この世の地獄として、処刑場として人々から恐れられる地、ライセン大峡谷。普通なら簡単に人間が死体に変わるこの場所で、魔物が一方的に蹴散らされる事態が起こっていた。
その事態を引き起こしたのは、紛うことなきハジメ達であった。魔物達はハジメの槍で貫かれ、シアの鉄拳で叩き潰され、ユエの持つ銃のような武器から放たれる水のレーザーで切り裂かれていく。
「ん、これなら魔法が楽に使える。これ、気に入った」
「そう言ってもらえると嬉しいものだ」
ユエの持つ銃のようなものはウォーターガンといい、水属性中級魔法“破断”と組み合わせて使うことを前提とした銃型の武器である。下部に取り付けられている小型タンクには空間魔法が付与され、内部の圧縮された広大な空間に大量の水が貯蔵されていた。
“破断”は空気中の水分を超圧縮して発射する魔法なのだが、最初から水を用意しておくことで魔力の消費が少なくて済む。また、発射されるウォーターカッターはただの水に過ぎないので、魔力分解の影響を受けない。そのため、ここで使うのにピッタリである。
「“錬成”」
新しいものを引っ提げて来ているのは、ユエだけではない。ハジメが一言呟くとチョウゾスピアの穂先が変形し、刃が柄に対して横方向へと伸びて湾曲した大きな刃へと転じる。それは、完全に大鎌であった。
大鎌へと変化したチョウゾスピアを横薙ぎに振るうと、周囲の魔物が一斉に真っ二つにされる。穀物を刈るような一撃を受け、奴らの命は刈り取られた。
これは生成魔法で“錬成”をチョウゾスピアに付与したもので、あらかじめ設定しておいた数パターンの切り替えが可能となっている。今見せたのは、その一つである大鎌だ。
ハジメはパワードスーツに頼り過ぎないようにするため、相手によっては生身で戦うことを決めており、生身の戦闘力を高めるためにチョウゾスピアに改造を施したのだ。
「師匠、大迷宮は見つかりませんね……」
「シア、簡単に見つかった方が問題だろう……」
「ん、それはそう」
ハジメ達がライセン大峡谷にいるのは、大迷宮を探すためだ。ブルックを出発してから二日は経過しており、野営もしつつ、【オルクス大迷宮】の転移陣が隠されている洞窟も既に通り過ぎている。
何キロメートルにも渡るライセン大峡谷から、たった一つの大迷宮の入口を探すのは困難を極めた。試練は大迷宮を攻略する前から始まっているようで、分かりづらい場所にあるのは間違いないだろう。
「お父様、前からハイベリアが」
「あぁ。そのようだな」
魔物の襲撃は頻繁にある。今現れたのは二体のワイバーンのような魔物。以前、ハウリア族を襲っていた連中の同族だ。なお、今のハウリア族からしたら獲物も同然である。
「師匠、一体は私にやらせてください!」
「任せる。もう一体は俺がやろう」
あの時はハジメに任せるしかなかったが、今は違うことを証明してみせると言わんばかりに志願するシア。今の彼女なら大丈夫なので、ハジメは片方を任せた。
「行きます!」
シアは身体強化を足に集中させて跳躍すると、ジェット噴射で勢いを付けてサマーソルトキックを放つ。美しい円を描く蹴りがハイベリアの頭部に直撃し、それを粉砕した。
「いいぞ、シア」
ハジメもシアに続く。ジェットブーツを吹かしながら跳躍してハイベリアの頭上に到達すると、チョウゾスピアを振り上げながら変形機能を解放した。
「“錬成”」
ハジメの一言をトリガーに穂先の両側から曲線状の刃が展開され、重厚感のある戦斧へと転じる。それをハイベリアに向けて勢いよく振り下ろし、縦に真っ二つにしてしまった。
こうして、探索と戦闘を繰り返していたところ、更に三日が経過する。
「ライセン大迷宮……やはり、簡単に見つかるものではないか……」
分かっていることは、この大峡谷の何処かに大迷宮が隠されているということだけである。常に同行しているイヴは位置を把握しているようだが、教えてくれるはずもない。
この日も収穫はなく、日暮れの時間となった。夜の探索は危険なため、ここで一泊する。ジャガーノートの後部にはキャンピングカーのようなトレーラーが連結されており、ここで一夜を明かす予定だ。
宿泊用トレーラーの内部にはベッドやキッチン、シャワー、冷暖房が完備されており、水は大気中から水分を抽出する水分凝結機によって確保している。また、トレーラーは強固な装甲とビームタレット、シールド発生装置で守られているため、安心して眠ることができる。
「ご飯ですよ!」
夕食が完成したため、シアが二人を呼ぶ。料理が得意なシアはご飯を作る担当となっており、料理の腕が微妙であるハジメからすれば救世主だった。ちなみに、王族だったユエも料理が作れなかったが、最近はシアの指導で上達してきている。
その日の夕食はクルルー鳥のトマト(モドキ)煮だ。クルルー鳥とは空飛ぶ鶏のことだ。肉質や味は鶏そのものであり、この世界において一般的な鳥肉だ。それを一口大にカットし、穀物を加工した粉をまぶしてソテーにしたものを各種野菜と共にトマト(モドキ)スープで煮込んだ料理となっている。
夕食は絶品だった。それも、本当に野営をしているのか怪しくなるほどに。 夕食を食べ、食後の雑談をし、交代でシャワーを浴びた後、就寝時間が来る。全自動のビームタレットとシールドがあるとはいえ、念には念を入れて三人で見張りを交代しながら朝を迎えた。
翌朝、状況が変わった。
「師匠!ユエさ〜ん!こっちに来てください!」
起床して朝食を取った後、シアが用を足すために拠点から離れていたのだが、しばらくしてシアが二人を大声で呼んだ。
