訓練の開始から四週間が経過した。今日もまた、ハジメとシアはライセン大峡谷の入り口で向かい合っていたのだが、これまでと大きく異なっていた。
「シア、新装備を思う存分使ってみろ。その代わり、俺もパワードスーツを使わせてもらうが」
「分かりました!」
まず、ハジメがパワードスーツを装備している。これまでは生身のハジメにシアの方が身体能力を合わせる形であり、その制限をなくすためなのだろう。
そして、シアは装いを新たなものとしている。オレンジ色に水色のラインの入ったボディスーツのような衣装を纏っており、四肢には黄色のアーマーが装備されていた。
肩のアーマーは球状になっている。鳥人像や古代鳥人族の甲冑、ハジメのバリアスーツと同様であり、鳥人族スタイルを踏襲していた。
一際目立つのは、両腕のガントレットだろう。彼女の腕と比べてアーマーが肥大化しており、重戦車のような重厚さを感じさせた。
重ねられたアーマーは打撃用であり、シアが身体強化を使って腕を突き出せば、大岩すら粉砕する威力を発揮するだろう。
また、脚部のアーマーはジェット機構が内蔵されたジェットブーツになっており、シアの機動力を強化してくれる。短時間であれば空を舞うことも可能である。
これらの装備は、エルダーの協力を得てハジメがメインで作成した、シア専用のバトルスーツである。普段はチョーカーになっており、必要に応じて展開する。
パワードスーツと同じ素材で構成されており、身体強化の効果がスーツにも掛かるようになっている。それ故に倍力機能は備えておらず、あくまでも耐久力と攻撃力を強化するのみだ。
ガントレットの方には幾つかのギミックが内蔵されており、対メトロイドを想定したものもあるが、ここでは割愛する。
シアはこのバトルスーツをかなり気に入っており、プレゼントされた瞬間、ハジメに抱き着いてきたほどだ。
「シア、今回からは飛び道具を使用する。一応、使用するのはパワービームで、非殺傷出力に下げておくが……」
「……が?」
「当たると死ぬほど痛いぞ」
身体強化で体を硬化させていても、丈夫な素材やアーマーで守られていたとしても、攻撃のダメージは防げるが着弾の衝撃までは無効化できない。そして、攻撃が非殺傷だとしてもゴム弾と同様に威力は本物である。
「だからこそ……死ぬ気で避けろ」
「わわっ?!」
その時、腕組みをしていたはずのハジメが違和感の無い自然な動きで攻撃態勢へと至り、アームキャノンを連続で発砲する。
「くっ…!!」
あまりにも自然な動きだったためにシアは反応が遅れるが、飛来するビームをギリギリのところで何とか躱していく。以前のシアなら即死である。
「やられて…ばかりじゃ…ありません!!」
シアが両腕をボクシングのブロッキングのように構えると、ガントレットからエネルギーフィールドが発生してビームを弾く。
ガントレットの機能の一つ、フィールドウォールだ。シアの持つ数少ない防御手段であり、彼女の精神力によって展開・維持される仕組みとなっている。
シアはフィールドウォールによる防御体勢を維持したまま、やや前傾姿勢気味で前進する。ビームをステップで回避し、避けきれないものは展開しているフィールドで受けて突き進む。
「でりゃぁぁぁ!!」
地面を割る勢いで踏み込み、裂帛の気合いと共に右の拳を打ち出すシア。身体強化を最大にした状態であり、岩をも砕く鉄拳は雷の如き速度でハジメに迫る。
(何という拳速だ……だが……)
ハジメはその軌道を見切ると、メレーカウンターでシアの鉄拳を弾き飛ばし、彼女の姿勢が崩れたところにビームを何発か撃ち込む。
「まだですぅ!」
シアは簡単には諦めない。弾き飛ばされた勢いを利用してバク転を繰り出し、ビームをギリギリで回避すると、ガントレットの機能の一つを解放した。
『アイスハンド、オンライン』
