里を出発したティオは、部分竜化で展開した黒き竜翼で空を飛び、海上を進んで大陸を目指していた。彼女が竜化して飛ばないのは、目立たないようにするためだ。だが、彼女の祖父が危惧した通りに神の使徒による妨害があった。
空中のティオを包囲するのは数百体の下級使徒であり、それを指揮する上級使徒が一体存在していた。
「アインスと申します。神の使徒として、主の盤上より不要な駒を排除します」
ティオの目の前にいるのは、アインスと名乗る上級使徒。ノイントと同じ顔と姿をしており、美しい顔だが常に無表情だ。
「まあ、よい。妾を邪魔立てするというのなら、押し通るのみじゃ……“竜穿”」
ティオがそう呟くと、彼女の体が光に包まれ、動きやすさを重視したような黒色の薄いアーマーに覆われる。和風というよりは、洋風な雰囲気だ。さらに、顔面には竜の頭部を模した仮面が形成された。
これは彼女の持つ技能、“竜穿”によって竜鱗を変化させて形成したアーマーだ。“竜穿”は人の形を保ったまま竜化形態以上の能力を発揮し、体の一部を自由自在な形に変化させる技能であり、ごく稀に竜人族の王族にのみ発現する。
部分竜化では変化させられる形は竜の体に存在するパーツに限られるが、“竜穿”では自由自在に変化させることが可能であり、非常に汎用性に優れた技能であるといえる。なお、燃費が悪いので長時間の使用はオススメできない。
「その能力……たしか、五百年前の記録に……なおさら排除する必要がでてきました。総員、攻撃開始……」
「ティオ・クラルス……推して参る!!」
下級使徒が一斉に銀翼から分解効果のある銀羽の魔弾を射出する。銀羽にはホーミング性能があり、まるで生きているかのようにティオへと殺到した。
「これを避けられるはずがありません。あなたはここで終わりです…………何っ!?」
無表情だったアインスの顔が歪む。彼女が見たのは、銀羽の群れを翻弄する黒い人型の姿。漆黒の魔力の尾を引き、不規則でジグザグな軌道で全てを振り切ってしまった。
「一度に多く撃てばよいというものではないぞ。せめて、数回に分けて撃つべきじゃ。さて、今度はこちらからいかせてもらうかの……“竜砲”」
ティオが右腕を横に向けると、右腕に竜の頭を模したアームキャノンのようなパーツが形成される。これは“竜砲”といい、腕部のアーマーが変形したものだ。
「竜のブレスを食らうのじゃ!」
ティオは竜砲を下級使徒の集団に向けると、砲口から極太のブレスを発射する。複数の下級使徒が防御もできずに飲み込まれ、その付近にいた者はその熱量で火の玉に変わっていく。右腕をさらに動かし、生き残りの下級使徒を容赦なく凪ぎ払っていった。
「ふむ、汚い花火じゃ……」
空中に僅かに残る火の玉を見て、ティオはどこぞの王子のようなセリフを吐く。そんな彼女の背後からアインスが双大剣で斬りかかるが、直撃の寸前で彼女の姿が掻き消えた。
「消え……が、がはっ?!」
次の瞬間、大剣を握ったアインスの両手が切り飛ばされ、宙を舞う。そして、ほぼ同じタイミングで胸から黒色の鋭い槍のような物体が突き出てきた。
「な、何故……?」
「お主が遅すぎた、それだけのことよ」
ティオは槍に変形した右腕をアインスの背中から引き抜く。左に持っていた竜帝と同様、槍にもベッタリと血が付着している。双方についた血を振り払った後、竜帝を鞘に戻し、右腕の変形を解除する。
「さて、行くとするかの」
ティオは燃費の悪い“竜穿”を解除し、再び竜翼を羽ばたかせて大陸への針路を取る。その場に残されたのは、先ほどまで使徒であった大量の残骸達だった。
魔人族の国、ガーランド王国は魔人族至上主義を唱える魔王の指導の元、人間族に対する侵略を行っていた。だが、全ての魔人族がそれに賛成しているわけではない。
