ハジメ達はアンカジ公国へと到着した。そこは外壁に覆われた乳白色の都であり、外壁も含めた全ての建築物が乳白色で統一されていて、外界の赤銅色とのコントラストが美しい。
そして、その全体が巨大なドーム状のエネルギーシールドのようなものに覆われているのが分かる。その発生源は外壁の各所に分散し、何本もの光の柱を天へと昇らせてドームを形成していた。
ビィズによると、これは結界系アーティファクトの“真意の裁断”といい、砂の侵入を今日まで防ぎ続けている代物だ。何を通すかは自由に設定可能で、闇属性魔法を組み込んでいるので精神を読み取って特定の考えを持つ者を弾くことも可能だという。
門を抜けてみれば、そこには美しい都が広がっていた。東側にあるオアシスに湛えられた水が幾筋もの川へと転じて都内へと流れ込み、砂漠の真ん中だというのに水の都となっていた。緑豊かな場所も多く、オアシスの恩恵を受けているのだ。
しかし、今はそのオアシスによって苦しめられている。全ての水に毒素が混ざっており、病の蔓延で暗い雰囲気だ。いつもなら賑わっているであろう市場も閑散としていて、誰も外に出ていかず家々に引き込もっている。まるで、嵐が過ぎ去るのを待つかのように。
「お師匠、みんな元気ないの……」
「ミュウ、俺達で皆を元気にするんだ。そうすれば、元の活気も戻ってくるだろう」
「……使徒様やハジメ殿にも、活気に満ちた我が国をお見せしたかった。すまないが、今は、時間がない。全て解決した後にでも案内をさせていただこう。一先ずは、父上のもとへ。あの宮殿だ」
ビィズが指差す先には、都の中でも一際大きな宮殿らしき建造物。他とは一線を画す荘厳さで、純白といってもいい白さだ。イメージはインドにあるアレである。
ビィズの案内で宮殿へと入る。彼の顔パスによって領主ランズィの執務室まですんなりと通してもらえた。
「父上!」
「ビィズ!?お前、もう戻ってきたのか?」
救援要請に行ったはずの息子が早く戻ってきたことに驚くランズィ。だが、彼を驚かせている場合ではない。ビィズが素早く事情説明を済ませてくれたため、話はトントン拍子で進む。
「動くとしよう。香織はシアと共に医療院とその他収容施設へ。小型魔力タンクも持っていくといい。ミュウは二人のお手伝いだ」
香織が渡されたのは小さなカプセル状の小型物体だ。表面には大きくEと書いてあり、まるでゲームのアイテムのようにも見えた。小さいながらもかなりの容量を持つ魔力タンクである。
「領主、最低でも二百メートル四方の開けた場所はあるだろうか?」
「む? うむ、農業地帯に行けばいくらでもあるが……」
「それは助かる。ユエ、清水は俺と一緒に来てくれ。シアはタンクに魔力が貯まり次第、ユエの所まで頼む」
ハジメが指示を出す。香織達の役目は患者の治療だ。ビィズにやったように魔力を吸出し、応急処置を施す。シアとミュウは彼女の手伝いをしつつ、魔力が溜まればシアがタンクを配達する。
ユエには貯水池を作る大役をお願いしている。そして、ハジメとユエ、幸利はオアシスへと向かい、調査することになっていた。
やがて、アンカジの北部にある農業地帯の一角に場所を移す。領主のランズィと数人の護衛や付き人も同行している。そこには二百メートル四方どころかその三倍はありそうな平地が広がっており、時期的に使われていない休耕地なのだとか。
「ユエ、頼む」
「ん、任せてお父様……」
漆黒のドレスに身を包んだユエが前に出る。未だに半信半疑なのかランズィは鋭い眼光で睨み付けているが、その疑いを孕んだ眼差しはユエが魔法を行使した瞬間に驚愕の表情に変わった。
「“壊劫”」
前方の農地に頭上に向けて真っ直ぐにつき出された右手の先に、黒く渦巻く球体が出現する。それは農地の上空で二百メートル四方の薄い膜へと引き伸ばされ、音もなく地面へと落下する。
発生した超重力によって大地が押し潰され、盛大に陥没し、地響きと共に二百メートル四方、深さ五メートルの貯水池が出現する。その内部は徹底的に押し固められており、岩石と化しているので水漏れの心配はない。
その光景を見たランズィ達は唖然としており、その顎が外れないか心配になるほど口を大きく開き、目も飛び出さんばかりに見開いていた。言葉こそ発していないが、内心では叫んでいるだろう。
一方、神代魔法を半分ほどの出力で放ったユエは、魔力が枯渇したわけではないものの、短時間に大量の魔力を消費してしまったので、戦闘服に装備された魔力タンクから補給を受け、次の魔法の準備をする。そして……
「“虚波”」
大波を発生させる水属性上級魔法を行使する。普通の術師では十から二十メートル四方の津波が限度だが、ユエが虚空に発生させたのは横幅百五十メートル高さ百メートルの津波であり、一気に貯水池へと流れ込む。
