青春を開拓する銀河打者   作:現代の弁慶

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ナレーション(Mr.ミミ作・声:Mr.ミミ本人)
「どうもみなさん、おはこんばんにちは!」

Mr.ミミ作(画面中央に登場。大きく翼を広げながら)
「この小説のお気に入り登録者数が100人突破したため!
これから早速皆さんの友、Mr.ミミ作が――イッテ青穹シリーズを開始しようと思う!!」
 (カメラがズームアウトし、タイトルロゴが再度キラリと光る)
Mr.ミミ作
「このシリーズでは、キヴォトス在住の個性豊かな生徒たちを紹介するぞ!」
(BGMが切り替わり、砂漠の映像にフェード)
Mr.ミミ作(手を広げて)
「そして、今回の主役は……砂漠の大地を駆け抜ける一匹の狼!」
(映像:砂塵を上げて走るシロコのシルエット。BGMが劇的に盛り上がる)
Mr.ミミ作
「かつての彼女は想像もつかないほどの力を、記憶と共に有していたのだろう……」
(間)
「だがそんな過去、今の彼女には関係ない!!」
(爆発エフェクト!カメラが回転し、ポーズを決めるシロコ)
Mr.ミミ作(カメラ目線で指を突き出し)
「ブルーアーカイブの看板娘として、今日も銀行を襲うのみィ!!」
(歓声とテロップ「※ゲーム内演出です」)
Mr.ミミ作
「アビドス高等学校二年対策委員会所属の――砂狼シロコさんだぁ!!!」

「そして、シロコさんを紹介するにあたって駆けつけてくれたのはーー」

(画面が切り替わり、司会席に二人のゲストが登場)
ノノミ「皆さん十六夜ノノミです⭐︎よろしくお願いします、ほらホシノ先輩も」
ホシノ「うへ〜みんなよろしく〜」

Mr.ミミ作「……………」(頭を翼で掻く)
 (カメラが寄る)
Mr.ミミ作「あのーノノミさん?ホシノさんはいつもこういう感じなのか?」
ノノミ(にこにこしながら)
「はい、ホシノ先輩は“おじさん”と言ってますからお疲れなんだと思います。」
「だから目をつぶってくれると嬉しいです⭐︎」

Mr.ミミ作「そ、そうなのか……どう見ても少女に見えるが……」
ホシノ(目を閉じたまま椅子に寄りかかり)
「アレ〜鳥さん何か言った?」

Mr.ミミ作(慌てて)
「別に何も言ってないぞ!さ、早速本題に入ろう!」
(BGMが切り替わり、画面にシロコの映像が映る)
Mr.ミミ作(解説ナレーション風に)
「砂狼シロコは壊滅の運命を歩む撃種は爆発、装備は軽装備のストライカーだ!」

Mr.ミミ作
「シロコさんは主にアサルトライフルを扱うが、状況に応じてさまざまな武器を使い分けている」

ホシノ(腕を組んで微笑)
「シロコちゃんは前々からアグレッシブだからね〜。
おかげでおじさんはあまり仕事しなくて済むから助かってるよ〜」

Mr.ミミ作「えぇ……一応聞くが、あなたはアビドスの委員長さんなんだよな?」

ホシノ(カメラ目線でウィンク)
「嫌だなぁ、委員長だからこそ、後輩の活躍を密かに見守ってるんだよ」

Mr.ミミ作(ため息まじりに)
「ものは言いようだな……」
(小さく首を振ってから、正面カメラへ向き直る)
Mr.ミミ作「さて――シロコの戦闘能力を少し掘り下げていこう。」
(背後モニターに「EXスキル:ドローン作動開始」と表示)
Mr.ミミ作「EXスキル『ドローン作動開始』では、ミサイルを搭載したドローンを召喚。
敵一体に爆発ダメージを与える。」
(画面にドローンの戦闘映像。ミサイルが閃光を放つ)
Mr.ミミ作「そしてこのドローンは、攻撃中に敵を撃破した場合――
自動で射程範囲内にいる別の敵に攻撃対象を切り替えるという特性を持っている。
無駄撃ちが起きづらいのも魅力的な点だ。」
(少し間を置いて)
ノノミ「実はこのドローン、サイクリングの撮影用として主に使ってるらしくて、
搭載されてるミサイルは関係ない付加装置だそうですよ。」
(カメラがMr.ミミ作へ)
Mr.ミミ作「ほぉ……それにしては殺意が高い気がするが――」
(画面に「⚠️撮影用とは思えぬ火力」と注釈)
ノノミ(微笑みながら)
「そしてですね、ドローン本体は偶然手に入れて、
シロコちゃん自身が少し改造を加えたらしいんです。すごいですよね?」
Mr.ミミ作(くちばしに手を当てて)
「もはやなんでもありだな……」
(映像切り替え。今度はシロコが手榴弾を投げるシーン)
Mr.ミミ作「ノーマルスキル『手榴弾投擲』は、25秒間隔で投擲される手榴弾。
円形範囲内の敵に爆発ダメージを与える。」
(カメラが横からズーム。Mr.ミミ作、羽根でスライドを指す)
Mr.ミミ作「パッシブスキル『ピンポイント』では自身の会心ダメージをアップ。
さらにサブスキル『高速連射』では、20%の確率で攻撃速度を上げる。」

Mr.ミミ作「つまり――手数の多さで敵を殲滅するキャラだってことだ。」
(少し静寂。砂煙の中、ドローンを操作するシロコの姿が映る。風音だけが響く)
ノノミ(小さく息をのむ)
「あの目……良くないことを考えてる目です。」
Mr.ミミ作(苦笑しながら)
「アハハ………一体何が見えてるんだろうな。」
(場面が切り替わり、砂丘の中を疾走するシロコの映像)
Mr.ミミ作「おっと、サイクリング中にカタカタヘルメット団と遭遇したらしいぞ!」
 (カメラ視点が切り替わり、敵影を確認。BGMが緊張感のあるビートに変わる)
Mr.ミミ作「有無を言わさずアサルトライフルを敵に向けて発砲するシロコさん!
パッシブスキルとノーマルスキルで自身にバフがかかっている!!」
(映像:閃光と共に駆け回り、爆炎の中から敵が吹き飛ぶ)
Mr.ミミ作「ヘルメット団は次々と倒れていくが、敵も諦めない!
応援を呼んで数で攻めるつもりだ!」
(ドラム音が響く。画面には敵の増援が映る)
Mr.ミミ作「しかしここで機転を効かすのが砂漠の狼!
すかさずバックから手榴弾を手に持ち――投げる!!」
 (爆発音、砂煙が舞い上がる)
Mr.ミミ作「範囲攻撃で集まった敵を一気に殲滅!!
……だがこれに怒ったヘルメット団、奥の手――戦車を投入!!」
(映像:砂の中から戦車が姿を現す。重低音と共に砲塔が回転)
Mr.ミミ作「硬い装甲で今までの攻撃が効かない!!」
(静寂。ズームでホシノにカメラが切り替わる)
ホシノ(眠そうな声で微笑)
「相手が悪かったみたいだね〜。シロコちゃんにあんなガラクタが効くわけないのにさ〜」
(BGMが再び高揚。画面に「COST 2 READY」の文字が点滅)
Mr.ミミ作「ここは集中砲火で攻めるのがシロコさん!!
ここでコスト2が貯まった――コストを消化してドローンを召喚!!!」
(ドローンが射出、赤い軌跡を描きながら空へ上昇)
Mr.ミミ作「戦車に向けて、アサルトライフルとミサイルの連続攻撃で装甲を破壊!!」
(連続爆発、画面が白光に包まれる)
Mr.ミミ作「敵はたまらず退散!――状況終了! お疲れ様!!」

ノノミ(少し感慨深げに)
「……さすがシロコちゃんですね〜、わざわざ心配しなくて良かったです」
Mr.ミミ作(穏やかに微笑みながら)
「ふむ。戦う姿に迷いはない……。
――これがメインヒロインとしての風格というわけか……」

Mr.ミミ作「そういえばシロコさんはサイクリングをしていたが、趣味だったりするのか?」
ノノミ(穏やかに微笑みながら)
「そうですね〜、ロードバイクを毎回点検するぐらいには好きだと思います。」
(BGMが軽やかに変わる。まったりとした空気)
 ピロピロピロピロ(電話の着信音)
Mr.ミミ作(慌ててポケットを探る)
「おっと、すまない電話だ。」
(画面に「着信:砂狼シロコ」の文字)
シロコ『もしもし?あなたが私のことをすごく褒めてたMr.ミミ作?』
Mr.ミミ作「おお!君がシロコくんか!わざわざ連絡をくれるなんてーー」
シロコ『ん、私あなたの宣伝気に入った。
よかったら来週、銀河打者とサイクリング行くんだけど、いっしょにいく?』
(BGMが止まり、一瞬静寂)
Mr.ミミ作(背筋を伸ばして)
「お、お誘い!?もちろんだとも!
このMr.ミミ作、主役のお誘いは断らない主義なんだ!」
シロコ『ん、分かった。
それじゃあ軽く200km行く予定だから、約束守ってね。』
Mr.ミミ作「……ああ、って200kmってちょっとシロコさん!?」
ブチッ(通話終了)
(沈黙)
(カメラがズーム。Mr.ミミ作、翼を下げて涙目)
(静かに入るピアノBGM)
ホシノ(肩をすくめて笑う)
「あちゃー、やっちゃったね〜。
シロコちゃんは体育会系だから、大変だよ〜。」
Mr.ミミ作「……あの……ここから入れる保険ってのは?」
ホシノ(あっさり)
「ないねぇ。」
ノノミ(親指を立てて)
「頑張ってください、私応援しますから⭐︎」
Mr.ミミ作「そ、そんなァ〜!!」


