは肩を竦めて笑ったが、すぐに人差し指を突きつけて付け加える。

「でも〜、おじさんを盾にして起こしたことは、まだ許してないからねぇ〜?」

その声に、場の空気が一瞬和らいだ。だが、すぐにノノミの静かな呟きが重ねられる。

「……彼、わざとヘルメット団を挑発して……狙いを私たちから自分に引きつけていたのでは?」

アヤネが驚いたように目を瞬く。

ノノミは続けた。

「物資も少なく、戦える力が削がれていた私たちの代わりに……彼自身を囮にして戦った。きっとそういうこと……」

その言葉に、沈黙が落ちた。

砂の匂い、硝煙の匂いが残る空気の中で、三人――アヤネ、ノノミ、シロコは自然と同じ結論に至る。

――銀河打者。彼は。

互いに顔を見合わせ、言葉を重ねるように心が一つに収束していく。

『頼りになる人かもしれない』

胸の奥に芽生えた確信は、誰の口からも自然に零れた。

その瞬間、戦場の空気にほんのわずかな温もりが灯った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

全く、やっぱりモブはモブだな……。

数を頼りに弱った相手を袋叩きにする。そんなやり口に誇りも矜持もない。碌な奴じゃない。

――さて。

一息ついたところで、どうしてこんな状況になったのか、彼女たちから話を聞かねばならない。そう思った矢先――

バタン!

重たい音が鳴り響いた瞬間、視界が暗転する。

――――――――――

ここは……どこだ?

辺りを見渡すと、照明も点いていない会議室だった。

無骨な机、壁にかけられた古びた掲示板。空気が重く澱んでいる。

その中心に、大柄でメタリックな男と、黒髪に白い稲妻模様のようなものが走る男。

そして――小柄なピンク髪の少女。

『アレは……ホシノか?』

彼女はただその場にいるだけではなかった。激しい仕草、鋭い表情。

怒っている――それも、俺を盾にして起こした時のような小言めいた怒りではない。

もっと真剣で、魂を削るような怒りだった。

一体これはなんなんだ?夢か?幻か?

俺は答えを掴めないまま、ただその光景に釘付けになっていた。

――――――――――

 

目を開けると、天井。

ベッドの上に寝かされていて、横にはシロコが俯いて座っていた。

「ん、ねぼすけ打者。ようやく起きた……」

掠れた声でそう告げる彼女の横顔は、いつもの無表情よりも柔らかく見えた。

その時、扉がガラガラと開く。

「失礼しま――あっ、銀河打者さん、起きたんですね」

入ってきたのはノノミだった。

「ノノミ、今起きたところ」

シロコが振り返り、事務的に答える。

ノノミは小走りでベッドに近づき、心配そうに俺を覗き込んだ。

「大丈夫ですか? どこか痛いところとかありませんか?」

……正直、体はピンピンしている。だが――。

ここで少し心配してもらうのも悪くない。

「頭の全身が痛い………」

俺がそう告げた瞬間、二人は顔を見合わせて、くすりと笑った。

「ふふ、銀河打者さん、それは冗談ですよね?」

あれ? バレた……。

「ん、良い比喩だけど、普通の人はそんなこと言わない」

シロコは淡々と指摘してきた。

やはり、俺の比喩センスは常人には理解されないか。

「さ、起きたなら行こう」

「行く? どこへ?」

俺は首を傾げる。

「ん、招待する。私たちの居場所――」

シロコの目が僅かに細められる。

その声音には、かすかな誇りと、覚悟の影が混じっていた。

「対策委員会の本拠地に」

――居場所。

その言葉が胸の奥に刺さる。

ふざける隙もないほど、真っ直ぐな響きだった。

 

「そういえば……なんで俺、ベッドで寝てたんだ?」

上体を起こしながら首をひねる。確か俺は――そうだ、あの生意気なクソガキ相手にスイングの練習をしていたはずだ。

ノノミが少し困ったように眉を下げ、言葉を選ぶように口を開いた。

「実はあの後、あなたは倒れ込むようにして……グラウンドで意識を失ったんです」

……え?俺が?

