青春を開拓する銀河打者   作:現代の弁慶

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【イッテ青穹!一週間以上待たせてしまった……これも全部陸八魔アルのせいだ!】
(暗転したスタジオ。スモークが流れ、赤い照明が点灯)
Mr.ミミ作(カメラに背を向けながら)
「一日一惡をモットーに今日も社会の裏を行く。」
(くるりと振り返り、羽根を広げる)
Mr.ミミ作「我らが目指す理想の姿――それはカッコいい悪役、アウトロー!!」
Mr.ミミ作「今日の主役は、便利屋68の社長!
ゲヘナ学園二年、陸八魔アルさんだ!!」
(照明が明転、スタジオに便利屋の3人が登場)
Mr.ミミ作「そして今日のゲストさんは、便利屋の皆さんだ〜!」

ムツキ「ヤッホ〜!みんな一週間以上待たせてごめんね〜!」
(カメラ目線でウィンク)
ハルカ「わ、私なんかが来てすいません!」
(おろおろしながら頭を下げる)
カヨコ「ハルカ、落ち着いて……。
ごめんなさい、騒がしくて。」
Mr.ミミ作(小さく笑って)
「いやいや、こちらも賑やかな方が楽しめる。どうぞくつろいで行ってくれ。」

ムツキ「クフフ〜、それじゃあ遠慮なく♪」

カヨコ(眉をひそめ)
「ムツキ……。」
(ムツキ、口に指を当てて)
ムツキ「ねぇ、ねぇ鳥さん。前回あの白髪の女の子とのサイクリングはどうだった?」
(カメラがMr.ミミ作へ切り替わる。沈黙、微妙な間。)
Mr.ミミ作(不自然に笑って)
「よーし!それではアルさんの紹介に行こう!!」
ムツキ(ニヤニヤしながら)
「あっ逃げた〜」

Mr.ミミ作(咳払い)
「陸八魔アルは巡狩の運命を歩む――撃種は爆発、装備は軽装備のストライカーだ!」
(画面モニターにアルの戦闘映像。銃声と共にスローモーションでカットイン)
Mr.ミミ作「主にアサルトライフルを………片腕で構えて撃つ!? 一体何の意味があるんだ?」

ハルカ(即答)
「そ、それはアル様がアウトローだからです!」
カヨコ(無言でため息)
「はぁ……。」

Mr.ミミ作「ええっと……まだ“素敵なアウトロー”を目指していると聞いたが……」
ハルカ(ショットガンを構えながら)
「はぁ?」
(効果音:カチャッ)
Mr.ミミ作(羽をバタつかせて)
「いや!素敵なアウトローのようだ!うん!!」

(BGMが切り替わり、画面にアルのスキル映像)
Mr.ミミ作「EXスキル――“ハードボイルドショット”は着弾時と爆発の二段階攻撃!
さらに爆発は周囲の敵にもダメージを与えることができるんだ!」
ムツキ(楽しそうに)
「へぇ〜、アタシが爆弾投げるより派手じゃん。」

Mr.ミミ作「わ、私には投げないでおくれよ?」

Mr.ミミ作「ノーマルスキル――“ノワールショット”は、25秒毎に敵1人へ爆発ダメージを与え、
さらに円形範囲内の敵にも追加ダメージを与える」
Mr.ミミ作「パッシブスキル、“社長の威厳”では会心率を――」
(言いかけて)
ムツキ(ニヤリと)
「社長の威厳? ハルカ、聞いた? アルの“威厳”だってさ〜」
ハルカ「も、もちろん!アル様は尊敬と威厳に満ち溢れてます!」
(※カメラがカヨコにズーム)
カヨコ「……そうだね。少なくとも、口では。」
Mr.ミミ作(ごまかすように早口で)
「サブスキル、“アウトローの流儀”では会心値を上げる!」
(映像:アルがスーツの襟を整えながら銃を構える)
Mr.ミミ作「つまり――冷静沈着、そして爆発的な一撃を誇る、
まさに“悪の美学”を体現するキャラクターだ!」
(カメラが引き、便利屋の3人が並ぶ)
ムツキ「クフフ〜、でもアルってさ、どっちかって言うと“悪役”ってより“ダメ上司”って感じだよね〜」
カヨコ「ムツキ……。」
ハルカ「そ、そんなことはないと思います!」
Mr.ミミ作(苦笑)
「おっと……便利屋の内情、意外と波乱含みのようだ。」
ムツキ「ねぇ、鳥さん。私がアルちゃんが戦ってる時の映像を持ってきたんだけど?まとめてくれない?」
Mr.ミミ作「ふーむ……ゲスト自ら情報を持ってくるとは……なかなか珍しいな。」
ムツキ「ふふん、便利屋の広報担当だからね〜。ほら、見てみて?」
(ムツキがリモコンを押すと、モニターに映像が映し出される。カメラがMr.ミミ作の顔にズーム)
Mr.ミミ作「おぉ、これは……廃ビル群だな。どうやら敵は――ヘルメット団か!」
(画面テロップ:「対ヘルメット団合同討伐任務」)
Mr.ミミ作「前線に立つのは――我が社長アル!! アサルトライフルを片腕で構え、敵陣へと突撃!!」
(映像:スローモーションで弾丸が飛ぶ。アルが片腕で撃ちながらスライド移動)
Mr.ミミ作「これが“社長流”の突撃か……!片腕とは思えぬ安定感、そして――」
(爆発音)
Mr.ミミ作「きた!EXスキル“ハードボイルドショット”!!
直撃と同時に爆発、さらに後方の敵まで吹き飛ばす見事な二段攻撃だ!」
ハルカ「アル様、やっぱりかっこいいです……!」
ムツキ「でもこの後、ちょっとしたハプニングあるんだよね〜」
Mr.ミミ作「ハプニング?」
(映像:アルが爆発の煙の中から出てくる。その背後に……大量のヘルメット団が!)
Mr.ミミ作「な、なんだこの数は!? 増援部隊か!?」
カヨコ(頭を押さえながら)
「……多分、ムツキが事前に“いたずら”したせいだと思う。」
ムツキ「クフフ〜バレた〜?」
Mr.ミミ作「……(ため息)やれやれ。だがここで退かないのがアルさんだ!!」
Mr.ミミ作「すぐさまノーマルスキル“ノワールショット”発動!
爆発の余波で敵をまとめて吹き飛ばし――無慈悲に戦場を支配していって、敵は全滅! 状況終了、お疲れ様!」

ハルカ「アル様……最高ですっ!!」
(カメラがMr.ミミ作に切り替わる)
Mr.ミミ作「ふむ……ここだけ見れば立派なアウトローだが――」
ムツキ(ニヤリ)
「いやいや〜アルちゃんはちょっとおっちょこちょいなところがあってね〜」
Mr.ミミ作「おっちょこちょい?」
(効果音:ドアの開く音)
アル「ちょっとみんなっ!!?」
(カメラが一斉に振り返る)
カヨコ「あ、社長。」
ハルカ「アル様!」
ムツキ(ひらひら手を振りながら)
「や〜っと来た〜。遅刻しすぎだよ、アルちゃん。」
アル「みんなして……何で私を置いて行ったのよ!?
便利屋68の説明なら、社長抜きじゃ務まらないでしょ!?」
カヨコ「いや、何度も起こしたけど……起きなかったのは社長だし……」
ムツキ「そうそう〜アタシらも寝坊癖の社長を信じて待ってたんだよ〜(笑)」
アル「む、むぅ……。」
Mr.ミミ作(苦笑しながら)
「……なるほど。アウトローにも“睡魔”という敵がいるわけだ。」
ムツキ(思い出したように)
「あっ、そうそう! その時の寝相がまたひどくてさ〜!
今持ってるんだよねぇ〜ってことで、鳥さんVTRスタート!!」
(照明が一瞬落ち、モニターが点灯)
アル「なななな、なっ、何ですってーーーーーーーッ!!??」
(映像再生:便利屋の事務所。アルがソファに横たわり、アサルトライフルを抱えたまま寝返りを打ち、
机の書類を雪崩のように散らかす。
アル(真っ赤になりながら立ち上がる)
「ちょ、ちょっと!?消して!?この映像消してぇぇぇぇぇ!!!」
Mr.ミミ作(羽を広げながら冷静に)
「……なるほど。アウトローへの道はまだまだ遠そうだな。」


