勇者一行がハテノ村に凱旋した翌日の早朝、事件は起きた。なんと、ボロボロになった女性が赤子を抱いて村に駆け込んできたのだ。
「あんた、大丈夫か!?」
それに気がついたのは村の外を見張っていた騎士だ。目の前で倒れこんだ女性に駆け寄ると、女性は震える手で赤子を渡してきた。
「村が……襲われました……どうか、この子だけでも……うっ……」
それだけを言い残し、女性は完全に倒れてしまう。彼女は近隣の村から来たのだろう。おそらく、その村が何らかの襲撃を受けて壊滅したことは想像に難くない。
「おい、急いで聖女様を呼んでくるんだ!」
「あぁ、分かった!」
赤子を抱く騎士を残し、その相方が村内へと駆けていく。数分も経たぬうちに香織達が現れ、女性の治療を開始する。が……
「この状態は……」
その女性は呼吸しておらず、心臓も停止、瞳孔が大きく開いたままの状態だった。いわゆる死の三徴候が当てはまっている。
そして、香織はあることに気がついてしまった。女性の体が異様に軽く、触っても感触のない部分があったのだ。ボロボロの服を捲りあげてみると、胴体が欠けていた。
「嘘……これじゃ、もう……」
流石の香織でも助けられる状態ではなかった。回復魔法では肉体の欠損までは治せず、肉体が欠けているので心臓や呼吸器を動かすことすら不可能だ。
それは、明確な死。勇者一行はこの日、人の命が消える瞬間を初めて直接的に目撃することになり、忘れかけていた死というものを再び意識することになった。
「ごめんなさい、あなたを助けられなかった……」
「香織……あなたは何も悪くないわ」
既に息絶えた女性の亡骸を見て、香織は悲しそうな表情を浮かべ、謝罪の言葉を口にする。そんな親友の様子に反応し、雫は彼女を慰める。
「彼女は赤子だけでも生き残らせようと、執念で生にしがみついてこの村に駆け込んできたんだろうな……」
メルド団長は言う。彼女は自身の子供を守るという親としての責務を全うし、死んでいったのだ。
「許せない……平和に暮らしてきた人々から平穏な日常を奪うなんて……!」
光輝は彼女の村を襲った何者かに対して怒りを露にしていた。そして、彼は独断専行に走る。
「メルドさん、その村に行ってきます! まだ、生きている人だっているかもしれません!」
「駄目だ。敵の集団の概要すら分かっていない。偵察を含めた戦闘の準備をする必要もある。罠の可能性だってあるぞ」
「そんな悠長なことをしていては、救える人も救えません!」
光輝は完全に怒りに飲み込まれ、現実が見えていない。もしも罠だった場合、運が悪ければ人間族は象徴たる勇者を失うことになるというのに。以前よりも成長したとはいえ、結局は理想論に至ってしまうのだ。
「すいません、メルドさん! 俺は行きます!」
「待て! コウキ!」
「光輝! 待ちなさい!」
光輝は騎士団の馬を勝手に借り、団長や雫の制止を無視して全速力で村から飛び出ていった。
数分後、光輝は村の付近まで到達していた。その目に映る風景は、全体的に炎上して黒煙が立ち上る村。そして、村の方からフラフラと走ってくる人影を見た。
「た、助けてくれ!」
「大丈夫ですか? 俺は勇者です、安心してください。俺が守ります」
走ってきたのは農夫と思われる男性だった。光輝は彼を安心させるため、声を掛けたのだが……
ドパンッ!
突然、この世界で聞こえるはずのない乾いた破裂音……銃声が響いたかと思うと、その男性の頭が破裂してしまった。
「うっ……!」
目の前でいきなり起こったグロテスクな出来事に、光輝は思わず口を手で塞ぐ。魔物の頭部が弾け飛ぶ光景なら見慣れていたが、人間がこのように死ぬのを見たのは初めてだった。
「おいおい、何が“安心してください、俺が守ります”だよ。全く守れてないじゃねえか」
「だ、誰だ?!」
声のした方向を見ると大岩があり、その上に漆黒の人影があった。それは、ファンタジーに似つかわしくない容貌のアーマースーツだった。
「本当にお前は滑稽な奴だ。守ると言っておきながら、結局は何も守れてないからなぁ……フハハハハハッ!」
「う、うるさい! それは、お前が卑怯な手段を使ったからだ!」
「卑怯だ? 馬鹿だな、戦いに卑怯もラッキョウもねえんだよ!」
「ば……馬鹿?」
その時、目の前の存在は大型拳銃のような武器を瞬時に構え、光輝に向けて発砲する。
ドパンッ!