一日のうちに二回も倒れるなんて、そんな漫画みたいな展開、俺の人生にあるはずが――いや、あったんだな。

「突然倒れた時は、さすがに焦った」シロコが続ける。

「でも……そういえば、何日も砂漠を遭難してたんだったなって思い出した」

彼女は淡々と語るけれど、きっと本当は心配してくれていたんだろう。無表情の奥に、ほんの少しだけ滲んだ柔らかさがあった。

「その後は、みんなで保健室まで運んで……アヤネに処置をお願いして。私はノノミと交代であなたの面倒を見てた」

なるほど、つまりこれは俺のせいじゃない。

悪いのは、この灼熱の砂漠と、ヘルメットをカタカタ鳴らしていたクソガキどもだ。俺は被害者であって、断じて加害者ではない。

「まぁ、荷物の中に水か食糧でもあれば、こんなことにはならなかったと思うけど」

シロコがちらりと俺の荷物に視線をやる。

……うん、それは知らない。俺のせいじゃない。ゴミのせいでもない。

繰り返すが、悪いのは砂漠とクソガキだ。

ノノミが小さく頭を下げた。

「先生――じゃなくて……銀河打者さん。ありがとうございました」

「ん?」思わず首を傾げる。

「あなたのおかげで、あのカタカタヘルメット団から学校を守れました。挑発して、私たちから標的を自分に移したんですよね?」

……ああ。まぁ、初めは確かにそんな意図もあった。

だが正直、後半は相棒をバカにされた怒りで突っ走ってただけだ。

いや待て、何を正直に考えてるんだ俺。ここは「銀河打者」の名に恥じない言葉を刻むべきだろう。多少の脚色? それはもう開拓者の特権だ。

「そうだ。『開拓』に悪を許すということはないからな!」

声に出した瞬間、胸の奥でカッと熱が広がる。自分で言っておいてなんだが、これは……かなり決まったんじゃないか?

「ん、なんか……カッコつけた」

シロコがぼそりと呟く。

「まぁまぁ、いいじゃないですか」

ノノミは微笑みながら肩をすくめる。

――ふふ、どうだ。これが「銀河打者」の本領だ。

「ところで……」俺は視線を周囲に巡らせながら口を開いた。

「どうしてこの学校には数人しかいないんだ? 本来、学校ってのは数百人単位の生徒がいるものじゃないのか? それなのに、ここには五人しか……」

問いかけた瞬間、ノノミが短く答えようとした時、すでに目的地に辿り着いていた。

「ああ……それは――」

「ん、ついた」

そう言って立ち止まる。

ガラガラ、と扉が開かれる音。

「あっ、起きたんですね」

アヤネが振り返り、安堵の色を浮かべる。

「遅い! 何時間寝てたのよ!!」

セリカが食ってかかるように声を張り上げる。

「うへ〜、おじさん的にはもうちょっと寝てても良かったかなぁ」

ホシノは相変わらずマイペースだ。

「ホシノ先輩!」アヤネが慌てて窘める。

――なるほど、これが「居場所」ってやつか。

俺は心の中でそう呟いた。

アヤネが椅子からすっと立ち上がり、場を整えるように俺へと向き直った。

「それでは改めて、ご挨拶しますね。私たちは、アビドス対策委員会です。私はオペレーターと初期対応を担当している1年のアヤネ……。こちらは同じく1年のセリカです」

セリカは少し肩をすくめて、軽く会釈する。照れくさそうに目を逸らした仕草は、妙に人間くさくて悪くない。

「2年のノノミ先輩と、シロコ先輩です」

「改めてよろしくお願いします、先生~!」とノノミが笑顔で手を振る。

「……一番最初に、道端で会ったのが私。……あ、別にマウントを取ってるわけじゃない」

、別に良いじゃないか。こういう場面でメインヒロインの特権を使わずしていつリードを取るつもりなんだ?

「いいぞ、取れ! マウントを取れ! 今こそアプリのアイコンとしての権利を主張する時だ!」

「ん、だったら次からは容赦なくみんなと差を広げていく……」と彼女は真顔で返す。

 

「ちょっと! 私にはなんの話なのか全然わかんないんだけど……」セリカが声を上げる。

「大丈夫です、セリカちゃん。私にも分かりませんから」アヤネが優しく返す。

――よし、理解者ゼロ。俺とシロコの二人だけで通じている奇妙な会話。

「そして、こちらが委員長の3年生――ホシノ先輩です」

「いやぁ~、よろしくね、銀河打者君~」

ふわっとした声色。しかし、次の瞬間、ホシノの目が鋭く光った。刹那の光は鋭い刃物のようで、思わず息を呑む。

だがそれも一瞬。すぐに彼女はまた、いつもののほほんとした微笑みに戻った。

……今のは、なんだったんだ? 疑いの目か? それとも……俺が見た、あの妙な夢と繋がっているのか。

「ご覧の通り、わが校は現在危機にさらされています……。そのため、シャーレに支援を要請し、こうして来てくださったことで、大きな危機を乗り越えることができました。本当に、感謝してもしきれません」

