グリューエン大火山
ライセン大峡谷。それは、西の【グリューエン大砂漠】から東の【ハルツィナ大樹海】までを繋ぎ、大陸を南北に二分する巨大な大地の割れ目。深さの平均は一・二キロメートル、幅は九百メートルから八キロメートルまである大峡谷には、魔力が分解されてしまうという厄介極まりない特徴があった。
その特徴により、魔法を発動するために込めた魔力が分解されてしまい、魔法を使うために必要な魔力の量が上がってしまうのだ。その上、魔法の減衰が速くなるため、射程も短くなってしまう。当然、エーテルアビリティも使用不可である。
それに加え、大峡谷には凶悪な魔物が生息しているため、罪人が追放される場所になっているのだという。隠れ家の魔法陣で転移した後、隠し通路を通ったハジメ達が出てきた場所は、そのライセン大峡谷だった。
「どうやら、歓迎されているらしい」
「ん……」
ハジメ達は地上に出てきて早々、魔物の群れに包囲されていた。
「ユエ、ここでは魔力が分解される。今は俺に任せろ」
ハジメはユエが無言で頷くのを横目に、パワードスーツを装着すると魔物の群れと交戦する。
ドガッ!ドガッ!
アームキャノンが火を吹く度に魔物の頭部が弾け飛び、ミサイルで粉砕される。さらに、勇敢にも飛びかかっていく魔物がいたが、貫手を受けて肉体を貫かれ、絶命する。
「脆い……ウインドクロウなしで容易く貫通するとはな……」
「ん。迷宮の魔物が固すぎただけ。それにお父様が強すぎる」
「肯定:パワードスーツを着用したハジメ様のスペックであれば、野生の魔物は敵になりえません」
開始から五分経った頃に周囲を見渡せば、大量の死体が周囲に転がっている。もはや戦いとはいえず、ただの蹂躙だった。
「周囲に敵影なし」
自分達以外の動く者がなくなったことを確認し、ハジメは宝物庫に魔力を流す。光を放ちながら虚空より出現したのは、一隻のスターシップだった。これはエルダーがハジメのために残してくれたものである。
それは、先端の伸びているデルタ型のスターシップであり、全長は十メートル程だ。主船体の両側には二枚の前後に長い翼が存在し、その後部にそれぞれエンジンが配置されていた。
機首と翼の先端にはレーザー砲、主船体の下部にはプラズマ砲を装備し、武装もしっかりと付いている。
「ユエ、次の目的地は何処だか覚えているか?」
「たしか、グリューエン大火山……」
「そうだ。俺達はこれからスターシップに乗って砂漠を越え、グリューエン大火山に突入する」
彼らの最初の目的地、グリューエン大火山はオルクス大迷宮と同じく七大迷宮の一つとして知られている。見た目は直径約五キロメートル、標高三千メートル程の巨石だ。溶岩円頂丘のように平べったい形をしているその火山は、巨大な渦巻く砂嵐に包み込まれていた。
その影響に加え、砂嵐の中にはサンドワーム等の砂漠環境に適応した魔物が潜んでおり、視界が悪い中で奇襲を仕掛けてくるので、並みの冒険者では砂嵐を突破して火山に辿り着くことは不可能だ。そのため、オルクス大迷宮と比べて冒険者が頻繁に訪れることはない。
だが、それは地上を進む場合の話だ。スターシップで空を飛べば魔物に襲われることはなく、砂嵐を簡単に突破することが可能である。
「少し短いが、空の旅とでもいこうか」
ハジメ達は主船体の下面より降りるスロープからスターシップに入る。数十人が向かい合わせで座れる兵員室を通過すると、並列に椅子の並んだコックピットへと座る。
「イヴ、操縦の補助は頼む」
「了解:ナビゲーションもお任せください」
ハジメはスターシップを起動する。機体の状態を示す計器や画面に光が灯り、周囲にホログラムが投影される。
そして、可変機構を備えたウイングが水平から立ち上がり、主船体に対して垂直となった。そのタイミングでエンジン始動レバーを押し込み、出力を上げていく。
「反重力発生システム、オンライン」
