翌日、ハジメは大結界の修復にやって来ていた。その場所には多数の兵士による厳重な警備が敷かれており、彼らはハジメに剣呑な視線を向けてきたが、ステータスプレートを提示すると話は通っているのか目元を緩めた。
同様のことを繰り返しながら通った先には白い石材で作られた空間があり、中央に紋様と魔法陣の描かれた円筒形で全長二メートルのアーティファクトが安置されていたのだが、今は半ばからへし折られた状態になっていた。
その周囲には男女の入り混じった数人の職人が集まり、頭を悩ませている。修理を試みているようだが、上手くいかないようだ。ハジメは彼らに声をかけた。
「すまない、大結界の修理を依頼された者だが、ここの代表者は?」
すると、その中の一人で、豊かな口髭を生やした明らかに職人気質の六十代くらいの男性が進み出てくる。
「王宮筆頭錬成師のウォルペンだ。まさか、こんな小僧を寄越してくるとは……言い方は悪いが、あまり信じられんな……」
「俺はハジメ・ナグモだ。まあ、見れば分かる」
ハイリヒ王国専属の筆頭錬成師であるウォルペンやその部下達は胡乱な眼差しをハジメに向ける。王国内で最高クラスの錬成師である彼らにも神代のアーティファクトを修復するのは困難であり、目の前の若造が直せると言われても信じられないのは当然だろう。
ハジメはそんな視線など無視してアーティファクトの残骸に手を当てると“鉱物系鑑定”を発動する。生成魔法の知識を刻まれているおかげで、普通の錬成師では知り得ない情報まで得ることができた。
「なるほど……これは強力なはずだ」
「ふん、小僧如きに何が分かる」
(付与されている魔法の術式が壊れている……本体だけではなく術式も修復しよう)
そのまま、ハジメは“錬成”を開始する。魔力光がハジメを中心に広がり、手元にあるアーティファクトの残骸が元の位置に集まって融合していく。さらに、ハジメは生成魔法を併用して術式を修復した上で再び付与してやった。
ちなみに、生成魔法を併用するためにハジメは左手に特殊なグローブを嵌めている。パワードスーツの技術を応用して開発した魔力操作デバイスであり、これを通すことで魔力の直接操作が可能となる優れものだ。
「これは……!」
その錬成速度と精度に、ウォルペンのみならず彼の部下達が一斉に目を剥いた。僅か数十秒で神代のアーティファクトは修繕を終え、ハジメの手で魔力を流し込まれて再起動を果たした。
アーティファクトの天辺から光の粒子が空高く登っていき、直後に外で警備していた兵士が駆け込んでくると、第三障壁が復活したことを報告してきた。
「……なんということだ……神代のアーティファクトをこうもあっさりと……」
唖然とするウォルペン達に、ハジメは自らが異世界から召喚された人間であることを告げる。道理で凄いはずだと、彼らは納得してくれた。
そのまま、ハジメは他のアーティファクトの修理をしようと歩き出すが、彼らは目を輝かせてハジメを引き止めてきた。どうやら、自分達よりも高い技能を持つ存在を行かせるつもりはないらしい。
「待って下されぇーー!!弟子に!是非、我等を弟子にして下されぇーー!!」
ウォルペン達はハジメに組み付こうと飛びかかるが、ヒョイと軽く避けられて床に次々と激突する。それでも彼らは諦めずに向かってきており、流石のハジメも恐怖を感じる程だ。
「残念だが、俺は数日でここを発つ。王都に戻る予定もほぼない。それに、弟子を取ったところで教えられることは何もない」
「しかし、あのアーティファクトをあっさりと修復したではありませんか。我等にはどうやったらそんなことが出来るのか見当も付きませんぞ。それを教えていただければ……」