アヤネの言葉は落ち着いていて、それでいて真剣だった。

俺は胸を張った。

――ようやく俺の名が広まり出した。銀河打者の評判がようやくここに届いたのだ。これほど嬉しいことは、ゴミ箱を見つけた時くらいしか他にない。

だが、まだ解決していない疑問がある。開拓者として、ここで口をつぐむのは恥だ。

「さっきも聞いたが、どうしてこの学校にはお前たち五人しかいないんだ?」

俺の問いかけに、委員会の面々はこっそりと互いの顔を見合った。言葉にできない心配を、視線だけでやり取りしているのがわかる。ホシノは目を閉じていたが、その一瞬だけ、俺に目を向けた。

「そうですね。もうお気づきのようですし、説明します」アヤネが頷く。

「対策委員会とは、このアビドスを蘇らせるために、有志が集まって立ち上げた部活なんです」

「うんうん! 全校生徒で構成される唯一の部活なのです! ……全校生徒っていっても、私たち五人だけなんですけどね~」

ノノミが照れ笑いを浮かべながら付け加える。

……五人しかいない“全校生徒”。その響きは笑い話のようで、同時に胸を刺す現実でもあった。

「他の生徒は転校したり、退学したりして、町を出て行った。……学校がこんな状態だから、住民もほとんどいなくなって……。だから、ヘルメット団みたいなチンピラにまで襲われる始末。現状、私たちだけじゃ学校を守りきれない。在校生として、情けない話だけど……」

