フェアベルゲン滞在中
フェアベルゲンの広場には臨時で転移アーティファクト〈ゲートホール〉が設置されていた。広場の周囲には住民達が集まり、大切な人達が帰ってくるのを今か今かと待ち構えている。
やがて、ゲートホールのリングに光の膜が張られる。皆が固唾を飲んで見守る中、転移ゲートの向こう側から一人、こちらに飛び込んできた。
それは、垂れた犬耳の少年だ。帝都にて瓦礫の撤去に動員され、光輝も気にかけていた例の少年である。その直後、少年に続いて亜人族達がなだれ込んできた。
皆、最初は信じられないといった表情で周囲を見渡していた。二度と見ることの叶わないと思っていた生まれ故郷たるフェアベルゲンの景色や同胞達の姿を見て、ようやく帰還できたことを実感することができた。
やがて、出迎えの住人達の中から一人の女性がフラフラとした足取りで前に進み出る。中年くらいで垂れた犬耳の女性は、生き別れたはずの息子の姿を捉え、目の端に涙を溜めながらその名を呼んだ。
「……ザック。ザックかい?」
それに反応したのは、最初にフェアベルゲンの地を踏んだ、垂れた犬耳の少年だ。彼は母親の姿を認識すると、涙を流して駆け出した。
「母さん!」
「ザック!」
母親は自ら胸に飛び込んできた息子をしっかりと捕まえ、抱きしめたまま離さない。互いの体温を感じ、これが幻影でないことを確かめると、二人揃って歓喜の涙を滝のように流した。
それを皮切りに亜人族達は互いに走り寄る。家族や友人、恋人といった知人を見つける度に無事を喜び合っていた。中には遺骨で帰るしかなかった者もいたが、遺族達も喜びを見せていた。
「おいおい、空間転移するためのアーティファクトまであるのかよ……ハジメ・ナグモ、やっぱり奴らを手引きしてるじゃねえか……」
最後に転移ゲートから姿を現したのはハジメ達やガハルドである。生まれて初めてフェアベルゲンに足を踏み入れた彼は、転移ゲートの存在に驚くと共に、何となくハウリア達が帝城に侵入できた理由を察した。
「何の話だか、さっぱりだな」
「しらを切りやがって……」
なお、ハジメは侵入を手引きするに当たって小型の転移ゲートを発生させるアーティファクトをハウリア達に持たせ、転移ポイントを指定するアーティファクトを城内に設置して回っていた。亜人でも使用できたのは外付けのタンクに魔力を蓄え、スイッチ一つで起動できる仕掛けがあったからだ。
そのまま、手枷を付けられた状態でガハルドはチョウゾギア部隊により長老衆の元へと連行されていく。これから向かった先で宣誓をした上で送り返されるのだが、そこにハジメが関わることはない。
「ハジメくん、良かったね。亜人族の人達を故郷に帰すことができて……」
「そうだな、香織。俺達もいつか、故郷に帰りたいものだ……」
ガハルドを送り出した後、ハジメは香織やユエ、シアを伴い、亜人族達が次々と再会して喜び合っている光景を遠目に眺めている。彼らは目の前の亜人達と同じように故郷への帰還を望んでいた。
「ん、私もお父様やお母様の家族に会いに行きたい」
「私もハジメさんの故郷に行ってみたいですぅ」
「そのためにも、大迷宮の攻略が必要だ。次は樹海の大迷宮に挑戦しなくてはな……」
樹海の大迷宮の攻略を見据え、ハジメ達は危険地帯に足を踏み入れる覚悟を固める。何度も危険は潜り抜けてきた自負はあるが、大迷宮は別格なのだ。
残る大迷宮は二つだ。残り二つの神代魔法を獲得するまで、彼らの大迷宮攻略は終わらない。
フェアベルゲンへと戻ってきたハジメ達だったが、すぐに大迷宮の攻略へと向かうことはできない。現在、大樹までの道を覆う霧の濃度が高い周期に入っているためだ。数日は樹海に滞在することを余儀なくされた。