 Ver1.2 夕暮れに向かうアウトロー

「――お待たせいたしました、お客様」

 機械仕掛けの声が、張り詰めた空気を震わせた。

 スーツを着たロボット――銀行審査官が、硬質な靴音を立てて歩いてくる。

 その光沢のあるタブレットの画面に映る数字の羅列が、まるで客人を値踏みするかのように冷たく瞬いた。

 その正面、革張りの椅子に座り、腕を組んだまま目を閉じている赤髪の少女。

 便利屋68――その社長にして、ゲヘナが誇る最も面倒な少女、陸八魔アル。

 長い沈黙ののち、彼女はぴくりと肩を震わせ、勢いよく立ち上がった。

「――何が『お待たせいたしました』よ! 六時間よ!? 六時間も待たされたんだけどッ!」

 怒声が銀行の壁面に反響する。

 アルはヒールの底で床を踏み鳴らしながら、背後を勢いよく指差した。そこには柔らかなソファに沈み込み、器用にも全員熟睡している便利屋の面々――ムツキ、カヨコ、ハルカの姿があった。

「見なさいよこれ! ウチの連中、もう寝ちゃってるじゃないの! 融資の審査に半日も掛けるとかどういう了見!?」

「申し訳ございません。当行の、少々複雑な内部事情によるものでして……」

 審査官は顔一つ動かさず、淡々と謝罪を述べる。だがそのLEDめいた瞳は、どこか嘲笑を含んでいた。

 タブレットを操作しながら、彼はアルの背後――寝息を立てる便利屋の面々を、まるで“清掃対象のゴミ”でも見るかのように見やった。

「……お連れの方々ですが、そちらでお休みいただくのは困ります。セキュリティ、あの浮浪者――いえ、お客様方をお起こしして差し上げなさい」

 ぱん、と乾いた音を立てて手を打つ。

 壁際に控えていたフルフェイスのセキュリティガードが無言で歩み寄り、容赦なく彼女らの肩を揺する。

「ほら、起きた起きた!」

「むにゃ……うわッ!? な、何々!?」

「……ん!?」

「す、すみませんッ! ちょっとだけ、目を閉じてただけでッ!」

 寝ぼけ眼の三人が次々と跳ね起きる。その様子を見ながら、アルは頭を抱えた。

 彼女の堪忍袋は、今にも破裂寸前である。

 しかし――銀行審査官は、その怒気など意にも介さず、まるで“処理すべき案件の一つ”のようにタブレットを叩いた。

「……では再度確認を。お名前は陸八魔アル様。ゲヘナ学園二年生にして便利屋68の代表。ですが――」

 彼の声が淡々と続く。

「この便利屋68、登記上はペーパーカンパニーとなっておりますね? 財政破綻寸前との記録もありますが?」

「なっ!? ちょ、ちゃんと稼いでるわよ! た、ただ……回収できてない依頼料が多いだけでッ!」

「左様で。……それと、従業員は社長を含め四名。“室長”“課長”“平社員”……肩書の無駄遣いとしか言えませんね。会社ごっこをしておられる、と?」

「ぬぐッ……そ、そういう問題じゃ……っ!」

「それに、事務所の賃貸料。――高すぎます。財政規模に見合わぬ出費です」

「ちゃんとしたオフィスの方が、依頼が来やすいのよッ!」

「………」

 沈黙。

 冷光の瞳が、わずかに光量を増す。

 ロボット特有の無機質な抑揚のない声で、審査官は結論を告げた。

「――融資は、難しいですね」

「な、なッ――なんですってぇえええええッ!!?」

 アルの悲鳴が、銀行中に木霊した。

 あまりの絶叫に、再びムツキたちがびくりと跳ねる。

 しかし審査官は眉一つ動かさず、タブレットを閉じた。

「まずは堅実な職に就くことをおすすめします。たとえば日雇い――清掃業、配達業など。紹介いたしますが、興味は?」

 その一言に、アルのこめかみがぴくりと動いた。

 鋭い呼吸音。

 その手は、反射的に銃のスリングへ伸びる。

 ――撃ち抜いてやろうか。

 そんな衝動が、指先を震わせる。だが、寸でのところで理性が制した。

 銃口を向けた瞬間、終わる。

 ブラックマーケットで手を出せば、マーケットそのものを敵に回す事になる。

 アルは無意識に視線を巡らせた。

 入り口に二名、カウンター脇に一名、奥に二名、背後に一名。

 見えるだけで六人――見えない場所にも、必ずいる。

 全員、違法改造品で武装済み。下手をすれば重装風紀委員より厄介だ。

 ――無理。

 勝てない。逃げられない。やれば、潰される。

 歯を噛む音が、小さく響いた。

 頬が火照る。羞恥と、苛立ちと、どうしようもない“敗北感”が胸を締めつけた。

 「何よ……情けないじゃない……」

 声にならない呟きが、唇から零れた。

 アウトローになりたかった。

 何にも縛られず、誰にも媚びず、生きる強さを手にしたかった。

 なのに今の自分は、たかが金の審査一つで、頭を下げている。

 ――こんなの、私じゃない。

 その瞬間だった。

 ぱちん、と。

 空気が裂けるように、明かりが一斉に落ちた。

 世界が、闇に沈む。

 ざわめきが波のように押し寄せた。

「な、何事ですか!? て、停電――!?」

「うわッ!? 見えないッ!」

「誰か、電源を――」

 暗闇の中で、声が交錯する。

 そして――。

 銃声。

 鋭く乾いた破裂音が、耳を劈いた。

「ひっ……!」

「じゅ、銃声!? 誰か――」

「ぐあっ!!」

 断続的な発砲。

 悲鳴。

 床を転がる音。

 時間にすれば、十秒か二十秒――けれど、永遠にも感じられた。

 やがて、電源が復旧する。

 眩しい光が、闇を裂く。

 照らし出された銀行のロビー中央に――

 覆面を被った六人と、ゴミ箱を被った一人が、堂々と立っていた。

 その姿は、まるで正義のヒーローのようで。

―そして、アルは思った。

 (……か、か、カッコいい!!!)と

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「邪魔だ邪魔だ! 銀河打者様のお通りだ!!」

 その叫びは確かに戦場の空気を裂き、銀行の奥で誰かが悲鳴を上げた。

 天井の照明が白々と輝き、床に転がる散弾の薬莢が金属の音を立てて跳ねる。

 硝煙の匂いと焦げた空気の中、俺たち――アビドス覆面団(仮)は、堂々たる姿で立っていた。

「全員その場に伏せて両手は頭の上 持ってる武器は床に捨てて」

 シロコが鋭い声を放つ。あの冷静沈着な声が響いた瞬間、空気が凍りつく。

 銃口が一点を射抜くように動き、全員の動作が止まった。

「云うこと聞かないと、痛い目にあいますよ☆」

 ノノミは、何処までも朗らかな笑顔。だがその手に構えるのは、ミニガン。

 笑顔と銃火のギャップが恐怖を倍増させている。

