青春を開拓する銀河打者   作:現代の弁慶

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   Ver1.0 もし砂の大地に、学ぶ生徒がいたら その三

翌日、アビドス住宅街。

かつて人々の笑い声が響いていたであろう並木通りは、いまや不気味なほどの静寂に包まれていた。

外観こそまだ整っている家々も、玄関先には砂が積もり、伸び放題の草木が窓を覆い隠し、まるで住人の帰りを忘れたかのように荒れていた。

ゴーストタウン――その言葉が、いやに現実味を帯びて胸に迫る。

だが俺はそんな荒涼とした街並みの中で、不敵に笑った。

フッフッフッ……流石にこの変装なら誰にも気づかれまい。

なぜなら――

俺はいま、ゴミ箱の中に潜んでいるからだ!!!

そう、宝物(ゴミ)を余すことなく再利用した完璧な偽装。

しかもゴミ箱と一体化することで自然な伺候(しこう)を演出できる。

まさに「潜入型操作」の極致といえるだろう!

もし誰かに怪しまれても大丈夫だ。

ゴミ箱を漁ってまで俺を探そうとは、誰も思うまい……。

「みんな、張り込みってのはこうやってやるんだぞ」

俺は得意げに心の中で宣言した。

――直後、冷ややかな声が頭に響く。

アロナ『いえ、サイテーな張り込みの仕方です。』

おっと、冷静なツッコミだ。

だが張り込みに必要なのは、理屈では

なく「魂」だと教えてやりたい。

アロナ『……そういえば先生、さっきまでシャーレにいましたよね?どうやってここまできたんですか?』

ほう。なるほど。

開拓を知らぬ者には、これが疑問なのか。

ならばよし、教えてやろう。

俺はゴミ箱の底から、ひときわ光を放つ丸い物体を取り出した。

淡い輝きにアロナの声が驚きに揺れる。

アロナ『先生、これは……?』

「コイツは界域アンカーだ」

銀河の至る所に点在する、奇妙にして神秘の装置。

誰が作ったのか? 仕組みはどうなっているのか?

答えはわからない。わからないが――それこそがロマンだ。

ただひとつ確かなのは、これが開拓の星神アキヴィリの力によって稼働しているということ。

そして、俺と同じ“現役のナナシビト”にしか扱えないということだ。

触れれば、フィールド上の仲間の傷を癒すことができる。

(ただし空腹は直せない。そこは惜しいところだ。)

さらにアンカー同士を繋げば、銀河を股にかけて瞬時に移動できるのだ。

その快適さと速度は、スターピースカンパニーの輸送システムすら凌駕する。

もはや通勤の概念が崩壊するレベル。

「俺は昨日、このアンカーをアビドス高校に設置した。そして、そこからワープしてここに来たんだ」

誇らしげに語る俺。

ゴミ箱の中で、世界の理を操る力を握っているこの姿――。

誰が想像できるだろうか?

 

そんな雑談をしていた矢先、俺の視界を横切る人影があった。

肩までの髪が揺れ、真っ直ぐな歩調で住宅街を進む――セリカだ。

……フッ。

まさかこうも簡単にターゲットが現れるとはな。

やはり俺は、開拓の星神アキヴィリに愛されている。

運命はいつだって、俺のバットの軌道に沿って舞い降りる。

アロナ『先生! そんな悠長にしている場合じゃありません! セリカさん、どんどん離れて行っちゃいますよ!』

ふ、心配性め。

俺を誰だと思っている? 銀河打者だぞ。

この瞬間のために編み出した新技――それを披露する時が来たのだ。

アロナ『え? 新技……!? そ、それなら早く出してください! 早く!』

言われなくとも!

俺はゴミ箱の中から界域アンカーを取り出した。

金属の表面が淡く脈打ち、まるで心臓の鼓動のように震えている。

「見ていろアロナ……これぞ俺の新境地だ」

カパッ。

ゴミ箱の蓋を音もなく開ける。

そして――

ヒョイッ!

何の躊躇もなく、セリカのすぐ後ろにアンカーを置いた。

起動音が砂に溶けるや否や、俺の身体は光に包まれ――

シュンッ!!

次の瞬間、俺はセリカの背後へとワープしていた。

完璧。

これぞ新技、瞬間移動ゴミ箱!!!

「どうだ! 誰も予想だにしない神速の接近戦術!」

アロナ『……だ、ダサい! ダサすぎます!!!』

なに!? 今俺は最高にカッコいい登場を決めたはずだが!?

セリカは、不意に立ち止まった。

鼓動が一瞬跳ねる。が、すぐに彼女は歩き出す。……どうやら、バレてはいないらしい。

よし、このまま追尾を続けるぞ。

俺は再びアンカーを起動させ――

――何度目かの「瞬間移動ゴミ箱」を華麗に披露していた、その時だった。

「ねぇ」

耳に届いた、冷えた声。

「そこにいるでしょ……」

ガタッ。

ガサガサガサ。

セリカが突然振り返り、無言のままゴミ箱の蓋を開け、手を突っ込んで中を漁り出した。

え?

俺の脳裏に、乾いた砂漠の風が吹き抜けた気がした。

「な、なぜだ!? なぜバレたんだ……!?」

変装は完璧だったはずだ。臭いも混じって、むしろ自然に溶け込んでいたはず……!

セリカは溜め息をつきながら、指をすっと後ろへ向ける。

その指先に従って視線を移すと――

そこには、光を放ちながら鎮座する界域アンカーの山。

整然と並んだそれは、俺がワープのたびに置き去りにしてきた痕跡そのものだった。

……あ。

完全に忘れていた。

そういえば俺、開拓した場所には必ずアンカーを置きっぱなしにするんだった。

案の定置きぱっなしでーーやってしまった〜

「というか私の方こそ聞きたいわ」

セリカの声は冷たい。

「どうしてゴミ箱の中に隠れてたの? とても臭いし、衛生面的にもサイアクじゃない」

俺は一呼吸置き、真剣に答える。

「それは――」

胸を張り、誇らしげに。

「俺がゴミキングだからだ!」

…………沈黙。

セリカは額に手を当てて、これ以上ないくらい重たいため息を吐いた。

そして顔を上げ、吐き捨てるように言葉を落とす。

「なるほどね」

その視線は、氷の刃のように鋭く、冷たい。

「……あんたがバカだってことは、よくわかったわ」

ぐさり、と胸に突き刺さる言葉。

だが、銀河打者穹は打ち返さない。打ち返す必要がない。なぜなら――これは真理だからだ。

俺は銀河を渡る狂気の開拓者、バカであろうと、銀河の果てまで進む。

だがセリカは、そこで話を切り捨てようとした。

「ところで何の用? 私、あんたみたいに暇じゃないんだけど」

ふむ……俺みたいに暇?

