サソリモドキを倒した後、ハジメ達は封印部屋を立ち去り、壁に穴を開けて作った小部屋の中で情報交換することにした。ハジメはヘルメットのみを解除すると、壁に背中を預けて座り、足を投げ出した状態になる。そして、ユエはその隣に座っていた。
「お父様、ちょっと眠い……」
座り込んでいたユエはそのまま眠ってしまう。ハジメとしては今すぐにでも情報を得たいと考えていたが、これでは無理そうだ。ハジメは彼女が起きるのを待つことにし、その間に今までのこと……特に封印部屋における出来事や情報について整理していたのだが、ハジメはとある考えを持つに至った。
(本当にユエのおじは裏切ったのだろうか?)
ユエの話では、おじ様によって裏切られ、“自動再生”の固有魔法によって殺せない危険な存在として奈落の底に封印されたということになっていた。
だが、“自動再生”が効果を発揮するのは魔力が残っている間だけである。捕らえた後、魔力を枯渇させてから殺せば、わざわざ封印などする必要はない。本当に裏切ったのであれば、殺す方を選んでいたはずだ。さらに、封印部屋には衣服が残されていたが、永遠に封印してしまうのであれば、そんなものを残しておく必要はない。そのサイズがユエにピッタリだった以上、ユエのために残したということになる。
少なくとも、彼が封印に留めたということは、ユエの命を奪うつもりはなかったといえる。また、衣服を封印部屋に残していることから、彼女が誰かに助けられ、再び外に出ることを想定していたのだろう。
(殺さなかった理由として考えられるのは……ユエの隠蔽?)
ユエという存在を狙いそうな存在なら、この世界に既にいる。それはエヒトだ。勇者という強力な存在を召喚したように、ユエを利用してもおかしくない。自動再生、魔力の直接操作、全属性適性を持つユエは、魅力的に見えたはずだ。
ユエを守るために裏切りを装って奈落の底に封印した。そんな可能性がハジメの頭の中に浮上する。だが、この可能性についてユエに話すべきではないだろう。何故なら、どんな理由があろうとも、ユエが苦痛を味わった事実は変わらないからだ。関係の悪化を防ぐためにも、なおさら言うべきではない。
数十分後、目を覚ましたユエとハジメは情報交換を始めた。
ユエが話したのはこの大迷宮に関することだったが、その内容はハジメが王国で調べた内容と殆ど違いがないものだった。ユエはそれに加え、自身の能力について全て教えてくれた。一方、ハジメが話した内容は今に至るまでの出来事だった。
特にユエが反応していたことは、鳥人族に関係する内容だ。別の世界に存在する種族である鳥人族の文化や思想、彼らとの生活といった情報は、彼女にとっては新鮮なものだっただろう。
「お父様は、十年間で様々な人々と出会ってきたんだね」
ハジメを戦士として鍛え上げたレイヴンビークに、銀河の守り手としての教育を施してくれたグレイヴォイス、ゼーベスで共に学んだサムスなど、ハジメは多くの人々と出会ってきた。
「鳥人族は皆が家族であり、大切な人達だ。戦士でもエンジニアでも、文官であってもそれは変わらない。共に歩む仲間達だった」
「だった……?」
過去形で話すハジメに、疑問の表情を浮かべるユエ。まるで、今は異なるかのような言いぶりでなのだから。
「ゼーベスがスペースパイレーツの襲撃を受けた際、大勢の鳥人族が虐殺されたんだ」
「でも、ゼーベスは難攻不落の要塞って……」
「そうだ。だが、裏切り者によって守りは無力化され、奴らの侵入を許してしまった」
裏切り者の名はマザーブレイン。グレイヴォイスは彼女の軍門に下ったと見せかけて接近し、彼女を破壊するという作戦を決行した。
彼は元戦士だが、すでに引退した老体であるため、心理プロテクトを施している。マザーを破壊すればそれ相応の苦痛が彼に襲いかかるため、命を賭けた作戦であった。
その末、グレイヴォイスはスペースパイレーツの司令官であるリドリーと交戦し、生存者を乗せた宇宙船を逃がすためにその命を散らした。
「グレイの作戦は失敗して戦死したが、決して無意味ではなかった。僅かな生存者を逃がすことができたからな。その中には俺やサムス姉さんもいる。グレイのおかげで、俺は生きている」