 Ver1.2 深淵に眠る彼女たちの道

「お待たせしました、変動金利等諸々適用し、利息は七百八十八万三千二百五十円となります」

 乾いた電子音声が、校門の前に響いた。

 その声の主――無機質なロボットの集金員は、まるで人間の真似をするかのように営業スマイルのアイコンを浮かべ、丁寧すぎるほど丁寧に頭を下げる。

 整然とした動作。無駄のない仕草。

 だがそこに、情というものは一片もなかった。

 アヤネが渋い顔で財布を差し出し、封筒に入った札束を差し出す。

 重ねられた金の重みが、まるで罪そのもののようにずしりと感じられた。

 「……はい、確認しました。全て現金でお支払い頂きましたので、今月は以上となります。カイザーローンとお取引頂き、毎度ありがとうございます。来月も宜しくお願いいたします」

 スピーカー越しの声には、温度も抑揚もない。

 ただ形式的に「感謝」を述べるその機械音が、何より冷たかった。

 ロボットは踵を返し、現金輸送車に乗り込む。

 分厚い装甲と警備ドローンに囲まれた車体が、低いモーター音を響かせて校門を離れていく。

 その金属音が消えていくまで、誰も何も言わなかった。

 「………」

 アヤネが小さく息を吐き、ノノミが苦笑するように肩をすくめた。

 「はぁ……今月も何とか乗り切ったね~」

 「完済まであとどれくらい?」

 「三百九年返済なので、今までの分を入れると――」

 「ちょ、言わないで! 正確な数字で言われると余計しんどくなるから!」

 「えへへ……ごめんなさい」

 皆の声がやけに遠くに聞こえる。

 毎月繰り返されるこの“儀式”。

 払っても払っても減らない借金の数字。

 笑いながら吐く愚痴のひとつひとつに、乾いた砂の味がした。

 セリカが不貞腐れたように足で砂を蹴る。

 「どうせ死ぬまで完済できないんだし、計算しても無駄でしょ!」

 「まぁまぁ、落ち着きなよセリカちゃん」

 「それにしても、カイザーローンって何で現金払い限定なんでしょうね? 態々あんな輸送車まで……」

 ノノミの疑問が、空気を切った瞬間――

 シロコがはっと顔を上げた。

 ……そのときだ。

 俺も、自然とバットを手にしていた。

 考えていることは同じらしい。

 ただ一瞬、彼女と目が合う。

 互いに無言で頷く。

 砂の上に、機械の轍の跡がまだ生々しく残っている。

 (あの装甲を貫くには……全力で振り抜く必要がある)

 頭のどこかでそんな計算をしていた。

 ただ、実際のところ本気でやるつもりだったのか、俺自身もわからない。

 この街の不条理に少し歯向かいたくなっただけかもしれない。

 それとも、ただ面白そうだからか。

 セリカの視線が痛い。

 ジト目でこちらを睨みつけながら、ぴしゃりと声を上げた。

 「二人とも、あの車は襲っちゃだめだよ」

 シロコが無表情のまま、素直に頷く。

 「うん、分かっている」

 俺も軽く笑って言った。

 「ホームラン決め込むだけだ」

 「ホームランも! 計画するのもダメ!」

 えぇ……。

 思わず声が漏れる。

 不服というより、純粋に残念だった。

 セリカはこめかみを押さえながら、呆れを通り越して嘆息する。

 「なんでそう残念そうなのよ!」

 俺は肩をすくめ、空を仰いだ。

 雲ひとつない砂漠の青。

 あの輸送車は、もう地平線の向こうに消えていた。

 「……だってさ」

 バットの柄を握りしめる。

 「打つべき球が、あんなに綺麗に転がってるのに」

 言い訳でもなく、冗談でもなく。

 本気でそう思っていた。

会議の始まりを告げるアヤネの声が、乾いた空気を震わせた。

 朝早くからの集金を終えた俺たちは、いつものように椅子を並べ、古びた部室で互いの顔を見合わせる。

 砂埃の積もった窓から、淡い陽光が斜めに差し込み、机の上に細い影を作っていた。

 「さて、全員揃ったようなので始めます。まずは二つの事案についてお話したいと思います」

 いつものアヤネの口調。

 こうして淡々と始まるのが、もはや日常になっている。

 「最初に、昨晩の襲撃の件です」

 ああ、あの食い逃げみたいな連中か――

 昨日の夜に出くわした、あの三流悪党ども。

 俺の頭の中ではもう“バットで撃ち返す対象”として分類済みだった。

 「便利屋68と呼ばれる部活です」

 アヤネがタブレットを操作すると、ホログラムに四人の顔が浮かび上がった。

 無愛想な女、笑顔の危ない女、ヤンデレそうな女、そしてその中で一番“リーダーっぽい”女――。

 一丁前にパーティー画面構成がたてられてるのが逆に腹立たしい。

 

 「なるほど、便利坂48っていうのか」

 自分で言ってから、なぜか口が勝手に動いていた。

 場の空気が、一瞬で凍る。

 「便利屋68です!」

 アヤネが食い気味に突っ込んできた。

 「68も48も同じだろ……」

 そう返した瞬間、アヤネの目がカチンと音を立てて光るのが見えた。

 「………!!」

 あ、これはまずい。

 俺は無意識に一歩後退した。

 ホシノが椅子の背もたれに寄り掛かりながら、ゆるく手を振る。

 「アヤネちゃん、ストップストップ」

 「どうどう……」とシロコ。

 「シロコ先輩、それ馬の宥め方!」とセリカ。

 朝からカオスだ。

 ホログラムの映像が再び映し出され、アヤネが淡々と続ける。

 「リーダーはアルさん。自称“社長”のようです」

 社長、ね。

 企業ごっこ。

 けれど、この世界では“ごっこ”が命懸けになることを、俺たちは嫌というほど知っている。

 アヤネは説明を重ね、ホシノが口を挟む。

 「まぁ、銀河打者くんもいるし、そこまで警戒しなくてもいいんじゃないかな~」

 その“銀河打者”ってのが俺のことだ。

 何の責任もないのに、何かあったら真っ先にバットを振る役。

 でも、それで守れるなら――まぁ、悪くない。

 会議はそのまま次の話題へと移る。

 「では、続きましてセリカちゃんを襲ったヘルメット団の黒幕について」

 アヤネの言葉に、セリカがガタンと立ち上がった。

 「っ、分かったの!?」

 「はい、パーツの型番から流通元を追ったところ、ブラックマーケットの店舗がヒットしました」

 部室の空気が一瞬で変わる。

 ブラックマーケット――その名を聞くだけで、背筋に冷たい風が走る。

 アヤネの説明は続く。

 そこはキヴォトスの裏側、非正規市場の巣窟。

 重火器、偽造証、退学生――あらゆる「影」が集まる場所。

 「市場」という言葉が皮肉に聞こえるほど、あそこは荒れている。

 ノノミが眉を下げて呟く。

 「とっても危険な場所じゃないですか」

 「はい。ですが、便利屋68の活動範囲とも重なっています」

 ホシノが椅子の上で背伸びをして言った。

 「じゃあ決まりだね。ブラックマーケットを調べてみよう」

 ……その瞬間だった。

 俺の頭の中に、ふっと奇妙な映像が浮かんだ。

 “とてもでかいブラックマーケット”――

 つまり、“とてもでかいゴミ箱”があるのでは?

 それがどうしてか、脳の真ん中を占拠した。

 市場の裏路地、溢れたジャンクの山、ひしゃげた金属箱。

 ……たぶん、そこにある。

 理屈じゃない。感じる。俺の“打者センサー”が反応していた。

 気づけば、もう頭の中はゴミ箱でいっぱいになっていた。

 漁るほどの宝。拾うほどの夢。

 錆びた鉄の音さえ、心地よく聞こえる。

 ノノミが小声で囁いた。

 「あの……穹さんは、何を考えてるんでしょう?」

 セリカが眉をひそめてため息を吐く。

 「さぁ……どうせまたゴミ箱のことでも考えてるんでしょ?」

 ホシノがぽりぽりと頬をかく。

 「……まぁ、銀河打者くんらしいね~」

 そう言って笑った。

 その笑い声に混じって、どこかで風が鳴った気がした。

ーーーーーーーーーーーーー

「此処が、ブラックマーケット……」

「わぁ☆ すっごい賑わっていますね?」

入口の石段を降りると、空気が変わった。光は薄く、匂いは濃い。油と埃、何か焼けた金属の匂いが鼻腔をくすぐる。人の声が層を成して重なり、足音と笑い声と喧嘩の断片が一つの低い波を作っている。その波に押されるように、露店の軒はぎっしりと並び、布を掛けた屋台の影が地面に落ちる。色とりどりのランプがぶら下がり、昼と夜の境界線がこの場所では曖昧に溶けていた。

俺は目を細める。光の少ない場所に、こそ宝は眠る。露天の隙間に置かれた段ボール箱、割れたプラスチック、錆びた工具類――どれも、誰かが捨てた「終わったもの」に見える。しかし、俺の目には終わりではない。引き出せば物語を吐き出す、未来の欠片だ。