なるほど、俺は「開拓」に忙しいが、一般人の目にはそれが暇に見えるのだろう。

だから俺は一歩踏み出し、こう告げた。

「ゴミを漁る暇はあったのにか?」

ビシィッ。セリカの表情がひきつる。

次の瞬間、噴き出すように声を荒げた。

「それはアンタがそこに隠れてたからでしょ!?」

「無理は良くない……」

俺は諭すように言った。

「本能のままに、ゴミ箱を漁りたくなる衝動があるのは俺にもよく分かる」

「だからそんなんじゃないって言ってるでしょ!!」

セリカの叫びが住宅街に響いた。

静まり返ったゴーストタウンに、彼女の声だけがやけに鮮烈に響き渡る。

「私、今からバイトなの! こんなことしてる場合じゃないの!!」

……バイト?

俺の脳裏に即座に一つの答えが浮かぶ。

「なるほど……ゴミ集めの仕事をしているんだな……」

真剣に頷く俺を、セリカは心底呆れた顔で見上げた。

「だから違うって! どんだけゴミ引っ張るのよ!!」

彼女の声には怒りと、呆れと、微かに疲れが滲んでいた。

だが俺には一つの確信がある。

この少女――ゴミを否定しているようで、心の奥底ではきっと、ゴミの輝きに惹かれている。

そう、同類の匂いがする。

 

「とにかく私は忙しいの!首を突っ込まないで! それじゃあね、バイバイ!」

そう言ってセリカは急いで逃げていった。だが、このまま逃すわけにはいかない。俺はすぐに彼女を追いかけた。

俺が走ると、風が耳をかすめていった。

高身長の利点ってやつだ。長い脚をぐんぐん伸ばせば、街路灯の影が後ろへ後ろへと流れていく。スタミナ? そんなものは俺に存在しない。筋肉の奥がずっと「もっと走れ」と囁き続けるだけだ。だから追いかけるのは造作もない。

セリカが振り返ると、その顔がぱっと驚きで歪んだ。

「ひゃあ!? ちょ、な、何でついて来るの!?」

その声は小動物の悲鳴みたいで、胸がきゅっとなった。いや、可愛いとかじゃない。これは任務だ。任務。

「本当のことを言え。実際はついてきて欲しかったんだろ?」

俺は平然を装って言った。平然、で、あるつもりだった。

セリカの目が真剣に針のようになる。

「何言ってんの!? あっち行ってよ! ストーカーじゃないのっ!」

ストーカー? 言葉の破片が頭に刺さる。だが即座に訂正する。

「違う、強いていうなら追跡者(ハンター)だ。ゴミの」

訳が分からなさ過ぎてセリカがさらに仰け反る。

「どこぞのストーカーゴリラみたいなこと言わないで!!」

いいツッコミだ。認める。だが俺は引かない。ここで引いたら開拓者の名が廃る。

「わかった! 分かったってば! 行き先を教えれば良いんでしょう!?」

そう言うと、セリカは顔を真っ赤にして、半ば怒鳴るように三度くらい繰り返した。

その怒りが、涙になりそうな線を辿るのを俺は見逃さなかった。胸のどこかが、ふわりと揺れる。理由は不明だ。理由なんていつも後から付いてくるものだ。

彼女は懐から小さなメモ帳を取り出した。ファンシーな表紙が情緒のギャップを際立たせる。爪で紙を弾くようにして、住所を走り書きにして突き出すその手は、震えているように見えた。

「はい! 店の住所! あんたみたいにのんびりしていられないのよ、こっちは! 少しでも稼がなきゃならないんだからっ! それじゃあねッ! もうついてこないでよ!? ついてきたらぶっ殺すからね! あとバイト先に来ないでねッ! ダメ大人!」

 

言葉がまるでロケット弾のように飛んできた。ぶっ殺す、って……言い方はすごいが、その裏にある必死さが透ける。 俺はメモを受け取った。紙は少し湿っていて、指先に優しく吸い付くようだった。 教えるってことはやっぱり来てほしいってことじゃないか? アロナ『先生いい加減にしないと本当に殺されちゃいますよ』 よし、こうなったら先回りだ。

ーーーーーーーーーーー

——本当になんだったんだろう、あの人。

頭を抱えたくなる。ゴミキング? なんて名乗りなのよ、恥ずかしくないのかしら。私の人生で出会った大人の中で、いちばん訳がわからない。いや、ゴミ箱に潜む時点で、すでにランキング不動の一位かもしれない。

そのうえ、界域アンカーとかいう変な機械……。あれの片付けまで押し付けられて、こっちはただのとばっちりじゃない。私のせいじゃないのに、なんでこんなに振り回されなきゃいけないの。散々だ。

でも、ボランティアを呼んだら「ゆっくりでいいよ」って言ってもらえた。……ありがたいけど、やっぱり申し訳ない気持ちが胸に残る。迷惑をかけてばっかりだな、私。

そんなことを考えながら、足は自然と仕事場――柴崎ラーメンの暖簾をくぐった。

ガラガラガラ、と引き戸の音が虚ろに響く。

「おはようございます」

少し声が硬かった気がする。

「おはようセリカちゃん! 今日は災難だったなぁ」

カウンター越しに、柴大将の笑顔が迎えてくれる。あの人の笑顔は、砂嵐の街にぽつんと立つ灯火みたいだ。だから、思わず小さく頭を下げた。

「いえ、私が至らなかっただけです。すいませんでした」

「いいんだよ。セリカちゃんにはいつも助けてもらってるし。それにほら、今日は優秀なボランティアが来てくれたって言っただろ?」

……え?

嫌な予感が背中を駆け上がった、その瞬間。

「へいらっしゃい! 遅かったなセリカ!」

声が飛び込んできて、目を疑った。

そこにいたのは――よりによって、あの人。

頭にねじり鉢巻き、胸には油じみたエプロン。両手で麺を湯切りする姿は板についているのに、そこに立っている存在だけが場違いすぎて現実感がなかった。

「な、なんでアンタがここにいるのよ!!」

私の声が裏返る。だってそうでしょ? どうしてゴミ箱からラーメン屋の調理場に転職してるのよ!?

「なんだい、セリカちゃんの知り合いかい?」

柴大将は屈託なく笑う。

私は慌てて否定しようとした、その時。

「俺たちはゴミ箱を通して仲を深めたゴミ仲間だ」

……ああ、もうダメだ。

現場は一瞬で混乱の渦に巻き込まれる。私の口から、反射的に叫びが飛び出した。

「適当なこと言って現場を混乱させないで!!!」

胸の奥で、鼓動が乱打する。恥ずかしさ、苛立ち、そしてほんの少しの――説明のつかない感情。

どうして私は、こんな人に振り回され続けているの。

でも、きっとこれからも。

(……はぁ、もうほんと散々だ)

そう心の中で嘆きながらも、視線はなぜか調理場に立つ彼を追っていた。

「いやぁセリカちゃんこの人結構すごくてね〜。俺が少し教えただけで完璧にラーメンを作ってしまったんだ。」

 

え!?