“虚波”を何度か発動し、魔力がかなり減った辺りでシアが飛び込んでくる。手には魔力タンクを持っており、数千人規模の患者からドレインした魔力が込められている。ユエが魔法の連発を再開すると、二百メートル四方の貯水池が二十万トンもの綺麗な水で満たされた。
「……こんなことが……」
ランズィは、あり得べからざる事態に呆然としながら眼前で太陽の光を反射してオアシスと同じように光り輝く池を見つめた。言葉もないようだ。
「これで暫くは保つはずだ。後はオアシスを調査し、必要とあれば救援要請もできるだろう」
「あ、ああ。いや、聞きたい事は色々あるが……ありがとう。心から感謝する。これで、我が国民を干上がらせずに済む。オアシスの方も私が案内しよう」
ハジメ達はそのままオアシスへと移動する。そこに湛えられた水はキラキラと輝いており、とても毒素で汚染されているようには見えない。
「何かがいる気配がある。確認してみよう」
『バリアスーツ起動中……』
ハジメは突然パワードスーツを装着する。いきなり光に包まれたかと思えば謎の鎧に包まれたことに、ランズィ達は驚きを隠せない。
「は、ハジメ殿!あの術師といい……その鎧といい……まさか、そなたらはウルの六勇士だというのか!?」
「そのことについては否定しない。だが、話は後だ」
『サーモバイザー、オンライン』
ハジメの視界がサーモグラフィのように変化する。そのままオアシスの底を見てみると、まるで巨大なスライムのような赤いシルエットが蠢いているのが確認できた。
「領主、調査チームはどこまで調査しているか分かるか?」
「……確か、資料ではオアシスとそこから流れる川、各所井戸の水質調査と地下水脈の調査を行ったようだ。水質は息子から聞いての通り、地下水脈は特に異常は見つからなかった。もっとも、調べられたのは、このオアシスから数十メートルが限度だが。オアシスの底まではまだ手が回っていない」
「そうか……底に何かを沈めてあるようなことは?例えば、アーティファクトなど」
「いや、何もないが……まさか、オアシスに何かが潜んでいるというのかね?」
ランズィの察しは早かった。
「あぁ。魔石らしき熱源反応も捉えられている。これから奴をオアシスから引摺り出す。何が起こるか分からないから下がっていた方がいい」
「わ、分かった。皆、下がるぞ」
彼らが距離を取ったのを確認し、ハジメはオアシス内の存在に向けてミサイルを発射する。それは水中でも問題なく突き進み、役割を果たしてくれた。
ドゴォオオオ!!!
水中で起こった爆発で空高く水柱が吹き上がる。水中でも動きがあった。スライムのようなシルエットの何かがウネウネと動きだし、急速に浮上してきたのだ。
シュバ!
やがて、風を切り裂く勢いで無数の水が触手となってハジメ達に襲いかかってきた。ハジメはアームキャノンを、幸利は二挺拳銃を構えて怒涛の連続射撃を行って迎撃する。その直後、水面が盛り上がったかと思うと、十メートル近い高さの小山へと変貌してしまった。
オアシスより現れたのは、直径が十メートルはあるであろう巨大なスライムだった。無数の触手を絶えずくねらせ、体内に赤く輝く魔石が確認できる。
なお、通常のスライムのサイズはせいぜい一メートルくらいのものだ。周囲の水を操るような力もあるはずがなく、少なくとも触手のように操ることは、自身の肉体以外では出来なかったはずである。
「南雲、こいつが汚染の元か?」
「そのようだ。スキャンしたところ、汚染された水と同様の成分が分泌されていた」
「でも、ゆっくり話している時間はなさそう」
話している最中に巨大スライムは水で構成された触手で攻撃してくる。その全てがウォーターカッターのように鋭くなっており、鋼鉄をも切り裂くレベルだ。並みの人間ではあっという間に殺されてしまうだろう。
ハジメと幸利による早撃ちとユエの魔法で迎撃するが、いつまでもそれを続けている余裕はない。
「奴を凍らせて粉砕する。時間稼ぎは頼んだ」
「分かった」
「んっ」
幸利が積極的に前に出てスライムの触手を自らに引きつけ、素早い射撃で撃ち抜いていく。また、ユエは魔力の糸を自在に操ることで触手にぶつけて相殺していた。
『アイスビーム、オンライン』
『スペイザー、オンライン』
ハジメはその隙にスペイザーアイスビームを巨大スライム目掛けて放ち、その巨体を一瞬で凍結させてやる。そして……
『スーパーミサイル、オンライン』
それに続いて最高威力のミサイルを発射し、強烈な爆風をもって粉々に粉砕してやった。魔石ごと破壊したので生存の可能性はないだろう。
やがて静寂が訪れ、何事も無かったかのように見えた。だが、激しく波打つ水面だけが現実だと証明してくれた。