「ほうほう、これがブラックマーケットのゴミ箱か〜!日に当たらないながらも心照らしてくれる宝物がここにはたくさんある」

言葉は自然と出た。胸の奥で小さな鐘が三つ鳴るのを感じる。仲間たちの視線が一瞬、こちらに集まる。ホシノは無邪気に首を傾げ、アヤネは眉をひそめる。シロコは周囲を警戒しつつも、どこか楽しげな光を瞳に残している。セリカは眉を寄せて、俺の言葉を眉間のしわで受け止めた。

『本当に頼りになるんだかならないんだか分かりませんね……』

「まぁまぁ銀河打者くんらしくていいんじゃない?」

「本当に、小さな市場を想像していたけれど、街一つくらいの規模だなんて――連邦生徒会の手が及ばないエリアが、ここまで巨大化しているとは思わなかった」

「うへー、普段私達はアビドスばっかりいるからね、学区外は結構変な場所が多いんだよー」

「ホシノ先輩、此処に来たことがあるの?」

「いんや、私も初めてだねー、でも他の学区にはへんちくりんなものが沢山あるんだってさー」

市場の雑踏は、俺の鼓膜を擽る。金属音、布の擦れる音、誰かが叩くハンマーのリズム。人々は商売と生活と秘密を並べ、声の洪水に自分の欲を投げ込んでいる。そこに混ざる“武器”の売買の匂いは、ほんの少し油っぽくて、ずるいほど生々しい。

「ちょーデカい水族館もあるんだって、アクアリウムって云うの! 今度行ってみたいなー、」

「水族館に行くなら竿とゴミ箱を持って行こう!」

俺は手にいっぱい宝箱(ゴミ箱)から手に入れた戦利品を手に抱えてそう言った。

「ちょっと!水族館は釣り堀じゃないから!!」

「ウヘ〜食べられるなら尚更いいよね?」

「ちょっと!」

仲間内のふざけたやり取りが、ここでは薬のように効く。緊張を少しだけ和らげる。俺はゴミ箱の匂いを深呼吸するように嗅ぎ、指先で小さな金属片を弄る。こういうとき、手が動き出すと頭が落ち着く。回収した古いボルト、曲がったワッシャー、潰れたバッジ――どれも、拾えば次の物語の引き金になる。

『皆さん、油断しないで下さい、此処は違法な武器や兵器が取引される場所です、何が起こるか分かりません』

「まぁ、そうは云っても開拓者が一緒だし……」

『だからこそですよ!彼は悪気はなくても厄介ごとに突っ込んでいくんですから』

「それはまぁ確かに」

 

全く人を疫病神扱いして……ひどい奴ら

 

そんな事を話しながら歩いていると、不意に乾いた炸裂音が空に鳴り響いた。音は遠く、だが確かに――鉄と空気が叩き合う、銃の音だ。

 

「あ、銃声だ」

シロコが無駄なく反応し、愛銃を握り締める。俺も無造作にバットを抱える。身体が条件反射で縮こまるのを感じるが、心の中心は妙に落ち着いている。銃声は、ここでのルールの合図だ。誰かが秩序を破っている。誰かが、闇の中で動き出した。

俺はバットの柄をしっかり握り、仲間たちの顔を一瞥する。ホシノの目がきらりと光り、アヤネは端末を取り出す。シロコの背筋が伸びる。セリカは唇を噛む。

「待てッ!」

「コラ! テメェ、トリニティだろう!?」

「う、うわあああ! まずっ、まずいですー! つ、ついて来ないで下さいぃ~!」    

ふと、喧騒の中でも一際目立つ声が聞こえてくる。見ると前方から、何やら誰かが追われている様で、声を撒き散らしながら必死に駆けている少女がちらりと見えた。キヴォトスの住人は足が速く、それは宛ら自動車レースの如く。群衆の隙間から、目立つ金髪が見え隠れする。

  「あれ……あの制服は――」    

 

アヤネが呟き、眼鏡を押し上げる。

 どうやら彼女達の行き先はアビドスの居る方面の様で、群衆を押し退けながら凄まじい速度で接近していた。

あれ、もしかしてこれ、こっちに来る? 

気づいた時には、殆ど顔の見える距離まで近づいていた。

 

「わわわっ、そこ退いてください~!」

 

「え、ちょ、待っ――ごはッ!?」

 

ぶつかった瞬間、世界の重心が少しだけずれた気がした。風が頭上を擦り抜け、砂埃が目にしみる。彼女――金髪の子のひんやりした体温と、瞬間的に広がったパニックの匂いが混ざって、俺の胸の内に小さな警鐘が鳴る。人混みの鼓動が耳鳴りのように遠のいて、二人だけのスローモーションが始まった。

ぶつかり合った衝撃で膝の裏が伸び、砂が体にまとわりつく。いつもなら咄嗟に笑い話で済ませるところだが、相手の声が震えているのが見て取れて、笑いはこみ上げなかった。手のひらで砂を払いながら彼女の顔を見る。蒼い顔、目は大きく見開かれ、指先が微かに震えている。

「ぎ、銀河打者さん!?」

「い、いたた……あッ! ご、ごめんなさい!」

謝る声は小刻みに震え、唇が言葉を追いかける。謝罪と恐怖の入り混じったその声は、ひどく生々しかった。俺はいつものポーカーフェイスを少し崩して、声を落とす。

穹「大丈夫か?」

言葉を投げる。確認するだけだ。相手が無事ならそれでいい。けれど答えるより先に、周囲の空気が変わった。笑いと物売りの喧騒をかき分けるように、冷たい影が近づく――眼つきの鋭い二人組だ。スケバン風、というにはどこか古臭くて、怖さだけは今風に尖っていた。

如何にも『私達、スケバンです』と云った風貌の少女二人組が現れる。スケバン二人は地面に転がった先生と少女を一瞥した後、周囲を取り囲むアビドスの生徒達に気付いた。

「あ? 何だお前ら、退け! アタシ達はそこのトリニティの生徒に用があるんだよ!」

「あ、うぅ……わ、私の方が特に用はないのですけれど……」

言葉が垂直に突き刺さる。拉致だと説明する声が、アヤネの口から迸った。

「っ、思い出しました! その制服、キヴォトス最大規模のマンモス校、トリニティ総合学園のものです!」

「そう、そしてキヴォトスで一番金を持っているお嬢様学校でもある! だから拉致って、身代金をたんまり頂こうって訳さぁ!」

「拉致って交渉! 中々の財テクだろうぉ? くくくッ!」

不良たちの口の端に笑いが宿る。計画を自慢げに喋るその姿は、醜くて薄っぺらい。胸の奥で何かがざわつく。守るべきものを数字や金で分配する発想が、どうしても腑に落ちないのだ。

シロコの耳がぴくりと震えた。奴らのやろうとしていることを察したんだろう。だが、隣のセリカが肘で脇腹を突き、寸でのところで止めている。あいつらの感情はいつも直線だ。熱いか冷たいか、二つに一つだ。

「どうだ、お前たちも興味があるなら計画に乗るか? 身代金の分け前は――」

言葉の余韻がまだ空気に残るうち、俺は動いた。速い、というより単純だ。考える前に体が先に答えを出す。鋼のように無駄のない動きで背後に回り、相棒のバットを振り抜いた。長年のクセで、空気の切れ味が手に伝わる。振るう瞬間、自分でも少し笑っていたかもしれない。戦いは遊びに似ている。だが、この場面に遊び心は許されない。

速戦即決……

俺はすぐに背後に回ってバットを振って二人を気絶させた。

「うごぉッ!?」

「あだァッ!?」

バットが当たった瞬間、音がこもった。固い物にぶつけた時の、鈍く深い衝撃。二人の体が崩れ落ち、彼女らの叫びは砂と混ざって消えていく。残ったのは重い沈黙と、振り抜いた手の微かな震えだけだ。呼吸を整え、バットを軽く振って砂を落とす。その仕草は、まるで朝起きて歯を磨くように日常的だ。

倒れ伏した不良を眺めると、金髪の少女は右往左往していた。驚きと安堵と罪悪感が入り混じった表情だ。俺は袖で唇をぬぐい、ポーカーフェイスを戻す。だが心の中には小さな温度が灯っている。仲間のために手を出す。拳ではなく、行動で示す。そんな単純なことが、今は誇らしい。

「――大丈夫か?」

ヒフミと名乗った少女は、両手で胸の前をぎゅっと握りながら、まるで壊れ物を扱うように言葉を紡いだ。

その声は柔らかく震えていて、どこか泡のように頼りなかった。

「あ、ありがとうございました、皆さんが居なかったら学園に迷惑を掛けちゃうところでした……その、こっそり抜け出して来たので問題なんて起こしたら……あぅ、想像しただけでも……」

