ウィルを連れて無事に帰還したハジメ達。現在、フューレンの冒険者ギルドにある応接室に通されており、出された茶を飲んでいた。依頼を受けていない幸利も一緒である。
「ウィル! 無事かい!? 怪我はないかい!?」
そこに飛び込んできたのは依頼を出した張本人であるイルワだ。ウィルのことがかなり心配だったのか、以前の落ち着いた雰囲気は何処かに捨ててしまっていた。
「イルワさん……すみません。私が無理を言ったせいで、色々迷惑を……」
「……何を言うんだ……私の方こそ、危険な依頼を紹介してしまった……本当によく無事で……君に何かあったら君の両親に合わせる顔がなくなるところだよ……二人とも随分と心配していた。顔を見せて安心させてあげるといい。君の無事は既に連絡してある。数日前からフューレンに来ているんだ」
「父上とママが……わかりました。直ぐに会いに行きます」
イルワは、ウィルに両親が滞在している場所を伝えると会いに行くよう促す。ウィルは、イルワに改めて捜索に骨を折ってもらったことを感謝し、ハジメ達に改めて挨拶に行くと約束して部屋を出て行った。
そして、改めてイルワとハジメが向き合う。イルワは、穏やかな表情で微笑むと、深々とハジメ達に頭を下げた。
「ハジメ君、今回は本当にありがとう。まさか、本当にウィルを生きて連れ戻してくれるとは思わなかった。君達のランクを黒以上にするという約束だったけれど、金ランクにさせてもらうよ」
姿勢は幸利にも向けられる。
「君にも感謝しているよ。まさか、新進気鋭な君が協力してくれていたなんて。依頼はしていないが、同じ待遇にさせてもらう。無報酬というわけにはいかないからね」
幸利は冒険者としても活動しており、有望な存在として一目置かれていたらしい。彼が無言で頷いた後、視線はハジメに戻されるのだが、そこでイルワはニコニコとしながらこんなことを言った。
「しかし、ウィルを助けてくれただけでなく、町を何万もの魔物の大群から守りきってくれるとはね……流石は女神の剣にして、女神より鎧を授けられた戦士というわけだ」
「もう伝わっているのか……」
ウルには数日滞在しているが、それにしても情報が伝わるのが早すぎるだろう。何らかの手段を使ったのだろうか?
「君達には密かに監視員を付けていてね、長距離連絡用のアーティファクトで報告を受けていたんだ。あのとんでもない乗り物のせいで常に後手に回っていたようだけどね……」
イルワは苦笑いする。後手に回っていた監視員のことを考えると、同情してしまう。むしろ、それでも任務を完遂している辺り、有能なようだ。
「それにしても、君の纏う鎧に対する興味は尽きないよ。女神の鎧ということになっているけれど、実際にはどうなのかな?」
「詮索はそのくらいにしてもらおうか……」
「悪い悪い、本題に戻ろう。とりあえず、気になるところは多いけれど、君の提示した条件を守ることにしよう」
ハジメは依頼を受ける条件として、ユエとシアのステータスプレートの発行と、その内容を他言無用とすることを提示していた。
イルワの指示で職員が新品のステータスプレートを二枚持ってきた。結果、ユエ達のステータスは以下の通りだった。
ユエ 323歳 女 レベル:75
天職:神子
筋力:120
体力:300
耐性:60
敏捷:120
魔力:6980
魔耐:7120
技能:自動再生[+痛覚操作]・全属性適性・複合魔法・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収]・想像構成[+イメージ補強力上昇][+複数同時構成][+遅延発動]・血力変換[+身体強化][+魔力変換][+体力変換][+魔力強化][+血盟契約]・高速魔力回復・生成魔法・空間魔法・重力魔法
シア・ハウリア 16歳 女 レベル:40
天職:占術師
筋力:80[+最大8100]
体力:100[+最大8120]
耐性:80[+最大8100]
敏捷:105[+最大8125]
魔力:3020
魔耐:3180
技能:未来視[+自動発動][+仮定未来]・魔力操作[+身体強化][+部分強化][+変換効率上昇Ⅱ] [+集中強化]・重力魔法
「こ、これは……何かあるとは思っていましたが……これほどとは……」
ユエはすでに滅んだはずの吸血鬼族固有のスキルである“血力変換”を持っている上、ステータスが明らかにおかしい。シアについては亜人であるのに魔力を持っており、種族の常識を無視しているのだ。驚かない方がおかしいだろう。