グレイヴォイスはハジメとサムスに今後を託したのだ。いつかマザーブレインとスペースパイレーツを打ち倒す時が来るのだと信じて。
「俺は二度も命を救われた。最初はレイヴンの親父に、二度目はグレイの親父に……二人のおかげで、俺はここにいる」
誘拐されたハジメを救出し、生き残る術を叩き込んでくれたレイヴンビーク。壊滅したゼーベスから命を賭けて逃がしてくれたグレイヴォイス。二人の偉大な父親により、次世代の戦士が送り出されたのだ。
「そして、そのハジメお父様によって私は救われた。私にとってお父様は偉大。二人のお祖父様にも負けていないも思う」
「いや、俺は二人のようにはなれない。誰かを守り、教え導くなど、俺のような未熟者の雛鳥には……」
「でも、お父様は私を助けてくれた。名前もくれた。私が勇気を出せたのも、お父様がその背中で導いてくれたから……」
「導いたつもりはないのだが……」
ハジメにそのつもりがなくとも、例え不利でも懸命に敵へと立ち向かうハジメの背中を見て、ユエは確かに導かれたのだ。
「お父様、もう一つだけ詳しく聞きたいことがある……」
「何だ?」
「話にあったカオリという女性とお父様の関係について知りたい」
鳥人族の次にユエが興味を持ったのは、香織だった。地球でのことについて話す以上、香織のことを語らないわけにはいかなかったのだが、省略している部分も多かった。
「話を聞く限り、お父様はカオリのことが好きで、カオリもお父様のことが好きということは分かる。でも、お父様とカオリは恋人ではないようだった……どうして?」
「なるほど……分かった、全て話そう」
ハジメは語り始めた。自身が香織のことをどのように認識し、どのような思いを抱いているのか。
「すでに話しているが、俺と彼女の出会いは彼女を助けたことに始まる。その時、俺は彼女に惚れた。彼女の美しさもあるが、彼女に惹かれた理由の一つには、俺と正反対な存在であるということがある」
ハジメは地球に戻るまでの間、問題の解決や人助けの手段として暴力を使ってきた。悪事のために暴力を使ったわけではないが、いくら正当な目的のためであっても、暴力には変わらない。
さらに、自分自身が武闘派であるマオキン族の影響が強く、その遺伝子の割合が多かったこともあり、ハジメは自身の本質は暴力であると考えていた。
「彼女を見たとき、俺には分かった。彼女の本質は暴力とは正反対の慈愛であることを。俺は彼女の美しさだけでなく、優しい雰囲気に惹かれた」
今まで、スペースパイレーツや原生生物といった存在から殺意を向けられていたハジメは、殺意だけでなく正反対の慈愛の存在にも敏感だった。
「俺は思った。本質が暴力の俺と本質が慈愛の彼女という両者は惹かれあってはならないのだと。だからこそ、俺は彼女に深入りしないようにした」
「でも、深く関わってしまった?」
「あぁ。彼女は予想以上にグイグイと距離を詰めてきた。周囲の目もあり、俺は優しい彼女に冷たい態度をとれなかった。そして、関係の着地点を探した結果、友達以上だが恋人未満という中途半端な関係になってしまった」
ハジメが思っている以上に、香織はハジメに執着している。距離の詰めかたも半端ないものだった。愛の暴走特急と呼んでもいいだろう。
「俺は、彼女に暴力とは無関係でいてほしかった。だが、そこで異世界召喚というイレギュラーが発生した」
異世界に召喚されたハジメ達は戦争への参加を要求された。勝手に参加を決めようとする光輝達にハジメが割って入ったのは、香織が戦争に参加することになるのを阻止するためでもあった。最終的に志願制となったため、ハジメの目的は達成できていた。
「今頃、白崎さんは訓練には参加せずに医療院に所属しているか、もしくは先生に同行して各地を巡っている……と信じたい」
なお、現実は非情である。実際のところ、香織はハジメへの想いを胸に迷宮攻略組の一員としてオルクス大迷宮に潜っている。
「俺のことは死んだとでも思っているだろう。彼女はパワードスーツのことは知らないし、あんな所から生身で落ちて、無事な人間など普通はいないからな」
ハジメは見くびっていた。白崎香織という人間のハジメ自身に対する執着を。後に、ハジメは彼女が戦争参加を決めたと知ることになるのだが、その時ハジメは冷静でいられるのだろうか?