「あ、あはは……皆さん、怪我したくないですよね? だ、だから伏せてて下さいね……」

 ヒフミの声は、か細く震えていた。紙袋越しの声が、かえって不気味に響く。

 そして――。

「ぎ、銀行強盗!?」

「非常事態発生! 非常事態発生!」

 銀行中が騒然となった瞬間、ホシノがポケットに手を突っ込みながら、ひどく間延びした声で呟く。

「うへー、無駄無駄。外部通報システムはもう遮断済だよぉ~」

 その調子が、逆に怖い。

 いつものゆるい声のままで、完全犯罪を宣言してのけるのだから。

 先ほどまで偉そうにしていた銀行審査官は、青ざめた顔でタブレットを狂ったように叩き始めた。

 だが、画面には「接続エラー」の表示が点滅している。

 もう外へ助けは呼べない。

「な、ななッ……!」

「今通報しようとした~? したよねぇ? ……もしかして撃たれたいのかなぁ?」

 ホシノが笑みを浮かべ、銃口を審査官の額に押し当てる。

「ひはーッ!? ご、ごご、ごめんなさいィ!!」

 あっさりと土下座する機械仕掛けのスーツ。情けないが、命が懸かっているなら仕方ない。

「ほらそこッ、伏せてってば! 下手に動くとあの世行きだよ!」

 セリカの声が鋭く飛ぶ。

 反射的に職員たちは頭を抱え、床に這いつくばった。

「皆さん、お、お願いだからじっとしていて下さい……あぅぅ……」

 ヒフミは震える声で懇願する。けれど、その姿――紙袋越しの涙目が、どう見ても一番怪しい。

 ロビーの床一面に、銀行員と客たちが並んで伏せている。

 ノノミの構えるミニガンの銃口が、ゆっくりとそれらを横断する。

 回転機構が低く唸る音がして――誰も動けなくなった。

 アヤネが手際よく、全員の通信端末を回収していく。

 まるで映画のワンシーン。

 ……いや、違う。

 現実だ。俺たちは本当に銀行を襲っている。

「うへー、ここまでは計画通り! 次のステップに進もうー! リーダーのファウスト、指示を願う!」

「……えッ!? ファウストって、わ、私ですか!? リーダー!? 私がァ!?」

 紙袋の少女――ヒフミが慌てて顔を上げる。

 いや、顔は見えない。紙袋だから。だが声の震えでわかる。

 混乱、恐怖、そして少しの絶望。

 そんな中、俺は思わず叫んだ。

「え、俺は!? ゴミキングは!? リーダーじゃないのか!?」

 ノノミがくるりと振り向き、ミニガンを肩に担ぎながらにっこり笑う。

「えぇ、ファウストがボスです! ゴミキングさんは監督ということで⭐︎ 因みに私は覆面水着団のクリスティーナだお♧」

 ……良かった。

 俺の方が、上の立場らしい。

 リーダーではないが、“監督”。つまり管理職。偉い。

 多分。

「うわ何それ、いつから“覆面水着団”なんて名前になったの!? ダサすぎるし!」

 セリカの突っ込みが、空気を裂く。

 しかしノノミは全く動じず、満面の笑顔を浮かべて親指を立てた。

「えー、結構お気に入りなのに~♪」

「うへー、ファウストさんは怒ると怖いんだよー? いう事聞かないと怒られるぞー?」

 ホシノのからかい半分の声が響く。

「あぅ……私がリーダー……? 銀行強盗のリーダー……? これじゃティーパーティーの名に泥を塗る羽目に……!」

 ヒフミの肩が震え、紙袋の口から微かにすすり泣く音が漏れる。

 ……うん。泣きたいのは俺も同じだ。

 だが、こうして泣きながらでも立っている彼女は、少しだけ誇らしくも見えた。

 俺たちはもう、引き返せない場所にいる。

 ――だったら、せめて最後まで走り抜けるだけだ。

「監督の方が良かったのか?」

 ふと口にした俺の一言に、セリカが頭を抱える。

「気の使い方がおかしいでしょ!? 本気で言ってる!?」

ーーーーーーーーーーーー

「あれ、もしかして……」

「あ、アビドス……?」

「だよね、アビドスの子たちじゃん。知らない顔も混じってるけど」

「何で、よりによってここで銀行強盗なんか……?」

 ムツキ、カヨコ、ハルカの三人は、崩れかけたソファの裏に身を潜めながら、わずかに顔を覗かせた。

 通路の先――白光灯の下で繰り広げられるその光景は、常軌を逸していた。

 ホシノが呑気に笑い、セリカが怒鳴り、ヒフミが震えながら指示を飛ばし、ノノミがミニガンを構える。

 その混沌の中心には、黒い服にゴミ箱を被った男――シャーレの穹。

 彼が振るうバットの軌跡が銀の残光を残し、倒れた警備員の無線機が床を転げ回っていた。

「……やっぱりそうよね」

 カヨコが小さく息を吐く。

 この場に居合わせた誰よりも冷静な彼女の表情には、理解を超えた呆れが滲んでいた。

「まさか借金返済のために強盗ってこと?」

 カヨコが眉をひそめると、隣でムツキが小声で笑った。

「ふふっ、いいじゃん。やるときゃやるって感じ~」

 その笑みに、ハルカは顔を引きつらせる。

 戦闘狂のムツキだけは、この状況を純粋に「面白がっている」。

 だがカヨコの目には、別のものが映っていた。

 シロコ――アビドスのリーダーが、冷徹な動作で銀行員に銃を向けている。

「銀行内部の構造把握、監視カメラのジャック、外部通報装置の遮断、警備員の無力化――全て完了している。無駄な抵抗はしないこと。ほら、さっさと歩いて」

「う、うぅ……」

 怯えた銀行員が、小さく呻きながら指示に従う。

「物品はこのバッグに入れて。私たちが欲しいのは、少し前に到着した輸送車の――」

「わ、分かりました! 差し上げます、現金でも債券でも金塊でも! いくらでも持っていってください!」

 男の声は裏返り、震えていた。

 シロコが一瞬だけ困惑したように目を瞬かせる。

「え、あ……そうじゃなくて、集金記録――」

「も、もっとですか!? ど、どうぞ、これでもかと詰めました! どうか命だけはッ!」

「……うーん」

 シロコは小さく息を吐く。

 ――違う。目的は金じゃない。

 けれど、そう説明するより、いまは流れに任せる方が早い。

 彼女は一度だけ頷き、バッグに詰められる現金と記録端末をそのまま受け取った。

 そして、その様子を――少し離れた場所から眺めていたのが、アルだった。

 彼女の心臓は、興奮で高鳴っていた。

 目の前の光景は、狂気にも似た完璧さで展開されていた。

 ――や、ヤバいっ……!

 この人たち、何なの!?

 ブラックマーケット最大の銀行を、正面から襲うだなんてッ!

 頭のネジが何本抜けてるのよ!? いや、それ以上に、美しい……!