 

「おまけにお客さんの要望に応えてアレンジ料理まで作ってーーそれも大評判。 いやぁこうも優秀な若手がたくさんいてくれるたぁ、俺も安心できるってもんだ!」

 

——信じられない。

柴大将の言葉は、まるで頭の上からバケツで水をかけられたような衝撃だった。

「この人がすごい? 完璧にラーメンを作った? おまけにアレンジ料理まで?」

いや、ありえないでしょ。だってこいつはゴミ箱に潜って自分を“ゴミキング”とか言ってのける、あの残念すぎる大人なのよ!?

なのに、厨房でエプロン姿でサインなんか出してくる。……もう、あの自信満々な顔が無性に腹立たしい。どうして私が絶望しているタイミングで、そんなドヤ顔ができるのよ。

苛立ちを抑え込むように奥歯を噛んでいた時、不意に店の引き戸が開いた。

カランカラン、と軽快な音が響く。

「いらっしゃいませ! 柴崎ラーメンで――」

反射的に笑顔を作って出迎えた瞬間、言葉が止まった。

「四名でお願いしま~す☆」

……え。

目に飛び込んできたのは、ノノミ先輩。続いてアヤネ、シロコ先輩、そしてホシノ先輩。

よりによって、よりによって、委員会のみんな!?

「わわッ……!」

声が裏返る。頭の中が一瞬真っ白になった。

「セリカちゃんお疲れ様〜」

「ん、お疲れ」

「……あはは」

自然に声をかけてくる先輩たちの顔が眩しくて、余計に惨めな気持ちが膨らむ。

どうして、どうしてこんな日に限って――。

「み、みんな……!? どうしてここに……!?」

やっと絞り出した声は情けないほど震えていた。

「おっ、ようやく来たか! 遅いぞ〜」

……出た。原因。絶対こいつのせいだ。

拳を握りしめて喉までこみ上げる「アンタのせいでしょ!」を、必死に飲み込む。

「うへぇ〜ホントに銀河打者くん働いてるよ〜」

「もう〜セリカちゃんったら〜同僚だったなら早めに教えてくれてもよかったのに」

ち、違う!!違うんです!!どうしてそうなるの!?

でも必死の否定は、声にならないうちに厨房から飛んできた言葉でかき消された。

「え、銀河打者って……アンタがあの先生なのかい!?」

柴大将の驚き混じりの声。

「え、そうだけど」

とあっさり認めるその態度が、さらに私の胃を抉ってくる。

「いやぁ〜バット一つでヘルメット団を壊滅させて、ラーメンまで作れるなんて! アンタ本当にすごいなぁ!」

柴大将の笑顔に乗せられて、あいつはまた調子よさそうに肩をすくめる。

「いやぁ、それほどでも〜」

……っ。

胸の奥がぐらぐら揺れて、息が詰まる。あの顔、本当にウザい。まんざらでもない顔して……!

「すいませーん、注文いいですかー?」

客の声に救われた気がした。

「いけねぇ、いけねぇ、つい話しすぎちまった……」

柴大将が頭をかいて、私の方へ顔を向ける。

「セリカちゃんも、お喋りはそれくらいで、注文頼むよ!」

「……っ、はい、大将。それでは広い席にご案内しますぅ……」

足取りは重く、顔は引きつっていた。

笑顔を作ろうとすればするほど、胸の奥からため息が漏れそうになる。

本当にもう……どうしてこうなっちゃうのよ。

 

「セリカちゃん、バイトの制服、とっても可愛いですね」

 

「確かにそうだねぇ、いやぁ、セリカちゃんって制服でバイト先決めちゃうタイプ?」

 

ノノミ先輩の何気ない一言が、雷みたいに私の胸を撃ち抜いた。

「セリカちゃん、バイトの制服、とっても可愛いですね」

えっ……!? か、可愛い!? な、何言ってるんですか先輩!?

次いでホシノ先輩が、悪魔のような笑みで畳みかけてくる。

「確かにそうだねぇ、いやぁ、セリカちゃんって制服でバイト先決めちゃうタイプ?」

「ち、違うってば! 関係ないし! こ、このお店は……そ、そう! 行きつけだったからっ!」

慌てて言い訳を口にする自分が余計に惨めに思えて、耳まで真っ赤になるのが分かる。

「うーむ、私服でも制服でもないセリカちゃん、写真撮っちゃえばひと儲けできそうだねぇ……あ、銀河打者くんもどう? 一枚買わない?」

な……ッ!? コイツに撮られるのだけは絶対いや!!

私は反射的に注文用の端末ボードを持ち上げ、顔を覆い隠した。

だが、あのバカは当然のように追撃してくる。

「セリカ、隠れてももう遅いぞ。連写機能でたくさん写真があるからな!」

「な、なななっ……! け、けして! 今すぐ消しなさいよ! この、バカぁ!!」

「バカじゃない! 次期ラーメン大将と呼べ!」

……絶対いや。むしろ一生バカでいて。

場の空気を切り替えるように、シロコ先輩が静かに首を傾げた。

「ん、そういえば此処のバイトはいつから始めたの?」

「え、あ……えっと、一週間くらい前から……かな」

声が裏返る。落ち着け、私。

「なるほど、そうだったんですね。時々姿を消していたのはバイトだったという事ですか☆」

ノノミ先輩の澄ました声に、もう顔から火が出そうになる。

「っ〜! も、もう良いでしょう!? それで、ご注文はっ!?」

必死にペンを走らせる私の手元を、ホシノ先輩がにやにやと覗き込んでくる。

「え~、そこはほら、『御注文はお決まりですか?』でしょー? セリカちゃぁん、お客様には笑顔で親切に接しないと~!」

「ぐっ……ぬ……! ご、ご注文は……お決まりですか……!」

言葉を絞り出すと同時に、背中までじんじん熱い。

ああ、なんで私がこんな羞恥プレイを……!

「私はねー、特製味噌ラーメン、炙りチャーシュートッピング付きで!」

「私は、チャーシュー麵をお願いします!」

「えっと……そうですね、私は味噌ラーメンで」

畳み掛けるように決まっていく注文。誰もメニューを見ないあたり、本当に常連なんだ。

「シロコちゃんは何にするか決まりましたか?」

「ん、じゃあ私は開拓ラーメンで」

……開拓ラーメン!? なにそれ!? そんなのあった!?

「分かった! いつも通り速戦即決でいこう!」

すかさず厨房から聞こえる、例の声。

——またコイツね!!

厨房の奥から漂ってくる香りに、私は思わず鼻をひくつかせた。

……な、なにこれ。すっごく……美味しそう。

信じたくないけど、湯気の奥に見える丼は、見るからに完璧で……正直、食欲を刺激される。

「セリカちゃーん、まだ〜?」

ホシノ先輩の間延びした声に、私ははっと現実に戻った。

「い、いまお持ちしますっ!」

トレイに並ぶラーメンを運びながら、私は自分に言い聞かせる。

そ、そんなことあるわけない! コイツが作ったラーメンが美味しいだなんて! きっと見かけ倒しに決まってるんだから!