それは、ある日の昼頃だった。ハジメは鍛錬のためにフェアベルゲンの森の奥へと身を置いていた。時刻は正午を過ぎようとしており、鍛錬を切り上げるところだ。
ハジメの周囲には、焼き焦げたり半ばから切断されたりした木製のターゲットや、木々からロープで吊るされた鈍重な鉄球が存在している。その他、トラップもあった。
この訓練は生身であり、スピアとブラスター、格闘をメインとしている。仮にスーツが弱体化したり失われるようなことがあったとしても、決して諦めない心の顕れだ。
ちなみに、吊り下げられた鉄球は重力魔法によって見た目以上に重くなっており、それを振り子のようにハジメの周囲で動かし、何らかの手段で掻い潜るものとなっている。直撃を受ければ、ハジメであっても危険である。
ハジメは訓練のターゲットを片付けていたのだが、そこに接近する一つの気配を感知した。
「誰だ?」
咄嗟にブラスターをその方向へと向け、誰何する。草むらがガサガサと揺れ、慌てたように誰かが飛び出てきた。
「ま、待って!私だよ!」
「園部さんか」
それはクラスメイトの園部優花だった。
「ごめん、南雲。お昼だから呼んでくるように白崎さんから頼まれたんだ」
「そうか、武器を向けて悪かった」
「それにしても、南雲はこんな所でトレーニングしていたんだね」
優花は周囲を見渡しながらハジメの方へと歩いてくる。しかし、この場には様々な危険物が設置されていることは知らなかった。
「そこは危険だ!」
「え?」
直後、優花の足が何かを踏み抜く。すると、木々の向こう側からロープに繋がれた鉄球が飛び出てきて、豪速球で彼女へと迫った。
「うわっ!?」
「園部さん!」
ハジメの反応は早かった。すぐに駆け出すと優花に迫る鉄球を蹴り飛ばし、すかさず彼女を安全地帯に押し込みつつ、覆いかぶさって庇う。彼女が目を開くと、そこには間近に迫るハジメがいた。
「園部さん、大丈夫か?」
「だ、大丈夫……ありがと、南雲。でも、少し近いというか……恥ずかしい」
優花は顔を赤くして、ハジメから目を背けた。ハジメは自分のしてしまったことを理解し、「悪い」と言いながら彼女の上から退こうとした。しかし……
「待って、南雲!」
いきなり腕を引っ張られ、流石のハジメでも反応できずにうつ伏せに倒れ込んでしまう。そして、ハジメの唇に柔らかく温かい感触があった。
「っ!?」
「んっ……」
事故とはいえ、ハジメは優花とキスをしてしまっていた。慌てて唇を離すのだが、優花はハジメにしがみついてきた。
「園部さん?」
「ねえ、南雲。私が南雲のことを好きだと言ったらどう思う?」
「……別に嫌ではない。君のことは仲間と同じくらいに信頼しているからな」
「そう……実際のところ、私は南雲のことは好きだよ。強くて頼りがいがあって、カッコいいと思ってる……」
優花はここで、ハジメに対する想いを本人に対して言うことができた。
「ありがとう。しかし、俺には……」
「白崎さんとシアさんのことでしょ?実は、白崎さんから南雲のことを一緒に支えないかと誘われていて……」
「なるほど、既に外堀は埋められていると……」
「南雲のこと、私にも支えさせてほしい。助けてもらったのもあるけど、これで南雲の心が癒やされるなら……」
優花は王都を発ってから、これまで気持ちの整理をしてきた。ハジメに対する尊敬と好意、ハジメの抱えている辛い過去、そんな彼を支えられるのかという不安。それでも尚、彼女はハジメの側にいることを決断した。
「これから、よろしく頼む」
「ありがとう、私を受け入れてくれて。二人やユエちゃんみたいに強くはないけど、私なりに頑張るから……」
ハジメが立ち上がり、優花の手を引いて起き上がらせてやる。二人は手を繋ぐと、フェアベルゲンへと歩みを進めた。
「ねえ、南雲……やっぱり下の名前で呼んだ方がいいかな?」