「ぐあっ?!」
実体弾の一撃を受け、光輝の胸部から火花が散る。ダメージ自体は装備している聖鎧が防いでくれたが、着弾の衝撃までは防げずに落馬してしまった。
「その鎧に助けられたなぁ、天之河」
勇者専用の装備である聖鎧にはエネルギーシールドのような薄い結界が常に展開されており、装甲の硬さも合わせて高い防御力を誇っている。
「どうして、俺の名前を知っているんだ?」
「まさか、俺のことを忘れたのか? へへへ、この声に聞き覚えがあるはずだぜ」
「……も、もしかして……お前は!!」
光輝がその正体に気付いた時、目の前の存在に向かって光輝の後方からライトアローが飛来する。その存在はブレードを引き抜くと一撃で斬り捨ててしまう。
「光輝! 大丈夫!?」
光輝の傍に雫が駆け寄ってくる。やって来たのは彼女だけではなく、香織や龍太郎、鈴や恵里といった勇者一行の面々が揃っていた。彼らは、光輝の後を馬で追いかけてきたのだ。
「なあ、光輝。あいつは誰なんだ?」
「龍太郎……あいつは……信じられないかもしれないが……」
「へへ、俺だよ。檜山大介本人だ」
光輝が言う前に目の前の存在が先に答えた。ヘルメットを解除して素顔を晒しており、その正体を皆が理解できた。
「だ、大介……どうしちまったんだよ?」
檜山とよく一緒に行動していた子悪党組の中でも、特に近藤が驚いている様子だった。ショックが強く、動けなくなっていた。
「俺は最強の力を手に入れた!フェイゾンという素晴らしい導きの光によってな!ハッハッハッ!」
狂気の表情を浮かべ、力を誇示する檜山。青いラインの輝きが一層増し、それと同じ色のオーラが激しく吹き上がった。
「どうだ、てめえらもフェイゾンに身を委ねてみないか?」
「黙れ!お前は人殺しだ!罪もない村の人々を殺すなんて、俺は許さないぞ!」
「へへへ、てめえがそれを言うとはお笑いだな。最終的には魔人族を殺すことになるというのになぁ!」
「くっ…!!」
檜山は光輝を嘲笑う。光輝が無意識に考えないようにしていた、いつか訪れるであろう魔人族との戦いについて突きつけられ、何も言い返せない。
「あぁ、それと面白いことを教えてやるよ。あの時、魔法を撃って南雲を奈落に落としたのは、俺だぜ?」
「なっ!? あれは、誰かの誤射だったんじゃ?」
ハジメが奈落に落ちた原因が魔法の誤射ではなく、檜山が意図的に魔法を撃ったためであるという事実に、勇者一行に衝撃が走る。
「ふふっ、やっと分かったよ。そうだとは薄々思っていたけど、ようやく名乗り出てくれた……殺すしかなくなっちゃったね」
そして、香織が静かにキレる。今まで、香織はハジメに魔法を当てた犯人が分からないからこそ、感情を抑えることができていた。だが、その犯人が自分の仕業であると目の前でカミングアウトした今、香織を抑えるものは消えたのだ。
「香織ちゃん、それには僕も同感だね。このクソ野郎には報いを受けてもらわないと」
恵里もそれに同調する。独断専行でクラスメイトを危機に陥らせ、ハジメに手をかけた存在に対して殺意を抱かないはずがないのだ。
香織が聖弓を構えてライトアローを連射し、恵里は何羽もの鳥の幽霊を実体化させて突撃を指示する。奴はいくつもの攻撃に包囲され、逃げ道はないように見えた。
だが、檜山を囲むように青い光の障壁が出現して攻撃を防いでしまう。フェイゾンを利用したエネルギーシールドである。
「詠唱もないのに結界出してる!?」
鈴は驚きを隠せない。結界師である鈴からすれば、檜山が詠唱もせずに何発もの攻撃を防ぐ結界を出現させたように見えていた。
そして、檜山は片腕を天に掲げる。青い炎の塊が上空に出現し、みるみるうちに成長して直径十メートル程に達する。
「見ろ、フェイゾンのお導きにより俺の魔法は強化されている!」
フェイゾンの力はフィジカル面の強化だけに留まらない。汚染された存在の持っている能力を強化することも可能で、檜山の場合は魔法の性能が向上しており、それと同時に無詠唱での行使も可能だった。
