騒ぎ立てる愛子を宥めた後、周囲の目もあるということでハジメ達はVIP席へと案内される。そこで、愛子による事情聴取が始まった。
「まず、南雲くんに聞きますが、そのお二人はどちら様ですか?」
やはり、気になるのはそこだろう。
「私はユエ、孤独だったところをハジメお父様に拾われて、娘として迎え入れられた」
「「「南雲君が父親に!?」」」
愛子達に衝撃が走る。四ヶ月くらい行方不明だった知り合いが戻ってきたと思えば、養子とはいえ一人の娘を持つ父親になっていた。こんなことを誰が予想できただろうか?
「私はシアです。ハジメさんの奴隷ですぅ」
相変わらずシアは奴隷の設定を貫いている。そもそも、今は目の前に差別主義者の神殿騎士がいるので、ハジメの弟子であるなんて言えるはずがない。
「魔物に襲われて、危ないところをハジメさんに助けてもらい、そのまま奴隷になりましたです」
魔物など大嘘だ。実際にはスペースパイレーツである。なお、護衛隊の男子生徒達がシアの魅力的な容姿を見て鼻の下を伸ばし、女子達から冷たい視線を浴びせられていたりする。
「なるほど、南雲くんは色々な出会いを経験したんですね。でも、この四ヶ月の間、どこで何をしていたんですか? どうして戻って来なかったんですか?」
「それは……」
愛子が詰め寄ってくるが、流石に全てを正直に話すわけにはいかない。あまりにも世界を敵に回す要素の方が多いからだ。教会に所属する神殿騎士が近くにいるのも不味い。
「元の世界に帰る手段を探していた。すぐに戻らなかったのも、そのためだ」
神殺しが目的だと言ってしまえば、この場で神殿騎士と衝突することになり、異端認定されてしまうだろう。だが、元の世界に帰る手段を探しているだけならば、多少の文句はあっても敵に回る可能性は低い。
「一応、手がかりは掴みつつある。もしも目的を達成したときは、希望する者全てを地球に帰すつもりだ」
その瞬間、愛子や生徒達の表情が明るくなる。神の使徒として前線で戦わなくても帰れる可能性が少しでもあるということに、彼らは希望を見たのだ。
「問題は清水くんですが……冒険者として活動していたのは聞いていました。いきなり行方不明になるなんて、何があったんですか?」
最後は幸利に対する質問だ。雰囲気や体格、髪の毛の色が変わっている理由など、質問の嵐が投げかけられた。
「変貌した理由については話すことはできない。一つだけ言えるのは、魔人族によって殺されかけたことだけだ」
「魔人族に?」
「それは本当か?だとすれば、人間族の領域に魔人族が侵入しているということ。なんと卑劣な奴らだ……」
魔人族によって神の使徒に被害が出た事実に、神殿騎士のデビットは怒りを顕にする。異種族は敵であると教えられているだけに、その怒りは尋常ではなかった。
「俺は魔人族を避けるため、死を装って潜伏することにした。あの後遺症で人相が少し変わってしまったが、別人になるには丁度いい」
魔人族による実験と竜の血を受け継いだことは完全に伏せている。だが、嘘は言っていない。魔人族によって襲われたのも、そのせいで人相が変わったことは本当だからだ。
「あまり、あのことは聞かないでくれ……」
そして、これ以上深掘りされないようにするため、幸利は釘を刺した。辛いことを聞かれたくないのは誰しも同じだからだ。
「お待たせいたしました、お客様。こちら、最後のニルシッシルになります。材料の都合で量が減っておりますが、ご了承ください」
そこにオーナーのフォスが現れ、ハジメ達の前に異世界版カレーが盛り付けられた皿を並べていく。
「あぁ、構わない。すまないな、オーナー」
こうして、異世界版カレーに舌鼓を打ち始めるハジメ達。ようやく問題もなくご飯にありつけると思われたが、やはりトラブルはつきものである。
「おい、どうして薄汚い獣風情が人間と同じテーブルで飯を食べている! 獣は地べたで食べる方がお似合だ!」
それを言ったのは、護衛隊隊長のデビッドだ。他のイケメン騎士達と共に侮蔑を含んだ目でシアのことを見ており、神殿騎士や近衛騎士といった宗教や国の中枢に近い者達であったために差別意識が根強かった。