ガントレットの表面を撫でるように光が走ったかと思えば、アーマーの隙間から白い冷気を発するようになる。ビームを避けつつ、エネルギーをチャージするとガントレット全体が氷結し……
『アイススプレッダー』
シアが正拳突きを繰り出すと、その拳から圧縮された超低温エネルギー弾が冷気の尾を引いて飛び出していく。
これはアイスビームを応用した低温攻撃能力だ。対メトロイドを想定した機能であり、超低温エネルギーを拳に纏うことが可能となっている。直接殴るだけではなく、今のように飛ばすといった応用も利く。
ハジメはサイドステップで躱すが、足元に着弾したアイススプレッダーは広範囲に氷結を広げ、ハジメの下半身とアームキャノンを含めた上半身の一部までを飲み込んで動きを封じてしまった。
エネルギーを最大チャージすれば、アイススプレッダーという範囲氷結攻撃を使用可能になる。仮に多数のメトロイドに取り囲まれても問題ないだろう。
「もらったぁぁぁ!!」
身動きの取れぬハジメに対して突き出される鉄拳。シアは一撃を師匠に入れることができると確信していたようだが、ハジメの方が一枚上手だった。
「甘い」
ハジメは氷の中でアームキャノンのエネルギーを増幅し、チャージビームを発射して氷を完全に粉砕する。
シアの上を素早く飛び越えると体操選手のように空中で体を捻りながら着地し、即座に振り向きながら発砲した。そのビームが向かう先は彼女の尻であり……
「ふんぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」
死ぬほど痛いビームの直撃を尻に受け、ライセン大峡谷にシアの悲鳴が響き渡った。
五週間に渡るハジメブートキャンプは終わりを迎えた。もはや、ハウリア族は逃げるだけではなく、脅威を打ち払うことすら可能となっていた。
この日、ハジメ達はハルツェナ樹海の入り口に集結していた。外側から見る限りでは草木が鬱蒼と生い茂る森にしか見えないのだが、中に入ると一瞬で霧に覆われてしまうのだという。
目の前に整列するハウリア族は全員、パワードスーツに身を包んでいる。黒い全身を覆う倍力機能を備えたバイオ素材製のインナーに鈍色のアーマーを重ねたものだ。
頭部にはアーマーと同じく鈍色のフルフェイスヘルメットを被っていた。サーモグラフィー等の複数の視界を持つ優れものだ。ヘルメットから飛び出ているウサ耳を覆うパーツさえ無視すれば、某捕食者に見えなくもない。
武装の一つは、以前に渡したガントレットに仕込まれたリストブレイドであり、ガントレットはパワードスーツの展開装置も兼ねている。
もう一つは左肩に搭載された小型のビーム砲、ショルダービームキャノンだ。主な構造はアームキャノンと同じであり、通常のパワービームと対メトロイドのアイスビームに対応している。チャージショットも可能だ。
ロックオンはヘルメットに搭載されたレーザーサイトより照射される三本の赤いレーザーによって行われ、ビームキャノンが自動的に追従する。最大チャージした際の威力は折り紙つきである。
最後の一週間は、このパワードスーツの慣熟がメインだった。その最中、遭遇したパイレーツの小隊を撃破する活躍も見せており、かなり強くなっていた。
そして、彼らは故郷であるフェアベルゲンに乗り込む時が来たのだ。
「カム。俺達はこれからフェアベルゲンに向かう。この作戦はハウリア族の……そして、将来産まれてくる魔力持ちの亜人族の運命を左右するものとなる」
「その通りですな、ハジメ殿」
「最初は任せる。俺とユエでは迷うことが確実だからな」
濃い霧に覆われた樹海の中では視界が塞がれ、自分が何処にいるのか分からなくなってしまうのだが、感覚の鋭い亜人族は迷うことなく樹海を通り抜けることができる。また、この霧は透視機能を持つXレイバイザーを妨害することが確認されており、どう足掻いても霧を見通すことは不可能である。
「これより、各小隊は樹海内に散開し、本隊周辺の脅威の排除と並行してフェアベルゲンの警備隊の位置を捕捉、報告せよ」