何度も、頭を下げる。金髪がさらさらと流れて光を反射し、砂塵の街の中で一瞬だけ純白に見えた。

俺は思わず息をついた。

「迷惑を掛けちゃう」と言う言葉が、やけに彼女らしい。まるで他人の痛みのことばかり考えて自分を後回しにしているような、そんな優等生の匂いがした。

セリカが、呆れたように肩をすくめる。

「本当にアンタ決めるとかはしっかり決めるわよね……」

俺は自然と腰に手を当て、胸を張った。

正義の味方というより、ただの自己満足かもしれない。

けれど――誰かを守れたという感覚は、やっぱり気持ちがいい。

ホシノが軽く手を挙げて、話を切り出す。

「えっと、ヒフミちゃんだっけ~? トリニティのお嬢様が、どうしてこんな危ない場所に来たの?」

「あはは……」と困ったように笑うその声は、少し掠れていた。

その笑いの裏には、秘密を抱えた子どものような危うさがあった。

「それはですね、実は探し物がありまして、もう販売されていないので購入出来ない代物なのですが、ブラックマーケットでは密かに取引されていると聞いて――」

探し物、か。

ここに来る人間の大半は“何か”を失って、それを取り戻すためにやってくる。

金か、名誉か、希望か。

でも、この子の声には“切実さ”より“夢見心地”があった。

それが何となく気になって、俺は首を傾げる。

そして予想通り、アビドスの面々の頭の上に「?」が浮かんだ。

「もしかして、戦車?」

「もしくは違法な火器?」

「違法薬物とかですか?」

俺も考えて、閃いたように口を開く。

「分かった!ゴミ箱だな!!」

アヤネが眉をひそめる。

「それは絶対にないと思いますよ……」

まぁ、正直俺も半分冗談だった。

けれど、ここまで真面目な顔をして「探し物」と言うのだから、何か深刻なものだと思っていた。

だから次の言葉を聞いた時、俺の頭は完全に止まった。

「ペロロ……?」

「はい、これです!」

バッグから取り出されたのは、まるで悪夢の中で作られたような縫いぐるみだった。

アイスを喉いっぱいに詰め込まれて息絶えかけているような、ペンギンのようで、鶏のようで、何とも言えない異形。

俺の頭の中で、何かがぷつんと切れた。

……これが、探し物?

「ペロロ様とアイス屋フォーティーワンさんがコラボした、限定の縫い包み! 限定生産で百体しか作られていないレアグッズなんですよ!」

ヒフミの目は、まるで信仰者のように輝いていた。

その純粋な光を前に、俺は完全に言葉を失う。

「可愛いでしょう?」

そう言われても、俺にはそれが“可愛い”という次元の生き物には見えなかった。

沈黙。

砂の音。

目を合わせられない気まずさ。

セリカとシロコ、それにホシノとアヤネが同時に同じ顔をしていた――「え、これ……どう反応すればいいの?」という顔だ。

俺は仲間が同じ反応をしているのを見て、ようやく安堵する。

少なくとも、俺の感性はまだ正常らしい。

そんな中、ノノミが突然、感涙したような声を上げた。

「わぁ☆ モモフレンズですね! 私も大好きです! ペロロちゃんかわいいですよねぇ、私はミスター・ニコライが好きなんです!」

「分かります! ニコライさんも哲学的なところがカッコよくて! あ、最近出たニコライさんの本、『善悪の彼方』も購入しました! 勿論、初版で!」

……何の会話?

俺の頭の上で疑問符が爆発した。

気付けば二人は手を取り合い、目を輝かせて熱弁している。

ブラックマーケットの真ん中で、“哲学的ペンギン”の話をしている。

もうこの世界、何が正しいのか分からない。

「……いやぁ、何の話かおじさんさっぱりだぁ」

「ホシノ先輩、こういうファンシー系に全く興味ないでしょ」

「うむ、最近の若い奴にはついていけん」

「歳の差、ほぼないじゃん……」

ホシノ先輩がカラカラと笑い、俺もつられて少し笑う。

笑ってみると、妙にこの異様な空気が心地よかった。

危険と馬鹿騒ぎが共存している場所――それがアビドスらしい。

ヒフミはそんな俺たちを見回しながら、少しだけ頬を赤らめた。

「――という訳で、グッズを買いに来たのですが先程の人たちに絡まれて……皆さんがいなかったら、今頃どうなっていた事やら」

その言葉には、まっすぐな感謝が滲んでいた。

俺は彼女の頭の上に光が見えるような気がした。

ヒフミがこちらを見上げて、少し不安そうに微笑んだ。

「…えっと、ところでアビドスの皆さんは、何故こちらに?」

 声の端に、ようやく落ち着きを取り戻した安堵が滲んでいた。

 彼女の目は純粋そのもので――まるで先ほどの乱戦など、夢か幻だったように思えるほど穏やかだった。

ホシノが軽く肩を竦めて答える。

「私達も似たようなものだよ、探し物があるんだ~」

シロコも頷きながら続けた。

「そう、今は生産されていなくて手に入れにくい物なんだけれど、此処にあるって話を聞いて」

「私と一緒ですね、何をお探しに?」

 ヒフミの問いに、俺はつい、反射的に叫びかけた。

「それはゴミばーー」

 セリカの冷たい声が、刃のように俺の言葉を断ち切った。

「それはアンタだけでしょ?」

 

 心の底から真面目に答えようとしたのに、まるで場の空気が一瞬で冷え込む。

 ――まぁ、ゴミ箱の話だから仕方ないか。

 そんな風に自分を納得させていると、タブレットを操作していたアヤネがぴたりと指を止めた。

 彼女の瞳が一瞬で鋭くなり、眉間の皺が緊張を描く。

「……妙ですね。人の流れが……一方向に偏っています」

 俺たちもつられて周囲を見渡した。

 黒く曇った街並み。人影があちこちで蠢き、ざわめきの波が地面を震わせる。

 一見いつも通りの混沌――だが、アヤネが言う通り、確かに“群れ”があった。

 人の流れが一斉にこちらを向いている。

「あれは――皆さん、四方から武装した集団が多数! 此方に向かって来ています!」

「はぁ!?」

 セリカの声が上ずる。

 そして俺は、思わず頭を抱えた。

 ――またか。今日は戦闘日和か何かか?

 太陽が昇るたびに殴り合い、銃撃戦、そしてまた殴り合い。

 通常戦闘に開拓力は必要ないとはいえ、さすがにこの頻度は心が折れる。

 遠くの通りの奥、ネオンの光を反射して浮かび上がる赤い輪郭。

 武装した不良たちが、こちらを獲物のように睨みつけている。

 あの眼、戦意だけでできている。話し合いなんて望むだけ無駄だ。

「うわ、めっちゃ居るじゃない……!」

「先程撃退したチンピラの仲間の様ですね」

「望むところ」

「うへー……」

 皆がそれぞれに武器を構える。

 俺もバットを肩に担いで息を吐いた。

 この音、この匂い――もう慣れてしまった。

 嫌だけど、身体が勝手に戦闘の準備を始めている。

 やがて敵の群れが視界の端を埋め尽くし、怒号と共に銃声が響いた。

 火花が走り、金属音が跳ね、群衆の悲鳴が夜を裂いた。

「居た、あいつ等だ!」

「よくもやってくれたなァ! 痛い目に遭わせてやるぜッ!」

「いっちょ前に備えやがって、覚悟しろよッ!」

 怒号の波。

 空に向けて放たれる銃弾が、まるで不吉な花火のように爆ぜた。

 だが俺たちは――動じない。

 その後のことは、言うまでもない。

 

俺たちのスタイルはあまり変わらないためここは戦闘シーンはストップしよう

ーーーーーー

 

 戦闘はたった十分も掛からなかった。

 撃って、殴って、また撃って、また殴って――。

 気づけば敵は地面に転がり、呻き声だけが風に混じっていた。

 特筆すべきは、ヒフミの“召喚”だ。

 彼女が呼び出した巨大なペロロ――どう説明すればいいのか分からないが、あれはもはや戦術兵器だった。

 敵がそのぬいぐるみ(?)に群がり、俺たちは横から一方的に片付けるだけ。

 戦いというより、整理整頓。

 

なるほどヒフミは『記憶』の運命を歩んでいるんだな……

 

 だが、気づけばまた――。

「敵、後退していきます! えっと、後方に増援、数は――」

「また来たの? 上等、幾らでも相手してあげる!」

「ま、待って下さい! これ以上戦っちゃ駄目です!」

 ヒフミの声が、今度は切迫していた。

 その声音に、俺は思わず息を呑む。

 彼女の瞳の奥には、戦闘ではなく“恐怖”が見えた。

「ブラックマーケットで騒ぎを起こすと、此処を管理している治安機関がやって来ます! そ、そうなったら本当に大事です、大分時間も経ちましたし、まずはこの場から離れて――」

 そう言って、ヒフミはセリカが封鎖した裏路地を指差した。

 彼女の声は震えていたけれど、その震えは“怖さ”よりも“焦り”だった。

 ――ブラックマーケットの治安機関。

 名前だけ聞けば秩序の象徴のようだが、実態は違う。

 俺たちのような“余所者”にとっては、敵より厄介な存在だ。

 アヤネの説明を思い出すだけで、背筋が冷たくなる。

ホシノが肩を竦めて呟いた。

「むぅ……此処の事はヒフミちゃんの方が詳しいから、従った方が良いかも……」

 俺も静かに頷く。

 戦うのは嫌いじゃない。けれど――戦うだけが開拓じゃない。

 今は引くべき時だ。

 銃煙の匂いがまだ漂う夜の街を、俺たちは足早に離れていく。

 背後には、ペロロの残響と、不良たちの呻き声。

 そして、遠くで鳴る警報のような低いサイレンの音が、

 俺たちの判断が正しかったことを静かに証明していた。

ーーーーーーーーーー

 

