パーティー会場が暗転したのは唐突だった。五感の一つを奪われたことで令嬢や文官はパニックに陥り、軍人である帝国貴族ですら動揺する事態だ。
「狼狽えるな!魔法で光をつくっがぁ!?」
「どうしたっギャァ!?」
「何が起こっていっあぐっ!?」
一部の軍人が魔法で灯りを確保しようとするも、悲鳴と共に次々と倒れ込んでしまう。異様な光景に、特にパニックに陥っていた令嬢達が闇雲に走り回り、転倒したり衝突する音が聞こえてきた。
「落ち着けぇ!貴様等それでも帝国の軍人かぁ!」
ガハルドの覇気に満ちた大声による喝が無ければ、このまま混乱が続いていただろう。それにより、恐慌に陥りかけた帝国人の精神は立ち直ることになった。しかし、耳の良い襲撃者からしたら帝国の頭目がわざわざ自らの位置を教えてくれたようなものだ。
ヒュ! ヒュ! ヒュ!
「っ!? ちっ! こそこそと鬱陶しい!」
すかさず、襲撃者達が撃ち込んだのは無数のボウガンの矢だ。その狙いは正確なものなのだが、ガハルドは風切り音だけで矢の軌道を把握し、儀礼剣で捌いていた。
ガハルドが暗闇に潜む敵に襲われているのは間違いなく、冷静さを取り戻した者達が火球で周囲を照らす。すると、一瞬だが黒い影のような何かが横切るのが目に入った。そこに貴族の男が火球を飛ばそうとしたが……
「ッ!?何者っげぶっ!?」
その男の背後から現れ、手斧を一閃して首を刈り取ったのは黒装束でフードの人物だった。全身は身体のラインが出る漆黒のスーツで、フードからはウサミミが見え隠れしている。
その正体はハウリアだ。今回、彼らを含む亜人族部隊はハイテク装備を身に着けず、自分達の純粋な戦闘能力だけで帝国の親玉の首を取りに来た。彼らはエルダー製のスニーキングスーツを着込み、ハジメ製の刀剣類やアサシンブレード、手作りのボウガン、グレネード類だけで武装している。
帝国の人間達は見た。火球が消滅する寸前に黒装束の何者かが一瞬で人間の首を飛ばす光景を。辺りが闇一色に逆戻りし、闇に紛れて消えた襲撃者の存在に腰を抜かす者が出た。
その後も火球や光球の類を出す者がいたが、その都度に黒装束は姿を一瞬だけ現して術者を始末する。フードの隙間からウサミミが出ていたり、人間の耳に当たる部分から先端の鋭い耳が出ていたりと、そのシルエットは明らかに亜人族だった。
「ひっ、ば、化け物ぉ~!」
「し、死にたくないぃ~、誰かぁ!」
腰を抜かしているのは文官や令嬢、一部の将校といったところだ。皆、例外なく黒装束によって手足の腱を切り裂かれ、行動不能にさせられていた。
しかし、帝国人はやられてばかりではない。儀礼剣を持つガハルドもそうだが、護身用に隠し持っていた短剣で襲撃を凌いだ猛者達が陣形を組み出した。ガハルドの付近にいた者達も陣形を組み、彼の背後を守る構えだ。
ガハルドが矢を叩き落としながら、詠唱を行う。その発動速度は凄まじく、瞬く間に十個近くの火球が作り出されると、一瞬で会場全体に広がって闇を払った。ここから反撃が始まるのだと誰もが思ったが、その足元に何かが転がってくる。
「なんだ、これは?」
謎の金属塊を見て、ガハルドの側近を務める男が正体を確認しようと近付く。少し離れた場所で陣形を組む男達も同様だ。しかし、ガハルドは嫌な予感がした。
「よせ!近づくなっ!」
彼の警告は手遅れだった。直後、金属塊が爆ぜて強烈な光と不快な爆音が周囲に撒き散らされ、辺りを蹂躙したのだ。
「ぐぁあ!?」
「ぐぅうう!」
「何がァ!?」
スタングレネードの効果をまともに喰らってしまい、視覚と聴覚を一時的に奪われるガハルド達。平衡感覚もやられたのか、到底戦える状態ではない。
襲撃者達がそれを見逃すはずもなく、黒装束の集団は各々の得物を手に襲いかかる。五感のうちの二つを失った標的は案山子も同然であり、手足の腱を切り裂き、口内にナイフを突き入れて舌を裂くことで詠唱封じしていく。
だが、そんな中でもガハルドは無事だった。目と耳を潰された状態なのだが、気配を殺して接近した襲撃者の斬撃を儀礼剣だけで凌いでみせた。
ガハルドは鬼のように強かった。震脚で地面を踏み鳴らすことで襲撃者の姿勢を崩すと、横殴りの斬撃で弾き飛ばし、直後に迫る矢弾の雨も咄嗟に発動した風の障壁で防いでしまう。
「撃ち抜けぇ! “炎弾“!」