いくつも死線を乗り越えてきたシアであっても、これには体をビクッと震わせた。彼女を蔑む目はこれまでにあったが、亜人族に対する直接的な差別的言葉の暴力を受けるのは初めてだったのだ。
あまりにも酷い物言いに愛子が注意しようとするが、その前にユエが絶対零度の視線をデビッドに向ける。三百年は生きている美貌の吸血鬼に睨まれて彼はたじろぐが、幼い見た目の少女に気圧されたことを神殿騎士としてのプライドが許さず、逆上してしまった。
「何だ、その眼は? 無礼だぞ! 神の使徒でもないのに、神殿騎士に逆らうのか!」
「……小さい男」
それが彼をキレさせた。イケメン騎士達は愛子に脳を焼かれており、彼女のためならば信仰すら捨てる覚悟の連中なのだが、特にデビッドはその傾向が強く、愛しい愛子の前で男としての器の小ささを嗤われたことに我慢できなかったのだ。
「……異教徒め。そこの獣風情と一緒に地獄へ送ってやる」
傍に置いていた剣に手をかけるデビッド。公衆の面前でユエとシアを斬り捨てるつもりだ。周囲は何とか彼を止めようとするが、周りの声が聞こえていない様子だ。そして、僅かに剣を引き抜いた。
その瞬間……
「なっ!?速すぎる?」
デビッドの首にひんやりとした感覚が走る。見れば、短剣モードにしたチョウゾスピアの刃が首筋に当てられており、いつでも喉笛を掻き切れる状態だった。ハジメはこの一瞬で立ち上がり、認識できない速度で接近したのだ。
突然の出来事に周囲の騎士はハジメに対して剣を突きつけるが、すぐに動きを封じられる。彼らの首は金色に光る糸で締め上げられ、それら全てがユエの指先から伸びていた。
「動かないで。動いたら頭が落ちることになる」
これはユエの魔闘術の応用だ。これまで腕に纏っていた魔力を糸状にして指先から伸ばしており、かなり丈夫で人間を吊り下げることが可能だ。斬れ味も抜群で、大木くらいなら普通に切り裂く程である。
これにより、誰も動けなくなった。
「お前に指図する権利はない。シアは俺のものだ。どのように扱おうが、俺の勝手だ。それと、俺の娘に手を出すな」
「わ、分かった……見なかったことにする」
「分かればいい」
殺気を叩きつけられたデビッド達に為す術はない。首筋から刃が離れ、締め上げから解放されると、腰が抜けてしまったのか一斉に崩れ落ちてしまった。
「ハジメさん、やはり私の耳って人間の方には気持ち悪いのでしょうね……」
その直後、シアは自身のウサミミを触りながら自嘲気味に呟いた。
「中にはそういう人間もいる。あの騎士の忌避感が特に強かっただけのことだ。そもそも、兎人族は愛玩奴隷としての人気がある。一般的に気持ち悪いとはされないだろう」
「そう……でしょうか……あ、あの、ちなみにハジメさんとユエさん、ユキトシさんは……私のウサミミのことをどう思ってますか?」
ハジメなりの慰めに少し嬉しくなったシアは、自分の耳のことについて三人に尋ねてみる。
「まあ、愛らしいとは思っている」
「ん、シアの耳は可愛い……」
「ケモミミは好物だ」
案の定、三人の解答は好意的なものだ。
「そうですか、そんな風に思ってくれていたんですね! 私、嬉しいですぅ!」
シアは嬉しさを全面に押し出し、赤く染まった頬を両手で押さえながら頭を左右に動かす。頭のウサミミに至っては喜びを表現する様にわっさわっさと動いていた。
「南雲くん達は、本当に戻らないつもりなんですね?」
「翌日、俺は仕事に出て依頼を達成した後、ここを出る予定だ」
「わ、私達なら協力できますよ? 帰る手段を探すなら、人手が多い方が効率的なはずで……」
「許可できない。最悪の場合、地球に帰る前に帰らぬ人になる……」
ハジメの発言に愛子どころか護衛のクラスメイト達まで固まり、重苦しい雰囲気に包まれる。彼らは理解したのだ。ハジメ達のしていることは死と隣り合わせの行為であることを……既にハジメは別の世界にいるということを。
当初はハジメのことを手助けしたいと考えていた彼らだが、戦いから逃げてしまった自分達に手伝えることはないのだと分かってしまった。