そう念じながら丼を卓上に置くと、みんなは嬉しそうに手を合わせて——

「いただきまーす!」

……箸を入れた瞬間、湯気がふわりと立ちのぼり、濃厚な味噌の香りが辺りに広がった。

ノノミ先輩は一口すすると、ふわりと笑顔を浮かべる。

「うわぁ……すごく美味しいです、スープがすごく深い味で……」

アヤネ先輩も頷きながら、夢中で箸を進めている。

「……ホントですね、後味にコクが残る……ああ、チャーシューもとろける……」

ホシノ先輩なんかは目を輝かせ、口の端にスープをつけながら叫んだ。

「やっば! これ当たりだよ〜! バイト代払うからもう一杯!」

そして、シロコ先輩。

淡々とした表情のまま、けれど目だけは僅かに見開かれていた。

 

ノノミ先輩が、目を丸くして隣を覗き込む。

「シロコちゃん、それなんですか?」

「ん……」

シロコ先輩が箸で掴み上げて見せたのは、兎の耳みたいにぴょこんと伸びた、不思議に愛嬌のあるナルト。

ピンク色のぐるぐる模様が愛らしくて、丸い顔は……どう見ても小動物。

「かわいいね〜それ」

ホシノ先輩が子どもみたいに笑って目を細める。

「ホントですね〜」

ノノミ先輩もほっこりした声で相槌を打つ。

アヤネ先輩は少し不思議そうに首を傾げて、厨房へと視線を送った。

「先生、これってなんなんですか?」

「そいつは最近思い出したんだけど、パムっていうんだ」

湯気の奥から、あのダメ人間の声がする。

「列車の車掌兼妖精みたいな奴でな。マスコットみたいに見えるけど、一番えらいんだ」

「へぇ〜そうなんだ」

「なんか食べづらいですね〜」

先輩たちが口々に笑い合う。

……確かに、食べづらい。

だって、あんなに可愛い顔して、兎みたいな耳まで生えてて……。

私も思わず「かわいい」って心の中で呟いてしまった。

ち、違う違う! 何考えてんのよセリカ! あれはただのナルト! ナルトでしかない! 可愛いとか、そういうのは……その、別に……!

私は必死に自分に言い聞かせて、注文端末を持つ手に力を込めた。

でもその時、不意に空気が変わった。

「………………」

「………………」

視線を感じる。

厨房の奥から、柴大将とあのバカ。二人が同じように黙り込んで、じっとこちらを見ていた。

けれど私は、その視線の意味にはまるで気づいていなかった。

ただ、ナルトのパムが箸の先でひらひら揺れるたび、胸の奥で「かわいい……」と心の声が跳ねてしまうのを、必死で抑え込もうとしていただけだった。

——なんでよりによって、こんな所でこんな可愛いもの出すのよ……!

 

「いやぁ~、ゴチでした銀河打者くん―!」

 

「御馳走様でした、☆」

 

「ん、お陰様でお腹いっぱい」  

 

 食事を終え、店の外へと出た頃にはすっかりと陽も沈み始め、空は暗く周辺は街灯に照らされ始めていた。少しだけ張った腹を擦りながらふらふらと歩くホシノ先輩に、同じような張り具合で満足そうに笑うシロコ先輩にノノミ先輩、 私は、一度店の戸を閉めると忌々しそうな顔で皆を睨みつけ、地団駄を踏みながら云った。  

 

「早く帰って、あと二度と来ないで! 仕事の邪魔だからッ! 分かった!?」

 

「あはは……えっと、セリカちゃん、また明日ね」

 

「ほんと嫌い! 皆死んじゃえー!」

 

「ふはは、元気そうで何よりだ~、それじゃあまた明日ねぇ」

 

「またね、セリカ」

──ふぅ。

引き戸を力いっぱい閉めた時の音が、まだ耳の奥で響いている。

「もう来るな!」って、言葉と一緒に叩きつけるみたいに。

外へ出た先輩たちの笑い声は、街灯に照らされた夜気に吸い込まれて消えていく。

……みんな、本当に楽しそうだった。

あの人──銀河打者だとか、ゴミキングだとか、訳の分からないことを言う馬鹿が一緒にいたおかげで。

私だけが、胸の奥で煮え立つような苛立ちを抱えている。

何よあれ、仕事の邪魔ばかりして。勝手に馴染んで。みんなまで笑わせて……。

店の中に戻ると、すでに残っていたのは柴大将と私だけ。

厨房から顔を出した大将が、柔らかな眼差しでこちらを見つめてくる。

「セリカちゃん」

「はい」

思わず姿勢を正して返事をしてしまった。

「もう少し……彼を信用してやってもいいんじゃないか?」

一瞬、頭が真っ白になった。

信用? あの人を? あんな、ゴミ箱に隠れて現れて、ろくでもない冗談しか言わない、支離滅裂な人を?

「彼、セリカちゃんたちのことを大切に思っているらしいし、何より今日のセリカちゃんたちは楽しそうだった………」

──ぐらり、と心が揺れる。

大将の声は温かくて、反論の余地を残さない。

……そう。楽しかったのかもしれない。

少なくとも、あの人がいて、みんなの表情は明るかった。

でも、だからって。

「早めに失礼します」

逃げるみたいに言葉を残して、私は奥へと足を向ける。

「待ってくれ! ゴミ仲間として渡したいものがーー!」

慌てた声が背後から追いかけてきた瞬間、私は反射的に戸を叩き閉めた。

──バタン!

もう何も聞きたくなかった。

胸の中に渦巻く苛立ちと、どうしてかほんの少し混じる罪悪感を押し込めるみたいに。

静かな店内に戻りながら、私は自分の心臓の音の大きさに気づかれないように、深く深く息を吐いた。

あれ?

ふと足を止めた。

妙に静かだ。こんな時間帯、アビドスの町はたとえ寂れていても、誰かしらの気配はあるはずなのに。

けれど今は、まるで時間ごと切り取られたみたいに、人影も、声も、風すらない。

「……おかしい」

息を吸った瞬間、喉の奥がざらつく。空気が重い。胸がきしむ。

背筋を走った悪寒が、「いやな予感」だと頭より先に直感していた。

前方の路地から、影がぞろぞろと溢れ出す。

鈍く光を弾くメタリックの質感。カタカタ音を響かせる安っぽいヘルメット。

「……あんたたち」

口を開いた時の自分の声が、氷みたいに冷えていた。

まっすぐ睨みつけると、先頭の一人が低く告げる。

「黒見セリカ、だな」

「……まだ懲りてないの? ほんとしつこい……」

苛立ちが声に滲む。虫の居所が悪い時にちょうど良い。

制服の内側に手を伸ばし、銃を抜きかけた、その瞬間――

パンッ!

「――ッ!?」

背中を撃ち抜かれたみたいな衝撃。

肺の中の空気が一気に抜け、世界が遠ざかる。

(う、そ……背後にも……!?)

必死に振り返ろうとした視界に、別のヘルメット団が映る。

包囲。完全に、囲まれていた。

「とらえろ!」

怒鳴り声と同時に、耳を裂くような音が走った。

――ヒュン……ドォン!