シロコの声は淡々としていたが、その奥に滲む悔しさを俺は見逃さなかった。

無表情な瞳の奥で、静かに火が揺れている。

――なるほど。これが彼女たちの背負っているものか。

その重みは、普段わざと冗談をかぶる(※本人は自覚していないが普段からおかしい)俺でも、きちんと理解できた。

「もし銀河打者くんが来てくれなかったら……あの時、本当に万事休すだったと思うよ〜」

その隣でノノミが大きくうんうんと頷く。

「補給品も底をついてたしね。あのタイミングで現れるなんて、ほんとに神様かと思ったよ、銀河打者くん」

――神様、か。

言われ慣れてない言葉に、俺は思わず頭を掻いた。気分が良いのは確かだが、くすぐったくてどうにも落ち着かない。

こういう時は話題を切り替えるに限る。

「よし! ここからは俺に対する質問タイムだ! みんな好きなことを聞いてくれていいぞ!」

空気が一瞬止まる。自分から提案しておいて何だが、質問タイムなんて本当に始まるのか? と思ったその時――

「ん、じゃあ私」

シロコが手を挙げた。いつも淡々としているくせに、こういうときだけ即答するのはズルい。

「グラウンドでも言ってた『開拓』って何?」

ほぉ……いい質問じゃないか。

俺の「開拓」という言葉に興味を持つとは、見る目がある。決めた。彼女には帰り際に、列車に乗るかどうかを最初に聞こう。だがその前に、答えを示さなければならない。

俺は椅子から少し身を乗り出し、ゆっくりと語り出した。

「『開拓』はな、未開の土地に足を踏み入れ――」

一拍置いて、笑みを浮かべる。

「冒険し、その土地を光で照らすこと」

教壇に立つ教師のように、相棒のバットを軽く叩きながら続ける。

「俺はその開拓を担う、星穹列車のメンバーの一人だ」

シロコの瞳がわずかに揺れ、「『開拓』……」とその言葉を反芻するように口にした。

「そして俺は、今回この学校、この土地を『開拓』の舞台に選んだ」

胸の奥が熱を帯びる。誰に頼まれたわけでもない。ただ、俺自身が決めたことだ。

「これからはお前らだけじゃない。俺も一緒に、この学校のために戦おう」

言葉を放った瞬間、背筋が自然と伸びた。

これはただの宣言じゃない。――誓いだ。

俺の声に部屋がわずかに震えた気がした。

対策委員会の面々は一様に黙り込んでいたが、その瞳の奥に、さっきまでとは違う色が宿っているのを俺は見逃さなかった。

「……私、まだアンタのこと認めてないから」

その言葉は、セリカの唇から零れ落ちるように発せられた。

教室に漂う空気が一瞬で凍りつく。

彼女の瞳は、刃のように鋭く俺を射抜いていた。

胸の奥で、何かが砕ける音がした。

――仲間宣言をしたばかりだぞ? それを即座に否定するなんて、そんなのあんまりじゃないか。

銀河打者たる俺の心は……いや、肝臓か? いや違う、胃袋かもしれん……とにかく何かが破裂するような衝撃を受けた。

気づけば、俺は両手で腹を押さえ、その場に倒れ込んでいた。

「せ、先生!?」

アヤネの悲鳴が響く。

「ん、また倒れた」

シロコの淡々とした声が追い打ちをかける。まるで慣れっこじゃないか。俺はそんなに頻繁に倒れていたのか?

「うへぇ〜……これは気絶かなぁ」

ホシノの間の抜けた声が教室を漂い、俺の尊厳にトドメを刺す。

「もう、セリカちゃんが嫌いなんて言うからですよ! メッ!」

ノノミがぷんすか怒る声を聞いた。が、俺の耳には遠く響いていた。

「そ、そんなに落ち込むことないでしょ!?」

振り返ったセリカの声は震えていた。

「確かに……襲撃から学校を守ってくれたのは感謝してる。……ありがとう。でも、今までの大人だって最初は優しかった。信じたい。でも……信じられないの!」

その言葉を最後に、セリカは踵を返し、教室の扉を乱暴に開けて飛び出していった。

その背中を、誰も追わなかった。

俺も……追えなかった。

「う、うぅ……」

俺は呻き声を上げた。

「せ、先生、大丈夫ですか? すいません、セリカちゃんは――」

アヤネが慌てて駆け寄る。

俺は震える声で告げた。

「お、お腹がすいて……う、動けない……」

――沈黙。

場の空気が、ぴたりと止まる。

俺は己の本心を正直に口にしただけなのだが、どうやら彼女たちには違う種類の衝撃が走ったらしい。

「……腹、減ってただけ?」

シロコが無表情に呟く。

「うぅ〜もう! びっくりしたじゃないですか〜!」

ノノミが半泣きで俺の肩を揺さぶる。

アヤネは額を押さえ、深いため息を吐いた。

「……心配して損しました」

 

「まぁまぁアヤネちゃんそう言わないであげようよ〜。」

 

だが、俺は知っている。

空腹は、人間の最大の敵だ。砂漠もヘルメット団も恐るるに足らず。だが、腹が減っては戦もできない。

ここで立ち上がらねば、「開拓者」の名が廃る。

ノノミがにこにこと差し出したカードを見た瞬間、俺の脳内でファンファーレが鳴り響いた。

「じゃあ私のカード使っていいので、好きなものを頼んでくださいね⭐︎」

お、おごり!?

しかもこれは……名の知れたゴ、ゴールドカード!?

金色に光り輝くその一枚を、俺はまるで秘宝を前にした冒険者のように両手で受け取った。

これは……使い切らねばならぬ。

そうだ、せっかく貸してくれたノノミに失礼があってはならない。

使い切ってこそ礼儀! それが開拓者の矜持だ!!