「好きにすればいい。俺もそれに合わせる」
「……ハジメ、さん……いや、呼び捨ての方が性に合うかも…………ハジメ」
「新鮮な呼び方だな……優花」
そんなやり取りをする二人は、カップルになったばかりの初々しい男女そのものだった。
「これはこれは……無事に進展したようですね」
しかし、そんな二人を草むらに隠れて見張っている存在がいた。ウサミミだけが見事に飛び出ているのだが、巧みな気配操作によりハジメに露見することはなかった。
「……と、いう風にユウカさんは事故を利用してハジメさんの唇を奪ったんですよ。あれは私にも真似できないですぅ」
「優花ちゃんは思っていたよりもやり手だったね……」
「その……キスすることになったのは本当に想定外で……」
優花は今回の出来事を香織やシアに報告したのだが、全てをシアによって見られていたため、色々と揉みくちゃにされる結果となった。
「それでも、事故を利用するという気概には感心しちゃったな。優花ちゃんのこと、見習わないとね」
「私も負けてられないですぅ」
「は、恥ずかしい……」
二人から口々に称賛され、顔を真っ赤にした優花は身悶える。その後、ハジメの目の前でわざと香織やシアが転び、シアだけが放置されるという事件が起こったとか。
フェアベルゲンの森の一角に、多くの人間が集まっている場所があった。人々に四方を囲まれた中には、対峙する二つの存在がいる。
「母上!頑張ってください!」
「無論だ。模擬戦とはいえ、手は抜かない」
一人は森人族のアリア・ハイピストだ。チョウゾギアを身に纏い、シールドとスピアを装備している。そして、模擬戦の相手は……
「ハジメ!気をつけてね!」
「ハジメさん!ファイトです!」
「ハジメくんの力、見せてあげて!」
自らを愛してくれる彼女達の声援に対して、ハジメは無言で頷くとパワードスーツ姿で戦いのリングに飛び込む。彼はこれから、アリアとの模擬戦に臨むところだ。
「今一度、条件を確認しよう。俺の使用可能な攻撃は格闘と単発の通常ビームのみ。その他の能力は使用不可ということで良かったか?」
「そうだ。こちらはスピアとシールドのみで挑ませてもらう」
種族は違えど、どちらも鳥人族の遺産を受け継ぐ者達。これまで鍛え上げてきた武技を、殺し合い以外の場で示す機会がやって来た。
そして、アルフレリックが開始の合図を出す。
「これより、アリア・ハイピストとハジメ・ナグモによる模擬戦を行う。両者、準備はよろしいか?」
「「問題ない」」
「では、はじめ!」
樹海の中、二つの影が素早く動き回る。二体が接触する度に金属同士がぶつかる音が響き渡り、巻き込まれた木々が粉砕されていた。
ハジメとアリア。両者の戦闘能力とパワードスーツからもたらされる強力なパワーが組み合わさり、常人では付いていくことのできない高機動戦闘に発展している。
「ふっ!!」
ハジメが素早くビームを撃ち放つも、アリアはシールドを掲げて防御しながら突っ込んでくる。その勢いと共に突き出されたスピアがハジメの胴体に直撃しようとした。
だが、ハジメは素早いサイドステップで回避すると、近距離まで迫った相手に向けて左腕を突き出し、人体に風穴を開けてしまうような鋭い貫手を放つ。
「やるな、ハジメ殿」
「そちらこそ」
咄嗟に割り込んだシールドが、ハジメの貫手からアリアを守る。すかさず繰り出されたシールドバッシュにより、ハジメは強制的に距離を取らされることになった。
「ねえ、シズシズ。あの二人の戦いが素早過ぎて付いていけないよ」
「かなり高度なやり取りが行われているようだわ。それも高速で……」
「ん、それは当然のこと。お父様の戦いは時折、音速にすら達する」
「「え、ええ……」」