「あれの修復には“錬成魔法”だけではなく、“生成魔法”という、あんたらには使えない魔法が必要だ」
「そ、そんな……」
ウォルペン達はがっくりしてしまう。大結界のアーティファクトには生成魔法により空間魔法が付与されており、修復には神代魔法が必要だったのだ。しかし、彼らは簡単には諦めなかった。
「それでも、貴殿の錬成技能が卓越していることに変わりはない! 是非、弟子にぃー!!」
「何という奴らだ……」
ハジメは彼らに張り付かれながらもアーティファクトの修復を完遂した。しかし、噂を聞きつけた職人達が王都中から集結してしまい、少しでも技術を取り入れようと群がってくる始末。ついにハジメはブラスターを抜いてしまった。
『スタンモード』
流石に殺しは不味いのでスタンモードだ。群がる職人達を躱しながら麻痺効果のある非殺傷ビームを撃ち込む。それでも起き上がってくる奴もおり、王都復興の要である彼らを病院送りにするわけにもいかず、ハジメは逃走を開始した。
「……今日は厄日だ!」
逃走劇はあまりにも過酷だった。どこに行ってもGの如く職人達が大量に飛び出してきて、根掘り葉掘り質問したり、実演を要請してくるのだ。王都の職人ネットワーク、恐るべしである。ハジメは最大限の能力を発揮して逃げるが、振り切るのは困難だった。
いくら気配を消しても無駄だ。連中にはそれすらも凌駕する第六感が備わっていて位置を簡単に看破してくるのだ。現在、ハジメは廃墟に隠れているが、見つかるのも時間の問題だ。
そんな中、廃墟に飛び込んでくる奴がいた。
「誰だ!?」
ハジメが咄嗟にブラスターを向けると、そこにいたのは赤いコートを羽織った男、清水幸利がいた。
「南雲か!助けてくれ、追われているんだ!」
「奇遇だな、俺もだ。俺は職人達に追われているが、お前は何に追われている?」
「ソウルシスターズとかいう過激な連中だ。どうやら、八重樫さんを崇めている団体のようだ」
「あぁ、噂に聞いたことがある……」
ソウルシスターズとは、雫の義妹を自称する過激派女性集団だ。雫に手を出す男を徹底的に潰すらしく、地球にも同様の連中はいたのだが、異世界にも発生してしまったのだ。
「お互い大変だな」
「あぁ……なあ、南雲。地球には“化け物には化け物をぶつける”という言葉があってな……」
「おい、まさか……」
しばらくして、二人の姿は狭い路地にあった。その道の両側からは大人数の叫び声が接近してくるのが聞こえてくる。
まず、ハジメ側からは王都の職人達が迫っている。もはや変態ばかりで、パイレーツ以上の脅威と言わしめる程だ。
「こっちだ!職人の直感に従えば場所など丸わかりですぞぉ!!」
「ビンビン感じますぞぉ!ナグモ殿の熱きパトスをぉおおおお!!」
「ハァハァ、技術の気配ぃ!スゴ技の喘ぎ声が聞こえるぅうう!!」
そして、幸利側からはソウルシスターズの面々が迫る。ただの一般人に貴族の令嬢、女騎士、官民問わずに集まった過激派のお姉様方だ。
「シズクお姉様を拐かす不届き者がぁ!!」
「野郎ぶっ殺っしゃぁぁー!!」
「この害虫が!玉取ったらぁああーー!」
二つの勢力はそれぞれの狙う目標のいる狭い路地へと入り込み、ハジメと幸利を押しつぶすような勢いで迫る。
「南雲、今だ」
「あぁ」
追手と接触する寸前、二人は高く跳躍して付近の建物の屋根に飛び移る。その上から現場を見下ろしてみれば、訳も分からぬまま両者が衝突して激しい乱闘が始まっていた。
「勝手に戦え」
その後、復興現場から職人が消え、防衛のために配置についていた女騎士も消えたことで混乱が発生。リリアーナの耳にも入り、王族が事態の収拾に出張ったことで沈静化するのであった。
ある日、王宮の練兵場にて剣戟の音が鳴り響く。それを引き起こしているのは二人の人間、ハジメと香織だった。
