ミュウが家族と再会した数日後、ハジメ達はマリーディア一家の屋敷でお世話になりながら、迷宮攻略の準備をしていた。
「香織、最後にもう一度聞きたい。君も、迷宮の攻略に参加するのか? 俺は君を止めはしないが……」
ハジメは香織に問いかける。大迷宮はトータスの中でも有数の危険地帯だ。今回の迷宮は海底遺跡という過酷な環境であり、ミレディによると後継者用コースは存在しないらしいが、危険度はかなり高いだろう。
「それでも、私は行くよ。神代魔法を手に入れて、ハジメくん達の隣に並べるようになりたいから……」
「そうか……」
香織は本気だった。彼女はメンバーの中でも最もステータスが低く、神代魔法を持っていない。神代魔法を手に入れ、少しでも強くなることで、見劣りしないようにしたいと考えていた。全ては、ハジメ達と肩を並べるために。
「俺は君を失いたくない。全力で君のことを守ると約束する」
「ん、私もお母様のことを守る」
「ありがとう。ハジメくん、ユエちゃん」
そして、桟橋に横付けされた大型潜水艇へと向かう。海底遺跡の攻略のためだけに建造されたもので、水中という限られた場所でしか使えないビークルなので、出番は後にも先にも一回きりだろう。
無論、だからといって手は抜いていない。何が現れるか分からないため、防御面も攻撃面もしっかりとしている。エネルギーシールドは標準搭載され、水中用に調整された武装を搭載していた。
「お師匠! 行ってらっしゃいなの!」
「あぁ。また会おう」
桟橋まで見送りに来ていたミュウの頭を撫で、ハジメは最後に潜水艇へと足を進める。奥ではマリーディア夫妻が微笑ましそうに二人の様子を見守っていた。
エリセンより北北西に約三百キロメートル。そこがハジメ達の現在地だ。そして、ミレディから教えられた【メルジーネ海底遺跡】のある座標でもある。
彼女から教えられた情報は、海底遺跡のある大体の座標と、“月とグリューエンの証”に従えというヒントのみだ。ハジメ達はそれに従い、潜水艇で海底を調べていたのだが、それらしき痕跡は見つかっていない。
そのため、ミレディの教えの通りに月の出る夜を待つことにした。大型潜水艇を浮上させ、甲板の上で日が落ちるのを待つ。
今は丁度、日没の頃だ。太陽の下半分が水平線に沈み、その真っ赤な輝きが水面に反射して全てをオレンジに染め、太陽へと続く一本道を作り出している。
「なあ、南雲。良い景色だと思わないか?」
「そうだな。異世界とはいえ、自然の作り出す景色は美しい。地球を思い出すな……」
ちなみに甲板にいるのは男性陣のみだ。ハジメは甲板の端に座り、幸利はその後ろに立っている。女性陣は船内に設けられたシャワーを浴びており、色々と問題になりそうなので自主的に避難していた。特に幸利は制裁を受ける要素が多いので尚更だ。
「ハジメくん、ちょっといいかな?大事な話があるんだ」
その時、ハジメの右隣に香織が座ってくる。温かいシャワーを浴びた後なので頬が紅潮し、長い髪は湿り気を帯び、彼女の甘い匂いが漂ってくる。
なお、この時点で幸利は空気を読んで退散済みである。清水幸利はクールに去るのだ。
「それじゃあ、私は反対側に」
さらに、左隣にも慣れ親しんだ気配が陣取る。その匂いは獣のようでありながらも苺やラズベリーを彷彿とさせた。
「シアか。大事な話には君も関わっているのか?」
「はい、師匠。と、とっても大事な話です」
「シアちゃんはかなり決心してきているから、きちんと話を聞いてあげてね?」
左隣を見てみればシアの顔は完全に真っ赤になっており、風呂上がりで紅潮しているというレベルではない。手は震え、汗さえもかいていた。
「し、師匠!もしも海底遺跡を攻略した暁には、わ、私をハジメさんのお嫁さんにしてくだしゃい!」
「し、シア?何を言って……?」
ハジメは耳を疑った。自分には香織という特別な存在がおり、シアもそれは知っているはずなのだから。
「ハジメさん、私は弟子として貴方を尊敬するだけでなく、一人の女として好意を持ってました。でも、カオリさんの存在を知って諦めていたんです。そんな中……」
シアは語る。香織と互いの話をしているうち、ハジメに対する好意があることを彼女に知られ、ハジメの二人目の恋人として勧誘されたことを。
「香織、それは本当なのか?」