―ようやく、喧噪が遠ざかった。

 ヒフミの安堵の吐息が夜気に溶けて、ようやく俺の胸の鼓動も静まりはじめる。

 いつの間にか汗で張りついた制服の襟を指で引っ張る。空気が少しひんやりして、肺の奥に冷たさが染み込んだ。

「はぁー……此処まで来れば大丈夫でしょうか」

 ヒフミの声には、疲労と安堵が同居していた。

 息の混じった言葉。けれど、その響きにはまだ警戒が残っている。

 彼女の金髪が街灯に照らされて柔らかく光った――それが、戦場の煤を洗い流した灯りのように見えて、少しだけ心が緩む。

 不良たちの追撃を撒くまでに、どれくらいの時間が経ったのか。

 十分か、二十分か。

 時計を見ずとも、肌で分かる。あの異様な緊張の余韻は、まだ筋肉の奥にこびりついていた。

 俺たちが立っているのは、ブラックマーケットの外縁部。

 夜風が運ぶのは、香水と煙草と鉄の匂い。

 この街は、呼吸すらも取引されているみたいだ。

 ホシノが両手を頭の後ろで組みながら、何気ない口調で言った。

「それにしても、ヒフミちゃんは此処を随分危険な場所だと認識しているんだね、凄い警戒心だ」

 冗談めかした声に、ヒフミはすぐさま真面目な顔で応じた。

「えっ、それは……当然ですよ、連邦生徒会の手が及ばない場所の一つですし、ブラックマーケットだけでも学園数個分の規模に匹敵しますから、決して無視は出来ません」

 その言葉に、俺の脳裏にかつて耳にした噂が浮かぶ。

 金と暴力と欲望が秩序を支配する街。

 “自由”という名のもとに、誰も責任を取らない場所。

 連邦生徒会の影響が薄れた今、この街がどんな“自由”を謳歌しているのか、想像するだけで胃が重くなる。

 ヒフミの横顔には怯えではなく、理解があった。

 まるでこの街の暗部と何度もすれ違ってきた人間のように、彼女は慎重だった。

「それに様々な企業がこの場所で違法な事柄を巡って利権争いをしていると聞きましたし、ブラックマーケット専用の金融機関や治安機関がある程ですから」

「ぎ、銀行や警察があるって事!? そ、それって勿論、認可されていない違法な団体だよね!?」

「はい、勿論です」

 セリカの反応があまりに真っ直ぐで、少し笑いそうになった。

 だが、ヒフミの言葉が続くにつれて、その笑いも引っ込む。

 銀行。警察。

 本来なら安心を象徴するはずの単語が、ここではむしろ“恐怖”の代名詞だ。

 権力は腐敗し、秩序は売られる。

 俺たちが守ろうとしてきた“正義”という言葉が、どれほど軽いのかを突きつけられる気分だった。

 ノノミが小さく呟く。

「ブラックマーケットだけで運営される銀行や警察だなんて、まるで一つの『学園』――自治区ですね」

「えぇ、中でも特に治安機関は兎に角避けるべきでして、騒ぎを起こしたらまずは身を潜めるのが一番です」

 “避けるべき”――

 ヒフミの声の響きが、どこか遠くの記憶を掠めた。

 まるで、それを身をもって知っているような声音だった。

 彼女はただのトリニティの生徒ではないのかもしれない。

 戦いの中で見せた判断力、そして今の冷静な説明。

 表情の奥に、何か隠している。

 ……それでも、俺たちを案じてくれていることだけは確かだ。

 ホシノが軽い調子で笑う。

「……ふ~ん、ヒフミちゃん此処の事、詳しいねぇ」

「えっ、そうですか? でもまぁ、その、ペロロ様のグッズの為に何度か足を運んでいるので……」

 ペロロ。

 あの戦場で暴れまわった巨大ぬいぐるみが、彼女にとっては“グッズ”の延長らしい。

 あの光景を思い出して、苦笑が漏れる。

 俺たちにとっては戦術兵器、彼女にとっては推し活。世界の見え方の差が激しすぎる。

 けれど、そんなヒフミの柔らかい雰囲気に、少し救われたのも事実だ。

 張り詰めていた空気が、ふっと緩んだ瞬間――ホシノが手を打った。

「なるほどねぇ……良し、決めた!」

 その調子の良い声が響いた瞬間、嫌な予感がした。

 案の定――

「助けてあげた御礼に、私達の探し物が手に入るまで一緒に行動してもらうねー♪」

「え……ええっ?」

 ……やっぱり。

 ホシノの“思いつき”は大体愉悦だ。

 けれど、今回に限っては、悪い話でもなかった。

 この街の情報を持つヒフミがいてくれれば、動きやすいのは確かだ。

 アビドス勢がそれぞれに反応する。

「わぁ☆ 良いアイディアですね!」

「成程、誘拐だね」

「はいッ!?」

 ヒフミが半泣きになっているのを見て、思わず目を逸らした。

 慣れるんだヒフミ。彼女たちはそういうノリなんだ。

 

 セリカが慌ててフォローを入れる。

「誘拐じゃなくて案内をお願いするだけでしょ? 勿論、ヒフミさんが良ければ、だけれど……」

 ヒフミは戸惑いながらも、小さく頷いた。

 その表情は、困惑と、ほんの少しの安堵。

 俺たちを信じてくれたのか、諦めたのか――たぶん、両方だろう。

「あ、うぅ……私なんかでお役に立てるかは分かりませんが、アビドスの皆さんにはお世話になりましたし、それ位なら、まぁ」

「よーし、それじゃあ、ちょっとだけ同行頼むね~」

 ヒフミの笑顔が、不安げに揺れながらも確かに咲いた。

 

ーーーーーーーーー

低く唸る蛍光灯の音が、密閉された部屋に反響していた。

 重厚なカーボンデスクの上に散らばる数枚の報告書。その紙面に並ぶのは、アビドス高等学校の生徒たちの顔写真と、兵装、数値化された戦闘能力の記録。紙の端には、擦れた指紋と焼けた硝煙の痕が薄く残っている。