檜山が発動したのは“炎天”だが、フェイゾンによる強化でユエの“蒼天”にも匹敵する性能に引き上げられている。それが、勇者一行に向けて放たれた。
「ここは聖域なりて 神敵を通さず “聖絶”!!」
結界の外側が蒼い炎で埋まり、超高温の熱波による侵食でヒビが入り始める。香織や恵里といった後衛メンバーが補助に入らなければ、瞬く間に結界が破れて焼き尽くされていただろう。
「い、意識が……もたな……」
結果的に耐えきることはできたが、鈴が倒れてしまう。補助に入った香織ら後衛メンバーも膝をついており、かなりの負荷がかかったらしい。
「ハハハハハッ!これが、聖なるフェイゾンの洗礼を受け入れた俺様の力だ!」
「檜山!君はどこでそんな力を手に入れたんだ!?まさか、魔人族なのか?」
強力なパワーを手に入れた檜山の姿に、光輝はそれを魔人族から与えられたものではないかと推測する。
「天之河、そいつは間違いだ。俺達と同じ世界から来た親切なオトモダチがいてなあ、素晴らしいエネルギーをぶち込んできやがったんだ。スペースパイレーツという奴らなんだが、紹介してやるよ!」
すると、檜山の背後から数体のパイレーツ戦闘員が現れ、彼を護衛するような配置につく。勇者一行とスペースパイレーツが初めて遭遇した瞬間だった。
「まさか、村を襲ったのはこいつらなのか!?」
「そうかもしれないわね、光輝……」
「だったら、俺達で退治しようぜ!」
緊張感が走り、光輝と雫、龍太郎の三人は顔を険しくしてパイレーツを睨みつける。そして、パイレーツに対する怒りを燃やす者は他にもいた。
(こいつらのせいで、あの女の人は……許せるわけないよ……)
聖弓を杖代わりにして、香織は立ち上がる。回復魔法を極めた自分が、目の前で何も出来ないまま命が失われた瞬間は、彼女の心に深く刻まれているのだ。
「行くぞ、皆!」
彼らは、スペースパイレーツという脅威を打倒することで一致する。香織を除いて動けないクラスメイトを残し、交戦を開始した。
「うおぉぉぉ!」
憎き敵へと光輝は駆け出す。聖鎧でビームを受け流し、振るわれたブレードを聖剣で弾き、体勢が崩れたパイレーツの胴体を串刺しにする。
「“光爆”!」
聖剣に蓄えられた膨大な魔力をパイレーツの体内に流し込み、その一言をトリガーに大爆発を引き起こして爆殺した。
「ビームを撃ってくるなんて、厄介ね……」
雫は俊敏性に優れたステータスでビームを回避してパイレーツへと接近する。“縮地”による加速の最中に“縮地”を繰り出す“重縮地”の技能で急速に方向展開し、背後へと回り込むと抜刀術の構えを取る。
神速の抜刀術が繰り出され、パイレーツを斬りつける。だが、致命傷を与えるまでには至らず、その甲殻に傷を刻む程度に終わる。
(思ったよりも硬い!?)
雫の想定よりもパイレーツの防御力は高かった。ベヒモス級までは至らないまでも、オルクス大迷宮中盤の魔物くらいだと思っており、その程度なら魔法による強化無しでも切り裂ける自信はあった。
「全てを切り裂く至上の一閃 “絶断”!」
即座に納刀すると側宙の要領でパイレーツの反撃を回避しつつ、刀身に瑠璃色の光を纏わせて再び抜刀術を放つ。今度こそ刃が通り、パイレーツは緑色の血液を撒き散らして絶命した。
「「どりゃぁぁぁ!!」」
防御力を向上させる“金剛”を発動し、格闘系天職の龍太郎と重吾はビームの雨を無理矢理に突破して、それぞれの敵へと肉薄する。拳の重い一撃を浴びせ、“浸透破壊”という衝撃波を内部に叩き込む技能により、二人は防御力を無視してパイレーツを撃破した。
「守護の光は重なりて 意志ある限り蘇る “天絶”」
香織は複数枚の光のシールドを出現させる光属性上級魔法を発動し、自分自身と動けない味方を守り、ライトアローを連射する。
(撃ち抜く……!)
