夜明け。東の空はしらみ始め、ハジメ達はそれを横目にウルの町の北門へと向かっていた。そこから北の山脈地帯へと続く街道が伸びており、馬で丸一日かかるのだという。ジャガーノートならば二、三時間で着くと予想される。
捜索対象であるウィル・クデタが同行していた冒険者パーティが消息を経ってから既に五日。生存は絶望的だろう。ただし、生存の可能性はゼロではないため、できるだけ急いで捜索する予定だ。
町の表通りを北に進むと、やがて北門が見えてくる。門を通過したら速やかに出発する手筈だったのだが、ハジメは門の側でたむろしている複数の人間の気配を感じ取った。
その気配の正体は愛子と六人の生徒達である。その理由など容易に想像できたが、ハジメはすかさず彼女達の目的を尋ねた。
「先生、こんな早朝に何を?」
「南雲くん、私達も捜索を手伝います。人数は多い方がいいですし、人探しなら危険も少ないと思います」
「それは無理だ」
案の定、彼女達の目的はウィルの捜索を手伝うことだった。間違いなく意欲はあるのだろうが、ハジメによって一瞬で切り捨てられる。
「現在の状況が分からない場所に、王国にとっての重要人物である先生を連れていくのはリスクがある」
「重要人物って……発言が通りやすいだけですよ?」
愛子は自分の王国における影響の強さをあまり自覚していなかった。精々、自分の発言がよく通る程度の認識である。そんな彼女の姿を見て、発言する者達がいた。
「小娘よ、そなたは“豊穣の女神”と呼ばれているそうではないか。もはや神に等しい存在と認識されているそなたは、どの勢力としても無視できぬ存在なのじゃ。命を狙われてもおかしくない」
「こ、小娘?えっと、誰ですか?」
それはティオだった。ハジメ達がウルに入った後、密かに彼女も来ていたらしい。
「姐さん、どうしてウルに?」
「北の山脈地帯に不穏な気配があるとノクサスに言われたのじゃ。ユキトシよ、彼女がそなたの恩師じゃな」
「はい」
「えっと、清水くんのお仲間ですか?」
唐突に現れた美女に視線が集まる。特に護衛隊の男性陣の視線は下心満載である。
「妾はティオ・クラルス。ユキトシを鍛えた者の一人じゃ」
「そうなんですね。清水くんがお世話になったみたいで……本当にありがとうございました」
愛子は礼を言う。自分にはどうしようもない間に生徒の面倒を見てくれていたのだ。感謝しないはずがない。
「先生、最近はパイレーツの動きが活発化している。命を狙われている可能性を考えて遭遇は避けたい。先生の命のためにも、連れて行くわけには……」
「南雲くん。私は先生です。私には生徒を見守る義務があります。これまでのことは、私が生徒と向き合うことが出来なかったことが原因。だからこそ、今度こそきちんと見守りたいんです。どうか、同行させてください」
深く頭を下げる愛子。召喚後には動揺から生徒達に全てを丸投げする形となったこと、自分が近くにいない間に一部の生徒が離れていってしまったことなどを彼女はかなり後悔していた。
「南雲、私達からもお願い」
優花達も愛子と共に頭を下げる。こんなに大人数に頭を下げられて、それを切り捨てられる程の非情さをハジメは備えていなかった。
「分かった。同行を許可する」
「南雲くん、いいんですか!?」
「ただし、こちらの指示に従ってほしい。そうでなければ、先生達の命を保証できない」
「ありがとう、南雲。愛ちゃんのお願いを聞いてくれて……」
こうして、捜索に愛子達が参加することになった。
「そういえば、南雲はどうやって山脈に行くの? 私達は馬があるけど……」
優花が尋ねる。見れば、彼女達の背後には人数分の馬が用意されていた。一応、乗馬のスキルはあるらしい。
「俺達にはこれがある」
ハジメは宝物庫を光らせ、近くに六輪装甲ビークルのジャガーノートを出現させる。いきなり虚空から現れたその巨体に、優花達はビクッとなった。
「馬だと一日かかるが、これなら数時間で着くはずだ。乗っていくか?」
ハジメは優花達に提案するが、ファンタジーの異世界に似つかわしくない重厚なフォルムと存在感に度肝を抜かれたのか、乗り物を見つめたまま誰も動かない。そこに、一人の男子生徒が興奮した様子で質問してきた。
「なあ、これは南雲が作ったのか!? すげえな、後でゆっくり見せてくれよ!?」
彼の名は相川昇といい、バイクや車が大好きなクラスメイトだ。召喚された先は好きな乗り物がない世界でガッカリだったが、久しぶりに科学技術の塊を見ることができてテンションが上がっていた。