「やっぱり、ハジメくんには敵わないね……」
「それは仕方がない。香織が白兵戦の訓練を初めてから数日だからな。でも、この時点でここまで付いてこられるなら、大丈夫だ」
香織は本来、後衛職なのだ。鳥人族の遺伝子によって身体能力や感覚が強化されたとはいえ、白兵戦での勝負だけとなれば、多くの戦闘経験を持つハジメに勝つことはできない。
「ふふっ、ありがとうハジメくん」
会話している間にも槍と双剣が何度もぶつかり合っている。数日前は手加減しているハジメにすら苦戦していたが、今では戦闘能力が確実に向上していた。
なお、今回もハジメの勝利だ。香織の育成計画では、最終的にパワードスーツを装着した状態でシアと戦えるレベルにする予定である。
「よし、今度はパワードスーツで模擬戦をしようか」
「うん、そうだね」
二人は同時に目を瞑り、精神を統一する。ハジメは一瞬で装着を完了し、数秒だけ遅れて香織もパワードスーツの姿に変わった。
練兵場で向かい合うは、白銀の攻撃的なパワードスーツと、純白の花嫁を思わせる芸術作品のようなパワードスーツだ。
『グラビティフライトシステム、オンライン』
香織のパワードスーツ〈セラフィム〉の背部から六枚のエネルギーウイングが展開し、ふわりと彼女は宙へと浮かび上がった。
このシステムにはグラビティ機能が応用されている。背部と下半身のスカートに反重力装置を備えることで、彼女は自由自在に空を舞うことが可能である。バリアスーツでは浮遊するのが限度で空中戦など以ての外であり、彼女のアドバンテージだ。
「いくよ、ハジメくん」
エネルギーウイングが輝き、そこからマシンガンのような無数の光の雨〈ビームニードル〉が地上のハジメに襲いかかる。時折、正確な狙いのライトアローも飛来するが、ハジメはその中を素早く駆け抜けながら回避し、地面を踏みしめて横方向に吹っ飛びながら、素早くチャージビームを撃ち放った。
香織はフワリと水平移動してチャージビームを避け、地面に着地したばかりのハジメに向けて突撃。双剣モードの聖弓を駆使した斬撃を繰り出した。
「甘いな」
初撃はアームキャノンで弾き、次は左手の鉤爪で切り結ぶ。流れるように宙返りをしながら蹴り上げ、地面に着地するまでの間にチャージビームをお見舞いしてやる。
ドォォォン!!
「ぐうっ!?」
咄嗟に“光壁”を展開してチャージビームを防ぐも、その衝撃までは殺せずに怯んでしまう。その隙に香織は足を掴まれて地面に仰向けに叩きつけられ、目前にアームキャノンを突き付けられた。
「チェックメイトだ」
「また負けちゃったね……」
「でも、前よりは遥かにいい。やはり、香織の課題は接近戦だな」
お互いにパワードスーツを解除し、差し出されたハジメの手を掴んで香織は起き上がる。すると、二人程の気配が練兵場に入ってくるのを感じた。
「お疲れ様、香織」
「よお、南雲。今回も容赦ないな」
それは、雫と幸利だった。どちらも汗を掻いており、二人も訓練をしていたところなのだろう。
「雫ちゃん……また、負けちゃったんだ」
「最後の方は見てたわよ。もし良かったら、私と接近戦の訓練をしないかしら?八重樫流の技とかも教えられるわ」
お忘れだと思うが、雫の家は道場を営んでいる。剣道だけに限らず、八重樫流という総合的な武術を代々受け継いでおり、彼女もその継承者だった。
「それはいいかもしれないな。香織、八重樫さんに色々と教えてもらえ。実を言うと、俺も八重樫流には興味があるんだ」
ハジメとしても、香織が雫に武術を教わることは大歓迎だ。香織を通してハジメも八重樫流を知りたいと思っていた。
「おい、俺の存在は無視か?」
「あぁ、悪い。昨日は災難だったな」