魔人族の中には穏健派も存在しており、平和や他種族との共存を望む者が数千年前からいた。無論、思想教育や密告による排除を受けているが、それでも残った者は魔人族至上主義を崩さない王国に愛想を尽かし、反魔王派として南大陸の辺境に隠れ里を作って暮らしていた。
その中にはチョウゾテクノロジーを有する者もいたため、隠れ里には鳥人族の技術が溶け込んでいる。そして、同じ技術を有する竜人族と交流を持つのは当然の帰結だった。
そんなある日、全ての隠れ里を統括している本部的な里に、数百年ぶりの来訪者があった。それは、竜人族の姫であるティオ・クラルスであった。
「姫殿下、お久しゅうございます。このような辺境まで足を運んでいただき、感謝しております」
隠れ里のとある建物にて、ティオはとある老人と対面していた。その老人は長い白髪を後ろで束ねた魔人族であり、やつれ気味で体も細かったが、その声には覇気があった。
「お久しぶりじゃ、カマル殿。本来であれば数週間ほど早く到着する予定だったのじゃが、思わぬ足止めを受けてしまい、ここまで遅れた次第。申し訳ありませぬ」
老人の名はカマル・ダストール。全ての隠れ里を統括する長老であり、とある理由から最近になって引退したものの、隠れ里の運営には今だに関わっている。
「足止め……まさか、神の使徒か?」
「神の使徒による妨害は確かにあったのじゃが、それよりも厄介だったのは、人間族の町の変化じゃ。百年の間の変化に興味を持った妾は……目的を忘れて物見遊山を始めてしまったのじゃ……」
その話を聞いたとたん、カマルは笑いだした。笑ったとはいっても、別に嘲笑うとかそういう系統ではなく、暖かさを感じられる。例えるなら、孫の話を聞いて微笑む老人のようなイメージだ。
ちなみに、ティオが最初から隠れ里に向かわなかったのは、人間族が支配する北大陸の対空警戒が薄いからである。魔物を嫌う人間族は魔人族と違って航空戦力を持っておらず、北大陸なら空から気付かれずに潜入できるのだ。
「百年経っても姫殿下は変わっておりませんな。百年ぶりに来ていただいて本当に良かった。もう、私は先が長くない身なのです。次に会う時は墓の中でしょうな」
「カマル殿……やはり、魂の方に限界が?」
「はい。魔剣イグニスによって常に延命されておりましたが、魂はすり減る一方です。そして、魔剣は次の所有者の手に渡っていますので、今は延命もされておりませぬ」
隠れ里において受け継がれているアーティファクトの剣が存在した。その名は魔剣イグニス。魔力を断つ能力、魔力刃の展開能力、手元への召喚能力、使用者の肉体を含めた復元能力といった様々な能力を備えており、所有者の魔力を吸い上げることで能力を発揮する。
魔剣イグニスは所有者を選定する能力も備えており、カマルは数百年前に所有者として選ばれていた。そして、選ばれた者は“復元能力”によって魂の限界まで延命することすら可能となるのだ。
「うむ、魂までは竜人族でも治すことはできぬ。カマル殿、あなたは長きに渡る守護者としての役目を果たされた。ゆっくりとお休みくだされ」
「すまんの……」
やがて、二人は本題に入る。
「妾がここに来たのは、鳥人族の後継者の出現について情報共有をするためじゃ」
ティオはそう言いながら書簡をカマルに渡す。カマルは書簡を開くと中身に目を通した。
「なるほど、後継者の予言……実を言うと、我々の方でも出現が予言されております。やはり、竜人族の方でも予言しておりましたか」
「我々としては、彼の者との接触を目指しているところ。最終的には新たな解放者の結成を目指しているわけじゃが、その際には“反魔王派”の力をお借りしたい」