俺は即座に立ち上がり、机の上の電話に手を伸ばした。

「よし、まずは最寄りの出前寿司屋に連絡だ! いや、肉だ。肉を忘れてはならん。ピザも捨てがたい。いや待て、中華も必須――」

その瞬間、ひやりと冷たい感触が俺の手首を包んだ。

アヤネだった。

彼女は笑顔を浮かべ、俺の顔を真正面から覗き込んだ。

その微笑みは、一見すれば優しげ。けれど……なぜだろう。俺の脳裏には背後から忍び寄る死神の幻影がよぎった。

「ちゃんと食べられる量で、節度を持って頼んでくださいね?」

その声は静かで、柔らかかった。

だが俺には確信があった。

これは命令だ。従わねば、俺は次の瞬間「銀河打者」から「銀河遺影」に変わっている。

……今、俺の中の「怖い人ランキング」が一位更新された。

ユウカを飛び越え、アヤネがトップに躍り出た瞬間だった。

結局、頼んだのはハンバーガー、ポテト、フライドチキンといったファーストフード数品に落ち着いた。

――無念。しかし生き残るためには仕方ない。

そうして運ばれてきたファーストフードを囲み、俺たちは黙々と手を動かした。

紙袋の口を裂く音、油が衣に染み込んだ匂い、コップに注いだ炭酸の泡がぱちぱちと弾ける。

その一つ一つが、戦場で張り詰めていた神経をほどき、胃袋だけでなく胸の奥まで満たしていくようだった。

「はぁ〜おいしいですね」

ノノミが頬を緩める。

「ん、久しぶりにデリバリー頼んだ」

シロコが小さく呟き、頷いた。

……そうだ。

彼女が言った「久しぶりに」という一言。

それにアヤネがちらりと見やった、空いたままのセリカの席。

「セリカちゃんもいれば良かったんですけどね〜」

「仕方ないよ〜。セリカちゃんは警戒心が強いから……」

ホシノが笑って言ったが、その目元はどこか寂しげに揺れていた。

俺の脳裏に、セリカの言葉がよみがえる。

『確かに……襲撃から学校を守ってくれたのは感謝してる。……ありがとう。でも、今までの大人だって最初は優しかった。信じたい。でも……信じられないの!』

……あれは、どういう意味だ?

まるで以前にも、ここに誰かが来たことがあるような口ぶりだった。

そして「久しぶりのデリバリー」。

やはり、資金の面でも問題を抱えているらしい。

どうやら今回の「開拓」は、一筋縄ではいかないようだ。

「なぁ、お前たちの学校に、過去に誰か来たことがあったりするのか?」

俺は、ポテトを一本掲げながら問いかけた。

シロコは少しだけ考え込んだが、やがて真っ直ぐに俺を見た。

「助けてくれたし……いい人なのはわかってるから、話してあげる」

「えっとね、簡単に説明するとさ……この学校、借金があるんだ。まぁ結構、ありふれた話なんだけどね〜」

ホシノは、いつもの調子でさらりと口にした。

やはりか……!

俺は深く頷いた。

だが大丈夫だ。

俺にはこれまでの開拓で貯めてきた信用ポイントが五千万以上ある。

スターピースカンパニーが発行する銀河規模の通貨だ。

数百万程度の借金なら――この銀河打者に任せておけ!

俺は胸を叩き、勝ち誇った笑みを浮かべる。

「なるほどな! だが安心しろ! この俺が代わりに――」

「きゅ、九億円ほど……」

アヤネの口から放たれた数字は、雷鳴のように俺の耳を打った。

……ん?

九……億?

……おや?

「おく」という音が聞こえた気がするが、空耳か?

いや、もう一度整理しよう。

数百万ならまだしも――億?

九……億ぅぅぅぅ!?!?!?

「……アヤネ、今のはジョークだよな?」

俺は震える指でチキンをつまみ上げた。

「ん、ジョークじゃない」

シロコがさらりと首を振る。

九億。

その桁数は、俺の銀河脳を一瞬でフリーズさせるには十分すぎた。

だが……ここで怯んでは「開拓者」の名が廃る。

俺は必死に笑みを作り、宣言した。

「ふ、ふはははは! なるほど、九億か! ちょうど俺がこれから稼ぐ予定の額だな!」

……俺は本気だ。

周囲がぽかんとしているが、関係ない。

この学校を救うためなら、九億でも十億でも……打ち砕いてやる!

ホシノがのほほんとした声で言う。

「いやぁ無理しなくていいよ〜。これは私たちの問題なんだし、それに急に九億円なんて払えないでしょ〜」

……まぁ、それはそうだ。

だが――ん? そういえば俺、前に何億もする買い物を平然と繰り返していた赤髪の女を見たことがある気がする。

宇宙ステーションで偉い奴だ。あいつなら九億くらい笑って出してくれそうだが……誰だっけ?

ん〜〜〜〜!!思い出せ!思い出すんだ銀河打者!!