パイレーツは回避を試みるも、ライトアローは香織の意思に従い、軌道を急に変えて複数の敵を同時に射抜く。香織の殲滅力は一行の中で最も高く、前衛が一人づつ倒している間に数倍の敵を倒していた。
「これで最後だ!刃の如き意志よ、光に宿りて敵を切り裂け “光刃”!」
聖剣が光を纏い、最後の一体を斬り伏せる。スペースパイレーツとの最初の戦いは勇者一行の勝利に終わったが……
「光輝、檜山くんがいないわ!」
「この卑怯者!近くにいるんだろう!出てこい、俺が相手だ!」
なお、バカ正直に出てきてくれるような奴はいない。そもそも、パイレーツと交戦を始めた辺りで檜山は姿を消しており、この場にすらいなかった。
「光輝、もう逃げちまったみたいだ。とりあえず、村に生存者がいないか調べた方がいいと思うぜ」
「そ、そうだな……龍太郎」
勇者一行は騎士団の到着を待たずして村へと踏み込む。そこで彼らが知ったのは、兵士だけでなく性別や年齢も関係なく村の全員が惨殺されていたという残酷な事実であった。
(誰も助けることができなかった!俺は勇者であるはずなのに!勇者は完璧でなければならないというのに!)
光輝の中では、勇者という存在は必ず敵を倒して光り輝く存在だった。思い描く勇者という存在とは程遠いような出来事が多く、光輝は苛立っていた。
(どうして都合の悪いことばかり。大体、南雲が現れてからだ。全てがおかしくなったのは……)
光輝は思う。ハジメが現れてから都合の悪いことが起き始めたのだと。運動や学業では常に一位になれるとは限らなくなり、香織は光輝の周囲から離れてしまい、他の幼馴染達は自分の言うことに必ずしも賛同してくれなくなった。クラスメイト達だって、ハジメを支持する者が増えていた。
(もっと強くならないと。俺が強くなって敵を倒せば、みんな俺のことを見てくれるはずなんだ。香織も雫も龍太郎も、みんな死んだ南雲のことなんか忘れてくれるはずだ)
光輝はハジメの存在を諸悪の根源であるとし、消えた後も影響力を残しているハジメは邪魔であると考えていた。この遠征は、光輝の内面に負の感情を残す形で幕を閉じてしまったのだ。
事件があった日の夜、雫が宿泊している部屋に来客があった。それは、親友の香織だった。
「こんな時間にごめんね、雫ちゃん」
「大丈夫よ。それで、どうしたの……いや、聞くまでもないわね……あの時のことについて話したいのでしょう?」
「うん……」
香織は悲しそうな表情で返事をする。
「雫ちゃん……今日、私は初めて殺意というものを抱いてしまったの。今までも誰かへの怒りというものはあったけど、こんなことは初めて。嫌だよね、殺意なんてものを抱いている親友なんて……」
「香織……そんなことはないわ。あんなことがあって、殺意を抱かないはずがないもの。許せないわよね」
雫は香織を抱き締める。
「私は檜山くんが……いや、あいつが許せないの。殺意どころか、本当に殺したいと思ってしまった。そんな人の隣に、雫ちゃんはいられる?」
檜山をあいつ呼ばわりする程、香織は檜山のことを殺したいと思っていた。そして、香織は問いかけに対して、雫が答える。
「香織……私はあなたの隣にいるわ。香織がどんな風になったとしても、周囲が何と言ったとしても、あなたの味方よ。地獄だって一緒に行ってやるわ」
「雫ちゃん……ありがとう」
香織と雫は固い絆で結ばれている。今後、何が起きようとも、それが絶たれることはないだろう。その日、香織と雫は互いに寄り添って眠りについたという。
数日後、勇者一行が王宮に戻り、同行していた騎士団から王国と教会に報告がなされ、行方不明だった神の使徒の一人が裏切った事実に、王国と教会の上層部に衝撃が走る結果となった。
なお、檜山の裏切りについては箝口令が敷かれた。神の使徒が裏切ったことが公にされれば、他の神の使徒への信頼が落ち、信仰や教会の影響力が削がれるからである。
情報が共有されているのは当事者と王国&教会の上層部の人間、その他の生徒と愛子先生のみだ。特に、愛子先生は檜山の裏切りを知った際に倒れてしまい、しばらくは立ち直れなくなっていた。
この事件は生徒達への影響も強く、檜山と仲良くしていた近藤や中野、斎藤は深く落ち込むようになり、しばらくは訓練すらできないような状態に追い込まれた。彼らほどではないが、他の生徒達も仲間の裏切りにショックを受けている。
精神面にダメージを受けた彼らに対して、数日間の休息が与えられることが決まった。
一般パイレーツの強さですが、勇者一行なら頑張れば倒せる程度となってます。パワードスーツを着たハジメ相手では瞬殺されますが、トータスの一般兵士に対してはかなりの脅威として描写しているので、決して雑魚ではないわけです