「そうだよ。私はね、ハジメくんには何人もの大切な人に囲まれて幸せに生きてほしいの。シアちゃんのこと、嫌じゃないでしょ?」
「あぁ、シアのことは嫌いじゃない。素直で何処までも真っすぐで、家族思いで、へこたれない。笑顔を絶やさず、可愛らしいと思うこともあった」
「えへへ、そんなに褒められると照れますよぉ……」
褒め言葉を幾つも並べ立てられたシアは、とても嬉しそうだ。頬を緩め、イヤンイヤンして喜びを体で表していた。
「だが、俺は恋人としての“特別”は香織だけにしたいと考えている。香織一人に誠実でいたいのは勿論だが、特別な存在を増やして守りきれない可能性を思うと怖いんだ……無責任ではいられない」
ハジメにとって、大切なものを多く失うことはトラウマだった。それ故にハジメはユエと香織を“特別”として扱い、それ以外も大切にしつつ“特別”に格上げすることはなかったのだ。
「そう、ですか……それは、ハジメさんなりの優しさなんでしょうね」
「あぁ、だから君を“特別”にすることは……」
「でも、逆に考えてみてください。守る心配がいらない程に強い“特別”なら問題ないと思うんです。私、ハジメさんに鍛えられて強いですよ?一緒に戦いを乗り越えた実績もあるわけですし」
だが、ハジメの意見を理解しつつもシアは攻勢を開始する。発言の裏をかいて攻め立て、自分を彼に“特別”として認めさせようとしている。
「ハジメさん、私が海底遺跡を攻略して無事に生還することを条件に私を二人目のお嫁さんにするんです。心強い嫁ができればハジメさんも安心できますよ?」
「シアの言うことも一理あるかもしれないな……分かった。海底遺跡から共に出てくることができれば、シアを“特別”の一人として認める」
そして、ハジメは折れた。
「やったですぅ!!」
「良かったね、シアちゃん!」
まだ海底遺跡すら見つけられていないというのに、シアのテンションは爆上がりだ。取らぬ狸の皮算用とならないように気を付けてもらいたいものである。
(そうだよね、強い方が安心できるよね……私も、神代魔法を手に入れて強くならないと……)
シアと共に喜ぶ一方で、香織の中には劣等感が生まれつつある。自分の弱さを克服すべく、彼女も迷宮に挑むのだ。
そんな気持ちを外には出さずに香織はハジメに寄り添い、彼の肩に頭を乗せる。反対側のシアはまだ“特別”ではないのにも拘らず、同様に頭を乗せてくる。
周囲が夕日でオレンジ色に染まる中、のんびりとした時間が流れる。しかし、いつまでもそうしている暇はなかった。何故なら、遠くの海面が盛り上がり始めたからだ。
「何だあれは?」
海面の小山はたちまち巨大化し、その規模はオアシスにいたスライムモドキの何倍にも膨れ上がる。そして、それを割るようにして現れたのは、半透明の巨大な不定形の何かだった。
やがて、奴は地球のクリオネのような形態へと変化する。もっとも、二、三十メートルある時点でただの化け物なのだが、周囲の海水を吸収して更なる巨大化を遂げてしまう。現時点で五十メートルはあるだろうか。
ズバァアアアアアアッ!!!
「香織、伏せろ!」
「わわっ!?」
次の瞬間、こちらに向かってきたのは無数の半透明な触手だ。ハジメは咄嗟に立ち上がるとアームキャノンだけを展開し、迎撃を行う。
『アイスビーム、オンライン』
『スペイザー、オンライン』
超低温のビームの雨で無数の触手が瞬く間に凍り付き、到達寸前で動きを止める。そこに阿吽の呼吸でシアの拳が叩き込まれ、伝播した衝撃で完全に粉砕されて海に還った。
「こいつは何者なんですぅ?」
「奴は悪食。太古より海に巣食い、幾多の船を沈め、漁場を荒らし回る化け物じゃ。魔物の祖先とも言われておる」
「ん、聞いたことある。少しの欠片から復活してくるせいで、数十年ごとに討伐作戦が繰り返されているって……」
教えてくれたのは一行の中で年長者であるティオとユエだ。二人は迎撃に加勢し、火炎とブレスで触手を焼き払っていく。
「こいつ、魔力の弾丸が溶けるぞ!?」
「ユキトシよ、奴は生物どころか魔力を溶かす性質を持っておる。火か氷系統の魔法の方が効くはずじゃ」
今回、幸利の愛用する武器は相性が最悪だ。魔弾銃の弾丸は溶かされ、大剣による斬撃も通りが悪い上に飛び散った肉体に溶かされる危険性があるからだ。
「このまま潜水艇の上で戦うのは危険だな。清水、ティオさん、皆を空中に避難させてくれ。俺だけここに残る」