再び魔法を素早く発動し、火球よりも威力のある炎弾を十個、“風壁”で感じ取った矢の射線に向けて撃ち放つ。さらに、それらがしばらく飛んだタイミングで追加の詠唱が行われた。
「おぉおおお! 爆ぜろぉ、“炎弾”!」
その瞬間、先ほどの炎弾が爆ぜて広範囲に衝撃と熱波が撒き散らされる。ボウガンで援護していた者達が潜伏していた足場が崩落し、回避しきれなかった一部が行動不能となる。それにより、次のポイントに移るまでの僅かな時間に援護が途絶えることになった。
「舞い踊る風よ! 我が意思を疾く運べ、“風音”!」
ガハルドはその隙に、補助魔法を発動する。周囲の空気に干渉して音を増幅したり、小さな音を遠くに運んだり出来る魔法であり、奪われた聴覚を取り戻そうというのだ。なお、使用には集中力を要するため、戦闘中に使うものではない。
「らぁああ!!」
ガハルドは視力がない状態のまま、“風音”に全てを委ねて襲撃者へと踏み込むと、変幻自在のムチのような斬撃を振るう。その殺気と胆力は襲撃者達すら感心した。この男こそがまさに軍事国家の頭なのだと。
襲撃者達は殺気を滾らせ、ガハルドへと襲いかかる。ヒット&アウェイを基本とした殺人技による連携攻撃が殺到した。漆黒の小太刀が首を刈り取らんとし、レイピアによる刺突が急所へと的確に叩き込まれている。それでも、ガハルドはその全てを弾いていた。
「ククク、心地いい殺気を放つじゃねぇか! 兎人族、それに森人族といったところか?」
ガハルドと相対している襲撃者の構成はハウリア族が三人、森人族が一人だ。ボウガン部隊には狙撃の達人である森人族も数名が参加している。
「あぁ?ビビって声も出せねぇのか!?」
「殺し合いに言葉は不要」
「皇帝ガハルド・D・ヘルシャー……その首、この私が貰い受けるぞ」
僅かだが聴力が回復してきたガハルドの前に立つのは、二人の襲撃者。片方はカムであり、フードだけでなくフェイスベールで人相を隠したもう一人は森人族のアリア・ハイピストであった。
暗闇に幾度となく火花が咲き、二対一の戦いは激しさを増す。儀礼剣と小太刀、レイピアが交錯するも、相手の身体に刃が届くことはなかった。
手足を切られ、舌を裂かれて地面に倒れ伏した者達は自らの頭の勝利を祈る。しかし、彼らの期待を裏切るように事態が動いた。
「っ! なんだっ? 体が……」
突然、ガハルドの身体がふらついて動きが鈍くなる。その異変など織り込み済みだった亜人族部隊は一斉攻撃を開始した。
ガハルドは初撃を何とか弾くも、タイミング良く飛来した矢が彼のふくらはぎを深々と貫いてしまう。苦悶の声を漏らし、膝を着いたところに追撃が迫る。
カムの小太刀こそ弾くが、そこにアリアの的確な突きが襲いかかり、矢を受けた傷口を抉る。さらに、背後に回り込んだカムが腕の腱を切ったことで、ガハルドは剣を取り落とした。
武器を失ったために魔法を瞬時に使おうとするが、そのタイミングで交差するようにすれ違った二人のハウリア族が、戦闘中に確かめていた位置に小太刀を振るい、隠し持っていたアーティファクトや魔法陣を破壊した。残りの手足の腱も切り裂かれ、うつ伏せに倒れて動けなくなった。
「ッ……」
ヘルシャー帝国皇帝の敗北。それは、会場にいる者達に衝撃を与えるのには十分だった。口を封じられている状態だが、仮に話せたとしても言葉を発する者はいなかっただろう。
ハウリアの一人がガハルドに近寄り、視力と聴力を回復させる薬をガハルドに投与した。これからの交渉に必要だからだ。
「ふん、魔物用の麻痺毒を散布してここまで保つとはな」
「くそがっ、最初からそれが狙いだったか……」
すると、ガハルドの頭上から光が振り注ぐ。スポットライトのように彼だけを照らしており、皇帝が負けたことを嫌でも刻み込まれることになるだろう。
「さて、ガハルド・D・ヘルシャーよ。今生かされている理由は分かるな?」
「ふん、要求があるんだろ? 言ってみろ、聞いてやる」
「ガハルド、今の立場を弁えろ。仕方ない、要求を飲まなかった者の末路というものを教えてやろう」
この状況にも関わらず横柄な態度のガハルドに対して、カムはまるで機械のような声色で忠告を発する。そして、手にしたスイッチを押した次の瞬間、腹の底に響くような大爆発の轟音が何処からか響き渡り、空気が震えた。
「な、何しやがった!?」