そもそも、メトロイドやパイレーツといった存在が暗躍している可能性を考えると、彼らを連れて行くことは危険なのだ。
「では、先生。また会える時を楽しみにしています」
「待って、南雲!」
既にユエ達は二階へと通じる階段を登っており、この場にいない。ハジメは踵を返して後を追おうとするが、一人の女子生徒が引き留めた。
「君は……園部」
「な、南雲。あの時はありがとう。まだ、お礼を言えてなかったから……南雲のおかげで、私達はここにいられる」
それは園部優花だった。ベヒモス戦の時にハジメによって助けられた女子生徒なのはご存知だろう。あの時はハジメが奈落に落ちてしまったことで、今になってお礼を言うことになった。
“私達”と優花は言ったが、それには護衛隊のクラスメイト達も含まれている。皆、ハジメが優花を助けたことによって間接的に助けられていたからであり、次々とハジメにお礼を言った。
「誰も死なずに生還できたようで良かった。その事実だけで俺には十分だ」
ハジメはそれだけ言い残すと、その場を立ち去る。園部達に出来たのは、その背中を見送ることだけだった。
「なんか、南雲ってヒーローみたいだよな」
「というか、ヒーローそのものだろ」
「普通に男でも惚れるんだが?」
「私、南雲の娘になりたいんだけど」
「分かる。ユエとかいう子が羨ましいよね」
(南雲……この命、無駄にはしないから)
クラスメイト達がハジメのことを口々に言う中、優花はハジメの背中を見ながら心の中で呟いた。
その日の夜、愛子が宿泊している部屋のドアがノックされた。
「こんばんは。先生、南雲です」
「南雲くん?どうかしましたか?」
愛子はドア越しにハジメと話す。
「少し話したいことがある。同行者がいるが、構わないか?」
「え、えぇ……大丈夫…ですよ」
一瞬、“夜這い”という言葉が頭を過ぎったが、ハジメがそんなことをする筈がないし、生徒を疑ってはいけないと考えた愛子は、ドアを開けることにした。
「お邪魔します」
「ん……失礼します」
入って来たのは二人。最初はハジメで、その次にハジメの娘で金髪美少女のユエが追随して入室する。ユエを同行させたのは、夜間に女性の部屋へ男だけで行くのは宜しくないという理由からである。
「それで、話というのは?」
部屋に備え付けてあったテーブルと椅子を暖かい暖炉の前に移動させ、ハジメ達はそこに座って話をする。
「あの時、俺は全ての情報を話していなかった。あの場に王国や教会の関係者である近衛騎士や神殿騎士がいたからだ」
「彼らに聞かれては不味い内容ってことですか?」
「生徒のことを第一に考える先生ならば、その内容を聞いても冷静に受け止められると判断した。先生、聞いてくれるだろうか?」
「生徒の頼みなら、私はいくらでも聞きますよ」
そして、ハジメはオスカーから聞いた解放者と鳥人族エルダー、狂った神の遊戯の物語を話し始めた。
「そんな、それが世界の真実だなんて……」
呆然としてしまう愛子。かなりスケールの大きい話である上に、王国で聞かされていたものとは正反対だったため、彼女はどう受け止めるべきか分からなかった。
膨大な情報を咀嚼し、彼女なりの結論を出してもらうのに時間がかかるのは間違いない。
「残念ですが、これが真実だ。これを聞かなかったことにするのか、何かしらの行動を起こすのか、好きにしてもらって構わない」
「もしかして、南雲くんの目的は……その狂った神を倒すことなんですね?」
「そうです。ただし、神を倒すことも地球に帰る手段を探ることも優先順位は同列だ」
「ど、どちらも?」
まさか、神殺しなんてするつもりはないだろうと思って聞いた愛子だが、返ってきたのは両方を目的とするという返答だった。そもそも、地球に帰れたとしても邪神が健在ならば同じことが繰り返されるだけなのだから。
「よく話してくれました。実を言うと、私からも南雲くんに話さなければならないことがありまして……」
「それは?」
「南雲くんがオルクスで行方不明になった元凶が判明したんです」
「もしかして、檜山か?」
あの時に火球を放った犯人は檜山ではないかと、ハジメはすでに予想していた。完全に逆恨みではあるものの、自身を一番恨んでいるのは檜山だという自覚はあった。