 椅子が、軋む。

 その主――カイザーPMCの理事は、巨大な鋼鉄の彫像のように沈黙していた。

 彼の四本のアイラインが燈火のように淡く光を放ち、デスクの上を撫でる。その光が紙面の数字を浮かび上がらせるたび、室内の空気がわずかに震える。

 冷たく研がれた指先が、報告書をめくる。

 次のページには「便利屋68」の名と戦闘記録――そして、彼らとアビドスの比較データが記されていた。

 理事の唇が小さく動く。

「……ふむ」

 その声音は、低く、油のように粘り気を帯びていた。

 彼はゆっくりと顎を撫でる。金属の義指が擦れる音が静かな室内に響く。

 戦力分析の数値は明確に“アビドス劣勢”を示している。

 にもかかわらず、現実は敗北――それも圧倒的な。

 理事の中で、数式のように整理されていた戦況の均衡が、一瞬で崩れ去った。

 計算にエラーが生じた、そう言い聞かせるように低く呟く。

「興味深い報告だ……計算ミスか? しかし――」

 指先で紙面を叩く。乾いた音が二度、三度、部屋に跳ねた。

 それは考えるためのリズムであり、苛立ちを抑えるための儀式でもあった。

 ――そのとき。

 空気が、一瞬で変わった。

 室内の温度が一度、いや二度ほど下がったかのような錯覚。

 蛍光灯が一瞬、わずかに明滅した。

「――お困りの様ですね?」

 声は、音というよりも影の形だった。

 理事が顔を上げると、そこに立っていたのは黒いスーツに身を包んだ人物――

 まるで人の形を模した闇。

 顔は見えない。

 だが、その存在だけで、空間の重力が歪む。

 理事の目が僅かに光を強めた。

「……いや、困ってはいない。計算に少々エラーが生じた、アビドスの連中の戦力が予想より強かった、それだけの事だ――」

 声は平静だった。だが、机の端を押さえる指先には、僅かに力が籠もる。

 黒服は理事の言葉を聞くと、わずかに首を傾げた。

「ふむ……」

 その仕草が、何故か“人間的”でない。

 まるで、思考を模倣しているような――そんな不気味な間合いだった。

 黒服は音を立てずに歩み寄る。

 理事のデスクに伸びる影が、まるで液体のように広がり、紙面を覆った。

「いえ、このデータに不備はありませんよ」

 理事の眼光が鋭く跳ねた。

「……何?」

「――急激な戦力増加には理由がある筈です。或いは、何らかの“外的要因”があるのやもしれません」

 外的要因。

 その言葉が、静寂の中で異様に大きく響いた。

 理事の四つの瞳が細くなる。

「外的要因だと?」

 黒服はわずかに笑った――笑った“ように見えた”。

 音ではなく、空気の震えが笑いの代わりとなった。

「存外、一月……いえ、数週間もあれば変わるものですよ。一度、アビドスに探りを入れてみるのも良いかもしれませんね」

 その言葉は提案であり、警告でもあった。

 理事が何かを言い返す前に、黒服の姿は、黒煙のように掻き消える。

 残されたのは、冷たい静寂と紙の擦れる音だけ。

 理事は暫く無言でその場に座り込んでいた。

 指先が無意識に机を叩く。

 先程よりも強く、重く、低く――。

「……アビドスに手を貸す何者かが居る、という事か?」

 呟きが、部屋の壁に吸い込まれて消える。

 天井の蛍光灯が一度、チカリと瞬いた。

 そして、再び訪れる闇の静寂――

 それはまるで、誰かが見下ろして笑っているかのようだった。

ーーーーーーーーーーー

便利屋68事務所。

 昼下がりの光が、汚れたブラインドの隙間から斜めに差し込み、埃の粒子を金色に染めていた。

 かつては「起業家気取りの学生が夢を見たオフィス」として借りられたこの場所も、今では散らかった書類と空の缶コーヒーが主なインテリアだ。

 壁の時計の針が、律儀に時間を刻んでいる。だが、その音が虚しく響くのは、そこに漂う“沈黙”のせいだろう。

 その沈黙の中心に――彼女は居た。

 リーダー、アル。

 その名を冠する少女は、執務机に腰かけたまま、見事なまでに白目を剥いて停止していた。

「………」

 電源の落ちた人形のように動かない。

 その様子を見ながら、ソファに寝転び端末をいじっていたムツキが、反対側で雑誌をめくっていたカヨコに声をかけた。

「アルちゃん、白目剥いちゃってるけど、どうしたの? いや、まぁ、いつもの事といえばそうだけどさ~」

 カヨコはページを閉じ、眼鏡のブリッジを軽く押し上げた。

「……今月の資金収支計算書を提出しただけ」

「あ~……」

 ムツキの口から、納得と諦めがないまぜになった吐息が漏れる。

 その一言で、すべてが理解できた。

 “便利屋68の財政状況”――それはキヴォトスでも屈指のブラックジョークの一つだ。

 ムツキは指先で端末を回しながら、くふふと喉の奥で笑う。

 脳裏に浮かぶのは、アルの頭の中に広がる絶望の図――収支報告書の赤字が血のように広がり、金貨の山が砂のように崩れていく光景だった。

「まぁ傭兵に支払った分は戻って来たけど、元々そんなにお金がある訳でもなかったしねぇ」

「今回の大口依頼を逃したから、次の依頼も決まっていないし、当面収入の宛ては無し。この事務所の維持費用だけでも結構持っていかれるから、銃の整備費用とか弾薬費もカツカツ……」

 カヨコの冷静な言葉は、まるで死刑宣告のように淡々としていた。

「あはは、見栄を張ってこんな高いオフィス借りてるからだよー」

 ムツキの笑い声が、乾いた壁に弾けた。

「だ、黙りなさいよ! みんなうるさい! 静かにッ!」

 その瞬間、停止していたアルが――再起動した。

 机をバンバンと叩き、反動でペン立てが倒れ、床に散らばる。

 それでも構わず、彼女は椅子をぎしりと鳴らして座り直す。

「くぅ~、今回の依頼でかなり大金が入ると見込んでいたから、ちょっと色々買い込んじゃったし、装備も一新してツケが……スケジュールも空けちゃったから依頼も来ない、今月はギリギリ何とかなるとしても、来月は予算が――」

 彼女の言葉はまるで、沈没する船の上で必死に水を掻き出しているようだった。

「取り敢えずこの事務所引き払ったらー? 私は前みたいに公園でテント生活でも良いよ?」

 ムツキが笑いながら爆弾を投げる。

「あ、アル様、私がバイトで稼いできましょうか?」

 純朴なハルカが胸に手を当てて申し出た。

「……それじゃ根本的な解決になってないよ、ハルカ。それで良いなら便利屋じゃなくてフリーター」

 カヨコが冷静に刺す。

 アルは机に突っ伏し、頬を冷たい木の表面に押しつけた。

 ――何か手を打たなければ。

 そう心の奥で焦燥が渦巻く。

 装備は整っている。腕もある。だが依頼がない。

 まるで銃弾を詰めた弾倉だけを抱え、戦場の外に取り残された兵士のようだった。

 アルは勢いよく立ち上がる。

「――融資を受けるわ」

 その唐突な宣言に、空気が一瞬止まる。

 ムツキとカヨコが、まるで同時に視線を交わす。

 そこにあったのは、“理解”というより“諦め”に近い表情。

「は? アルちゃんブラックリスト入りしてるでしょ」

「違うわよ! 私は指名手配されて口座が凍結されただけっ!」

「そうだっけ? ……あぁ、そうだった、風紀委員会にやられたんだよね」

「くっ、風紀委員会め、嫌がらせに関しては本当に的確よ……!」

 唇を噛みしめるアル。

 あの時の屈辱が蘇る――あの冷たい視線、そして凍結の通知。

「でもどこで借りるのさ? 中央銀行も、出向いた所で門前払いだと思うよ~?」

「う、うるさいってば! 他にも方法はあるんだからっ!」

 そう言って胸を張るアルの姿は、もはや自信というより虚勢に近かった。

 だが彼女の瞳には、奇妙な輝きが宿っている。

 まるで“破滅の道を金色に照らす光”のような――。

「表で借りられなくても、裏ならどうかしらっ!?」

 ……その言葉が放たれた瞬間、部屋の空気が凍った。

 カヨコは額を押さえ、深い溜息を吐く。

 彼女には、もう先が見えていた。いや、嫌でも見えてしまった。

「嫌な予感しかしないのだけれど……」

「あはは、面白ければ私は全然オッケー!」

「あ、アル様、私はどこまでもお供します……!」

 ハルカの純粋な瞳、ムツキの悪戯な笑み、そしてカヨコの冷めた視線。

 三者三様の感情が交錯する中――

 アルは、誇らしげに胸を張った。

 もはや彼女の中では、既に“勝利の未来”が出来上がっているのだ。

「よし、そうと決まれば行くわよ皆っ!」

 力強い宣言が事務所に響く。

 その瞬間、ブラインドの隙間から射す陽光が、アルの頬を照らした。

 それはまるで、嵐の前に輝く最後の一筋の光のようだった。

――便利屋68、再び動く。

ーーーーーーーーーーーーーーー

足が棒になりそうだった。

 いや、もう棒どころか、地面に根を張りかけている。

「はぁ、しんど……」

 つい口をついて出た声が、雑踏のざわめきに飲まれて消えた。

 ブラックマーケットの迷路のような通りを何時間歩いたのか、正確な時間の感覚すらとうに失われていた。

「もう数時間は歩きましたよね?」

 セリカの声が少し掠れている。そりゃそうだ。あの冷静沈着な彼女でさえ、この疲労の波には勝てない。

「これは流石に、おじさんも参ったな~、腰も膝も悲鳴を上げているよー」

 ホシノが背を丸め、まるで実際に“老いた”ような声を漏らす。

 それを聞いたセリカが眉を吊り上げ、ばしばしと背中を叩いた。

「えっ……ホシノさん、御幾つなのですか……?」

「ほぼ同年代っ! というか全然元気でしょホシノ先輩!? ほら、確り歩く!」

「うへー……」

 いつもの調子だ。

 アビドスの面々は疲労と冗談の境界を曖昧にしながら、だらだらと通りを進んでいく。

 目的の“パーツ”とやらは一向に見つからず、情報の欠片すら掴めない。

 無数のネオンと異臭、そして喧騒。――ブラックマーケットとは、まるで秩序の皮を被った混沌そのものだ。

 俺も例外ではなく、歩き疲れた足を引きずりながら、ふと頭をよぎる。

(……界域アンカー、使えればな)

 喉の奥で独り言のように漏らした。

 しかし、現実は非情だ。あれは“行ったことのある場所”でしか使えない。

 今使えるのは――アビドス高校、シャーレ、連邦生徒会のサンクトゥムタワー、そして……ユウカの太ももに設置してもらったミレニアム。

(……思い出すだけで叱られそうだな……)