カムの指令を受け、パワードスーツを装備した五人で構成される七個小隊が樹海に散開していく。その場に残ったのはカムが率いる本隊、バトルスーツ姿のユエ&シア、バリアスーツを展開したハジメであった。
「ハジメ殿、お嬢、それでは行きましょう」
散開した七個小隊に続き、本隊も樹海に足を踏み入れた。ハジメ達の周りをカム達が囲む形で霧に包まれた道無き道を進んでいくのだが、カムの足取りに迷いはない。
時折、散開した小隊が討ち漏らした魔物が接近してくるが、最高戦力であるハジメ達が動くまでもない。
ある時、襲いかかってきたのは腕が四本ある体長六十センチ程度の猿。そんな彼らが三匹、霧を掻き分けるようにして飛びかかってきた。その内の一体が、先頭のカムに迫る。
「分かりやすい動きだ」
カムはバックステップで飛びかかりを回避すると、シャキンという音を鳴らしてリストブレイドを展開し、魔石ごと肉体を貫く。奴は即死だった。
「グギャァァ!」
二体目の猿が、頭に光弾を受けて絶命する。それが飛んで来た方向には、対物ライフルのような武器を構える小柄な戦士がいた。ハウリア族最強の狙撃手、パルくん(十一歳)である。
射撃武装なら既にショルダービームキャノンがあるが、パルくんには射撃の才能があるということで、特別にスナイパーライフルが用意された。
使用者の生体エネルギーをミサイル生成の要領で固形化し、実体弾として放つ武器であり、ビームが減衰するような環境でも使用は可能だ。
二体の魔物がカムとパルによって狩られたが、その隙に最後の一体がハウリア族の囲いをすり抜けてハジメ達に迫る。だが、ここでシアが動いた。
「どりゃぁぁぁ!!」
飛び込んでくる猿に対して、シアが拳を突き出す。ガントレットは変形し、何処に隠されていたのかブースターを展開しており、拳を加速させてくれる。その勢いにより、猿は一撃で粉砕された。
そして、彼らが樹海に入ってから数時間が経過する。その間、魔物の襲撃が何度かあったが、ハジメ達の敵では無かった。
〈こちら、第一小隊。フェアベルゲンの警備隊を捕捉しました。マーカーを打って位置を共有します〉
すると、全員のバイザーにマーカーが表示され、警備隊の居る場所が共有される。
〈よくやった。各隊は打ち合わせの通りに行動を……〉
本隊は警備隊の居る地点に向けて一直線に移動を開始する。案の定、数分で警備隊と真正面から接触した。
「貴様ら! 何者だ!?」
目の前に現れたのは、筋骨隆々の虎の亜人で構成された部隊だった。その全員が両刃の剣で武装しており、パワードスーツに身を包んだハジメ達を、殺気を放ちながら警戒していた。
そして、ハジメはヘルメットを解除し、亜人達の視線が一斉にハジメへと向けられる。
「人間族!? そうか、貴様らは奴隷狩りか!フェアベルゲンに手を出させはしないぞ!」
そんな中、シアが前に一歩進み出るのだが、隊長と思われる亜人の視線がシアを捉え、その眼が大きく見開かれた。
「白い髪の兎人族……だと? なるほど、貴様らは報告にあったハウリア族だな!? 亜人族の面汚し共め! 同胞を騙し続け、忌み子を匿うだけでなく、今度は人間族を招き入れるとは! 反逆罪だ! 総員、かッ!?」
バシュッ! ズガァァァン!
攻撃命令を出そうとした瞬間、何処からか飛来した一発の光弾が彼の頬のスレスレを通過し、背後の木に着弾すると雷のような轟音と共に木片を飛び散らせる。ショルダービームキャノンだ。そして、それを皮切りに周囲から姿を現したハウリア戦士達が警備隊を包囲した。
「なっ!?」
急に起こった事態に、虎の亜人達は状況を飲み込むことができない。それどころか、四方八方からカミソリのような殺気を浴びせられ、心なしか浮き足立っているように見えた。
(こいつら、本当にあの軟弱な兎共なのか!? まるで、命を刈り取る処刑人ではないか!)