 アルの脳裏には、まるで設計図のように作戦の流れが浮かんでいた。

 暗闇に紛れてガードを排除し、外部通信を遮断。

 監視カメラを制御し、内部情報を完全掌握。

 そして、最小限の人数で、最短ルートを突く。

 すべてが緻密。

 すべてが完璧。

 彼女は唇を震わせながら息を呑んだ。

 ――どうやって逃げるつもりなのかしら?

 いや、それ以前に……こんな大胆な計画を立てる人間が、まだこの都市にいたなんて!

 手際良すぎる、動きが無駄なくて、全員がプロフェッショナル……!

 ロビーの中央、バットを振るう赤ヘルメットの男が目に入る。

 振り抜くたびに、制服姿の警備員が吹っ飛び、天井の照明が軋んだ。

 その周囲を、仲間たちが守るように動いている。

 ――あの、ゴミ箱を被った人! 次から次へと敵を“ホームラン”してる!

 そして、あの紙袋の“7番”! 一見頼りなさそうだけど、みんな彼女の指示に従ってる!

 きっとあれが、リーダーねッ!

 バットのXと、紙袋の7番――理想的なツートップ体制……ッ!

 その時、アルの頬をひとすじの涙が伝った。

 ――かっ、カッコイイ……! 痺れるっ!

 その声なき叫びに、ソファの陰の三人が、ほぼ同時にため息をついた。

「全然気づいていないみたいだけど……というか泣き笑いしてるんだけど……」

「うわぁ、めっちゃ嬉しそう。目なんか輝いちゃってる」

「はぁ……」

「わ、私たちは此処で待機でしょうか?」

 ハルカがおずおずと問うと、カヨコが短く頷く。

「……社長があんな状態だし、下手に動いても仕方ない。隠れて様子を見よう」

「わ、分かりました……」

 泣き笑いしながら頬を紅潮させ、目を星のように輝かせるアル。

 その背後で、ムツキがくすりと笑い、カヨコが静かに首を振った。

 ――この瞬間、三人は確信していた。

 アビドスとシャーレの一団は、常識では測れない存在だ。

 だが、――何故だか、目を離せなかった。

ーーーーーーーーーーーー

煙の匂いと、焦げた鉄の臭気が鼻を刺していた。

 散乱した紙幣が空調の風に舞い、白い天井の光を反射して、まるで雪のようにひらひらと落ちてくる。

 俺はその真ん中で、バットを肩に担いだまま立っていた。

「シロ……じゃない、ブルー先輩! ブツは手に入った!?」

 セリカの声が響く。銃口を揺らすたび、床に伏せている銀行員たちがびくびくと震えていた。

「あ、うん。確保した」

 裏口から戻ってきたブルー――シロコが、ずっしりと膨らんだバッグを片手に掲げる。

 その中には、金、書類、記録媒体。必要なものと、そうでないものが詰め込まれていた。

 ホシノが片手を挙げて笑う。

「よっしゃ、それじゃあ逃げるよー! 全員撤収!」

「アディオ~ス☆」

「お、大きな怪我人はいないみたいですし……す、すみませんでした! さようならッ!」

 バタバタと撤退の足音が響く。

 ミッション完了――理論上は、完璧だった。

 でも、俺の中で何かが引っ掛かっていた。

 胸の奥で、まだ何かが“終わっていない”と叫んでいる。

 そのとき、銀行員のひとりが立ち上がった。

 怒りで顔を真っ赤にしながら、声を張り上げる。

「や、奴らを捕まえろ! 道路を封鎖、マーケットガードに通報――!」

 反射的に、体が動いた。

 考えるより早く、バットを振り抜いていた。

 ガンッ!

 金属と骨がぶつかる鈍い音。

 男の体が空中で弧を描き、机をなぎ倒して転がる。

 音の残響が、まるでスローモーションみたいに耳の奥に響いた。

「あばばあばばばッ――!」

「いぎぎぎぎ――」

 ……静寂。

 周囲の空気が一瞬で凍りつく。

 振り抜いたバットを握る手が、ほんの少し震えていた。

 俺は深呼吸を一つして、言葉を吐き出す。

「……邪魔だって言ってんだろ、銀河打者様のお通りだ」

 誰も笑わない。

 当然だ。俺も笑う余裕なんてなかった。

 けれど、心のどこかでは――

 ああ、これで“叙事詩の一章”が完結した気がして、少しだけ満たされていた。

「ちょっと何してんの!? さっさと離れるわよ!」

 セリカの怒鳴り声が背中に飛んでくる。

 その勢いに思わず言い返した。

「いやだ! 俺は今期の“虚構叙事”を満点クリアしてない!!」

「意味わかんないこと言ってないで行くわよ!!」

「はい行きますよ〜ゴミキングさん⭐︎」ノノミがのんきに笑いながら俺の腕を引っ張る。

 ――報酬もまだ受け取ってないのに。

 そう心の中で呟く。

 でも、俺の頭の中ではそれ以上に別のことが鳴り響いていた。

 バットを握る手の中に残る震え。

 その振動は、恐怖でも興奮でもない。

 もっと厄介なもの――「まだ続きがある」という直感。

 俺たちは駆け出した。

 煙と警報の中を、夢のように。

 外の空気は、鉄の匂いと油の臭いで濁っていたけれど、

 それでも俺は笑っていた。

ーーーーーーーーーーーーーー

――去ってゆく背中は、風のようだった。

 砂塵を巻き上げ、光と影のあいだを滑るように走り去るその姿に、アルはただ目を奪われていた。

 無駄がない。振り返りもしない。恐怖や迷いの欠片すら見えない。

 まるで“逃走”でさえもひとつの芸術であるかのように――完璧に、スマートに。

「……去り際まで、スマート……」

 誰に聞かせるでもない呟きが、唇の端から零れた。

 その声音には、敗北の悔しさよりも、敬意に近い震えが混じっていた。

 まるで一瞬前まで戦っていた相手ではなく、憧れの映画スターを見送る観客のように。

 だが、その次の瞬間――。

 アルの胸の奥で、何かが弾けた。

 鈍い鼓動が一拍、二拍と跳ね上がる。

 それは恐れではなく、激情だった。

 長く燻っていた火花が、ようやく燃え上がったのだ。

 彼女は、息を吸い込み――そして叫ぶ。

「……お、追うわよ、みんなッ!!」

 ソファの影から飛び出したその勢いは、まるで弾丸のようだった。

 立ち上がる瞬間、近くで痙攣していた銀行員を軽々と突き飛ばす。

 肩にかかった髪が宙を描き、蛍光灯の光を一瞬反射した。

 その眼差しは、いつもの狡猾な社長のものではない。

 “夢を追う者”の、無垢な輝きだった。

「えっ、は!?」

「あ、アル様!?」

「あはは~! やっぱりこうなった!」

 便利屋の三人――ムツキ、カヨコ、ハルカがほぼ同時に声を上げる。

 驚き、呆れ、そして笑い。

 誰もが内心で同じことを思っていた。

 ――結局、こうなるんだ、と。

 だが、誰一人として置いていかれることを選ばなかった。

 彼女が走れば、彼女の後ろを追う。

 それが“便利屋68”というチームの、暗黙の掟だった。

 重い自動扉が、衝撃音を立てて開く。

 熱を帯びた外気が吹き込み、紙幣の切れ端が舞い上がる。

 アルはそれを蹴散らすように駆け抜けた。

 追うべき夢の影を、その先に見据えて。

 ――街の喧噪が近づく。

 警報のサイレンが遠くで鳴り始める。

 それでも彼女の足取りは止まらない。

 その姿には、敗者の影など微塵もなかった。

 残されたのは、未だ事態を飲み込めず目を白黒させる一般市民と、EMPの余波でポンコツと化した銀行員たちだけ。

 煙と静寂が混ざり合うその場所に、ひとつの夢の残響だけが、確かに響いていた。

 