 余計な回想を振り払いながら、口に出してみる。

「ストーリースキップ機能使えないの?」

 セリカがピシッと振り向き、あきれ果てた顔を俺に向ける。

「ホントアンタ何言ってんの? 歩きすぎて頭おかしくなった?」

 その横で、ホシノが笑いながら頷く。

「いやいや、銀河打者くんの頭はいつもおかしいでしょ?」

 軽口の応酬。

 疲れているのに、誰も沈黙しようとしない。沈黙すれば、体が止まってしまうのを知っているからだ。

 そんな中――

「あら! あそこにタイ焼き屋さんが!」

 ノノミの声が、まるで光のように響いた。

 ふわりと甘い香りが鼻をくすぐる。見上げれば、雑踏の中にぽつんと一軒、くたびれた屋台があった。

 鉄板の上で、じゅうじゅうと音を立てて焼かれていく魚の形。

 香ばしさが、疲れ切った五感を甘く撫でていく。

「あれ、ホントだ。こんな所にも屋台はあるんだね~」

「あそこで少し休みましょう、タイ焼き、私が御馳走します!」

「えっ、ノノミ先輩、またカード使うの!?」

「銀河打者くんの『信用ポイント』もあるよ~?」

「ううん、私が食べたいから良いんですよ☆ 皆で食べましょう? ねっ?」

 ノノミが微笑む。

 その笑顔に逆らえる者など、この場にはいなかった。

 ■

 サクリ、と衣を噛む音。

 中からとろりと餡が溢れ出す。甘すぎず、けれど確かな存在感を持った温かさが舌の上で広がった。

 ……うまい。

 砂漠を歩いて一滴の水を見つけた旅人のように、タイ焼き一つが全身に染み渡っていく。

「ん、おいし~」

「いやぁ、丁度甘いものが欲しかったところなんだ~」

「あはは……私も貰っちゃって、すみません、有難く頂きますね」

「ブラックマーケットの食品だからちょっと疑っていましたが、結構本格的ですね……!」

「むぐもぐ」

 皆、頬を緩めている。

 ベンチに座れなかった生徒たちは植木の縁に腰かけ、まるで祭りのようにタイ焼きをかじっていた。

 焼けた皮の香りと、人の笑い声が交じり合う。

 ブラックマーケットの暗がりに、少しだけ“平和”の色が差していた。

 ……そして、そんな穏やかな空気をぶち壊すのは、いつだって俺だ。

「――あの〜穹さん? たい焼きと何を飲んでるんですか?」

 ヒフミが首を傾げる。

 彼女の視線の先には、俺の手にある――ストローの刺さったゴミ箱。

「ふふん、これか。これは“ゴミソーダ”ってやつでな」

「ゴ、ゴミ……?」

「俺の精神データを抽出して作られた飲み物だ。用法を守らず原液で飲むと、“ゴミ箱を漁る幸福感”に囚われるってやつなんだ」

 ……完璧な説明だと思ったのに。

 セリカが顔を引きつらせ、即座に突っ込んでくる。

「アンタ、そんなもん飲んでるからいつもゴミ箱をあさってるんじゃないの!?」

「いや、彼の精神データから抽出したって言ってますから、元からなんじゃないですか?」

「全然フォローになってない!」

 ノノミとセリカのやり取りを横目に、ヒフミが乾いた笑いを浮かべる。

「へ、ヘェ〜……」

 俺はゴミ箱を軽く振って、ストローを指差した。

「飲むか?」

 ヒフミは両手をぶんぶん振る。

「い、いえ私はいいです!」

 その横で、シロコが何の迷いもなく口を開いた。

「ん、私は飲んでみたい」

「やめてください! これ以上変になられたら困ります!!」

 アヤネの必死な制止。

 しかしシロコは真顔のまま、ゴミ箱をじっと見つめている。

「あ、あはは……何というか、賑やかな部活ですね」

 ヒフミが苦笑を浮かべて言った。

 場の空気を和ませようとしてくれているのだろう。けれどその笑顔は、どこかぎこちなく見えた。

「いやぁ、これがおじさんたちの味なもんで」

 ホシノがいつもの調子で返す。

 

「絶対違います。」

 その“おじさんジョーク”にアヤネが冷ややかに呟いたけれど、その声は空気に溶け、誰の耳にも届かなかった。

 俺はそのやり取りを聞きながら、内心で小さく息をついた。

 ――たぶん、全員少し無理してる。

 冗談でも言わなきゃ、疲労と不安に押し潰されそうなのだ。

 休憩を終えた俺たちは、再び情報探しに戻った。

 東へ、西へ。雑多な露店を抜け、情報屋の裏通りを覗き、時には胡散臭い連中と値段の交渉までした。

 だが、成果はゼロだった。

 パーツの情報は影も形もない。

 誰も知らない。誰も見たことがない。

 それどころか、“その存在自体”が市場から綺麗に消されていた。

 ヒフミが端末をスクロールしながら、唇を噛む。

「んー、此処まで情報がないなんてありえません……妙ですね」

「やはり、ヒフミさんもそう思いますか」

 アヤネの問いに、ヒフミは小さく頷いた。

「はい。……販売していた店舗も直近で閉店したみたいです。販売ルート、保管記録、全部。まるで何者かが意図的に消したみたいです」

 “消した”という言葉に、背筋がすっと冷えた。

 俺の知る情報世界でも、データを消すなんて簡単なことじゃない。

 けれどここでは、それが当たり前のように起きている。

「実際、そんな事が可能なの?」

 シロコの声には、ほんの少しの警戒が滲んでいた。

 彼女の視線の奥で、戦場の兵士のような冷たい光が揺れている。

 ヒフミはその視線を受け止め、静かに首を振った。

「隠すこと自体は可能です。けれど……幾らブラックマーケットを牛耳っている企業でも、ここまで徹底して情報統制をするのは難しいです。情報は水のようなものです。どんなに蓋をしても、必ずどこかの隙間から零れる。なのに、今回はそれすらない」

「つまり、“誰か”が完璧に抑え込んでるってことか」

 自分で言いながら、口の中が苦くなった。

 情報が消えるというのは、誰かが“消せる立場”にいるということだ。

 ヒフミはしばらく黙り込んでいたが、やがて顔を上げて呟いた。

「この状況、異常です。……普通、ここまでやりますか? って感じです」

 端末の画面を指で叩く軽い音が、妙に響いた。

 彼女の瞳に映るのは、ただの数字やログじゃない。そこに潜む“意志”を読み取っているようだった。

「ブラックマーケットに集まる企業は、ある意味開き直って悪さをしています。だから隠さない。逆に隠す方が不自然なんです」

 そう言って彼女が指差したのは、一見何の変哲もないビル。

 けれど、俺の直感は即座に警鐘を鳴らした。

 清潔すぎる外壁。

 落書き一つないシャッター。

 両脇を固める武装ガード。

 この街では“普通すぎる”ことが、最も異常だ。

「あれがブラックマーケットでも有名な闇銀行です」

「闇銀行?」

 ヒフミの声が冷たくなる。

「はい。犯罪の十五パーセントが、あそこを経由しているといわれています。横領、強盗、誘拐……奪った金や物は違法な武器に変えられ、また別の犯罪へ流れる。あそこは――循環犯罪の基点です」

 背中がざわついた。

 言葉では分かっていたつもりだったが、実際に“犯罪の中枢”を前にすると、心の底が冷える。

「……銀行が、犯罪を煽ってるみたいなものだな」

「その通りです。此処では銀行も、ひとつの“組織”なんです」

 ノノミが小さく呟いた。

「酷い話ですね……」

 その言葉に、セリカが足を踏み鳴らす。

「酷いどころの話じゃないでしょう! 連邦生徒会は一体なにやってんの!?」

 ホシノが肩を竦めて笑う。けれどその笑いは、乾いていた。

「理由は色々あると思うよぉ。どこもそれなりの事情を抱えてるからさ」

 シロコが小さく呟いた。

「現実は、想った以上に汚れているんだね……」

 その言葉が、やけに静かに響いた。

 確かに俺たちはアビドスの復興にばかり気を取られて、外の世界を見ようとしなかった。

 この街の裏側が、どれほど歪んでいるのかも知らずに。

 

まぁ、それもそうか、あのケチリン(七神リン)のことだ。仕事をするわけなんかない

 

※完全な穹による主観です

 