「あぁ、いいぞ。好きなだけ見せてやる」
「やったぜ!」
人数的に窮屈になると判断したハジメは、トレーラーを出現させてジャガーノートの後部に接続し、乗るように促す。
ここで、護衛隊のクラスメイト達を紹介しておこう。リーダー格で投術師の園部優花、彼女の友人で操鞭師の菅原妙子、同じく友人で氷術師の宮崎奈々、戦斧士の相川昇、幻術師でメガネの仁村明人、曲刀師で一応サブリーダーのはずの玉井敦史。計六人が護衛隊のメンバーである。
ジャガーノート本体に乗り込んだのは、ハジメとユエ、、幸利、愛子、相川、仁村、玉井。トレーラーの方にはシアとティオ、優花、妙子、奈々が乗っている。
「では、出発するぞ」
ハジメは全員が乗り込んだことを確認すると、ジャガーノートを発進させた。
前方に山脈地帯を見据えて真っ直ぐに伸びた道を、大型の六輪ビークルが爆走する。かなりの悪路だが、大きいタイヤと整地機能によって揺れは少なく、牽引されているトレーラーに乗っていた女子達も快適そうだった。
操縦席のハジメの膝の上にユエが陣取り、すぐ近くに増設された席にいる愛子がハジメと何やら話し合っている。その後ろでは男子三人が近未来的な内装に大興奮しており、まるで某テーマパークのアトラクションに乗っている小さな子供のようだ。
一方、トレーラーの方では女子会が始まっており、優花達が異世界の恋愛事情についてシアとティオに根掘り葉掘り質問している。二人は勿論のこと優花と妙子は肉感的な女子なので、スレンダーな奈々は居心地が悪そうだ。
そして、愛子とハジメの話も佳境を迎えていた。二人が話していたのは、檜山への対応についてである。
「先生、俺は殺してでも檜山を止める」
「こ、殺すなんていけません。相手はクラスメイトで同じ場所から来たんですよ?」
「檜山は大量殺人を犯したテロリストだ。精神はすでに歪みきっている。説得の余地などない」
ハジメとしては檜山を殺すつもりだった。スペースパイレーツに所属している時点で抹殺対象であり、それに加えて大量殺人を犯したためにツーアウトだ。
「もしかして、復讐のつもりなんですね? 復讐をしたって、何もいいことなんて……」
「檜山に恨みなんてない。人々の安全のために危険なテロリストを排除する。ただそれだけだ」
「南雲くん、辛いことがあったのなら相談に乗りますよ。先生としては生徒に物騒なことを言ってほしくないんです」
どうやら、愛子はハジメが物騒なことを言うようになった理由を、奈落で辛い目にあったからだと思っているらしい。
「先生、俺には平和を守る使命がある。そのためならば、敵を殺すことも厭わない」
「南雲くん……それでも私は彼を信じたいんです。だから、対話する猶予を残してほしいと思っています」
愛子は檜山の説得を試みようとしていた。明らかに無謀過ぎるのだが、生徒と最後まで向き合うという彼女の先生としてのあり方が示されていた。
ハジメは折れない愛子の姿を見て、対話の猶予を残すことにした。無視することだってできるのだが、先生の思いを無駄にするつもりはない。
「分かりました、先生。対話する余地は残す。ですが、少しでも先生や周囲に危害を加えようとした場合、攻撃する」
「ありがとうございます、南雲くん!」
やがて、一行は北の山脈地帯に辿り着く。
標高千メートルから八千メートル級の山々が連なるそこは、どういうわけか生えている木々や植物、環境がバラバラになっている不思議な場所だ。秋の山のような光景が見られたかと思ったら、次のエリアでは真夏の木のように青々とした葉を広げていたり、逆に枯れ木ばかりという場所もある。
ジャガーノートで山の三合目まで一気に登った後、一行はそこで徒歩に切り替えて進む。乗り物では痕跡を見逃す可能性があるからだ。
「ここからは徒歩で行こう。だが、その前に……イヴ、一部のユニットを投入して偵察を頼む」
『了解』
ジャガーノートには随行支援ユニットが何機も格納されている。ハジメはその一部を偵察機として山中に放った。そして、それを見た優花が尋ねてくる。
「南雲、あの機械は?」
「随行支援ユニットだ。高性能な人工知能が遠隔で操作している」
「かなりハイテクだね。これも南雲が作ったの?」
「これは違う。とある人々の遺産を借りているだけだ。彼らのこともいつか話そう」
「ふーん、楽しみにしてるね」
偵察機を放った後、ハジメは残りの随行支援ユニットに対しても役割を与えることにした。
「イヴ、残りはメトロイドレーダーをオンラインにした上、俺達の周囲に配置してくれ。一機はすぐ側に頼む」