、ーーーーーーーーーーーーーー

はひー……息が詰まる。

 走った、走った、まるで全校マラソン。いや、あれより数倍キツい。だって後ろから来るのは体育教師じゃなくて、実弾入りのドローン部隊だ。

「はひー、息苦しぃ! もう脱いでいいよね!?」

アヤネの通信が耳を撫でた。『良いと思いますよ。敵はもういません』

「ぷはぁ……つかれたー!」

 セリカが覆面を脱ぎ捨てて、肺いっぱいに空気を吸い込んだ。あの声を聞いて、ようやく実感が湧く。

 ――終わったんだ、ミッション。

 ブラックマーケットの裏道を何度も折れ曲がって、ようやく郊外の境界線。

 鉄臭い空気、焦げたオゾンの匂い、そこに混じる汗と紙幣の粉っぽさ。

 息を吐き出すたび、喉の奥が少し甘く焼ける。

 シロコはそんな中、まだ覆面のままだ。

 しかも、姿勢も声も、まるで任務中のまま。

「シロコちゃん?脱がないんですか?」

「天職感じちゃって脱ぎたくないんじゃなーい? ……シロコちゃん?」

「……ん、銀河打者もゴミ箱脱いでない……」

 俺は、ちょっと誇らしい気分だった。

 戦場でバットを握った時の、あのゾクゾクする感覚。

 血の代わりにアドレナリンが流れてる感じ。

 正直、まだあの余韻が抜けていない。

「どう?このまま行っちゃう?」

「よし、行こー」

 軽く拳を突き合わせた俺たちの姿を、セリカが鬼の形相で止める。

「ダメよ! 二次会行くみたいなノリで誘わないの! 脱いで!」

「ん」

「開拓者も、ノリノリで参加しようとしないの! 顔に出てるから!!」

 仕方ないな脱ごう、

 言葉よりも速くゴミ箱の縁に指をかけながら、俺はひとことだけ反撃する。

「ケチリカ」

「はぁ!?」

 あ、これは本気で怒った声だ。やばい。

 ノノミが苦笑いしながら間に入る。「まぁまぁセリカちゃん、その辺で~」

 空気が少し和んだところで、ホシノがいつもの調子で手を叩く。

「よーし、よし、シロコちゃん! 集金記録の書類はちゃんとゲット出来た?」

「う、うん、バッグの中にある――はい」

 シロコが背負っていたバッグを差し出した瞬間、どこか鈍い音がした。

 ずしり、と重い。金属でも入ってるのかってくらい。

 ホシノが受け取り、地面に落としてチャックを開ける。

「よーし、よし、これで完璧~、って――」

 次の瞬間、彼女の目がギラッと輝いた。

「なんじゃこりゃあ!? バッグの中に、凄い量の札束が……!?」

 その声が響いた瞬間、全員の時間が止まった。

 風すら息を呑んだようだった。

「うえぇぇええッ!? し、シロコ先輩、現金盗んじゃったの!?」

「ち、違う! 目当ての書類はちゃんとある! このお金は、銀行の人が勘違いして……!」

 シロコが慌てて否定するけれど、バッグの口から覗く札束の群れは、どう見ても「勘違いの量」じゃない。

 紙幣の角が風に揺れ、光を受けて緑色の波を作る。

 汗と埃の臭いの中で、それだけがやけに清潔で、現実離れして見えた。

 ――すごい、億万長者だ。

 思わず口に出しそうになった。

 けれど、喉の奥で言葉が止まる。

 その金の重みが、笑い話にはならないと分かっていたから。

 この金が、俺たちを救うのか。

 それとも、もっと深いところに沈めるのか。

 夜風が吹く。札束が一枚、ひらりと飛んだ。

 それを見て、ホシノが顔を歪める。

 セリカが叫ぶ前に、俺は心の中でつぶやいた。

 ――たぶん俺たちは、もう引き返せないな。

「うへ、本当に五分で一億稼いじゃったよ……」

 その声音には、驚きよりも――疲労が滲んでいた。

 目の前のバッグの中には、札束。信じられないほどの量。見慣れた電子データじゃない、生々しい「紙の金」だった。

 金の匂いってのは本当にある。鉄臭さとインクの混じった、妙に重たい匂い。嗅いだ瞬間に、心の奥で何かがざわつく。

 ホシノ先輩は肩を落とし、唇を噛んでいた。

 強盗だ。俺たちは間違いなく、銀行から金を奪った。書類だけのつもりだったのに。

 ブラックマーケットが黙ってるわけない。そう理解しているからこそ、先輩の沈黙は重たかった。

 けれど――その空気をぶち壊したのは、セリカだった。

「ぃやったァ! 何ぼーっとしてるの! 運ぶわよ!?」

 え? とホシノ先輩が戸惑うより早く、セリカは飛び跳ねるようにバッグへ駆け寄る。瞳が輝いてた。あの子のこういう瞬間は、いつだって本気だ。

「え、えぇ!?」

「ちょ、ちょっと待って下さいセリカちゃん! そのお金、使うつもりですか!?」

「アヤネちゃん? 使うつもりって、当たり前だよ、借金を返さなきゃ!」

 セリカの言葉には迷いがなかった。

 借金。アビドスがずっと背負ってきた十字架みたいな数字。

 その重みを、あの子はずっと正面から受け止めてきた。だからこそ、今目の前の札束が希望に見えてもおかしくはない。

「そんな事したら……本当に犯罪だよ、セリカちゃん!」

「は、犯罪だから何!? このお金はそもそも私達が汗水流して稼いだお金なんだよ!? それに、そのままにしておいたら、犯罪者の武器や兵器に変えられて、別の犯罪に使われるかもしれない! 悪人のお金を盗んで何が悪いの!?」

 その勢い。

 怒りと正義と焦燥が混じった声だった。誰よりも正直で、だからこそ危うい。

 正義は時に、悪よりも盲目になる。

 アヤネが一瞬、言葉を失った。

 その沈黙を割るように、静かな声が響く。

「私はセリカちゃんの意見に賛成です。使い道は兎も角、犯罪者の資金をそのままにしておくのは良くありません。私達が正しい使い方をした方が良いと思います」

 ノノミ。

 穏やかで、理性的な彼女の賛成に、場の空気がわずかに揺れた。

 初めて、アビドスの意見が割れた瞬間だった。

「ほらね! これさえあれば、学校の借金だってかなり減らせる! そうじゃなくても、使い道は一杯あるんだから! 装備も弾薬も食料も、何なら校舎の修繕も出来るんだよ!?」