出力が安定してきたところで次の段階へと以降。イヴが反重力発生システムを起動してくれる。スターシップを大気圏内で運用するためには必須の装備であり、銀河社会ではありふれた技術だ。起動してから数秒後、機体が地面からフワッと離れた。
「ん……これは初めての感覚。面白い……」
ユエは、スターシップが浮いた瞬間に味わった独特の浮遊感について感想を述べる。浮遊感自体は味わったことはあるが、このタイプは初めてだったようだ。
さらにスターシップは高度を上げていき、ついにはライセン大峡谷から完全に脱出する。イヴの誘導に従って方向転換した後、左右のウイングを水平に戻し、エンジンを吹かして飛び去った。
「そろそろ、グリューエン大火山近郊です」
しばらく大砂漠の上空をスターシップで飛び続けていると、イヴによるアナウンスが流れる。ハジメは一度機体をホバリングさせると、前方を見据えた。
フロントガラス越しに見えるのは、グリューエン大火山を覆っている巨大な砂嵐。入ったら帰れなくなるのではないかと思わせる程の威圧感があった。
「エネルギーシールド、起動」
ハジメはスターシップのエネルギーシールドを展開するとエンジンの出力を上げ、スラスターを激しく吹かして砂嵐の中に突入する。
砂嵐の内部は赤銅一色で塗りつぶされており、視界は劣悪だった。イヴによるナビゲートを信じながらも、最大限に警戒して砂嵐の中を突っ切っていく。
スターシップが砂嵐を突破したのは、突入から数分後のことだった。急速に視界が改善してきたかと思えば、ハジメ達の目に巨大な岩山が飛び込んでくる。
岩山……グリューエン大火山の周囲だけ台風の目のように砂嵐が存在しておらず、静かなものだった。直上を見てみれば、青空が広がっていた。
大火山の入り口は頂上にあるという情報だったため、スターシップで空から直接乗り付けることにした。丁度、頂上の付近にスターシップを着陸させられそうな平らなスペースがあったため、その真上にシップを向かわせた。
反重力発生装置を制御して高度を下げつつ、ウイングを垂直に立てて着陸態勢に移行する。下部からランディングギアを展開し、そのまま着陸した。
『バリアスーツ起動中…』
着陸したスターシップの中で二人は戦闘準備を整える。ハジメがバリアスーツを装着し、ユエはネックレスを握りしめて意思を込め、ドレス型の戦闘服を展開する。
今回は高温環境であるため、ユエは追加で騎士を彷彿とさせるフルフェイスのヘルメットを装備していた。これがあれば、エネルギーシールドによって高熱を無効化することが可能だ。
やがて、スターシップの下面からスロープが降りてくる。そこを進むのは二人と一機であり、グリューエン大火山の地に足を踏み入れた。
ランディングゾーンから少し歩いた所にある頂上は、無造作に乱立した大小様々な岩石で埋め尽くされた空間だった。その中でも特に目立つのは、歪にアーチを形作る全長十メートルほどの岩石であり、そのアーチの下には大火山の内部に続く階段があった。
「イヴ、スターシップを空中待機に。念の為クローキング装置を使用し、場合によっては大気圏外への退避も許可する」
「了解:スターシップのことは私にお任せください。コックピットは温めておきますので、ご安心を」
ハジメはスターシップを透明化した上での空中待機を命じる。万が一、着陸している間に神の尖兵により壊される可能性があるからだ。イヴは機械らしからぬ冗談を言いつつもスターシップを操作して地表から離れていく。
ハジメとユエはスターシップを見送った後、入り口の前に移動して並び立つ。そして、ハジメは大迷宮挑戦の号令をかけた。
「ユエ、行くぞ!」
「んっ!」
グリューエン大火山の内部の構造は、オルクス大迷宮でも、地球でも、広い銀河でも見られないような特殊なものだった。
なんと、マグマが空中を流れていくのだ。水路のようになっているのではなく、マグマが空中に浮いており、そのまま川のような流れを形成している。空中をうねりながら流れていく様子は、まるで巨大な龍が飛び交っているようにも見えた。