『了解、メトロイドレーダーを起動させます』
追加で放たれた随行支援ユニットには、メトロイドを探知するための専用のレーダーを装備している。もしも探知した場合は直ちに情報共有が為され、随行している機体からピコピコと音が鳴ることになっていた。
ハジメ達は、冒険者達も通ったであろう山道を進む。情報によると魔物が目撃されたのは六合目から七合目の辺りであり、捜索対象もその付近に向かった可能性が高い。その辺りに偵察機を先行させて進む。
愛子達の体力を考えて何度か休憩を挟みつつ、約一時間。六合目に到着した一行はそこで立ち止まった。
「周囲を調べよう。地図によると、この辺りに川があるらしい。捜索対象も立ち寄ったかもしれない」
耳をすませば川のせせらぎが微かに聞こえてきた。敵対存在との接触の可能性が高いため、索敵能力に長けたシアを先頭にし、残りのメンバーで愛子達の周囲を固めて川へと向かう。
「ハジメさん、川岸で焚き火をしていた跡があります。それも、割と新しいものです」
「そうか。ここにいたのは間違いないな。問題は、その後に何処へ向かったかだが……」
「南雲、付近に複数の足跡を確認した。どれも上流へと向かっている」
シアと清水がそれぞれ痕跡を見つけてくれた。その情報に従い、一向は川沿いに上流へと移動を始める。
『報告:上流にて痕跡を確認』
そんな中、イヴから報告が入る。ユニットから投映された映像を見ると、そこには盾や鞄、武器が散乱している光景が映っていた。
「ん……上流の方。まだ新しそう」
「ふむ、これは当たりかもしれぬな。付近に捜索対象がいる可能性もありそうじゃ」
一向が駆けつけると、そこには凄惨な光景が広がっていた。大穴の空いたシールドに、半ばから紐を引きちぎられた鞄、折れた剣といった装備や血痕だけに留まらず、人間の形をした砂の塊が二つ存在していた。
「この砂、まさか……」
ハジメ達の脳裏に浮かぶのはメトロイドの存在だ。この惨状を見るに、彼らの命を最終的に奪ったのはメトロイドであると予測できた。
「人の気配……場所は、あの奥だ。まさか、生存者がいるとは……」
しばらくして、ハジメの“気配感知”に人間の気配が引っ掛かる。ハジメが指差した場所にあったのは、立派な滝だった。
「ユエ、頼む」
「ん……“波城”、“風壁”」
水属性と風属性の魔法による壁が滝と滝壺の水を二つに割り、人間が通れる道が形成される。無詠唱かつ魔法陣無しで二つの属性の魔法を同時に応用して行使したことに、愛子達は驚きを隠せない。
魔力も無限ではないので、ハジメは、愛子達を促して滝壺から奥へ続く洞窟らしき場所へ踏み込む。洞窟は入って直ぐに上方へ曲がっていて、そこを抜けるとそれなりの広さがある空洞が出来ていた。それは奥まで続いており……
「人が倒れている。まだ息はあるようだ」
その奥に男が横たわっていた。年齢は二十代前半くらいで、育ちが良さそうな顔立ちである。少なくとも冒険者には見えない。
ハジメが駆け寄り、彼の容態を確認する。胸が上下に動いているので呼吸はしており、特に怪我もしていないが、顔が青ざめていた。
「顔色が悪いが、命に別状はない。ただ、眠っているだけのようだ」
それを聞いて胸を撫で下ろす愛子達。先程、人の死をまじまじと見てしまったばかりなので、人が生きていると知って安心していた。
「うっ、うう……あれ、あなた方は?」
その時、青年が目を覚ました。
「起きたばかりですまない。クデタ伯爵家三男のウィル・クデタか?」
「は、はい……どうも、私がウィル・クデタです」
「そうか。俺はハジメ・ナグモ……フューレンのギルド支部長の依頼で救助に来た者だ。生きていて良かった」
「イルワさんが!? そうですか。あの人が……また借りができてしまったようだ……あの、あなたにも感謝してます。イルワさんから依頼を受けるなんて、よほどの凄腕なのですね」
尊敬を含んだ眼差しと共に礼を言うウィル。彼は貴族であるが、権力を笠に着て威張ることはなく、フューレンで会った例の貴族とは大違いだ。だが、ウィルは突然思い出したかのように慌て始めた。
「そ、そうだ……冒険者の皆さんが殺されて、私は逃げて……わ、私だけ生き残ってしまった……こんな役立たずの私なんて、死んでしまえばよかったんだ!」
ウィルは何度も激しく岸壁に頭を打ち付ける。謝罪の言葉を吐きながら自傷行為を続ける彼を見て、愛子達はどうすればいいか分からず、オロオロとするだけだ。
「やめないか!」