「……終わったのかね?」
「その通りだ、領主。オアシスに奴の反応はない。魔力も熱源も、完全に反応が消失している。浄化されたかは不明だが……」
アンカジを存亡の危機に陥れた元凶が、あっさり倒されたことに、狐につままれたような気分になるランズィ達。それでも、元凶が目の前で消滅したことは確かなので、ランズィの部下が水質の鑑定を行った。
「……どうだ?」
「……いえ、汚染されたままです」
ランズィの期待するような声音に、しかし部下は落胆した様子で首を振った。やはり、汚染の元凶を排除したところで、汚染水は残るようだ。
「だが、元凶を取り除いた以上は汚染が進むことはないはずだ。地下水脈からは新鮮な水が湧き出ている。汚染水を排出さえすれば、元のオアシスも取り戻せるだろう」
ハジメが慰めるように言うと、落胆していた彼らも復興への意欲を見せ始める。皆、過酷な環境であるが故に、この国を愛しているのだろう。
「しかし、あれは何だったのか……新種の魔物が地下水脈から流れ込みでもしたのだろうか?」
「いや、おそらく魔人族の仕業だろう」
ランズィの疑問にハジメが答える。
「!? 魔人族だと? ハジメ殿、貴殿がそう言うからには思い当たる事があるのだな?」
ハジメに続きを促すランズィ。その眼差しは敬意と信頼に溢れており、ハジメ達を疑っていた面影はどこにもない。
ハジメは先程の巨大スライムが魔人族の神代魔法による産物だと考えていた。ウルへの侵攻といい、勇者一行への襲撃といい、これもその一環なのだろう。本格的な戦争の準備は整っていると見ていい。
アンカジはエリセンより運ばれる海産物の中継地点であり、果物や野菜の産地でもあるため、かなりの要所だ。大砂漠のど真ん中なので救援は呼びにくいため、狙われてもおかしくないのだ。
「いよいよ、奴らが本格的に動き出したというわけか……ハジメ殿、やはり貴殿は香織殿と同じ……」
ハジメは何も答えずに明後日の方向へと頭を向ける。フルフェイスなので表情は見えず、何を考えているか分からないが、ランズィは何かを察して模索を止めた。
「ハジメ殿……アンカジ公国領主ランズィ・フォウワード・ゼンゲンは、国を代表して礼を言う。この国は貴殿等に救われた」
ランズィはそう言うと深々と頭を下げ、彼の部下達も同様に動く。領主が簡単に頭を下げるべきではないが、おそらくランズィはハジメが神の使徒ではなくとも頭を下げただろう。部下が彼を止めなかったのは、並々ならぬ彼の愛国心を理解しているからだ。
「礼はまだ早い。アンカジには今も病に苦しんでいる人がいる。静因石を採集しに行かなくては……」
「ハジメ殿、まだ我々のために力を貸していただけるというのか?」
「問題ない。どれくらいの量が必要が教えていただけないだろうか?」
ハジメの提案に驚きながらも、ランズィは現在の患者数と必要な量を伝えてくれる。現れたのが普通の冒険者であったら、全ての患者を救うことは出来なかっただろう。ランズィはハジメ達との出会いを神に感謝するのだった。
一方、医療院では香織が活躍していた。重症の患者から優先的に魔力を抜き取り、半径十メートル圏内の患者を一斉に回復させる。上級魔法を連発し、複数の魔法を同時に行使する香織に、現場の職員達は尊敬の念を抱き、彼女の指示で対応に当たっていた。
さらに、シアは怪力を活かして患者を香織の元へと運び続ける。しかも、患者を何人も乗せた馬車を担ぎ、一気に運ぶというパワープレイである。
そこへ現れたのは、水のストックとオアシスの汚染を解決したハジメ達であり、共にいたランズィより水の確保と元凶の排除がなされた事が大声で伝えられると、一斉に歓声が上がった。
「香織、俺はこれから火山に行って静因石を採取してくる。どれくらいもちそうだ?」
「ハジメくん……魔力的にも患者さんの体力的にも、二日が限界かも……」
香織の表情には焦りが見える。ここで自分が折れてしまっては駄目だと、心を強く持って耐えているようだが、隠しきれていない状態だった。
「二日か……それだけあれば十分だ。必要な量を採取して必ず戻ってくる」
「ハジメ君、気をつけてね……」
「あぁ…」
ハジメはパワードスーツの頭部のみ解除すると、屈んで香織の顔に自分の顔を近付け、そのままキスをする。この状態はしばらく継続され、周囲の人間全てが赤面する結果となった。
「凄いの!大人のキスってやつなの!パパとママも同じことしてたの!」
ミュウは特に興奮している。小さな子供には刺激が強すぎたのだろうか。
「では、行ってくる」
ハジメは医療院から出ていく。香織はその背中を見て、一言だけ呟いた。
「ハジメくん……行ってらっしゃい……」