「分かりました。その際は我々も力添えをいたしましょう」
反魔王派と竜人族の間で情報共有がなされ、両者は鳥人族の後継者に協力し、新たな解放者を組織するという点で一致した。これは、後に魔人族という種族を未来に残すための第一歩であったと記録されることになる。
「そういえば、姫殿下はこの先どのようになさるおつもりか?」
「魔人族領を偵察した後、人間族が召喚したという勇者を観察しつつ、鳥人族の後継者を探すつもりじゃ」
「姫殿下。出発する前に会ってほしい者がいるのだが、構わぬだろうか?」
「うむ、構わぬ」
すると、部屋の中に誰かが入ってくる。現れたのは、騎士服を着用している銀髪が特徴的な魔人族の青年であり、帯剣していた。そして、その剣からは異様なオーラを感じ取ることができた。その剣こそ、魔剣イグニスである。
「はじめまして、姫殿下。私はノクサス・ダストール、魔剣イグニスの所有者として本日をもって長老を務めることになりました」
ノクサスと名乗った彼はカマルの孫である。魔剣に選ばれるのに血筋は全く関係ないのだが、どういうわけか次代の使い手に選ばれたのだ。
「そなたが魔剣イグニスの所有者か。是非、剣士の端くれとしてそなたと手合わせしたいものじゃが、今は時間がない故、またの機会に」
「姫殿下が優秀な剣士であることは伺っております。是非、その時はよろしくお願いいたします」
二人は握手を交わす。お互い、自らの種族の未来を背負う者。同じ剣士であるということもあり、互いに敬意を払って接していた。二人は後に、新たな解放者の一員として戦うことになる。
「はっ?!」
上半身を勢いよく跳ね上げ、布団に寝かされていた白髪で赤目の青年が目を覚ました。
「俺は……今まで何を……」
彼は過去の出来事を思い返す。彼はクラスごと勇者一行としてトータスに召喚されたが、とある出来事を理由に離脱を決意し、冒険者となったはずだった。この時点でお分かりだろうが、彼の正体は清水幸利である。
ある日、幸利はソロの冒険者として活動中に謎の一団による襲撃を受け、そのまま連れ去られてしまう。次に彼が目を覚ましたときには両手両足を拘束された状態で寝かされていた。そこで、彼は自分を連れ去った者の正体を知る。
幸利の目の前に現れたのは、フリードと名乗る魔人族。フリードから告げられたのは、彼を実験の被験者として連れ去ったという事実。清水は仮○ライダーのようなシチュエーションだと思っていたが、そんなことを考えていられたのはその時までだった。
幸利はフリードによる実験で、死んだ方がマシな程の苦痛を数週間に渡って味わい続けた。彼が受けたのは人間を魔物と同じ性質を持つ存在に変えるという実験であり、激痛が走る程の急激な変化をもたらすものだった。
その結果、清水の髪からは色素が抜け、目は赤くなり、肉体は魔物のように強靭なものに変わった。そして、魔物と同じく魔力の直接操作が可能となっていた。
「八重樫さん……」
幸利は意中の人の名を呟く。実験で苦痛を味わっている間、彼が正気を保っていられたのは彼女への思いがあったからだ。また会って話したいという、純粋な気持ちが彼の正気を繋ぎ止めていた。
「しかし……ここは何処だ?」
幸利には最近までの記憶が殆ど無い。あるものといえば、薄れた視界の中で見た黒髪の女性の後ろ姿くらいだ。
その時、清水がいる部屋の中に女性が入ってくる。女性は起きている清水の姿を見ると近付いてきた。
「ふむ。どうやら目覚めたようじゃな」
その女性は和服のような服を着た黒髪で巨乳の美女であり、記憶に残っている女性の姿と一致していた。
(和装の黒髪巨乳美女だと!? それも、のじゃ口調とか最高じゃねえか!)