何かが落ちた。地面が爆ぜ、世界そのものがひっくり返る。

「っ、ああぁ……ッ!」

爆風に弾かれ、アスファルトを転がる。

皮膚を焼く熱気がまとわりつき、肺が呼吸を忘れる。

目に映る景色は滲み、上下も分からない。

(……これ……対空砲……? 違う……Flak41改……!? どうしてこんな火力支援が……)

意識が、どんどん溶けていく。

焦点の合わない目に、カタカタと揺れる鉄の仮面が浮かぶ。

(ま……さか……これは……やば……)

声にならない息が口から零れた。

重力に引きずられるように、意識が闇へ沈んでいく。

最後に感じたのは、胸の奥に針を刺したような悔しさだった。

ーーーーーーーーーーーー

帰ってしまったか。

ほんの少しだけ、胸の奥が空っぽになった気がした。

せっかく用意しておいたのに。セリカがあんなに横目で、ちらちらと、喉を鳴らすみたいに「食べたい」って顔してた開拓ラーメン。

俺は彼女のために、寸胴鍋の奥から、特別に煮詰めておいたスープを引っ張り出して、麺の硬さも絶妙に仕上げたというのに。

――けれど、ああいう不器用さもまた「開拓対象」だ。

食べられなくて悔しがる顔を、俺はちゃんと覚えている。

そういうのこそ、後で効いてくるのだ。

柴大将が笑いながら言葉を継いだ。

「悪いな、俺じゃあセリカちゃんを説得することはできなかったよ」

「別に構わない」俺は肩を竦めてみせる。

「むしろ、そういう奴だからこそ開拓しがいがあるからな!」

その瞬間、大将がどっと笑い出した。

「ハハハハ! アンタホントにすごいなぁ……」

すごい? ふむ、よく言われる。だがこれは俺にとってただの「自然」だ。

目の前に険しい道があれば開拓する。手付かずの大地があれば畑にする。それと同じ。

大将は笑いを収めると、急に真面目な顔をして俺に言った。

「そんなにアンタには必要ないかもしれねぇがセリカちゃんのこと嫌いにならないでくれよ……」

俺は首を傾げた。嫌い? あのゴミ仲間を? あり得ない。

「セリカちゃんは今日来たアビドスの子たちと同じようにこの学校を、そしてこの店を守ろうと頑張ってくれてるんだ。」

「誰にも頼らず一人でやるって、他の人には迷惑かけたくない!ってな……」

「……あの子は頼ることが苦手なだけなんだ……」

ふむ。大将の言葉は、俺の胸に妙に沁みた。

俺は思った。セリカは確かに一匹狼で、頑固で、誰かの手を借りるより自分で転んで自分で立ち上がることを選ぶ奴だ。

だが、そういう奴こそ――いつかの瞬間に誰かの手を欲する。

「だからーー」

「無理にとはいわねぇ……手を差し伸べられる時はお前さんの方から手を差し伸べてくれ銀河打者さん」

大将の真剣な声が、ラーメン屋の空気を一瞬で張り詰めさせた。

俺は思わず唇を釣り上げる。

「……ハッ。言われなくてもそうするさ」

俺にとって開拓とはそういうものだ。道を切り拓くのはいつだって俺の役目だ。

――その時だった。

ぴ、ぴ、ぴ!

大将のポケットが鳴り、場の緊張をかき消した。

「……あっ悪い、電話だ。」

受話器を耳に当てる大将の声色が、瞬時に変わった。

「――あーはい柴崎ラーメンですが?」

そして、次に発せられた声で俺の全身の血が逆流した。

「って君はセリカちゃんの友達の……何かあったのかい?」

「……何!? ちょっとはずす、」

受話器を押さえながら振り向く大将の顔は険しかった。

「銀河打者……アビドスの子たちから、セリカがまだ家に帰ってねぇって………」

一瞬。店の空気が凍りついた。

心臓が、どくん、と跳ねる。

耳鳴りがして、世界が急に遠ざかるような気がした。

帰ってしまった――と油断していた矢先だ。

俺は笑うでもなく、軽口を叩くでもなく、ただ無意識に拳を握りしめていた。

「……大将」

自分でも驚くほど低い声が出た。

――俺のゴミ仲間に、何かあった。

開拓者が黙っているわけがない。

夜のアビドス対策委員会室は、砂漠の街の余韻を抱えた静けさに満ちていた。壁時計の針が律義に時を刻み、カーテンの隙間から差しこむ薄い夜風がランプの炎を揺らす。そこに一人、アヤネがぽつりと座っていた。手元のスマートフォンは沈黙を守り、画面には何度も鳴らしたが応答のない番号──セリカの番号が表示されている。

彼女の目は閉ざされた扉へ向かったまま動かない。昼の騒ぎ、紫関ラーメンの満員、帰り道のあの小さな笑顔。あれが今どこにあるのか、考えるたびに胸の芯がきしむように痛む。誰かがいつもそこにいるべきなのに、今は何もない。嫌な予感が、じんわりと確信へと変わっていく。

静寂を破るように、扉が静かに開いた。現れたのはシロコ──制服に薄く埃をまとい、顔には疲労と決意とを同居させている。彼女は言葉少なに、だが確かな足取りで部屋の中央へ進んだ。

「おかえりなさい、シロコ先輩。……どうでした?」

アヤネの問いに、シロコは沈んだ口調で答える。声には、掴みようのない重みがあった。

「セリカの帰宅ルートを辿ってみたけど……何処にもいなかった。目撃証言は、紫関ラーメンを出てすぐの無人区域で途切れてる。……それに、そこに爆撃の跡があった」

その言葉が放たれた瞬間、アヤネの体がこわばる。膝を折り、床に崩れ落ちる。胸の内の空洞が冷たく口を開けるようで、言葉が出ない。シロコは黙ってアヤネのそばに立ち、拳を固く握る。プロの瞳がいつになく曇るのを見て、誰もが事の深刻さを理解した。

「……あとはホシノ先輩と、銀河打者の情報待ち」

沈黙が少しの間支配したとき、扉が軽やかに開き、まるで外の空気をそのまま連れてきたような声が跳ね込んできた。

「みんな、お待たせ〜」

その声に続いて入ってきたのは、いつもの調子で飄々とした男──穹だった。彼は鞄の片隅に収めた何かを胸にぎゅっと抱えているように見えた。だが、穹の顔に浮かんだ笑いは、今の緊張を一瞬で掻き消すほどの無鉄砲さと希望を携えていた。

 

 「みんな喜べ、セリカの居場所がどこか分かったぞ!」

 そう口にした時、アヤネの目がぱっと開いた。あの子の目は感情が分かりやすい。好奇と期待、でもどこかに恐れの色が滲んでいる。人は不安を抱えると目が泳ぐが、彼女は必死に焦点を結びとめている。律儀な子だな、と少し感心する。

 その横で、ホシノ先輩はいつも通り。ふわりと笑いながら俺の秘密をバラす。

「あの後事故現場で二人でリカちゃんの端末を拾ってねぇ、セリカちゃんの端末から居場所を特定したんだよ〜。ねぇ? 銀河打者くん、連邦生徒会のセントラルネットワークに無理やりアクセスして情報抜き取ってきたんだよ〜? 始末書不可避だよ〜?」