何事かと思ったハジメとユエはその声がした方へと向かう。そこには、巨大な一枚岩が谷の壁面にもたれ掛かるように倒れており、壁面と一枚岩との間に隙間が空いている場所があった。シアがいるのは、その隙間の前である。
「見つけましたよ!ここの中です!」
シアの誘導に従って隙間に入ると、その中はそれなりに広い空間になっており、中には鳥人族のオブジェが置いてあった。その側には壁を直接削って作ったと思われる長方形型の見事な装飾の看板があり、文字が彫られていたのだが…
「何だこれは……?」
「ん、ん……?」
ハジメとユエはそれを見ると、思わず困惑してしまった。何故なら、次のように文字が彫られていたからだ。
“おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪”
地獄の谷底には似つかわしくない、女の子らしい丸っこい字で彫られた、まるで遊園地の入り口かのような文章。それが鳥人族のオブジェの側にあったのだから、なおさら困惑していた。
「大迷宮の入り口なのか?」
「ん……それにしてはふざけすぎ。でも、ミレディの名前があったということは…」
「ミレディの名は知られていないはず……それに、鳥人族関係の遺物も置いてある。本物の可能性が高いな……」
ミレディ・ライセン。その名はオスカーが残したデータやエルダーの話にあった。世間で知られているのは姓の方であり、名の方は知られていない。そのため、その名があるここはライセン大迷宮である可能性が高かった。
それはそうなのだが、ハジメは鳥人族の遺物の側にこんなふざけた書き込みをするミレディの神経を疑った。とはいっても、これはようやく掴んだ大迷宮の手がかりである。とりあえず、ハジメ達は迷宮の入り口を探すことにした。
「ジャミングされているようだ……」
ハジメはパワードスーツを装着すると、各種のバイザーを使用して壁を調べていくのだが、人為的にジャミングされているらしく、視界にノイズが入ってしまっていた。そのため、実際に壁に触って調べ始めたのだが……
ガコンッ!
「なっ!?」
ハジメが壁に触れた途端、その壁が突然勢い良く回転した。それに巻き込まれてしまったハジメは、壁の向こう側へ姿を消してしまう結果となった。そして、ハジメの視界の先に現れたのは、薄暗い部屋の天井から生えている砲塔のような機械であった。
「ビームタレットだと!?」
叫んだ直後、強力なビームがハジメに向けて発射される。ハジメは咄嗟にサイドステップで回避すると、反撃のミサイルを数発放ってビームタレットを完全に破壊した。
「危ない……俺以外だったら死人が出ていたぞ……」
そうハジメが呟くと、再び壁が回転してユエとシアが現れる。
「お父様!?大丈夫?」
「師匠、無事ですか!?」
「あぁ、大丈夫だ…」
心配している二人に返事を返すハジメ。そうしていると、周囲の壁がぼんやりと光りだし辺りを照らし出す。ハジメ達のいる場所は十メートル四方の部屋であり、部屋の中央にある石板には看板と同じような文字でとある言葉が彫られていた。
〝ビビった? ねぇ、ビビっちゃった? チビってたりして、ニヤニヤ〟
〝それとも怪我した? もしかして誰か死んじゃった? ……ぶふっ〟
「「「…………」」」
皆、無言となる。考えていることは一緒だ。「ウザイ」の一言に尽きる。もしも本当に誰か死んでいれば、生き残りは確実に憤慨するだろう。
「ミレディ・ライセン、お前は本当に解放者の一員なのか?変人なのは聞いていたが、ここまでとは……」
「ん……こいつだけは人類の敵でいいかも」
「ユエさん、それだけは激しく同意です!」
どうやら、ライセン大迷宮はオルクス大迷宮やグリューエン大火山とは別のベクトルで攻略者を苦しめてくるようだった。
「へえ、あれが鳥人族の後継者か……」
ライセン大迷宮の奥深くにて、侵入してきたハジメ達の様子を監視している者がいた。それは、金髪を後頭部で一つに束ねて垂らした、ミニスカートの白いドレスの美少女だ。
「まさか、エルダーお爺ちゃんの予言が本当だったなんてね。イーちゃん。お爺ちゃんは元気にしてる?」
『ミレディ様、エルダーの健康状態に問題はありません。最近はフェアベルゲンに滞在しており、装備の開発に精を出しております』
「コールドスリープから覚めてもお爺ちゃんは変わらないね」
この美少女こそ、解放者の一人にしてライセン大迷宮の創設者、ミレディ・ライセンだ。ハジメがオルクス大迷宮を攻略したその日まで、彼女はコールドスリープで眠っていた。
「ハジメ・ナグモ、鳥人族の後継者である君なら、あのクソ神野郎をぶっとばしてくれるかもしれないね」
ミレディはハジメに期待していた。解放者が世界の敵となって追い詰められた原因である、エヒトを討ってくれるのではないかと。彼女はウザいメッセージを書くような人間ではあるが、エヒトに対する恨みは本物だ。
「あぁ、エルダーお爺ちゃんに会いたいな……あの羽毛に飛び込んで、モフモフして……」
ちなみに、ミレディはエルダーの羽毛がお気に入りだ。長い眠りに就く前、ミレディは事あるごとにエルダーに抱きつき、孫みたいに振る舞っていた。
『ミレディ様、迷宮内の全戦闘ユニット及び、シールド妨害システムを起動させましょう』
「そうだね。それじゃ、始めよっか!」
ミレディの号令でライセン大迷宮は本格的に稼動を開始する。そんな彼女の背後には、モノアイの超巨大ゴーレムが腕を組んだ状態で鎮座していた。