もちろん、地面を流れるマグマもあり、攻略に挑む者は空中と地面のマグマに注意するという二正面作戦を強いられる。時折、マグマが吹き出てくるようなこともあり、警戒を緩めることは許されない。
マグマほど恐ろしいものはない。高温環境への耐性があるバリアスーツにすらダメージを与えてくるので、いくらエネルギーシールド搭載のパワードスーツを装備していたとしても、接触は可能な限り避けたいものだ。
生身の人間からすれば茹だるような暑さの中、二人は装備のおかげで暑さを感じることもなく、吹き出るマグマを警戒しつつ進んでいく。
しばらくして広間に出るのだが、そこには人の手が入った痕跡があった。壁がツルハシか何かで削られており、その一部から薄い桃色の小さな鉱石が覗いている。
「これは……」
ハジメはその欠片を採取すると、“鉱物系鑑定”を使って調べる。
〈静因石〉
魔力の活性を静める効果のある特殊な鉱石です。
「静因石というのか……」
「ん……知識にはあるけど初めて見た」
どうやら、ここは冒険者が静因石を採掘するポイントになっているらしい。
「サンプルとして少し貰っておくか」
ハジメは地面に落ちていた静因石の欠片を幾つか拾うと、“宝物庫”に収めた。
その後、ハジメ達は七階層ほど下に降りていく。記録に残っている冒険者が到達した最高階層はそこまでとなっており、そこから先に降りた者で生きて帰ってきたものはいないという。
そして、次の階層へと続く階段を降りきった瞬間、巨大な火炎が襲ってきた。火炎は壁となって通路を埋め尽くし、こちらへと向かってくる。
「“聖絶”」
ユエが結界魔法を発動し、光の壁で炎の壁を受け止める。結界を前に動かすことで炎を押し退けていき、通路を安全地帯に変えた。
結界越しに襲撃者の姿が見える。それは全身にマグマを纏わせた雄牛であり、マグマの中に立っている。曲線を描く二本の鋭い角を生やしており、口からは呼吸の度に炎を吹き出している。
そのマグマ牛は自らが放った火炎の砲撃を防がれたことにご立腹なのか、足元のマグマを足踏みで飛び散らせながら突進の構えを取る。
『アイスビーム、オンライン』
ハジメが新たに入手したアビリティを起動させて結界から飛び出たのと、マグマ牛が猛烈な勢いで突進を開始したのは同時だった。
アームキャノンが唸りを上げ、その内部でエネルギーを最大まで増幅していく。構えたキャノンの砲口から発射されたのは、最大威力の青いビーム。チャージアイスビームは突進してくるマグマ牛に対して真っ直ぐに進んでいき、直撃する。
その瞬間、マグマ牛が氷の彫刻に変わる。凍結しても慣性のまま突っ込んできたが、メレーカウンターの一撃を受けて粉砕された。
「凄い……魔法じゃない方法で凍らせるなんて。これが、鳥人族の技術……」
それから、さらに二階層ほど降りていくのだが、道中に現れる敵のバリエーションは豊かだった。
マグマを翼から撒き散らして空爆してくるコウモリや壁面を這いながら複数のマグマ弾を噴出してくるフジツボ、マグマの中から顔を出して火炎弾を発射してくるタツノオトシゴ、空中にあるマグマの川を泳ぐ蛇などがいた。いたのだが……
悲しいことに、片っ端からアイスビームかユエの氷属性魔法で氷像に変えられていき、直後に粉砕されてシャーベットが量産される結果になった。
ハジメ達ならまばたきする間に皆殺しにできるのだが、トータスの冒険者からすれば脅威である。彼らの攻撃は生身の人間が受ければ致命傷になる上、マグマがエネルギー源なので武器は無限大にある。ピンチの時はマグマに逃げ込むという手段もあるため、厄介極まりない。
八階層に踏み込んだ冒険者が生きて戻れなかったのも頷ける。しかし、そんなことはハジメ達には関係ない。そのまま、大火山の奥地へと歩みを進めていくのであった。
ハジメのスターシップのモデルはスターウォーズのコムルク級ファイターです