 ……この人、俺を売ってるのか庇ってるのか分からないな。まあいい。

 俺は肩を竦めて、あえて無表情を崩さず答えた。

「ケチリン(行政官の七神リン)のアカウントから潜入したことにしたから」

 ほんの少し胸を張り、声を弾ませる。

「俺が罪に問われる心配はない!」

 内心では「どれだけ怒られるだろうな」と思いつつ、そんな未来は考えない。面白いからやった。それだけだ。

 アヤネは言葉を失って目をぱちぱちさせているし、シロコはいつも通りの平板な声で呟いた。

「平常運転……アヤネは慣れるべき」

 

だが、冗談の背後にある情報は確かだ。ホシノが指差した地図の一点。砂漠化の進んだ市街地の端、廃墟が連なる闇の沈んだ場所。そこはかつてヘルメット団の拠点候補として挙がっていた領域でもある。

「このエリア、以前カタカタヘルメット団の拠点候補地として名前が挙がっていた場所です……。やはり、残党の仕業……」

「帰宅中のセリカちゃんを襲って、そのまま連れ去ったってわけですね〜。さーて、どうやってお掃除してあげましょうか♪」

アヤネは眉を寄せる。

「でもヘルメット団って、前に先生がかなり壊滅させたんじゃ……?」

シロコの視線は冷たく、しかし揺るがない。

「ん、アイツらが懲りてなかっただけ……ならもう一度痛い目に遭わせるだけ。ね、銀河打者」

その言葉に、頭の中でふとノイズが走る──短く、小さなな残響。

「ウチらが合わされば向かうところ敵なし!」

ノイズが被さるように、部屋の空気が一変する。声にならない鼓動が、皆の胸を打つ。

そして、俺の声が勝ち誇るように弾けた。胸の奥から湧き出る熱。言葉は自然な宣言であり誓いでもある。

「さぁ、取り戻しに行こう。俺たちのーー開拓の仲間を」

俺はそう言った。言葉の端々に、いつもの自信と、どこか軽やかな無責任さが混じっているのを自覚しないまま。だがその軽さは、空虚ではない。むしろ、ここから始まる行動の燃料だ。

胸に手を当てると、相棒のバットが心に馴染むように思えた。開拓は常に、誰かのためにするものだと、俺は信じている。動き出す足音は小さくない。砂埃を蹴立てて進むとき、暗闇の向こうで待つものが何であれ――俺は笑って受け止めるだろう。

ーーーーーーーーーーーーー

ガタン、ガタン……。

 振動が身体を突き上げるたびに、頭の奥がずきずきと痛んだ。視界はかすみ、息を吸うたび胸が重い。どうして、私……。どこなの、ここ。

 荷台の端から覗いた砂漠の風景に、心臓がぎゅっと縮んだ。

「……郊外……? なんで、私……」

 端末は圏外、銃は弾を抜かれて、逃げ場もない。笑えてくる。私って、いつだってこう。守るとか偉そうなこと言っても、いざとなったら無力。

 膝を抱えて、崩れるみたいに座り込む。

 頭の中に浮かぶのは、みんなの顔。……最後に残るのは、あの言葉。

 「死んじゃえ」なんて。どうして、あんな。

 また明日、って笑ってくれたのに。私の最後がそれじゃあ……。

「……うぅ……っ、くっ……」

 涙は止まらなかった。頬を熱く濡らして、息を殺すこともできなくて。弱い、醜い私がここにいる。

「助けて……だれか……」

 消えてしまいそうな声。砂漠の夜に溶けて、きっと誰にも届かない。そう思った、その時だった。

「やったぞ! 激レアのセリカの泣き顔ゲットだ!!」

 ……は? 今、なんて?

 耳を疑って振り向いた。そこに――あの人がいた。

「大丈夫だったか?」

 どうして。どうしてここに。

 頭が真っ白になって、声が裏返る。

「わ、私の場所……どうしてわかったの? それに、どうやって……」

 彼は、当たり前みたいに言った。

「お前が界域アンカーを回収してただろ? それを使ってここまで飛んできたんだ。」

 まるで散歩にでも来たかのような顔で。

「見た感じ、致命傷になるような傷は無さそうだな……よし、ここから逃げよう」

 なんで。どうして。

「……どうして……? あんなに酷いこと、言ったりしたのに……」

 震える声で問いかける私に、彼は少しだけ笑って、さらりと答えた。

「お前にまだ俺の作った開拓ラーメン食べてもらってないから……」

 ……ラーメン?