(……無理だった。頭を捻っても出てこないものは出てこない。まぁいい、思い出せないのは宇宙のせいだ。俺のせいじゃない。)

仕方ない、ここは状況を聞いておくべきだろう。

アヤネが俺に向き直り、姿勢を正して口を開いた。

「先生、これはアビドス……いえ、私たち対策委員会が返済しなくてはならない金額です。この借金が返せなければ、学校は銀行の手に渡り、廃校手続きを取らざるを得なくなります」

「……それにしても、大分でかい借金だな。億って……」

「……はい。事実、完済できる可能性は零に等しく、ほとんどの生徒は諦めて、学校と街を去ってしまいました」

「そして私たちだけが残った」

シロコが小さく呟いた。その声音には砂のように乾いた悲しみが滲んでいた。

……胸がちくりとした。

俺は普段なら「砂漠のせいだ!」「銀行のせいだ!」と責任転嫁して笑い飛ばすところだが、この沈んだ声を前にすると、なぜか軽口を挟めなかった。

「学校が廃校の危機になったのも、生徒がいなくなったのも、街がゴーストタウンになりつつあるのも、全てこの借金が原因です……」

アヤネが目を伏せる。

「借金をすることになった理由は――」

その声色は、まるで過去を掘り起こすたびに痛みに触れるようで。

俺は思わず拳を握り直した。戦場に立つときと同じ緊張が、ここで走った。

アヤネは淡々と、しかし確かに語る。

数十年前、この学区を襲った砂嵐のこと。

普通の砂嵐じゃない。想像を絶する規模で、校舎も街並みも砂に埋め尽くしていった。砂嵐が去ったあとも、砂は留まり続け、まるで大地が呼吸を止めていくように。

「その自然災害を克服するために、アビドス校は多額の資金を投入せざるを得なかったのです。しかし、土地だけが広い片田舎の学校に、巨額の融資を許す銀行はなかなか見つからず……」

焦った彼らは四方八方に手を伸ばし――そして。

「結局、見つかったのは悪徳金融業者」

アヤネの声がわずかに震えた。

「最初のうちは、すぐに返済できる算段だったのだと思います。しかし砂嵐はその後も毎年、更に巨大な規模で発生し……学校の努力も空しく、学区の状況は悪化の一途を辿りました。その度に借金も……」

聞きながら俺は、胸の奥がざらざらと掻きむしられるような感覚を覚えた。

砂嵐に呑まれる街。消えていく人々。

その上で、悪徳金融に縛られる生徒たち。

「……膨れ上がって、今の金額になった、という訳か」

俺がそう呟くと、アヤネは深く頷いた。

「はい……私達の力だけでは、毎月の利息を返済するだけで精一杯でして、弾薬も補給品も、底をついてしまっていました」

ノノミが言葉を重ねる。

「セリカちゃんがあそこまで神経質になっているのは、これまで大人の誰も、この問題にまともに向き合わなかったからで……話を聞いてくれたのはあなたが初めてだったんです」

なるほど……そういうことか。

つまり大人たちはみんな耳を塞いできた。

借金の額がどうとか、利息がどうとか、俺には正直ぴんと来ない。けれど、見て見ぬふりをされる痛みならわかる。俺だって開拓の道で何度も、同じ目を向けられたことがあったから。

「まぁ、そういうつまらない話だよ」

椅子を軋ませながら背凭れに寄りかかり、ホシノが吐き捨てる。

シロコもアヤネも、重たい影を背負ったまま。

状況はかなり悪い。

九億の借金。毎年の砂嵐。生徒たちが去ってしまった学校。

――冷静に考えれば、少なくとも「生徒の身分でどうこうできる」話ではない。

普通なら、ここで絶望して終わりだろう。

だが残念!その「不可能を可能にするため」に俺はここにいるのだ!!

宇宙の果てまで続く開拓の旅は、いつだって絶望のど真ん中から始まる。

俺は椅子から身を起こした。

「状況はわかった。つまり――」

全員の視線が俺に集まる。

アヤネはきっと「先生にまで背負わせるわけにはいきません」と言うつもりだろう。

シロコは「無茶だよ」と眉を寄せるだろう。

ホシノは「ははっ、何を言い出すやら」と茶化すに違いない。

だが、俺はそんな予想を軽々と飛び越えて。

「セリカに俺を認めさせればいいんだろ?」

沈黙。

教室の空気が固まった。

……うむ、完璧な結論だ。

九億円? 砂嵐? そんなのは言い方は悪いが後だ。

開拓の第一歩は、仲間を得ること。つまりセリカに「銀河打者」を認めさせれば、すべてが転がり始めるのだ!!

俺は満足げに頷き、胸を張った。

 

そして俺は誓った。明日セリカに必ず俺を認めさせると

 




続く

今回の開拓の旅はひとまずここまで、次回をお楽しみに

Mr.ミミ作のコーナーの今後

  • 新キャラの方がいい
  • ストーリーに関係するキャラがいい
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