そして、追い討ちをかけるようにハジメが事の些末を語って聞かせる。普通なら一笑に付しそうな内容でも、先にそれを裏付けるような内容を見てしまっているので信じざるを得ない。イルワは話を聞き終えると、一気に十歳くらい年をとったような疲れた表情でソファーに深く座り直した。
「……道理でキャサリン先生の目に留まるわけだ。ハジメ君が異世界人だということは予想していたが、実際には斜め上をいった……彼も同郷で、行方不明になったはずの冒険者ときた……」
イルワは幸利を見る。神の使徒が冒険者となり、その後に行方不明になったという報告を受けていた。まさか、名前と姿を変えて再び冒険者として活動していたなんて、想定外だった。
「なるほど、君たちの強さにはかなりの秘密があったというわけだ。それも、世界をひっくり返すほどの……」
「どうする? 危険分子として密告するか?」
「君は冗談がうまくないね。密告なんて出来るわけがないだろう? 君達は私の恩人なんだ。そのことを私が忘れることは生涯ないよ」
その後、イルワは全員を金ランクの冒険者にしてくれた。本来、金にするのは面倒な手続がいるのだが、キャサリンとイルワの推薦に加えて、“女神の剣”という名声もあるため、事後承認で何とかなるとのことだった。
イルワの大盤振る舞いはそれだけに留まらない。ギルド直営の宿のVIPルームを使わせてくれたり、イルワの家紋入り手紙を用意してくれたりした。それほど、彼はハジメ達と友好関係を築きたいと考えていた。
イルワと別れ、ハジメ達は宿のVIPルームでくつろぐ。途中でウィルが両親のグレイル・グレタ伯爵とサリア・グレタ夫人と共に訪ねてきており、伯爵がお礼に金品の支払いや家への招待を提案してきたが、既にギルドから報酬は貰っているということでハジメは断っている。
そのため、グレイル伯爵は困った時にはどんなことでも力になることを約束し、去っていった。今後のことを考えると、彼らの力を借りることになるだろう。
こうしてVIPルームでくつろぐハジメ達。今後の予定を話し合う中で、幸利がとある提案をした。
「明日は休まないか?俺達は一連の戦いで消耗している。次の戦いに備えよう」
「そうだな、俺達は無限に戦えるわけではない。明日は観光区に行こうか。シアへのご褒美も兼ねて……」
「ご、ご褒美ですか?!」
ハジメは元より、これまでのシアの活躍に報いるためにご褒美を与えることを考えていた。彼女は外の世界をあまり見てきていないので、平時は少しでも彼女に外の世界を楽しんでもらいたかった。
「ん、シアはよく頑張ってる」
「なんだか照れますね……」
褒められて頭をかくシア。実はそれ以外にもご褒美を用意しているのは秘密である。
「南雲、翌日はシアさんと二人きりでデートするのはどうだ?」
「で、デートだと!?」
「ふふっ、師匠とデートですか……男の人と二人きりでお出かけだなんて///」
シアは赤くなった顔を手で覆いながら、イヤンイヤンし始める。かなり嬉しそうだ。
「ん、たまにはいい。お父様、デートしてあげて?」
「分かった、明日はシアと行動しよう」
ハジメに拒否権などは存在しておらず、こうしてシアとのデートを承諾することになった。
「ふんふんふふ~ん、ふんふふ~ん! いい天気ですねぇ~、絶好のデート日和ですよぉ~」
翌日、フューレンの町の大通りを上機嫌で歩いているウサミミ少女の姿があった。その服装は戦闘用のものではなく、お出かけ用の可愛らしい白色ワンピースになっている。シアが歩く度に豊満な胸が揺れ、美しいくびれやスラリと伸びる引き締まった美脚と共に男達の視線を集めていた。
魅力はそれだけではない。笑顔を浮かべ、楽しいという感情を全身で表現しており、周囲の人々を尽く見惚れさせ、あるいは微笑ましいものを見たというようにご年配の方の頬を緩ませている。
そんなシアの後ろを、ハジメは頬を緩めながら歩いていた。シアはかなり嬉しいのか、先に前へと進んではハジメの方へ振り返り、笑顔を向けて追い付くのを待つという行為を続けており、ハジメは保護者のような気分だった。
「はしゃぎすぎだ、シア。転ばないように気をつけろ」
「ふふふ、そんなヘマしませんよぉ~、ハジメさんに鍛えられているんですからッ!?」
急なフラグ回収である。何度目か分からない振り返りの際に足を引っ掛けて転んでしまい、身体が地面に打ち付けられそうになる。だが、シアは咄嗟に片手側転をすることで回避した。
ワンピースなのに側転をしたことで、シアのパンツは周囲は丸見えだ。しかし、その瞬間を見た男はいない。何故なら、ハジメが周囲に睨みを効かせたからである。仮に見た奴がいたら、記憶が消えるレベルで殴られるか、後で幸利の闇魔法で記憶を消されることになるだろう。