 唖然とする私に、彼は真剣な眼差しで続ける。

「お前、食べたそうにしてたから俺あの後作って置いたんだ……でもお前が先に帰っちゃったから。とにかく俺はただ食べて欲しかった。」

 胸の奥が、何か熱いものでいっぱいになっていく。

 こんな状況で、どうしてそんなことを……。どうして、そんなふうに――。

「あ、アンタ……」

 声が震える。名前すら呼べない。

 けれど彼は、最後に言った。今度はまっすぐ、何の冗談も混じらない声で。

「あとは俺にとってお前は――大事な仲間の一人だからな。仲間を見捨てるなんて開拓者とあっちゃいけない」

 その言葉が胸に落ちた瞬間、張り裂けそうだった心が、静かに解けていった。涙は止まらなかったけれど、それはもう恐怖からじゃなかった。

ーーーーーーーーー

 そろそろ合流してくる頃だと思っていたら、案の定だ。

「先生!」

 声の主はアヤネ。砂漠の風に揺れるその姿は、まるで待ちわびた救援そのものだ。

 俺は片手を挙げ、堂々と言い放った。

「アヤネ!泣き顔のセリカをゲットしたぞ!!」

 その瞬間、背中から突き刺さるセリカの鋭い声。

「ちょっと!開拓者!?」

 ふふ、いい反応だ。俺としては滅多にお目にかかれない激レア表情を手に入れたというだけなのだが、どうも本人には理解されにくい。

「こちらも確認。半泣き……いや、号泣状態のセリカちゃん発見!」

 冷静なシロコまでそう言い出すものだから、さらに火に油を注ぐ。

「ちょっ……シロコ先輩、やめてよぉ……!」

 続いてホシノの芝居がかった大声が砂漠を震わせた。

「なにぃ!?うちのセリカちゃんが泣いてただとぉ!?寂しかったの!?ママが悪かったわごめんねぇぇぇぇ!!!」

「ホシノ先輩うるさい!本気で殴るわよっ!?」

 半泣きどころか顔が真っ赤なセリカ。うん、これはこれで新しい収穫だ。

 さらにノノミまでが両腕を広げて言い出す。

「泣かないでください、セリカちゃん!私たちがその涙、拭き取ってあげます!さぁ、私の胸へ!」

「飛び込まないから!!」

 ……もはや喜劇だな。

 そんな中、ホシノがにやりと笑って俺に合図を送る。

「シロコちゃん出番だよ〜行っておいで」

 場を締め直すのはやはりアヤネだ。瞳は真剣で、声は凛と響く。

「セリカちゃんは私たちが連れて帰りますから!先生たちはヘルメット団を」

「ああ、」

 短く答えてうなずく。言葉に無駄はいらない。

「任せて」

 シロコも静かに一歩前に出る。その瞳は凪いでいるのに、奥底では燃えているのがわかる。俺と同じだ。

 夜風が、熱気を孕んで頬を撫でた。

 砂の匂いの奥に、鉄と火薬のにおいが混じる。

 笑いたくなる。戦場はゴミ箱と同じで、開けてみなければ何が入っているか分からない。だがだからこそ面白い。

 俺は軽く息を吐き、いつもの無表情の奥に熱を隠しながらバットを握り直した。

「さてー始めようか……」

「ん!」

 シロコの短い返事が、戦端を開く合図になる。

 開拓はここからだ。

 ガタン……ガタン……。

 砂漠を進むトラックの荷台で、俺とシロコはじっと息を潜めていた。揺れるたび、鉄板が軋む。湿った埃の匂いが鼻につく。

 前方からはヘルメット団の間抜けな声。

「へっ、アビドスの奴らめ、ざまーみろってんだ!」

 笑い声。空っぽの金属ヘルメットに響く反響音。こいつら、何回痛い目に遭えば懲りるんだろうな。

「でも大丈夫なのか?アイツらの中にとんでもなく強いやつがいたけど……」

 ああ、それ俺のことか。強いやつ? そう言われると少しくすぐったい。でもな――雑魚が俺を“強い”なんて軽々しく口にすんじゃない。

「大丈夫だろ?あとはアイツを砂漠のどこかに置いてくればそれで終わり……居場所も分からない奴らの脅しの材料としては充分な――」

 充分ななんだって?

 思わず口から漏れる。わざとらしく抑え気味に。

「ちょっと!今後ろから声が聞こえなかった!?」

 ざわめく運転席。気づいたか。遅いな。

 俺はシロコに目をやった。彼女は頷くだけで、表情は静かだ。こういうときのシロコは頼もしい。無駄な言葉はいらない。

「行くぞ」

「うん、準備は出来てるから……」

 荷台の鉄板を軽く叩いて、振動を確かめる。……いい硬さだ。だが、バットの前じゃただの紙切れだ。

 俺は一度、バットを肩に担ぎ上げ、深呼吸する。戦場の空気はゴミ箱を開ける瞬間に似ている。何が飛び出すか分からない。だが、今は――ただのカタカタ雑魚ども。許せない相手だ。

 次の瞬間、俺は全力で振り抜いた。

 ――ガシャァンッ!!

 鉄板が砕け、運転席へと風が吹き抜ける。割れた金属片と砂の中、驚愕に染まったヘルメット団の顔が見えた。

 笑えてくる。

「さて――雑魚狩りの時間だ」

金属片が散らばる運転席で、ヘルメット団が目を剥いていた。

「な、なにぃ!? 後ろからぁっ!?」

「バカな! いつの間に――」

 俺は振り抜いたバットをそのまま肩に担ぎ、わざとらしく無表情を装う。

「ゴミ漁りと同じだな。雑に閉じたフタの隙間からは、簡単に入れる」

 呆気にとられていた運転手のヘルメットを――バコン、と一撃。金属の鈍い音が車内に響き渡り、奴はぐらりと崩れ落ちた。

 ハンドルが狂ったトラックが蛇行する。だが――

「……シロコ」

「ん」

 短い合図に応じて、シロコが軽やかに運転席へ滑り込む。目にも止まらぬ速さで、倒れたヘルメット団を蹴り飛ばし、そのままハンドルを押さえ込んだ。

 ガタン! トラックは一瞬揺れ、しかしすぐに軌道を取り戻す。

 俺はその隙に前方の助手席に飛び込み、うろたえて拳銃を構えた奴の手を、バットでへし折る。

「ぐああああああっ!」

 

 その横でシロコは、冷ややかな声を吐く。

「ん……相変わらず派手。でも、効率はいい」

 まだ荷台に残っていた団員たちが、ドタドタと音を立てて押し寄せてくる。

「おい! 侵入者だ! やっちまえ!」

 バールやら古い銃やらを手にした影が、幌の隙間から飛び出してきた。

 俺はバットをくるりと回し、目の前に構え直す。

 心臓の鼓動が、砂漠の夜に妙に心地よく響いた。

「さぁ、雑魚ども。まとめて分別してやる」

 最初の一人が飛びかかってくる。

 横薙ぎの一撃で、ヘルメットごと壁に叩きつける。カン、と軽い音がして、空き缶みたいに崩れ落ちた。

「二」

 背後から回り込んだ奴は、既にシロコが沈めていた。銃声一つなく、ただ冷たい足音が残るだけ。

 幌の中はたちまち、阿鼻叫喚の修羅場と化した。

 俺は相変わらず無表情のまま、しかし心の奥底では奇妙な高揚を覚えていた。ゴミを一つひとつ片付けるときの、あの小気味よい感覚に似ている。

砲声が砂を裂く。地面が震え、鉄の臭いと火薬のにおいが鼻を突く。ヘルメット団の野太い声が、砂塵の中でやけに高く聞こえた。

「くそっ…くそ!!やっぱあんな仕事受けるんじゃなかった!!」

「ど、どうするんですかリーダー!!」

「……決まってるだろ。あれで潰す!」

砂塵の奥から二台の戦車が姿を現す。改造の跡が無骨に光り、ただの重火器ではない「生き物」のように見えた。ひと目で分かる。あれはただの対地砲ではない。こいつらの持つ火力は、さっきの爆撃で分かっている。並の武器では歯が立たない。

「――あれは?」と、俺は短く漏らした。

シロコの声が低く返る。

「アレはFlak41の改造版……セリカを襲ったやつと同じもの」

「多分特殊装甲で私の武器じゃアレを突破できそうにない……」

ヘルメット団が嘲る。

「どうだ!いくら貴様のバットでもこれには敵うまい!!」

「これでも喰らえ!!」

砲口が唸り、弾がこちらへ向かってくる。目で追う。飛ぶ弾丸の経路、地面を抉る衝撃波、火花。読んだ瞬間に、判断が降りてきた。打ち返すことはできない。バットでは無理だ。だが、守る時に使っていた武器がある。記憶のノイズが、断片を引き寄せる。

――雪国。氷の女王。槍で貫かれたあの日。

――琥珀の王に一瞥を貰ったあの日。

――その槍で、仲間のピンチを救ってきた。

思い出は鮮明だった。重く、冷たく、しかし確かな温度を持つ「槍」。俺はそれを、ずっと心のどこかに留めていたのかもしれない。

ヘルメット団の怒号が地を這う。

「死ねぇ!!」

ドォォォォン!!――戦車の砲撃が連続して襲いかかる。

 

「どうですかね?あれ」

 

「やっただろ?アレだけの砲撃を受けて立っているわけがーー」

 