 そんな時だった。

 ヒフミが何かに気づいたように顔を上げる。

 彼女の瞳が鋭く光り、次の瞬間、低く叫んだ。

「っ! あれは、マーケットガード!? 皆さん、此方へ!」

「えっ、わわッ?」

 ホシノの腕を掴み、ヒフミが駆け出す。

 俺たちは反射的にその後を追った。

 路地裏に飛び込み、身を潜める。

 狭い路地に押し込められた皆の息遣いが重なる。

 団子のように身を寄せ合い、外を覗き込むと――

 そこに現れたのは、黒い制服に黄色いリボンを巻いた兵士たち。

 フルフェイスのヘルメットには、悪魔とも骸骨とも取れる不気味なマーク。

 隣には、量産型の戦闘ロボット。

 その並びだけで、肌が粟立った。

 ただのパトロールじゃない。――もっと、意図的な動きだ。

 シロコが低く呟く。

「ヒフミ、あれは?」

「……ブラックマーケットの治安機関です。それも最上位組織の隊列ですね」

「つまり、警察ってこと?」

「警察くらい公平なら、まだ良かったんですけれど」

 彼女の言葉に、誰も何も言い返せなかった。

 装備も、動きも、訓練された部隊そのもの。

 だが、その整然さが逆に不気味だ。

「……パトロール、でしょうか?」

「ん、でも配置が少し変」

 俺は息を詰めたまま、指先で路地の壁を叩く。

 心臓の鼓動が速い。

 この静けさは――嵐の前触れだ。

「……あの並び、もしかして――護衛か?」

 そう呟いた俺の声が、冷たい空気の中に沈んでいった。

 ブラックマーケットの心臓が、ゆっくりと動き始めている気がした。

 ――重々しいエンジン音が、ブラックマーケットの雑踏を割った。

 煤けた通りの向こう、暗い照明に照らされながら、厳つい車体がゆっくりと現れる。

 ワイドな車体。鈍く光る外装。あれはただのトラックじゃない。

 鋼鉄の装甲板を纏い、まるで「撃たれること」を前提に造られた化け物みたいだった。

「――現金輸送車みたいだねぇ」

「なるほど、護送だったんだ」

 ホシノ先輩たちが呟く声を、俺は聞き流しながら車両の動きを追う。

 鼻をつく金属臭。空気に混ざる排気の匂い。そのどれもが、妙に生々しい。

 アヤネが眼鏡を押し上げた。

「……あのナンバー、見覚えがあります」

 その一言に、シロコが僅かに眉を寄せる。

 皆の視線が自然と一点に集まる。

 車両はちょうど闇銀行の前で止まり、静かにスロープを下っていった。

 ――闇銀行。

 名前の通り、金の流れも、闇の底に沈む。

「もう少し、近付いてみましょう」

 アヤネの提案に、俺は無言で頷いた。

 彼女の指先が示したのは、銀行前の影に並ぶ自販機の列。

 確かに、あそこなら死角になる。

 シロコが先行して動く。影の中を音もなく滑るように。

 その背を追って、俺たちは身を低くした。ホシノ先輩が笑いながらも足取りを緩めず、セリカが息を潜める。ヒフミの肩が小刻みに揺れていた。

 シャッターの下りた地下入口。

 輸送車の窓から身を乗り出すロボットの声が届く。

「――今月の集金です」

「ご苦労様。確認書類にサインを」

 カチリ。

 ペンの電子音が妙に耳に残った。

 何気ない取引の一幕に見えて、その実、何かが決定的に繋がった気がした。

 シャッターが上がり、車両が闇に飲まれる。

 その瞬間、アヤネが震える声で言った。

「……あの人、やっぱり」

 セリカが顔を上げる。

「あれ、今朝ウチに集金に来てた銀行員じゃん!」

 やっぱり。

 俺も心の中で頷いた。

 表では“銀行員”、裏では“闇銀行の運び屋”。

 綺麗な顔をして、汚れた金を運ぶとはな。

 シロコが唇を噛んだ。

「どういうこと……? カイザーローンがブラックマーケットに……」

 カイザーローン――その名を聞いた瞬間、ヒフミが目を見開いた。

 彼女の反応がすべてを物語っていた。

 カイザー。

 トリニティにも手を伸ばす巨大企業。

 正義の仮面を被ったまま、裏で好き放題やる連中だ。

 ヒフミが肩を竦めながら呟く。

「もしかして、アビドスはカイザーローンから融資を……?」

 アヤネが必死にタブレットを操作していたが、結果は無情だった。

「……駄目です、オフライン管理です。走行データは全て遮断されています」

 空気が沈む。

 ああ、よくある構図だ。

 大きな金の流れは、必ず誰かの血を吸っている。

 そして俺たちは――その血を流す側だった。

「私達が支払っていた現金が、ブラックマーケットの闇銀行に流れていた?」

 セリカの声が震えていた。

「じゃあ、私達は犯罪資金を……」

 誰も言葉を続けなかった。

 重たい沈黙の中、俺だけがその“音”を思い出していた。

 ――あの電子ペンの、サインの音。

「……さっきサインしていた集金確認の書類」

 皆の視線が俺に向く。

 期待と不安の混ざった瞳。

 その視線が少しだけ、くすぐったかった。

「内容を確認すれば、証拠になるかもしれないな」

 俺は口角を上げた。

 書類には必ず“現金の出所”が記されている。

 もしそこにアビドスの名があるなら、それは“汚れた取引”の決定的な証拠だ。

 ホシノ先輩が笑って手を叩く。

「なるほどねぇ、ナイスアイディア、銀河打者くん」

 その時、ヒフミが青ざめた顔で首を振った。

「でも、そんなの無理です! もう書類は中に……! あそこはブラックマーケットでも最も強固なセキュリティで――!」

 確かに、視線の先の銀行は重装備の警備兵が並び、目に見えるだけでも十人はいた。

 下手に動けば蜂の巣。

 だが――そんなのは、どうでもいい。

 俺たちの道を阻むもの?

 それはすべてーー

「……バットの餌食になるだけだ」

 その言葉が口を出た瞬間、ヒフミが目を丸くした。

「え?」

 シロコが静かに頷く。

「ん、さすが銀河打者。話が早い」

 

その瞬間、空気が変わった。

 あの無表情なシロコが――ほんの一瞬だけ、笑った。

 恐らく、ヒフミの気のせいではない。俺の目にも、はっきり見えた。

 あれは「やる気」でも「覚悟」でもない。もっと単純な、“面白くなってきた”時の笑みだ。

 シロコは振り返り、ホシノ先輩に目を向ける。

「ホシノ先輩、ここは例の方法しかないよ」

 その一言で、ホシノ先輩が露骨に顔を引きつらせた。

 空を仰ぎ、眉を寄せ、魂の奥底から「あ〜」と声を漏らす。

 あの顔は覚悟の顔だ。何か、やらかす前の人間の顔。

「――あー、あれかー、あれなのかぁー……」

「えっ? 何ですか?」とヒフミが目をぱちくりさせる。

 だがその質問に答える者はいない。ノノミが意味ありげに微笑み、セリカとアヤネが同時に「まさか」と息を呑んだ。

 シロコは静かに頷く。

「ん、セリカ、アヤネ、これしかない」

「う、嘘でしょ!? 本気で!?」

「うわぁ……」

 セリカの声が裏返り、アヤネの肩が脱力する。

 けれど、その反応を見てもシロコの目は一切揺れなかった。あの淡々とした瞳の奥で、確かな熱だけが灯っている。

 ヒフミだけが、事態の意味を掴めていない様子でおどおどと尋ねた。

「あ、あのう、話が全然見えないんですけど……“あの方法”って、何ですか?」

 シロコの視線が、ゆっくりと俺を捕らえた。

 その瞳に浮かぶものは、確認の合図。

 俺は少し肩を竦めて笑い、言葉を返す。

「――成せばなる、なさねばならぬ、何事も。だな」

 その瞬間、彼女の唇がわずかに上がった。

 決まった。もう止まらない。

「残された方法は、たった一つ」

 そう告げたシロコは、バッグの中に手を差し入れる。

 金属が擦れるような小さな音。

 取り出されたのは――見覚えのある、青い目出し帽。

「――銀行を襲うの」

 まるで「お散歩に行こう」とでも言うような軽さだった。

 だが、言葉の重みは冗談では済まされない。

 俺たちの目の前にあるのは、ブラックマーケット最大規模の闇銀行。

 それを“襲う”――?

 常識ならここで止めるべきなのだろう。

 だがアビドスには、“常識”というブレーキが最初から付いていない。

「はいッ!?」と絶叫するヒフミの声が、闇に弾ける。

 だが誰も驚かない。

 ホシノ先輩は頭を掻きながら苦笑し、ノノミは「わぁ☆」と明るく頷き、セリカは観念したように拳を鳴らした。

 アヤネだけが静かに眼鏡を押し上げ、深く息を吐く。

「……了解です。こうなったら止めても聞く耳持たないでしょうし、どうにかなる……はず」

 ヒフミが慌てて周囲を見渡す頃には、全員が既に覆面を装着済みだった。

 額には手書きの番号。

 どう見ても強盗団だ。

 清潔な制服の上に浮かぶその不釣り合いなマスクが、妙にシュールで、少しだけ笑えてくる。

「はぃィイ!? 本気ですか!? っていうか、なんでそんなマスク持ってるんですか!? もしかして最初から強盗する気だったんですか!?」

 半泣きで叫ぶヒフミに、シロコは真顔で首を横に振る。

「ん、ごめんヒフミ。あなたの分の覆面は準備がない」

 そこへホシノ先輩が、いつも通りの調子で肩をすくめた。

「うへー。ってことはバレたら全部トリニティのせいにするしかないねぇ」

「えぇぇ!? な、なんでですか!?!?」

 ヒフミが半泣きでバッグの中身を漁る。

 助けを求めるように俺を見上げてきたので、俺は無言でゴミ箱を差し出した。

 ……が、その手をノノミが制した。

「仲間外れはダメですよ! ほら、これをどうぞ☆」

「え? これって……タイ焼きの紙袋?」

 ノノミの手に握られていたのは、さっきの休憩で使ったタイ焼きの包み。

 甘い餡の匂いがまだ残っている。

 穴を二つ空けて、即席の“覆面”。

「ん、完璧」

「番号も書いておきました、ヒフミちゃんは七番です!」

「見た目ラスボスだねぇ。悪の親玉感あるよ」

 アビドスの連中が笑う中で、俺はただ一つのことを思った。

 ――ああ、俺のゴミ箱二号が……。

 まさかタイ焼きの紙袋に先を越されるとは。

 心の底から惜しい。

「えっ、わ、私も一緒に行くんですか!? 銀行襲撃に!? 本気で!?」

 ヒフミの叫びに、ホシノ先輩がウインクを返す。

「さっき言ったじゃーん。今日は私たちと一緒に行動するって」

「う、うああぁ……しましたけどぉ……! うぅ、これがバレたらどうすれば……」

「問題ないよ! 悪いのは向こう! だから襲うの!」

 その言葉に、俺は静かに息を吸い込んだ。

 ホシノがこちらを見る。

 視線の奥にあるのは、期待と少しの悪戯心。

「そうだねぇ~、時は金なりって言うし~。銀河打者くん、開拓するときの合図、みたいなのない?」

 ――その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に古い記憶が蘇った。

 白い砂、焦げた空、仲間たちの声。

 何度も、何度もその言葉で始まった戦い。

 俺は静かにバットを持ち上げ、口を開く。

「挙一明三」

 シロコが応じる。

「三三五五」

 ノノミが指を唇に当てて、いたずらっぽく笑う。

「シロコちゃん、しーっ」

 俺は最後の一言を重ねた。

「君命無二」

 そして全員が、声を揃える。

「一意専心!」

 ――その声が闇に響いた瞬間、

 ブラックマーケットの風がざわりと揺れた。

 決戦の合図だ。

 闇銀行よ、震えて待て。

 俺たちは、“強盗ごっこ”じゃなく、“真実の奪還”に行く。




続く

今回の開拓の旅はひとまずここまで、次回をお楽しみに

Mr.ミミ作のコーナーの今後

  • 新キャラの方がいい
  • ストーリーに関係するキャラがいい
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