フェアベルゲン第二警備隊の隊長であった虎の亜人は、冷や汗を流しながら内心で喚く。矮小な存在だったはずのハウリアの姿が、今では命を刈り取る凶刃を首元に振り下ろさんとする処刑人に見えていた。
彼は確信した。攻撃命令を出した瞬間、先程の光弾とハウリアが装備する刃が自分達に襲いかかり、生き残れる可能性が低いことを。
「人間族……何が目的だ……?」
隊長はハジメを睨み付けて端的な質問をする。その目には、ハジメの返答によっては最後の一人となるまで立ち向かうという覚悟が籠っていた。
「長老衆と話がしたい」
「長老衆と話したい……だと? 何のために?」
隊長は少し困惑する。亜人族を奴隷にするために来たのかと思えば、単純に長老衆と話がしたいという予想外の目的だったのだから。無論、それは嘘である可能性も彼の頭には浮かんでいたが。
「俺は鳥人族の後継者だ。亜人族であれば、鳥人族の名ぐらいは知っているはずだが……」
「勿論だ。亜人の国を鳥人族の賢者エルダーが救ったという伝説なら知っている。しかし、人間族が鳥人族の後継者というのは……」
「俺は鳥人族に育てられ、彼らの因子を受け継いでいる。そして、迷宮の一つを攻略したことで、そのエルダーから後継者として認められ、フェアベルゲンに向かうように指示を受けている」
隊長は、ハジメの言っていることが信じられなかった。人間族であるハジメが鳥人族に育てられたこと、その因子を受け継いでいること、迷宮を攻略し、エルダーから後継者として認められたということ等……普通なら戯言として切り捨てているだろう。
しかし、ハジメはハウリアという戦力のお陰で圧倒的に優位な立場にある。そんな彼が適当なことを言う必要はなく、一言一言が確信に満ちているように感じられる。そこで、隊長はハジメに提案した。
「本当に長老衆と話がしたいのなら、少人数であればフェアベルゲンに案内してもよいと、俺は判断する。部下の命を無駄に散らしたくはないからな」
隊長の言葉に、周囲の亜人達からは動揺する気配が広がる。何故なら、樹海に侵入した他種族を抹殺するのが通例だった彼らにとって異例の判断だったからだ。
「だが、警備隊長に過ぎない私ごときが独断で下していい判断ではない。本国に指示を仰ぐ。長老衆ならば、何か知っておられるかもしれない。本当に含むところがないというのなら、伝令を見逃し、私達とこの場で待機しろ」
「分かった。俺が鳥人族の後継者であることを伝えてもらいたい。あんた達の譲歩に感謝する」
ハジメは彼の提案を受け入れ、感謝の言葉と共に頭を下げる。人間族が亜人族に頭を下げるという衝撃の光景に、亜人達は驚愕した。
「ざ、ザム! 聞こえていたな! 長老衆の方々に嘘偽りなく伝えろ!」
「りょ、了解!」
ザムと呼ばれた虎の亜人は、包囲するハウリアの一人が退いた所を通してもらい、霧の中に消えていった。
両者とも警戒を解くことはない。そして、樹海の一角を重苦しい雰囲気が支配する状態のまま約一時間経過した頃、霧の奥から数人の亜人が現れた。
彼らの中央にいる初老の男が特に目立つ。美しい金髪、深い知性を感じられる碧眼、吹けば飛んでいきそうな細い体、先が尖った耳が特徴的であり、森人族であることが分かる。その威厳に満ちた顔にはシワが刻まれており、彫刻のような美しさを放っていた。
ハジメは、彼が長老の一人であると推測する。しかし、彼はここで想定外の行動を見せた。
「おおっ! この鎧は鳥人族が作ったものに違いない! 丸い肩、腕の火を吹く筒、鋭い爪、白銀の装甲! まさしく、予言にある装備だ!」
なんと、ハジメの姿を見た長老(仮)は目を見開き、威厳に満ちた姿を何処に捨ててしまったのか、腕をブンブンと振り回しながら、興奮したような様子で駆け寄ってくると、スーツをペタペタと触り始めたのだ。
周囲のハウリア族は彼の正体を知っているのか、彼を止めたり捕えるようなことはしない。だが、その挙動を見た全ての者がドン引きする。皆、口をポカンと開けており、微妙な空気が流れた。
「父上! 何をしているのですか? 彼も困っています。落ち着いてください」
「おぉ……すまんな、アリア……少し興奮してしまった……」
娘と思われる森人族の女性に注意され、流石にやり過ぎたと思った彼は、バリアスーツに触るのを止めてハジメから少し離れると、気を取り直して名乗った。
「私はアルフレリック・ハイピスト、フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている」
「アリア・ハイピストだ。父上が無礼なことをしてしまい、申し訳ない」
ハジメの予想通り、アルフレリックと名乗った彼は長老の一人だ。そして、その娘の名はアリアといった。彼女は目付きが鋭い気が強そうな長身の美女であり、体が細い森人族にしては筋肉があった。ハジメは、彼女から戦士の風格を感じていた。
「お前さん、名は何と言ったか?」
「ハジメ・ナグモだ」
この日、ハジメは、誰の血も流すことなく亜人族の長老の一人と接触することに成功した。
シアの装備のモチーフはゼロスーツサムスです。防御力に関してはフュージョンスーツを想定してます
【挿絵表示】
ハウリア族は……プ◯デターになりました。地球で見た映画を参考にハジメがエルダーと一緒に開発してます