「城内の倉庫を爆破した。一応、死人は出ていない。ヘルシャー帝国皇帝及び、帝国関係者に告ぐ。我々、亜人族は全ての要求が飲まれるまで、帝都の施設を一つずつ!爆破していくことを宣言する!また、爆破の代わりに皇族の首が飛ぶこともあるだろう」
それは、亜人族からの警告だった。人的被害を出していない一発目の爆弾は、人命尊重の証でもある。ガハルドの態度が帝国に住まう者達の命を左右するのだ。
「なんだぁ?脅しのつもりか?」
「我々の要求は四つだ。一つ、現奴隷の解放、二つ、樹海への不可侵・不干渉の確約、三つ、亜人族の奴隷化・迫害の禁止、四つ、その法定化と法の遵守だ。さあ、どうする?多くの人命を犠牲にするか、素早く飲んで人命を救うか……」
「帝国を舐めるなよ。何百、何千と民が死に、俺達が死に絶えようとも、そう簡単に瓦解などするものか。確実に万軍を率いて樹海へ侵攻し、今度こそフェアベルゲンを滅ぼすだろう」
「まだ、飲むつもりはないと……減点だな」
カムは更に別のスイッチを押す。再び何処かで爆発が巻き起こり、大気を揺らした。
「おい、何処を爆破した?」
「なに、奴隷の監視用兵舎を爆破しただけだ。中には数百人規模の兵士がいたらしいな。亜人を虐げてきた者達に相応しい最期だ」
「て、てめえ!」
「お前の決断が兵士の命を奪った。それが事実だ。では、その事実を分かりやすくしてやろう」
すると、スポットライトが別の場所にも照射される。そこに照らし出されたのは……
「離せ! 俺を誰だと思ってやがる! この薄汚い獣風情が! 皆殺しだ! お前ら全員殺してやる! 一人一人、家族の目の前で拷問して殺し尽くしてやるぞ! 女はぶっ壊れるまでぇぐぇーー」
皇太子バイアスだった。
「見るに堪えないな、次期皇帝」
次の瞬間、軽蔑するような目をしたアリアによってバイアスは首を飛ばされる。下劣なる皇太子は報いを受けたのだ。
「見ろ、目の前でお前の息子は死んだぞ」
「ふん、あいつが弱かっただけだ」
「息子が死んでもその態度か。まぁ、元より、貴様に子への愛情などないのだろうな。何せ、皇帝の座すら実力で決め、その為なら身内同士の殺し合いを推奨するくらいだ」
ガハルドには大勢の側室がいる。バイアスは正室ではなく側室の子なのだが、決闘で勝つことによって皇太子の座を手に入れた。
「なるほどな……なら、次は軍の治癒院でも爆破しよう。怪我を負った兵士だけでなく、非戦闘員の医療関係者も死ぬだろう」
「兵士以外にも手を出すのは反則だろうが!」
「貴様らは亜人というだけで迫害してきただろうに。まあ、そこまで言うのなら代わりに皇族の首を飛ばすとしよう」
すると、スポットライトによって照らされた場所に小柄な人影が現れる。見ると幼い少年であり、ガハルドの孫に当たる人物だった。
「まっ、待て!幼い子供までダシに使うのか!」
「我らの子供も幼い頃から拐われて奴隷にされた。皇族の人間に同じことをしてやっただけのことだ」
「くっ……」
「さあ、どうする?治癒院の人間を大勢殺すか、孫だけを犠牲にするのか、要求を受け入れるのか……」
ガハルドは決断を迫られる。治癒院の人間を見捨てるのか、戦う力すらない孫を犠牲にするのかと。おそらく、どちらを選んでも最終的には民間人にも被害が出ることになるだろう。
民を守る責任を持つ者として、ガハルドは第三の選択肢を選ぶことにした。それは彼にとって苦渋の決断だった。
「かぁーー、ちくしょうが! わーたよっ! 俺の負けだ! 要求を呑む! だから、これ以上、人を殺すのは止めろ!」
やがて、ガハルドは要求を飲むことを宣言する。亜人族は皇帝である自分を倒して帝城を落とすことで力を示したのだから、帝国のルールである実力主義に則るという建前だ。それには彼の部下達も従うしかなかった。
さらに、亜人族の奴隷化と迫害を禁止することに反対する者は帝城にいる自分を打ち負かすようにと叫んでおり、実力至上主義を貫き通す構えらしい。
「ガハルド、くれぐれも約束を違えないことだ。我らの要求が満たされない限り、あらゆる手段をもって貴様らに危害を加える。最新鋭の武器が牙を剥くことになるだろう」
「わかっている……」
この日、ヘルシャー帝国皇帝ガハルド・D・ヘルシャーは亜人族の要求を受け入れた。しかし、亜人族の戦いは終わらないだろう。亜人族を奴隷化しようとする者が現れる可能性もあるのだから。