改造を受けても健在だったオタクの魂が騒ぐのか、内心興奮する清水。
(すごく……大きい……)
何よりも清水が注目していたのは、彼女の胸元に実っているスイカサイズの双丘だった。彼は、自己主張の激しいそれに目を奪われていた。
彼女はそういう視線に鈍感なのか、特に気にすることなく清水に話しかけてきた。
「妾はティオ・クラルス。お主を救出した者じゃ。お主、自分の名を覚えておるか?」
「し、清水幸利です」
「ふむ、記憶に問題はなさそうじゃな。ユキトシよ、お主に起こったことについてじゃが……」
「多少は分かってる。おそらく、魔物の特性を持った人間になった。直接魔力操作もできる」
ティオは幸利自身の理解度を確認した後、彼の身に起こった変化について説明を始める。
「調べたところ、お主の心の臓に魔石のような器官があった」
「そんなものが俺の体に……」
清水はそう言うと、自身の心臓がある胸の左側に手を当てる。
「肉体に関しては、例の器官から精製される魔力が体内を直接巡ることで、筋肉と骨格が強靭なものに変質しておる。それだけでなく、神経までも強化されておった。おそらく、常人を越えた反射神経が備わっているはずじゃろう」
「マジか……」
「だが、その代償にそなたの寿命は一年も持たぬ」
「…っ!?」
直後、幸利は絶句する。
「そんな……マジかよ、俺にはやりたいことがまだあるのに……こんなことって……う、うぅ……」
そして、自分の現状を理解して嗚咽を漏らす。彼は絶望していた。平和な国に生まれ育った人間が、理不尽にも異世界へと連れ去られた挙げ句、改造されて未来を無くしたのだ。当然だろう。
「まだ若いというのに、このような仕打ちを受けようとは……一体、この子が何をしたというのじゃ……」
ティオは幸利を抱き締めた。豊かな胸で彼を受け入れて、優しく背中を撫でて慰めてやる。その効果は抜群であり、やがて幸利は冷静さを取り戻した。
「すいません、見苦しいところを……」
「構わぬ。我ら、竜人族からすれば人間は赤子のようなものじゃ。恥じることはない」
「りゅ、竜人族!? 本物なのか?!」
それを聞いた瞬間、幸利は興奮する。
「そうじゃ、妾は正真正銘の竜人族である。証拠を見せてやろう」
すると、ティオは頭部から竜の角を出現させ、背中に竜翼を展開して軽く羽ばたいてみせた。
「すげえ……いかにも異世界っぽいな。本物の竜人族を見れるなんて、我が人生に一生の悔いはないぜ……」
「ここまで喜ばれると、妾も照れるではないか……嬉しいものじゃな」
竜人族は迫害される対象であったがために、自分の正体を知っても素直に喜び、号泣する幸利のリアクションに、ティオはある種の恥ずかしさを覚えていた。
「お主を気に入った。ユキトシよ、我ら竜人族に伝わる秘術を受けてみるつもりはないかね?」
「秘術?」
「そうじゃ。今では行われていないものなのだが、お主の命を救うこともできよう……」
かつて、竜人族にはとある秘術があった。それは、自らの血を特殊な方法で加工した輸血液を異種族に注入し、半竜人に変化させるというものだ。そして、それが許されるのは王族のみであった。
半竜人と化した者は各種ステータスと回復力が著しく向上し、竜鱗を体表に展開できるようになる。完全な竜化やブレスの使用は不可能だが、部分竜化に相当する能力は存在しており、竜人族以外に対してはアドバンテージを有しているといっていい。
「竜血を受け入れることで、お主の肉体は魔人族によって受けた強化に耐え得るものになるというわけじゃ」
竜人族は人間と魔物のハイブリッドとも呼べる存在である。そのため、その血を加工した輸血液であれば、許容範囲を超える急激な魔物化によって長くは持たない幸利の命を繋ぎ止めることができると考えられた。
「無論、お主は更に人間から離れることになってしまう。妾は強制するようなことはしない。お主自身の意思で決めてほしい」
たしかに幸利の命は救われる可能性が高い。だが、それは同時に彼が更なる改造を受けるようなものだ。半竜人となれば、望まない結果を生むこともあるだろう。
なお、幸利の回答は……
「既に人間を辞めた身なんだ。更に人間から離れるなんて誤差の範疇じゃないか。俺には死ぬわけにはいかない理由だってある……」
(覚悟は決めているようじゃな……)
ティオは幸利の事情を深く聞くことはしなかった。彼の雰囲気からただならぬ覚悟を感じたからだ。
「それに、血で力を得るって凄くカッコいいと思うんだ……」
「はっはっはっ、本当に面白い奴じゃ!よし、お主は今日より妾に仕えよ。戦闘訓練も装備も、全て与えてやろうではないか」
この日、幸利はティオ・クラルスと出会い、竜の血を受け入れて半竜人となった。今後、彼はティオと共に世界の命運に関わることになる。