「相分かった」
「ちょ、ハジメくん!?」
自分も残ろうとする香織だが、抵抗虚しく竜化したティオの背中に連行される。シアやユエも乗り込み、その隣では竜翼を展開した幸利が浮遊していた。
ハジメ以外が空中に退避した直後、無数の触手や大量に撒き散らされるゼリー状の粒々が潜水艇へと襲いかかる。
「イヴ、超電導推進を」
『了解』
それらが潜水艇に直撃する寸前、急加速することで難を逃れる。普通の人間なら振り落とされる程だが、ハジメはグラビティ機能で甲板に貼り付くことで平然と立っていた。
潜水艇でクリオネモドキの周囲を旋回しつつ、ハジメは反撃する。奴の狙いが海上と空中に分散したことで潜水艇でも回避は可能だった。
「イヴ、魚雷発射だ」
『了解:攻撃開始』
ハジメは迫り来る触手を迎撃しつつ、魚雷の発射を指示する。艦首の発射管から射出された魚雷は水面下の本体に突き刺さり、何本もの水柱を噴き上がらせた。
魚雷だけでなく隙を見てミサイルを撃ち込んではいるが、肉体の一部を吹き飛ばしたとしても飛び散った肉体を再結集させることで再生しており、あまり効果的とはいえない。
「南雲、直掩に入る!攻撃は防ぐぜ!」
幸利は重装形態となり、防御力に物を言わせてクリオネモドキの攻撃を受け止めてくれる。全身を覆う甲殻の表面が僅かに溶けており、長時間は保たないだろう。
幸利を盾にしている間にミサイルやシーカーミサイルを撃ち込んでみるも、やはり再生されてしまう。空中ではティオやユエが魔法を放っているが、焼き払ったり凍結させたとしても再生が遅くなるだけだった。
「確実に消し飛ばす必要があるか……」
『お父様、私に良い考えがある』
そこで、ユエがアイデアを出してくれた。
『重力魔法であれを空中に引き摺り出し、一カ所に集める。そこにお父様のスーパーミサイルを撃ち込めば、殲滅は可能だと思う』
『でも、ユエちゃんの魔力の消費は大丈夫なの?』
『妾が協力しよう。重力魔法を獲得しているのはユエ殿だけではないのじゃよ』
「そうか。ならば、作戦を決行しよう」
今回の作戦の要は、ユエとティオの重力魔法だ。巨大で高い再生力を持つ敵を確実に殲滅するためには、協力が不可欠である。
「これが妾の重力魔法の使い方じゃ!」
ティオは竜化状態でブレスをクリオネモドキの頭上へと放つ。その色は通常と異なり漆黒に染まっており、重力場を纏っていた。
ティオのグラビティブレスは、本来なら多くの魔力を使用する重力魔法を、使い慣れているブレスと組み合わせることで負担と難易度を下げたものだ。
ユエの“雷竜”や“蒼竜”と同様に動きを制御することも可能で、ブレスを奴の頭上で一周させて巨大なリングにしてしまった。そこから発生する重力は上向きであり、奴を引っ張り上げる。
何度もグラビティブレスを放ち、その一つ一つをリングにすることで引っ張り上げる力が増し、クリオネモドキは完全に空中へと引き摺り出された。
さらに、全てのリングが結合して太いリングへと変わり、円柱へと転じてその中央にいるクリオネモドキを締め付けていく。上下にはユエの放った重力球が陣取り、上下からも圧力を掛ける算段だ。
クリオネモドキは抵抗しているが、いくら魔力を溶かせるといっても重力魔法が相手では分が悪い。重力場で魔法から遠ざけられ、術者を狙ったとしてもシアが火炎放射で焼き払ってしまうのだ。
「“壊劫”」
やがて、引き伸ばされた重力球がクリオネモドキを上下からサンドし、完全に逃げ道を塞ぐと同時に全方向から圧力を掛けて押し潰していく。
『スーパーミサイル、オンライン』
ハジメは潜水艇の甲板にて、クリオネモドキを閉じ込めている重力の檻を見据えてスーパーミサイルを準備する。
『ハジメさん、今ですぅ!』
万全を期して“未来視”を発動していたシアが、発射のタイミングを伝える。目標に向けてスーパーミサイルは飛翔し、ティオにより重力の檻に開かれた穴に飛び込んだ。
穴が閉じられると同時にミサイルが起爆し、逃げ場のないクリオネモドキの肉体を余すところなく焼き尽くしていく。重力の檻が解かれると、先程まで奴だったと思われる塵だけが広がった。
「取り敢えず、終わったな」
この日、太古より猛威を振るってきた災害は鎮められた。しかし、悪食の一部が予めどこかに残されていないとは言い切れるものではない。今後、何十年か後に復活する可能性はあるだろう。