そこでハジメが動いた。ウィルを一喝すると彼の胸ぐらを掴み、額から血を流している顔を自身に向けさせる。
「生き残ったことを後悔するな。君は彼らから未来を託されたんだ……」
「託……された?」
「そうだ。彼らの分まで生きるんだ。その命でさらに人を救うことが、彼らへの弔いとなる」
「で、でも、戦いなんて……」
「同じ道を進む必要はない。自分にできる範囲でやればいい……だから、君は生きろ」
ウィルに語りかけるハジメは重苦しい雰囲気を放っている。到底、平和な現代日本で生きる子供が出せるものではなく、ゼーベスで大切な人々を失うという壮絶な経験をしたハジメだからこそ出せる雰囲気だ。
「ナグモさん。あなたのおかげで自分のすべきことが分かりました。ありがとうございます」
「礼は後でいい。とりあえず山脈を脱出することが先決だが、その前に当時のことについて詳しく聞かせてくれ」
ウィルが落ち着いたので、ハジメは彼らが襲われた時のことについて聴取する。敵について知るためには、実際に目撃した彼の証言が必要だった。
「はい。あの時、私達は……」
ウィル達は五日前、ハジメ達と同じルートで山を登っていたところ、五合目辺りで数十体のブルタールに遭遇したのだが、様子がおかしかった。何かから逃げているかのように焦っていたのだ。そのまま轢かれそうになったので撤退を選んだのだが、冒険者達は生還が叶わなかった。
「ブルタールの群れから逃げていると、謎の集団によって包囲されました。見たことのない甲殻類のような人型に、クラゲやクモのような浮遊する化け物がいて、鎧の巨漢がそれを率いていました」
化け物達はウィル達やブルタールの群れに襲いかかり、その最中に盾役と軽戦士が犠牲となった。何とか逃げ出したが、追ってきた集団によって残り三人の冒険者が立て続けに殺害され、一人になったウィルは川に追い詰められてしまった。
「そこに緑色の体をしたおぞましい巨大な魔物が現れました。私は奴の放った火球で吹き飛ばされて、川に転落して……」
これだけでハジメ達は理解した。ウィルの仲間を殺した犯人はスペースパイレーツとメトロイドであり、それを指揮したのは檜山であることを。愛子達も檜山が関わっていることには気付いたようで、複雑な表情をしていた。
「大体分かった。ウィル、早く脱出しよう。ここに長居してはいけない」
脱出を急ぐハジメ。スペースパイレーツとの戦いで頭数に入れられない者達を連れたまま、戦闘に突入するのは危険だからだ。だが、事は簡単には運ばない。
『報告:メトロイドレーダーに感あり』
ユエの魔法で再度、滝壺から出てきたハジメ達を歓迎する者達がいた。
「や、奴らだ……」
あの時の光景がフラッシュバックしたウィルの表情が恐怖に染まり、真っ青な顔でガタガタと震え出す。愛子達もその辺の魔物とは異なり明確な殺意を持った存在に囲まれたことで、完全に硬直していた。
ハジメ達は包囲されていた。それを構成するのは多数のスペースパイレーツ戦闘員や進化体トータスメトロイド。そして、彼らの中に一際目立つ存在がいた。
「グルルゥゥゥ……」
それは、トータスメトロイドの更なる進化体だった。ガンマから進化を遂げて強靭な四肢と尾を備えた大型爬虫類のようになっており、腹部のコアも健在だ。奴は惑星SR388のゼータメトロイドに酷似していた。
トータスメトロイドゼータは合計十二個の赤い目でウィルを睨みつけており、彼だけを狙うようにコントロールされているらしい。
「メトロイドまで……仕方ないな。先生、ウィル、ここから先の出来事は他言無用で頼む」
ハジメはジェットブーツを吹かしながら高く跳躍すると体を丸めて空中で縦回転。同時に精神を統一し、強烈な光を周囲に放ちながらパワードスーツを展開する。
ハジメが地面に再び足を着けた時、その姿は人間ではなくなっていた。クラスメイト達は突然の出来事に理解が追い付いていない様子だったが、それでも愛子は気を引き締めてハジメに問いかけた。
「南雲くん……その姿は?」
「これは、俺の本気だ」
そして、ハジメ達は並び立つ。
「ユエ、今回は守りに専念してくれ」
「ん……任せて」
直接的に戦闘に参加するのはハジメとシア、ティオと幸利の四人。
「ナグモよ、有象無象は我らが引き受けた」
ユエが非戦闘員を守り、パイレーツと進化体トータスメトロイドは三人が引き受け、一番の大物であるゼータメトロイドをハジメが相手取るという分担である。
「さあ、戦闘開始といこうか」
山脈における戦いが、始まった。