爆煙の中、俺は立っていた。

 「残念だったな……俺は立っている」

 燃え上がる空気を裂いて、俺は高らかに告げる。

 「そう、この――存護の槍を持って!」

 「銀河打者?その武器は」シロコがわずかに目を細める。

 「説明は後にしよう、戦闘を長引かせすぎた……」俺は短く返した。

 「俺が奴の装甲をランスで打ち破るからお前は破ったところから敵を制圧するんだ。」

 「ん、分かった。」

 ヘルメット団が叫ぶ。

 「な、なんで奴だ……アレを耐えるなんてーーそれにあんな武器しらねぇぞ!!」

 「ど、ど、どうするんですか!!?全然効いてませんよ!?」

 「何、何発も撃てば奴も防げまい……撃て!!」

 複数の砲弾が雨のように迫ってくる。だが――俺は笑っていた。

 「この宇宙を股にかけた俺には通用しない!」

 存護の槍に意識を集中する。炎が走る。赤く、熱く、しかし優しい灯のような炎。

 「槍先に火を!」

 

言葉は一瞬。手が動く。存護の槍――握りが手に吸い付く感覚。金属の冷たさに、昔の痛みと温もりが同居する。振るう。先端に炎が走る。青く小さく震える火だが、意思がある。

「炎の槍よ、絶ち切れ!」

走る。砂が靴底で砕ける。砲弾がいくつも飛んできて、着弾点が爆ぜる。だがその爆心は、すべて槍の周囲で弾ける。衝撃は俺の肩へと伝わるが、弾は身体を穿たない。火が弾を前で食い尽くす。

ヘルメット団の驚愕が聞こえる。

「なっ!」

「本当に大丈夫なんですよね!?」

「大丈夫だ。槍は一つ、片方しか突き刺せないんだ。やれられなかった方が追い打ちをかければーー!」

だが、言葉を終える前に俺は突き立てていた。槍が片方の戦車の装甲を貫く。鋼を裂く金属音と、火の怒号。装甲を貫いた瞬間、そこから撒いた火が一気に広がる。油と改造部品が炎を喰い、戦車の機関が悲鳴を上げる。火柱が巻き上がり、夜空を赤く塗りつぶす。

「シロコ!」

俺の声に、シロコは即答した。短い「ん!」だけで全てが伝わる。彼女は長考しない。静かだが即断即行。今の彼女は狂騒の中で一番冷静に、かつ楽しげに見える。

彼女は迷わなかった。脆くなったもう一方の戦車へとドローンを送り込み、隙間を穿つ。そこから侵入し、冷徹な声を響かせる。

 「チェックメイト」

 炎が二つの鋼鉄の巨体を呑み込み、砂漠の夜に赤黒い光が舞った。

 「参った……」

 ヘルメット団の声は、炎にかき消されて消えた。

あの後――ヘルメット団は蜘蛛の子を散らすみたいに逃げ散った。残ったのは焼け焦げた鉄屑と、砂漠に漂う熱気だけ。俺たちはアビドス高校へと戻ってきた。

 「……あーあ、疲れた……」

 長椅子に腰を下ろした瞬間、背中からため息が漏れた。砂漠の戦闘は身体以上に神経を削る。いや、正直なところは単に腹が減っただけかもしれないけどな。

 「銀河打者も槍を使ったらもう銀河打者じゃないね」

 隣に腰を下ろしたシロコが、相変わらずの淡々とした口調で突っ込みを入れてくる。

 俺は肩をすくめて返した。

 「そんなことはない。俺のメインウェポンはいつ何時もバットだ。」

あんな大技を披露してもなお、俺を「バットの人」として見てるのはシロコくらいだろう。……いや、そこが妙に心地いいのかもしれない。

 ガラガラ、と扉が開く音。

 「おっ帰ってきた。セリカちゃーん銀河打者くんが帰ってきたよ〜」ホシノ先輩のゆるい声が響く。

 けれど、返事がない。

 「アレ?来ないね〜どうしたのかな?」

 「私見てきます。セリカちゃーん?」ノノミが小走りに駆けていき、やがて首をかしげながら戻ってきた。

 「おかしいですね……さっきまでここにいたのに……」アヤネも不安そうに辺りを見回す。

 ――ここにいないなら、行き先はひとつしかない。

 俺は立ち上がり、迷わず駆け出した。

 「ん、どこにいくの?」シロコが背中に問いを投げる。

 「腹が減ったからラーメン食べに!!」

 「「「………………」」」

 柴崎ラーメン。

 暖簾をくぐった瞬間、視界の端に彼女の姿を見つけた。カウンターの端、ぽつんと座り込むセリカ。頬杖をつき、沈んだ瞳が虚空を見ていた。

 やっぱりここにいたか。

 「開拓者!どうしてここにいるのよ!?」

 俺の顔を見るなり、セリカは慌てて声を張った。

 「いやぁ学校にいないっていうからさ。もしかしたら俺のラーメンが食べたくてウズウズしてたんじゃないかって思って」

 わざと軽口を叩く。こういう時は深刻な空気より、茶化しの方が似合う。

 「ハハハハ!流石銀河打者!アンタよく分かってるな〜」柴大将が豪快に笑う。

 「ちょっと大将!?」セリカが抗議するが、声に力はなかった。

 大将はにやにや笑いながら続ける。

 「さっきは、セリカちゃんが無事に帰ってきたって報告に来たんだが……なかなか帰らなくてなぁ」

 「ま、アンタがいるなら安心だ。好きに使ってくれ」

 「おう!任せてくれ大将!」

 セリカの抗議を背に受けつつ、俺は厨房へ立ち入り、すぐさま麺を茹でる。手際よくスープを温め、具材を並べ――俺の「開拓ラーメン」が出来上がる。

 「はい、開拓ラーメンいっちょ〜」

 彼女の前に丼を置く。

 セリカは黙ってラーメンを見下ろし、箸を取り……そして、ふと、ぽつりと声をこぼした。

 「今までその……ごめんなさい……悪かったわね。」

 か細い声だった。

 「色々と……そしてラーメン 美味しかった」

 その一言で、肩に乗っていた何かがすっと軽くなるのを感じた。

 「そしてーー助けてくれて……ありがとう!////」

 なるほど。

 彼女は頼るのが下手なんだな。弱さを見せることを、何よりも怖がってる。だからいつも強がって、突き放す言葉で誤魔化す。……だが、その裏にはちゃんと感謝も、信頼もある。

 俺は気づけば口にしていた。

 「お前ツンデレキャラだったんだな……!」

 「なっ!?」セリカが顔を真っ赤にしてこちらを睨む。

 ……あぁ、どこかで見たことあるな。ピンク髪で、なんでも見通すような小柄で偉そうな子。あれも確か、こういう反応をしていた。

 「ちょっと!訂正しなさいよ!!」

 セリカの声が柴崎ラーメンに響く。

 俺は心の中だけで少し笑った。




なのか「なんかウチのポジション誰かに取られた気がする!!!」

続く

今回の開拓の旅はひとまずここまで、次回をお楽しみに

Mr.ミミ作のコーナーの今後

  • 新キャラの方がいい
  • ストーリーに関係するキャラがいい
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