 セリカの声は必死だった。

 その勢いに、ホシノ先輩は頬を掻きながらシロコへ視線を送る。

「んむ……それはそうなんだけれど――シロコちゃんはどう思う?」

「自分の意見を述べるまでもない、ホシノ先輩が反対するだろうから」

 淡々とした声。

 けれどその奥には、信頼が確かにあった。

 セリカが一瞬、言葉を詰まらせる。

「へっ!?アンタはどう思う?」

 俺の方に視線が向く。

 いや、やめてくれ。そういうのは勘弁だ。

「俺のことはその辺に立ってる街頭だと思って」

「思えるか! そもそも銀行強盗に参加する街頭がどこにいるってのよ!!」

「つまり銀河打者くんもおじさんの意見に従うってことでいいかなぁ?」

 ホシノ先輩の声に、俺は肩を竦めた。

 その言葉が妙に、あの場の空気を締めた。

「――うへ、流石シロコちゃん、私の事、分かっているね」

 真剣な眼差し。

 普段はゆるくて、どこか頼りなげに見える先輩が、今だけは――委員長だった。

「私達に必要なのは書類だけ、お金じゃないよ」

「――で、でも」

「今回のは悪人の犯罪資金だから良いとして、次はどうするの? その次は? 一回で大量にお金を仕入れて、それで借金を減らしたとする、それで残りの借金を返す為にまた働いて――そして思う訳だ、なんでこんな苦労しているんだろうって、やろうと思えば五分でまた一億稼げるのに……って」

 静かに、けれど確実に刺さる声だった。

 セリカの口が止まる。反論が見つからない。

 ホシノ先輩の言葉は優しい。だけど、その優しさが一番痛い。

「慣れって云うのは怖いよ、本当に、知らず知らずの内に思考が染まる。最初は自制出来ていても、ピンチになったら【仕方ないよね】とか云いながら、また強盗に手を出すよ。そしてそうなったら終わりだ。繰り返す内に、何も思わない様になる。平気でお金の為に人を傷つけるようになる――おじさんとしては、可愛い後輩がそうなっちゃうのは嫌だなぁ」

 静寂。

 夜風が砂を巻き上げ、セリカの髪を揺らした。

「っ……!」

 セリカの唇が震える。

 俺には見えた。

 あの子の中で、信念と理性がぶつかり合ってるのが。

「悪人のお金で学校を守って何の意味があるのさ」

 ホシノ先輩の最後の一言は、柔らかかったけど――刃みたいに鋭かった。

 セリカは視線を落とし、拳を握り締める。

「でも、だからと云って……!」

「こんな方法使う位なら、最初からノノミちゃんのゴールドカードに頼っていれば良かったんだ、違う?」

「……そうですね、私が提案した時に一番反対されたのは、ホシノ先輩でした」

「うへ、だって、ねぇ?」

 ホシノ先輩の肩の力が抜ける。

 ノノミもふっと笑って、目を伏せた。

 その空気の柔らかさが、どこか痛かった。

「いくら頑張っても、きちんとした方法で返済しない限り、アビドスはアビドスではなくなってしまう……そういう事ですか」

「そういう事――だから、このバッグは置いて行くよ、頂くのは必要な書類だけね、これは委員長としての命令だよ」

 命令――その言葉が出た瞬間、誰も逆らえなかった。

 あの人の「命令」は、温度が低い。でも絶対的だった。

「ぐ、ぬ、う、うわああッ! もどかしぃ! 意味わかんない! こんな大金を捨てる!? 変な所で真面目なんだからッ!」

「ん、委員長としての命令なら」

「えっと、私はアビドスさんの事情は良く知りませんが、このお金を持っていると、何か他のトラブルに巻き込まれるかもしれません……災いの種、みたいなものでしょうから」

「あは……仕方ないですね、このバッグは私が適当に処分します」

「ほい、頼んだよ~」

 ホシノ先輩がバッグをノノミに渡す。その瞬間、あの重たかった金の匂いが、少し遠ざかった気がした。

 それでも――セリカは諦めきれない。

「んぐ、ぎぎぎっ……!」

「セリカ」

「っ、何よ!?」

 俺は親指を立てて、にやりと笑ってみせた。

「なんか腹立つんだけど!?」

「分かった! 分かったわよッ! だからそんな目でこっち見んなッ!」

 セリカがついに折れた。

 肩で息をしながら、顔を真っ赤にしてホシノ先輩を睨んでいる。その姿に、アヤネが胸を撫で下ろすように笑った。

「アハハ、セリカちゃん、やっと折れてくれましたね」

 その笑い声が、小さく安堵を滲ませていた。

 これで、ひとまずアビドスの方針は決まった――持ち帰るのは電子証明紙のみ。現金はノノミが処分する。

 誰かの罪で汚れた金は、アビドスの復興には似合わない。

 それが、俺たちが導き出した“答え”だった。

 ……とはいえ、正直なところ、納得できている奴は少ない。

 セリカの顔にはまだ不満が残り、アヤネはそれを気にしてちらちらと様子を見ている。

 ホシノ先輩だけが、妙に静かな笑みを浮かべていた。

 その笑顔が、どこか痛々しく見えるのは俺の気のせいだろうか。

 ――そんな時だ。

「……っ! 上空のドローンセンサーに感あり、何者かの反応が接近中です!」

 アヤネの声が一気に緊張を取り戻す。

 その響きは冷たく、鋭かった。

「えっ、もしかして追手のマーケットガード!? 此処までは来ないんじゃ……!」

 セリカが叫ぶ。肩の力が一瞬で戻り、全員の視線が夜空へ向いた。

「これぞ、虚構叙事の楽しみ……今度こそ満点クリアを」

 俺はそう呟いた。

 いや、別に格好つけたつもりはない。ただ、こういう時に妙にテンションが上がる癖があるだけだ。

 戦闘でも、逃走でも、最後まで観測できるなら俺は満足だ。

「いえ、これは――べ、便利屋のアルさん!?」

 アヤネが叫んだ瞬間、俺は思わず肩の力が抜けた。

「なーんだ。ただの食い逃げ犯か……」

 脱力。緊張が一気にどこかへ飛んでいった。

 ディスプレイ越しに見えた映像――駆けてくる銀髪の少女。確かに見覚えがある。

 便利屋68のアル。

 どうしてここに。いや、そもそもなんで生きて帰ってきた。

 そんな疑問を抱くよりも早く、アビドスとヒフミのいる路地裏にアルが飛び込んできた。

 砂埃を巻き上げて、肩で息をしながら。

「はぁ、ふぅ……い、いたぁ!」

 その声が響いた途端、全員が反射的にマスクを被り直した。

 シロコは無言で安全装置を外し、銃口を下げたまま構える。

 その動きに、アルが慌てて手を挙げる。

「あ、落ち着いて、私は敵じゃないから……っ!」

 路地裏の入口。

 アルはそこから一歩も動かない。

 恐怖というより、気圧されている感じ。

 俺たちは愛銃を握ったまま、互いに距離を取り、声を潜めた。

「何であいつがこんな所に……?」セリカが小声で呟く。

「分からない、邪魔なら撃退する?」シロコが無表情に言う。

「んー、どうかな、戦う気が無い相手を叩くのもねぇ」ホシノ先輩が肩を竦める。

「でも今なら正体も分からない」

 シロコの声が冷ややかに響いた。

「ヒフミ」

「は、はいっ?」

「あのぅ、もしかしてお知り合いですか?」

「まあね、そこそこーって感じ?」ホシノ先輩の返事は曖昧だった。

「いや、アイツら食い逃げ犯だ」

「えぇ!?」ヒフミの声が裏返る。

「ちょっと!余計に話をややこしくしないでください!!」アヤネが俺に食ってかかる。

 そのやり取りを、アルは遠くから見ていた。

 まるで、誰かに再会できた喜びを噛み締めるように。

「あ、あの……た、大したことじゃないんだけれど、さっきの銀行の襲撃見せて貰ったわ」

 声は震えていた。けれど、瞳は真っ直ぐだった。

 あの目、危ういほどの憧れの色。

「ブラックマーケットの銀行をものの五分で攻略して見事に撤収、アナタ達、稀に見るアウトローっぷりだったわ!」

「………!」

「正直、凄く衝撃的だったというか、このご時世にあんな大胆な事が出来るなんて、感動的と言うか……!」

「え、えぇ……」

 俺たちは顔を見合わせる。

 通報か、脅迫か――そのどちらでもなかった。

 代わりに、純粋な賞賛。眩しいくらいに真っすぐな称賛が飛んできた。

 この空気、どうすればいいんだ。

 場違いな熱量に、誰もが言葉を失う。

 そんな中で、アルだけが拳を握り、まるで何かに誓うように声を張った。

「わ、私も頑張るわ! 法律や規律に縛られない、本当の意味での自由な魂! そんなアウトローになりたいから!」

 その笑顔は、夜の照明に照らされたガラス片みたいにまぶしかった。

 まっすぐこちらに向けられたアルの瞳――あの目、完全に“憧れ”ってやつだ。

 いや、待ってくれ。俺たちはただ、ちょっとした手違いで銀行を襲って、偶然うまく逃げ切っただけなんだが?