ハジメと幸利は昨日のことを思い起こす。お互いに方向性は違うと言えど狂った連中に追い回されたのは割と恐怖で、夢に出たくらいだ。
「清水、八重樫さんとはどうだ?」
「最近は甘えてくれるようになった。戦いの後は結構凹んでいたが、元気になってよかった」
「……それは何よりだ」
二日後、あの惨劇が起きた広場にハジメ達は集まっていた。この一角には犠牲者を弔う慰霊碑が建てられており、皆で祈りを捧げているところだ。
彼らはこれから、王都を出発する。数日前から広場に駐機されているスターシップに乗り込み、樹海や帝国のある東へ飛ぶつもりである。
「鈴、気をつけてね。帰る場所は僕たちが守っておくからさ」
「行ってくるね、エリリン」
出発を前にして、行く者と残る者が別れの挨拶をあちこちでしている。流石に王都をがら空きにはできないということで、永山パーティや護衛隊の一部、恵里が残ることになっていた。愛子も引き続き王都に残り、生徒達の精神的ケアに尽くす予定だ。
「遠藤、園部さん。二人もフェアベルゲン行きで大丈夫か?」
「あぁ。ハウリア族のところで鍛えたいからな」
「心の準備はできてる。奈々と妙子とは別れの挨拶はしてきたから……」
浩介と優花は迷宮攻略には参加しないが、フェアベルゲン行きを希望している。ハジメが鍛えたハウリア族や亜人族の戦士達と鍛錬を積もうというのだ。
「ナグモさん、よろしくお願いします」
そして、帝国へ向かうリリアーナや護衛の近衛騎士達も途中まで同行する。帝国までは馬車で二ヶ月の距離だが、スターシップなら数時間以内に到着するだろう。
やがて、東へ行く者達がスターシップに乗り込んでいく。兵員室には光輝と龍太郎、鈴、雫、幸利、浩介、優花、近衛騎士達が向かい合わせに座り、コックピットにはパイロットとしてハジメが、サブシートには香織とリリアーナが座っていた。
本当ならサブシートはユエと香織の特等席なのだが、流石にお姫様を兵員室に座らせるのはハジメとしても気が引けたので、特別にユエの席に配置された。
「では、これから発進する」
ハジメの操縦でスターシップが起動する。可変翼が変形して空へと舞い上がり、地上から多くの手を振られているのを横目に、機首を東にセットして飛び去った。
「では、契約通りに……」
パイレーツ基地にMBの姿があった。彼女が対面しているのは真の神の使徒であり、何らかの引き渡しを実施しているところだ。
使徒の目の前に運ばれてきたのは、パイレーツ戦闘員達の死体である。どれも頭部が潰されたり、胴体に風穴が空き、手足が欠損していたりと、綺麗なものは一つもない。
さらに、人間が丸ごと入るようなサイズの細長いカプセルが運ばれてくる。その内部にはクラゲのような生命体〈メトロイド〉が浮遊していた。
これらは、MBが契約に基づいてエヒト勢力に提供したものだ。
「たしかに、いただきました。主は、貴方がたスペースパイレーツにより齎された混沌とある人物の破滅に非常に満足しており、トータスからのパイレーツの撤退に理解を示しております」
現在、トータスのスペースパイレーツは戦力がほぼ全滅している状態である。その状態になった際、パイレーツの遺体とメトロイドを譲渡する代わりにトータスから撤退するという内容で契約していた。
「トータスにおける活動で良いデータを取ることができました。我々としてはトータスに残る理由はありませんので、契約通りに……」
MBはパイレーツの開発した転移装置により発生したワームホールの中へと消えていく。直後、転移装置は自爆のカウントダウンが0に到達すると爆発して跡形もなく消滅した。
今後、スペースパイレーツは様々な次元の宇宙にて暗躍を開始し、そこでハジメ達と何度も交戦することになるのだが、それはまだ先の話だ。