次の瞬間、通信機から響いてきたのはカム達の盛大な雄叫びだった。
翌日の昼過ぎ、帝都中の亜人奴隷が広場に集められていた。そんな異常事態に集まってきた市民達は何事かと様子を見守っていたのだが、やがて帝国からの発表が始まる。
先日、亜人族から突き付けられた要求の一つは翌日までに帝都内全ての亜人奴隷を解放することである。帝国関係者は夜通しで亜人奴隷の没収を行うことになり、過労で倒れたとか。
亜人族の奴隷化と迫害、樹海への手出しを法律で禁止されることが発表され、淡々と告げられた内容に帝都民は揃いに揃って唖然としてしまう。やはり、当たり前のように使っていた便利な道具が無くなるなど、想像もできなかったのだろう。
当然ながら文句を叫ぶ輩も現れ、一時は暴動に発展する手前までエスカレートし、亜人奴隷を守るために配置されていた帝国兵の隊列に緊張が走った。しかし、最後の発表が彼らを沈静化させる。
「亜人に対する全ての対応は、“エヒト様”からの“神託”である!」
さらに、上空から〈セラフィム〉を纏った香織が光の翼を広げて舞い降り、翼を最大限に輝かせて注目を集める。同時に光輝も掲げた聖剣を輝かせており、帝都民の目を釘付けにする。これにより、発表は信憑性を高めた。
これはハジメ達の策だ。奴隷の解放など暴動が起きかねない事態なので、神の名を使うことによって市民達に受け入れさせることにしたのだ。いつものパターンである。
芸術品のような美しさの天使を見たことで、帝都民の反発は抑え込まれ、補償もあることから市民は上機嫌で引き下がり、所有者も渋々といったところだ。彼らの目の前で奴隷の枷が外された。
何が起こっているのか理解できず、亜人達は呆然とするだけだ。全員の枷が外されると、光輝が勇者としてのカリスマを発揮して彼らを帝都外へと誘導する。そこには当然ながらハジメ達やガハルドもいた。彼がいるのは、フェアベルゲンの長老衆に対して要求の受諾を宣言するためだ。
先日の戦いでガハルドは少なくない傷を負っており、麻痺毒も受けていた。生き残った帝国貴族達に至っては重傷なのだが、香織の“聖典”により完全に治癒している。パーティー会場も再生魔法によって元通りだ。
また、それなりに死者も出していたのだが、事前の調査で今後の利用価値があると判断された者や、汚職のない者は魂魄魔法で魂の消滅を免れて息を吹き返している。なお、皇太子は普通に見捨てられた。
ちなみに、王都滞在中にハジメパーティは全員が魂魄魔法を神山にて習得しており、今回は適性の高いユエと香織、幸利が頑張ってくれた。
そして、帝都の外に出るのだが当の亜人達は未だに呆然としている。シアが身体強化によって増幅させた声で「自由ですよぉー! お家に帰りますよぉー!」と叫ぶと、ようやく解放されたことを理解したのか大歓声が上がる。
肩を抱き合い、抱きしめ合い、涙を流しながら喜びを露にする数千人の亜人達。彼らは奴隷から解放され、故郷への帰路につく権利を得たのだ。
奴隷ということもあって心身共に酷い傷を負った者も多い。再生魔法と魂魄魔法で大抵治っているのだが、精神的な面は完治させることが難しい。ふとした瞬間にトラウマがフラッシュバックすることもあるので、そこは家族や友人によるケアが必要だろう。
また、帝都以外にも大勢の亜人奴隷が存在している。彼らの解放も随時実施されるのだが、何万にも及ぶ膨大な人数から治療まではハジメ達も請け負えない。その代わり、鳥人族の技術や竜人族の提供する秘薬で彼らは癒され、樹海で精神的ケアを受けるだろう。
帝都外の亜人奴隷の解放に当たり、命令を拒んだ領主に対するチョウゾギア部隊やハウリア族による強襲が実施されるのだが、それはまた別の話だ。
やがて、前方に迎えのチョウゾギア部隊が姿を現す。信仰対象である鳥人族の姿を模した存在にして、この世から消えたはずの装備の登場に更なる歓声が上がり、ガハルドは帝国軍の樹海遠征が失敗した原因を知ることになった。
解放された亜人族は彼らに護衛された馬車の車列で移動し、その先に設置されている転移用アーティファクト〈ゲートホール〉によって生まれ育った故郷へと帰還する。生き別れた大切な人達と再会できるなんて、奇跡と呼ぶに相応しいだろう。
斯くして、解放作戦は成功したのだ。