 シロコがホシノの横に寄って、小声で「……一体、何の話?」と訊ねたとき、俺は内心で同意の拍手を送っていた。まったくだ。何の話だ。

 ホシノが肩を竦めて「さぁ」と言うのを見て、俺も空を見上げた。いやほんと、空気ってどうしてこう読めないんだろう。

 アルが顔を紅潮させて「な、名前……名前を教えてッ!」と詰め寄ってきた瞬間、俺の脳内で非常ベルが鳴った。

 名前? 組織? チーム?

 そんなものある訳が――いや待て。こういう時、適当なノリで押し切るのが正解だ。たぶん。

 だが、ホシノが思案するよりも早く、ノノミ先輩が「はいっ!」と元気よく手を挙げた。

 嫌な予感しかしない。

 ノノミ先輩が言葉を溜めに溜めた末、勝ち誇った顔で叫んだ。

 「私達は、人呼んで――」

 いいぞ、このノリだ。どうせなら俺もひとつ出してやろう。

 「ゴミキングスライ……」

 「覆面水着団だお♧!」

 ……はい?

 思わず首を傾げた。俺の脳内で、さっきまで流れていたヒーロー的BGMが、ブレーキ音と共に停止する。

 「……覆面水着団!? ゴミキングスライダーは!?」

 せっかくの名案、捨てるには惜しい。ゴミ箱の中からでも拾い上げたい。

 セリカが露骨に眉を寄せたのが覆面越しでも分かった。

 「えぇ……」

 まぁ、確かに意味不明ではある。俺だって水着要素ゼロだし。だがアルは――あのアルは――

 「や、ヤバい……! 超クール! カッコ良すぎるわッ!」

 と、心底から輝いた瞳で叫んだ。

 ……すげぇな、この人。理解のベクトルが宇宙を通り越してる。

 「……良いんだ、それで」と、ホシノが苦笑しながら折れる。

 俺も頷いた。うん、もうそれでいい。覆面水着団、万歳だ。

 ちなみに俺は、“ゴミキングスライダー”の名を諦めきれず、心の中でそっと記しておいた。

 ホシノがさらにノリノリで「本来はスクール水着に覆面が正装なんだけどね〜」とか言い出して、セリカが「何その設定!」と怒鳴る。

 俺はその横で、少し顎に手を当てて考えた。

 「その場合、銀河打者ってどうなるの?」

 「ゴミ箱でも被せとけば良いんじゃない?」

「その場合、銀河打者ってどうなるの?」

 ホシノが軽い調子で答える。

 「ゴミ箱でも被せとけば良いんじゃない?」

 ……おお、それは良い考えだ。

 胸の奥で、小さな歓声が弾けた。

 ゴミ箱――あの鉄と塗装の香り。無駄のない円筒形のライン。中に潜り込んだ瞬間に訪れる、密閉された静寂。

 あれはまるで、地上に降り立った宇宙服だ。

 人が汚れを捨てるための道具でありながら、俺にとっては思想そのもの。

 もしこの世に“完璧”という概念があるのなら、それは間違いなくゴミ箱の中に存在する。

 「それ! いつもと何も変わらないじゃない!」

 セリカの鋭いツッコミが響き、俺は現実へと引き戻された。

 けれど――悪くない。少なくとも、俺の中では整合性が取れている。

 すると、今度はノノミが勢いよく前へ出た。覆面の奥で目が輝いている。

 「そうなんです! 普段はアイドルとして活動していて、夜になると悪人を倒す正義の怪盗に変身するんです! そして、私の名前はクリスティーナだお♧!」

 「だ、だお♧……!? きゃ、キャラも立っているわ……ッ!」

 目の前でアルが両手を胸の前で組み、夢見る乙女そのものの反応をしている。

 ホシノも調子に乗ったようで、ゆるりと笑いながら指を空に向けた。

 「うへ、目には目を、歯には歯を、無慈悲に、孤高に、我が道の如く魔境を往く――これが私らのモットーだよ!」

 その語感の中二っぽさが心地よく、俺の中で何かが弾けた。

 「唸る、俺のゴミ王が……来い、何処までもその鈍き輝きで宇宙を照らす!」

 俺の中に眠っていた“ヒーローごっこ回路”が完全に覚醒していた。

 気付けば、ノノミ、ホシノ、そして俺がほぼ同時にポーズを決めていた。

 腕を掲げ、足を開き、まるで古い特撮のワンシーンのように。

 その瞬間、アルが目を輝かせ、そして――感極まったように白目を剥いた。

 「な、なんですってーッ!?」「あわ、あわわわっ―――!」

 ……倒れそうになっている。大丈夫か社長。

 でも、不思議と楽しかった。

 演技でも何でもいい。覆面の中では、誰でも何にでもなれる。

 普段は冷静を装っている俺も、この瞬間だけは無責任に盛り上がれた。

 ――ちょっと、コレ楽しいな。

 そう思って笑いかけた時、視界の隅でセリカが額に手を当てていた。

 「はぁ……」という溜息が聞こえる。

 アヤネとヒフミは、何とも言えない苦笑いを浮かべながらその様子を見守っていた。

 シロコは……少し、混ざりたそうにしていた。

 いいじゃないか、シロコ。こういうのも隠ぺい工作の一環だ。

 罪を隠すための仮面遊戯。――それもまた、俺たちらしい。

 どうせなら、次は全員でポーズを決めてやろう。

 そう考えるだけで、また胸の奥が少し温かくなった。

ーーーーーーーーーーーーーーー

「なにしているの、あの子達」

 カヨコの呆れ声が、夜気を切り裂くように落ちた。

 歩道橋の上、鉄骨の柵に寄りかかりながら見下ろす三つの影。下方の路地裏では、街灯の光を切り取るように覆面姿の一団と、ひとりの少女――アル――が入り乱れていた。

 その光景は、どう見ても交戦ではない。

 どちらかと言えば、即興劇。

 いや、もはや子どものごっこ遊びに近い。

 「わー、アルちゃんドはまりしちゃってるじゃん。特撮モノのイベントに連れてってもらった子どもみたいな顔してるし! 超ウケる~!」

 ムツキが口元を押さえ、肩を震わせながら笑った。声を出せばこちらに気付かれるかもしれない――その危険を分かっていながらも、どうしても堪えきれない。

 眼下で、アルはまるでステージの上に立つヒーローのように両手を掲げ、何やら訳の分からない団体――“覆面水着団”なる謎の名を叫んでいる。

 その周りには、覆面姿の数人がポーズを取り、決め台詞を口にしていた。

 あの姿をどう見ても、真面目な交渉には見えない。

 「……アル様」

 ハルカが小さく呟いた。

 その声には、心底からの困惑と、ほんの少しの諦めが混ざっていた。

 彼女は両手を胸の前で組みながら、まるで遠くで暴走する我が子を見守る保護者のような表情をしている。

 カヨコは腕を組み、わずかにため息を洩らした。

 視線の先では、アルが何やら感極まった様子で拳を突き上げ、覆面団の誰かとハイタッチを交わしている。

 その姿は――危なっかしくも、どこか眩しかった。