「はい。生徒が仲間を殺そうとしたなんて、私は信じたくありませんでしたが……」
「その檜山は何処で何を?」
「檜山くんはあの日に行方不明になりました。そして、遠征していた天之河くん達の前に現れて……」
檜山が再び姿を現した時、彼はパワードスーツを纏った姿であり、直前に一つの村を殲滅していた。そして、自分はスペースパイレーツの一員であることを明かした。
「スペースパイレーツだと!?」
「南雲くん?!何か知ってるんですか?」
「知っているも何も、奴らは因縁の敵。その後の動向は?」
「それが……様々な場所に現れては虐殺をしているそうで……私の生徒がこんなことをするなんて、どう責任を取ればいいか……」
愛子は暗い顔で俯いてしまう。彼女は、檜山がそんな道を進んでしまったのは自分の責任だと感じているらしい。
「すでに事態は先生が責任を取れるレベルをゆうに超えている。今聞いた話だけでも、檜山は大勢の命を奪った。奴自身が責任を取る必要がある」
「そ、そんな……!」
「こればかりは、先生の力でも……」
しばらく沈黙が続く。生徒の味方であろうとする愛子も、どうにもならないことは理解していたが、認めたくなかったのだろう。ハジメにその事実を突き付けられ、彼女の頭の中にはグルグルと様々な考えが巡っていた。
「それでは、先生……」
もう話すべきことは話したため、ハジメはユエを連れてその場から立ち去ろうとする。だが、そこで愛子の脳裏にとある生徒の存在が浮上したため、彼女はそのことをハジメに伝えようと話しかけた。
「白崎さんは、南雲くんの生存を諦めていませんでしたよ。今も、それだけを信じてオルクス大迷宮に潜っています」
その瞬間、ハジメの歩みが止まる。
「今、何と?白崎さんがオルクス大迷宮に?」
「そうです。勇者パーティの一員として頑張っているみたいですよ」
「怪我とかは?」
「は、はい。オルクス大迷宮は危険な場所ではありますが、順調に実力を伸ばしつつ攻略を進めているようです。時々届く手紙にはそうありますよ」
「そう、か……」
この時、ハジメは知ってしまった。戦いに参加してほしくないと思っていた大切な存在が、予想に反して自ら危険な道を選んでしまったことを。それを受け、ハジメは心の中で動揺していた。
「ねえ、お父様。やっぱり、自分の選択を後悔しているの?」
愛子の部屋を出ていった後、ハジメとユエの姿は町外れのベンチにあった。
「あぁ……俺は、結果的に彼女を戦いの道に連れていってしまった。俺は、どうするべきだったのか……」
ハジメの表情は暗い。以前、ハジメはユエに対して香織のことを語っており、香織には戦いと無縁の生活を送ってほしいと考えていた。だが、そうはならなかったのだ。
「お父様……お父様の選択で救われた人がいることを忘れている。タイミングが少しずれていたら死んでいた者も多い。私だって、救われた者の一人……」
ハジメは香織のことを考えるあまりに、重要なことを見落としていた。それは、自分が救ってきた者達の存在である。
「私が今この場にいられるのも、シアの命を救えたのも、シアの家族やフェアベルゲンを守れたのも、全てお父様の選択の結果。それを忘れないで」
「ユエ……あぁ、俺は馬鹿だったよ。何故、俺はここまで弱気になっていたのだろう」
「大丈夫。完璧な人間なんていない」
そう言って、ユエはハジメの頭を撫でる。それによってハジメは落ち着き、この間だけ父と娘の関係から母と息子の関係に変化していた。
「ユエ、ようやく決心がついた。俺は白崎さんに必ず再会して全てを話そうと思う。俺の彼女への思いを、俺の過去を、俺がこれから歩む道を……」
「よかった、お父様が立ち直ってくれて……」
ハジメはオルクスでベヒモスと対峙する直前、香織と約束をしていた。それは、香織のところに“必ず戻る”という約束だ。すぐに戻ることは叶わなかったが、ようやくその時が近づいてきていた。
(白崎さん、俺は必ず戻る……)
再会の時は、近い……
ユエが使った魔力の糸はフリーレンに出てきた魔法が元ネタです