鈴と雫はドン引きするが、ビームやミサイルが飛び交い、即死レベルの罠が仕掛けられた危険地帯を踏破するには必須な速度だ。
「あれが、南雲の戦闘技術……」
「ありゃ凄いぜ。何年も鍛え続けた結果かもしれないな」
光輝や龍太郎は目の前で繰り広げられる戦いを見て、武道を修めている者の目線で感心している。ここまでハジメの戦いをじっくりと見たのは初めてだった。
二人の戦いの早さに辛うじて反応できているのは光輝や龍太郎、雫といった勇者一行の中でも上澄みの面々だ。比較的、一般人に近い優花だったり、観衆の亜人族の多くは目を回している。
なお、二人が激突する度に樹海が破壊されていっており、アルフレリックは頭を抱えていた。一応、再生魔法があるので修復は可能だが、破壊される様子は心臓に悪いだろう。
スポットライトは現在進行形で激突している二人に向けられている。二人は互角の近接戦闘を繰り広げていたが、しばらくして足を止めるに至る。
「ハジメ・ナグモ、お前は強い。数々の迷宮を攻略し、鳥人族の後継者として認められただけはあるな」
「あんた程の優秀な戦士にそのような評価を頂けて光栄だ」
「次の激突で勝負をつけよう。ハジメ・ナグモ」
「あぁ、そうだな……」
周囲が固唾を飲んで見守る中、不意に樹海に風が吹く。木々が揺れ、一枚の葉っぱがフワフワと地面に落ちていく。その葉っぱが地面に触れたのが合図となった。
「はぁっ!」
アリアは地面を踏みしめると、構えていたスピアを素早く前方に突き出す。まるで閃光のような一撃であり、それに対応できる存在は殆どいないだろう。
ガキンッ!
だが、人並み外れた動体視力を備えたハジメには関係ない。迫る穂先を見切り、アームキャノンで横から殴り付けることで槍の軌道を逸らした。
「見事だ」
ハジメの技量を褒めつつも次の動作に移る。アリアは空中に飛び上がると、グルンと横に一回転しながら遠心力を乗せたスピアを叩きつけようとした。が、ハジメはアームキャノンを振るって真っ向から攻撃を迎え撃った。
ガギィィンッ!
アームキャノンの一撃で槍が弾き飛ばされ、アリアの手から離れて回転しながら宙を舞う。
「くっ…!」
次の瞬間、ハジメは弓を最大限に引き絞るようにしてアームキャノンを後ろへと引き、そのまま突き出す。咄嗟にシールドが割り込んできたが、それごとアリアを強烈に吹っ飛ばした。
そのまま、彼女は数本の木々をバキバキと薙ぎ倒した末に運動エネルギーを失い、完全に停止する。倒木を背もたれに地面に座り込み、両手を挙げて降参の意を示していた。
「ハジメ・ナグモ、良い戦いだった。感謝する」
「こちらこそ、良い経験となった」
ハジメの差し出した手を掴み、アリアは立ち上がる。二人は固く握手を交わし、友情のようなものが生まれていた。しかし……
「オッホン……勝負はついたようだが、周囲を見て気付くことはないかね?」
アルフレリックに言われて二人が周囲を見ると、酷い状況になっていた。木々はへし折られ、地面は陥没し、ひび割れ、抉られているのだ。
「これはやってしまったな……香織、修復を頼めるか?」
「うん、任せて」
香織は〈セラフィム〉を装着するとウイングを広げて樹海の上空へと舞い上がる。そして、再生魔法を行使した。
「“絶象”」
上空から光が降り注ぎ、傷ついた樹海の木々や地面が一瞬で元通りになっていく。奇跡のような出来事に亜人族は皆、ポカンと口を開けて間抜け面を晒してしまった。
「ハジメ殿、これは神代魔法ですかな?」
「そうだ。再生魔法という」
「“再生”ですか。それなら大樹も……」
「あぁ。これで迷宮の攻略に赴ける」
ハジメは大樹のある方面を見る。今はまだ濃い霧に覆われているものの、攻略の時は刻一刻と迫っていた。
回収したいと思っていた内容をやっと回収できました