「言わんこっちゃない……何を仕出かすか分からないし、俺の隣を歩いてくれ」
「す、すいません……」
そんなハジメとシアの二人は周囲の視線を集めつつ、遂に観光区に入った。観光区には、実に様々な娯楽施設が存在する。例えば、劇場や大道芸通り、サーカス、音楽ホール、水族館、闘技場、ゲームスタジオ、展望台、色とりどりの花畑や巨大な花壇迷路、美しい建築物や広場などである。
「ハジメさん、ハジメさん! まずはメアシュタット水族館に行きましょう! 私、一度も生きている海の生き物って見たことないんです!」
ガイドブックを片手にはしゃぐシア。内陸の樹海出身なので海の生物というのを見たことがないらしく、メアシュタットというフューレンでも有名な水族館に見に行きたいらしい。
「水族館か……いいだろう」
そうして、水族館へと向かう二人。たどり着いたメアシュタットは相当に大きな施設だった。海をイメージしているのか全体的に青みがかった建物となっており多くの人で賑わっている。
中は地球の水族館に似ているが、トータスの技術的な問題から透明な水槽ではなく、格子状の金属製の柵に分厚いガラスがタイルの様に埋め込まれており、若干の見にくさはあった。
だが、シアが気にすることはない。初めて見た海の生き物が泳いでいる姿に目を輝かせ、頻りに指を差しながらハジメに話しかけてくる。その仕草はまるで小さな子供のようだ。
(こんな幼少期が俺にもあったのかもしれないな……)
ハジメはそれを見て思った。パイレーツに拐われるようなことがなければ、両親と水族館に行って楽しそうにはしゃぐ幼少期の自分がいたのではないかと。
(だが、それはもう過ぎたことだ。もう叶うことはないが、同じような目に遭う者を助けることならば……)
「……さん、ハジメさん!?」
「はっ?!」
遠い目をしているハジメの意識を現実に引き戻したのは、シアの声だった。
「ちょっと、どうしたんですか?」
「す、すまない……」
「ほら、次に行きますよ」
ハジメはシアに手を引かれて水族館を巡る。大量の小魚の群れが泳ぐ水槽や、ペンギンみたいな動物の展示、イルカみたいな動物のショーなどを見てきたのだが、途中でシアがとある水槽を二度見し、さらに凝視した。
「ハジメさん、何か面白い魚がいますよ!」
「こ、これは……人の顔をしている」
それは人面魚だった。しかも、ただの魚ではなく水棲系の魔物である。彼?はハジメのことを真っ直ぐと見つめており、互いの視線が交錯する。謎の緊張感が生まれる中、シアが水槽の旁の解説を見てくれた。
「ハジメさん、このリーマンという魔物は“念話”という固有魔法を持っていて、こちらの言葉を理解してくれるので、会話が成立するそうですよ」
「そうなのか。何か話してみるか……」
ただし、面倒くさがりなので真剣に会話してくれることは滅多になく、話している内に人間が無気力になるおまけ付きである。
「やあ、俺はハジメだ。こちらの言葉が分かるのか?」
“おお、名乗るなんてしっかりとしてるじゃねえか。感心するぜ”
脳内に直接語りかけてきたのは、やけにイケボなおっさんの声だった。最初に名乗ったのが彼にとって高評価ポイントらしい。
“とりあえず、俺が言葉を理解していることは分かってもらえたな?”
「あぁ、よく分かった。ところで、あんたのことは何と呼べばいい?」
“リーさんとでも呼んでくれ。お前さんのことはハー坊とでも呼ばせてもらうぜ”
こうして、シアを置いてけぼりにして二人の会話が続く。傍目には若い男がおっさん顔の人面魚に対して一方的に話しかけるというシュールな光景なので、人目につき始める。シアが、それにそわそわし始めハジメの服の裾をちょいちょい引っ張るので、ハジメは会話を切り上げた。
“悪いな、ハー坊。デートの邪魔をしちまった。お前さんのことは応援してるぜ。何やら普通の人間とは違うようだし、大きなことを成し遂げそうだからな”
どうやら、リーさんはハジメが純粋な人間ではないことを野生の本能で感じ取っていたらしい。
「リーさんと色々と話せてよかった。あんたは水槽で死ぬには惜しい人だ。後で水族館から買い取って、近くの川に送り届けることを約束しよう」
“恩に着るぜ、ハー坊”
二人の交流はここで一旦終了だ。ここからハジメはシアとのデートに戻り、ショップでお土産を買ってから水族館を後にした。リーさんに関しては後で買い取った上で近くの川に帰す予定なので心配ご無用である。