「ん……お父様は優しい。暴力を使ったとしても、その行動はきっと優しさから来るものだと思う」
「俺が……優しい?」
「そう。お父様が私を助けたのは、きっと、心に優しさが秘められていたから。それに、カオリを大切に思っている。慈愛と暴力……それは相反するものだけど、同時に存在することもある。その例がお父様」
ユエはハジメを肯定する。王族として教育を受けていることもあり、その一言一言に教養を感じ取れる。
「ありがとう、ユエ」
その後も二人はしばらく話し、二人の情報交換が終わるのだが、ユエはこんなことを言った。
「そういえば、お父様は元の世界に帰るの?」
「あぁ、そうだな。可能ならば、白崎さんやクラスメイト達も元の世界に帰したい。それに、スペースパイレーツを打ち倒さなければならない」
「そう……」
それを聞いた瞬間、ユエは俯いてしまった。ユエは、再び自分が孤独になることを不安に思っているのだろう。ハジメはそんな姿のユエを見ると、その頭を撫でながら言った。
「安心しろ。ユエを置いて行ったりはしない。地球では戸籍の問題もあるが、銀河連邦もある。住める場所は沢山あるからな。それに、レイヴンの親父だってユエを受け入れてくれるはずだ」
「え……いいの? ありがとう、お父様!」
こうして、二人は共に歩むことになった。
「そういえば、ユエは食事はどうするんだ? 俺にはスーツがあるから問題はないが……」
ハジメの食料問題は、腹は満たされないもののパワードスーツの機能によって解決している。だが、スーツのないユエだけはそうはいかない。かといって、毒である魔物の血肉を食べさせるなんて以ての外だ。
「大丈夫。私は吸血鬼だから血を吸っておけば生きていられる」
そして、ユエはハジメを指差して言う。
「私、お父様の血が飲みたい」
「俺の血か……構わない」
ハジメはパワードスーツを完全に解除し、吸いやすいように姿勢を低くした上、その首筋を見せる。ユエはハジメに密着すると、首筋に牙を突き立てた。
その際、ハジメはチクリと痛みを感じる。そして、首筋を通して体内から力が抜けていくような感覚を覚えた。普通、血を吸われるという行為に恐怖・嫌悪しそうなものだが、ハジメは特に動じない。
やがて、ユエは首筋から口を離すと、熱に浮かされたような表情でペロリと唇を舐め、血を余すことなく摂取する。幼い容姿である彼女だが、その仕草からは妖艶さが感じられた。なお、ハジメにはロリに対して欲情する趣味はないし、手を出すことはない。
「ごちそうさま。おいしかった……」
「それならよかった。では、これで準備は完了ということでいいか?」
「ん、問題ない」
立ち上がったハジメの体が光に包まれ、パワードスーツの姿に変わる。すでに自動修復は終えており、新品同然だ。その隣には黒いドレスに身を包んだユエの姿がある。錬成で出口を作ると、二人は戦いの場に出撃した。