 「まったく……どうして、あの人はいつもこうなの」

 カヨコの声には、非難の色よりも呆れの温度が強い。

 だが、それは決して冷たさではなかった。

 むしろ、長く寄り添ってきた者にしか分からない、苦笑交じりの愛着の響きがそこにはあった。

 「……まぁ、今更言っても無駄なのは分かるけど」

 カヨコはもう一度息を吐いた。

 風が彼女の髪をわずかに揺らし、夜の光がその横顔を照らした。

 「……まったく、」

 呟きは、夜風にさらわれて消えた。

 ムツキが頬を緩める。

 「でも、そういうとこがアルちゃんじゃん」

 そして、三人の視線が静かに交わる。

 あの人は、きっと変わらない――どれだけ世界が壊れても、誰よりも真っ直ぐで、誰よりも不器用なまま。

 だから、放っておけないのだ。

 その想いを胸の奥に抱きながら、三人は再び視線を路地の光景へと落とした。

ーーーーーーーーーーーーーー

アルの目は、まだ夢の中にいるようにきらきらしていた。

 あの熱量――正直、少し怖い。こっちはただの誤魔化しでやってるっていうのに、向こうは真剣にヒーローを見つめる子どもの眼差しだ。

 ……いや、もしかしたら本当に感動してるのか? それならそれで罪悪感が出てくる。

 「も、もう良いでしょ? さっさと逃げようよ!」

 セリカがノノミの肩を軽く叩いて、後ろを顎で指す。その仕草に俺は小さく頷いた。やっとだ。

 正直、覆面水着団(仮)のノリを引っ張るのにも限界がある。

 「そうですね――それじゃあこの辺で、アディオス~☆」

 ノノミがいつもの調子で手を振る。まるで観客に向かって最後のサービスショットをくれるアイドルみたいな笑顔だ。

 俺は内心、「いや、今は逃亡中なんだけど」と突っ込みながらも、その明るさが少し救いに思えてしまう。

 「行こう! 夕陽に向かって!」

 ホシノ先輩が声を上げる。勢いは良いが、あいにくこの時間帯、夕陽なんて影も形もない。

 「夕陽、まだですけれど……」

 アヤネが冷静に補足して、俺は思わず口角を上げた。そう、誰かが真面目に突っ込んでくれると安心するんだ。世界が少しだけ正常に戻る感じがする。

 「ゴミ箱に生き、ゴミ箱と死ぬ――それが孤高のゴミキング」

 思わず口から出た。いや、出てしまったというべきか。

 誰に言うでもない、独り言のような呟き。だけどその瞬間、俺の胸の中でゴミ箱の蓋が開くような音がした。

 金属の冷たさ、密閉された暗がり、あの完璧な静寂――それは俺にとって信念みたいなものだ。

 「ん、馬鹿可愛い銀河……ゴミキング」

 シロコが俺を見て、ぼそりと呟いた。

 その声が小さくて、でもちゃんと届いた。

 何だか心の奥でくすぐったいような感覚が走る。けれど顔には出さない。

 告げ終わると同時に、アビドス&ヒフミの即興銀行強盗団――いや、覆面水着団(仮)は、一斉に駆け出した。

 靴音が夜の路地に弾ける。風が頬を撫で、マスクの中の呼吸が曇る。

 背後では、まだアルの声が聞こえた気がする。「待って!」とか「カッコいい!」とか。

 でも振り返らなかった。

 俺たちはただ、闇を裂くように走った。

 まるで本当に、夕陽が見える方へ向かっているような気がして――

 その錯覚だけが、妙に心地良かった。

ーーーーーーーーーーーーーー

アビドス&ヒフミの即興銀行強盗団は、夜風を切るように路地裏を駆け抜け、音もなく闇に消えていった。

 その背中を、アルは笑顔で見送っていた。両手を大きく振りながら、影が完全に見えなくなるまで。まるで舞台のカーテンが下りるのを惜しむ観客のように。

 そして静寂が戻ると、彼女は胸の前で拳を握り締め、目を閉じて深く息を吸い込んだ。

 「……よし! 我が道の如く魔境を……その言葉、魂に刻むわ! 私も頑張るっ!」

 声は夜の街に吸い込まれ、闇の中に小さな火のように残った。

 その情熱にあてられたわけではないが、歩道橋の上から様子を見ていたムツキとカヨコは、ゆっくりと顔を見合わせる。

 「……事実を伝えるべきなんだろうけれど……いつ云おうか」

 「面白いから暫く放置で!」

 カヨコの即答は、冷静にして悪戯心の塊だった。ムツキが苦笑を浮かべ、肩を竦める。まるで悪ガキ二人が、面白いおもちゃを見つけたような顔。

 「……あの」

 空気を割るように、ハルカの小さな声が響いた。

 皆が振り返る。彼女の腕には、少し大きすぎる黒いバッグが抱えられていた。

 彼女の細い腕には不釣り合いなほどの重み。その表情には、ただの戸惑いだけが浮かんでいる。

 「このバッグ、どうしましょう? あの人たちが置いて行ったみたいなんですけれど」

 その言葉に、アルがきょとんと瞬きをする。

 「ん? これはまさか……覆面水着団が私の為に?」

 「いや、それはないわ……ただの忘れものじゃない?」と、カヨコが半眼で即座に切り捨てた。

 「結構重いよ? 何が入っているんだろう――」

 ムツキが半ば興味本位でバッグのチャックを開ける。

 その瞬間、空気が凍り付いた。

 「………!?」

 「ひょええ!? な、なにこれぇっ!?」

 「っ、こ、これは……!」

 「……あわわ……!」

 次々と上がる悲鳴と呻き。

 街灯の明かりに照らされた中身は、紙帯で整然と束ねられた札束。

 ぎっしりと詰められたそれは、ただの金ではない。圧倒的な現実の塊だった。

 「ええぇぇーッ!?」

 「うわわわわーッ!? うっそぉ!?」

 「これ……一億位入っているよ」

 カヨコが硬い声で呟いた。

 その指先にある札束は、信じられないほどの重量感を持っていた。ほんの数秒前まで、笑い話の延長だったのに。今、彼女たちの目の前には、生々しい現実が横たわっている。

 そして、誰よりも無垢な声が、その場の空気をあっさりと裏返した。

 「……もしかしてこれで、もう食事抜かなくても良いんですか?」

 ハルカの言葉は、あまりに真っ直ぐで、あまりに現実的だった。

 アルは口を開けたまま動けず、ムツキは額に手を当てて溜息をつく。

 カヨコはそんな二人を見て、肩をすくめ、鼻で笑った。

ーーーーーーーーー

そういえばーーーあのお金どこに置いたんだっけ?




続く

今回の開拓の旅はひとまずここまで、次回をお楽しみに

Mr.ミミ作のコーナーの今後

  • 新キャラの方がいい
  • ストーリーに関係するキャラがいい
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